鋼鉄の牙、乙女の幻想   作:竹河参号

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08.決闘 (5)

 舞台上に、純白の魔導鎧と深紅のACが相対した。

 

 

『まさか俺まで順番が回ってくるとは思わなかった。誇るが良い』

『ありがたく頂戴いたします』

 

 

 ユリウスの居丈高な言葉に、ハーヴェイは慇懃に答えるのみだった。どうでもいい、と聞き流すかのように言い放った。

 

 

『それでは両者、悔いのないように。――はじめッ!』

 

 

 審判が開始の号令を下す。――しかし、両者は動かなかった。

 “殺戮人形”ハーヴェイの動きを警戒するユリウスと、そのユリウスの行動を待つアンタレス。しばらく、沈黙が続いた。

 

 

(……向こうから仕掛けてくれないと、お互い体裁がつかないんだけどな。そこのところ、分かってないんだろうか? ……まあいい、ちょっとは煽ってやるか)

 

 

 アンタレスは両手のライフルを構えると、がががっと徹甲弾を放った。この程度は想定済みだったのか、白機は素早く盾を構えて防御すると、アンタレス目掛けて猛進してくる。

 

 

『まだまだあぁぁ!』

 

 

 一直線の突撃。近接攻撃での迎撃手段に乏しいアンタレスは、ぴょーんと高く飛び上がり、翻りざまに銃撃を浴びせる。白機は被弾しつつもブーストを噴かせて切り返すと、着地したアンタレスに向かって再び突撃した。

 

 

(――……(つたな)い。乱雑にブーストして突っ込んでくるだけじゃないか。所詮は平和ボケした王宮向けの戦術指南か?

 まあ、あのアークライトの倅があのざまだったんだ。その門弟もどこまで役に立つか……)

 

 

 サイドブーストでいなしながら、右肩部のミサイルポッドから魔導ミサイルを放つ。白機は盾でそれを受け止めながら、三度猛進した。

 

 

『俺は負けられない。俺の勝利を願ってくれる彼女のためにも――負けられないんだぁぁぁ!』

『お戯れもほどほどに。あんな貧相な小娘なぞ、本気で入れ揚げるほどの器量でもあるまいに』

『黙れぇ! お前が彼女を語るなぁぁ!』

 

 

 咆哮とともに振り上げられた長剣を、アンタレスは後方に跳躍しながら回避した。振り下ろされた長剣は、何者をも斬り裂くことなく、虚しく宙を切るだけだった。

 

 

『まあ、殿下のことばかり槍玉に挙げるのも卑怯ですね。……殿下を諫めもせずに無駄な決闘ごっこに興じた、先の莫迦共を叱り飛ばすのが先決でしょう』

『戯れ言を言うな! お前に俺たちの何が分かる!』

『外から見て分からない関係性など、大した意味はありませんよ』

 

 

 ハーヴェイが言い捨てるとともに、アンタレスがブーストを噴かせて吶喊した。高速に乗ったアンタレスのブーストキックが、咄嗟に構えたユリウスの盾に刺さり、ガィィン! と甲高い音を響かせた。

 両者は再び引き離され、ユリウスは左手の盾を見やった。王国の紋章が刻まれた美麗なカイトシールドは、しかし異形が繰り出した衝撃によって醜く歪み、見るも無残な姿を晒している。ユリウスは舌打ちと共に、変わり果てた盾の残骸を投げ捨てた。

 長剣を両手で構える白機に向かって、ハーヴェイは改めて口を開いた。

 

 

『――殿下、もう一度だけ伺います。

 ()()()()()()()()()()()()()? あのラーファンとかいう小娘のために、何もかも――Ms.レッドグレイブとの関係すら切り捨てるほどの価値が、本当にありますか? あんなものと引き換えに、今後起こるであろう煩わしい政争の数々を抱えるだけの価値がありますか? ……できれば、色恋に疎い僕でも理解できるようなご説明をいただけると』

