悪い大人は子供が好き   作:スナエ

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悪い大人は子供が好き

 自称霊能力者の男は、牛野首字(うしのしゅうじ)と名乗った。

 染めた髪。サングラス。たくさんのピアス。シルバーのペンダント。派手なYシャツ。

 胡散臭いホストか何かに見える。

 

「最近、お宅に幽霊が出るとか」

「はい。真夜中に、天井裏がガタガタ鳴るんです……おかげで寝不足で……」

「ふむふむ。では、天井裏を拝見しても?」

「よろしくお願いします」

 

 牛野は、専業主婦の家人の了解を取り、天井裏を覗いた。

 そこには、動物のものらしき糞がある。

 ハクビシン辺りかな。

 牛野は、そう考えた。

 

「奥さん、確かに霊が憑いています。お祓いをしましょう」

「そんな、どうして……?」

 

 女は、左手の薬指の指輪に触れている。

 

「ありゃ、女の生き霊ですね。奥さんを恨んでるみたいだ」

 

 牛野は、ペラペラと嘘を並べ立てた。

 

「……夫は、不倫してたんです。それをやめさせたから?」

 

 夫婦仲が悪いことも、旦那の浮気も、牛野は事前調査で知っていたのである。

 

「それでしょう。まあ、祓ってしまえば問題ありません」

「牛野さん、あの女を祓ってください!」

「はい、もちろん。危険なので、奥さんは自室で待機していてください」

「分かりました」

 

 さてと。

 女を下がらせ、牛野はハクビシンの痕跡を消した。

 そして消毒をして、侵入経路を塞ぐ。

 

「一応、ね。一応」

 

 牛野は、最後の仕上げに祝詞を口にする。

 

「掛けまくも畏き。刑場之主よ。童守の地に禊ぎ祓え給いし時に生り坐せる神等。諸々の禍事・罪・穢有らんをば祓え給い清め給えと白すこと聞こし召せと恐み恐み白す」

 

 パンっと両手を合わせて、一礼した。

 

「はい、オーケー」

 

 牛野は、天井裏から出て、家人にお祓いをしたと報告する。

 

「では、俺は失礼しますね」

「はい。ありがとうございました」

「今週中に振り込んでください」

「はい」

「それでは」

 

 男は、徐霊代として80万円を請求していた。

 依頼者の家を出て、その足で不良の溜まり場へ向かう。

 

「よう、克也」

「牛野さん、こんにちは」

 

 11歳の少年、木村克也は、男に会釈した。

 

「セッター吸うか?」

「はい」

「ほれ」

「ありがとうございます」

 

 克也にセブンスターを一本渡して、ライターで火を着けてやる牛野。

 

「そろそろ教えてくださいよ。仕事のこと」

「俺ァ、ただのピアニストだよ」

「嘘つき」

「よく分かってるじゃねぇか」

 

 牛野首字、本名、鈴ヶ森景(すずがもりけい)は、克也の頭を撫でた。

 彼は、扱いやすいバカな子供が好きである。

 

◆◆◆

 

 牛野首字は、煙草をふかしていた。

 その廃墟には、牛野しかいない。

 

「ふー」

 

 煙を吐き、天井まで立ち上るそれを目で追う。

 

「牛野さん」

「おー。またサボりか?」

 

 そこに、木村克也が小学校を抜け出して来る。

 

「牛野さんは、怒らないだろ?」

「まぁな。好きに生きろ」

 

 どうせ、みんな死ぬんだから。

 

「牛野さん、仕事は?」

「俺ァ、物書きだから、頭ん中で仕事出来るんだよ」

「また嘘ついてる」

「ははは」

 

 男は、笑いながら克也の頭を撫でた。克也は、どうにもその手を振り払えない。

 

「で、君は何がしたい?」

 

 牛野が、いやに優しい声色で囁く。

 

「なんにもしたくないですよ」

「それじゃ、つまらん。女でも用意してやろうか?」

「えっ!?」

 

 克也は、目を見開いて頬を赤くした。

 

「エロガキ」

「牛野さんが悪いでしょ!」

「まあ、本当に用意してやってもいいが。どうする?」

「……お願いします」

「オーケー」

 

 牛野はニヤリと笑い、ポケットベルで女を呼ぶ。

 数分後。金髪ロングヘアで露出度の高い服装の女がやって来た。

 

「やっほー。シュウちゃん」

「よう、サリナ」

「その子は?」

「弟」

「似てな~い」

 

 サリナは、けらけらと笑う。

 

「弟じゃないです」

 

 克也は、牛野を一度睨んでから否定した。

 

「シュウちゃん、またアタシに嘘ついたの?」

「悪い悪い。コイツ、克也ってんだけど、相手してくれや」

「えー?! 子供じゃん!」

「ほれ、先払いだ」

「そういうことなら、オッケー!」

 

 サリナは、牛野が出した万札を笑顔で受け取る。

 

「カツヤくん、おねーさんといいことしようね?」

 

「悪いことの間違いだろ」と、牛野。

 

「シュウちゃんが言ったんじゃん!」

 

 それから牛野は、ふたりを残して去った。

 後は、サリナに任せりゃいい。

 彼女なら、克也が嫌がることはしないだろう。

 その後。仕事を済ませた牛野が帰路を進んでいると、前から男が歩いて来た。

 

「鈴ヶ森じゃないか」

「久し振りすね、鵺野先輩」

 

 ふたりは、学生時代の先輩後輩である。

 

