学園祭初日の昼下がり。ハーヴェイとケイトは、学園の港をぶらついていた。
「でっかい船ですねぇ。本邸の巡航艦と同じくらいないっすか?」
『ありそうだね。これ以上はおそらく要塞級だ、浮遊石ありきの現代技術では造れないだろうね』
視線の先にあるのは、リオンが所有するロストアイテムの一つ、巨大飛行船パルトナー。王国の流行とは全く異なる流線型のフォルムに、感心の声を上げていた。
「てゆーか、学園祭はいいんすか?」
『別に。元々大して興味ないし、見物になりそうなものも大体見終えた。ケイトがどこか見て回りたいなら、一緒に行こうか?』
「いや立場逆ぅ……」
とそこで、ハーヴェイの足が止まった。
『……ケイト、しばらく声は抑えてね』
「へ?」
『――四時の方向、積荷の陰。光学迷彩でうまく隠れているようだが、魔力波の探査に引っかかるようでは片手落ちだ。対話の余地があるなら、大人しく出てきてほしいな』
視線を巡らせることなく、何かへと脅しつけるような物言い。ケイトがきょとんとしていると、ハーヴェイが言った通りの方向からひとつの影が現れた。
【――新人類も、どうやら凡愚の集まりではないようですね】
「えぇーっ!? な、何すかこれ!?」
『ケイト』
それは拳大のに赤い一つ目を備えた金属球、ルクシオンだった。思わぬ異形の登場に、ケイトが思わず驚愕の声を上げた。
『……しかし、これはこれで予想外だったな。
背を向けたままの無礼な振舞いで申し訳ないが、この方がきみにとっても都合がいいと思っている。このままで構わないかな?』
【いいでしょう。マスターよりは高度な対話が期待できそうです】
『そういうことだ。ケイトも僕に合わせて』
「は、はぁい……」
一方、ハーヴェイは驚愕しながらも、動揺することなく言葉を続けた。すいと横に並んだルクシオンともども、パルトナーを眺めながら、目線を合わせずに会話を始める。
『初めまして、僕はハーヴェイ・フィア・スピアリング。まずはきみの素性を伺っても?』
【初めまして、私はルクシオン。貴方がたの言うところの“古代文明”の遺物、いわゆるロストアイテムにあたります。リオン・フォウ・バルトファルト男爵をマスターとする人工知能――という説明で、理解できますか?】
『……驚いたな。かの遺失文明は、そこまでの域に達していたのか』
「じんこ……なんすか、それ?」
『文字通りだよ。人間と同じように高度な思考判断ができる、知性を持った機械さ』
「ほへー……」
ルクシオンの自己紹介に、ハーヴェイはただ驚嘆するしかなかった。“過去”の記憶を浚っても、人工知能を作れるほどの技術者は決して凡庸ではない。それこそ一人で作り上げることができる者など、さる恩人くらいしか思い当たらない。遺失文明は、現生人類の想像以上に発達した社会だったらしい。
『なるほど、きみがMr.バルトファルトの切り札というわけか。あのMr.が、あれだけ強気に振舞えるわけだ』
【こちらからも一つ質問を。どうして私の存在に気付けたのですか?】
『――半分はたまたま。もう半分は、きみのマスターのせいかな』
ルクシオンの質問に、ハーヴェイは決闘の際の違和感を思い出しながら答えた。
『Ms.レッドグレイブの決闘の際、Mr.バルトファルトと会話をしていただろう? 僕への応答に、不自然な間があった。彼の傍に、何らかの知性体が控えていると疑っていたんだ。
あとは、このパルトナーとやら。明らかに王国の流行からかけ離れているから、件のロストアイテムであることは一目瞭然だ。近くに何かないかと魔力波で探査をしたところ、運良くきみを見つけたというわけだよ。
断っておくが、きみの迷彩を看破できたわけではないよ。魔力波探査を行ったのも、視覚的な異変を見つけられなかったからだ。最初から“何かタネがある”と思っていなければ、きみの存在には全く気付けなかったに違いない。見事な隠蔽技術だ』
【……なるほど。あの愚かなマスターとは比べ物にならない知性を感じます】
「それ、Mr.バルトファルトのことっすよね? 自分の
『人じゃないからなあ』
顔をしかめるケイトに対し、ハーヴェイはさらりと言った。機械が不必要に悪口を言えるというのも、何だか不思議な話だが……
『それで? 察するに僕たちを観察していたようだが、その動機は何だい?』
【深い意味はありませんよ。マスターに近しい人物として、その人となりを調査するのが目的です。――ただ、想定以上の収穫が得られました】
『それは結構。あまり好意的ではない評価をされているような予感がするが、そのあたりはどうかな?』