『フン、そうだろうさ殺戮人形! そんなざまだから、他人の邪魔が平気で出来るんだ。本当に誰かを愛したことがあるのなら、こんな決闘騒ぎなど起こさないだろうさ! 本当に愛を知っているのなら、潔く身を引けば良い!』

『――殿下、僕はアナタの意志をお尋ねしたはずですが……』

 

 

 アンタレスのコアの奥で、ハーヴェイは渋い表情を浮かべた。『愛する人のために戦う騎士』という肩書に酔っているこの王太子は、まるでこちらの話を聞こうとしない。

 

 

『まあ、いいでしょう。一応、Ms.レッドグレイブの代理人という立場でもありますし。

 僕から申し上げるならば、彼女の行動は――事実と風聞を綯交ぜにしたとしても――“婚約者として当然の態度”の域を出ないと愚考します。殿下の婚約者として、御身に色目を使う女を追い払いたいと思うのは、極めて常識的な思考かと。……嫌がらせが全て事実だったとするなら、いささか以上に陰湿さを覚えるところではありますが……しかし本人がああして否定なさっている以上、どこかで虚実が錯綜しているのは間違いありません。

 それを差し引いても、御身に対するMs.レッドグレイブの献身は、無碍に値するようなものではないと、僕は判断します。……それこそ、“愛”と表現しても良いくらいに』

 

 

 ハーヴェイの言葉は、なるべく中立的な視点を保とうとしていたが、同時に客観性のある主張だった。事実、アンジェリカはユリウスを敬愛し、そのために奔走していた。

 

 

『――じゃない』

 

 

 しかしその言葉は、ユリウスの激情に火を点けた。

 白機はブーストを噴かせながら突進し、ぶんぶんと長剣を振るった。右に左に切り返しながら躱すアンタレスには一向に届かなかったが、しかしユリウスはそれすらお構いなしだった。

 

 

『あいつの気持ちが愛である訳がない! あいつは俺の気持ちなど察しなかった! 宮廷の女と同じだ。俺に王族としての生き方を強要する! 俺は王族として生まれたくなどなかった。誰も俺を見ない宮廷での生活など――』

 

 

 遮二無二斬りかかる白機の剣を躱しながら、ハーヴェイは己の機嫌が急激に悪化していくのを自覚した。

 「王族として生まれたのだから当然のことだ」、そう切り捨てるのは容易だろう。しかし王も平民も奴隷も、自らの生まれを選ぶことができる者などいない。そういう意味では、ユリウスもまた望まぬ人生を強いられた、運命の犠牲者なのかもしれない。

 しかし、仮にそうだったとして。

 彼が本当に執るべき行動は、『王室という運命』に対峙し、自らの命運を懸けて反抗することだろう。

 

 

『マリエだけが、俺の気持ちに気づいてくれた女性だった』

 

 

 間違っても――どこの馬の骨とも知れぬ女に溺れ、一方的に婚約破棄することではない。

 カメラアイ越しにユリウスの蕩けた瞳を幻視し、ハーヴェイは思わず歯噛みした。たとえ想像による幻覚であっても、そこに『愛』とやらを見出すことはできなかった。

 

 

(――淫売め)

 

 

 ハーヴェイの苛立ちは、視界の隅のマリエへと向いた。世間知らずの莫迦が何人引っかかろうが知ったことではないが、よりによって王太子を篭絡している。今後この国を滅茶苦茶に荒らすであろう醜態は、あの女の我欲によってもたらされるのだ。

 

 

『偉そうなことを言っているお前も同じだ! お前も! バルトファルトも! お前たちの言葉は薄っぺらいんだ! 大きな力を手に入れて傲慢になっただけの連中だ!

