この終末世界の異譚秘話   作:十三

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たとえ特別でなかったとしても

 

 

 

 『六分街』は新エリー都ヤヌス区の東部にある街区である。

 ルミナススクエアのように大規模な繁華街があるというわけでもなく、スロノス区北部のリゾート区画のように自然が溢れているわけでもない。

 

 大きさそのものも決して大きい街区というわけでもないのだが、それでもホビーショップやゲームセンター、CDショップなどの趣味を満喫できる場所や、カフェやラーメン屋などの飲食を提供できる店もコンパクトに収まっており、時間を潰せる場所は一通り揃っていると言えた。

 新エリー都の「住みたい街区ランキング」でも上位に位置しているあたり、雑多ながらも治安は良い場所でもある。

 

 

 そんな街区の一角に、その店はあった。

 

 レンタルビデオ屋『Random Play』。以前までは知る人ぞ知る店という評判であったが、昨今では時々インターノットで話題に上ったりもする。

 

 曰く、「なんか店内に治安官がいたんだけど……」「この前なんか対ホロウ六課の人がいたけど……アレ本物?」「スゲー美人のメイドさんがビデオ借りてた」「なんかやたらネタバレしてくる店員いるんだけど⁉」「ネズミのシリオンのお姉さんが限度額満タンまでチャージしてて店番してたボンプが若干引いてた。草」「ピンク髪の姉ちゃんが店長に向かってディニー貸してって土下座してたけど、あそこ金貸しもやってんの?」「店入る時になーんか見られてるような気がするんだよなぁ……気のせいかな?」などなど。

 

 ……半分ほどはこうした「あの店なんかおかしくね?」的なニュアンスのスレであったが、それに興味を持ち来店した客は、「噂ほど変じゃなかったし、いい映画借りられて満足」という評価を出していることが多い。

 最新の映画から、往年の名作まで幅広く取り揃えているらしく、なるほど確かにこのご時世あえてビデオ屋を経営できるほどの手腕はあるようだという感想を抱くに至った。

 

 そんな好評を戴いている店の前にたむろしていた数匹のボンプたちと軽く挨拶を交わしながら、新たな客がその扉をくぐった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――*―――*―――

 

 

 

 

 

「改めまして、先日は大変お世話になりました。また、平時より姉さん――アストラもご迷惑をおかけしていると伺っていますので、ご挨拶とお詫びとお礼を兼ねましてこちらをお受け取りください」

 

 

 正直に言うならば、『Random Play』の店長の一人であるアキラは少しばかり気圧されていた。

 

 確かに先日、何かとお世話になっている大スターであるアストラと、そのマネージャーであるイヴリンの要請を受けてホロウ案内人(プロキシ)としての仕事を遂行した。

 緊急かつ迅速な行動が求められたその仕事の内容は、アストラの弟の救助要請。その要請を直接受けたアキラは驚愕していた。普段は明朗闊達で言動の端々に大スターとしての余裕を見せるアストラが酷く狼狽した様子で依頼してきたからである。それこそ、あまりにも感情が先行しすぎて傍にいたイヴリンが依頼内容を簡潔にまとめて説明してきたくらいだ。

 

 彼女に弟がいるというのは知っていた。メディアへのインタビューやラジオ番組などでは度々弟の話題を出し、「クールな女王様」というキャラと「弟を溺愛するお姉ちゃん」というキャラでギャップを作り出すことで世間ではますますファンを増やしているとかそうでないとか。

 とはいえ、その話題が上るたびに当事者になる弟君はそれはそれで大変そうだなとどこか他人事のように考えてはいたが、アキラにはどことなく、アストラの思いが理解できていた。

 弟、あるいは妹は可愛いものである。もし誰かに訊かれたのならば、「ウチの妹は優秀で可愛い」と言い聞かせることも吝かではないと思える程度にはアキラも妹の事を可愛がっていた。

 

