鋼鉄の牙、乙女の幻想   作:竹河参号

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09.後始末

【“アンタレス”メインシステム、戦闘モード解除。通常モードに移行します】

【生体維持管理システム、バイタルチェック待機状態に移行。姿勢制御システム、待機状態に移行】

【コクピット管理システム作動、気密状態を解除。ハッチ開放します】

 

 

 舞台袖に降りたアンタレスの戦闘モードを解除し、ハッチから滑るように飛び出す。ジョニーによって素早く寄せられたタラップを駆けるように降りていくハーヴェイは、相変わらず不機嫌な表情だった。

 

 

「ハーヴェイ様、お疲れさまです! 見事な勝利でした!」

「お、お疲れさまでーす……」

 

 

 反射的にばっと敬礼するジョニーと、異様な雰囲気にたじろぐリオン。二人に構わず、ハーヴェイはすたすたと歩きながら機械音声を鳴らした。

 

 

『ラスター、ジョニー。悪いけど、後は任せた』

「へい!」

「は、はいっ」

 

 

 慣れた様子で請けるラスターと、未だ緊張が解けないジョニー。二人がアンタレスに取り付き作業を始める横で、ケイトがハーヴェイの許へ進み出た。

 

 

「坊ちゃ~ん、お疲れさまでした~」

 

 

 ケイトが迎え入れるように両手を広げると、ハーヴェイは迷いなくその胸に埋まり、ケイトを抱きしめた。

 

 

「へぇあっ!?」

「よしよ~し、坊ちゃんはいい子っすね~」

 

 

 思わぬ奇行にリオンがぎょっとする一方、ケイトはよしよしとハーヴェイの頭を撫でていた。

 その様子を見に来た三人も、同じようにぎょっとしていた。

 

 

「こ……これは、どういう……?」

「専属使用人、と聞いて、いたが……ま、まさか、そういう関係……?」

「違うわよ。――いや違うとも言い切れないけど」

 

 

 オリヴィア、アンジェリカ、アデルの三人である。アデルはある程度見慣れたものだが、二人の誤解を解くには少々根拠が乏しかった。というか、この二人の様子から反例を挙げる方が難しい。

 一方、アデルと初めて対面したリオンは、見知らぬ女子生徒に首を捻った。

 

 

「あ、どうも……えっと、どちら様で……?」

「あら、あなたが噂のMr.バルトファルトね? ごきげんよう、私はアデライン・フィア・エッジワース。この利かん坊の、腐れ縁みたいなものよ」

「え、エッジワース!? こ、侯爵家の……!?」

「公爵令嬢の決闘代理人やっといていまさら? 面白い殿方ねぇ」

 

 

 宮廷貴族の中でも指折りのビッグネームに驚愕するリオンに対し、アデルがふふふと笑う。肝が大きいのか小さいのか、よく分からない人――つまり、彼女の遊び相手候補だ。

 そんな中、じじっと機械音声が唸った。

 

 

『……Ms.レッドグレイブ。契約通り、勝ってきたぞ』

「え!? あ、あぁ……」

「そ、そのまんま喋るんすね……」

 

 

 ケイトの胸に顔を埋めたまま、ハーヴェイが不機嫌そうな機械音声を鳴らす。思わずぎょっとする一同は、どう反応すればいいか分からなかった。確かに喉から発声しているわけではないので、そのまま喋ることは可能だが……

 

 

『撤回ならしないぞ』

 

 

 それはそれとして――渋い顔をするアンジェリカに対し、ハーヴェイは居直った。おおかた、ユリウスの事だろう。

 

 

『どう取り繕ったところで魔導鎧は殺戮兵器だし、それを駆って戦う決闘は戦争だ。だったら決着がつくその瞬間まで、互いに殺し殺されの覚悟をもって臨むべきだ。()()()()()()()

 そんなことも分からない人間に、王室を名乗る資格は――国を背負って立つ資格はない。“若気の至り”で許される立場と年齢も、とうに越えている』

「――……ああ、そうだな……」

 

 

 ハーヴェイの断言に、アンジェリカは何も返せなかった。王太子とは、この国の未来そのものだ。浅慮で自らや軍兵を危険に晒すようなことがあってはならない。それを学習してもらわなければ、この国は破滅まっしぐらだ。

