この終末世界の異譚秘話   作:十三

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お疲れ様です。作者の十三と申します。

最近はパーティーメンバーのスタメンがダイアリン、照、葉瞬光の三人で固定になっている感じです。ただ単純に強すぎる。

とはいえ命破PTも異常PTもまだまだ現役。Ver.2.0以降のミアズマ環境だと異常PTがうまく輝けない時代ではありましたが、以降はどうなるんでしょうかね。

去年の8月にいつも通り見切り発車で始めたこのゼンゼロ小説、見切り発車なだけあって計画性はゼロです。
とはいえ自分の中のゼンゼロ熱はまだまだ覚める様子が見られないので、この小説もしばらくは続くと思います。お付き合いいただければ幸いです。


ヴィクトリア家政の新人執事

 

 

 

 

 

 爆風に塗れながら、それでも致命的に体勢は崩しはしなかった。

 空中で体を半回転させ、半分倒壊していたビルの屋上部分に着地する。肺に入りかけた煤を咳と共に吐き出し、片手で塞がりかけた視界を拭った。

 開けた視界の真ん前には、今にもこちらに襲い掛かろうとしているエーテリアス――ハティがいた。エーテル体のその爪がコンクリートを蹴る前に、スウェインは左手を揺らして鋼糸を展開する。

 

 (たわ)んだ糸を張りつめさせるまでにかかる時間は約一秒。それが()()という事は重々承知しているが、今積んでいる研鑽ではこれが限界値であった。

 しかし、今の状況であればそれで充分。青白い雷光を充填させた鋼の糸が罠のように展開してハティの体に食い込み始め――その体躯をサイコロ状に切り裂いた。

 

 声にならない叫びを挙げたソレは切り口からエーテル微粒子を迸らせながら、やがて点滅しながら霧散する。その消滅を確認してから、スウェインはその決して大きくない右手に握る今回の奪還目標を再び視界に収めた。

 

「無事ですか? ()()()()()

 

「――えぇ、支障ありません。ライカンさん」

 

 それが自分に与えられたコードネームであった事を一瞬失念し、反応が遅れる。

 片膝をついた状態から立ち上がり、糊のきいたパンツに付着した汚れを手で払いのけると、上司――フォン・ライカンの大きな手が、僅かに乱れた頭髪を撫でるように戻していく。

 

「身嗜みは常に最良を保ちなさい。ご主人様がご覧になられていなくとも、その心構えを習慣化することで業務に支障が出辛くなります」

 

 そう言う当の本人は、言葉通り一切の乱れを見せていない。

 毛並みが崩れやすい狼のシリオン。それも己の肉体を使った肉弾戦を主としているとなれば、スウェインよりも粗相が出易くなるのは必定。

 しかしながらその佇まいは毅然にして紳士。立ち姿だけで一枚の絵画のような気品すら漂わせる。

 これが洗練されたプロかと改めて感心すると、ライカンの背後の光景を見て更に瞠目する。

 

 そこにあったのは、自分が相手していたよりも数倍の数のエーテリアスの死骸。損壊が少なかったために未だエーテル崩壊が収まっていない実情が、彼の技量の高さを物語っていた。

 

「逸る必要はありません」

 

 その心情を見透かしたようにライカンは声を投げ、視線を下に向ける。

 

「労せず、時間をかけずに手に入った力など所詮は()()()()です。努力のみで磨き上げようとするならば尚の事」

 

 スウェインの戦闘技能を仕込んだのはイヴリンだ。しかしながら彼女も多忙の身の上であり、教えてもらったのは基礎の基礎でしかない。

 そこから先はほぼ独学で鍛錬を重ねていた。それに限界があるとは分かっていたが、疲労が重なって倒れ込むように仮眠を取るイヴリンに強引に教えを乞う程傍若無人でもなかった。

 

 だからこそ、アキラから提案されたこの『ヴィクトリア家政』でのバイトは、スウェインにとっては僥倖であったと言える。

 奉仕スキルは元より、戦闘能力もプロから学ぶことができる。事実、仮採用期間が始まってからこの一週間で、学ぶべきことは山のようにできた。

 最終目的こそ違うとこにはあるが、それでも”学ぶべきことが増える”というのは彼にとって喜ばしい事である。

 己という存在を高めることができる機会は逃さない。それが超一流からの教示であれば尚更だ。

 

