精神共鳴装置で操られる傀儡闘士   作:里奈使徒

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第十六話「F級の女王」

 アセビは思う。

 

 魔狼を殺したと、屑共が噂をしていた。G級のごみが魔狼を倒したという。久々の大型ルーキーのお出ましだ。

 

 三年ぶりかな?

 

 政敵の陰謀で奴隷に落とされたあの男。今やC級のスターともてはやされているそうだ。実力があり結局この場所は通過点でしかなかった。強者は皆、そうして去っていく。

 

 上からの通達で月に二、三人はE級へ通さなければならない。これは施設の運営上の決まりごとだ。あまりにも昇格者が少ないと、上層部から監査が入る。適度な人数を上に送り、残りは自分の配下として囲い込む。それがF級を統治する基本戦略だった。

 

 E級へ昇格する人材は、ボスの私が判断している。どうでもいい有象無象か、将来有望な若者か。私の地位を脅かす者には容赦はしない。

 

 ここでいい。ここが一番いい。

 

 私の腕なら簡単にEやD程度昇格できる。努力すれば、C級まで到達する自信もある。五年前、密かに行った実力測定では、E級上位相当の実力があると判定された。本気を出せば、今でもD級には届くだろう。

 

 だが、やらない。

 

 ここより上は、生命の保証がない。何より女の身だ。

 

 ただでさえ女というハンデがある。F級なら王として君臨できる。

 

 では、EやDでは?

 

 到達できても君臨はできない。私の腕や頭が上位で通じるとは思えない。あそこは怪物共の集まりだ。本物の化け物でないと太刀打ちできない。生き残るだけで精一杯で、支配者として君臨するなど夢のまた夢だろう。

 

 昇格して頑張って命を懸けて、最後は壊されて終わる。それより、ここで安全に王として君臨する方が遙かに賢明だ。

 

 私は生き残ることを選んだ。美しい容姿と冷静な頭脳、そして必要な時の冷酷さ。これらを武器に、この小さな王国を築き上げたのだ。

 

 執務室の扉が勢いよく開かれた。ノックもなしに入ってくるのは、いつものあの男だった。

 

「アセビ、入るぜ」

 

 F級1位のムルガスが、大股で部屋に入ってくる。2メートル近い巨体に、岩のような筋肉。顔には無数の傷跡があり、鼻は一度折れて曲がっている。元盗賊団の頭目だったという経歴通り、粗暴で野蛮な男だ。移送中の馬車では、看守を三人も病院送りにしたという武勇伝を持つ。

 

 私は椅子に座ったまま、冷たい視線を向ける。彼は一瞬、その視線に射すくめられたように動きを止めた。喉元がごくりと動く。

 

「ノックを忘れたようね」

「あ…す、すまねぇ」

 

 慌てたように頭を下げる。巨体が小さく縮こまった。

 

 ゆっくりと立ち上がり、彼の前に歩み寄る。ムルガスは私より頭一つ分大きいが、明らかに萎縮していた。

 

 懐かしいわね。初めて会った時、このムルガスは私を見下していた。「ちっこい女が何をえらそうに」──そんな目で見ていた。

 

 だから教育してやったの。

 

 あの夜のことを、ムルガスは決して忘れることができないだろう。暗い訓練場で、彼の自慢の仲間たち──三人の腹心を私一人で皆殺しにしてやった。

 

 ムルガスの目の前で、一人ずつ丁寧に。最初の男は首を一捻り。心臓が止まる瞬間の表情を、ムルガスにしっかりと見せた。二人目は心臓を一突き。短剣が肋骨の間を滑り込む感触を楽しみながら。最後の男は、ムルガスが命乞いをするまで、じっくりと時間をかけて。指を一本ずつ折り、耳を削ぎ、最後に喉を切り裂いた。

 

 血まみれの私が、震えるムルガスに微笑みかけた時の彼の表情。あの恐怖に歪んだ顔は、今でも思い出すだけで心が躍る。

 

 それ以来、ムルガスは私の完璧な駒となった。

 

「それで? 何の用かしら」

 

 声は穏やかだが、その奥に含まれた警告の響きを、ムルガスは敏感に察知した。

 

「噂の魔狼殺しのルーキだよ。扱いどうする?」

 

 ムルガスの声に緊張が混じっている。私の機嫌を損ねないよう、慎重に言葉を選んでいるのがわかった。

 

「とりあえず様子見よ」

 

 椅子に戻りながら答えた。新しい駒を評価するには、まず実力を見極める必要がある。

 

「ふん、慎重だな。どうせ何かの間違いだろ? 相手は魔狼でなく犬コロってオチとかよ」

 