 楽しいか!? それだけの力で他を圧倒し、上から目線で説教する気分はどんな気持ちだ!』

 

 

 ユリウスとしては、信義をもって二人の傲慢を糾弾したつもりだったのだろう。その語気に宿る迫力は、まさに騎士道物語(ロマンス)の主人公のそれだった。

 

 

『特に何も』

『…………は?』

 

 

 しかし間髪入れずに返された、何の感慨もない言葉に、思わずユリウスの思考が停止した。同じように唖然とする観衆をもお構いなしに、ハーヴェイは続けた。

 

 

『Mr.バルトファルトの心情までは分かりませんが、僕としては“三文小説にも劣る、下らない茶番”としか思っていません。少なくとも前座四人に関しては、時間の無駄とさえ思えました。

 ブラッド・フォウ・フィールド、論外です。掛けた金で戦果が決まるなら苦労はしません。それが真実なら、彼はおそらく小国の王にさえなれる――そうならないことは、先ほど証明してもらいました。

 グレッグ・フォウ・セバーグ、役立たずの屑でした。べらべらと居丈高な台詞ばかり並べ、結局碌な成果を見せてくれませんでした。彼に相応しい職業は騎士ではなく、弁士か曲芸師がせいぜいでしょう。

 クリス・フィア・アークライト、共感性羞恥すら覚えました。目先の小蝿に翻弄され、倒すべき敵から目を離し、ぶんぶんと棒切れを振り回すのが、同家の標榜する剣術理念なのですか?

 ジルク・フィア・マーモリア、浅知恵の衒学でした。あの程度の小細工では、細波ほどの動揺も起こせない。武芸はともかく知謀があのざまで、王太子殿下の懐刀気取りなど、思い上がりも甚だしい。

 ――そして今、御身。“弁舌ではなく剣をもって勝ち取る”機会を、僭越ながらご提供していますが……その道のりは遠そうですね』

『きっ――貴様はぁぁぁ!』

 

 

 激情とともに長剣を振りかぶる白機の右腕に、バーストライフルの三点射撃ががががっと刺さった。徹甲弾による衝撃に、剣を振る腕が思わず止まる。

 

 

『殺戮人形ごときが! 忌々しい、人殺しめが! その汚い手で、俺とマリエの愛を邪魔するな!』

『結構、アナタは“邪悪な殺戮者”を打ち倒す機会をお持ちになったわけだ。是非とも僕の墓の上で、華々しい宴を行っていただきたい。

 ――正義も自由も我儘も、結局は力によって奪取するものです。押し通して御覧なさい』

『言われなくともぉぉ!』

 

 

 激情のまま、乱雑に振り回される長剣に、リニアライフルの一撃が刺さった。魔導磁力によって加速された徹甲弾の強烈な一撃が、思わずその腕を怯ませる。

 ――間髪入れず、アンタレスが吶喊した。重厚なブーストキックが白機の右腕に衝突し、衝撃とともにその手の剣を吹き飛ばす。その勢いのまま、アンタレスは吹き飛んだ長剣を追い、力ずくで踏み潰した。

 

 

『くそ――っ!』

 

 

 苦悶の声と共に、ユリウスが両肩の砲を起動した。唸りを上げるチェインガンが弾丸を吐き出しアンタレスを襲うが、ハーヴェイはこれを巡行ブーストで難なく回避する。ほどなくして、両肩の砲がガチンと甲高い音を鳴らし、弾丸の嵐は止まった。弾切れだった。

 

 

『くそっ、くそっ、くそっ――!』

 

 

 これで詰みである。ユリウスは攻撃手段を失い、敵機(アンタレス)は健在。これで、勝負は決したようなものである。

 

 

『――残念です、ユリウス殿下。アナタが得たせっかくの機会は、こうして無碍になった。アナタの我儘は、我儘の域を超えられなかった。

 ……最後の落とし前は、僕の仕事ではない。あとはMs.レッドグレイブとゆっくりどうぞ。アナタの我儘の代価を、その身をもって支払いなさい』

 

 

 アンタレスは観客席の一角を指した。その先には、苦しげな顔で戦況を見守り続けるアンジェリカがいた。

 アンジェリカの行動の意味を、ハーヴェイが理解しているとは言い難い。苦しむくらいなら、目を逸らせばいい。見たくないのであれば、見なければいい。ユリウスが勝っても負けても、アンジェリカの運命は変わらないし、それを見届けることに価値はない。

 だが――『見届ける』という行動の意味は、何となく分かる。辛くても、苦しくても、その末路を見届けた人を知っているから。

 しかし彼女の想いは、ユリウスには届かなかったらしい。

 