 フォン・ライカン、アレクサンドリナ・セバスチャン、カリン・ウィクス、エレン・ジョー、家政専属ボンプのバトラー。

 先達として『ヴィクトリア家政』で働く面々から学べることは無限にある。有り体に言えば、スウェインはこの一週間、楽しくて仕方がなかった。

 

 

「ターゲットはちゃんと確保していますね?」

 

「はい、傷一つつけていません。――”ご主人様”のご要望の通りになるかと」

 

「結構。良い働きでした、帰還しましょうか」

 

 スウェインの右手の中にある、超大容量のUSB。

 TOPS傘下の企業の重役からの要請で、ホロウの中に紛失してしまったこれを探し出すのが今回の依頼であった。

 このUSBの中にどんな情報が入っているのか、その情報がどんな使われ方をするのかは『ヴィクトリア家政』が知るところではない。

 高額の報酬と引き換えに要請という名の奉仕をこなす。あくまでも”使用人”である自分たちは、”ご主人様”の意図を気にする立場にはない。

 この仕事内容だけを見れば、新エリー都において富を独占しつつあるTOPSの走狗になっていてもおかしくはないが、『ヴィクトリア家政』はその辺りのバランスを実によく取っていると実感できた。

 

 だが、肝心の”社長”の事に関しては何も教えられてはいなかった。組織である以上トップは必ず存在するものであるが、ライカンが筆頭社員であり、執行責任者であるということ以外は、スウェインはまだ何も知らない。

 後ろ暗い人物、というわけではないだろう。わざわざ高額報酬を対価に仕事をこなし、その主なクライアントが富裕層であるという業務形態上、その在り方は無駄な弱みとリスクを生むことになる。

 となれば、TOPSの息がかかっていない富豪が戯れに作り上げた組織であると仮定することもできる。あるいは、その客層を利用してTOPSの――――。

 

「「ノクス」?」

 

「……すみません、ライカンさん。少し考え事をしていました」

 

「そうですか。分かっているとは思いますが、ホロウの中において油断は禁物です。忘れないように」

 

 全く以て正論であった。ただでさえ未熟者であるのに、危険極まりないホロウ内でぼーっとするだけの余裕などあるはずもない。

 仕事は報告まで行って初めて気を抜くことが許される。ベテランともなれば途中途中での気の抜き方も心得ているのだろうが、初心者に毛も生えていない現状では気を張り続けるのが最適解だ。

 正直気疲れしないかと言えば嘘になる。しかしながら荒事が多いこの仕事において、気疲れと引き換えに命の保証ができるのであれば安いものである。

 

 そう割り切って『キャロット』に記載されたホロウの出口に向かうスウェインの背中を、ライカンはやや複雑そうな表情で眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 ―――一週間前。

 

 

 

 

 『ヴィクトリア家政』の拠点に改めて案内されたスウェインは、応接間に通された後、上等そうな作りの椅子に座らされた。

 その少し離れた眼前には、ライカンを中心にリナ、エレン、カリンという現家政メンバーが横並びに座っていた。用意していた書類に目を通すライカンとリナ、オドオドしながらスウェインの顔を見るカリン、それらをガン無視してテーブルに突っ伏して寝ているエレン。約一名の態度を除いて、まるで面接試験のようだなと思う。

 そしてその感想はある意味で当たっていた。

 

「それではこれより、面談を始めさせていただきます。先に申し上げますが、こちらの結果によって合否を決定するというものではありません。あくまでも以後共に活動する間柄として、貴方の事を従業員内で共有しておきたいという点からこの場を設けさせていただきました。無論、既に仮採用期間中ですので、この時間も時給は発生いたしますのでご安心ください」

 

 ライカンの言葉と共に、まぁその方が早くはあるかと納得する。

 元より、何かを隠して働こうとは思っていないし、そうしなければならない理由もない。何より、これも勤務の一環だというのであれば、拒む道理はなかった。

 

「承知しました。何なりと訊いていただければ。……エレン先輩は大丈夫ですか?」

 

「よろしくありませんね。エレン、起きなさい」

 

 ライカンが書類の束でエレンの肩を軽く叩くと、約十秒の時間を有してゆっくりと再起動していくエレン。途中何度か二度寝に移行しようとしていたところをカリンに支えられて、大欠伸をしながら何とか起き上がった。

 

「はぁ……ねむ……アレ? アンタなんでいるの?」

 

「逆に訊きたいんですけど、エレン先輩はなんでここで寝てたんですかね……?」

 

「アタシは、アレだから。今ちょっとクッキーとビスケットの山を平らげるのに忙しいから……」

 

