01.学園祭
王立学園の二学期の半ばには、学園祭が控えている。生徒たち――特に男子生徒――は各々アピールするべく、様々な催し物の準備に取り組んでいた。
「あ、その器
「そんな高級品を
リオンとその級友、ダニエルとレイモンドもその一組だった。リオンの手出しで用意した茶器を運び、すっかり改装された教室で開店準備をしている。
「ここ、前は空き教室だったよな?」
「リオン、いくらなんでもお金をかけすぎだよ。採算が取れないよ」
「気にするな、最初から黒字は期待してない。要するに、ここはいつもの茶会の延長線上だ。出店に来た客に少しでも楽しんでもらって、俺たちの好印象を植え付けるのさ」
「な、なるほど!」
「それに費用は俺の手出しだ。儲けさせて貰った分、少しは還元してやるさ」
内装は業者を呼んだ。学生の行う、いかにもな喫茶店もどきとはクオリティーが違うのだ! と高らかに笑うリオン。そこに、二人の人影が現れた。メイド服に身を包んだ、オリヴィアとアンジェリカである。
「に……似合いますか?」
「おおー、かわいい。やっぱり素材がいいと違うな」
「えへへ……」
可愛らしいミニスカメイドの姿に、リオンが賞賛の言葉を述べる。オリヴィアは嬉しそうに微笑んだ。
「少し、胸を強調しすぎているな」
一方、アンジェリカはいつも通りの生真面目な顔でその服装を評した。
「え、マジ? ちょっとあざといかな」
「何だ、私は褒めてくれないのか?」
「いやお嬢様もいいんだけど、その意見は聞き捨てならないな。今回のメインターゲットは女子生徒だから、男受けが強い衣装だと印象が良くない。今からデザイン変更できるかな……」
「……女心が分からない奴だな、お前は」
「え、なんで?」
思考に沈み込むリオンは、アンジェリカの不服そうな表情の正体に思い至らなかった。つくづく、女心の分からない男である。
と、そんな準備中の喫茶店に、三人の人影が現れた。
『順調かい、Mr.バルトファルト』
「あ、どうも」
ハーヴェイとケイト、そしてアデルである。にこやかに手を挙げて挨拶するハーヴェイに、リオンはいつも通り挨拶した。
「げっ……」
「お、おい、聞こえるぞ」
「いや、あいつこそ何で普通に接してるんだよ……」
恐るべき“殺戮人形”に怯むダニエルとレイモンド。その勇名と悪評は、領主貴族たちの間で広く伝わっている。彼らにしてみれば、普通に接することのできるリオンの方が理解しがたい。
そう遠巻きにひそひそ話をする二人に向かって、アデルが冷たい視線を向けた。
「聞こえていてよ、そこの方々」
「げぇっ!?」
「上級クラスというからどんな殿方かと思えば、紳士の風上にも置けない小心ぶりね。ひそひそと陰口なんて、
『止したまえ、アデル。きみに噛みつかれて、無事な殿方などそうそういないよ』
「やだ、失礼な子」
低い声で糾弾するアデルを、ハーヴェイが嗜めた。普段こそ遊び心に満ちている少女だが、だからこそ怒らせたときは容赦がない。
それはそれとして、ハーヴェイはふとテーブルの一角に置かれていたメニュー表を見、眉をひそめた。
『……料金、取るのかい?』
「え。さすがに、全部無料ってわけには……」
『残念だけど、きみにこれ以上金を落とそうというカモはそうそう現れないよ。この額を見る限り、好印象稼ぎの金額設定なのだろうが……フェアな営利活動は諦めた方がいいと思う』
「先の決闘賭博、かなりの生徒が敗けたものねぇ。恨みは深いと思うわよ~」
賭博に負けた方が悪い――というのは、ことこの王立学園では通用しない。他責思考はホルファート貴族、とくに貴族女性の得意技だ。何より今回の場合、決闘賭博を煽ったのも、決闘そのものに参加しその勝利をもぎ取ったのもリオン自身だ。恨むなという方が無理な相談だろう。
『何より、対抗馬が色んな意味で強烈だ。苦戦は覚悟した方がいいよ』
「え、どういう意味っすか?」
「お、おいリオン! 隣が――」
首を捻るリオンの許に、ダニエルが慌てて駆け込んできた。
◇ ◇ ◇
「暇があれば来てくれ。歓迎するよ」
「は、はい!」
「通います。私、学園祭の三日間、全力で通います!」
「わ、私も沢山お金を使います!」
リオンたちの真隣の教室。そこには、見物客へチラシを配るユリウスの姿があった。熱に浮かされたような女子生徒たちが、熱心にチラシを受け取りながら黄色い声を上げている。
「喫茶店“プリンセス”をよろしくね」
そう、
膝から
「マジかよ。喫茶店を隣同士に並べるなんてあり得ないだろ」
「リオンへの当てつけかな? 実行委員にも、決闘で負けた人がいるだろうし。でも、流石にこれは酷いよね」