「最近は、なにをしてるんだ?」

「旅行代理店で働いてますよ」

 

 しれっと嘘をつく、牛野こと鈴ヶ森。

 

「そうか。元気そうでよかった。ところで、キャップを被った小学生を見かけてないか?」

「さあ。どうかしたんすか?」

「いや、問題児でな。サボってるのを見かけたら、注意してくれ」

「了解っす」

「よろしく。じゃあ、またな」

「はい」

 

 鵺野鳴介の背中を見ながら、牛野は口端を吊り上げた。

 牛野首字には、嫌いなものがふたつある。警察と教師だ。

 堕落したけりゃ、させりゃいい。

 牛野は、そう思っている。

 

◆◆◆

 

 廃墟にあるボロボロのソファーの上。

 木村克也は、初対面の大人の女、サリナとふたりきりにされて、どうしたものかと考えた。

 その思考とは別に、少年の目は、サリナの豊満な胸を追ってしまう。

 

「カツヤくん。とりあえず、おっぱい触る?」

 

 サリナは、自身の胸を両手で持ち上げながら言った。

 

「いいんですか?!」

「いいよ」

 

 そっと、両手を彼女に近付ける。

 

「あはっ。緊張する? 遠慮すんな!」

 

 サリナは、ニコニコしながら、克也の手首を掴んで、胸を触らせた。

 

「う、わっ……」

「ど?」

「柔らかい、です」

「せっかくなんだから、揉んどけ」

「はい……!」

 

 克也は、両手の指を動かして、言われた通りにサリナの胸を揉んだ。

 エロ本やAVのような体験をしているという事実が、克也を興奮させる。

 しかし、少しだけ気になることがあった。

 

「……牛野さんとは、どういう関係なんですか?」

「友達。あとは、恩人? みたいな」

「恩人?」

 

 手を離して、克也は訊く。

 

「シュウちゃんって、いい人なんだよね。あ、いい人は嘘だわ。アタシにとっては、いい人なんだよ」

 

 サリナは、へにゃ、と笑いながら訂正した。

 

「アタシ、前にヤバい店で無理矢理働かされてたんだけどさ、シュウちゃんがその店潰してくれたの。証拠集めから何からひとりでやってね。警察に突き出したんだよ。店の連中、みーんな逮捕された。で、アタシは自由になったの」

 

 女は、昔を懐かしむように語る。

 

「シュウちゃん、警察なんて嫌いなのにね。アタシのために……」

「好きなんですか? 牛野さんのこと」

「うーん。好きだったこともあるよ? フラれたけど。君は、俺に助けられたから好きだと思い込んでるんだろって」

「そうですか……」

 

 克也は、牛野首字の知らない一面を知った気がした。

 

「そんで? あとは、なにがしたい?」

「その、“なにがしたい”っての、牛野さんがよく言いますよね」

「そうだね。シュウちゃんから移ったわ。したいことだけをしろって、よく言ってるから」

 

 サリナは、するりと服を脱ぐ。上半身は、下着だけになった。

 

「どうする?」

「抱き締めてもらいたいです」

「オッケー」

 

 サリナは、克也の頭を包み込むように抱き締める。

 克也も、そっと彼女の体に腕を回した。

 

「牛野さんって、何者なんですか?」

「悪者じゃない?」

 

 サリナは、笑いながら答える。

 木村克也には、牛野首字のことは、まだまだ分からない。

 ただ、サリナが言うように「いい人」だとは思った。

 彼は、自分に都合がいい人なのである。

 

◆◆◆

 

 いつもの廃墟にて。

 牛野首字は、ただ黙って克也の話を聞いていた。

 

「はたもんば、ね」

「牛野さんは、そういうの信じます?」

「信じるも何も、“いる”からなぁ」

「見たことあるんですか?」

「まぁな」

 

 牛野は、煙草の煙を吐きながら答える。

 

「しかし、無事でよかったな」

 

 男は、いつもみたいに笑顔で克也の頭を撫でた。

 それがきっかけで、克也は牛野に抱き付いて泣いてしまう。

 

「…………」

「俺、たまに自分が嫌いになるんだ」

「そうか」

 

 牛野は、そっと克也の背中をさすった。

「そりゃ、よくないな」と、ぼそりと呟く牛野。

 

「牛野さんは、そういうのないですか?」

「大人になってからは、ねぇなぁ。俺は、俺が好きだ」

「羨ましい……」

「克也は、何にでもなれる。生きてさえいりゃな」

 

 牛野は、親指で克也の涙を拭った。

 泣き止んだ克也は、何度目かの質問をする。

 

「で、牛野さんって、何してる人?」

「カジノのディーラー」

「嘘つき」

「ははは。俺ァ、大人の偽物だよ」

「偽物?」

 

 牛野は、何も返さず、ただ笑った。

 その翌日。

 牛野は、放課後の童守小学校の校門前で人を待っていた。

 

「鈴ヶ森」

 

 牛野が呼んでもらった鵺野鳴介が、呼ぶ。

 

「どうも、鵺野先輩」

「どうした?」

「例の子、克也くんのことなんすけど、サボりだけは見逃してくれません? 俺が見とくんで」

「どこでサボってるんだ? 克也は」

「秘密です。ただ、そこでは危ない目には遭わせませんよ」

 

 鵺野は、しばし考えた。

 そして、牛野に手を差し出す。

 

「克也を、よろしく頼む。教師には言えないこともあるだろう」

「はい。何かあったら、報告しますよ。鵺野先生」

 

