精神共鳴装置で操られる傀儡闘士   作:里奈使徒

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第二話「精神共鳴装置」

 天才である俺にとって、金を稼ぐことなど造作もない。

 

 応用数学理論で、麦相場の動きなど朝飯前。複雑な市場の動向を数式で予測し、最適な投資タイミングを算出する。

 実際、試しにやってみた結果、わずか三ヶ月で資産を十倍に増やすことができた。商人たちは俺を「天才投資家」と呼んで崇めたが、俺には何の感動もなかった。

 

 ──興味が湧かない。

 

 貴族の連中と折衝し、ギルドに賄賂を撒き、こびへつらって「ご高配を」などと頭を下げる。そんなことのために、俺の脳を酷使するのは精神衛生上、最悪だ。

 天才である俺が、愚物どもの前で膝を屈するなど、屈辱以外の何物でもない。

 

 だから俺は、医者という道を選んだ。名目は"治療"でも、その裏で人体研究を進められる。合法的にだ。

 研究、収入、そして自由──全てが手に入る。

 

 だが、それでも──足りない。

 

 俺が追い求めているのは、【精神共鳴装置】だ。

 単なる技術ではない。対象を完全に制御し、意のままに操ることができる。まさしく神の御業──"支配"そのものだ。

 

 だが、精神共鳴装置には莫大な資金がいる。人一人を完全制御するには、一級品の青晶核(セリアル)が三十も必要なのだ。

 となれば、別の方法で資金を調達するしかない。

 

 ──そう、《コロッセオ》だ。

 

 コロッセオ開門の二刻前。すでに外周通りには黒山の人だかりができていた。

 露店から立ち上る焼き肉の煙。汗と酒と血の匂いが混じり合い、むせ返るような熱気が石畳から陽炎のように揺らめいている。売り子たちが声を張り上げ、賭け札が次々と手から手へ渡っていく。

 

「バシュ・トルグに賭けた! 倍率1.6!」

「新入りの小太り野郎、カラムって奴、倍率10倍だとよ! 死に銭だな!」

 

 怒号、嘲笑、金貨の擦れる音──まさに人間の本性がむき出しになった空間だ。

 

 俺はその列に混ざり、売り子の男──センジに声をかけた。

 

「よぉ、センジ。久しいな」

「……これはゼイド様!」

 

 センジは元闘士だ。瀕死の怪我を負ったところを、俺が治療してやった。

 

「診察ですか?」

「いや、今日は俺も──賭けに参加する」

 

 センジは意外そうに目を丸くした。

 

「ゼイド様が、ですか? ……なら、おすすめを紹介しましょう」

 

 センジが挙げたのは、B級同士の大一番だった。どちらが勝ってもおかしくない実力伯仲の一戦。

 

 だが──

 

「違う。この試合だ」

 

 掲示板の中から、ある一戦を指差す。G級闘士と魔狼。

 

 センジの顔が一瞬で曇った。

 

「ゼイド様……それは、娯楽じゃない。処刑ですぜ」

「構わん。俺はこれに賭ける」

「マジですか!? しかも……コイツに!?」

 

 センジが指差したのは、出場者名簿の一番下。十九番──年若く、肥満体、戦闘経験ゼロ。

 

「金をドブに捨てるようなものですぜ。こいつは商家のボンボンです。喧嘩一つできない」

「そう思うか。俺にはわかる。あれは内に大きな獣を飼っている」

 

 もちろん、それは嘘だ。俺が十九番に賭ける理由は、医者の直感などではない。彼が俺の被検体二百四十三号だからだ。精神共鳴装置によって完全に制御可能な、俺の分身だからだ。

 

 懐から白金貨を十枚──総額一千ゴールドを出す。

 

 場が一瞬、静まり返った。

 

 センジの顔から血の気が引いた。

 目を見開き、口をぱくぱくと動かすが、声が出ない。白金貨を持つ手が小刻みに震えている。

 周囲の客たちも振り返り、俺の大金を見つめている。一千ゴールドといえば、平民の十年分の生活費に相当する。

 

「……こ、こんな額、冗談じゃ……」

 

 声が裏返っていた。

 

「処理しろ」

 

 周囲の群衆が、波紋のように静まり返った。

 誰かが息を呑む音。後ずさる足音。そして、沈黙を破るように嘲笑が広がっていく。

 

「あの医者、ついに頭がおかしくなったか」

「金持ちの道楽だ」

「いや、正気じゃねえ……」

 

