精神共鳴装置で操られる傀儡闘士   作:里奈使徒

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第十八話「操り人形の反乱」

 地下研究施設の中央制御室。

 巨大なモニター群の前に座り、指先を操作端末に滑らせていた。三百を超える監視カメラの映像が流れ、コロッセオ全体を掌握している。音声解析装置、生体反応モニター、そして操作端末。すべてが俺の設計による最新鋭の機器だ。

 

 この地下施設は、俺が五年の歳月をかけて築き上げた秘密基地だった。表向きは古い貯水槽として登録されているが、実際は最先端の科学技術が集約された研究拠点である。

 

 三日前の"作品"は上出来だった。

 

 第4部屋長の五感を全て潰し、見せしめとして完璧に機能した。ネズも舎弟として取り込み非検体243号の宣伝に役立てた。F級の住民たちは恐怖に支配され、非検体243号の名前を畏怖と共に囁いている。

 

 モニターには、F級の各部屋の映像が映し出されている。どの部屋でも、闘士たちが小声でティリオの名前を囁き合っている。恐怖と驚嘆が入り混じった表情で、昨夜の出来事について語り合っていた。

 

「素晴らしい反応だ。恐怖こそが最も効果的な支配手段だ」

 

 俺は満足げに微笑んだ。人間の心理を完全に掌握している。恐怖は理性を麻痺させ、思考を停止させる。そして、その恐怖の対象に絶対的な服従を生み出すのだ。

 

「ゼイド様、大規模な動きがあります」

 

 エリシアが隣の制御卓から報告する。彼女の声には緊張が混じっていた。

 

「詳細を」

「アセビが2~5の部屋長達を全て動員しています。さらに彼女の精鋭部隊も投入されました。総勢五十名を超える規模です」

 

 ほぅ、ついに本格的に動いてきたか。F級の女王と呼ばれる女の判断力は評価に値する。危険の芽を早期に摘み取ろうという戦略的思考だ。だが、所詮は井の中の蛙。俺の技術の前では、数の優位など無意味だ。

 

「面白い。では、こちらも本気で応えてやろう」

 

 操作パネルに指を走らせる。ティリオの脳に埋め込んだ青晶核セリアル──精神共鳴装置の出力を最大に引き上げた。

 

 モニターに表示される数値が跳ね上がる。脳波同調率98.7%、神経伝達速度通常の4.2倍、反射神経通常の5.8倍。これだけの性能向上があれば、百人を相手にしても勝利は確実だろう。

 

「精神共鳴装置、最大出力で稼働開始」

「承知いたしました。ティリオの生体反応、正常値を維持しています」

 

 エリシアが各種データを確認しながら報告する。彼女の技術的サポートは、この実験にとって不可欠だった。

 

 モニターに映る非検体243号の表情が一瞬強張り、次の瞬間、まるで氷のような冷たい眼差しに変わった。

 

「接続完了。完全制御モードに移行します」

 

 これで、非検体243号の感覚、運動能力、反射神経──全てがラボと直結した。まさに完璧な人形だ。

 

 非検体243号の視界がラボと重なる。

 

 彼の筋肉、神経、反射──全てが制御下にある。精神共鳴装置が神経伝達速度を飛躍的に向上させ、超人的な反応速度を実現している。

 

 周囲は清掃されているが、まだ血の痕跡が残っていた。三日前に第4部屋長とその取り巻き達が殺された現場だ。石床に染み込んだ血の跡が、この場所で起こった惨劇を物語っている。

 

「兄貴、やばいっす! 大勢が来ます!」

 

 ネズが慌てた様子で報告してきた。舎弟として完全に服従している小男の声に恐怖が混じっている。

 

「五十は超えてます! 部屋長連中が総出で、それに加えてアセビの精鋭部隊も!」

 

 薄く笑みを浮かべた。面白いじゃないか。アセビという女も、なかなかやるではないか。しかし、数の暴力で俺の技術に対抗できると思っているなら、大きな間違いだ。

 

 まず最初に現れたのは、2番部屋長のガルバンだった。大柄な体に傷だらけの顔、元盗賊らしい狡猾な目つきをしている。腰には複数の短剣を差し、軽装で身軽な動きができる装備だった。

 

「こいつが第4部屋長をやった化け物か」

 