「ライカンさん、これ普通に寝ぼけてませんか?」

 

「……支障がなければ始めましょうか。いつもの様子でしたら数分もあれば現実に戻ってくるはずですので」

 

 隣のカリンに体を揺さぶられながらなすがままになっているエレンを眺めて大丈夫かなこの職場……という思いが一瞬よぎったものの、スウェインは襟を正して向き直った。

 

 

「まずは、そうですね。貴方の特技や趣味などを聞かせていただいてもよろしいですか?」

 

 面談としては実にスタンダードな問いである。とはいえ、今回面接とは違い、事前にES(エントリーシート)などを用意しているわけではなかった。

 なので、必然的に繕っていない言葉で答えることになるが、スウェインは特に言葉を詰まらせることもなかった。

 

「趣味は(アストラ・ヤオ)のコンサートに行くことと、姉の世話をすることです。特技は……そうですね、冷蔵庫の中身を見ただけで料理を作ることができます。新鮮な食材の見分け方にも慣れています」

 

「え、趣味ヤバ。いや最初のはともかく二番目の方」

 

「失礼ですよ、エレン。しかしとても良い特技を持っていますね。その特技、是非我々の職場で活用していただきたいものです」

 

 ふとカリンが視線を横にやると、冷静な言葉とは裏腹にライカンの尻尾が機嫌良く揺れていた。

 むべなるかな。現在もそれなりの頻度で発生するリナの食害(食事にて発生する直喩的な害)の事を思えば、その発生頻度を減らせる要因は大歓迎であるのだろう。

 奇しくもライカンと同じ思考に至ったカリンは、しかし害はともかくとしていつも一生懸命に料理を作ってくれているリナに対する侮辱をしてしまったと自らを責め、テンションが一気に急落した。

 スウェインから見れば歳の近い先輩二人が中々奇特な行動を取っている現状から目を背け、そして続ける。

 

「エレン先輩とは学校も一緒じゃないですか。なら、僕の事も知っていたのでは?」

 

「まーね。歌姫の弟が一個下にいるって。シスコンって聞いてたけどマジだったんだ」

 

「マジですよ。でも僕はそれを恥ずかしいことだとは思っていません。半ば習慣化はしていますが、姉の私生活の世話をすることを面倒だと思ったことは一度もありませんから」

 

「うわ、思ってたのよりもガチだ」

 

「いいじゃないですか別に。姉の事を下心有りで見たことはただの一回もないですし、家族を愛して悪い事なんてないでしょう?」

 

「えぇ、とても良い事だと思いますわ。何より『ヴィクトリア家政』には相応しい奉仕精神ですわね」

 

 メイド長らしく柔和な笑みを浮かべたリナがスウェインの在り方を評価する。

 

 実際、スウェインは自他共に認める筋金入りの完全無欠のシスコンである。だが言葉通り、その在り方を恥じた事はなかった。

 やましい事をしていないのであれば、それを咎められる理由はないし、やめる理由もない。そもそも姉のアストラからして自他共に認める筋金入りの完全無欠のブラコンであるのだから、そうなってしまうのも無理からぬことではある。

 

 故に、それを否定されるというのであれば、いかに姉が懇意にしている人物の推薦であろうとも断るつもりではいた。

 だが上役二人は咎める気配はなく、若干引き気味の先輩(エレン)も拒絶するような雰囲気ではない。そうと分かれば、スウェインも柔和な笑みを返すことができた。

 

「では、わたしからも一つ。料理がお得意とのことでしたが、主にどういったお料理を?」

 

 その話題を()()()出したことでライカンは耳をピクリと硬直させ、カリンは背を縮こませたが、その変化に気付かなかったスウェインはそれに答える。

 

「そうですね。作ってほしいと頼まれればそれなりに何でも作れるとは思いますが……ダイエット料理などは良く作っていましたね」

 

 その回答に、一番顕著に反応したのはエレンだった。言葉にこそ出さなかったが、続きを早く言えと催促するような視線はスウェインにも感じ取れた。

 

「ダイエット料理と言いますと……主に低カロリー高タンパク料理などですわね」

 

「はい。姉の仕事が仕事なもので、スタイルの維持には気を使っています。とはいえ食事はしっかり摂らないと最悪貧血等で倒れる可能性もありますので、その辺りの塩梅を上手い事調整するのも良くやっています」

 

「確かに、貴方は二年前に栄養士の資格も取得していますね。お若いのに大したものです」

 