 故に、その救助要請にも二つ返事で了承した。

 元より兄妹揃ってアストラの大ファンであるために断る理由など何一つなかったが、何よりも大事な弟を助けたいという心からの願いを無下にできるほど人でなしではなかったからだ。

 

 

 拉致された場所自体はすぐに見つかった。

 何でも、以前からアキラ達とも知己があったハッカーのレインが組み込んだプログラムが彼のスマホにインストールされており、たとえホロウ内であっても微弱ながら現在位置を特定できる仕組みになっていたらしい。

 

 アキラ達の本分はプロキシである。つまりはホロウ内の案内を専門にする職業であり、その中でもかつて伝説と謳われた『パエトーン』であった彼らの腕をもってすれば、曖昧であっても対象の位置が特定できる場所への案内など朝飯前であった。

 そして目的地に辿り着いた時、ホロウ探索用としての役目を果たしているボンプ『イアス』の目を通してアキラが見たのは、待ち構えていたホロウレイダーが青白い一閃と共に吹っ飛ばされる姿であった。

 

 

 ―――勝手に想像していたことは否めない。

 あれ程切羽詰まった様子で要請されるのであれば、ホロウ内で抗うことができない一般人であるのだろうと。それならば可及的速やかに行動しなければ命が危ないと。

 

 だが目の当たりにしたのは、今までアキラたちが出会ったエージェントのように容赦なく敵を打ち倒す少年の姿であった。

 傍目から見てもボロボロ。攫ったホロウレイダーたちに痛めつけられたのは明白な状態で、それでも両の手袋に仕込んだ鋼糸を巧みに操って戦って見せていた。

 

 血だらけになりながら、体の軋みを無視しながら戦う姿は、どこか鬼気迫るものがあった。それこそ、今まで数々のエージェントの戦いを見てきたアキラですら、思わず首筋に汗をかいてしまうくらいには。

 そして、その原動力の全てが(アストラ)を核としたものであると聞いた時は若干狂気すら感じたものだった。ただの姉弟愛と呼ぶには違和感を感じてしまう程に。

 

 

 そんな彼が『Random Play』を訪ねたいと言っているとアストラからDMを貰った際、一瞬反応するのが遅れてしまった。

 恐れていた、というわけではない。普段の人柄についてはアストラから事あるごとに訊いていたし、事実あの場でも彼はアキラに対して丁寧な言動で接していた。

 それでも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、同時に興味も抱いていた。その相反する葛藤が、一瞬の反応の遅れという形で表れてしまったのだ。

 

 ―――まさか初手で取引先に謝罪をしているかのようなムーブをされるとは露ほども思っていなかったが。

 

 

 

 『Random Play』の店の奥。普段プロキシとしての仕事をこなす秘密の部屋に招待した後、深々とした一礼と共に差し出された高級感漂う菓子折りをおずおずと受け取りながら、アキラは声をかけた。

 

「顔を上げてくれないか。君を救助に行ったのは、アストラさんから正式に依頼を受けたからだからね。この仕事は信頼が第一だ。人命がかかっているとあれば、なおさら確実に遂行しなければプロキシの沽券に関わってしまう」

 

「しかし、そちらが姉さんから受けた仕事を遂行する理由と、僕自身があなた方に感謝をしたいという理由は別口です。……ご迷惑でしたら申しわけありません」

 

「あぁ、いや、違うんだ。少々面食らってしまってね。こう言っては失礼になるかもしれないけど、アストラさんはいつも自由奔放な人だから……その身内の人にここまで丁寧なお礼をされるとは思わなくて」

 

 そう言うアキラを見て、スウェインも「あぁ」と納得したような面持ちになる。

 

「僕には姉さんの真似はできませんからね。この話し方になったのもいつからだったのかもう思い出せません。この話し方であれば、ひとまず初見で()()()()()()()()()ですからね」

 

「…………」

 