 

 

「あ、あの……これで本当に良かったんですか? ……その、周りの方の視線が……」

 

 

 一方、オリヴィアの懸念は、周囲に群がり始めた生徒たちに向いていた。

 

 

「どうすんだよ! お前らのせいで全財産が!」

「お願い、返して! 借金なの。借金して賭けたお金なの!」

「こんなのインチキだ! 認められるかよ!」

 

 

 恨み言を通り越して哀願すら始めている。そんなみじめな群衆を、リオンはからからと嘲笑った。たかが賭博に借金など、する方が悪いとしか言いようがない。

 

 

「放置で良いよ。あいつらは賭け事で全財産をすったんだ。自業自得。良い勉強になったことだし、授業料と割り切って貰うさ」

「まったくその通り。――あ、そうそう。貴方のお陰で小銭稼ぎができたわ。ありがとう、Mr.」

「ははは、それは結構」

 

 

 ひらひらと赤札を見せつけるアデルに、リオンはへらへらと笑った。そもそも、当事者たるリオンが自分自身に大金を賭けたからこそ成立した博打である。『確実に勝てる賭博』などという、都合のいい話など最初からなかった。

 ちなみに一番確実に儲けるのは『胴元を務めること』なのだが、賭博に夢中になる者ほどこれを理解していない。またリオンも知らぬことだが、賭博に嵌り込んで身を持ち崩した貴族は、彼の想像以上に多い。賭博の闇は深かった。

 一方、アンジェリカは不服そうな表情を浮かべていた。

 

 

「よく言う。こうなると分かって、自分も大金を賭けたんだろうが。

 ――今回の件、助かった。ありがとう。……礼は後でするとしよう。私は殿下の所へ向かう」

 

 

 それだけ言い残すと、アンジェリカはさっそうと歩き出した。その背中は、どこか虚勢を張っているように見えた。

 

 

「……難儀な生き方してるわねぇ、彼女」

「そうみたいですね~」

 

 

 その後姿を目で追いながら、アデルとリオンはしみじみと呟いた。彼女にとっては初恋も同然だ、心の傷は深かろう。報われない話だ。

 

 

『――……何かと思えばきみの悪巧みか、Mr.バルトファルト』

「うぉっ!?」

 

 

 ようやくケイトから離れたハーヴェイが、いつもの三白眼でリオンを睨んだ。

 

 

「ハァイ、癇癪持ちのハーヴェイ坊ちゃん。そろそろご機嫌も直った頃かしら?」

『きみもいたのか、アデル。……なるほど、きみの入れ知恵か。あんなに大盛り上がりするわけだ』

「失礼な子、私はシロよ。――表向きはね」

「やっぱアデル様、悪巧みしてたんすね~」

「尻尾踏んづけてあげましょうか、この子猫ちゃん」

 

 

 からかうようなアデルの言葉に、ハーヴェイとケイトはそれぞれに言い返した。裏でこっそり動き、利益をかっさらう様は、まさしく貴族らしい人間だ。

 一方、オリヴィアは相変わらずリオンを心配していた。未だ婚約者が定まっていない彼にとって、この悪評は死活問題のはずだが……

 

 

「その……リオンさん、良いんですか? あ、あの、結婚とか、この先不安になると思うんですけど」

「あぁ、それは大丈夫。俺、退学になるだろうし」

「――えっ……!?」

 

 

 リオンのけろりとした言葉に、オリヴィアは大きく動揺した。アデルも不審げな表情を浮かべている。

 

 

「――どういうこと? 彼、何かしら勝ち筋があったんじゃないの?」

『そうでもないらしい。貴族生活――というか婚活が厭になったから、冒険者でやっていくそうだ』

「……え、正気?」

『やめたまえ。それ以上はホルファートの国是に反するぞ』

「でもそれだけのために、王太子を向こうに回すって。ただの轢き逃げじゃないの」

「き、聞こえてるんですけど……」

「わざとっすよ、この方の場合~」

 

 

 アデルの容赦ない言いように、リオンは閉口した。なお傍から見れば、言い逃れのしようもなく轢き逃げである。

 それはそれとして。ようやく不機嫌から立ち直ったハーヴェイは、リオンに向かって機械音声を鳴らした。

 