 仮にも新エリー都に君臨する歌姫の普段の食事を管理する人間が、資格もなしにそれを行うのはおかしい事であるとスウェインはかなり早い段階で懸念していた。

 それこそ会社が雇っている栄養士と懇意にして、角を立てないように配慮しながら独自に学んでそれを反映する事はしてきたが、何かいちゃもんを付けられた際に資格を有しているかいないかでは話がだいぶ変わってくるのも事実。

 

 故にスウェインは学業を疎かにしない上で資格勉強にも精を出し、若干十三歳で栄養士の資格を獲得した。新エリー都においてこの資格に年齢制限等は設けられていないが、それでも取得当時は試験監督官界隈をざわつかせる程度には珍しい事であった。

 

「他にも食生活アドバイザーや食育インストラクター、スポーツ栄養プランナーなどの資格も取られていますね。飲食業でのアルバイトの経験は?」

 

「一度チェーン店の厨房仕事に入ったことはありましたが、『ウチでは君を持て余す』という理由で長く続きませんでした。他にもバイトをした経験はあるんですが……()()()()()()ですからね。帝高の上の人からも止められたので、労働経験自体はそれほどありません」

 

 アストラは今や新エリー都の表舞台で輝くVIPの一人である。その彼女が溺愛している弟もなれば、彼女の運用にTOPS関連企業が関わっている以上、目が届かないところで動かれて不測の事態が起こりでもすれば厄介な事態になる可能性も充分にある。

 事実、そのせいで拉致事件に遭った身としてはその方針に異を唱えることなどできるはずもない。今回のこの件は『ヴィクトリア家政』というネームバリューのお陰でどうにか許可が出ているに過ぎないのである。

 

 

「なので、お仕事の許可がいただけたのは僥倖でした。同じクラスの友人たちは皆アルバイトの一つや二つはやっていますので、いい加減社会勉強を積まなくてはと思っていたんです」

 

「我々が行う奉仕業務は、世間一般的に言うところの”社会勉強”とは大分逸脱したものですが、それでも構いませんか?」

 

「面接でもお話しした通りです。役者不足ではあるでしょうが、精一杯務めさせていただきます」

 

 謙虚に、そして誠実に。スウェインがその十五年という短い歳月の中で身に着けた処世術は、しかしそれでも埋めきれない偏見によって彼を社会の爪弾きものにしていた。

 だが、少なくともこの場所ではそういった事は起こらないだろうとは思っていた。大人組はともかく、エレンとカリンの信頼を勝ち取るにはまだ時間が必要だろうが、その点に関しても悲観的ではなかった。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と、一般人からしてみれば中々にハードルが高い妥協点を持っているが故に、人間関係の構築というコミュニケーションについてはやや楽観的にみる癖があったのである。

 

 ひとまず、未だにどこか落ち着かない様子でこちらを見るカリンに対して可能な限り柔らかな表情を向けてみる。内向的な衒いがある彼女であったが、ライカン(ボス)も認めた人物に対してそこまで警戒はしていなかったようで、慌てながらペコリと頭を下げてきた。

 

「……言っとくけど、カリンちゃん泣かせたら殴るからね」

 

「もしかして僕ってノンデリだと思われてます? ……分かりました。今度ケーキでも焼いてきますから、一度お茶会でもしてじっくり話し合いましょう」

 

「へー、いい心がけじゃん。じゃあチョコケーキとか作れる? カリンちゃんが好きなんだよね」

 

「問題ありません。姉さんも好きなので何度か作ったことがあります。カリン先輩はそれでよろしいですか?」

 

「え、えっと、は、はいっ‼ よ、よろしくお願いしますっ」

 

 あるいは”先輩”と呼ばれることそのものが珍しいのか、どこか嬉し気な声色を滲ませながらカリンも首肯する。

 今まではカリンとエレンだけであった家政の若者組に新たな空気が舞い込んできたことを、大人組はどこか安堵するような視線で見つめていた。

 

 そうして、もはや面談というよりは単なる雑談場になっていた状況で、ふとライカンが手を叩いて皆の注目を集めた。

 

「それでは最後に、貴方に家政での業務を担うにあたっての制服を支給いたします。私と一緒に隣の部屋に来ていただけますか?」

 

「あ、はい。よろしくおねがいします」

 

 元々スウェインは派手な服よりもどちらかといえばシックな雰囲気のする服を好む傾向にはあった。

 しかしながら『ヴィクトリア家政』で働くにあたって私服での業務遂行は勿論厳禁である。郷に入っては郷に従えという言葉があるように、服装もそれに相応しいものでなければならない。