 その言葉だけで、この少年が今まで何を背負っていたのかを理解することができた。

 だが不思議なことに、それを悲観している様子はない。むしろそうある事の方が当然と思っているかのような言い方ですらあった。

 

「すみません。変な話になってしまいましたね。話を戻しますが、あの後僕と、僕と一緒に拉致されてしまった女の子は治安官の方に保護していただきました。――安心してください。あなた方にご助力いただいた事は話していません」

 

「それはありがたいね。……アストラさんの弟さんだから話すけど、一応僕たちの存在は既に治安局には認知されているんだ。とある条件と引き換えに見逃してもらっている身の上でね」

 

「おっと、それは。僕が思っている以上にあなた方は人脈の輪が広いみたいですね。おみそれしました」

 

 世間一般的に、プロキシという職業はグレーゾーンである。

 通常、ホロウ内を合法的に探索するのであれば、ホロウ調査協会(HIA)に届け出を行って調査員の協力を得るか、もしくは治安局に相談して実働捜査官が動くのを待たなければならない。

 しかし、ホロウ内で起こる緊急事態というのは大抵の場合時間との戦いになる。

 時間をかければかけるほどホロウ内に取り残された人、動物、物質はエーテルの浸食を受け、あるいは凶暴なエーテリアスの餌食になる可能性が高くなる。比喩でも何でもなく一分一秒を争う場合が多い。

 しかしばがら、公的機関への依頼になるとどうしても一手二手遅れることになる。申請書類の記入、担当者の許可、それらがスムーズに行えればまだ良いが、往々にして人員不足に悩まされてい機関では遅れが出てしまう。

 

 あの時、アストラもイヴリンもそれが分かっていたからこそ、最短で解決までの糸口を繋いでくれる方法を取った。

 だがそれでも、公的機関で無許可でホロウ内を探索するプロキシ、ホロウレイダーは治安維持組織にとっては無視できない存在だ。

 故に、治安局によって摘発を受けることもままある。それでもインターノットの普及と共にプロキシの需要も高まるばかり。現状では完全にいたちごっこの様相を呈している。

 

「やはり治安局としても、優秀なプロキシは検挙せずに協力関係に置いておきたいのでしょうか。かの『パエトーン』であればなおの事」

 

「それに関しても驚いたよ。まさか初見で僕たちが『パエトーン』だと見抜かれるとは思わなかった。そのアカウントはもうこの世に存在していないし、一応これでも身バレには気を付けているつもりだったんだけどね」

 

「そうですね。あの時ホロウで言ったような推理で答えに辿り着いたのは本当ですが、そもそも僕は最初から『パエトーン』が消えたとは思っていませんでしたから」

 

「……後学のために訊いておきたいんだけど、それは何故だい?」

 

 スウェインは差し出されたマグカップに入ったコーヒーを一口啜りながら答える。

 

「僕が知る限り、『パエトーン』のアカウントがインターノット上に浮上してこなくなったのは市政選挙の真っ最中――治安局がプロキシやホロウレイダーの取り締まりを強化していた頃合いですよね? そんな時期にもし局が『パエトーン』を検挙していれば、その事実をインターノットやテレビ電波などに載せるはずだと思いましたので。かの伝説のプロキシを捕らえたという功績は治安局にとっては垂涎でしょうから」

 

「成程。でも僕たちがホロウで野垂れ死んだという線もあるじゃないか。新エリー都では珍しくもないはずだ」

 

「”『パエトーン』は特殊なボンプを駆使してホロウを導いてくれる”というのはインターノット界隈ではそれなりに有名でしたからね。そのせいで『パエトーン』の正体がホワイトスター学会が開発した超高性能AIだとかの都市伝説も生まれていましたが、そのボンプを操作しているのが実体を持つ人間であるのでしたら、たとえホロウの中でボンプの活動が停止しても”本人”は無事である可能性が高いと考えていました」

 

