ゼンゼロを始めてから約一年、ようやく高難易度をそれなりに回せるようになった十三です。
物理は瞬光、エーテルは儀玄とアリア、氷は雅とイドリーで回せるようになりました。0号アンビーは未だに調整中です。大体ダイアリンを入れれば何とかしてくれますが。
たまに「このキャラ全然火力出ねーな」って思ったキャラが割と初期に引いたキャラのせいでディスク周りがクソ適当だったりすることがあります。最悪な時は音動機ハメてなかったりします。
でもこれ割とあるあるらしいですね。最近知りました。
新エリー都ヤヌス区中心部。
その一画はTOPSを始めとした大企業のオフィスビルが連なる摩天楼街であり、無機質ながらも整然とした機能美が視界の大半を占める場所。
大企業に勤め、いわゆる”成功者”の列に連なろうとする者たちにとっては憧れの場所であり、中央を貫く大通りには高級車が珍しくもなく走り続け、歩道には上物のスーツを着たビジネスマンが行き交っている。
そんなオフィス街から少しばかり離れた場所に、そのホテルはあった。
総階層七十五階、正面ロビーから客室に至るまで豪奢の限りを尽くし、しかしながらそれでいて下品さを感じさせない華美さを誇るそこは、新エリー都メディアが毎年更新する『セイレーントラベルガイド』において鉄板の五つ星を保持している超一流ホテルである。
その一角で今、財界や芸能界に名を連ねる著名人を招いてのパーティーが開かれていた。
ふと視界を右へ左へと揺らすだけでも、億単位のディニーを動かす権利を持つ者達がいる。
彼らにとってこういった場所は絶好の社交場であり、情報収集の場であり、権謀術数が渦巻く溜まり場でもある。懇意にしている取引先と顔を合わせ、敵対企業と表面上の笑顔を突き合わせ、息をするようにグラスを片手に関係性という名の網を広げていく。
仕事熱心で大変よろしい事だ、とイヴリンは壁に寄りかかりながら心の中で独りごちた。
先程まではいつも通り、パーティーに招かれた主人の護衛として付き添っていた。新エリー都の財界を牛耳るTOPS企業のお偉いさんの中にも――あるいはその子や孫が熱狂的なファンである人物たちが少なからずおり、こうした場においてはアストラ・ヤオという歌姫は常に誰かの関心を集めていた。
たまに、自ら会社を興して人生の成功者のレールに若くして乗った眉目秀麗な経営者が色事師のように話しかけてくることもあるが、そういった男たちのあしらい方ももはや慣れたものである。
帝高エンターテインメントグループ、及びその親会社である高志ファイナンスグループにとってみれば、アストラはこれ以上ない”広告塔”であり、パーティーに添える最上級の”華”である。彼女自身がそれを快く思っていなかったとしても、現状その以降に渋々ながらも従っている状態だ。
主人がそのような状況に甘んじているのであれば、従者としてそれに付き従うのは当然の事。”華”に突き出される過度なアルコールを全て弾きながら、従者は若干疲労の色を滲ませた息を吐いた。
「お疲れ様でございます。イヴリン様」
壁に寄りかかったイヴリンの隣に、音もなく立っていた白狼のシリオン。
多少油断していたとはいえ、気配を感じ取れなかったことに自らの感覚の鈍り具合を顧みながら、視線を前方に固定しつつ応える。
「そちらもお疲れ様です、ライカンさん。異常は見られないようで」
「左様でございます。パーティーの出席者名簿も確認させていただきましたが、招待状送付一覧と差異はありませんでした。私の知る限りでは、偽名を用いて出席している方もいらっしゃらないかと」
「感謝します。……申しわけありません、
このパーティーの警備の一環として『ヴィクトリア家政』を雇うように上層部に進言したのは、他ならぬイヴリンであった。
スターループの一件以降、帝高の上層部からは未だに怪しまれているイヴリンではあったが、親会社である高志ファイナンスや他TOPS企業役員が参加するパーティーともなれば、警備はいくら厳重にしてもし足りない。
