この終末世界の異譚秘話   作:十三

9 / 10



プロメイア姐さんとシーシィアを同じ部屋に閉じ込めて、何時間経てば普通に話し始められるかという趣味の悪い催し物をやってみたいです。

あのギャル、自分の命が一番大事だからいざという時は見捨てて逃げるかんね‼ とか言っておきながらパエトーンを見捨てて逃げることは死んでもできない辺り生来の根っこの良さが透けて見えますね。一度本当にニコと組んで欲しい。お前にこのタッグを制御しきれるか猫又ぁ‼(この前のガチャですり抜けた恨み)

ところでもしかして妄想エンジェル三人衆って三人衆で組ませるのは最適解ではなかったりします?





攘災招福是成るか 前篇

 

 

 

 

「スフィー、ちょっと雰囲気変わったかしら?」

 

 二人揃って朝食を食べながら、アストラは弟に向かってそう言った。

 

「? どこかおかしいですか?」

 

「ううん、そうじゃないわ。悪い意味で言ったんじゃないの。むしろ前よりも格好良くなったと思うわ。流石は私の弟ね♪」

 

 皮肉感も嫌味感もゼロ。正真正銘本心からの言葉であるのがいつものように伝わる。

 心の内に生じた気恥ずかしさを隠すように、自作した雑穀入りパンを頬張りながら呆れたような表情で姉を見る。

 

「たかだか一週間かそこらで変わるわけないじゃないですか」

 

「そうでもないわよ? 心情の変化っていうのは、案外顔つきにも出てくるものだわ。芸能の(こういう)仕事をしているとね、そういうのも良く分かるようになるの」

 

「はぁ、なるほど」

 

「少しずつだけど、自信がついてきたのね。とてもいいことだと思うわ」

 

 我ながら表情筋の動きの弱さには自覚があったスウェインは、自分がそんなにも分かりやすくなっていたのかと首を傾げたが、その傾いた頬にアストラの白魚のような手が触れる。

 

「分かるわ、強くなってきたのね。それを認めてくれる人もできた。あなたのお姉ちゃんとしては、少し妬けちゃうかも」

 

「……姉さんにも、そういった感情はあるんですね」

 

「当たり前よ。私だって一人の人間だもの。極端な事を言うとね、あなたの格好良い姿は私と……そうね、イヴだけが知っていれば良いとすら思っていたわ」

 

 その言葉と共に、細い指に独占欲という名の熱が灯ったように思えた。それを感じながら、スウェインは姉の手をどかして牛乳を喉の奥に流し込む。

 

「光栄だと思っておきます。でもイヴリンさんも巻き込むのはやめてあげてください。あの人も多分迷惑ですよ」

 

「あら、そんなことはないわよ。イヴだってスフィーの事が大好きだもん」

 

「何を根拠に――」

 

 その話題を遮るように、玄関の方から軽快な音が鳴る。この時間にインターフォンを鳴らす人物には一人しか心当たりが無く、スウェインはその対応のために席を立った。

 来訪者をドアスコープ越しに確かめるようなこともしない。複数個あるドアのロックを解錠して開けると、思っていた通りの人物がそこに立っていた。

 

「っ、おはよう。スウェイン君」

 

「おはようございます、イヴリンさん。すみません、姉さんはまだ朝食中でして。あがって待っていてください」

 

 自分を視界に収めた瞬間に少しばかり目を泳がせたイヴリンに対して、しかしスウェインは表面上は気付いていないフリをして振る舞う。

 何かを隠しているか、何かを言おうとしているか。恐らくはそのどちらかだろうという予想は立った。嫌われてはいないだろうというのは、多少の願望込みの予想ではあったが。

 

「姉さん、イヴリンさんが来ましたよ。まだ時間に余裕はありますけど、早く食べちゃってください」

 

「あともうちょっと待ってー」

 

 はぁ、とため息をつきながら、食器を片付けるために少し離れたシンクへと移動していく。その様子を眺めながら、イヴリンはアストラの傍に腰掛けた。

 ちぎったパンを口の中に放り込みながら、アストラもイヴリンの横顔を見る。弟がそれを読み取っていたように、姉もイヴリンの内心をある程度察した。ただし彼女の場合は、些か楽観的ではあったが。