そんな一同に気付いたのか、ユリウスが意味深な笑顔を浮かべながら歩み寄ってきた。
「バルトファルト、お前も喫茶店を出すらしいな。俺たちも喫茶店を開くつもりだ。良かったら来てくれ」
何とも白々しいことを並べる。こいつわざとやっているのでは? とハーヴェイの心中に疑問が生まれた。
貼り付けたような笑みで差し出すチラシをリオンが受け取ると、そこには――
「お、お茶とお菓子のセットで100ディア!?」
「安すぎたか? だが、これくらいが良いとマリエが言うからな。本当ならもっと稼ぎたいんだが」
『……御身は何基準でものを仰っているのです?』
あまりのぼったくりように、リオンのみならずハーヴェイもツッコんだ。
繰り返すが、学園祭である。お遊び感覚で出しものを催し、営利は二の次で客を楽しませるのが目的だ。それを無視するかのような金額設定に、オリヴィアは目が眩みそうになった。
「こ、これが貴族様の金銭感覚なんですか……? 私、ついていけそうにないです」
「あ、諦めるな。君はやれば出来る子だ。――まぁ、ユリウス殿下のことは放っておいていいや」
「俺を無視するか。良いだろう、いつか貴様に俺を認めさせてやる。バルトファルト、今度は負けないぞ」
「いや何の勝負だよ」
不敬極まりないリオンの発言に、ユリウスがよく分からない返答をした。三度目になるが、これは学園祭であって、何かの勝負を競うものではない。
教室へと引き返すユリウスの後を、リオンたちがぞろぞろと付いてきた。ちなみにダニエルとレイモンドは真っ先に逃げ出している。
「お、おい、なんで来るんだ!」
「いや、偵察でもしようかな、って」
「図々しいぞ!」
「俺、自分に正直なんで。ほら、見せてみろ……よ?」
堂々と言ってのけるリオンは、教室内を見て愕然とした。
ローテーブルに豪華そうなソファーが並び、少し薄暗かい雰囲気の内装。教室の隅ではクリスとブラッドが衣装合わせをしている。黒いスーツに派手な色のシャツ、しかも胸元が開いている。
「ホストクラブじゃねーか!」
「バルトファルトか」
「敵情視察か? 相変わらずコソコソと汚い男だな」
思わず叫んだリオンに気付き、二人が鋭い視線を向けてきた。
なるほど、お茶も菓子も表向きの体裁で、実際は学園でも指折りの美男子たちによる接待が本来のサービス、ということらしい。
「お前ら卑怯だぞ!」
『きみに卑怯だなんだを糾弾できる資格はない気がするが』
「お前からその言葉を聞けるとは思わなかった。やはり、マリエの提案に乗って正解だったな。お前の悔しがる顔を見られただけでも価値がある」
リオンの叫びにハーヴェイがツッコむ一方で、クリスが愉快げに種明かしをした。なるほど、マリエの案か。ある意味顧客心理を正確に理解した。的確なコンセプト――と、言えないこともない。
リオンの悔し顔がよほど気に入ったのか、ユリウスは高らかに宣言した。
「今度の学園祭、勝つのは俺たちだ。バルトファルト、負けそうだからって逃げるんじゃないぞ」
「学園祭の勝敗、ってなんすか?」
「さぁ……?」
ケイトの問いに、アデルは首を捻るばかりだった。審査員評価というのもなくはないが、表彰されるのがせいぜいで、具体的な褒章があるわけではない。賞を取ったかどうかで勝敗を決める、というところだろうか。
その後ろから、オリヴィアがおずおずと顔を覗かせた。
「あの、これも喫茶店なのでしょうか? どう見てもその……酒場に雰囲気が近いような気がします」
「特待生まで文句を付けるのか? マリエの提案に文句を言わないで欲しいね。それに、提供するのはお酒じゃない。あくまでもお菓子とお茶だ。僕たちがサービスはするけどね。マリエの考えは君には分からないよ」
「え、えっと……でも、何か違うような」
口ごもるオリヴィアからブラッドを守るように、リオンが立ち塞がった。
「触るな。リビアが汚れるだろうが。あっちに行け」
「……本当に腹が立つ奴だね」
まるで汚物を追い払うかのようなリオンの物言いに、ブラッドは不満を露わにした。みっともなさではいい勝負である。
その横で、アデルがメニュー表を見つけたかと思うと、その内容に驚愕した。
「サービス料が10分で100ディア!? 貴方たち、正気!?」
「あ、良かった。
まず入店に100ディア、加えて滞在にサービス料を取る。ティータイムといえば十分二十分で済むものではないにも関わらず、だ。どう考えても喫茶店の商売内容ではないし、ぼったくりもいいところだろう。明らかに金稼ぎ目的の金額設定である。
そこに、衣装合わせをしていたらしいマリエが現れた。傍のカイルも、執事らしい格好をしている。「てめえはキャバ嬢のつもりか」というリオンのツッコミは、その心中に仕舞われた。