 スウェインは手持ちのスマホを操作し、まさに『パエトーン』のアカウントが消えた辺りのTL(タイムライン)を指し示す。

 ファンであった者、アンチであった者、それ以外の傍観者らのコメントが入り乱れて一時期は乱闘騒ぎになり、通報や凍結が相次いでいた。その様子を俯瞰しながら、トントンと画面を軽く叩く。

 

「もし”何らかの理由”でアカウントを手放さざるを得なくなった場合、そのままプロキシ業を引退するか、あるいは新しいアカウントで再スタートするかの二択だと思いました」

 

 指を動かしてTLを少し後の時間まで進めると、インターノット上に不定期に浮かび上がる不特定多数のプロキシに向けた緊急以来のポストが乱立し始める。その返信(リプライ)欄に、それまで見た事のないプロキシが凄まじい速さで依頼を受注しては解決していく様が浮かび上がっていた。

 

「インターノット上では期待の新星だとかパエトーンの再来だとか騒がれていましたが……まぁでも気付く人は気付いていたんじゃないですかね。アカウントを新しくしたとしても、それまでのプロキシ業で培った技は誤魔化せません。新人を装ってわざと依頼を失敗するなんて、それは実績と矜持が許さなかったでしょうから」

 

「随分と高く買ってくれているみたいだ。それに推理も面白い。”小説家にでもなってみたらどうかな、探偵さん”」

 

「探偵小説ではお馴染みのセリフですけど、この状況下と照らし合わせると『真実はいつも無敵』の三作目の推理シーンですかね」

 

「わ、すごい! あの作品の三作目は滅茶苦茶コケて酷評の嵐だったのに知ってるんだ」

 

 カウンターの方からやってきた少女――リンが感心したようにそう言うと、アキラは苦笑した。

 

「リン、そうやって馬鹿にするのはいけないよ。確かに映画レビューサイトで星1.5とかいう目を疑うような評価をされていたけど、それでも個人の感性は尊重すべきだ」

 

「何言ってるのお兄ちゃん。ナンバリングタイトルはとりあえず揃えて入荷するお兄ちゃんが『真実はいつも無敵』だけは三作目だけ入荷しなかったじゃん。案の定お客さんにもツッコまれた事なかったし」

 

「…………柳さんには一度訊かれたことがあったよ」

 

「二徹目くらいの柳さんでしょそれ」

 

 どこか遠い目をしてしまった二人を横目で見ながら、スウェインはコーヒーにガムシロップをもう一つ追加して啜る。

 流石はビデオ屋の店主といったところだろうか。マイナーな作品でも一通り目を通し、商品としての価値を見定めているらしい。

 ちなみにスウェインはたとえレビューサイトに「これは150分の懲役刑。こんなのを観るくらいならディニーをドブに捨てた方が時間がかからない分いくらかマシ」と書かれていようとも一応最後までは観るタイプである。

 

 『パエトーン』兄妹が現実に帰ってくるまで数十秒。少しだけ早く我に返ったリンは、ソファーに座っていたスウェインの両肩を軽くポンポンと叩いた。

 

「ねぇねぇ。スウェイン君は普段どんな映画観てるの? さっきのを聞いた感じ、色々観てそうだけど」

 

「僕は基本的に雑食ですね。姉さんの演技のアドバイスになればと色々摘んでます。『定時の神話』、『レディ・プレイヤー∞』、『私たちのあるべき姿』、『ラスト・フライト』、『虚無』、『10万回の脈動』。最近観たのはこの辺りでしょうか」

 

「へぇー。ホラーは? ホラーは観る?」

 

「『ザ・ビッグ・ホロウ』、『ポッター・ヒル』、『アタック・オン・サイバーズ』、『東塔神話』、『カナリアの嘲笑』、『幻のとある島で』――めぼしいところはそれなりに」

 

「語れそうだねぇ。ねぇねぇお兄ちゃん、今度スウェイン君も呼んでホラー映画鑑賞会しようよ。アンビー辺りも呼んで」

 