 

「ねぇ、イヴ」

 

「? なんだ、お嬢様」

 

「前にも言ったけど、イヴも一緒にここに住みましょうよ」

 

 グフッ、と。口の中に水分を含んでいたわけでもないのに、陸で溺れたような音が零れた。

 からかっているのか、と抗議するつもりで主を見たが、アストラは笑ってはいたものの、冗談めかした笑みは浮かべていなかった。

 

「……ここは貴方達家族が暮らす場所だ。マネージャーとはいえ、部外者の私がズカズカと踏み行って良い場所ではないだろう」

 

「あら、今更それを言うの? イヴだって何回もウチに来て、泥酔しちゃったときは私のベッドで寝た事もあるのに?」

 

「それ――を、言われると弱いが……」

 

 主従揃って前後不覚になるまで泥酔しつつも何とかこの自宅に辿り着いた後、汚してしまった服の処理から寝室までの移動、翌日目覚めた後の二日酔いのケアまで、なにもかもを年下の男子にやらせてしまった時の自身の黒歴史を再び思い起こしてしまい、顔が赤くなる。

 以後、そこまでの醜態を晒すことはなくなったが、そうでなくとも食事を一緒したり祝い事があれば贈り物を贈りあったりと、確かに傍から見れば家族のような付き合いはしていた。

 

「イヴが一緒に暮らせばこうして迎えに来る手間も省けるし、何よりスフィーも食事とかの予定を立てやすくなるわ」

 

「待て、お嬢様。それだとスウェイン君の負担が倍になるだけじゃないか」

 

「三人でソファーに並んで座って映画を観るのも良いわね‼ 知ってる? スフィーの寝顔ってとっても可愛いのよ。他の人に見せるのはアレだけど、イヴになら見せても良いわ」

 

「待てと言っているだろうお嬢様‼ 暴走列車のように話を進めるのをやめてくれ‼」

 

「私は至って正気よイヴ。スフィーの寝顔を撮る時の私の集中力はライブ中のそれを軽く上回るわ」

 

「マネージャーとしては聞きたくなかった言葉だそれは……ッ」

 

 やいのやいのと騒ぐ二人の言葉は、当然の事ながらスウェインの耳にも入っていた。

 寝顔の件については薄々気づいてはいたが、まぁそれが姉の精神安定の一環になるのであればとスルーしていた。以前リンから言われた自分の写真を使ったアクリルスタンドを作った件については姉に徹底的に問い詰めはしたが。

 それを差し引いても、スウェインはイヴリンが同棲するという事そのものを否定するつもりはなかった。

 

「スフィーはどう? イヴが一緒に暮らしても良いかしら?」

 

「僕は構いませんよ。家事の量なんてあまり変わりませんし、それにイヴリンさんの家事スキルが姉さん以上に致命的だとは思いませんし」

 

「まぁ確かに私はスフィーがいないと日常生活に支障が出るレベルで家事はできないわね」

 

「どうしてそこまで胸を張って宣言できるのか、私には皆目理解できないのだが……」

 

 まぁ、ともかく――スウェインはそう言って本筋に対しての話を進める。

 

「僕はその話には賛成です。毎日オフ以外の日に朝早く起きてウチまで迎えに来るのも大変でしょうし、仕事が終わった後も直帰できます。何より、姉さんが喜びますし」

 

「そ、れは……」

 

 マネージャー兼護衛としては確かに汲むべき提案だ。朝早く起きることも夜遅くまで起きていることも特に苦にはならないが、肉体的負担を減らすという意味では一考すべき事だろう。

 

「とはいえ、イヴリンさんの意見を無視してまで決めようとは思いません。ご覧の通り姉さんの押しはメチャクチャ強いですが、その辺りは僕が抑え込みますので安心してください」

 

「ちょっとスフィー‼ それだと私がイヴに無理強いしているみたいじゃない」

 

「その通りですが?」

 

 姉弟二人が喧嘩とも言えない程度の言葉を交わしあっている間も、イヴリンは考え続けた。しかしふと時計を見ると、出立の時間がいつの間にか近づいていることに気付く。

 

「お嬢様、スウェイン君。この話はまた後だ。そろそろ出なければレコーディングに間に合わない」

 

