鋼鉄の牙、乙女の幻想   作:竹河参号

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11.カプリッチオ

 低くない確率で勘当される予定とはいえ、王宮からの正式な処罰が通告されない限り、実際に処分を下すことはできない。つまりそれまで、ハーヴェイは今の立場を守る権利と義務があった。

 具体的には、“黄道十四宮(ゾディアック)”第九隊“(スコーピオ)”隊長としての戦闘任務である。今回は、ルーサム伯爵の要請により、領内のモンスター駆除に駆り出されていた。

 

 

『――Z9-1よりHQへ、大型魔獣の撃破消滅を確認。視認範囲に敵影なし、目標群体を殲滅した』

『HQ、了解! ――広域レーダーに魔力反応なし、目標群体の殲滅を確認! Z9-1の任務完了を了解した!』

 

 

 ハーヴェイの通信報告を、本部にいるセドリックが聞き届けた。いずれ首席隊長になる予定の彼は、統括部隊“蛇遣い(オピュクス)”の業務研修中である。

 ハーヴェイは、基本的に単独戦闘を好む。協働を嫌うというよりは、混戦に発展するのが苦手だった。目まぐるしく敵と味方の位置が変わる混戦よりは、目につくものすべてが敵である単独戦闘の方がやりやすい。“飼主(ハンドラー)”からも、そのような戦い方を優先して教導されていた。

 とにかく、これで今日の任務は完了だ。これより帰投――

 

 

『――それから、Z9-1、第九隊長に伝達!』

 

 

 と思いきや、意外な伝達があった。増援対応だろうか、と身構えたハーヴェイは、想定外の命令を下されることになる。

 

 

『我らがスピアリング家の盟友、エッジワース侯爵家のご令嬢が、行楽のためバルトファルト領に向かわれているとの連絡があった! 同家より護衛任務を依頼され、当方はこれを受託した!』

『……はい?』

 

 

 エッジワース、それにバルトファルトと聞いて、ハーヴェイはいやな予感がした。

 

 

『光栄にも先方より第九隊“(スコーピオ)”を指名されたため、第九隊長にはその任務に就いてもらう!

 アンタレスに同家飛行船の識別信号、および座標情報を送信した! 速やかに合流し、そのまま同飛行船を護衛せよ!』

『いえ、ちょっと待ってくださいセド兄上』

『作戦行動中だ、私情を挟むな! なおアンタレスの補給整備のため、第十四隊“(ケートス)”より飛行艇が発進済みである! 伝達は以上! 速やかに任務にあたれ!』

『待ってください第三隊長、小官には現任務の報告が』

『第三隊“牡牛(タウルス)”隊長が貴様の任務達成を確認し、第一隊“蛇遣い(オピュクス)”への報告を代行する! 同隊はこれを承認した! ほかに文句はあるか!』

『…………ありません』

『ならば良し! くれぐれも、エッジワースのご令嬢に失礼のないように! 以上!』

 

 

 生真面目で実直なセドリックらしい、問答無用の言葉の数々。しかしその内容は、明らかに“スピアリングの猟犬”を遣うためのものではない。

 

 

(……まったく、何の気遣いなのだか)

 

 

 我が兄ながら、何とも不器用な優しさだ。それを煩わしく思えない程度には、ハーヴェイもセドリックを親愛していた。

 ともかく、ここまでしっかりお膳立てされては、反抗のしようもない。アンタレスは仕方なく反転し、発行された座標に向かうことにした。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

「ごきげんよう、“黄道十四宮(ゾディアック)”第九隊長殿。分隊長直々に護衛していただけるなんて感激だわ」

『白々しいことを。どうせきみが呼びつけたんだろう?』

「あら、失礼しちゃう。たまたま近くを通りがかったから、通過警告ついでにご挨拶したら、貴方がいると聞いただけよ」

『つまり“その脚で来い”と言いつけたわけじゃないか』

 

 

 長距離巡行ブーストで空を駆り、合流済みの“(ケートス)”分隊に愛機を預けた後。わざわざ用意してもらった私服に着替えさせてもらった後、ハーヴェイはエッジワースのご令嬢――想像通り、アデルと対面していた。

 そこに、“(ケートス)”分隊に付いてきていたケイトもひょっこりと現れた。

 

 

「坊ちゃん、お疲れさまです~。アデル様もごきげんよ~」

「ハァイ、ケイト。貴女もご苦労様」

『そのご苦労を強いたのはきみだろうに』

 

 

 何とも白々しい物言いをする少女だ。自分の都合で呼びつけておきながら、労いの言葉をかける資格などないだろうに。

 

 