【ご明察です。――私が観察中の新人類の中で、貴方は最も警戒に値する人物です】
「……しんじんるい? 何のことすか、それ」
首を傾げるケイトの横で、ハーヴェイはしばらく思考に沈んだ。『新人類』という呼称を使うということは、『旧人類』に相当する集団がいたということになる。そして、ルクシオンが古代文明の遺産ということは――
『……おそらくは、彼から見た現生人類全般を指しているんだろう。僕たちにとっての“古代文明”といえば、僕たちと同じ人類が築いた文明と見做されているが……実際は、その衰退の際に人類種の交代が発生していた。彼はちょうどその過渡期に、旧人類側で製造された存在――そんなところかな?』
【お見事です。このわずかな対話で、そこまで見抜けるとは思いませんでした。貴方が旧人類であれば、すぐにでもマスターを替えていたというのに】
「いや、それMr.バルトファルトを裏切るってことじゃないっすか。そんなんでいいんすか、じんこーちのー」
【残念ですが、私は
「何すかこの失礼の塊……」
ルクシオンの容赦ない言いように、ケイトは閉口した。無機質な機械のはずなのに、こんなに悪口のボキャブラリーばかり豊かでいいのだろうか。
一方、ルクシオンの説明に引っかかりを覚えたのは、ハーヴェイも同じだった。
『引っかかるのはまさにそこだな。きみの説明を信じる限り、“Mr.が旧人類である”という前提があるように見受けられるが、俄かには納得しがたい話だ。少なくとも僕たちから見て、彼は他の“新人類”たちと変わりないように見えるし、バルトファルト家が特別な血筋だとも聞いたことがない。
……まさかきみ、“Mr.が自分を発掘したから彼をマスター認定している”なんて武人気質だったりするのかい?』
【そう見えているのなら、先ほどの評価は撤回しますが】
『これはしたり。きみの性格嗜好に、意外性を期待してはいけないらしい』
「機械ってことは、坊ちゃんのACとかと同じってことっしょ? 坊ちゃん本人じゃあるまいし、そんなヘンテコな性格になるもんです?」
【……貴女も大概失礼では?】
『いいじゃないか。不合理でヘンテコな思考判断も、知性のうちだよ』
「そんなもんですかねぇ……」
ケイトの疑問に、ハーヴェイは肯定的な言葉を返した。彼の脳裏には、“おしゃべり”な友人の存在が浮かんでいた。彼も機械らしからぬ愛嬌を備えていたが、知性とはそういう個体性の揺らぎをも内包するものなのだろう。
『話を戻そう。経緯が何にせよ、Mr.が旧人類、つまり“現生人類の敵対者側である”という根拠が僕には理解できない。事実上の宣戦布告を叩きつけられた側として、そのあたりの事情を尋ねてもいいのかな?』
【マスターの出生に関わる情報ですので、私の独断では公開しかねます。回答は出来ません】
ルクシオンの機械的な返答に、ハーヴェイはすうと目を細めた。
『――僕たちを仮想敵として観察しているのなら、僕の素性も理解しているはずだ。きみが現生人類に――このホルファート王国に危害を加える算段があるのなら、僕たちにはそれを阻止する責務がある。つまり“
それとも、きみにもちゃんと勝算があるのかい? 僕たち“
【……貴方がたがお望みならば、私としては今すぐにでも戦闘行動を開始しても構いませんが――】
冷ややかな、しかし確かな戦意を突き付けるハーヴェイに対し、ルクシオンは挑発的な言葉を返すが――
【それも、マスターの進退に関わる問題ですので、私では判断しかねます。
ひとつだけ、注釈しておくと――今のところ、あのマスターにそのような
『……その毒舌は、旧人類の文化由来なのかい? それともきみの個性のうち?』
ここにいない
◇ ◇ ◇
「よかったんすか、あれ」
ルクシオンが再び光学迷彩で姿を隠し、学園の方に飛んでいく姿を見ながら、ケイトが問いかけた。
『ルクシオンのこと? 未知の脅威であることは事実だが、少なくとも彼の知性は、“マスターに己の手綱を握らせる”という点を最重要視しているようだ。そこが揺らがない限り、彼が積極的に動くことはないと思っていいんじゃないかな』
「まぁ、それもあるんすけど……あの感じだと、Mr.バルトファルトにチクっちゃうんでしょ? いいんすか、そんなこと許して」
『何だいそれ。まるで人を陰謀屋みたいに言って……』
「お貴族サマには陰謀が付き物なんでしょー」
言い合いつつ、二人は学園校舎へと戻っていった。ルクシオンが去ってしまった以上、これ以上パルトナーを眺めていても仕方ない。そろそろ学園祭の出し物も閉店する頃合いだろう。