 

『――ああ、そういえば。Mr.バルトファルト、急なお願いで申し訳ないが、僕とともにスピアリング家の本邸に来てほしい』

「へ?」

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

「――やってくれたな、この暴走小僧め」

 

 

 スピアリング家本邸。執務室に座る、豊かな口髭をたくわえた紳士ことダグラス・フィア・スピアリング侯爵は、怒りに声を震わせながら口を開いた。

 相対するハーヴェイとケイトは、隣で怯えるリオンに構うことなくけろりとしていた。

 

 

『僕なりの最善を尽くした結果です。むろん、スピアリング家の利害という意味ですが』

「……縁故もない決闘騒ぎで、王太子殿下を向こうに回すことがかい」

『ええ、その通りです、クリフ兄上』

 

 

 当主ダグラスの横に座る眼鏡の青年、長兄クリフトン・フィア・スピアリングの言葉にも、まるで気にした様子もなく言い返す。クリフトンはため息を吐いた。

 

 

「王立学園の質も随分と下がったものだ。いまどきは、国家反逆罪すら習わないのか?」

『“不貞は悪だ”とも習わないようです。まあ、どちらも入学前に習うべき常識ですからね』

「やかましい!」

 

 

 白々しい三男(ハーヴェイ)の物言いに、ダグラスはだんと机を叩いた。妙に屁理屈ばかり上手くなりおって!

 そんな三人のやり取りに、リオンがおずおずと割り込んだ。

 

 

「あ、あのー……」

「あぁ、失礼。バルトファルト君だね? 失礼だが、この愚弟からは何用で連れてこられたと?」

「いや、それが特に何も……」

「……ハーヴェイ」

『お許しを、兄上。とにかく先に段取りを決めておきたかったので』

「段取り?」

『そのための悪巧みだろう? ついでに僕も一口噛ませてもらおうと思って』

 

 

 クリフトンにじろりと睨まれつつ、ハーヴェイはさらりと言ってのけた。まるでリオンが何か有用かのような物言いに、ダグラスが不審げな表情を浮かべる。

 

 

「……大方、レッドグレイブとの連携の件だな? 本人を前にしてこういう言い方は何だが、男爵ふぜいが物の役に立つのかね? 彼こそ、レッドグレイブとの縁故などないではないか」

『座して待っていても死すばかりなのは、彼も承知の上です。レッドグレイブへの手土産もすでに用意しているようですよ。()()()の、豪勢な菓子折りをね』

「えっ!? そ、そこまで知ってて……」

『アデルから聞いたよ、自ら大金をつぎ込んで決闘賭博を煽ったんだって? なかなか小狡いことを考えるじゃないか』

 

 

 片や“スピアリングの殺戮人形”とはいえ、あのユリウス王太子殿下を含めた五人組を相手に勝てるはずもない――誰もがそう考え、初日から崩壊しかけた決闘賭博だったが、リオン自身が大金をつぎ込むことで成立し、生徒たちはさらに賭金を吊り上げた。当然、それらのほとんどがリオンの懐に入った。彼が最初につぎ込んだ額、白金貨五百枚(ごじゅうまんディア)は、今や三倍以上の額に膨れ上がっている。

 

 

「……なるほど、ただの粗野な田舎者でもないらしい」

 

 

 それを賄賂としてレッドグレイブに渡すことで、自らの首を繋ぐ腹積もりらしい――そこまで理解したダグラスは、ふうとため息を吐いた。

 そんな折、執事ダニエルがするりと入室してきた。

 

 

「――旦那様。セドリック様がいらしております」

「セドが? ――通せ」

 

 

 ダグラスの言葉とともに、ダニエルが執務室の扉を開ける。パイロットスーツの上に上着を着た青年が、きびきびとした鋭い動作で入室してきた。青年はダグラスとクリフトンにびしりと敬礼したかと思うと、きっとハーヴェイを睨みつけた。

 

 

「父上、兄上、ご政務中失礼いたします。――ハーヴェイ!!!!」

「ひぃぃっ!?」

『やあ、セド兄上、我らが第三隊長。その様子だと、もしや訓練中だったのかい? わざわざ来てくれるなんて感激だ』

「白々しいことを!!!」

 

 