「あら、本当だわ。あそこの音響ディレクター、時間に厳しいのよね」

 

「プロとして当たり前のことを不満げに言うんじゃない」

 

 ドタバタと準備を始める二人をよそに、スウェインはいつも通り二人分の弁当箱を机の上に置いた。それを、二人が流れるような動きで拾っていく。

 

「それじゃあね、スフィー。今日は早めに帰れると思うわ」

 

「君は今日もバイトだろう。まぁ、なんだ。滅多な事は起きないとは思うが、気を付けてくれ」

 

 笑顔を向けるアストラ。それに感化されたように、ぎこちないながらも笑みを見せたイヴリン。その二人の顔を目に焼き付けてから、当人もまた外出の準備をする。

 

 ()()()()、彼の一日の始まりは平和な日常そのものであった――。

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

「本日はわたしとカリンちゃん、そして「ノクス」さんの三人で六分街に向かいますわ」

 

 『ヴィクトリア家政』の拠点にて。既に別の仕事に向かっていたライカンと学校に行っているエレンを除いた三人は、リナの言葉に従って社用車で六分街に向かっていた。

 ()()()()()()()以外においてほぼ完全無欠のメイド長であるリナは、無論のこと車の運転も完璧であり、その快適さは同車していたカリンがスウェインに寄りかかってうたた寝をする程だった。

 

「そう言えば、本日のお仕事の内容をまだ伺っていませんでした」

 

「今回はプロキシ様からのご依頼なのです。依頼内容そのものは実際にお会いしてからとのことで、わたくしも詳細までは存じ上げないのです」

 

 ですが、とリナはハンドルを握りながら所感を述べる。

 

「プロキシ様が我々『ヴィクトリア家政』をご指名という事であれば、それに値する出来事が起きたという事。我々が出向くのに、それ以上の理由はありませんわ」

 

「自分もあのお二人から家政の事を紹介していただきましたが、どのような形で出会われたのですか?」

 

 ふと気になったことを訊いてみると、ウトウトとしていたカリンが何故か跳ねるように起きた。

 

「えっと、ですね。あのお二人と初めて会ったのはカリンなんです」

 

 そこから六分街に到着するまでの時間でそれまでの「パエトーン」と『ヴィクトリア家政』の関係のあらすじをカリンとリナから聞くことになった。

 ホロウ内で迷子になっていたカリンと、ホロウレイダーである『邪兎屋』と共に行動していた「パエトーン」が出会ったことを皮切りに、とある事件でバレエツインズホロウを訪れた「パエトーン」と再開。

 その一件で家政は「パエトーン」と友誼を結び、『対ホロウ六課』主導の作戦においても駆けつけるなど、金銭を対価とした主従関係とはまた別種の関係を築いているという。

 

 ただ、リナが詳細を説明する際に、言葉の節々に内容を簡略化したような形跡を見ることができた。

 恐らくは今のスウェインにはまだ話せない事。家政の末席として仕事に従事しているとはいえ、今現在は仮採用の最中である。そんな自分に話せないことがあるのは、ある意味で自然な事であった。

 

 

「あの後も、家政の皆さんでお手伝いすることもありましたし、私だけ呼んでいただいてプロキシ様のお手伝いをすることもありました」

 

「その内、「ノクス」さんもお呼ばれすることがあるかもしれませんわね」

 

「僕をお呼びいただく時は、他の方と一緒に呼んでいただいた方が良いと思いますけどね」

 

 そんな話をしていると、車は地下鉄六分街近くにある駐車場に入って行った。

 『Random Play』はここから徒歩で数分ほどの距離にある。確かにヤヌス区の中心街からは少々離れているとはいえ、それでも六分街は「住みたい街区ランキング」での上位常連の人気街区である。そんな街の一角に賃貸ではなく持ち家を獲得するとなれば、それこそ「ビデオ屋」一本の売り上げでどうにかできるとは思えない。

 どちらが本業でどちらが副業なのかは分からないが、それでも「パエトーン」としてプロキシ業で稼いだ金額がそれなりのものであった事が伺える。

 何らかの事情で「伝説のプロキシ」のアカウントを消した今、以前ほどの収入は見込めていないだろうが、それでも積んだ経験そのものは消えはしない。少なくとも『ヴィクトリア家政』が個人感情抜きで組むに値すると判断できるレベルには。