「当然よ。言っておくけど、ユリウスをはじめ、みんな元は付くけど、名門の跡取りだったのよ。そんな彼らにサービスして貰えるなら、それくらい払って当然ね」
「喫茶“プリンセス”――ねぇ。本音は貴女自身ってこと? 子爵家の末っ子ふぜいが、随分と大きく出るじゃない」
「こ、心はいつでもお姫様よ」
「マリエ、君はいつでも僕たちのプリンセス。お姫様だよ」
「ありがとう、ブラッド。それに引き換え、脇役もどきの
マリエの精一杯の虚勢を、ブラッドがフォローした。冷たく見下ろすアデルは、妾腹ながら侯爵令嬢である。格の違いに、さしものマリエも怯んだ。
『――ところで、ユリウス殿下』
そんな中、ハーヴェイが低い機械音声を鳴らした。
『御身がこの場にいるのはどういうおつもりです? Ms.レッドグレイブの決闘の件、反故にするおつもりですか?』
「それは、その……」
ドスの利いた声に、ユリウスは思わず口ごもった。
友人と喫茶店を企画するだけならいい。どれだけ暴利を貪ろうが、それはそれで知ったことではない。だがマリエの傍に居座るのなら、話が変わる。
そんなハーヴェイの詰問を予想していたのか、スーツ衣装に身を包んだジルクが歩み寄ってきた。
「なに、ささやかな偶然ですよ。マリエさんがこの喫茶店を企画し、それを私たちが準備している。それを
『何をしたり顔で会話に入ってきているんだ、この衒学者が。貴様に意見を求めた覚えはない』
「んなっ……!?」
『大方、貴様らとの関係については言及されなかったのをいいことに、“貴様らの手伝いをユリウス殿下が提案なされたら、
だがその弁論は、ハーヴェイによって遮られた。彼らの言い訳を丸々言い当てられ、思わず反論の言葉を失う。口ごもったジルクを庇うように、ユリウスはきっと目つきを鋭くした。
「――ジルクは俺の乳兄弟だ。それ以上侮辱するつもりなら、俺もただでは済まさんぞ」
『……なるほど。この程度の下らない屁理屈で動き、上っ面の体裁すら取り繕う御意志もないと。御身にとって“神聖な決闘”とは、所詮その程度のものだったと。実に気高く誇らしい“真実の愛”ですね?』
「……なんだと?」
『弁論は結構です。御身が“尊厳”というものにどのような意義を見出そうと、僕には関係ありませんので』
ハーヴェイはそれだけ言い捨てると、ユリウスらの反応を待つことなく、さっさと踵を返して教室を出ていった。
「頭が痛くなってきたわ……行きましょ、こんな莫迦騒ぎには付き合えないわ」
「お貴族サマも色々なんすね~」
頭を抱えるアデルと、それを介抱しながら立ち去るケイトが続いた。
◇ ◇ ◇
戻ってきたリオンたち一同を迎えたのは、そわそわと落ち着かない様子のアンジェリカだった。
「戻ってきたか。その……殿下らの様子は、どうだった?」
「未練たらたらねぇ、貴女」
『相変わらずだ。わざわざ報告するほど有意義な活動はしていない』
「坊ちゃんも辛辣っすね~」
おずおずと問いかけるアンジェリカに対し、ハーヴェイが冷たい機械音声を吐き出す。夏休みを挟んでも、それぞれに変わらない二人だった。
「ところで、ハーヴェイさんは何をするんですか?」
『僕? いや、サボるが』
「えっ」
オリヴィアの問いかけに、ハーヴェイはさらりと言い放った。
『当然だろう? 僕の実働能力など、ACの操縦以外は碌にない。戦技披露会など開催してくれるなら、賑やかしに参加してもいいが……学園の防衛用設備など、今更乗りこなせないし。他にできることもないし、やる理由も特にないし、当日は適当にぶらつこうと思っている。だからこうして、方々の手伝いに顔を出しているというわけさ』
「貴方こそ、もうちょっと屁理屈を捏ねたらどう?」
『いっそ当日は、本邸で哨戒任務でもアサインしてくれたらいいのだが……セド兄上はそのあたり気を遣うからなあ』
「開き直りじゃないっすか」
まるで当然のこと、と言わんばかりのハーヴェイに、一同は閉口した。こういう割り切り方ができるのが彼の長所とも言えるが、『青春の一ページを刻む』などという青臭い願望はないらしい。あまりにも達観しているというべきか、その願望にこの学園という環境が適していないというべきか。
「ちなみにその手伝いって、成果出てるんですか?」
『それがまったく。実行委員への申請や使い走りなどの雑務を承ろうかと申し出ているのだが、誰も彼も変な遠慮をして頼んでくれないんだ』
「いや、当然だろう……」
「もっと言ってあげて。スピアリング家の猟犬を、あろうことか伝書鳩代わりになんてできるわけないでしょうに」
ようやく困ったような顔を見せるハーヴェイに、方々からツッコミが入った。