 続いて3番部屋長のデルム、5番部屋長のボルクが現れる。デルムは重装備の鎧に身を包み、大剣を背負っている。元傭兵らしい堅実な装備だ。ボルクは派手な装飾の施された武器を持ち、観客を意識した闘技場スタイルを貫いている。

 

 最後にアセビの精鋭部隊が黒い装束で展開していく。彼らの動きは統率が取れており、明らかに訓練を積んだ精鋭だった。

 

 総勢五十三名。F級としては前代未聞の大部隊だった。

 

「さて──始めようか」

 

 操作卓のマイクスイッチを押した。

 

「随分と大勢でお出ましだな」

 

 非検体243号の口から俺の声が流れ出る。

 

「第4部屋長の仇を取りに来たのか? それとも、新しい王様を潰しに来たのかな?」

 

 挑発的な口調で問いかける。敵の士気を削ぐには、心理戦も重要だ。

 

「うるせぇ! てめぇみたいな新入りが調子に乗るからだ!」

 

 ガルバンが激昂した。短気な性格を利用して、冷静さを失わせる。

 

「かかれ! 一斉にやっちまえ!」

 

 五十四人が一斉に襲いかかる。

 だが、全員の動きが手に取るように見えた。スーパーコンピューターが瞬時に全攻撃パターンを解析し、最適な回避・反撃ルートを算出する。

 

 メインディスプレイに複数の攻撃軌道が表示される。赤い線が敵の攻撃を、青い線が最適な回避ルートを示している。まるでゲームのようだ。

 

 ──全攻撃パターン解析完了。最適戦闘経路を算出中──

 

 操作パネルを素早く叩く。非検体243号の身体が僅かに身を引いてガルバンの攻撃をかわし、同時に左手がガルバンの喉を掴んで壁に叩きつけた。頭蓋骨が砕ける音が響く。

 

 次の瞬間、デルムの攻撃パターンを予測し、カウンター指示を入力。非検体243号がデルムの短剣を紙一重でかわし、鳩尾に膝蹴りを叩き込む。

 

「ぐはっ!」

 

 二人の部屋長が瞬時に倒れる。

 

「馬鹿な! 一瞬で部屋長二人を!?」

 

 ボルクが驚愕の表情を見せた。

 

 だが、その時──

 

「おい、おい、俺を忘れてもらっちゃ困るぜ」

 

 ムルガスが低い声で呟いた。F級1位の男が、ゆっくりと非検体243号に近づいてくる。

 

「他の雑魚とは格が違うんでな」

 

 操作卓のマイクスイッチを押した。

 

「お前たちの動きは全て読めている」

 

 だが、ムルガスは動じなかった。

 

「へぇ、生意気な口を利くじゃねぇか」

 

 巨体が一気に加速する。F級1位の身体能力は、他の者たちとは次元が違った。

 操作パネルを叩き、回避指示を送信。だが、ムルガスの拳は予想以上に速い。非検体243号の頬を掠めて血が飛び散った。

 

「おっと、かすったか。次は外さねぇぞ」

 

 ムルガスが不敵に笑う。

 

 興味深い。F級1位ともなると、それなりの実力があるらしい。だが、この程度で俺の技術に対抗できると思うな。

 

 操作パネルで反撃パターンを入力。ティリオの拳がムルガスの腹部に突き刺さる。

 

「ぐっ!」

 

 ムルガスが一歩後退する。だが、致命傷には至らない。

 

「痛ぇじゃねぇか! だが、これで終わりだ!」

 

 ムルガスが両手を振り上げる。巨大な拳が頭上から振り下ろされた。

 操作パネルを素早く操作し、横転回避を指示。ティリオの身体が横に転がり、ムルガスの拳が床の石を砕く。

 

 その隙に、操作卓で足元への攻撃を入力。非検体243号の足がムルガスの膝関節を的確に狙った。

 

「がっ!」

 

 膝を砕かれたムルガスが前のめりに倒れる。その瞬間、首筋への手刀を指示。

 鈍い音と共に、F級1位の男が動かなくなった。

 

「F級1位も、所詮はこの程度か」

 

 指が操作パネルを滑るように動く。ティリオの身体を雷のような速度で敵の間を縫って移動させる。

 