 ふたりは、握手をした。

 

「ああ」

「俺の見立てじゃあ、あの子はいずれサボりもやめますよ」

「……そうか」

「はい。それじゃあ、また」

「ああ、またな。鈴ヶ森」

 

 小学校を後にした牛野は、はたもん場へ向かう。

 そして、刀の前で祝詞を唱えた。

 

「掛けまくも畏き。刑場之主よ。童守の地に禊ぎ祓え給いし時に生り坐せる神等。諸々の禍事・罪・穢有らんをば祓え給い清め給えと白すこと聞こし召せと恐み恐み白す」

 

 パンっと手を叩き、一礼する。

 

「うちの神様と、お前、どっちが強いかねぇ」

 

 挑発的な笑みを浮かべ、牛野は煙草に火を着けた。

 一方その頃、鵺野鳴介は。

 

「克也、鈴ヶ森と知り合いになってたんだな」

「鈴ヶ森?」

「ん? ほら、サングラスかけてピアス付けてる男だよ。俺の後輩なんだ」

「牛野さん?」

「牛野? 誰だ、それ?」

「ぬ~べ~、あの人から何聞いたんだよ?」

 

 克也は、拳をぎゅっと握り、訊いた。

 

「何も聞いてない。鈴ヶ森は、克也の知り合いだってことしか言わなかったからな」

「そう……」

 

 少年は、一安心する。牛野は、人の話を喋るような男ではなかった。

 

「鈴ヶ森は、いい奴だからな。克也の力になってくれるだろう」

「…………」

 

 今度、牛野に会ったら、“鈴ヶ森”について訊かなくてはならない。

 木村克也は、そう決意した。

 

◆◆◆

 

 廃墟に、男と少年がいる。

 男は、胡散臭いホストのような見た目。

 少年は、キャップを被り、鍔を後ろにしている。

 ふたりは、ボロボロのソファーに並んで座っていた。

 男、牛野首字は、煙草を吸っている。

 

「ふぅ。それで、話って?」

「……牛野さんって、本当は、鈴ヶ森さんなんですか?」

 

 少年、木村克也は、膝の上で両手をぎゅっと握った。

 

「鵺野先輩に聞いた?」

「はい」

「そうだよ。俺の本名は、鈴ヶ森景」

 

 男は、黒いスーツから名刺入れを取り出し、一枚指先で挟んで、克也に差し出す。

 

民俗学者 鈴ヶ森景

電話番号 ××××-××-××××

FAX ××××-××-××××

 

「民俗学者!?」

「おう。意外か?」

 

 くくっと笑う鈴ヶ森。

 

「てっきり、ヤクザかなんかかと。不良はみんな、牛野さんの言うこと聞くし」

「まさか。俺ァ、清廉潔白だぜ」

「それは嘘。普通、ガキに煙草とか女とか寄越しませんよ」

「ははは」

 

 鈴ヶ森は、愉快そうに笑っている。

 

「牛野……鈴ヶ森さんは、なんで不良に都合のいい人でいるんですか?」

「社会には、絶対に取りこぼされる人間ってのがいるんだよ。俺は、そういう奴が何をしたいのか聞いて、ただ方向を示してるだけだ。その後、どんな道を進むかは本人次第だ」

 

 ふぅ、と煙を吐く。

 

「ま、不良でいる間は面倒見てやるから、心配すんな。本当にしたいことが見付かったら、もうこんなとこには来んなよ」

「…………」

 

 結局、克也には、彼が善人か悪人かは割り切れなかった。

 それに、自分が本当にしたいこととは、なんだろう?

 

「俺のこと、色々、ぬ~べ~に黙っててくれて、ありがとうございます」

「気にすんな。俺は、ガキのプライバシー守らねぇ奴が嫌いなんだ」

 

 どうも実感を持って聞こえる。

 それもそのはず。鈴ヶ森は、実子のプライベートを話のネタにする親が大嫌いだった。

 

「鈴ヶ森さんは……」

「景でいいぞ」

「景さんは、どうして牛野首字って名乗ってるんです?」

「悪人ってのは、本名を知られたくないものなんだよ。ふたりきりの時以外は、牛野って呼べ」

「はい」

 

 鈴ヶ森は、ニッと笑い、「なに、口止め料はやるって」と言う。

 そして、ふたりは近場のファミリーレストランへ向かった。

 

「好きなもん頼んでいいぞ」

 

 鈴ヶ森は、メニュー表を寄越しながら言う。

 

「いや、でも……」

「ガキが遠慮してんじゃねぇよ」

「ありがとうございます……」

 

 それから、注文して運ばれてきたものを食べる克也を眺めながら、男はコーヒーを飲んだ。

 端から見たら、よく分からない関係性のふたり。

 克也は、この人は自分の何なのだろう? と疑問に思った。

 

◆◆◆

 

 13階段で悪霊に襲われた克也は、不良とはつるむべきではないと思った。

 しかし、鈴ヶ森景からは離れがたい。

 彼は、不良ではないし、いいか。

 そんな風に正当化する。

 今日も、ふたりは廃墟で会った。

 でも、それは放課後のことである。

 

「よう、克也」

 

 鈴ヶ森は、ボロボロのソファーに座って煙草を吸っていた。

 

「景さん」

 

 この人は、いつ仕事をしているのだろうか?