 部屋中をびりびりと震わせるような大喝で怒鳴る青年は、ハーヴェイの次兄、“黄道十四宮(ゾディアック)”第三隊“牡牛(タウルス)”隊長、セドリック・フィア・スピアリングである。隣で聞いているだけのリオンですら思わず怯む気迫に対し、しかし当のハーヴェイは涼しい顔でにこやかに挨拶した。

 

 

「お前という小僧は!! スピアリング家の名に、何度泥を塗れば気が済むんだ!! たった三年だ!! 三年だけ我慢しろと、あれほど口酸っぱく言ったというのに!! どうしてこんな下らない真似を!! まだ三ヶ月しか経っていないぞ!!」

『四ヶ月ですよ、兄上』

「やかましい!!!」

 

 

 いよいよセドリックが胸倉を掴んで叫び散らかすも、ハーヴェイ本人はけろりとしている。人となりを知らないリオンは、セドリックの気迫とハーヴェイの図太さに驚嘆するばかりだった。

 

 

「き、気迫がすさまじい方っすね……」

「セドは頭に血が上り易いからね。ハーヴェイが絡むと、特に」

「――セド。客人の前だ、自制せよ」

「はっ! 申し訳ありません、父上!」

 

 

 ダグラスの言葉に、セドリックは素早く姿勢を正した。「何この人切り替え速すぎない?」と引いているリオンを置き去りに。

 ともあれ、とハーヴェイはリオンに向けて、セドリックを紹介する。

 

 

『紹介するよ、Mr.バルトファルト。こちらは僕の次兄、セドリック・フィア・スピアリング。我らが“黄道十四宮(ゾディアック)”の第三隊長――そして未来の首席隊長殿だ』

「は、はじめまして~……」

「貴様か! あの古式ゆかしい命知らずの、バルトファルトとやらは! どんな傑物かと思っていたが、まさかこの愚弟の同類だったとはな!」

「セド」

 

 

 セドリックは鋭い目つきのまま、半ば強引にリオンの手を取って握手した。

 「古式ゆかしい命知らず」というのは、浮島を見つけロストアイテムを獲得したことについてだろう。今でこそ未発見の浮島は稀少になったものの、飛行船で空を旅し未知の地を探すのが冒険者の醍醐味なのだという。

 

 

『せっかくセド兄上も来てくれたことだ、改めて申し開きをさせていただこう。――此度の件、本当に僕は悪手を採りましたか?』

「無論だ!!!!」

「にゃ~……セド様は相変わらずっすね~」

「お前も同罪だ、ケイト!! お前が付いていながら、何というざまを!!!」

「セド」

 

 

 ハーヴェイの勿体つけた言葉に、セドリックが叫んだ。ケイトもいよいよぺたりと耳を伏せている。

 

 

「頭を冷やせ、セド。よもやお前ともあろう者が、聞きかじりの情報だけで判断していいはずもあるまい」

「――はっ。申し訳ありません、父上」

 

 

 父ダグラスの諫めに、セドリックはようやく頭を冷やした。今の学園の様子に詳しくない以上、それに最も近いハーヴェイの判断を斟酌するべきだろう。

 

 

「確かに、ユリウス殿下の行動は大いに問題だ。相手は……ラーファンだったか? 知らん名だが、せいぜい妾として召し上げればよいものを……他の有力貴族の子弟を相手に公然と取り合った挙句、あのレッドグレイブと絶縁とはな」

「宮廷貴族の端くれです。一度だけ我が家を訪ねてきましたが、雀の涙のような額の担保で大金をせびってきましたよ。即追い返しました」

「ますます厄介な女に捕まったものだ。マーモリアの分家の――殿下の乳兄弟も混ざっているという話だったか? 真っ先に諫めねばならん立場で、何をしているのか」

 

 

 クリフトンの補足に、ダグラスは深いため息を吐いた。取るに足らない木っ端に引っかかって、政変に発展しかねない事態を巻き起こすとは。

 

 