「すまないリン。その日はどうやら腹痛でトイレから出られそうにない。どうぞ僕にかまわず、鑑賞会を楽しんでくれ」

 

 青ざめるアキラをよそに、リンは嬉しそうな笑みを浮かべてスウェインの横に腰掛ける。成程、この自然な距離の詰め方も幻のプロキシと呼ばれる所以の一つなのだろう。コミュニケーション能力も、求められる技能の一つであることに変わりはない。

 とはいえ、表向きとはいえビデオ屋を経営する店長の一人がホラーが苦手であるというのは少々以外ではあったが。

 

「……個々人の趣味嗜好、あるいは得手不得手というものは往々にしてあるものだ。僕がホラーが苦手であるというのはその一つに過ぎないよ」

 

「お兄ちゃんがホラー苦手なのは別にいいんだけどさー。そうなると店に置くホラー系の好みが私ので偏るんだよねー。私は別にそれでいいんだけど」

 

「お二人とも仲が良いんですね。ここに来て数十分ですけど、十分伝わりました」

 

 恐らくは年がら年中仲が良い兄妹というより、それなりに喧嘩もする形の兄妹であろうとは思う。そういう意味では、スウェインとアストラの姉弟とは違っていた。

 

「それならそっちも同じじゃない? アストラさん、仕事で一緒する度にキミの事いっぱい語ってくるんだよ。最近だとキミのアクリルスタンドを特注で作ったって――」

 

「待ってください。それ僕知らないんですけど」

 

「あ、待って。これ内緒にしてって頼まれてたんだった。ゴメン! 聞かなかったことにして!」

 

「姉さんから何を貰ったんですか? キスマーク付き直筆サインですか? コンサート会場限定非売品グッズですか? ファンクラブ限定抽選品ですか? 事と次第によっては今晩お説教しないといけないので」

 

「成程、ヤオ家の実権は君が握っていたのか。アストラさんが「スフィーには頭が上がらないわ」と常々言っていた気持ちが分かったよ」

 

 幸いスウェインにとって失うものなど何もなかったが、それはそれとして家族外(イヴリンは身内判定)の人間に恥ずかしい話を暴露してくれたのは話が別である。恐らくイヴリンも全く同じ反応をしたであろうことは容易に想像できるが、ひとまず今晩の事は横に置いておくことにした。

 

「とはいえ、僕と姉さんは喧嘩などはロクにした覚えがありません。僕が、その、昔少々生意気だった頃も姉さんは笑顔を浮かべながら全てを受け流していましたからね。つくづく、姉さんには敵わないなと思いました」

 

「あー、その気持ち分かるかも。私がお兄ちゃんと喧嘩した時も、お兄ちゃんがいっつも困ったような笑顔でデートとか提案してきてさー。その内怒るのが馬鹿らしくなってきちゃうんだよね」

 

「待つんだリン。その言い方だと僕が女性を誑し込むスケコマシのように聞こえるじゃないか」

 

「えっ???」

 

「……その疑問符について小一時間問い詰めたいところではあるけれど、お客様の前では言わないことにするよ」

 

 結局男性陣が後ほど姉(妹)に説教をすることが決定したところで、リンがスウェインの菓子折りに手を伸ばした。

 見ただけで高級感がある、シックな包装。甘いものに目がないリンも流石にこの丁寧な包装を破り捨てるのは気が引けたのか、ゆっくりと広げていく。

 

「わぁ~♪ これってルミナススクエアのモールにある高級店の贈呈用お菓子詰め合わせじゃん‼ 見てよお兄ちゃん、この豪華なラインナップ‼」

 

「これは……凄いな。ウチにある安物のコーヒーでいただくには気後れする面々だ。明日にでもちょっと背伸びをした紅茶の茶葉でも買ってこようか」

 

「そう仰ると思ったので、こちらもセットでどうぞ」

 