 

「仕事は?」

「ちゃんとしてるよ。不良どもから噂話を収集してんだ」

「それが民俗学?」

「ああ。童守の都市伝説や怪談は、ほとんど集められてるだろうよ」

「童守小の13階段は?」

「13階段? ありゃあ、異界に連れ込む厄介なやつだ。気を付けろよ」

「はは……」

 

 バッチリ巻き込まれた後である。

「景さんとぬ~べ~って、仲良いんですか?」と、隣に腰かけて訊いた。

 

「んー。まあ、それなりに。鵺野先輩には、借りがあるんだ」

「借り?」

「それは秘密」

 

 鈴ヶ森は、煙草の吸い殻を水の入った一斗缶に落とす。

 

「で、克也はやりたいことは見付かったか?」

「少しは真面目になったつもりだけど、やりたいことは分かりません。努力するのって面倒だし」

「怖いのか? 努力は裏切るもんな」

「…………」

 

 怖い。そうかもしれない。

 怠惰は裏切らない。相応の結果をもたらす。

 けれど努力は、いくら積み重ねても報われるとは限らない。

 それは、とても残酷な真実だ。

 

「景さんは、なんで民俗学者になったんですか?」

「親への嫌がらせ」

「は?」

「母親が、新興宗教にどっぷりでな。他のあらゆる宗教やまじないなんかを貶してたんだ。だから、そういうことを調べたいと思った」

「……そうなんですか」

 

 鈴ヶ森は、母子家庭で育ち、宗教的虐待をされていた。現在は、母と縁を切っている。

 誰も助けてくれなかった。

 警察も教師も、誰も。

 ただ、鵺野鳴介だけは、鈴ヶ森の話を聞いてくれたのだ。

 

「メンドクセェよ、性質の悪い血縁者ってのは」

 

 鈴ヶ森は、溜め息をついてから、煙草を一本取り出し、新たに火を着ける。

 ふたりは、それきり何も話さなかった。

 克也が帰る頃になって、鈴ヶ森は「じゃあな、克也」と、片手をひらひら振る。

 

「さよなら、景さん」

 

 挨拶をして、克也は帰路についた。

 鈴ヶ森景の謎は、少しずつ解けていく。

 一方で、新たな謎も増える。

 他者とは、そう簡単には理解出来ないものだ。

 それでも、木村克也は、鈴ヶ森景と話し続けたい。

 

◆◆◆

 

 4月なのに雪が降った。

 

「寒みぃ」

 

 鈴ヶ森景は、いつも通りに不良の溜まり場を渡り歩いていたのだが、切り上げることにする。

 

「あっ。鈴ヶ森さん」

「君…………」

「ゆきめです。お久し振りです」

「ゆきめさん、久し振り。いやぁ、立派な雪女になって」

 

 彼女は、大学時代に鵺野鳴介が助けた妖怪だ。

 ゆきめを手当てしているところに、鈴ヶ森が鵺野を探してやって来たのである。そうして、彼女とは知り合った。

 

「鵺野先輩には会った?」

「はい。相変わらず素敵な人でした」

「そっか。よかった」

「……うう」

「えっ?」

「うわーん!」

 

 鈴ヶ森は、ホストが女を泣かしていると、通行人たちからヒソヒソされ、ゆきめの腕を掴んで逃げる。

 

「一体、どうしたんだよ?」

 

 人気のない路地裏に入り、鈴ヶ森は訊いた。

 

「鵺野先生を氷漬けに出来なくて……」

「あー。そりゃまあ、嫌がられるわな」

「ぐすん」

「でも、今のところライバルはゼロだよ。先輩、人間にモテないから」

 

 鈴ヶ森は、からから笑う。

 

「最近は、人間と妖怪が結ばれるのは珍しいけど、君が本当に鵺野先輩を愛してるなら、がんばりなよ」

「はい……!」

「それじゃあ、またね。ゆきめさん」

 

 その後、ゆきめと別れた鈴ヶ森が帰宅すると、電話がかかってきた。

 

「はい。鈴ヶ森です」

『克也です。景さん、この雪のことなんですけど』

「もう止むよ」

『そうなんですか?』

「雪女が帰ったからな」

 

 一瞬、息を呑むような間が出来る。

 

『景さんも知り合いなんですね』

「ああ。悪い娘じゃないんだが、妖怪だからなぁ。先輩も大変だね」

『景さんは、大丈夫なんですか?』

「なにが?」

 

 鈴ヶ森は、首を傾げた。

 

『妖怪に好かれたり、とか……』

「ないない。余計な心配すんな」

『本当に?』

「……俺には、神様しか憑いてねぇよ」

 

 小さく呟く鈴ヶ森。

 

『え?』

「じゃ、仕事するから、またな」

 

 男は、電話を切った。

 鈴ヶ森景には、秘密がある。

 彼は、憑きもの筋の家系なのだ。

 憑いているのは、元々は化け猫だった神だと言われている。

 かつて、鈴ヶ森家の者には、東京の刑場を清めるという任が与えられていた。

 現在では、霊感があるのは鈴ヶ森景しかいないため、神降ろしも彼にしか出来ない。

 

「さて」

 

 鈴ヶ森は、デスクへ行き、原稿を書き始めた。

 童守町に根付いた伝承や慣習をまとめ上げるのが、彼の目標である。

 鈴ヶ森景が、自身に憑いている神について、公的な文章に起こすことはなかった。

 

◆◆◆

 

「丑の刻参りを見たぁ?」

 