無論、帝高が抱える警備担当社員も会場のあちらこちらに控えてはいるが、圧倒的な依頼達成率を誇る『ヴィクトリア家政』の名声はTOPSの中にも知れ渡っている。依頼料こそ一般人から見れば目が飛び出そうになるほどに高額だが、帝高からしてみれば、もしパーティーが台無しになった際の金銭的損額と比べれば吹けば飛ぶ程度の金額でしかなかった。
「どうかお気になさらず。お客様方の安全を守るために十全の注意を払う。それが今回私共にいただいたご依頼ですので」
「ありがとうございます。……まぁ会場の雰囲気もだいぶ落ち着いてきましたので、懸念事項が起こることも無いとは思いますが」
「とはいえ、ご参加頂いている方々のご芳名を見させていただいた限りでは、不埒な者達が警備の目を掻い潜って潜入していないとも限りません」
高志ファイナンス、ジョナサン財団、セイリングループ、モンテフィーノ・カナリア、パルカファクトリー・フィルムズ等、財界から芸能、メディアに至るまで超一流の面々が一堂に会している。
その出席者名簿の写しをペラペラとめくりながら、ライカンの目が少しばかり細く尖った。
「その可能性が限りなく低かったとしても、火花のような諍いが起こる可能性までは否定しきることはできません」
ライカンから手渡された名簿。細いペンで線が引かれた一つの企業名。
フーガ・ミュージック社。帝高エンターテインメントの同業他社であり、敵対企業。エンタメ企業としては一時期TOPS内でもトップクラスの大企業であったが、帝高にその座を奪われてからは凋落の一途を辿っている。
それこそ、帝高に産業スパイや暴徒を送り込んで妨害工作に勤しむ程度には。
イヴリンが再び視線を奔らせる。重役やその付き人などでごった返す雑踏の中で、見覚えがある人物の姿を見出した。
しかし、帝高もその辺りは抜かりない。フーガ・ミュージック社の参加者の近くには、不自然にならない程度に警備の黒服たちが佇んでおり、息のかかったウェイターが周辺をうろついている。故に、わざわざイヴリンが警戒を割く必要もなかった。
「そちらに関してはライカンさんに気を張っていただかなくとも大丈夫でしょう。
「では、そのように」
そんなやり取りを終えると、不意に会場の照明の明るさが最小限に落とされた。
電気系統のハプニングではない。パーティーのプログラムのとおりであり、その内容を知っている会場内の参加者からは少々浮足立ったような雰囲気が感じ取れた。
会場の正面手前、幕が上がりきっている舞台の上に歌姫が降り立った。
『ヘミオラ』を構え、声を出す。それだけで、会場内の”観客”達を虜にする。声合わせのためのハミングだけでも心を揺さぶるだけの何かがそこにはあった。
帝高がパーティーのメインプログラムとして用意した催し。即ちアストラ・ヤオのソロ・コンサート。これを見たいがために今日この会場に来たという者も多いのではないかと邪推する程度には、”餌”としては充分価値のある催しであった。
イヴリンは舞台上のアストラを見る。
いつもと変わらない歌手としての笑みを見せているように見えて、機嫌そのものは確実に悪い。
何だったら舞台に上がる前にそのまま脱走してメインプログラムそのものをお釈迦にするレベルで機嫌が悪い事は重々察していた。彼女がそれをしなかったのは、以前同じような事をしてパーティーを台無しにした際にスウェインに三時間ほどガチめの説教を食らったからである。
『会社の偉い人に迷惑をかけるのは…………まぁ百歩譲って別にいいですけど、取り返しのつかないことでディレクターさんやイヴリンさんに迷惑をかけるのは許されない事ですからね?』などと終始正論で詰められたことで余程効いたのか、以後こういった場を脱走する機会は少なくなった。……”無くなった”わけではないのがミソである。
とはいえ、自分の歌声がダイレクトに金と機嫌取りのために使われていることにアストラが面白く思うはずもない。プロとしての意地と矜持で手を抜く事などは一切考えていないだろうが、素人目には分からない程度にほんの少し声色に棘が滲んでいる。
ここから数十分、彼女の歌声がお偉いさん方の見世物として消費されることに対してイヴリンも不快感を覚えてはいた。