 そう言ってスウェインが取り出したのは、紅茶に疎い『パエトーン』兄妹でも知っているような高級茶葉の袋だった。それを恐る恐る受け取るリンに手渡すと、流石にアキラがバツの悪そうな笑みを浮かべた。

 

「えっと、スウェイン君? とてもありがたいんだけど、何もここまでしてもらわなくても……。依頼の成功報酬はアストラさんからもう十分貰っているから」

 

「あぁ、大丈夫です。その茶葉は頂き物ですので。ウチは姉さんもイヴリンさんもコーヒー派でして。棚で寝かせておくくらいなら、茶葉(これ)に相応しいお土産と一緒にお渡ししようと思いまして。あ、キッチンとかがありましたら僕がお淹れしますよ」

 

「あ、え、ウチにティーポットとかあったっけ……」

 

「リン、前にリナさんが持ってきてくれたやつが棚にあったと思うよ。ティーセットと一緒に入っているはずだ」

 

 そうして器具と茶器が揃ってから少し経ち、ふわりとした優しくも芳醇な香りが部屋中を漂うようになった頃にはアキラもリンもそわそわとした表情を浮かべていた。

 知り合いの一流執事とメイドの手際を知っていた兄妹から見ても、スウェインの動きは堂に入っているように見えた。動きそのものに乱れは見えず、流石に所作の美しさなどではプロの方に軍配が挙がるだろうが、劣っているとは口が裂けても言えないほど見事な手際だった。

 スッと二人の手元に琥珀色の紅茶が入ったカップが滑り込んで来た時、リンなどは先程まで食い入るように見つめていた菓子の存在を一瞬忘れているほどであった。

 

「砂糖などはご入用で?」

 

「――いや、このままいただくよ。こんな上等な紅茶に砂糖を入れてしまう程無粋ではないつもりだからね」

 

 そう言ってカップを傾けると、鼻腔と口腔内にまるで酔わせるような香りが充満した。

 無論、アルコールなどは一切入っていない。ただその立ち昇る靄のような湯気が、喉を通る液体の濃い味が、その全てが味わった人間を魅了するに足るモノを備えていたというだけの話。

 いや、あるいは淹れた人間の腕が良かったというのもあるだろうが。

 

「驚いたな。普段お世辞にも褒められないようなものを味わっている僕でも分かる。これは素晴らしいものだ」

 

「美味しいー♪ ねぇねぇお兄ちゃん、この紅茶とこのクッキー合わせたら最高だよ!」

 

「どれどれ……うん、これは確かに絶品だ」

 

「気に入ってもらえたようで何よりです」

 

 スウェインはティータイムを満喫する目の前の兄妹を見て、思わず微笑を溢してしまう。

 自分の差し出したもので、あるいは自分が作ったもので誰かが笑顔になる様子が彼は好きだった。もっとも、料理を振る舞った人などそれこそ数えるほどしかいないのだが。

 

 そうして兄妹がティータイムを満喫すること十数分。紅茶のお代わりを挟みつつ、持ってきたお菓子箱に空席が目立つようになった頃、ふとリンが思い出したように言った。

 

「そういえばお兄ちゃんとスウェイン君、何話してたの? 私が割って入ったから中断しちゃってたでしょ」

 

「――そうだった。そして事もあろうにお客様に店員さんのような真似をさせてしまっていた。申しわけない」

 

「お気になさらず。半分好きでやってることですので」

 

 閑話休題(まぁそれはそれとして)

 

 アキラがこれまでの話の経緯について説明する。自分達が『パエトーン』である事に気付いた経緯。その特徴について。

 その話を聞いて、リンも少し難しい顔をする。自分たちが『パエトーン』というアカウントを手放すこととなった事件。その経緯を思えば、確かに少しばかり慎重に行動すべきだったかもしれないと思い至る。如何に現在、《Fairy》という高性能人工知能が存在しているとはいえ、アナログな噂話というのは一度波及したら止められないものだ。プロキシとして活動している彼らは、それを良く知っている。