 そう言いながらも、ムルガスの目は私の表情を伺っている。笑っているが、それは私に同調するための作り笑いだった。

 

 本当はわかっている。男のプライドで表には出さないが、理解している。私がここの王であると。逆らえば、殺される。私を心底恐れている。

 

「とにかくよ、ルーキーが生意気だよな。俺様が直々にしめてやろうか?」

 

 ムルガスが胸を張って見せる。だが、その目は私の反応を窺っていた。許可を求めるような、媚びるような視線だった。

 

 静かに首を振る。

 

「なに言ってるの。トップがそんな簡単に動いたらダメでしょ」

 

 声は穏やかだが、その奥に含まれた警告の響きを、ムルガスは敏感に察知した。

 

「でもよ~」

 

 ムルガスが不満そうに呟く。しかし、その声は次第に小さくなっていく。私の沈黙が彼を圧迫していた。

 

 一歩、彼に近づいた。ムルガスの体が反射的に後ろに下がる。

 

「なんですって? 私に逆らうってことなの?」

 

 声のトーンを微かに下げる。それだけで、ムルガスの顔が青ざめた。彼の脳裏には、あの血まみれの夜の記憶が蘇っているに違いない。

 

「ち、違ぇよ。だ、だから機嫌直せよな」

 

 慌てたように両手を振る。2メートルの巨漢が、まるで叱られた子供のような仕草を見せていた。

 骨の髄まで恐怖を植え付けてやった。今では私の一つの仕草で震え上がる。

 

 恐怖を忘れたのなら首をすげ替えればいい。支配するのに、一位になる必要はない。一位を裏から操ればいいのだ。

 

 闘士達のヘイトはこいつに集めて、おいしいところをいただく。ここは私の王国だ。

 

「わかったの?」

「あ、あぁ、すまねぇ」

 

 ムルガスが深々と頭を下げる。その様子に満足して、私は元の席に戻った。

 

「それで、魔狼殺しの件だけれど」

「な、なんでも言いつけてくれよ」

 

 媚びるような笑顔を浮かべるムルガス。完全に私の掌の上で踊っている。

 

 さて、噂の怪物君を確かめてやろう。ここは私の王国だ。

 

 私の部屋は他の闘士たちとは別世界だった。F級の薄汚れた雑魚寝部屋とは違い、一人用の個室が与えられている。床には上質な絨毯、壁には略奪品の装飾品。ベッドはE級用の羽毛布団で、机には上位級から届く美食が並ぶ。

 

 この贅沢も、恐怖で築いた支配の成果だ。力なき者が権力を維持するには、誰よりも冷酷でなければならない。

 

 窓からはF級の中庭が見下ろせる。そこで汗まみれになって訓練する男たちの姿が小さく見える。まるで蟻のようだ。

 

 毎年、あらゆる奴隷闘士がここに連れられてくる。ここは通過点だ。私に手に負えない化け物は、さっさとE級へ昇格させる。

 

 化け物は化け物同士で争え!

 

 秩序を壊そうものなら、容赦しない。全力を以て殺す。見極めが大事だ。今年のルーキーはどっちだろう。化け物なら手を出さない。藪をつついて大蛇が出たら終わりだ。

 

 贅沢な朝食を終えて、食堂へ向かった。定期的な巡回は王としての義務だ。領民たちに私の存在を知らしめ、秩序を維持する必要がある。

 

 廊下を歩きながら、すれ違う闘士たちの反応を観察する。皆、私を見ると慌てて道を開け、頭を下げる。中には震え上がって壁に張り付く者もいた。三年かけて築いた支配体制は、完璧に機能している。

 

 食堂の扉を開けた瞬間、ざわめきが一瞬で止まった。空気が張り詰める。百人近い男たちの視線が一斉に私に向けられ、そして慌てて逸らされる。誰もが私の顔を直視することができない。

 

 私は悠然と歩を進めた。足音がコツ、コツと石床に響く。その音だけが食堂に響いている。

 

 今日は特別な装いをしていた。銀髪をツインテールに束ね、首元にはレースのついた白いブラウス。短いプリーツスカートの裾からは、すらりと伸びた細い脚が覗いている。どこから見ても普通の町娘、それ以上に上品で可憐な印象を与える少女の姿だった。

 

 この「仮面」こそが、私の最大の武器だった。

 

「あ…」

 

 私の進路にいた大柄な闘士が、慌てたように身を寄せる。冷や汗をかき、震える手で壁に張り付くように道を開けた。

 