 

『……まだだ』

『……?』

 

 

 絞り出すようなユリウスの言葉に、ハーヴェイは首を捻った。

 

 

『まだ終わっていない。マリエを奪われるくらいなら死んだ方がマシだ! 俺は絶対に負けを認めない。殺すなら殺せ! これは決闘だ! 俺かお前が死ぬまで、この決闘を止めることを禁ずる!』

『……申し訳ありません、殿下。そろそろ擁護の語彙も尽きました』

 

 

 王室としての己を否定していながら、「決闘を止めることを禁ずる」などと無茶を命令する。いっそ清々しいほどのダブルスタンダードに、ハーヴェイはそろそろ閉口しそうになった。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 一方、観客席では――ユリウスの咆哮に、アンジェリカが静かに涙を流していた。

 

 

「本気……なのですね、殿下。本当にあの娘が好きなのですね」

 

 

 もはや己の愛は届かない。それを悟ったアンジェリカは、滂沱する涙を拭った。

 

 

(そうだな、身を引こう。殿下が望まれないのなら、私は身を引く)

 

 

 ――だが、お前だけは認めない。殿下の隣に立つのはお前ではない。お前では殿下の邪魔をするだけだ。それだけは許さない。

 アンジェリカの最後の忠心は、舞台袖で蒼い顔をするマリエへの憎悪に変わった。

 

 

(例え私がどうなろうとも、お前だけは引きずり下ろして道連れだ。絶対に殿下を好きにはさせない)

 

 

 愛人を側に置き、他に四人もの男性と関係を持つ女――そんな女を、王妃の座につかせるわけにはいかない。

 この短期間で五人も籠絡した女だ、この後もどんどん男を増やしていくことだろう。ハーヴェイの言う通り、派閥争いは加速度的に激化していくはずだ。どんな手段を使おうと――それこそユリウスの愛を否定してでも、あの女を野放しにするわけにはいかない。

 

 

「――……莫迦ねぇ、誰も彼も」

 

 

 その姿を隣で見ながら、アデルはため息を吐いた。『愛』は人を幸福にするはずだというのに、時に人を熱狂させ、その人生を歪める。何とも業の深い話だ。

 

 

「――ま、間違っています!」

 

 

 そんなアンジェリカの隣で、声を張り上げる人物があった。勢いよく立ち上がり、毅然と叫ぶオリヴィアだ。

 

 

「ちょっと。何してるの、貴女」

「確かに王太子殿下はマリエさんを愛しているかも知れません。でも、でも! アンジェリカさんだって王太子殿下を愛しています!

 だって、ずっと、ずっと苦しそうにこの戦いを見守っているんですよ! 見ているのも辛いのに、目を背けないで悲しそうに見ているんです! 愛じゃないなんて言わないでください!」

「お、おい、止めろ」

 

 

 ぎょっとするアデルとアンジェリカが止めにかかる。オリヴィアは構わず叫び続けた。

 

 

「どうして否定するんですか! 相思相愛でなければ愛じゃないんですか!?」

「良いから止めろ。オリヴィア、もう止せ!」

「いいえ、言わせて貰います! アンジェリカさんの気持ちは愛です! 受け取る、受け取らないは本人の自由です! けど、否定なんてしないでください!」

 

 

 普段のおどおどした様子もどこへやら、朗々と叫ぶ。人を惹き付ける声で叫ぶその姿は、闘技場内にいる観衆――生徒や教師たちの視線を集めた。

 

 

(――これだから良い子ちゃんは嫌なのよ。頭お花畑なんじゃないの? 一方的な気持ちなんて愛じゃなくて迷惑よ! 本当にイライラするわ。こいつの台詞ってウザいのよね)

 

 

 一方、遠く舞台袖からそれを見ていたマリエは、苛立たしげにそれを睨んだ。

 少々強い()()共を味方にしたから何だというのか。自分には皆がいる。多少強いだけの、三枚目みたいなお笑い担当なんかより、容姿も家柄も能力もある攻略対象(キャラ)の方が、絶対に良いに決まっている。