 深夜2時過ぎ。木村克也から鈴ヶ森景に電話がかかってきた。

 

「今から行く」

 

 鈴ヶ森は、克也の家へ急ぐ。

 そして、克也に開けとけと言った窓から中に入った。

 

「よう、手当てはしたか?」

「景さん……」

 

 克也の手には、包帯が巻いてある。

 

「痛いか?」

「平気です……」

「強がり言うな。俺に電話してきた癖によ」

 

 鈴ヶ森は、克也の頭を優しく撫でた。

 

「景さん、俺、呪い殺されるのかな?」

「大丈夫だ。朝になったら、鵺野先輩に相談しな」

「うん……」

「妹ちゃんは?」

「寝かせました」

「そうか。じゃあ、君が眠るまで隣にいるよ」

「ありがとうございます」

 

 それから、克也が眠りについたのを見守ってから、鈴ヶ森は自宅へ帰る。

 彼が訪れたことは、克也しか知らない。

 帰宅してから、鈴ヶ森はこっそりと採取した克也の髪の毛を、人型のぬいぐるみに詰めた。

 一先ずは、これでいいか。

 鈴ヶ森は、寝直すことにした。

 翌朝。

 目覚まし時計に起こされた鈴ヶ森は、時計を止めて二度寝をし始めた。

 そして、昼間に起きる。

 身支度をし、コーヒーを淹れて飲んだ。

 朝食兼昼食を済ませ、デスクで仕事をする鈴ヶ森。

 その後。宿直室に泊まることにした鵺野と克也と広の元に、鈴ヶ森が来た。

 

「こんばんは」

「この人は?」と、広が訊く。

「コイツは、鈴ヶ森景。俺の後輩だ」

「よろしく。ただの民俗学オタクだよ」

「景さん……」

「克也の知り合いなのか?」

「ああ、まぁな……」

 

 克也は、曖昧に笑った。

 そして、深夜2時。呪いがやって来た。

 鵺野が作った形代が壊され、鈴ヶ森が用意した物もズタズタになり、克也を襲う。

 

「先輩!」

「ああ! 呪いを運ぶ者、姿を見せよ!」

 

 呪いの媒体を全員で追うと、北山神社に着いた。

 鵺野が戦っている間、鈴ヶ森は克也を背に庇う。

 呪いの媒体から、鵺野が観音経で全員を守ると、呪いは、それをかけていた女に逆流し、命を奪った。

 帰る際、鈴ヶ森は克也を背負い、彼の自宅まで歩く。

 

「いやぁ、大変だったな」

「景さん」

「ん?」

「ありがとう」

「おう」

 

 克也の腕に、ぎゅっと力が入った。

 夜空には、星が静かに瞬いている。

 

「夜、眠れなかったら、電話していいぞ」

「はい……」

 

 鈴ヶ森景の声が、優しく響いた。

 歳の離れた兄みたいだな、と思う。

 克也は、彼の背中をひとりじめ出来ることが、少し嬉しかった。

 

◆◆◆

 

 夕方。克也が左の頬を腫らして鈴ヶ森の元へ来た。

 

「どうした? それ」

「先生の煙草盗んで自首したら、ビンタされた」

「ふーん。お疲れさん」

 

 鈴ヶ森は、保冷剤を買って来て、克也に寄越す。

 その日も、ふたりは他愛ないことを話して、やがて別れた。

 鈴ヶ森景は、“牛野首字”としての仕事に向かう。

 

「どうも、霊能力者の牛野です」

「ご足労いただき、ありがとうございます。中へどうぞ」

「お邪魔します」

 

 依頼者の話によると、夜な夜な霊が枕元に立つらしい。

 

「なるほど。確かに憑いてますね、あなたの背後に」

「は、早く祓ってください……!」

「どうしましょうねぇ? どうも、あなたに殺されたみたいですが」

 

 牛野は、口角を引き上げた。

 

「それは……」

「除霊だけなら80万、ですがねぇ」

「倍額払います! 助けてください!」

「いいでしょう。承ります」

 

 牛野は、依頼人に書類にサインをさせる。

 そして、祝詞を唱えた。

 

「掛けまくも畏き。刑場之主よ。童守の地に禊ぎ祓え給いし時に生り坐せる神等。諸々の禍事・罪・穢有らんをば祓え給い清め給えと白すこと聞こし召せと恐み恐み白す」

 

 パンっと両手を合わせ、一礼する牛野。

 室内に、突風が吹く。

 

「はい。終わりました。では、今週中に振り込んでくださいね」

「はい。ありがとうございました」

 

 数日後。振り込まれた金を確認してから、牛野は公衆電話から匿名で警察に通報した。

 自首すりゃよかったのに。

 牛野首字は、「はっ」と笑った。

 ガキのがよっぽど立派じゃねぇか。

 自宅へ帰り、デスクで仕事をしていると、電話がかかってきた。

 

「はい、鈴ヶ森です」

『克也です。景さん、ちょっと話したいことがあるんですけど』

「おー。じゃ、家まで来てくれや」

『いいんですか?』

「いいよ」

 

 克也に住所を伝え、彼を待つ。

 数十分後。インターホンが鳴った。

 ドアスコープを覗くと、見慣れた少年がいる。

 

「よう」

「こんにちは」

 

 鈴ヶ森はドアを開け、客を招いた。

 リビングのソファーに克也を座らせ、コーラを渡す。

 自分は、缶ビールを開けた。

 