 

 と、徐にスウェインがスマホを操作し、とあるインターノットのサイトを見せてくる。

 企業の公式HPなどではなく、誰かが自作したものであるようだ。そのサイト名は――。

 

 

「ぱ、『パエトーン様好き好き大好き同好会』?」

 

「何というか、その、この極限状態で三轍ほど走り抜けた後にニトロフューエルを一気飲みした勢いで付けたような名前のサイトは一体……」

 

 絶句という表現が正しいほどに顔を引き攣らせて画面をのぞき込む兄妹。

 サイトの中で踊るポップな文体が、管理人のこのサイトにかける気合いを表しているようで余計に頭を抱える。そんな二人をよそにスウェインが画面をスワイプすると、『パエトーン』ファンたちがその魅力を飽きることなく語らっている掲示板が出てきた。

 

「意外と馬鹿にならないんですよねこの掲示板。今まで『パエトーン』がこなした依頼の一覧とか、コメントまとめとかが載ってるので、見てて飽きないんですよ。面白いです」

 

「僕としては公開処刑されている気分だよ……リンはどうだい?」

 

「流石にこれを見て「わーい有名人だー」って喜べるほど私は肝が太くないよお兄ちゃん……」

 

「まぁ管理人の正気を疑うのは分かります。僕も最初このサイト見たときは目を疑いました」

 

 ですが、とスウェインは付け加える。

 

「先程アキラさんに話した推理の情報の大半はこのサイトから仕入れたものですからね。お二人のファンはまだまだいますし、その中にはここに集っているような強火な方々もいることをどうかお忘れなきよう」

 

「まさかこんなカルト宗教の宗主のような扱いをされている界隈があったとは思わなかったな……」

 

「お二人も一度覗いてみたらどうですか? 僕のオススメは、掲示板に突如乱入したアンチと管理人がリアルで三日三晩レスバし続けた事件のまとめですね」

 

「それはもう管理人が凄いのもそうだけど、アンチの熱量も凄すぎるって話だよね……」

 

 インターノット界隈でそれなりに有名であったという自負はあった二人ではあったが、よもやここまでの熱量を持つ人々がいるとは思わずに溜息を吐く。

 そんな二人の様子を見て、スウェインは画面を消してスマホをズボンのポケットへとしまい込んだ。

 

「有名人というのは色々な意味で面倒も背負い込みますからね。お二人なら大丈夫だと思いますけど」

 

「スウェイン君に言うと重みがあるよね。今回の事件も、その、アストラさん狙いだったんでしょ?」

 

 流石のリンも少し言葉を濁したが、それで気分を害するほどスウェインは繊細ではない。

 有名税という言葉がまことしやかに存在しているように、どう足掻いたとしてもその名声は良からぬものまで招いてしまう。

 スウェインは自分の事を虎の威を借る狐であるとは思っていたが、(アストラ)のそばにいる(自分)にも利用価値は存在するのだ。

 

「今までは自衛の意味も含めて空き時間にイヴリンさんに稽古を付けてもらっていたんですが、こういった事態が続くのであれば本格的に鍛えることも検討すべきですかね」

 

「僕があの時見た限りでは、君の強さもエージェント並みにはあったと思うんだけどね。それでは不満かい?」

 

 最強を目指す――などという大それた目標は抱いた事すらない。

 ただ、今回の拉致事件では明確に後手に回ってしまった。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。スウェインが強くなりたいと思う理由は()()()()である。

 

「姉さんの弟であることに不満も異議も抱いたことはありません。ですが、僕を通して間接的に姉さんが害されるようなことがあれば、僕は恐らく一生自分を赦せなくなります」

 

「…………」

 

「姉さんは僕を救うために文字通り全てを投げ打ってくれるでしょうが、それは僕の望むところではない。このどうしようもない鬱屈した感情を抱かないようにするためには、自分が変わるしかないんです」