だが、この舞台が次の、そしてその次の彼女の輝ける場へと繋がると考えれば、無理矢理にでも許容できる。面白くはないが。
「……相も変わらず、ご自分のお力に対しての責任感が強い方でいらっしゃる。流石は
その言葉を聞いた瞬間、イヴリンが抱いていた心の霧が少し晴れていくのを感じた。
「その、彼は……スウェイン君はそちらで上手くやれているでしょうか」
無論、本当に心配などはしていない。
彼のバランス感覚と容量の良さは今までいくらでも見てきた。受け入れる側がスウェイン・ヤオという個人を見てくれる組織であるならば、上手くやれないはずがないという確信はあった。
それでもそう訊いてしまうのは理性で確信している以上の懸念が心のどこかに残っているからだ。
ライカンもそれを感じ取ったからか、一つ咳払いをしてからアストラの歌声に隠すように話し始めた。
「『ヴィクトリア家政』の責任者として申し上げるのであれば、彼は実に優秀な従業員であるという評価を付けざるを得ません。新しく取り組むことに関して何度か失敗こそしますが、その失敗の原因を自分自身で究明し、同じ誤りを起こすことはありません。偏にあれは、今まで培ってきた経験値そのものなのでしょう。あの歳でここまでできるものなのかと感心すらしてしまったほどです」
「それは、確かにそうですね。職場内の、人間関係の方はどうでしょうか」
「良好でございます。私と
元々、スウェインという少年の対人関係構築能力は高い。姉が有名になり始めた頃から奇異や嫉妬などの負の感情を向けられる機会が多くなってしまった副作用とでも言うべきか、目の前の人間が”どういう感情や言葉を向けられたら嫌なのか”という察知力に敏感になったのだ。
エレンは確かに面倒臭がり屋でスレているように見えるが、過度ではない正直な感情を向けられてそれを無下にするほど思春期ではない。あれで本人なりによく対話する人間を見ていると判断したからこそ、彼女に対してはあまり繕うことなく正直に接していた。餌付けを疑われれば否定はできないが、表情こそあまり動かずとも「うま……」と言いながら完食してくれる人間に提供し続けたいと思ってしまうのは世話焼きの性のようなものである。
逆にカリンには最初は一定の距離を保つように心がけていた。何てことはない日常会話や差し入れを繰り返しながら、ジリジリと間合いを見計らいながら一歩ずつ近づいていく。それはさながら、臆病で警戒心が強い野良猫にねこじゃらしを持ちながら接しようとする様を彷彿とさせていた。
その結果、今では家政業務の休憩中にスウェインとエレンが対戦ゲームをしている様子をカリンが後ろから覗き込むという状況も良く見るようになった。他にも三人で持ち寄ったお菓子を囲んでお茶会をしていたりと、責任者であるライカンからしても安心できる光景が珍しくもなく見られるようになったのである。
「こちらからも、一つお伺いしてもよろしいでしょうか」
「えぇ、私が答えられる事であれば」
「イヴリン様は、彼の戦いの師であると伺いました。……何故、彼に
それは、ライカンがスウェインの戦い方を最初に見た時から気になっていた事であった。
鋼糸はその性質上、取り扱い方に癖がある武装である。元々訓練を受けていた人間であればその攻撃範囲や応用性の高さを評価して選択肢に入る可能性はあるが、それまでロクに鍛錬すらした事のなかった一般人の少年が一から選ぶには特異すぎる。
「……彼の戦い方は、貴方のお気に召しませんでしたか?」
「いえ、むしろあれ程の技量を持ちながら先立っての戦闘が初陣であった事に瞠目すらした程です。……確かに未だ洗練できる余地はございますが、基礎の部分は異様なまでに強固に仕立て上げられています。それこそ足りないのは経験だけでしょう」
戦闘に必要なのは才能、センス、努力、そして経験である。
才能だけは如何ともし難い。それこそ虚狩り・星見雅の如く、天性の武の才能は花開くかどうかはともかくとして生まれた時に備わっているものであるからだ。
だが、後の三つは芽生えさせ、育てることができる。