 そう見下すマリエは、しかしまっすぐに見据えるオリヴィアの瞳に、小さくたじろいだ。

 『本物』を見せつけられているような気分になった。“主人公”の立場を奪った紛い物、嘘で塗り固めた醜い偽物――そう糾弾されている気がして、マリエは怯えに似た感情を覚えた。

 

 

『言いたいことはそれだけか、女』

 

 

 ――しかしユリウスは、そう切って捨てた。

 満身創痍ながら、ユリウスは怒気を孕んだ声で言い返した。

 

 

『一方的に押しつけるのが愛だと? 俺を王子としか見ていないその女の気持ちが愛? 俺は……俺個人を見てくれる女性を見つけた。そして分かったんだ。これが愛だ。これこそが愛だ!

 アンジェリカ、お前は俺を理解しようとしたか? お前の気持ちは押しつけだ。愛じゃない。もう、二度と俺に関わるな!』

 

 

 気勢のままに叫ぶユリウスの言葉に、マリエはようやく持ち直した。

 

 

(そ、そうよ。私は間違っていないわ。間違っているのはあっちよ。

 何よ、主人公と悪役令嬢が並んじゃって。ゲームだと思いっきり争っていたじゃない。さっさと喧嘩しなさいよ!)

 

 

 そのきっかけを作ったのが、他でもない己だと自覚がないまま、マリエは地団駄を踏みたくなる思いに襲われた。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

『さぁ、続きを始めようか。どちらかが死ぬまでこの決闘は終わらない。俺は()()を決めたぞ。お前はどうだ、“スピアリングの殺戮人形”!!』

 

 

 ユリウスが意気も高らかに挑発する。王子への声援とハーヴェイへの怒号で、闘技場はさらに沸き立った。さすがユリウス様だ、王太子万歳、死ね殺戮人形――およそ“貴き者”と思えぬ醜い喚声が、場内を埋め尽くすほどに木霊(こだま)する。

 深紅の異形は微動だにしない。そこに搭乗者の動揺を見出したのか、マリエは冷たくほくそ笑んだ。

 

 

(ユリウスは王太子。貴族なら空気を読んで、さっさと負けを認めなさいよね。あんた、自国の王子様を殺す気?)

 

 

 ――あるいは、この決闘騒ぎを誰より冷笑的に見ていたのは、他ならぬこの少女なのかも知れない。

 所詮、学生共が見世物感覚で熱狂しているだけの『決闘ごっこ』である。ましてや、参加者のほとんどが王子を含む有力貴族の子弟、本気で命を賭けた殺し合いになるはずもない。死亡どころか、重傷を負っただけでも大問題に発展するだろう。本当ならば決闘の前に五人に平謝りして、せめて命だけでも赦してもらう――それが常識的な対応だった。今までの四人全員と真っ向から戦い、圧倒し、あまつさえズタボロに敗北せしめているあの連中が(おか)しいのだ。

 そして、その快進撃()()()もここで終わる。ユリウスがどう思っていようが、彼は紛れもなく王太子であり、すなわちこの国の未来そのものである。たとえ「死ぬまで戦う」と宣言したところで、本当にユリウスが死ぬ事態など絶対に許されない。神聖な決闘の誓いを軽視することよりも、それに殉ずるユリウス本人の意志よりも、王太子という立場は遥かに重大なのだ。

 もしもこの決闘でユリウスが怪我を負う――あるいは命を落とすことがあれば、その責は当然、対戦者であるハーヴェイとリオンが負うことになろう。最低でもバルトファルト家は取り潰し、スピアリング家の降格も免れまい。ひどい場合、一族郎党全員処刑となっても(おか)しくはない。あっちの普通貴族の()()はともかく、ハーヴェイとやらは侯爵家だ、それくらいのことは想像できるはず。となれば結末はただ一つ、奴が自ら降伏することしかない。決闘の誓いなどクソ食らえだ。

 ――さんざんやきもきさせてくれたけど、最後の最後で王太子らしいところを見せてくれた。マリエはようやくひと心地ついた気分であった。

 