その道中、アデルと遭遇した。
「ごきげんよう、ハーヴェイにケイト。……何かあったの?」
『時々、その恐ろしい洞察力を発揮するのはやめてくれるかい』
「貴方の鉄面皮はともかく、隣の子猫ちゃんは分かりやすく顔に出るのよ」
「うにゃっ」
一目見て異変を察知するアデルに、ケイトは思わず飛び上がった。もともと快活で情動が分かりやすい彼女だが、今回はそれが裏目に出た。
『こちらは些事だよ、今のところね。きみの方はどうだった?』
「そうねぇ……何だか愉快な場面に遭遇したわ」
「へ?」
誤魔化しつつ話をすり替えたハーヴェイは、アデルの何とも言えない表情に、ケイトと顔を見合わせた。
「実は、ミレーヌ王妃がお忍びでいらしてたんだけどね。あのMr.バルトファルト、なんと王妃殿下に求婚したのよ」
『……は?』
「……え、どういうことっすか?」
「ね、普通そういう反応よね。話の流れとか色々あったし、まぁ冗談かなーって流せそうなところではあったんだけど、ちょっとMr.の目つきが怪しくって……」
「……大丈夫なんすか、あの人?」
『うーん……』
相手が王配――つまり人妻だと知ってて求婚とは……さてはMr.バルトファルト、人妻趣味でもあるのだろうか。だとすれば、ユリウスを笑えない不貞ぶりである。そんな人物があんな危険なロストアイテムを握っているという事実は、別の意味で危険度が増す。
何とも言えない表情になった二人に対し、アデルは話題を切り替えた。
「あ、そうそう。貴方、ウェイン準男爵領って行ったことある?」
『ウェイン? うーん……いや、特に覚えはない。それがどうした?』
「そこの次女が、Mr.に泣きついてきたのよ。空賊の被害に困ってるから助けてくれって」
「……えぇ?」
アデルの説明に、二人は再び顔を見合わせた。ウェイン準男爵とやらは、バルトファルト家と縁があるのだろうか。
『事の真偽はともかく、Mr.バルトファルトに? 筋違いにもほどがあるだろう。バルトファルト家の縁者だったのか?』
「いいえ、ついさっき初めて顔を合わせた様子だったわ。それも、ご丁寧にオリヴィアちゃんを挟んで紹介させたのよ。“決闘で拝見したMr.の腕前を見込んで”って話だったけれど、そもそも自領のことなら自分で何とかするのが領主貴族でしょう。せめて寄親に頼るか、最悪でも王国正規軍に依頼するのが筋じゃなくって?」
『“決闘で拝見した”と言っても、所詮は魔導鎧ひとつだ。領主が自力で対処できない空賊を相手に、鎧単騎を投入して何になる? 物の足しにもならないだろう』
「……貴方、いつも何とかしてない?」
「ですよねぇ……」
『それは“
……それで? 請けたのかい、Mr.は』
「その通り」
「えぇ……何で? そんな親切な感じの人でしたっけ」
決して純粋な善意で動くような人間でないことは、ハーヴェイもケイトも見抜いている。ましてスピアリング家のように、同盟貴族の要請で軍兵を動かすような体制を作っていない。何を考えているのだろうか? ハーヴェイの脳裏に、いやな予感が生まれた。
『――あれだな、“だまして悪いが”の匂いがするな』
「何それ?」
『傭兵界隈での不文律だよ。“妙に報酬のいい仕事は絶対に請けるな。釣り出して罠に嵌めるための餌だぞ”ってね』
「えぇっ、まさか!?」
ハーヴェイの言葉に、ケイトとアデルは驚愕した。考えられるとすれば――ウェインかその寄親による罠?
「紹介したオリヴィアちゃんの手前、断りづらいっていうのはあったのよ。あの娘友達少ないし。
――でもそれにしては、Mr.の方も妙に物分かりが良かったのよね。何というか、最初から断る気が感じられなかったというか、急な依頼の割に戸惑ってる様子がなかったというか」
「そのMs.ウェインって方が来るのを知ってた……とか?」
「どこで? 言い方悪いけどあの御仁、そこまで人脈広そうな感じじゃなくない?」
「うーん、そうっすよね~……」
リオンの不可解な行動に、三人は首を捻るしかなかった。彼の性格、それどころかこれまでの行動とも一致しない。何を考えている?
『僕たちのような専業はともかく、慣れていないMr.では即応できないはずだ。彼はいつ発つと?』
「学園祭後の連休って言ってたわ」
『僕からも探りを入れてみよう。――あのルクシオンと先に知り合えてて僥倖だった。彼も、座して待ってはいられないはずだ』
「誰のことよ?」
「足ないっすけどね、あの人……人?」
「本当に誰のこと!?」