久し振りに、鈴ヶ森は鵺野と街中で会う。
「鈴ヶ森、克也のこと、よろしくな」
「どうかしたんすか? 改まって」
「いや、なんでもないんだ」
そんな会話をしたすぐ後に、ぬ~べ~こと、鵺野鳴介が死んだ。
鈴ヶ森景は、喪服を着て棺の中を見ている。
先輩、本当に死んだんですか?
その後。童守寺の裏で、喪服のまま、ひとりで煙草を吸った。
「景さん…………」
「克也」
「ぬ~べ~が……」
「鵺野先輩も人間だからな。そりゃあ、いつかは死ぬだろうが……」
鈴ヶ森は、煙草を携帯灰皿に入れて、泣いている克也を抱き締める。
「景さん……?」
「…………」
「泣いてるの……?」
鈴ヶ森は、何も言わない。ただ、少しだけ抱き締める力を強くした。
しばらくして、鈴ヶ森は克也を離して言う。
「悪い……ちょっと頭冷やすわ…………」
鈴ヶ森は、帰宅するなり壁を殴り、己の無力さを呪った。
後に、克也たちは、妖怪“あぎょうさん”に遭遇し、ぬ~べ~が死んだことが“嘘”になる。
子供たちは、その復活を喜んだ。
鈴ヶ森は、そのことを克也からの電話で知る。
「よかった…………」
心底、安心した声を発する鈴ヶ森。
それから、数日が経つ。
鵺野とゆきめが結婚すると聞いて、鈴ヶ森も氷で作られた教会へ来た。
「おめでとうございます。鵺野先輩、ゆきめさん」
盛装のふたりを祝福してから、男は静かに去る。
帰路。ひとりで考えた。
俺は、あと何年生きられる?
先祖から続く神がかり。その代償を払う時は、刻一刻と近付いている。
数日後。
九州へ転勤する鵺野を見送った。
6年生になっても、克也は度々鈴ヶ森のところに遊びに来る。
しかし、年齢を重ねるに連れて、その頻度は減っていった。
克也が高校生になった頃。鈴ヶ森景は、童守町怪異録を書き上げて出版した。本は、多くの子供たちにも読まれ、怪異と遭遇した者を助けることになる。
そんな、とある日。
『景。そろそろ刻限だ』
「そうすか。分かりました」
神からの宣告。
鈴ヶ森は、身辺整理を始めた。
物を寄贈したり、預金を寄付したり。
そして。誰にも本当のことを言わずに、鈴ヶ森景は失踪した。
近所の者たちは、ただ「引っ越す」とだけ聞いている。
木村克也は、何も言わずにいなくなるなんて、と怒った。
克也が、鈴ヶ森景の真実に辿り着くまで、あと6年。
その時が、鵺野鳴介が童守町に帰って来る時になることを、彼はまだ知らない。
◆◆◆
今でも、毎日のように思い出す。
約束したのに。嘘つき。
「大人になったら、一緒に酒飲むんじゃなかったのかよ…………」
鈴ヶ森景がついた嘘は、木村克也の心に刺さった針である。
克也は、2浪して国防大学に入り、現在は3年生だ。
そんな折、鵺野鳴介が童守町に戻る。
教師になった稲葉郷子と共に、教壇に立った。
克也とぬ~べ~と郷子(美樹は途中退席した)が飲んでいる時、鈴ヶ森の話題が出る。
「克也、鈴ヶ森はどうしてる?」
「さぁ。あの人、俺が高校生の頃に何も言わずに引っ越したから」
「引っ越し? どこにだ?」
「それが、誰も知らないんだ」
鵺野は、それは変だと思った。
後日。フーチを使って居場所を探る。
「ここは……」
鵺野は、克也に連絡をした。
「鈴ヶ森に憑いてた神の居場所が分かった」
夜。大学の寮を抜け出して来た克也と合流し、はたもん場跡へ向かう。
「景さんが、ここに?」
「少なくとも、アイツの家の神がいる」
鵺野は、経を唱え、霊水晶をかざした。
『おや、人が来るとは珍しい』