 去年の夏、この男は私に無礼を働いた。「可愛い顔してるじゃねえか」と調子に乗って近づいてきたのだ。その夜、彼は自分の右腕を失った。私が「教育」してやったからだ。

 

 今では彼の右袖は空っぽで、私を見ると条件反射的に震えが止まらなくなる。見事な学習効果だ。

 

 他の者たちも同様だった。まるでモーゼの海割りのように、自然と道ができていく。誰もが下を向き、私の存在を恐れながらも敬っている。

 

 ある者は膝を付き、ある者は壁に背中を押し付けて縮こまる。皆、私が通り過ぎるまで身動き一つしない。

 

「ひえっ!」

 

 一人の若い闘士が、私と目が合ってしまった瞬間に小さく悲鳴を上げた。

 

 ゆっくりと振り返り、にこりと微笑む。完璧に無邪気な笑顔だった。だが、その男の顔は青ざめ、足が震え始めた。

 

 この笑顔を見た者たちは皆、同じ運命を辿る。私に逆らった者、無礼を働いた者、私の秩序を乱した者。彼らは皆、この笑顔を最後に見ることになるのだ。

 

 そして皆、この笑顔こそが最も恐ろしいと知っている。

 

 男は耐えきれず、尻餅をついて床に倒れ込んだ。そのまま這うようにして逃げていく。周囲の者たちも、そんな男を見てさらに身を縮こませた。

 

 小さく笑みを浮かべた。満足だった。

 

 実質の裏ボス。誰が支配者なのかを皆、わかっている。わかっていない馬鹿は、全員処分してきた。

 

 くっく、いいわ、本当にたまらない。

 

 屈強な男達が、可憐な少女の姿に恐怖でひれ伏していく。これこそが権力の味だ。暴力ではない、恐怖による支配。そして、この無邪気な外見が演出する最も美しい統治方法だった。

 

 食堂の中央を堂々と歩き、目的の席へと向かった。誰もが私の影に怯え、誰もが私を崇めている。これが私の王国の日常風景だった。

 

 あれが大物君ね。魔狼殺し。本当かしら?

 

 テーブルにぽつんと座っている少年が目に入った。周囲の空間だけが異様に空いている。まるで見えない壁で囲まれているかのようだ。

 

 長年この世界で生きてきた。数え切れないほどの闘士を見てきた。本物の強者が持つ「気配」を嗅ぎ分ける能力には、絶対の自信がある。

 

 殺気の質、存在感の重さ、無意識に発する威圧感。それらは隠そうと思っても完全には隠せない。特に食事中のような無警戒な状態では、必ず本性が漏れ出る。

 

 だが、あの少年からは何も感じられない。

 

 あら、あの子…食事を奪われてるじゃない。

 

 興味深げに観察を続けた。巨漢の男が少年の器を奪い取り、中身を一気に飲み干している。少年は何も言い返せず、ただ黙って座っていた。

 

 これは…面白い。

 

 他の闘士たちは皆、その少年から一定の距離を保っている。恐れているのか、それとも私の命令に従っているのか。

 

 少年はきょろきょろと落ち着きなく周囲を見回していた。まるで迷子の子供のような仕草だ。食事を奪われた後、やるせなさに歯を食いしばっている様子が見える。

 

 時折、誰かと目が合いそうになると、相手が慌てて視線を逸らしてしまう。

 

 裏ボスである私の命令が行き届いているから、直接暴力は振るわれていない。だが、それでも少年は明らかに不安そうだった。

 

 小さく肩を震わせ、手は膝の上で握りしめられている。まるで母親からはぐれた幼子のようだ。

 

 強者の気配は欠片もない。

 

 何年もここで権力を握ってきた。強者の匂いを嗅ぎ分ける能力には自信がある。本物の化け物が持つ独特の威圧感、殺気、存在感。それらが全く感じられない。

 

 例えば、三年前に通り過ぎていったあの政敵の男。彼は食事中ですら、周囲に緊張感を与えていた。座っているだけで、空気が重くなる。それが本物の強者だ。

 

 だが、この少年は違う。弱々しい肩の線、おどおどとした目の動き、びくびくと震える手。これらは演技ではない。本物の弱さだ。

 

 気配を隠しているようにも見えない。単純に、弱いのだ。

 

 でも…魔狼を倒したという話が出た。これも事実である。

 

 つまり、何かの偶然か、運によるものだろう。魔狼が既に瀕死状態だったか、罠にかかっていたか、あるいは他の強者との戦いの後に弱り切っていたところを、この少年が偶然見つけたのかもしれない。

 

 豪運の持ち主、か。

 

 これは慎重に観察する必要がある。もしかすると、何かの間違いか、運が良かっただけかもしれない。それとも…わざと弱そうに見せているのか?