 三人の兵士が同時に襲いかかる。左から槍、右から剣、正面から棍棒。

 スーパーコンピューターの解析結果を見ながら、三方向への同時対処を操作パネルに入力する。

 右手で槍使いの首を掴ませ、石柱に叩きつける指示。頭蓋骨が砕ける音と共に、柱に血と脳漿が飛び散った。

 

 左手では剣士の腕を掴ませ、関節を逆方向に捻る動作を指示。骨が折れる音と共に絶叫が響く。

 残る棍棒使いには膝蹴りを鳩尾に叩き込むよう操作。男の体が「く」の字に折れ曲がり、後方に吹き飛んでテーブルを破壊した。

 

 わずか数秒で十数人が倒れていた。

 

「こんなはずはない! 人間にこんなことができるものか!」

 

 ボルクが叫んだ。

 

 操作卓のマイクに向かって冷たく笑った。

 

「人間? ああ、確かに人間だ。だが──」

 

 操作パネルを叩き、不敵な笑みを浮かべる指示を送信。

 

「この程度で終わりと思うなよ」

 

 残った兵士たちが恐怖に支配され始めた。だが、逃げ場はない。

 追撃指示を操作パネルに入力。

 

「逃がすものか」

 

 非検体243号の身体が壁を蹴って跳躍し、天井近くから降下。逃げ惑う男の頭上に着地すると同時に、その頭蓋を踏み砕く指示を送信した。

 

 次々と兵士たちが倒れていく。指が操作パネルを踊るように動き、非検体243号の身体がそれに完璧に応えていく。血だまりが床に広がり、石柱や壁には無数の血痕が刻まれていく。

 

 最後に残ったのは、ボルク一人だった。

 

「化け物……化け物だ……」

 

 元闘技場チャンピオンの男が、恐怖で震えている。

 

 恐怖で震えるボルクにとどめを刺す。

 

「さて、お前で最後か。それとも──」

 

 その時、新たな足音が響いた。

 扉の向こうから、ゆっくりとした足音が近づいてくる。

 

 そして現れたのは──アセビだった。

 

 F級の女王と呼ばれる女。冷酷な美貌と計算高い瞳を持つ支配者が、血まみれの戦場を見渡していた。

 アセビが懐から短剣を取り出す。暗殺者としての殺気が部屋に満ちた。

 だが、全てを見ている。監視カメラが彼女の動きを完璧に捉えていた。

 

「影から影へと移動しております。足音を完全に消し、気配を風に紛れ込ませている。さすがは元暗殺者です」

 

 エリシアがモニタールームから報告する。

 

 アセビが愛用の短剣を構える。投擲の構えは完璧だった。狙いを定め、腕の筋肉に力を込める。

 

「必殺の一撃を放とうとしています」

 

 短剣が手を離れた瞬間、操作パネルを操作した。

 

 ──回避行動、実行──

 

 非検体243号の体が滑るように動く。短剣は空を切り、柱に深々と突き刺さった。

 アセビが混乱の表情を見せる。

 

「死角からの不意の攻撃を躱した!?」

 

 非検体243号がゆっくりと振り返る。その表情は冷酷で、計算高く、そして圧倒的に強者の表情。

 

「うん? ようやくか」

 

 低く、威圧的で、絶対的な自信に満ちた声が響く。

 アセビの顔が青ざめた。自分の必殺の暗殺術が、あっさりと看破されたのだ。

 

「そんな……馬鹿な……」

 

 彼女の声が震えている。

 

 不敵な笑みを浮かべて仁王立ちする非検体243号。足元には血だまりが広がり、周囲の石柱や壁には血痕が無数に刻まれている。まるで地獄の王が玉座に立っているかのような光景だった。

 

「見誤ったな、アセビ」

 

 マイクに向かって囁いた。

 

 アセビの体が震え始めた。F級の女王として君臨してきた彼女が、初めて真の恐怖を感じているのだ。

 

 その時、アセビの表情が変わった。最後の手段に出るつもりらしい。

 

「こ、こんにちは。さすが魔狼を素手で倒したお方だ。尊敬するっす」

 

 甘い声を出して、誘惑する。普段の冷酷な口調を封印し、可愛らしい少女のような話し方に変える。

 

「色仕掛けか。興味深い戦術だな」

「美貌と女性らしさを武器にすれば、大抵の男は陥落する。それが彼女の生存戦略ですね」

 

 エリシアが分析する。

 