「……本人たちは、仲良く共有しようって意志らしいですけど……」

「人の好いことを言うな、バルトファルト君。そんなものが成立するわけがないだろう? 周りの愚物共に煽られて、早晩仲違いするのが関の山だ」

「フランプトン派の動きも気になりますね。ただの仲違いなら、素直にレッドグレイブの後釜を狙うところでしょうが、今回は……」

「うむ。どこに付くか、予測が難しい。最悪、攻め手を分けて煽る可能性があるな」

「――って、言うと……?」

『細かい内訳はともかく、フランプトン派のこと自体は知っているだろう? あの頭数をもってすれば、()()全員の許に配下を潜り込ませ、派閥争いを加速させることも可能なのさ』

「えっ!? それじゃ、味方同士で争うことになるんじゃ……」

『かのフランプトン侯が、そんな善良な配慮をするわけがないだろう? 送り込む配下には別々の命令を下し、いざ係争になったところで当人は素知らぬ顔。そんな風に使い潰すに決まっているさ』

 

 

 ダグラス、クリフトン、そしてハーヴェイの言葉に、リオンはぎょっとした。フランプトンといえば、確か――()()()()ことアンジェリカの属するレッドグレイブ家に対立しているという()()だけの、特筆するような勢力ではなかったはずだが……

 

 

「しかし、わざわざ嘴を突っ込むべきではなかったのも事実では? 正式な決闘とはいえ、王太子殿下に銃を向けたのは事実! スピアリング家が糾弾を受けるのは間違いありません!」

『その点についても問題ありません。殿下に諫言した上で、“どうあっても譲れぬ”という言質を取り、“殿下の御覚悟を証明するために、自ら敵役を買って出た”という絵面に誘導しました。お咎め無しの論調に誘導することは可能です』

 

 

 そんなリオンに気付くことなく、セドリックが意見を述べた。ハーヴェイも想定済みだったのか、即座に切り返す。同じ論理展開を押し通せば、王宮を黙らせることも可能だろうが――

 

 

「――……“王太子殺しの罪咎、王国の未来のために引き受けましょう”――例の“赫薙ぎ”まで使ったという報告を受けているが?」

「貴様ァァァ!!!!」

「ひぃぃぃ! ごめんなさいぃぃ!」

「そこで何故君が謝る……?」

『威力調節はしました。五体満足で生き延びていますし、結果として問題ないのでは? 王国も技術的には停滞しているわけではないのですね』

「開き直るなァァ!!!!」

「そりゃないと思いますよ~、坊ちゃん」

「……私は、どこで教育を間違えたかな……」

「私たちも同罪です、父上」

 

 

 厳しく言い咎めるダグラスの言葉に、セドリックが再び弟を掴み上げる。肝心のハーヴェイは相変わらず白々しい言葉を並べ、ダグラスとクリフトンは頭を抱えた。

 胸倉を掴まれ罵声を浴びせられながらも、ハーヴェイは毅然と機械音声を鳴らした。

 

 

『――しかし、ただ一つ弁明するとすれば。血と鉄で歴史を刻んだスピアリング家の(すえ)として、僕ははっきりと申し上げます。

 僕たちスピアリング家が常に()に目を向けていられるのは、()が安泰であればこそです。――あんな愚物には、到底任せられません』

 

 

 その言葉に、スピアリングの三人は目の色を変えた。

 ハーヴェイの言葉は、ケイトやリオンにも覚えがある。こんな下らない内紛は、諸外国が攻め込む隙になりうるのだと。

 

 

「外……? それって、前に言ってた諸外国の……?」

「――……そこまで、蒙昧かね。あのユリウス殿下は」

『少なくとも現時点においては。万が一くらいには、今後大化けする機会が訪れたかも知れませんが、今回の件でその機会と時間的猶予は失われました。少なくとも()()に、僕は命を預けたくない。

 もし殿下とセド兄上が相反する作戦を立案したとして――僕は迷わずセド兄上の命令に従います。セド兄上が、そんな愚策を立てるわけがないという信頼もありますけどね』

「……減らず口を!」

「え、照れてんすか? セド様かっわい~」

「やかましい!!」

 

 

 いよいよ深刻な表情を浮かべるダグラスの前で、セドリックはようやくハーヴェイを解放した。ケイトのからかいに、思わずしかめ面を浮かべる。

 

 

「……だから、王太子側すら切って捨てたということか。まぁ、かの“灰鷹公”であれば、頼るに相応しいのも事実。次期当主のご子息ギルバート殿も、遜色ないほどに優秀だと聞いている。――父上、僕はこのまま流れに乗ってもいいと思っていますが、いかがでしょう?」