「それで、話って?」

「ぬ~べ~と景さんって、どう知り合ったんですか?」

「長いし、面白くねぇぞ」

「それでも知りたいです」

 

「仕方ねぇな」と、鈴ヶ森は頬をかく。

 

「俺が中学一年生だった頃の話だ」

 

 それは、10年ほど前まで遡る。

 鈴ヶ森景は、かつての出来事を語り始めた。

 

◆◆◆

 

 鈴ヶ森景は、友達がいない子供だった。

 それは、母親がいわゆるモンスターペアレントだったせいでもあるし、鈴ヶ森には人ではないものが見えるせいでもある。

 中学生になっても、彼は誰ともつるまなかった。

 ひとり、授業をサボって、盗んだ煙草を吸ったり、酒を飲んだり。

 ある日の放課後、校舎裏で、何をするでもなく立っていると、そこに上級生がやって来た。

 

「一年か? 何をしてるんだ?」

「別に何も」

 

 鈴ヶ森は、素っ気なく答える。

 

「ここは、霊が出るから気を付けた方がいいぞ」

 

「霊なんて信じてるんですか?」と、少年は嘲笑した。自分には見えている癖に。

 

「あそこに女子生徒の霊がいる」

「っ!?」

 

 なんと、上級生にも見えていた。

 

「先輩にも、アレが見えてるんすね……」

「ああ。僕は、鵺野鳴介」

「鈴ヶ森景です」

「よろしくな」

「…………」

 

 差し出された手を取るのを躊躇ったが、鵺野が鈴ヶ森の手を握る。

 

「よろしくお願いします……」

「それで、どうしてここに?」

「……家に帰りたくなくて」

「どうして?」

「俺の母親、普通じゃないんですよ。すぐ学校にクレーム入れるし、そのせいで同級生には遠巻きにされるし。それに俺は、霊が見えるから、頭おかしいと思われてて……」

 

 鵺野は、鈴ヶ森を真っ直ぐ見つめた。

 

「先輩?」

「君の背後のそれは?」

「あー。これは、うちの神様らしいです。もう俺にしか見えないみたいなんすけど」

「そうか。鈴ヶ森のことを心配してるみたいだ」

 

 鈴ヶ森は、でも役に立たないんだよなぁと思う。

 

「鈴ヶ森は神様に見放されたって、母は思い込んでて、今は新興宗教にどっぷりなんすよね。俺にも押し付けてくるから、いい迷惑です」

 

 毎朝、毎晩お祈りに付き合わされ、他の宗教行事はするなと禁じられ、強制的にお布施を徴収され。精神的に加害され続ける人生。

 

「それは辛いな……」

「辛い? ああ、そうですね。辛いです、毎日。誰も助けてくれないし」

「僕でよけれは、話くらい聞くよ」

「……ありがとうございます」

 

 鈴ヶ森は、初めて他者に優しくされた。

 

「俺、どこにも居場所がなくて」

 

 一筋の涙が、鈴ヶ森の頬をつたう。

 

「家も学校も嫌いだ……」

 

 少年はうつむき、泣くのを止めようとしながら話した。

 

「衣食住さえ与えられていれば、いい親ですか? 親がおかしいと、子供もおかしいんですか? 家族内のいざこざは、問題にしてもらえないんですか? 俺なんて幽霊と同じだ。誰も見てくれない」

「見てるよ。鈴ヶ森の神様と、僕が」

「うう……ああ…………」

 

 ボロボロと涙をこぼす鈴ヶ森景の肩を、鵺野鳴介はそっと抱く。

 悲しみを吐き出すことすら出来ずに、独りきりだった子供は、初めて泣くことが出来た。

 鈴ヶ森景の人生は、ようやく動き出したのである。

 

◆◆◆

 

 ひとしきり話した後、鈴ヶ森はビールを飲み干した。

 彼の過去を知った克也は、真っ直ぐに鈴ヶ森を見つめて言う。

 

「景さんは、もう独りじゃないですよね? ぬ~べ~がいるし、それに……俺もいるし…………」

「そうだな」

 

 鈴ヶ森は、ニッと笑った。

 克也は、彼を二度と独りにしたくないと思う。

 

「俺は、景さんのこと好きだから」

「ありがとな」

 

 柔らかく微笑む鈴ヶ森は、造花みたいに綺麗だった。

 

「俺は、立派な大人じゃねぇが、不良のガキを見過ごすことは出来ねぇからな」

 

 真剣な表情と声色で、鈴ヶ森は言う。

 優しい人だな、と克也は思った。その優しさは、きっと孤独な過去からきている。

 

「景さん、神様は今はどうなってるんですか?」

「ああ。今は役に立ってるぞ。“話し方”が分かったからな」

 

 鈴ヶ森景が最初に民俗学的な調べものをしたのは、自分の家についてだ。

 そして、自分のルーツや神の使い方が分かり、今では多少の霊や妖怪とは渡り合える。

 

「景さんは、強くなったんですね……」

「克也だってなれるさ。君が望むなら」

 

 なんてことないように言う鈴ヶ森。そうなれることを、微塵も疑っていない。

 

「そうかな?」

 

「そうだよ。大人になったら、酒でも奢ってくれや」と、鈴ヶ森はへらりと笑った。

 

「仕方ないなぁ」

 

 克也も笑う。

 

「じゃあ、大人になったら一緒に酒飲みに行ってください。約束ですよ?」

「おう。約束する」

 

 ふたりは、指切りをした。

 