 だが、ことスウェインに限っては「服装」だけに留まらなかった。およそ三十分程の時間を使って、彼はようやく『ヴィクトリア家政』に相応しい装いに着替え終わる。

 

 再び元の部屋に入ってきたスウェインを見て、女性陣は三者三様の表情を見せた。

 リナは着飾った親類の子を見るような優しい表情を、エレンはどこか驚いたような表情を、カリンは入ってきた人物が先程部屋を出たのと同一人物だと認識できていないような表情を。

 

 服装はところどころ独自のアレンジを加えた燕尾服(テールコート)。戦闘の邪魔にならないように裾や袖口はやや詰められており、しかし服自体の生地のつくりは素人のスウェインの目から見てもかなりの上物であった。

 それもそのはず。スウェインのみならず、家政に所属する面々の服は全て装飾の一つに至るまでオーダーメイド品であり、頑丈性、通気性、防塵防弾性能などのあらゆる面において最高品質のものを取り揃えている。

 一流のサービスを提供するには、まず提供する者自身が一流の物を身に纏っていなければならない――なるほど確かにそれは道理だとは理解した。ヨレヨレのシャツ一枚を纏っている者と、アイロンと糊がしっかりと効いた皴一つないシャツを纏っている者。どちらが好印象を与えるかなど語るまでもない。

 

 その点において、今のスウェインを見て「見すぼらしい」と称する人間は恐らくいないだろう。今はまだ「服に着られている」感じが否めないが、少なくともその装いは新米執事と呼ぶに相応しい様相になっている。

 しかし、エレンとカリンが驚いていたのは()()ではなかった。

 

「あ、そっか。アンタの身元がバレるとメンドい事になるんだっけ」

 

 濃緑の髪の上から黒髪のウィッグを被せ、両目にもカラーコンタクトを入れた上で伊達眼鏡をかけて印象を誤魔化している。やや幼めで中性的な顔立ちそのものを弄ることはできなかったが、これだけの要素を足すことで、彼を「スウェイン・ヤオ」であると一目で看破できる可能性を限りなく低くすることには成功した。

 

「あらあら、とても良くお似合いですわ。ここだけの話、ヴィクトリア家政(ウチ)は御覧の通り女所帯なので、男性のスウェインさんが入ると分かってからライカンさんも張り切っておりましたの」

 

「……リナ、そういった事は口に出すものではありません」

 

「ボスめっちゃ照れてんじゃん」

 

「か、カリンも素敵だと思いますっ」

 

 あれやこれやと賑わい立つ面々をよそに、スウェインは部屋の片隅にあった姿見でもう一度自分の姿を確認する。

 自分自身であっても、一瞬自分であるとは分からない程度の変貌ぶりであった。流石にアストラやイヴリンに見せれば一瞬で看破されるのだろうが、見ず知らずの人間を騙すには十分すぎるほどである。

 家政での業務を行うたびに色々と準備をしなければならない手間はあるが、それも慣れてしまえば手順の簡略化はできる。自分のためにこれだけしてくれたのであれば、それをどう自分のものにするかはスウェイン自身の問題であった。

 

「コホン。それと貴方には、専用のコードネームで行動してもらいます。以後、『ヴィクトリア家政』での業務中はこのコードネームでの呼称を遵守していただきます」

 

 外見を偽ったのであれば、無論名前も偽らなければならない。気分はまるでスパイのようであったが、遊び感覚でできるほど容易い仕事ではない。

 名を二つ持つ、という事の意味。それは日常と仕事とで完全に自己を切り替えるという事に外ならない。それには相応の覚悟が必要で、相応の技量も必要だった。

 

「「ノクス」――()()で申し訳ありませんが、これを貴方のコードネームとします。良いですね?」

 

 安直――確かにそう言ってしまえばそうである。

 だが文句はなかった。むしろスウェイン(自分)という存在を比喩するに相応しい言葉であるとも思っていた。

 その名前を噛み締めるように脳内で反芻し、十分すぎるほどに記憶に刻み込んだところで、スウェイン――「ノクス」は執事らしく恭しく頭を垂れた。

 

 

「かしこまりました。それでは皆様方、不束者ではありますが『ヴィクトリア家政』の末席を担う者として、以後よろしくお願いいたします」

 

 

 

 

 

 

 








どこかにゼンゼロキャラの一人称・三人称まとめサイトみたいなのはないんですかね……
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