 

 キィ、とどこかアンティーク味のある扉を開けると、落ち着きのある空間が広がる。幸いにも店内には他の客はおらず、カウンターに座っていたボンプが笑みを浮かべた。

 

ンナ、ンナナナ(いらっしゃいませ)‼」

 

18号(トワ)様、ご無沙汰しておりますわ。店長様はいらっしゃいますでしょうか」

 

ンナナ、ナナ(あ、リナさん)ナナンナ、ナンナナ(こちらにどうぞ)

 

 『Random Play』の店番を任されている18号(トワ)と呼ばれたそのボンプは、テクテクと歩いて行くと店奥の裏部屋に繋がる扉を叩く。すると、奥に待機していたもう一体のボンプが扉を開け、三人に入室を促した。

 スウェインにとって、ここを訪れるのは二度目となる。家の主が「工房」と称しているその部屋。プロキシ業で扱うPCに複数のモニター。息抜き用と思われる旧型テレビとソファーなどが並ぶその部屋は、閉塞感こそ感じられるが不思議と嫌な雰囲気は感じられない。

 

「あ、いらっしゃい‼ リナさん、カリンちゃん、スウェイン君」

 

「わざわざ来てもらって申し訳ない。いつも通りノックノックでの連絡にしようと思ったんだけれど、少しばかり違和感がある依頼でね。直接話した方が良いと思って呼んでしまったんだ」

 

「お気になさらないでくださいまし。むしろ久しぶりにお二人のお顔を拝見することが出来て、リナは嬉しゅうございます」

 

「か、カリンも同じですっ」

 

「ありがとねー、二人ともっ。……それにしてもー」

 

 「パエトーン」の片割れであるリンはリナとカリンに人懐っこい笑みを浮かべると、スウェインの方を見て僅かばかり驚愕したような表情をした。

 

「ライカンさんから聞いてたけど、スウェイン君ホントに別人みたいだねー。黒髪のウィッグにカラコンに伊達眼鏡。本当に仲の良い人じゃないと見破れないでしょこんなの」

 

「確かに。声色とかは変えていないようだけど、人の認識は案外外見に引っ張られるからね。着ているものも相俟って、見破るのは至難の業だろうな」

 

 その称賛はスウェイン個人というよりは、この変装を見繕ってくれたライカンとリナに向けられたようなものであったが、彼はそれを分かった上で頷いた。

 

「ありがとうございます。僕が”スウェイン・ヤオ”だとバレると家政にもご迷惑が掛かりますから。なので僕の事はコードネームの「ノクス」で呼んでいただければ」

 

「コードネームかぁ。「11号」や「トリガー」さんで慣れてるからその辺りは大丈夫だと思うけど……」

 

「とはいえ僕たちもプロキシだからね。身体を張ってくれるエージェントの要望に応えるのも仕事の一つだとも」

 

 短い緊張解しの雑談の時間。それを早々に切り上げた後、アキラはPCのキーボードを操作する。

 

 直後、家政の三人のスマホに送信されたのは、今回アキラとリンの二人が受けた依頼の詳細だった。依頼人からの情報と、それに付随するように添付されていたのは見ただけでも頑丈なつくりと分かる車両が土煙を上げながら爆走する写真だった。

 

「依頼人はちょっとした事故でホロウ内に迷い込んでしまった車に乗っていた一般人でね。調査員の救援を待っている途中、写真の車両に当て逃げをされてしまったらしい。幸いにも依頼人は無事に救助されたらしいんだけど、廃車同然になってしまった車から大事な私物を回収してほしいとの事だ」

 

 事故か故意かはともかく、ホロウ内に遺棄されてしまった物体はホロウレイダーなどに窃盗されたとしても訴え出れないことが多い。所有権そのものが有耶無耶になるというのもあるが、空間接続自体がメチャクチャになるホロウにおいては回収自体が難しいのが実情であるからだ。

 そして、万年人員不足であるホロウ調査協会や治安局などは、当然ながらまず人命救助任務が優先される。いくら当人にとって大事なものであるとはいえ、生命の危機とは無関係な物品の回収を依頼したところでまともに請け負ってはくれないだろう。