男とも女ともつかない声。
それを発したのは、狩衣を着た二足歩行の大きな化け猫のような姿をしている。
「鈴ヶ森はどうした?」
「あれが、景さんの家の……」
『景なら、喰ろうてやったぞ』
「なに!?」
「そんな…………」
神は、からから笑う。
『憑き物筋の宿命だな』
「鈴ヶ森の代で、か……」
「景さんが、死んだ……?」
残酷な真実に、克也は膝から崩れ落ちた。
「鈴ヶ森を恨んでいたのか?」
『まさか。景は、鈴ヶ森の末裔。最後の愛し子。愛しくて愛しくて、腹の中でも愛でている』
神は、腹を撫でながら言う。
人の理を外れた所業。神の物差し。
「返してくれ……景さんを返してくれよ…………!」
『返す? 景は、元々我のものだ。不敬だぞ、人間』
「……景さんは、俺の大切な人なんだ。ぬ~べ~、なんとかならないのかよ?!」
「相手は、神だ。それに、憑き物筋が代償を払わなければならないのも事実……」
「そんなこと言うなよ! 景さんは、ぬ~べ~の後輩だろ!」
「俺だって、なんとかしたい。だが……」
鵺野は、拳を握り締めた。
「鈴ヶ森景を返せ!」
克也は立ち上がり、神に向かって叫ぶ。
「牛野首字を返せ!」
『牛野首字? それは、景の偽りの名であろう。愚かな』
「確かに偽名だって言ってたよ。でも、その名前で人をたくさん助けてたんだよ!」
「そうか。そうだな、克也」
鵺野は、鬼の手を出して、神に立ち向かう。
「鈴ヶ森の神よ、牛野首字を返せ!」
『なに!?』
鬼の手は、神の腹をすり抜け、鈴ヶ森景を“半分”取り出した。
「景さん!」
克也が、鈴ヶ森の体を受け止める。
「返してもらうぞ。鈴ヶ森の半身を」
『おのれ……赦さんぞ、人間……我のものを奪うなど……!』
「牛野首字は、お前のものじゃない! 多くの者たちに刻まれた名前だ!」
「そうだ!」
「う……あ…………」
「景さん!」
鈴ヶ森景が目覚めた。
「俺は……君は、克也か……?」
「ああ、そうだよ。助けに来るのが遅くなっちまって、ごめん」
「ったく、泣いてんじゃねぇよ」
鈴ヶ森は、指先で克也の涙を拭う。
『景』
「あー、これはこれは。すいません、もう少し待ってくれませんか? 俺が死ぬまで」
『……ふん。人の世など嫌いだと言っていたではないか』
「そりゃあ、昔の話ですよ」
『だから、汝れが人に入れ込むのは嫌だったのだ…………』
鈴ヶ森の神は、姿を消した。
「克也、鵺野先輩、ご迷惑をおかけしました」
「バカ野郎! 何も言わずにいなくなるな!」と、克也は鈴ヶ森を抱き締める。
「悪かった。俺ァ、偉そうなこと言っときながら、自分のことは諦めてたんだ」
鈴ヶ森は、克也を抱き締め返した。
数日後。鈴ヶ森景は、またかつての家に住み始めた。
そして、その晩。
約束を果たすために、克也と酒を飲みに行った。
ふたりがほろ酔いになった頃。
「景さん」
「んー?」
「好きだ…………」
「へ?」
鈴ヶ森の唇に、克也の唇が重なる。
「……もう置いて行かないでくれ」
「分かったよ。俺も、克也のことが好きだよ」
克也を寮まで送る道のり。ふたりを、美しい月が照らした。
鈴ヶ森景の影は、色が薄い。
「景さん」
「ん?」
「俺が自衛官になったら、一緒に暮らそう」
「俺は、いいけど。転勤とかあるんじゃねぇの?」
「一緒に来てほしい」
「考えとく」
まあ、克也と一緒にどこかへ行くのも悪くないと思った。
行った先で、フィールドワークでもすればいい、と。
鈴ヶ森景は、木村克也と手を繋いで歩き出した。