鋼鉄の牙、乙女の幻想   作:竹河参号

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12.愚者の旅路、その始まり

 バルトファルト家に滞在してから、数週間。そろそろ夏休みも終わり、アンジェリカが実家に呼び戻されるということで、こちらの帰り支度をしていたハーヴェイとアデルは、一人の官僚と遭遇した。

 

 

「おや、奇遇なことで。スピアリング様の御子息ではありませんか」

『あなたは、確か……軍務省のMr.アッカルド?』

「おやおや、こんな公僕の端くれを覚えていただけていたとは、感激の極みにございます」

『とんでもない。特に僕としては、そちらにご迷惑をおかけしていることの方が多いので』

 

 

 王国領内の各地を飛び回る“黄道十四宮(ゾディアック)”は、その職務上、王宮の軍務省との折衝が多い。アッカルドなる官僚とは、その縁で知り合ったことがある。

 

 

「それにしても、どうしてこちらに? レッドグレイブ公とお知り合いだったのかしら?」

「おや、あなたはエッジワース様の。――いえいえ、私のような端くれが公爵閣下と交友できるはずもありませんよ。

 ご令嬢のお迎えに行かれるとのことで、相乗りさせてもらっただけです。私の用事はミスター・リオン・バルトファルトの方でしてね」

 

 

 彼の用はあくまでもリオンらしい。決闘騒ぎの処分が決まったのか、と身構えた二人は、しかし上機嫌そうなアッカルドに違和感を覚えた。

 

 

「そうそう、あなたの件も、今頃は別の官僚がご実家に向かわれていると思いますよ。正式な辞令は検めておりませんが、まぁ期待してよろしいかと」

 

 

 にこにこと笑うアッカルドはそれだけ言い残すと、踵を返して立ち去った。

 あとには、不審げな表情を浮かべる二人が残された。

 

 

「……どういう意味かしら、今の」

『――……まずいな。Mr.バルトファルト、やり過ぎたのかも知れない』

 

 

 二人の懸念は命中した。リオンは男爵位を剥奪されたどころか、『六位上』の階位が与えられたのである。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

「……六位上、ねぇ。また意外な方向に転んだこと」

 

 

 アンジェリカやオリヴィアとともに、レッドグレイブの飛行船を待つ傍ら、アデルはぽつりと呟いた。

 

 

「宮廷の階位が上がるって、昇進ですよね? でも、領主さんたちには関係ないような気がしますけど」

「確かに、領主にはあまり意味がない。だが彼らは六位下がほとんどだから、宮廷がそれらよりは認めているとも言える。

 分かりやすく言えば、“その他大勢の中でもマシ”という扱いだな」

「それは、……ご褒美になるんですか?」

『ものの考え方次第さ。“一山いくらの田舎者に埋もれたくない”と思う者にとっては、貴重な一歩だ』

「まぁ、肝心のMr.はそうじゃないようだけど」

 

 

 一般的には間違いなく朗報なのだが、リオン個人は「あまり目立ちたくない、()()でいたい」というのが本音だ。少なくとも出世欲に乏しいと見抜いている四人からすれば、凶報と扱われていても過言ではないだろう。

 

 

「ちなみに、宮廷階位の九位と八位は一代限りの地位よ。七位より上は世襲が認められるけれど、そこから一つ階位を上げるとなると、長年の忠勤や大きな手柄が必要になるの」

「長年の忠勤……というと、十年とかですか?」

「八位まではそれでもいい。が、それ以上は個人ではなく家単位で考える。親子三代で真面目に仕えたとか、そのレベルだ。普通にやれば百年はかかる」

「ひゃっ……!? な、なら、それだけ認められたって事ですよね!?」

「そういう事だ。まあ、宮廷からすれば昇進させても痛手はないからな。リオンは宮廷貴族ではないから年金も支払われない。……ただ、昇進させるとは思わなかったが」

 

 

 宮廷の考えはよく分からない……良くも悪くも直情的なアンジェリカには、不可解な結果だった。この場で唯一裏側の事情を知っているのは、ハーヴェイ一人だ。

 

 

「良くて、男爵からの降格だと思っていたけれど。どういう論理飛躍が起こったのかしら……?」

『うーん……公爵閣下への鼻薬が効きすぎたのかな』

「なに? 父上だと?」

『む、聞いていないのか? 僕ともども、貴家のヴィンス閣下に口添えをお願いしたんだよ』

「そう言えば、リオンさんが賭け事で手に入れたお金はもう使ったとか言っていました!」

「――つまり、金の力か? いや、しかしそれにしては……う~ん」

「まぁ、いい方向に転んでいるのだから、一旦それで良しとしましょ」

 

 

 相変わらず懸念するアンジェリカを、アデルが宥めた。特に異議を唱える理由もない朗報、ひとまず祝福してあげるのがいいだろう。

 

 

