鋼鉄の牙、乙女の幻想   作:竹河参号

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03.空挺レース

 学園祭、最終日。この日は各種運動競技が開催され、さらに目玉として、生徒内から選抜された選手によるエアバイクレースがある。

 その様子を遊覧飛行船の有料ラウンジで眺めながら、リオンは姉ジェナを励ましていた。

 

 

「事情はよく分からないけど、元気出せよ。親友の男を狙うような奴は友達として失格だから」

「そ、そうですよ。先輩は悪くありません」

 

 

 どうやら婚約者の取り合いで、親友と絶交したらしい。かつて世話になったことがある身として、オリヴィアも励ましている。

 

 

「――その程度で相手になびく男が悪いと思う」

「わぁお、貴女が言うと説得力が違うわね」

 

 

 一方、紅茶を飲みながら冷たく切り捨てたアンジェリカの言葉に、アデルは感嘆した。まさにその当事者であるだけに、言葉の重みが一段と深い。

 が、ジェナの抱える真相はその斜め上だった。

 

 

「……違うの」

「え?」

「最初に狙っていたのは親友の子で、私も後から色々と聞いて声をかけたというか……」

 

 

 ハーヴェイとケイトを含めた、合計六人の視線が一斉に冷たくなった。

 

 

『つまり、悪いのはきみの方じゃないか。何を被害者面しているんだ』

「サイテーっすね」

「最低だな、お前」

「違うの! 聞いて! その子爵家の跡取りだけど、少し前まで無名というか、貧乏貴族だったのよ。でも、夏休み中にその子の実家から鉱山が発見されたの。調査したら希少金属(レアメタル)で、王国から援助を受けて鉱山所有者になるの! しかも本土の領主貴族だし、お金持ちになるから黙って見ていられなかったのよ!」

「お前ら相手に謝れよ。お前らより相手の男子が可哀想だよ」

「何で可哀想なのよ!? こっちは結婚して()()()のよ!?」

 

 

 何が違うというのか。六人のいずれも冷たい視線が変わらなかった。

 

 

「金持ちになったからすり寄ってきているようにしか見えないよ。もっと愛とか恋とか、そういった感情はないのか?」

「あら、貴方そんな建前を本気にする性質(たち)なの?」

「私にはミオルがいるし、美形の男子なら普通クラスの男子から探しても良いからね。愛はそっちと育んで、旦那に求めるのは甲斐性よ」

「……本当に最低だな」

『誰がそんな不愉快な話をしろと言った』

「建前もへったくれもないっすね」

「なんでよ! みんな同じじゃない!」

 

 

 ジェナが必死になって弁明するが、誰も聞き入れなかった。リオンにとっては『自分(おとうと)の金で豪遊するクソ姉』、ハーヴェイとケイトにとっては『保身のために実弟を殺しかけた卑怯者』であり、そして今全員の認識が『金持ちに群がって親友の男を寝取るクズ』に更新された。

 

 

「一緒にしないで貰おうか。私たちは専属使用人を持っていないし、愛人なども考えていない」

「私は出身が貴族様ではないので……そういえば、皆さんはどうして使用人を雇わないんですか?」

 

 

 ふと出てきた言葉に、オリヴィアは不思議そうな表情を浮かべた。

 

 

「使用人なら雇っているさ」

『“専属使用人”などと言っているが、亜人種の使用人たちは全員が奴隷だ。雇うのではなく()()ものだよ』

「ど、奴隷って……良いんですか?」

『法規的に、という意味かい? 正確には良くない。だからこそ“奴隷”ではなく“()()使用人”、そういう建前なんだよ』

「そういう問題なんですか……?」

「実態の方は色々あるけれど……女に限って言えば、奴隷を持っても白い目では見られないわね」

「……今では当たり前になってしまったな」

 

 