 

 いや、これほど完璧に弱者を演じるのは不可能だ。演技なら、必ずどこかにボロが出る。この少年の弱さは、あまりにも自然すぎる。

 

 見極めないといけない。軽やかな足取りで食堂の中に入っていく。

 

「こんにちはっす!」

 

 明るい少女の声で挨拶すると、食堂の空気が一瞬で凍りついた。それまで騒がしくしていた闘士たちが、まるで雷に打たれたように静まり返る。ざわめきが嘘のように消え、異様な静寂が支配した。

 

 鈴を転がすような声で話しかけながら、少年の様子を注意深く観察する。

 

 彼の反応、表情の変化、身体の動き。全てを見逃すまいと、情報屋として培った洞察力を総動員した。通る道筋で、闘士たちが自然と身を引く。誰もが視線を逸らし、呼吸すら静かにしている。

 

 先ほど少年の食事を奪った大男が、私の姿を認めると慌てたように身を縮こませる。あの巨体が、まるで子供のように小さく見えた。

 

 そして、私は少年の前に立った。

 

 この距離で観察すると、少年の弱さがさらに明確になった。肩の震え、避けるような目線、緊張で汗ばんだ手のひら。これらは全て、本物の恐怖と弱さの現れだ。

 

 相手が犬ってことはないだろうが、G級にそこそこの強者が混じっていて、運よく魔狼と共倒れになったところを、逃げ回っていて偶然かっさらったってところかしら?

 

 豪運の持ち主。

 

 食事を奪われていたのを見た。劣悪な食事とはいえ、食わなければ死ぬ。でも、何も言い返せない。抵抗もしない。

 

 おとなしく魔狼に食われていた方が幸せだっただろうに、弱者は死ぬ。いや、簡単には死なせてくれない。弱者はとことん嬲られ吸い尽くされ、死ぬ直前まで地獄を味わう。今は、私が「待て」の指示をしているからこれぐらいで済んでいる。

 

「さっきの、まずかったっす」

「え?」

 

 怯えたような返事が返ってくる。可愛らしい反応ね。声すら震えている。

 

「食事、奪われたまま黙ってたでしょ? 舐められるっす」

 

 ふわりと笑ったまま、私は続けた。

 

「パンチの一発も入れないと、ここでは生きていけないっすよ?」

 

 その言葉に、食堂全体がさらに静まり返った。闘士たちは皆、固唾を呑んで私の言葉を聞いている。

 

「でも、僕は…」

 

 案の定、弱々しい返事。この反応で確信した。この少年は本物の弱者だ。

 

「ここは弱肉強食の世界っす。弱さは死っす」

 

 善意の第三者を演じて忠告しても反応が鈍い。これから何が起こるか、まだ理解していない。

 

 その後も魔狼殺しの大物君の観察は続けた。ムルガスたちに命じて、トレーニング風景や食事状況をつぶさに報告させたのだ。

 

 報告は私の予想を裏付けるものばかりだった。

 

 「訓練では常に最下位。腕立て伏せも満足にできない」

 「走り込みでは必ず最後尾。息切れがひどく、何度も倒れそうになる」

 「他の闘士と話す時はいつもおどおどしている」

 「食事を奪われても抵抗せず、いつも空腹そうにしている」

 

 これで全てが明らかになった。結論は出た。この大物君は偽物。脅威は無し。

 

 私の判断は間違いない。長年培った観察眼が、そう告げている。魔狼を倒したのは単なる運。それ以外に説明がつかない。

 

 手下へGoサインを出した。

 

 「好きにしていい」と伝えた時のムルガスの嬉しそうな顔。待ってましたとばかりに、目を輝かせていた。

 

 これであの少年はF級の屑どもから骨の髄までしゃぶられ壊されることだろう。

 

 くっく、かわいい顔をしていたから私が自ら壊してもよかったけど。あの程度の雑魚に私がかかわるのは王国のボスとしての沽券にかかわってくる。

 

 私の王国に秩序が戻る。弱者は弱者らしく蹂躙され、強者は強者として君臨する。それが自然の摂理だ。

 

 偽りの英雄は、本来の場所に戻されるだけ。それが、この世界の掟なのだから。

 

 窓の外を見下ろしながら、私は満足げに微笑んだ。三年かけて築き上げた完璧な支配体制。誰一人として私に逆らう者はいない。

 

 そして今夜、新たな血が床を染めることになる。弱者の血が。私の王国の秩序を乱そうとした愚か者の血が。

 

 これぞ、真の支配者の娯楽というものだった。

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