『そもそも、バルトファルト領へ行楽とはどういう風の吹き回しだ? そういう営業努力とか嫌いだろう、きみ』

「まぁね。ちょっとした観光ついでよ。どうせ本邸にいたって奥様がうるさくって、楽しくないし」

『御母堂は置き去りか? とんだ親不孝者もあったものだな』

「ご冗談。あっちこそ、帰省直後に顔を合わせたっきり、あっちこっちを旅行中よ。我が母ながら、まったく冷たい女ね」

「アデル様より面の皮が厚いとかやっば。親子なんすね」

「主従ともども失礼しちゃうわね、この子猫ちゃんったら」

 

 

 じろりと睨むハーヴェイと、茶々を入れるケイトに、アデルはむっとした。一度心を開けば虚飾なく好意的に接してくれるのがこの少年の美徳だが、同時に遠慮なく言い立てるのが悪徳でもある。

 それはそれとして、アデルはその魂胆を素直に打ち上げることにした。悪友同士、何を憚ることもない。

 

 

「バルトファルト領って今、アンジェとオリヴィアちゃんがいるんでしょう? せっかくだから、暇潰しに遊ぼうかと思って」

『まさしく涙ぐましい営業努力じゃないか。残念ながらどちらも、一人では大した影響力のない人物だぞ』

「……ふぅん? 貴方にしては、妙に勘が鈍いわね」

「え、どういうことすか?」

 

 

 ハーヴェイの指摘に、アデルは頬に手を当てた。

 

 

「アンジェはともかく、あのオリヴィアって娘は怪しいわよ。そもそも、どうして平民の小娘が特待生として入学を許可されたの? 豪商の娘でもない、有力貴族との縁故もない、なのに学費は王宮持ち。特待生の勧誘自体、官僚がわざわざ出向いて見出したって言うじゃない?」

『……確かに、()()()な。慣習を口実に既得権益を独占し、前例のない行為を嫌う貴族社会らしからぬ事態だ。何かよからぬ思惑がありそうだな』

「坊ちゃ~ん、女のコに“くさい”はないと思いますよ~」

「この子、こういう無神経なところあるわよね。

 で、その特待生が()()バルトファルトと縁を持ち、ついでに公爵令嬢との繋がりを得た。しかも、あのラーファンに引っかかった殿下に手を切られたと同時に。……妙に事が上手く運び過ぎてると思わない?」

『……僕が見る限り、そういう打算は苦手そうな純朴な娘に見えたが。きみの見立てでは違うと?』

「あら、貴方ああいう感じの娘が好みなの? 残念だけど、女は生まれながらにして役者なのよ。これから謀略塗れの貴族社会に飛び込もうって心胆の持ち主だもの、多少の打算はあると思った方が自然じゃなくて?」

 

 

 アデルの指摘に、ハーヴェイはふむと考え込んだ。特待生としての待遇はともかく、それ以降はただの巡り合わせ――と思っていたが、アデルの『女の勘』はなかなか侮れないところがある。

 確かに、前例のない『平民の特待生』という待遇から始まり、決闘騒ぎに前後してキーマンとの接触に成功する――というのは、何やら不自然が多い。

 

 

『……ふむ。確かに、縁故も伝手もない平民が選ぶ最初のとっかかりとして、Mr.バルトファルトは最適解のひとつだろう。そのくらいの打算はあったと思うのが自然だ。

 ――まさかと思うが、Ms.レッドグレイブの件も彼女が糸を引いていると?』

「“そんなわけない”“常識的にありえない”――私もまったく同意見よ、()()()()()

 でもそれを言い出したら、あのラーファンの状況だって、とんでもなく異常よ? ラーファンなんて木っ端を相手に、都合よく有力貴族の子弟がこぞってなびき、そこに都合よく殿下が巻き込まれ、都合よく決闘騒ぎに発展し、都合よくバルトファルトが乱入した。……あまりにも、話が出来すぎているとは思わなくって?」

『いくら何でも荒唐無稽だろう。やり口があまりに迂遠だし、仮に彼女が全部仕組んだのだとしたら、とんでもない傑物だ。王国史では二度と現れない、稀代の政治的怪物と言っていい。それこそフランプト――まさか』

「そういうこと。私が疑ってるのはそこなの」

「え? え? 全然分かんないっす。どういうことですか?」

 

 

 アデルの答えに、ハーヴェイは目の色を変えた。二人の思慮についていけていないケイトが、不思議そうに首を捻る。

 

 

『つまり彼女は、Ms.オリヴィアがフランプトン派の息がかかった手先だと疑っているのさ』

「えーっ!?」

『その線で考えれば、あのラーファンの方も、フランプトン派の策略である可能性が高まるな。

 ただ、疑問は残る。どちらの意味でも、()()()()である必要はないだろう? かのフランプトン侯なら、他に手駒はいくらでもあるはずだ。特にMs.オリヴィアなど、わざわざ手数の少ない平民の娘を使う必要性は感じられない。――あるいは、()()()()()()()()()()()()()が存在すると?』

「せいかーい。貴方でも、疲労で思考が鈍ることってあるのね」

 

 