戦闘センスは才能と同一視されがちだが、要は積極性と向上心が成し得るものだ。より上手く、より効率的に、より単純に、より効果的に。永遠の試行錯誤の果てに更新し続けるものであるとライカンは思っている。
そういう意味では、家政内でこれが一番長けているのはエレンであると思っていた。怠惰に見えて、彼女の強さは本物であり、直感的に磨かれる戦闘センスは数多存在するエージェントの中でもトップクラスであるという評価を贔屓目抜きでつけていた。
だが、ライカンは戦闘任務を共にする内にスウェインにもセンスの片鱗を見出していた。
確かに彼は身体能力という点でも経験という点でも足りていない。家政内での模擬戦でも負け続きである。
しかし、彼は自身の弱点を良く理解している。
この二週間の間に、ライカン自身がスウェインと模擬戦闘をした回数は八回。内、最初の三回は数分以内に決着が着いた。彼が最も不得手とする、”強力な一点突破”によって。
だが四回目、鋼糸を投網のように扱う事で攻撃そのものを阻害してきた。五回目にはその投網に電気属性エーテルを流し込むことで行動阻害に継続ダメージも編み込んできた。六回目はそれらの妨害をこなしつつ攻勢に転じる手段を生み出し、七回目ともなると模擬戦闘用に手加減した状態では正面から突き崩すのは難しくなった。
勝てないことはない。ただ容易くは勝たせてくれないし、その後の戦闘も考慮しなくてはならない実戦においては、非常に厄介な戦い方をする。
エレンが愚痴のように溢した「アイツとはできる限り本気では戦りたくない」という言葉の意味を理解するのにそう時間はかからなかった。
何より、彼の学習能力と応用能力。
たとえ壁に当たって停滞しようと彼は止まらない。自身に才能がない事を前提にしているが故に、どれだけ泥濘の中に沈みこもうと歩みを止めることが無い。
成程、確かにスウェインにとってみれば鋼糸という武器は都合が良かったのだろう。師であるイヴリンが同系統の武器を扱っており、なおかつ器用であれば十全に力を引き出すことができる。剣や銃といった武器とは違い、テクニカルな動きで翻弄し、妨害することもできる。
「何かを教える側からすれば、彼は非常に良い生徒と言えるでしょう。一を教えて十を知る天才ではなくとも、理解した一からあらゆる可能性を見出すことができる。”秀才”という言葉がこれ程合致する者も、そうおりません」
「”秀才”ですか。……えぇ、そうでしょうね」
「正直なところ奇跡だと思っているのです。万人が認める天才、新エリー都最高峰の歌姫、芸能界の若き女王――それだけの賛辞を受けるお嬢様が姉でありながら、よく腐らずに育ったものだと」
天才であることに罪はない。その
では、
「私がお嬢様のマネージャー兼護衛を務めるようになってからまだ二年と少しですが、お嬢様は事あるごとに彼の話をします。それこそ幼少期の話から最近起きた事まで事細かに。損得なく、表裏なく、お嬢様は彼を弟として愛し、恐らくは彼の方もお嬢様を姉として愛している。……溢れんばかりの才能を享受した者と、その才に手が届かなかった者。決定的なまでの差が、その姉弟にはあったというのに」
「…………」
「聡い彼がその事について気付いていないわけがなかった。ましてや悩まないわけがなかった。お嬢様の天性に目を焦がれ、心を奪われたファンたちからの嫉妬すら一身に受けながら、それでも――それでも彼は努力し続ける道を選んだ」
自分にできる程度の事が他者にできないはずがない――拗れて捻じれても
だからこそイヴリンはその言葉に強く異を唱えることができなかった。その理念が彼を支える支柱の一つであったのであれば、それを崩すことなどできない。
「天才を肯定するために、自らを凡人であると定義し続ける、ですか。なるほどそれは……生半可な覚悟では貫けないものですね」
天性の才能、というものが何を意味するのかで判断は変わる。
しかし少なくともライカンは、一番身近な人間の天才性を表裏なく肯定し、己の弱さを正面から受け止め、それを払拭するために努力し続けるその姿を”凡才”であるとは到底思えなかった。