 アセビの口元に自信の笑みが浮かぶ。どんな化け物でも、所詮は男。この切り札が通用しないはずがない──そう思っているのだろう。

 

 だが、監視カメラで全てを見ている。彼女の左手に隠された小さな毒針、腰の後ろに仕込まれた投擲用の短剣。色仕掛けは囮で、本命は暗器による不意打ちというわけだ。

 

「なるほど、二段構えか」

 

 操作卓で薄く笑った。

 

「面白い。少し遊んでやろうか」

 

 操作パネルを調整した。非検体243号の表情を、わずかに緩ませる。

 

「あ……ああ……」

 

 非検体243号が困惑したような表情を見せる。まるで美女の色香に心を奪われているかのような演技だった。アセビの目に希望の光が宿った。一歩、また一歩と非検体243号に近づいていく。

 

「そうよ、こっちに来て。怖くないから」

 

 甘い声で誘惑を続ける。だが、その左手は確実に毒針の位置を確認していた。

 その時、扉の向こうから這うような足音が聞こえてきた。

 

「何だ?」

 

 モニターを確認すると、ボロボロになったネズの姿が映っていた。顔は血だらけで、服も引き裂かれ、左腕は明らかに折れている。

 

「ネズです。彼も標的になっていたようですね」

 

 エリシアが報告する。

 

「彼はティリオの舎弟です、追手に襲われたのでしょう」

「ふん、興味はなし。奴の役目はすでに終わっている……」

 

 ネズが必死に這いずりながら、戦場にたどり着こうとしている。もう立つ力もないほどボロボロだった。

 

「放置しておけばいい。どうせもう戦力にならん」

 

 だが、その瞬間、アセビが動いた。隠していた毒針を取り出し、攻撃態勢に入る。

 

「距離、あと二メートル」

 

 エリシアが距離を測定する。

 

「毒針の射程距離に入りました」

「よし、もう少し引きつけよう」

 

 非検体243号がふらふらと彼女に近づいていく。完璧に魅了されているように見えた。

 

「一メートル五十センチ……」

「一メートル……」

 

 アセビの左手が素早く動いた。隠していた毒針が、非検体243号の首筋を狙って放たれる。

 完璧な不意打ちだった。

 

 だが──

 

「兄貴、危ない!」

 

 死にかけていたはずのネズが、最後の力を振り絞って立ち上がった。そして、よろめきながらも非検体243号の前に飛び出す。

 

「ネズ!?」

 

 エリシアが驚愕の声を上げる。

 

「何をしている!? 計算外だ!」

 

 動揺した。ネズの行動は完全に予想外だった。役目を終えた駒が、なぜこのタイミングで前に出る?

 

 毒針がネズの胸に深々と突き刺さる。

 

「がはっ……」

 

 ネズが血を吐いて倒れた。毒が回り、彼の顔が青ざめていく。

 

「あ、兄貴……兄貴は……おれを人間として……扱ってくれた……」

 

 ネズが苦しそうに呟く。毒が心臓に回り、もう長くはない。

 

「情報屋の……クズだったおれを……舎弟に……仲間のように扱ってくれた……だから……兄貴だけは……死なせたくなかった……」

 

 涙が彼の頬を伝う。

 

「兄貴……ありがとう……ございました……」

 

 ネズが最後の言葉を残して息を引き取った。

 

 その瞬間、制御卓のアラームが鳴り響いた。

 

「警告! 精神共鳴装置に異常発生!」

 

「ストレス値が急激に上昇しています!」

 

 エリシアが慌てて報告する。

 

「数値が許容範囲を超えました! このままでは装置が──」

 

 モニターに映る非検体243号の脳波が激しく乱れている。感情の嵐が精神共鳴装置の制御を妨げていた。

 

「畜生! なぜこのタイミングで!」

 

 必死に操作パネルを操作するが、非検体243号の反応が鈍くなっている。

 

「制御不能! 精神共鳴装置、完全に機能停止しました!」

「なんだと!?」

 

 愕然とした。完璧だったはずのシステムが、一人の舎弟の死によって破綻したのだ。

 

「ティリオの自我が完全に復活しています! もはや操作は不可能です!」

 

 エリシアの報告が、耳に重くのしかかった。

 

 モニターの向こうで、非検体243号がゆっくりと立ち上がる。その目には、自身の強い意志が宿っている。

 

「ネズ……僕なんかのために……」

 