 

 

 クリフトンの提案に、ダグラスはふーむとため息を吐いて考え込んだ。

 

 

「――レッドグレイブのご令嬢はどうだね。手を組むに値する人物か?」

『やや頑迷な様子は見受けられますが、人格的な問題はないと思います』

「……バルトファルト君、君はどう思うね」

「えっ、お、俺ですか!? その……ま、真面目な人だとは、思いますよ……」

「そうか……」

 

 

 リオンの意見を聞いた上で、ダグラスはついに意を決した。

 

 

「……仕方あるまい。クリフ、ハーヴェイとバルトファルト君を伴い、レッドグレイブ家のヴィンス公爵との交渉に赴け。私の名代として、全てお前の裁量で決めてよい」

「承知いたしました」

「話は以上だ。バルトファルト君、下がってよろしい。――ダニエル、彼を客間に案内してくれ!」

「承知いたしました。バルトファルト様、こちらへ」

「は、はいぃ……失礼しました~」

 

 

 騒いだり考え込んだりまた騒いだりと、感情のジェットコースターに晒されたリオンは、ダニエルに連れられてそそくさと執務室を後にした。

 あとには、ハーヴェイとケイトが残された。リオンの足音が完全になくなったのを見届けてから、ダグラスは口を開いた。

 

 

「……それで?」

『スピアリング家としてはともかく、僕やMr.バルトファルト自身の処罰は逃れられないでしょう。最低限の落とし前は覚悟するべきかと。――もっとも、Mr.バルトファルトはそれこそが真意のようですが』

「……何者かね、彼は? ロストアイテムの件といい……」

『さあ? 冒険的野心の持ち主にも見えませんが、彼なりの平穏を求めているのでしょう』

「それで済む話かなぁ……」

「まぁ、いい。それよりも、今はお前自身だ。分かっているな?」

『はい。――先立って、アンタレスの機体全パーツ、および武装一式を買い取らせていただきます』

 

 

 ハーヴェイは姿勢を正すと、懐から見積書を取り出した。

 

 

「フレーム、内装、武装一式……全部合わせて27万7600、――この150ディアは何だ?」

『ケイトの異動に係る諸経費です。僕にとっての価値で言えばもう三桁は上がりますが、書面上も雇用主は僕にしてもらっているので、この程度でいいですよね?』

「……ケイト、君は異存ないのかね?」

「はい~。旦那サマがたには申し訳ありませんが、坊ちゃんに付いていくって決めてますので~」

「――……よい従者を得たな、ハーヴェイ」

『はい。僕には勿体ないくらいです』

 

 

 ぴこぴこと耳を動かしながら笑うケイトの顔には、迷いひとつ見えない。まさに忠臣と呼ぶに相応しい決心だ。

 

 

「……愛機と従者が一人だけ、身一つで飛び出していくわけか。他に必要なものはないのかい?」

『いただけるならありがたく頂戴いたしますが。僕の計算に間違いがなければ、口座ぎりぎりの額だったはずです』

「“ハウンズ計画”はどうするつもりだ。お前の案では、学園に在籍している間に、普通クラスを中心に粉を掛けて回る想定だったが?」

『そればかりは、正直申し開きようが。傭兵稼業で方々を回りつつ、地道に営業を重ね、それとなくスピアリング家に誘導するくらいしかないかと』

 

 

 ようやく眦を下げたハーヴェイの態度に、ダグラスは一際深いため息を吐いた。

 

 

「――……まったく、その悪辣さは誰に似たことだか。お前を勘当などしてみろ、アギラル教授にまで手を切られるのが目に見えている。スピアリング家は大損ではないか」

『新型をいくつか設計中でしょう? そこまで不義理な方ではありませんよ』

「教授は特別お前に甘いんだ、あの“変人”が何をしでかすか分かったものではない。――お前の処分は、追って沙汰する。まずは、レッドグレイブとの協力を取り付けてこい」

『了解しました』

 

 

 そう言うと、ハーヴェイとケイトは執務室を辞した。その後姿を見届けるセドリックの口角がほんの微かに上がっていたのを、実父(ダグラス)長兄(クリフトン)はしっかり見ていた。

 

 

 

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