「ライカンさん」
アストラ・ヤオの歌声に隠すにはあまりにも弱弱しい声。横目で見るとイヴリンは、悔しそうに顔を歪ませていた。
「私では……私では彼の覚悟を受け止めることができませんでした。お嬢様の事を慮ってしまい、関係に罅を入れる覚悟を持てなかった。それでも貴方なら――」
それを言い切る前に、ライカンは恭しく頭を下げた。絞り出すようなイヴリンの声を遮るように。
「
そこまで言い切った後、「しかし」と続けた。
「向き合うのはイヴリン様、貴女様のお役目でございます。傷つけぬための言葉というのは往々にして必要にはなりますが、それでも貴女様は彼が武において師と仰ぐお方。であれば、腹を割って話し合う意味も意義もあるのではないかと、そう愚考いたします」
気づけば、会場は拍手で埋め尽くされていた。その熱烈なコールに事務的な笑顔で応えながら、歌い切ったアストラは舞台裏へと引っ込んでいく。
その様子を見てイヴリンは、相談に夢中になって自身が完全に出遅れた事に気付いた。
「すみません、ライカンさん。不躾な相談に付き合っていただいてありがとうございました。私はこれで」
「滅相もございません。――彼の事はご心配なく。守られるだけの存在では、もうありませんので」
頭を下げ、その場を去るイヴリン。その背を目で追いながら、ライカンは珍しく両目を掌で覆いながら深く息を吐いた。
会場の喧騒とは裏腹に、彼の胸中の温度は下がるばかり。己が先程口に出した言葉を脳内で反芻しながら、自虐じみた笑みすら漏らした。
「腹を割って話し合う、か。どの口が言うのか」
それは呪いのような呟きであった。しかしそれは、歌姫が撒いた声の熱に掻き消えて消えていく。
それだけが、ライカンにとっての幸運であった。
―――*―――*―――
歌の余韻が冷めやらぬ中、会場全てを見渡せる場所にその男はいた。
「やはり俗物の扱いは楽だな。歌姫様が数分の夢を見せただけで浮かれ切っている」
会場を俯瞰しながら鼻で嗤い、その男――帝高エンターテインメントグループ専務、ホブソンは視線を巡らせた。
「フーガの連中はどうした」
「引き続き見張らせていますが、怪しい動きは見せていません。パルカファクトリー・フィルムズの幹部と話をしていたようですが、体よくあしらわれていましたね」
「フン、まぁそうだろうな」
先立ってのスターループの一件でフーガ・ミュージック社がゴロツキを雇って妨害行為を行ったという事態は公にはなっていない。だが、帝高は懇意にしているTOPS傘下の報道社を通じて内々に”信憑性のある確実性の高い噂”として関係各社に話をバラまいていた。
結果的にあの事件はテッサ・デヴィンターの単独の暴走行為として片づけられたが、帝高が株価を右肩上がりに上げたのに対して、”噂”をバラまかれたフーガの株価は過去類を見ないほどに下落している。
”歌姫を亡き者にしようとした”というのは飛躍した噂話から尾ひれがついた末の陰謀論ではあったが、ヨラン・デウィンターの一件から続く両社の因縁を知る者たちはそれをただの噂だとは片づけない。
その結果は面白いほどに株価に現れた。元はTOPS傘下企業の中でも有数のエンターテインメント企業であったフーガ・ミュージックがこれ以上なく凋落していく様には、栄枯盛衰を感じずにはいられなかった。
「フーガのリグルス専務も大変な事だ。お情けで招待されたパーティでせせこましく営業とはな」
「その行為も実を結んでいないようではありますが。先日行われた『セイリングループ』主催のCMコンペも我々が勝ち取りましたので」
「油断はするな。窮鼠は猫を噛むが、とことんまで追い詰められれば獅子にすら噛みつくぞ。その後どうなろうとも知らずにな」
見下すように階下を睨みつけるホブソンに、秘書がとある資料を渡す。
「その噛みつきと結びつきがあるかどうかは不明ですが、先日リグルス専務が『スリーゲートグループ』の部門長と接触したとの報告が挙がっております」
「……スリーゲートだと? 奴ら建設業でも始める気か?」
「いえ、”重工”の方です。表上では、何の契約も結ばれていないようですが」