 ふふふと微笑むアデルは、しかしその眼の奥が笑っていない。伊達に上級貴族の娘、謀略には慣れている。

 

 

『具体的には?』

「まさにそれを確かめに行くのよ。どこぞの御落胤って可能性が一番高いけれど、裏は取れてない。下手に嗅ぎ回って、フランプトン侯に目を付けられたら大変だしね」

『その割には、随分と思い切った行動をする。自ら地べたを這い回って探るのはきみの主義じゃないだろう?』

「あらやだ、人を悪徳貴族みたいに言って。こういうのは、自分の足で赴いて、自分の目と耳で確かめるのが一番大事でしょう?」

『これは失礼、きみは意外と現場主義だったんだな。そういう姿勢は好ましいと思うよ』

「貴方のその、急に口説き文句を突っ込んでくる姿勢は嫌いよ」

「え、アデル様が照れてる。かっわい~」

「あと、子猫ちゃんの躾をしないところもね」

 

 

 ハーヴェイの率直な褒め言葉と、ケイトのからかいに、アデルが扇で顔を隠しながら文句を言う。その下の感情は、誰にも読み取れなかった。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 そのまま飛行船に揺られること、丸一日。バルトファルト領に到着した一行を出迎えたのは、領主バルカス氏だった。

 

 

「よ、ようこしょ、いらっしゃいました……え、エッジワース侯爵家のご令嬢に、スピアリング侯爵家のご子息と、お会いできる、など、こ、光栄ですぅ」

『……男爵。その“また厄介事が舞い込んできやがった”みたいな表情は、さすがに隠した方がいい。僕一人ならともかく、余人がいる場では指摘せざるを得ない』

「無茶はおよしなさいな。――急な訪問にも関わらず、お出迎えに感謝するわ、男爵」

 

 

 明らかに迷惑そうな、しかし相手が相手だけに面と向かって言えない――というジレンマを見せる氏に対し、二人はそれぞれにフォローした。

 

 

「い、いえ……なにぶん田舎ですんで、充分なおもてなしができないかもしれませんが……」

『男爵、僕のことなら気にしなくて結構。僕もあなたも、彼女の思い付きに巻き込まれた被害者同士だ』

「は、はぁ……」

「いやな言い方をする子だこと。男爵、そう畏まらなくて結構よ。私も彼も、多少の不便には慣れてるから」

 

 

 二人の物言いに、バルカスは委縮した。何しろ、両方とも侯爵家の子弟である。お言葉通り粗野な扱いをするわけにはいかない。既に公爵令嬢などという殿上人を受け入れている以上。

 一方、そんなバルカスに向かって、作業着のリオンが歩み寄ってきた。

 

 

「親父ー、畑の耕作終わった――げぇーっ!?」

「こ、こら、リオン!」

「あらやだご挨拶。淑女の顔を見て“げぇーっ!?”はないんじゃなくって?」

『男爵、ご家庭ではどういう教育を……』

「も、申し訳ありません! リオン、お客様が来ると言っていただろうが!」

「この二人が来るなんて聞いてねぇよ!」

 

 

 リオンは二人を見るなり悲鳴を上げた。一応きちんと取り繕おうとするバルカスに対して、その息子(リオン)は隠し立てもせず面倒臭そうな表情を見せる。良くも悪くも、分かりやすい少年だった。

 

 

「ところで、今アンジェとオリヴィアちゃんも滞在してるんでしょう? せっかくだから挨拶し――」

「……む」

「あ、アデルさんにハーヴェイさん、それにケイトさん!? どうしてここに!?」

「あ、ごきげんよ~」

 

 

 まあ、その程度の不躾は慣れている。本題に入ろうとしたアデルは――遅れてやってきたアンジェリカとオリヴィアの姿に、ハーヴェイともども度肝を抜かれた。

 何しろリオンと同じような、粗末な作業着を着ている。しかも泥だらけで、明らかに畑いじりを済ませてきた後の姿だ。

 

 

「あ……貴女たち、な、何をやってる、の?」

「男爵の畑で、手伝いをさせてもらった」

『いやそれくらいは見て分かる。僕たちは理由を訊いているんだ。きみたち、仮にも客人だろう?』

「特にやることもないし、せっかくだから体験させてもらおうと思って」

「私もそうです! 畑仕事なら、実家で慣れてますし!」

 

 

 まるで職業体験と言わんばかりの言葉に、二人は呆然とした。「お疲れさまです~」と呑気に労うことができたのは、ケイトだけだった。

 アデルは思わず向き直り、ハーヴェイに対しひそひそと会話を始めた。いくら何でも、政治的計略を企んでいる姿には見えない。

 

 

「……その、これは、どう思う?」

『……さすがにこれは、僕たちの考えすぎじゃないのか。貴族社会の陰謀思考に毒されていたようだ』

「お前たちが何か失礼なことを考えているのは分かった」

 

 

 

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