「もうこんな時間か。そろそろ帰りな」

「はい」

 

 鈴ヶ森は、玄関前まで克也を見送り、ひらひらと手を振る。

 その後、デスクに向かって仕事をした。

 たまに、自分で淹れたコーヒーを飲み、原稿を進めていく。

『童守町怪異録』は、順調に書けていた。

 不意に、窓を開けていない室内にも関わらず風が鈴ヶ森を撫でる。

 

「なんか用すか?」

『景、あの子供に入れ込み過ぎだ』

 

 鈴ヶ森に憑いている神が、警告するように告げた。その声は、男とも女ともつかない。

 

「そんなことないすよ」

『お主は、いずれ————』

「分かってますって」

『そうか』

 

 鈴ヶ森は、たしなめるように言う。

 鈴ヶ森の末裔である神憑きの運命は、決まっていた。

 他の憑き物筋同様、それは将来やって来る。

 家に幸福をもたらした代償。子孫が受けるしかない精算の時。

 鈴ヶ森景は、後に神のものになることが決まっていた。それを、誰かに話したことはない。

 その時が来るまでは、したいことをしよう。

 鈴ヶ森は、そう考えて生きている。

 

◆◆◆

 

 もしも、麒麟が鈴ヶ森景を裁定するならば、どうなるのだろうか?

 

「麒麟ねぇ。君は、よくそんなヤバいのにばかり遭遇するな」

「不良の味方なのに、そんなこと言わないでくださいよ!」

 

 鈴ヶ森は、克也のことを笑った。

 

「俺ァ、なんともないんじゃないかな。バランス感覚がいいからよ」

「バランス?」

「善行と悪行のバランス」

 

 確かに、彼は上手いことやっているように見える。

 

「俺は、ガキにも自分で道を選ばせるが、行く道を変えたい奴には手を貸すぜ」

「景さんって、変な大人ですよね……」

 

 鈴ヶ森は、どんなことになっても、「君が選んだ道だろ」と言う。そして、「やめたいなら、やめるのを手伝う」とも言う。

 

「人間、自分のケツは自分で拭かねぇとな。それが、責任ってもんだろ」

「…………」

 

「ふぅ」と、煙草の煙を吐く鈴ヶ森。

 

「景さん」

「ん?」

 

 克也は、鈴ヶ森の腕を掴む。

 

「何か、俺に隠し事してませんか?」

「は? 君に言ってないことなんて、山ほどあるけど」

 

 鈴ヶ森は、ニヤニヤと笑った。

 

「最近、気付いたんだ。俺は、景さんのことを何も知らないって」

「へぇ」

「そりゃあ、ぬ~べ~との出会いは聞いたけど。それでも、全然知らない。知らないことだらけです」

「何が知りたい?」

 

 薄笑いを浮かべながら、鈴ヶ森が尋ねる。

 

「なんでも知りたい」

「なんでもは言えねぇなぁ」

「…………」

 

 煙草の吸い殻を一斗缶に落とし、男は言った。

 

「3つだ。3つだけ、克也の質問に答えてやろう」

「……分かりました」

 

 克也は悩む。そして、数分後に口を開く。

 

「景さんって、彼女います?」

「いないよ。そういう関係は持たないことにしてんだ」

「えっ? どうして?」

「俺と、そこまで深く関わらせたくないから」

「なんでですか?」

「人は、みんな死ぬだろ」

「それは…………」

 

 パンっと、鈴ヶ森が両手を鳴らした。

 

「はい、質問タイム終了」

 

 結局、克也は、鈴ヶ森の深層には辿り着けないまま。

 それは克也に限らず、誰もがそうなのではないか?

 そんな考えが浮かぶ。

 少し前、鈴ヶ森を慕う不良たちに話を聞いたが、みんな、彼が“鈴ヶ森景”であることすら知らなかった。

 知っているのは、ぬ~べ~と自分だけ?

 そういえば、サリナも「シュウちゃん」と呼んでいた。

 一体、“牛野首字”とはなんなのだろうか?

 その仮初めをまとう理由は?

 

「牛野さん!」

「よう」

 

 廃墟に、不良の高校生が何人かやって来た。鈴ヶ森は、へらへら笑いながら彼らと話している。

 木村克也は、鈴ヶ森景の真実が知りたい。

 何故なら、彼もまた、自分の“先生”だから。

 

◆◆◆

 

 克也が好きな女子に気持ちを伝えたところ、何故か彼女の犬にされたらしい。

 

「なに、女に飼われてんの? ウケるね」

「笑わないでくれよ……」

「小学生の時分で女の尻に敷かれてちゃ、先が思いやられるな」

 

 鈴ヶ森は、やれやれと肩をすくめた。

 

「俺は、恋人になりたいのに……」

「まあ、気長にがんばれや」

 

 克也の肩に手を乗せる鈴ヶ森。

 

「はい……」

「そうだ。俺、フィールドワークで何日か童守にいねぇから、よろしくな」

「え!? そんな…………」

「じゃあな、克也」

「……はい」

 

 そして、鈴ヶ森と会えない日々が続いた。

 克也は、ついつい募金詐欺をさせるような連中とつるんでしまう。

 しかし、ぬ~べ~の導きと、鈴ヶ森の「なにがしたい?」という言葉で勇気を出して逆らい、鉄パイプを振り下ろした。

 見かけ倒しな男たちは、克也がキレたと思って逃げ去って行く。

 克也が、その場に座り込んでいると、後ろから声が聴こえた。

 