TOPS財政ユニオン、経済界の上澄みの一つである『スリーゲートグループ』。新エリー都の建築界の長寿企業である『スリーゲート建設』が有名ではあるが、『スリーゲート重工』は主に武器開発を担当する系列企業である。
その企業名が出た事で、ホブソンの眉間の皴が更に深くなる。落ち目のエンターテインメント業界の幹部が武器開発を生業とする会社と接触、高確率でロクな事にはならないだろう。
「何か動きがあればすぐに知らせろ。新事業を開拓する程度であればどうでもいいが、
「かしこまりました」
そんなやり取りを終えると、少し先の突き当りの廊下を足早に進むアストラと、それを追うイヴリンの姿が視界に入った。
見えたのは一瞬だったが、あからさまに不機嫌なアストラと、それを宥めようと急ぐイヴリンであった事は明らかであった。見慣れたと言えば見慣れた光景に、気の抜けたような苦笑が漏れる。
「歌わせるところまで持って行けただけでも上出来か。
「おっしゃっていただければ、ご手配いたしましたが」
「いや、要らん。その場は大人しくしているだろうが、後が面倒になる。爆弾の抑制剤は、ここぞというところで使わなければ意味がない」
「抑制剤、ですか」
「
その人間に価値があるか否か――ホブソンはその点でしか他者を判断しない。
アストラ・ヤオはそういう意味では最上の人間と言える。個人の感情は抜きにして、現在の帝高の価値を高めている存在である事には変わらない。
イヴリン・シュヴァリエの事も一応評価している。元々はフーガが雇った産業スパイという存在であったため、切り捨てることにも何の躊躇いが無かったが――それでもアストラの価値を飛躍的に高めた立役者である。マネージャー兼護衛としての能力にも不満はない。
だが、スウェイン・ヤオに対しての評価は未だにその程度であった。
アストラのプライベートを支える存在。それがどれだけ重要なのかは理解している。彼の言動一つがアストラの機嫌を左右すると言っても過言ではない。
だがそれは裏を返せば、彼の身に何かがあればアストラは使い物にならなくなってしまうという事である。
天才と紐づけられた人質のようなものである。己を守る強さが無ければ、足を引っ張る存在へと成り果てるのだ。
感謝はしている。アストラの補助パーツとしての価値は理解している。しかし彼個人への価値は見出せていない。――それが現在のホブソンの考えであった。
「――会場に戻るぞ。面々が熱に浮かされている内にすべき事を済ませてしまう」
上物の靴を鳴らしながら階下へと向かうその姿は、どこか形容し難い虚しさを背負っていた。
■ヴィクトリア家政エージェントからのスウェインへの評価
・ライカン→スウェイン
素直だし勉強熱心だし向上心があるしで、教えててメチャクチャ楽しいと思っている。
料理の技術も高いので、結果的にリナの料理を回避するタイミングが増えた事に対して一番感謝していたりする。
・リナ→スウェイン
教育者としての感想はライカンと大体同じ。その頑張りのご褒美として料理を振る舞おうと画策しているが、ライカンとカリンの鉄壁ガードによって防がれている。
戦闘スタイルが似通っているところがあるのでアドバイスをする機会が一番多い。たまに家政の後輩というよりは可愛い弟のように接する時がある。
・エレン→スウェイン
低カロリー高エネルギーの美味しいごはんをくれることには感謝している。態度こそツンケンしているが決して嫌っているわけではない。
たまにサボっているのを見逃してくれるので後輩としては彼女なりに可愛がっている。
ただし嫌らしい戦闘をするのでそこだけは気に食わない。絶対に敵対したくはないと思っている。
・カリン→スウェイン
パーソナルスペースの距離の測り方をちゃんと理解しているのでそれなりに信用できる人だと思っている。ちゃんと敬意をこめて「カリン先輩」と呼んでくるので、照れたり委縮しながらも自分なりに出来ることをしてあげようと思っている。
彼女もそれなりに料理ができるので、厨房に共に立つ姿が何度も見られている。