 そういう時に頼られるのがプロキシと称される非合法のホロウ案内人である。

 

「き、聞いたところではそんなにおかしくない依頼だと思うんですけど……」

 

「そうだね。カリンちゃんの言う通り、こういう依頼自体はそんなに珍しくないんだよ。私たちが違和感を感じたのはこの写真。スウェ――「ノクス」君は分かる?」

 

 スマホ画面に映る写真を眺めながらスウェインは数秒考え、そして自分なりの違和感を口にする。

 

()()()()()()()()()()

 

 果たしてその言葉は、「パエトーン」兄妹が求めていた言葉そのものであったらしく、満足するように頷いた。

 

「依頼人の方は自家用車に乗った状態で、写真に写った大型車両に当て逃げされたんですよね? それなのにこの写真は一切のブレもなく綺麗に撮られてます。一般人が不慮の事故でホロウに放り込まれて、救助を待つという状況の中、直接的な命に関わる衝突事故を起こされて冷静に写真を撮れるとは思えません。――無論これは自分の個人的な見解に過ぎないのですが」

 

「いや、大丈夫だ。むしろ今から説明しようとしていたことを全て言われてしまってどうしようかと思っているところだよ」

 

 力無く笑うアキラだったが、説明の手間が省けたのは彼にとっても僥倖だった。

 

「実際、僕とリンが気になったのもそこだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()アングルと精度。そうなると依頼人の真偽そのものが不明瞭になる」

 

「付け加えると、依頼が”廃車同然になった車の中からの物品の回収”なのに、その車じゃなくて当て逃げした大型車両の方の写真を送ってきてるのもおかしいよね。一応依頼内容の中には車種とホロウの名前も記載されているけど、情報が多いに越したことはないんだもん」

 

 ()()()()である。依頼内容に合致した写真を送れないほど混乱もしくは憤慨しているのであれば、それと反比例するように明確に撮られた写真が違和感になる。

 プロキシは言うまでもなくリスクを孕んだ商売である。「パエトーン」が例外なだけで、プロキシは基本的にエージェントと共にホロウ内に入り依頼達成を目指すものであり、リスクとリターンを天秤にかけて割に合わないリスクはそもそも受け入れない嗅覚も必要となる。

 

 スウェインはそういう分野には通じていない素人である。そんな素人目から見ても怪しい依頼だという事は分かった。であれば、プロである「パエトーン」兄妹がそれを受ける意味も少ない。

 だが、わざわざエージェントとして『ヴィクトリア家政』の人間を呼んだのであれば依頼そのものは引き受けたのであろう。それに理由をつけるのだとすれば――。

 

「でも、ねぇ。言いにくい事ではあるんだけど、報酬金を結構出してくれるみたいで……」

 

「……とても言いにくい事ではあるんですけど、エージェント(僕たち)にそういった事はあまり話さない方が……」

 

 とは言いつつも、(ディニー)そのものは大事である。この時点ではスウェインは与り知らない事ではあったが、現在「パエトーン」兄妹は、超優秀ではあれど超絶電気代喰らいの高性能AIを抱え込んでいるために家計が火の車状態であった。スウェインが思っている以上に切羽詰まっている状態であったのだ。

 

 それでも、スウェイン個人としてはこの依頼を受けることに否とは思わなかった。家政の一員として動いていることは勿論だが、自分の命を救ってくれて、なおかつ今のバイト先を紹介してくれた恩義がある。それを反故にするほど人でなしではないつもりだった。

 

「お気に病まれることはありませんわ。我々は『ヴィクトリア家政』でございます。依頼人様(ご主人様)のご要望に完璧以上でお答えするのが役目でございますもの」

 

「わ、私も頑張りますっ」

 

 依頼内容を理解し、それに対して了承する意思を見せた。形式的な契約を交わす必要こそあるが、彼らの間ではそれこそ”形だけのもの”以上になりはしない。

 プロキシとエージェントの間には、それこそ信頼関係というものが金銭以上に重要になる。どのような簡単な依頼であっても、文字通り命懸けになる以上、信頼できないプロキシに命を預けることはリスク以上の何物でもないからだ。

