精神共鳴装置で操られる傀儡闘士   作:里奈使徒

8 / 21
第六話「最高の傀儡 魔狼戦の前日譚」

 地下三階の医療室。静寂に包まれた空間で、ゼイドは検査結果に目を落としていた。

 薄暗い蛍光灯の光に青白く照らされた横顔には、氷のような冷たさが宿っている。

 

「被検体二百四十三号の脳波パターン、安定してきました。制御装置なしで、ここまで適応するとは……まるで青晶核が彼の一部であるかのように」

 

 検査データは、これまでゼイドが目にしてきたどの被検体とも異なっていた。通常、青晶核を人体に接触させれば、激しい拒絶反応が起こる。発熱、痙攣、最悪の場合は神経の完全な破綻。

 だが、被検体二百四十三号は違った。

 

「素晴らしい器だ」

 

 ゼイドの表情には、貴重な宝石を発見した宝石商のような満足感が浮かんでいた。

 

「拒絶反応も、神経ストレスも起きていない。あとは本格的な埋め込み手術さえできれば――」

「では、手術を……」

「……今はただの健康診断だ」

 

 ゼイドの声が、急に低くなった。

 

「コロッセオの医療申請記録に、勝手な手術記録は残せん。監察官どもは、書類の不備一つでも嗅ぎつける」

 

 高官からの追求が始まれば研究に支障が生じる。

 

「ならば……どうやって?」

 

 エリシアの問いに、ゼイドの唇が薄く歪む。

 

「"事故"を起こさせる」

 

☆★

 

 翌日の夕刻。警報音が鳴り響いた。

 

「制御装置、臨界点突破! 被検体二百四十二号、暴走開始!」

 

 Gランク闘士の収容エリアで、被検体二百四十二号が制御装置の暴走により、狂った操り人形のように暴れていた。ゼイドが仕組んだ"事故"だった。

 短剣が、被検体二百四十三号の脇腹を浅く切り裂く。致命傷ではない。むしろ、故意に浅く切られたような傷だった。

 警報が鳴り響き、看守たちがなだれ込んでくる。やがて、被検体二百四十二号は沈黙した。

 

 一時間後、コロッセオの管理事務所。

 

「Dr.ゼイド!」

 

 刑務官のバルガスが、慌てた様子で駆け込んできた。

 

「さきほど、Gランクの戦士、十九番が刺されました……ティリオとかいう」

「ほう。それは災難だな」

 

 ゼイドは、書類に目を通しながら完璧な演技で答えた。

 

「幸い軽症ですが、明日の試合に影響が出そうで。先生なら、何とかできませんかね?」

「手を尽くしてみようか」

「本当ですか!? そりゃあ助かる!」

「……ただし、条件がある。治療に専念したい。余計な監視は付けるな」

「もちろんです!」

「それから、手術の詳細は企業秘密だ。記録は最小限に留める」

 

 バルガスが去った後、ゼイドの表情が変わった。

 

「エリシア、準備はいいか?」

「はい。青晶核は、最高品質のものを用意しました」

「よし、行くぞ。運命の時間だ」

 

☆★

 

 コロッセオ地下二階、特別手術室。

 薄暗い無菌室に、被検体二百四十三号の身体が静かに横たわっていた。麻酔により意識を失った彼の顔は、安らかだった。

 ゼイドは、淡い光を放つ複数の青晶核をトレーに並べている。一つ一つが、貴族の年収に匹敵する価値を持つ最高級品だった。

 

「神経伝達率、八十五パーセント。現時点で最適です」

 

 エリシアが、各種モニターを確認しながら報告する。

 

「まだ甘い。九十以上は必要だ」

 

 ゼイドは手袋を嵌めながら、厳しい表情を浮かべた。

 

「これは俺の最高傑作になる器だ。妥協は許さない。電動メスを」

 

 最初の切開。皮膚が開かれ、血管が露出する。ゼイドの手は、まるで楽器を演奏するかのように流れるような動きを見せた。メスの角度、圧力、速度──すべてが計算し尽くされている。

 

「青晶核との接触点を作る。まずは末梢神経から」

 

 小さな青晶核が、被検体二百四十三号の指先の神経に接触した瞬間、モニターの数値が跳ね上がった。

 

「生体信号、急激に上昇!」

「落ち着け。予想の範囲内だ」

 

 だが、ゼイドの内心は驚愕に満ちていた。通常であれば、この段階で激しい拒絶反応が起こるはずだ。しかし、被検体二百四十三号の身体は、まるで青晶核を歓迎するかのように安定していた。

 

 次は脊髄。ゼイドは背骨の隙間から極細の針を挿入し、脊髄神経に直接青晶核を接触させる。この工程は特に危険で、わずかでも位置がずれれば全身麻痺を引き起こす。

 だが、ここでも異常なまでの適合性を示した。脊髄神経が青晶核を受け入れ、まるで元から一体であったかのように融合していく。

 

 そして最後に、脳幹への埋め込み。これが最も重要で、最も危険な工程だった。

 

「頭蓋を開きます」

 

 ゼイドは、極薄の骨切り器具を用いて、頭蓋骨に小さな穴を開けた。露出した脳組織は薄いピンク色に輝いている。

 最後の青晶核を脳幹に埋め込む瞬間、手術室の空気が変わった。

 被検体二百四十三号の身体から、微かな光が立ち昇ったのだ。

 

「これは……」

 

 ゼイドの手が止まった。こんな現象は、見たことがない。青晶核が、被検体二百四十三号の生命力と完璧な調和を保ちながら共鳴している。

 青晶核から発せられる蒼い光が、彼の神経を伝って全身に広がっていく。まるで新しい生命が宿ったかのような、神秘的な光景だった。

 

「エリシア、最終値は?」

 

 数秒間の沈黙の後、エリシアが震え声で答えた。

 

「……適合率、九九・九七八パーセント」

 

 室内の空気が、凍りついたように静まった。

 ゼイドは、信じられないという表情で数値を見つめている。これまでの最高記録は、せいぜい八十パーセント程度だった。それですら、数時間後には破綻していた。

 だが、九九・九七八パーセント。これは、理論上の完璧値に限りなく近い。いや、事実上の完璧と言っても過言ではない。

 

「ゼイド様……これは、まさに……」

「ああ……」

 

 ゼイドの声が震えていた。十年間の研究で、ついにここまで到達したのだ。

 

「ククッ……」

 

 ゼイドの口から、小さな笑い声が漏れた。

 

「クククク……アハハハッ、ハッハッハァッ!!」

 

 やがて、それは狂気的な哄笑へと変わった。手術室に響く笑い声は、まるで悪魔の高笑いのようだった。

 十年間の研究。数百体の失敗作。無数の犠牲。そのすべてが、この瞬間のためにあった。

 

「ついに……ついに俺は、神の領域に到達した……!」

 

 ゼイドは、ゆっくりと被検体二百四十三号の頬に手を伸ばした。その手は、まるで聖遺物に触れるかのように慎重だった。指先が彼の肌に触れた瞬間、微かな電流のような感覚が走る。

 これこそが完璧な作品。これこそが、ゼイドが追い求めてきた究極の被検体。

 

「ようやく出会えたな――完璧な傀儡(にんぎょう)

 

 その声には、狂気と愛情、そして深い満足感が入り混じっていた。まるで芸術家が最高傑作を完成させた時のような、陶酔に満ちた表情を浮かべている。

 薄暗い手術室に、ゼイドの狂気的な笑い声だけが響いていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。