「そのリオンの叙勲式だが、新学期前に行うらしい。あるいは、スピアリングも一緒に行われるかもな。オリヴィア、お前も来るか?」

「で、でも、そういう場に参加したことがなくて」

「学園の制服で充分よ。せっかくの機会だもの、晴れ姿を見てあげなさいな」

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

「――それで?」

 

 

 アンジェリカたちと別れ、スピアリングの飛行船に乗せられた二人。船室に入った三人のうち、真っ先にアデルが切り出した。

 

 

『同じ殿下に弓引いた身である以上、僕とMr.バルトファルトの処分は同等に扱われると思う。あるいは、僕に全責任を押し付けて、Mr.はその介添え――という扱いも有り得たけれど、あの様子ではそういう内容ではなさそうだし、そんな真似をする理由はレッドグレイブ公にもクリフ兄上にもない。必然的に、僕にも爵位なり階位なりが与えられることになるのだろう。

 問題はその真意だ。レッドグレイブ公の思惑が大きいのは間違いないだろうな』

「具体的には?」

『……恩の押し売りかな。本来は建前上、僕を勘当しなければならない想定だったから、その手間を減らせたというのは事実だ。目立ちたくないMr.はともかく、宮廷貴族からの覚えが良くない“戦争屋侯爵”にとって、名声が上がるのは利益の方が大きい。今後レッドグレイブ家とスピアリング家が手を組むにあたり、その恩を着せて、自家の優位を握ろうという魂胆がありそうだ』

「あるいは、()()()()に唾を付けたいのかもね? 家督相続どころか首席隊長もまず期待できない立場だもの、実家から独立しようって野心を煽る計画も考えられそうね」

『だとしたら、とんだ徒労だな。僕にそんな大器がないことは、僕が一番よく知っている』

「……まったく、無欲な御仁だこと」

「そこが坊ちゃんのいいところですから~」

 

 

 あくまでも出世欲のしの字も見せないハーヴェイに、アデルはただ嘆息するしかなかった。あくまでもハーヴェイ個人に忠誠を誓っているケイトも、気にした様子がない。

 

 

『読めないのは王宮の思惑だ。建前がどうあれ、公然と王太子に喧嘩を売った側を処分するどころか、階位を与えるなんてどういう意図だ? 次期国王への狼藉を事実上容認し、“王宮がいち貴族に屈服した”という前例を作るだけだ。百害あって一利なしと言うほかないぞ』

「でも、ユリウス殿下自身は王太子やりたくないんすよね。そこを配慮してあげたとか?」

『……確かに、本人にその器量もなければやる気もない以上、それを公言してしまったユリウス殿下を、これ以上王太子の座に据え続けてもしょうがない。だけど……殿下を切り捨てたところで何になる? ひとまず落ち着いていた跡目争いが、再燃するだけじゃないか』

「順当にいけば、次の最有力候補はジェイク殿下かしら。それともエリカ殿下を無理矢理引っ張って来るとか?」

『陛下の意向もあるし、エリカ殿下は宮廷貴族たちにとっても扱いづらい存在になるだろう。傀儡という点ではジェイク殿下の方が有力な気がするが……』

「…………」

『…………』

「……え、もしかして結構ヤバい人なんです?」

『ケイト、滅多なことを言わないで。――その、かなり気難しい人柄であることは、否めないが』

「もう言い切っちゃってるようなものじゃないの」

 

 

 第二王子ジェイクの名が出た途端、何とも言えない微妙な顔をする二人に対し、ケイトが不安げに問うた。聡明で支持基盤も強いエリカはともかく、ジェイクは何というか……妙な方向に暴走しがちだ。手綱を握るのも一苦労だろう。

 

 

『そういうきみは? Ms.オリヴィアの件、何か成果はあったか?』

「それがぜーんぜん。祖父母が引っ越して以来、本土近くの離島に住んでいるというだけで、特別裕福という訳でもない、本当にただの市民みたい。一度かなり踏み込んで尋ねてみたのだけど、家系図のかの字も知らなさそうな様子だったわ。あの感じだと、この私を出し抜けるほどの名女優か、本当に何も知らない平民かの二択ね」

「えぇ~、あの腹黒アデル様を出し抜ける“自称平民”なんていますかねぇ」

「おひげを毟られたいのかしら、この子猫ちゃん」

『どちらも勘弁してほしいところだな……周囲の動きが、全く予測できない』

「貴方、そこは私のことをフォローしなさいよ」

「でも、坊ちゃんが何かいい感じの台詞を言ったら言ったで、文句言うんでしょ?」

「そうね。ハーヴェイの口説き文句なんて癪だから!」

『面倒臭いな、きみ……』

 

 

 堂々と居直るアデルに、ハーヴェイは閉口した。その裏にある本意に、彼は気付いていない。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

『父上、クリフ兄上。ただいま戻りました』

「うむ。――アデル嬢に加え、レッドグレイブのご令嬢とも会ったと聞いているぞ。粗相はしていないだろうな」

『僕はともかく、Mr.バルトファルトの方が……いや、本人も気にしていない様子でしたが……』

「何をしてきたのだお前たちは!?」

 