 「パエトーン」はそれを懸けるに値する。他のエージェントと同じく、それが『ヴィクトリア家政』の共通意志であった。

 

「三人ともありがとう‼ いつも通り、私たちも最大限のサポートするからね」

 

「依頼内容にも書いてあった通り、場所はクリティホロウだ。原生ホロウだけあって範囲が広いから気を付けておいてほしい」

 

 そうして「パエトーン」兄妹との会話を終えると、三人はリンからホロウ内移動用ボンプであるイアスを受け取り、再びリナの運転する社用車でクリティホロウの入り口に向かう。

 車内でリナが戦闘で使用しているボンプであるドリシラとアナステラがイアスと戯れる様を眺めながら、スウェインは助手席からリナに語り掛ける。

 

「リナさんは、どう思いますか? 今回の依頼内容は」

 

 依頼を持ってきた「パエトーン」にではない。依頼内容と成功報酬、そして依頼人の行動。その繋がりに違和感しかない状況を尋ねてみる。

 さりとて、『ヴィクトリア家政』はプロの遂行人集団である。こうしたことを訊くのはその一員として自覚が足りないと思われるかもしれないと内心思いながらの問いであったが、リナはいつも通りの穏やかな笑みを浮かべながら答えた。

 

「そうですわね。依頼人様の遺失物探し――だけでは済まないでしょう」

 

「……リナさんもそう思いますか」

 

「少々危険性のある依頼になるかもしれませんわ。ですが「ノクス」さん、あなたも見習いとはいえ今や立派な家政の一員ですわ。わたしとカリンちゃんがサポートしますので、こういった不測の事態に対しての対処法も今の内に学んでおくべきですわね」

 

 失敗できるところでできる失敗、もしくは不測の事態に対応できるようになるためのサポート。

 ただ安全に配慮されているだけでは、一人前の『ヴィクトリア家政』の従者とは言えない。その思惑は充分に理解できていたし、望むところでもあった。

 

「かしこまりました。リナさん、カリン先輩、学ばせていただきます」

 

「ふふ、そう畏まらなくともよろしいですわ。エレンに接する時と同じくらい砕けていてもよろしいですわよ?」

 

「私が、その、何かを教えられるかどうかは分からないんですけど……で、でも! 「ノクス」さんがちゃんとお仕事できるように頑張りますからっ」

 

「ありがとうございます、カリン先輩。エレン先輩は……そうですね、あまり僕が堅苦しくしすぎると本気で嫌な顔して蹴り入れてくるのであれくらいがちょうど良いんです」

 

 クスリと笑って、緊張が少しばかり解れる。少しばかりイアスへの過剰接触が過ぎていたドリシラの首根っこを掴んで引き離し、口汚く文句を言う彼女を膝の上に載せて車は更にクリティホロウへと近づいていく。

 窓から外の景色を仰ぐと、空の模様は今朝見た天気予報通り灰色の分厚い雲に包まれていた。

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 六大原生ホロウ――それは通称”零号ホロウ”とも呼ばれるコードネーム:”リンボ”より派生した、新エリー都各所に存在する六ケ所の巨大共生ホロウである。

 衛非地区・澄輝坪近辺である旧都地峡の北西に位置する”ラマニンアホロウ”。初代《虚狩り》が一人、《導き手》ジョイアスが単身で踏破した”神の迷い路”を有する”パパゴホロウ”。既知のホロウ構築の常識が通用しない、特異な性質を併せ持つ”プルセナスホロウ”、続く”ハワーラホロウ”、”ソロブホロウ”。そして――ヤヌス区辺境に存在する”クリティホロウ”の六つ。

 

 その中でも”クリティホロウ”は、旧都エリアの人影が少ない地域に存在する原生ホロウの為、新エリー都に住む市民に齎す影響は少ない。

 

 ――というのは、HIA(ホロウ調査協会)及びホワイトスター学会が定めた暫定的な脅威度に過ぎない。

 ホロウは常に変動している。他の共生ホロウとは一線を画する規模の原生ホロウであればその影響も大きくなる。現に比較的脅威度が低いと言われている”クリティホロウ”も数ヶ月前に十四分街近辺に共生ホロウを出現させたばかりである。