 

(終わりよ()()野郎、さっさと降参しなさい。この私の邪魔をした罪、これからたっぷり償ってもらうんだからね)

 

 

 しかし。

 マリエだけではなく、リオンだけではなく――おそらくケイトとアデル以外の、この場に集う全員が勘違いしていた。誰もが夢想だにしていなかった。

 沈黙を守るハーヴェイが、()()()()()()()など全く考えられなくなるほど、別の問題に衝撃を受けていたことを。

 

 

『――殿下、発言の意図が分かりません』

『意図だと? はっ、化けの皮が剥がれたな、殺戮人形! 所詮お前はその程度の――』

 

 

 勢いづいたユリウスが、それ以上の言葉を紡ぐことは出来なかった。ばしん、という重い衝撃がユリウスを襲い、その機体を大きくのけ反らせた。衝撃から立ち直ったユリウスは、モニターに表示された警告に気付き、我が目を疑った。

 

 

『警告:頭部の信号ロスト』

『――!?』

 

 

 思わず、暗転したモニター越しに対手のハーヴェイを見やる。鎧のモニター機能を破壊されたユリウスからは見えなかったが――直立不動のまま、まっすぐ構えられた右手のリニアライフルから、しゅうしゅうと発砲煙が立ち上っていた。

 今、あいつは――まさか、頭部をぶち抜いたのか? ()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

『……失礼。殿下の()()()はどうやら、僕の想像ほど速く回っていないようなので、懇切丁寧に問い直します。

 “覚悟を決めた”? どういう意味ですか? どうして今言ったんですか? もしかして殿下は、()()()()()()()()()()()()()()()()とでも仰るつもりですか?』

『な……なんだと?』

 

 

 慇懃な言葉の端々から、どろどろと怒気が氾濫する。その異様な雰囲気に、ユリウスは思わずたじろいだ。

 

 

『殿下。わが“黄道十四宮(ゾディアック)”で、真っ先に教導される訓戒を申し上げます。

 ――魔導鎧とは、どこまでいっても殺戮兵器です。戦場で敵を殺戮することを、敵を蹂躙することを目的とした兵器です。自分の血か、相手の血か、そのどちらかに塗れなければならない代物です。

 殿下の鎧も、所詮その範疇です。アナタが握って取り落とした剣は、敵を斬殺するために在る。アナタが撃って外した砲弾は、敵を圧壊するために在る。アナタが乗っているその鎧は、目の前の敵を鏖殺するために在る。それなのに、どうして()()()()()()()()を持っておられなかったのですか?

 今回の戦場がたまたまこの闘技場で、今回の敵がたまたまこの僕だった――それだけの話であることを理解されていますか? そもそも決闘とは“お前を殺してでも己の誇りを守らなければならない”という、()()()()()()()であることを理解されていますか?』

 

 

 滔々と語るハーヴェイの言葉に、ユリウスは動揺した。その言葉以上に、憎悪を孕む気迫が彼を圧倒していた。

 

 

『殿下の仰る通り、僕は殺戮人形です。沢山戦いました。沢山壊しました。沢山殺しました。この機体を与えられてから、奪った命の数は三桁に至ろうとしています。以前の機体での数を含めれば、とうの昔に。アナタがたの想像よりもはるかに多く、僕は多くの命を殺してきました。

 ――同時に、アナタがたの想像よりもはるかに多く、僕は死の危機に瀕してきました。

 撃墜の危機を、まさに死を覚悟した瞬間を経験した回数は、両手ではとても足りません。格納庫に戻って、機体から降りて損傷を確認して、その傷痕に戦慄を覚えた回数など数え切れません。幸いにも五体満足で今日まで生き延びることが出来ていますが、一歩間違えば切断を覚悟しなければならないところだったと、スピアリング家の主治医に何度言わせたか分かりません。

 その僕を対手に回して、どうしてそんな悠長な気分でいられたんですか? “悪い化物をやっつける、英雄譚の主人公”気取りでしたか? それとも――揃いも揃ってなーんにも考えずに、“高級なオモチャ”感覚で乗り回してたわけですか?』