 指を差す者、首を振る者、哀れむような目を向ける者──誰もが俺を狂人と断じていた。

 

 構わん。

 

 革命は、常に狂人から始まる。

 

 理解されない者こそが、世界を変える。祖父もそうだった。周囲から狂人扱いされながらも、自分の信念を貫き通した。

 

 愚物どもよ、笑うがいい。お前たちが「不可能」と決めつけたことを、俺がやってのける。その瞬間、お前たちの顔がどう歪むか──今から楽しみでならない。

 

 俺は、精神共鳴装置の第一実験対象をコロッセオに送り込んだ。

 これは観戦ではない。これは、"実地試験"だ。

 被検体二百四十三号が勝利した瞬間、すべてが変わる。俺の理論が正しいことが証明され、復讐の第一歩が始まる。

 

 

 ☆★

 

 

 幾重ものセキュリティを施された研究所。その奥深く、薄暗い部屋でゼイドは、端末の前に座っていた。

 

 煌々と輝くスクリーンには、コロッセオの上空から俯瞰する映像、控室の内部、そして被検体二百四十三号の姿が映し出されている。

 

「よし、映像、音声、すべて良好だ」

 

 このラボは、彼が十年をかけて築いた実験拠点だった。禁忌に触れる精神干渉型技術――"精神共鳴装置"の実装拠点であり、現代科学が辿りつけなかった領域に踏み込んだ、禁断の工房。

 

 壁に並ぶモニターには、複雑な波形とデータが踊っている。脳波パターン、心拍数、血圧、体温──被検体のあらゆる生体情報がリアルタイムで記録されている。

 

「ターゲット:Gランク奴隷闘士ティリオ。識別番号:二百四十三。コア接続、最終確認……よし、リンク完了」

 

 ゼイドの視線がディスプレイに移る。画面の中、被検体二百四十三号が、狭く薄暗い檻の中で膝を抱えている。

 憔悴しきった顔。その胸部には、魔鉱石の共鳴反応を示す淡い蒼光が、微かに鼓動に合わせて瞬いていた。

 

 被検体二百四十三号の体には、ゼイド自らが埋め込んだ青晶核が三十基も存在していた。脳下垂体、視床、延髄、脊髄中心核、四肢の神経節、肺と心臓周辺の要所……

 手術は困難を極めた。麻酔をかけた状態で、一つ一つ正確な位置に青晶核を埋め込んでいく。少しでも位置がずれれば、被検体は即死するか、廃人になってしまう。手術は、まさに芸術的な精密さを要求された。

 

 そして今──その全てが、俺の手の中にある。

 

 ゼイドの心臓が高鳴る。興奮と期待、そして復讐への渇望が入り混じった感情が、血管を駆け巡っていた。

 祖父様の無念。俺を嘲笑した愚物ども。この腐りきった世界の支配階級──その全てに報いを受けさせる時が、ついに来たのだ。

 

 隣のウィンドウを操作し、コロッセオの観客席に向けた高性能監視カメラの映像に切り替える。観客の罵声、嘲笑、興奮が、集音マイクからリアルにラボへ伝わってくる。

 

「バカなやつらだ。こいつが"何なのか"も知らずに笑っていられるのは今のうちだ」

 

 コンソール右手にある蒼く光るレバーを、ゆっくりと倒す。装置全体から低い唸り声のような振動音が響き、複数のモニターに緑色の波形が踊り始めた。

 室内の空気が震え、電気的な匂いが漂ってくる。

 

「共鳴率70%、指令送信開始。パターン001:戦闘本能覚醒。パターン002:身体能力補正……」

 

 画面の中で、被検体二百四十三号の身体がピクリと震える。まるで電流が走ったかのように、背筋が一瞬硬直し、そして──ゆっくりと頭を上げる。

 その動きは機械的でありながら、どこか不自然な滑らかさを持っていた。瞳に宿る光が、一瞬だけ、蒼く輝いたような気がした。

 

 完璧だ。

 

 同期率は予想を上回っている。被検体の意識は完全に俺の制御下にある。ティリオが自分の意志で動いているようにしか見えない。

 

 ゼイドの口元に、冷酷な笑みが浮かんだ。

 

「さて、始めようか──世界よ、天才の真の力を思い知れ」

 

 蒼く冷たく光る瞳で、ゼイドは画面を見つめていた。

 

 祖父の無念を晴らす革命が、今、始まる。

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