 「脅威度が少ないという事が、決して安全であるという事には成り得ない」。それがホロウという世界を覆う災害に対する基本的なスタンスであり、ある種の掟でもあった。

 

 

 

 

 家政の三人を乗せた社用車が正規の手続きを踏んで”クリティホロウ”内に入ったのは、ちょうど昼を過ぎた頃であった。

 外縁部ギリギリに社用車を停め、そこから先は徒歩での移動。ホロウ内部に入る瞬間の肌が痺れるような感覚は、いつまで経っても慣れることはない。

 

「写真から『Fairy』様が算出してくださった予想地点はホロウの中心部近くですわ。エーテリアスとの戦闘は可能な限り避けて参ると致しましょう」

 

『道案内はいつも通り僕たちに任せてくれ。夕食までには帰還できるようにしてみせるとも』

 

 ホロウ内の道は一本道ではない。

 物理法則を無視した配置になっている建物や道路、エーテル浸食が進んで物理的に進行不可能になっている道、エリア同士を繋ぐ出入り口も何らかの拍子にメチャクチャに繋ぎ直されることも日常茶飯事である。

 ホロウ内の地図とも言える”キャロット”が調査員らによって定期的に更新される事を見ても分かるように、ホロウ内を移動するという事そのものが本来であれば自殺行為に外ならない。

 

 だが『パエトーン』は違う。スウェインは未だ知り得ない事ではあるが、彼らが師より受け継いだ演算装置ステム『H.D.Dシステム』による本来は不可能なホロウ内外におけるタイムラグ無しの通信と援護、経験に裏打ちされた的確な判断力とホロウ内データ処理によるルート算出、そして『H.D.Dシステム』に潜り込んだ超高性能AIこと『Fairy』による規格外の情報処理とハッキング能力により、危険地帯であるホロウ内をまるで庭のように走り回ることが可能になっている。

 

 実際、彼らによるガイドは快適であった。

 道を塞ぐエーテリアスとの戦闘そのものは苦にならなかった。それよりも足場が不安定なホロウ内で「迷う可能性がない」という安心感が、精神的な安堵を生んでいた。

 

 そうして順調に進むこと約二時間。工事現場の様相を呈していたエリアの中で、恐らくはこの場所がホロウに呑まれる前に作業員が休憩所に使っていたであろう場所に辿り着いた。

 錆びかけてはいたが頑丈性は担保されたベンチとテーブル。近くには喫煙所のようなスペースもあったが、誰も煙草を嗜まないこの面々には関係がない場所だった。

 

 くぅ、と小さな音が鳴った。その音に気付きはしたが、敢えて気付かないフリをするリナとスウェイン。アキラの意識で動いているイアスも、わざと視線をそらしていた。

 振り返らずとも分かる。恐らく可愛い外見ながらエージェントとして申し分ない力量を併せ持つスウェインの尊敬している先輩の一人は、今泣きそうな顔で赤面している事だろう。

 

「リナさん」

 

 スウェインの言葉に小柄な体がビクリと震えた。しかし彼に、先輩を辱めようという意思は欠片もなかった。

 

「すみませんが小腹が空いてしまいました。先が長いのは重々承知ですが、ここで一旦ティータイムなどどうでしょうか」

 

 そう言うと、あらかじめ所持していた小型のバッグから小さめのテーブルクロスと、昨日の内にティータイム用に焼いておいたチョコチップクッキー、そして水筒に入れておいた紅茶を三人分に分けていく。

 

 長時間に渡るホロウ探索の最中に食事をとるのは別段珍しい事ではない。危険性が無い場所を選び、エーテリアスやホロウレイダーなどに襲撃されても即座に対応できるように準備はしておく。

 ホロウ調査員などは珍しくもなく取得しているスキルだ。むしろ特殊環境下に身を置いた上で、それでも生理現象を”外”と変わらず解消できるだけの方法は身に着けていなければ話にならない。

 

『えー、いいなー。「ノクス」君の作るお菓子は美味しいっていつもエレンが言ってくるから私も食べたかったのに―』

 

『リン、それはエレンに絶対に本人には言うなと釘を刺された事じゃないのかい?』

 

『あー……そうだった。ゴメン、今のは聞かなかったことにして』

 

