精神共鳴装置で操られる傀儡闘士   作:里奈使徒

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第五話「選別の診療室 魔狼戦の前日譚」

 俺は医者だ。

 表向きは、闘士たちの健康診断を任されている。だが――医者という立場は、実に便利だ。闘技場に補充が入るたび、選別前の素体に真っ先に接触できる。

 すなわち、"被検体"の中から、使える素材を嗅ぎ分けられるということだ。

 

 今日も朝早くから、コロッセオの医療棟にやってきた。新しく搬入された奴隷たちの健康診断――表向きはそうだが、実際は俺の研究に適した被検体の選別作業だ。

 扉を開けて診療室に入ると、助手のエリシアが既に準備を整えて待っていた。

 

「対象は?」

「はっ、こちらに」

 

 重厚な鉄格子の窓がガシャリと開き、薄暗い部屋を見下ろす。十数人の若者がうずくまっていた。痩せこけた体躯、浮き出た肋骨――どれも使い物にならない、骨と皮の塊だ。

 俺は一人一人を観察していく。大半が栄養失調で筋力不足。青晶核の埋め込み手術に耐えられる体力を持つ者は皆無に等しい。

 だが、その中に一人――体格だけでいえばましな大男がいる。

 

「一番左、あの大男。素性は?」

「オプレッサー。貴族の屋敷を襲撃した罪でコロッセオ送りに」

 

 筋肉はついているが、上半身ばかり鍛え下半身は細い。典型的な街の喧嘩屋だ。

 

「十把一絡げのゴロツキだな」

 

 俺は鍵を受け取り、無言で鉄扉を開ける。むせ返るような汗臭さが流れ込んできた。

 

「健康診断だ。全員、腕を出せ」

「……けっ、俺は病気じゃねぇよ」

 

 ゴロツキが吠えた。典型的な小物の威嚇行動だ。

 

「拒否か? 構わん。刑務官に報告するだけだ」

「舐めんな!」

 

 腕を雑に突き出す。順に注射をしていく。

 もちろん麻酔薬だ。俺が独自に調合した睡眠薬と筋弛緩剤の混合物。数分後には、全員が静かに眠りについた。

 

 さて。ここからが本題だ。

 俺は一人一人の身体を詳細に検査していく。脈拍、血圧、反射神経――すべてを数値化し、記録していく。

 

「こいつは……内臓に疾患あり。廃棄」

「こいつは……骨格に異常。論外」

 

 次々に判定を下していく。残念ながら、今回の補充は"ハズレ"の部類だ。

 

「エリシア。あのゴロツキ、まぁマシだな。今回はこいつにするか」

「ゼイド様、お待ちください。こちらを」

 

 エリシアが、別の一体を指さした。

 俺は踵を返しかけて――ふと、目に止まる素体があった。

 ひときわ肉付きのよい体格。他と比べて皮膚の色つやも悪くない。骨格も整っている。この劣悪な環境にいながら、これだけの体格を維持しているということは、元々の体質が優秀なのだろう。

 

「こいつは?」

「ティリオ・アヴェンハート。アヴェンハート家の長男です」

 

 エリシアの視線が、ティリオの眠る姿をじっと見つめている。まるで慈しむような眼差しだ。単なる職業的関心を超えた、もっと個人的な感情が混じっている。

 

「……知り合いか?」

「は、はい。かつてお世話になった方の……ご子息です」

 

 エリシアの声が、わずかに震える。

 

「アヴェンハート様には大変お世話になりました。私がまだ幼い頃、追っ手から守ってくださりました……」

 

 なるほど、そういう繋がりか。

 だが、それは研究には関係ない。

 

「情実で検体を選ぶ気はない。この研究には祖父の名誉がかかっている。わかっているな?」

「承知しております。ですが、私情をはさんでおりません。この素体には光るものがございます」

「理由を述べろ」

「他の検体と比較して、明らかに栄養が取れています。脂肪は多いですが、そこに潜在的な体力を感じます」

 

 確かに――ただの肥満ではない。体幹に芯がある。骨格と筋肉の付着位置が理想的だ。

 俺は彼の身体をより詳細に観察する。肩甲骨の動き、骨盤の安定性、脊椎のカーブ――すべてが教科書通りの理想的な構造をしている。

 

「……まぁ、いい。今回はお前の顔を立てよう」

 

 どのみち他が駄目すぎる。ティリオが最も"マシ"だ。

 俺は、ティリオの生体データを読み取る。専用の測定器具を彼の身体に当て、青晶核適合度を測定していく。

 ――そして、異常な数値が端末に現れた。

 

「……ん?」

 

 青晶核(セリアル)の反応が突出している。

 画面に踊る数値を見て、俺は息を呑んだ。通常の被検体なら300-400の範囲で推移する青晶核適合値が、なんと1,200を超えている。

 俺は測定器の故障を疑い、もう一度測定し直す。だが、結果は同じだった。いや、二回目の測定では1,250という、さらに高い数値を示した。

 さらに波形を細かくチェックする。脳波パターンは異常に安定し、筋反応速度は平均値の三倍、神経電位の伝達効率は四倍以上。

 これは何だ? 突然変異か? それとも特殊な血筋なのか?

 

「……おいおい、これは……!」

 

 手が震える。二十年の研究生活で、こんな数値は見たことがない。現段階での最高値である被検体二百四十二号の適合値は780だった。それでも当時は「奇跡的」と評価したのに、この少年は1,200超え。

 理論上、精神共鳴装置との同調率は90%以上に達する可能性がある。

 これならば、完全制御も夢ではない。遠隔操作の精度も格段に向上するはずだ。何より、長期間の制御にも耐えられる可能性が高い。

 俺の心臓が激しく打っている。血管を駆け巡る興奮で、手の震えが止まらない。

 これこそ、俺が長年探し求めていた完璧な被検体だ。

 

 祖父様、見ていてください。ついに――ついに見つけました。あなたの理論を完全に実証できる、究極の素材を。

 

「……エリシア」

「はい?」

「お前は正しかった。こいつを"被検体二百四十三号"に認定する」

「はっ!」

「残っている青晶核(セリアル)をすべて、こいつに集中投下する。プランBに移行だ」

 

 プランBとは、俺が密かに準備していた最終計画だ。これまでの被検体は、あくまで予備実験に過ぎなかった。真の実験は、完璧な被検体を得てから始まる。

 ティリオこそが、その完璧な被検体だ。

 ついに最終段階か。

 

 俺の計画は、ここからが本番となる。この少年を通して、俺は世界を変えてみせる。

 天才ゼイドラク・ディ・ヴェルミュールの名が、歴史に永遠に刻まれる日が――ついに来た。

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