 非検体243号が震え声で呟いた。そして、ネズの亡骸を抱きかかえて泣き崩れる。

 

「ネズ! ネズ! 死ぬな! 死なないでくれ!」

 

 その叫び声には、純粋な人間の悲しみと絶望が込められていた。機械的な冷たさは完全に消え失せている。

 

「くそ……完全に制御を失った」

 

 歯噛みした。完璧な実験が、一人の舎弟の死によって破綻したのだ。

 

「待て……まだだ」

 

 操作パネルを叩き続ける。

 

「緊急プロトコル発動! 強制制御モードに切り替えろ!」

 

「しかし、ストレス値が許容範囲を──」

「構わん! 装置が壊れる前に片を付ける!」

 

 最後の手段に出た。青晶核セリアルに過負荷をかけ、強制的に非検体243号の意識を抑え込む。

 

「ゼイド様、危険です! 装置が限界を──」

「黙れ! 今アセビに攻撃されたら全てが水の泡だ!」

 

 モニターで非検体243号の脳波が激しく乱れる中、最大出力でシステムを駆動させた。

 

 非検体243号の体が一瞬硬直し、そして──機械的な動きを取り戻した。

 

「制御復帰……しかし、これが限界です!」

「十分だ」

 

 操作パネルを操り、呆然としているアセビに向かわせた。

 

 ティリオの口から声が響く。

 

「色仕掛けも、暗器も、全て無駄だった」

 

 アセビが後ずさりするが、もう遅い。操作パネルを素早く操作し、非検体243号の手を彼女の首筋に向かわせた。

 

「ひっ……」

 

 頸動脈を正確に圧迫するよう指示を出し、失神させた。

 

「標的、無力化完了」

 

 その瞬間──

 

「警告! 青晶核セリアル、臨界点突破!」

「装置温度、危険域に達しました!」

 

 制御卓から火花が散り、アラームが鳴り響く。

 

「システム全体がオーバーヒートしています。これ以上はティリオの脳に深刻な負荷が──装置の緊急停止が必要です!」

 

 エリシアが青ざめた顔で報告する。

 

「くそ……強制制御の反動か」

 

 モニターに映る非検体243号が再び苦しみ始めた。頭を抱え、膝をついている。精神共鳴装置の過負荷が彼の脳に深刻なダメージを与えているのだ。

 

「システム緊急停止!」

 

 装置を停止させた。非検体243号が再び人間の感情を取り戻し、ネズの死体を抱きかかえて泣き始める。

 

「ゼイド様……このままではティリオが……」

「落ち着け、エリシア。まだ手がある」

 

 冷静に状況を分析する。

 

「問題は何だ? 非検体243号が親しい人間の死によって感情的になり、制御不能に陥ったことだ」

「はい……ネズの死が引き金になって」

「ならば、ネズを復活させればいい」

 

 エリシアが困惑した表情を見せる。

 

「し、しかし、ネズは既に死亡しており……」

「心臓が壊れているなら、新しい身体を用意すればいい」

 

 アセビの映像を拡大して見せた。

 

「彼女の身体を見ろ。完璧な健康体だ。心臓も肺も、全て正常に機能している」

「まさか……脳移植手術を?」

「その通りだ。青晶核セリアルの技術を応用すれば、ネズの脳をアセビの身体に移植できる」

 

 立ち上がった。

 

「青晶核セリアルなら組織適合性を調整し、免疫系の拒絶反応を完全に抑制できる。ネズの脳をアセビの身体に移植し、両者の生体組織を適合させるのだ」

 

 特殊な手術器具を取り出した。青晶核セリアル専用の精密機器だ。

 

「手術室を準備しろ。ネズの脳が完全に活動停止する前に、移植手術を完了させなければならない」

 

 アセビの身体を見下ろした。

 

「F級の女王の身体が、忠実な舎弟の魂を宿すことになる。皮肉なものだな」

 

 エリシアが準備を整える中、手術手順を確認した。

 

「これで実験は継続できる。そして、青晶核セリアルの新たな医学応用データも取得できる」

 

 手術の準備が整った。

 

「ネズよ、お前の忠誠心を新しい身体に移してやる。アセビの身体で、再び非検体243号に仕えるがいい」

 

 科学技術の力で、脳そのものを移植する。これも究極の医学技術の追求だった。

 新たな実験の始まりだった。

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