「お気になさらず。それより今度ビデオをお返しする際にご希望のお菓子を差し入れいたしましょうか?」

 

『えっ⁉ いいの⁉ 私一度でいいからホールケーキ丸々とか食べてみたいんだけど』

 

『それは魅力的な提案だ。その提案をしたのが昨日体重計に乗って唸っていた可愛い妹でなければの話だけどね』

 

『お兄ちゃん、一発叩いても良い? 左頬を全力で』

 

 相変わらず仲が良い兄妹だなぁと思いつつ、チョコチップクッキーを堪能するカリンを横目で確認しながら休憩所の窓の外を見る。

 今のホロウ内のエーテル活性率は安定している。強力なエーテリアスが付近をうろついているわけでもなく、一見すれば何も問題などない。

 

 それでも、ホロウは恐ろしい場所だ。何をきっかけに全てがひっくり返るか分からない。

 スウェインはそれを身を以て知っている。まだ記憶すらあやふやな小さい頃ではあったが、一度ホロウ災害に遭った記憶など、忘れようにも忘れられない。ましてや今は――。

 

『どうしたんだい、「ノクス」。何か考え事があるような顔をしているけど』

 

 その表情の変化を見逃さなかったアキラがそう問いかけると、スウェインは特段訝しむような事もせず窓の外を覗いたまま何てことのない悩みの種を溢し始める。

 

「実は今日、学校のクラスメイト達がこの”クリティホロウ”でホロウ観測実習を行っていまして。入り口付近の調査基地がある場所とはいえ、”中”に入っているメンバーもいるんです」

 

『へー、HIAってそういう事もやるんだね。とはいえ、原生ホロウの基地なら調査員も沢山詰めてるだろうし、心配はないんじゃない?』

 

 そう。本来心配などない。零号ホロウとの繋がりも深い原生ホロウの調査基地に勤める調査員はベテランも数多くいる。それこそよっぽどのことが無ければ問題はない。だが――。

 

「友達なので、どうしても」

 

 理屈では分かっていても、その感情の揺らぎは抑えられない。どれほど杞憂である可能性が高かったとしても、「大切なものを失う可能性」を頭の中から排除しきれない。

 その姿を見て、兄妹も初心を思い出す。もしも片割れが何らかの事故でホロウ災害に巻き込まれ、帰ってこなかったら――そんな最悪のシナリオを頭の中から排除しようとしてしまうようになるほど慣れてしまった。

 

「では、ご依頼の品を早く見つけて、帰り際にご学友様方の様子を見に参りましょうか」

 

「リナさん」

 

「「ノクス」さんの正体が明らかになってしまうのは避けたいところではありますが、遠目から見る程度であれば問題になりませんわ。ご友人は、大切にしなければなりませんものね」

 

 そう微笑むと同時にリナは席を立つ。いつの間にか用意していたクッキーも紅茶も無くなっていた。

 

「参りましょうか、カリンちゃん、プロキシ様。勿論、「ノクス」さんも」

 

「は、はいっ‼」

 

『依頼の他にも早く終わらせなければならない理由ができてしまったね。任せてくれ』

 

 何を心配することがあるのか、と己に言い聞かせるように立ち上がる。

 尊敬する先輩が二人。信頼のおける凄腕のプロキシが二人。これ程の人たちがいて、早々に終えられないはずもない。

 そうなれば、今一番余念を振り払わなければならないのは自分である。余計な事を片隅に置いたまま仕事をこなせるほど器用ではないのだから。

 

「では改めて、よろしくお願いします」

 

 原生ホロウ探索は、まだ始まったばかりだった。

 

 

 

 

 







自分は二次創作小説を書く際に戦闘シーンを多く書く傾向にあるんですが、スウェイン編を書くにあたってはほぼ戦闘シーンを書いてないんですよね。

まぁ彼の真骨頂は戦闘ではないのでむべなるかなって感じですが。もし実装時ステータスを考えると、現存する全てのエージェントの中で基礎攻撃力が最下位になると思うんで。

でももしシャドウ化して危局とかに来たらメチャクチャ嫌がられると思うんですよね。回避とパリィがやりにくい癖に体力はそんなでもないので高評価が取りにくい。
……自分で言っててイラついて来たなコレ。



  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。