「よう、克也」

「景さん!?」

「久し振りだな」

「景さん、俺……」

 

 思わず伸ばした手を、鈴ヶ森は、掴んで引き起こす。

「どうした?」と、優しく問う鈴ヶ森。

 

「実は……」

 

 克也は、一連の出来事を話した。

 

「そうか。偉かったな」

 

 鈴ヶ森は、克也の頭を撫でる。

 

「やりたくねぇことなんざ、やらねぇ方がいいからな」

 

 その手のひらに、克也は泣きそうになった。

 

「景さん、俺、少しは変われたかな?」

「ああ。言ったろ? 克也は、なりたいものになれる」

「ありがとう…………」

 

 鈴ヶ森景は、彼の可能性を信じている。

 翌日の放課後。克也が、鈴ヶ森の自宅に遊びに来た。

 自分は缶ビールを飲み、克也にはコーラを渡す。

 

「景さんって、普段なに食べてるんですか?」

「んー。だいたいスーパーで買った惣菜を食ってるな。俺ァ、米炊くくらいしか出来ないからよ」

「へぇ。じゃあ、俺が何か作ろうか?」

 

 克也は、料理が得意である。

 

「……そうだな。オムライス食いたい」

「はい! 買い出しに行きましょう」

 

 ふたりで、スーパーまで行くことにした。

 克也主導で材料を買い物かごに入れ、鈴ヶ森が金を払う。

 鈴ヶ森の家に戻ると、ほとんど使わないから綺麗になっている台所に、克也が立った。いつもならエプロンをするが、この家にそんなものはない。

 鈴ヶ森は、その様を見て、不思議な気持ちになっていた。

 自宅で、初めて他人が台所にいるのを見たからである。

 

「出来ました!」

「おう」

 

 テーブル席に座るふたり。

 克也は、後で妹と食事をするので、オムライスは鈴ヶ森の分しかない。

「いただきます」と、両手を合わせる鈴ヶ森。

 この、両手を合わせる行為も、かつては母に禁じられていた。

 スプーンで、一口食べる。

 

「美味い。スゲーな、克也」

「そ、そう?」

「うん」

 

 克也は、照れくさそうに笑いながら、オムライスを食べる鈴ヶ森を見続けた。

 実母との張りつめた食卓しか知らない鈴ヶ森景は、少年の気遣いを嬉しく思う。

 

◆◆◆

 

 鈴ヶ森と鵺野と玉藻が、石化してしまった。

 克也を含む童守小の5人組は、彼らを助けるために百刻館へ向かう。

 館には、度々現れる陽神明も来ていた。そして、南雲京太という謎の少年もいる。

 

「うわぁ、なんか人がいっぱいだねぇ」

「誰だ?」

「俺は、九段坂件(くだんざかけん)。よろしく」

 

 前髪で目元が隠れている少年が自己紹介をした。

 陽神明こと、鵺野が九段坂に耳打ちする。

 

「鈴ヶ森だよな?」

「はい。そうっすよ」

「いつの間に陽神の術を……」

「俺も、日々学んでるんで」

 

 九段坂こと、鈴ヶ森が笑う。

 ちなみに、目元を隠しているのは、克也に顔でバレそうだから。

 子供たちを守ろうと思って来たが、陽神たちは早々に罠にかかり、離ればなれになってしまった。

 

「うーん。でも、子供らの前だとやりづらいこともあるからいいんじゃないすかね」

 

 九段坂は、へらへらしている。

 

「さっさと親玉をぶちのめして帰りましょう」

「楽観的だな、鈴ヶ森、じゃなくて九段坂は……」

 

 陽神と南雲と九段坂は、3人で奥を目指す。

 一方、子供たちは、妖怪に遭遇しながらも逃げずに進んでいた。

 しかし克也は、ひとりで逃げようと思っている。

 館の外に出て、ひとりだけ逃げようとした。

 

“人間、自分のケツは自分で拭かねぇとな。それが、責任ってもんだろ”

 

 以前聞いた、鈴ヶ森景の言葉。

 それが、克也の内の“責任感”を呼び起こす。

 百鬼久作の妻から託された勾玉が、バイクのような形になり、それで置いて来た4人を助けに向かった。

 5人組は、上を目指す。

 その頃、九段坂たちは、妖怪博士・百鬼久作にボロボロにされていた。

 このままでは、練り上げた体が壊れてしまう。

 

「九段坂!」

「はい! 掛けまくも畏き。刑場之主よ。童守の地に禊ぎ祓え給いし時に生り坐せる神等。諸々の禍事・罪・穢有らんをば祓え給い清め給えと白すこと聞こし召せと恐み恐み白す!」

 

 パンっと両手を鳴らす九段坂。

 突風が、百鬼のアーマーの隙間から体を切り刻む。

 3人は、百鬼と攻防を続けたが、最終的に町を救ったのは、子供たちだった。

 ケセランパサランが、童守町に降る。

 鈴ヶ森たちの肉体の石化は解けた。

 生徒たちを抱き締めるぬ~べ~を、鈴ヶ森景は、少し離れたところから見ている。

 後日。鈴ヶ森は、百刻館での出来事を克也から聞き、思い切り頭を撫でた。

 

「わっ!」

 

 帽子を取り、両手で髪をぐしゃぐしゃにする。

 

「偉かったなぁ、克也」

「へへ……」

 

 慕っている大人に褒められて、木村克也は嬉しく思った。

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