 

 スピアリング本邸、執務室。帰投したハーヴェイは、父ダグラスと長兄クリフトンに報告をしていた。

 文句を言われても、ハーヴェイ自身はほとんど手を出していない。というかアンジェリカもオリヴィアも、何を考えてあんな真似をしていたのだろうか。

 

 

「……まぁ、そのことは追々。それよりも、お前の処分について決まった」

『Mr.バルトファルトの方へ派遣された官僚から、少しだけ聞きました。――良いニュースですか? それとも悪いニュースですか?』

「良いニュースと言えないこともないが……具体的には、お前個人に騎士爵と、六位上の宮廷階位が与えられることになった」

「それと、ユリウス殿下以下、ラーファン側の決闘代理人になった五名は、全員廃嫡が決まった」

『――えっ?』

 

 

 クリフトンの言葉に、ハーヴェイは目を丸くした。ハーヴェイ側の昇進はともかく、ラーファン側の五人に処罰?

 

 

『それは、また……思い切った判断をしましたね。王室も、各家も』

「まったくだよ。噂によると、殿下以外の四名も、本来の婚約者たちとの関係を解消したらしい。これで既存の勢力図は空中分解、大混戦の政治ゲームの始まりだ。宮廷貴族共の腕の見せどころ、実に愉快な絵面だな?」

『……さすがにそこまでは、僕の責任じゃありませんよね?』

「当たり前だ。教授どころか、ユーリエにまで尻を蹴飛ばされる」

 

 

 予想外の展開に困惑するハーヴェイに、ダグラスが言い切った。ここまでの大事は、さすがに彼の介入どうこうではない。

 

 

『Ms.レッドグレイブはともかく、Mr.バルトファルトとの関係はどうしましょう? 一旦現状のまま、様子を見ながら交友関係を維持でよろしいですか?』

「それが妥当だろうね。――そういえば、バルトファルト君はあの平民の特待生とも懇意にしているらしいね」

『はい。その件で、アデルにも探りを入れてもらったのですが――』

 

 

 それはそれとして、今後の方針をまとめていく。あとの懸念は、特待生ことオリヴィアの正体だが――

 

 

「――ハーヴェイ!!」

 

 

 元気そうな叫び声とともに、執務室の扉がばんと開かれた。そこにいたのは、片眼鏡(モノクル)を掛けた研究者風の男――セレドニオ・アギラル教授だ。

 

 

「……アギラル教授。ノックのひとつくらいはお願いしたいところですな」

「いいじゃァないか私たちの間柄でそんな堅苦しいことを! ――ああ、ハーヴェイ! 私たちのハーヴェイ! 元気かい!? 元気だろうね! 私を置いて漫遊なんてひどいじゃァないか!」

『ごきげんよ――苦しいです、教授』

「生きてる証だ構うものか! 君は相変わらず可愛い子だ! 少し背が伸びたんじゃないかい?」

 

 

 ダグラスへの挨拶も雑に済ませると、アギラル教授は一目散にハーヴェイを抱きしめた。まるで我が子のような可愛がりようだ。

 

 

「……ハーヴェイは、僕たちの肉親なんですけどね」

「最近ますます堅苦しいなァクリフは! 父君の悪いところばかり似るようになったんじゃァないかね?」

「ンン――せめて、私本人がいないところで言ってもらいたいものですな」

「全然ブレないっすねぇ、教授」

「君も元気そうで何よりだよ、ケイト!」

 

 

 ケイトの呆れたような言葉にも、喜色満面で返す。執務室が一気に騒がしくなった。

 

 

「それより、君に試験してもらいたいパーツが山ほどあるのだよ! 直にまた学園へ行ってしまうんだ、残りの夏休みは私に付き合ってもらうよ!」

『セド兄上もいらっしゃるでしょう。僕に全部回さなくたって』

「彼はもう“蛇遣い(オピュクス)”の業務でいっぱいだ! 空いているのは新兵ばかりで参考にならないし、君がいなくちゃ話にならないのだよ!」

「教授。ハーヴェイも、政治の件で色々対応が必要でしてな――」

「まったくもう面倒臭い!! どいつもこいつも政治政治と、物の役にも立たない戯れ言ばかり! 君たちも、あのレッドグレイブと手を組むのだろう? 下らない政治のあれこれなど、全部連中に押し付けてしまえ!」

「それが出来ぬからこうして言っているのです!!」

「諦めましょう、父上。教授は昔からこうですから」

 

 

 政治のせの字も斟酌しない“変人”アギラル教授の物言いに、ダグラスも声を荒げる。クリフトンはもう説得を諦めていた。

 

 

『相変わらずですね、教授。お元気そうで安心しました』

「百倍にして返すとも、私たちのいとし子よ!」

 

 

 楽しそうなハーヴェイの言葉に、アギラル教授は嬉しそうに返した。

 

 

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