 

 その個人的なワガママとも言える願いに、しかしアキラは少なからず理解できてしまった。

 姉と妹という違いはあるだろうが、家族であることに違いはない。自分のせいで家族に害が及ぶというのであれば、易々とそれを許容できるはずがない。

 矜持(プライド)というのもまた違う。言うなれば”意地”という事になるだろうか。少なくとも、アキラはその考えを好ましく思っていた。

 同時に、その考えがどこか()()()という事も。

 

「……その思いには同意できるところがある。とはいえ、君が無理無茶を通そうとするのであれば、それこそアストラさんを悲しませることになるんじゃないのかい?」

 

「それは、まぁその通りですが」

 

「僕たちは対面してまだ間もないが、真面目な君のことだ。イヴリンさんにも相談しにくい事もあるだろう? 何かあったら僕たちもいることを忘れないでくれ」

 

 そう言ってアキラは、自らのノックノックのアカウントをスウェインに送信した。その様子を見て、リンも同じように送信してくる。

 DMに自動送信されてきた無機質な挨拶を眺めながら、僅かに籠った怪訝そうな感情を悟られないように慎重に口を開く。

 

「何故ここまで? 確かにお二人とも姉さんとは関りがあるでしょうけど、別に僕とは……」

 

「もー、そんなに自分を下に見ない方が良いよスウェイン君。アストラさんはアストラさんで、君は君だもん。私たちはただ君と友達になりたいと思っただけ」

 

「リンの言うとおりだ。それにこれは僕の勘だけど、君とは長い付き合いになりそうだからね。まぁ、納得できなければ先程の美味しい紅茶のお礼だとでも思ってくれればいいさ」

 

 その言葉に、ふと親友(ミナギ)の顔が脳裏をよぎる。アストラ・ヤオの弟と知っていて、それでいてなお自分という個人を見てくれる存在はある意味で貴重でもある。

 浅ましいものだと思ってしまう。自分は決して特別な存在ではないと思っているはずなのに、誰かから特別な存在だと思われればそれだけで嬉しくなってしまうのだから。

 

「……分かりました。それではお二人とも、これからも姉さん共々どうぞよろしくおねがいします」

 

「うーん、まだ固いなぁ。まぁそれはおいおいでいいか。よろしくねー♪」

 

「こちらこそよろしく。しかし、うーん、成程……」

 

 変わらず明るく返事をするリンとは対照的に、柔和に返事をした後何かを考える仕草をするアキラ。その様子にリンが「どうしたの、お兄ちゃん」と伺うと、問われた側はちらりと先程飲み干した紅茶が入ったティーカップを見た。

 

「スウェイン、先程君は強くなりたいと言ったね?」

 

「? はい」

 

「でも今の君はしばらくの間安全確保のために長時間の外出を推奨されていない身だ。本格的に外でトレーニングをすることも難しい。――とはいえそれは、()()()()()()()()()()()()()()()のが問題なんだろう?」

 

 端的に言えばそういうことになる。

 長時間の外出の自粛要請はあくまでも治安局からの要請であって強制ではない。とはいえあのようなことがあった以上、スウェインとしてはその要請に素直に従うつもりだった。

 だが、そもそも身の安全が保障されるというのであれば前提からして異なることになる。しかしながらイヴリンはあくまでアストラのマネージャー兼護衛であって、スウェインにいつまでも着くわけにはいかないのが現実だった。

 

 一体この人は何が言いたいのだろうか――と思っていると、アキラは自分のスマホを操作してとあるアカウントを見せてきた。

 

「君の友人としての初めての提案だ。スウェイン、君は奉仕業のアルバイトに興味はあるかい?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






ちなみに最後の方でアキラ→スウェインの呼び方に「君」がついていないのは友人になったからです。たぶんリンちゃんの方も外れてます
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