『そ――それは――!』

 

 

 嘲笑するように言い捨てられる言葉に、しかしユリウスは何も言い返せなかった。愛のために、邪悪を滅ぼすために――そんな彼は、()()()()()()()()()を振るう意味を、正しく理解できていなかったのだ。

 学園の特別ルール? そんなものは詭弁だ。そこまで追撃しないのが慣習とはいえ、()()()()()()()()()()()()()というリスクが消えたことは、一度もない。

 

 

『乗り込む前に一番大事なものを忘れといて、敗北寸前になってようやく“覚悟”? 誰が信じるんですか胸糞悪い。格好いいから何となく叫んでるだけでしょう? 中身空っぽなのはもうバレバレですよ。

 その言動に何の意味があるというんです? 欲しい玩具を買ってもらえずにぐずる幼児の癇癪と、何一つ変わりませんよ』

『お、俺は――!』

『もういい、うんざりです』

『がっ――!?』

 

 

 リニアライフルの一撃が、バーストライフルの三連撃が、魔導ミサイルの数々が、一斉に襲い掛かる。動揺していたユリウスは咄嗟に回避もままならず、白機は次々に攻撃を浴びせられ、ついに膝を折った。

 

 

『肩書ありきの妄言に付き合う気は失せました。アナタに愛を語る資格はない。アナタに未来を語る資格はない。――王太子殺しの罪咎、王国の未来のために引き受けましょう』

 

 

 ハーヴェイがそう言うと、アンタレスは左手の武装を換装し、特殊ブレードを装備した。そのまま水平に構えると、がばりと開いたブレードの先から、赤い魔力の奔流が噴き出した。

 

 

「まさか……」

「あ、相手は殿下よ!?」

「うそでしょ、ねぇ」

 

 

 闘技場の魔導障壁をも破壊しかねない紅蓮の奔流に、観衆はようやく蒼い顔をし始めた。

 ――“赫薙ぎ”。膨大な魔力消費とともに相手を斬滅する、ハーヴェイの奥の手。巨大な魔力刃を叩きつけて圧壊する、最強の一撃。

 

 

「――やめてくれ、スピアリング! お願いだから――!!」

 

 

 アンジェリカの叫びは、しかし届かなかった。

 ずおおと唸る紅蓮の奔流が、勢いよく振り抜かれ、無防備な白機を襲った。もはや回避する手段も失った白機が、その奔流に呑み込まれ、ごり、という音とともに弾き飛ばされる。

 それきり、白機は動かなかった。大きくひしゃげた装甲の内側で、ユリウスがどうなっているかなど誰にも分からない。

 

 

『――審判。対手は行動不能のようだが、戦闘続行するべきか。かのコアを切開し、中にいる殿下の首を斬り落とし、意気揚々と掲げるべきか』

『――しょ、勝者! ハーヴェイ・フィア・スピアリング! よって決闘の勝者は、アンジェリカ・ラファ・レッドグレイブ! 両者、決闘の誓いに則り――』

 

 

 ハーヴェイの明確な殺害予告に、審判ははっと気を取り直し、決闘終了の宣言をした。

 一方、その圧倒的な攻撃力を見せつけられた観衆。戦闘終了を理解した彼らの脳裏によぎったのは――賭けの敗北という衝撃的な事実。

 

 

「か――金返せ!」

「インチキだ! こんな決闘が認められるものか!」

「返してよ。私のお金を返してよ!」

 

 

 闘技場の舞台へと、ごみや紙屑が飛来する。しかし広大な闘技場の、魔導障壁に塞がれた舞台には一向に届かない。何も知らないハーヴェイは、コクピット内で首を捻った。

 

 

『……? よく分からないが、賭博なら控えた方がいいと思うぞ、諸君』

「ふざけんなァァーー!!」

 

 

 闘技場を満たさんばかりの喚声と、宙を舞う大量の青札と共に、決闘は終了した。闘技場の上には、決闘前と同じさわやかな青空が広がっていた。

 

 

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