 あまり面白く思っていないアンジェリカは、うんざりするようにため息を吐いた。

 なおリオンが「俺だってケイトさんみたいな猫耳美少女が欲しい」などと考えているのは、彼の名誉と友情のために永遠に伏せておくべきだろう。

 

 

「……あれ? ハーヴェイさんは、ケイトさんを連れ歩いてていいんですか? あ、いや、その、悪いってわけじゃなくて」

『分かっている、気を遣わなくて結構だよ。――僕は一応不具にあたるから、特例で許してもらっているんだ。僕とケイトとの間では、対等な雇用契約を交わしているしね。

 それに、僕自身がとんだ腫物扱いだから、いまさら専属使用人どうこうで評価が変わるものでもないよ』

「ま、こういうノリの方なんで~」

 

 

 まるで気にしない様子のハーヴェイの言葉に、ケイトがへにゃりとした顔で付け加えた。

 一方、アデルが悪戯っぽい笑みを浮かべながら、オリヴィアの方を向いた。

 

 

「専属使用人に興味があるの?」

「え? あ、あの……その」

「へぇ、意外。亜人と人との間では子が出来ないから、()()をするために買う連中がほとんどよ。ね、そこの最低お姉さん?」

「うるさい死ね!」

「な、“ナニ”ってなんですか?」

「何よカマトトぶっちゃって、そりゃもう()()よ。男と女のアレコレよ」

「!?」

「そっかー、貴女も色を知る歳なのねぇ」

「お下品ですよ、アデル様~」

「リビアをからかうな」

「はぁーい」

「――も、もう! アデルさん!」

 

 

 アデルの悪趣味な会話を、アンジェリカとケイトが制止した。からかわれたと理解したオリヴィアは、顔を真っ赤にして起こった。

 

 

「それはそうと、次の競技はエアバイクのレースだ」

 

 

 そう言うと、リオンは珍しく楽しげにラウンジからコースを見下ろした。

 エアバイク。水上バイクのような流線型の空挺は、飛行船と並んで重要な移動手段だ。このような興行以外にも、軽量運送サービスの手段として重用され、最近では飛行船や魔導鎧よりも小回りの利く機動兵器として転用が研究されているらしい。

 

 

「このレース、賭けてるやつが多いらしいぜ」

「……お貴族サマって懲りないんすね……」

『まったくだな』

「ま、俺も賭けてるんだけど」

「……お前という奴は……」

「リオンさん、賭け事はいけません。程々にするべきです」

「大丈夫大丈夫、勝てる勝負にしか賭けないから」

「そう言って、身を持ち崩す莫迦も多いのよねぇ」

 

 

 複数機のトーナメント形式で行われるエアバイクレースは、同時に競艇賭博が開催されている。先の決闘賭博で大負けした生徒たちが、その回収に躍起になっているようだが、そうやって熱意と大金をつぎ込むほど、あるいは勝利に酔って気が大きくなるほど、敗北のリスクは膨れ上がっていくのだ。実際、目の前に金貨銀貨を並べているリオンも、レースごとに賭金を吊り上げている。こういう手合いに限って、「引き際は弁えている」「自分は大丈夫」などと根拠のない自信に囚われ、そして大敗するのだ。

 そんなアデルの冷たい視線に気づかず、有頂天になっているリオンの耳に、ルクシオンからの念話(の電子再現)が届いた。

 

 

【(マスター、少々問題が起きました。一年生の代表枠で出場したジルクですが、どうやら標的にされています)】

 

 

 その報告に、リオンは無言でコースを見下ろした。傍から見れば、スタート地点に並ぶエアバイクに見惚れているような様子だ。

 

 

「あ、あの、リオンさんもやっぱり出場したかったですか?」

「え?」

「……すまない。選手決めは実行委員の多数決だ。流石に私も口を挟めない」

「ん?」

『何だ、きみにもまっとうな男児のような嗜好があったんだな』

「貴方がそれ言うの?」

「気にしなくても良いわよ、愚弟の自業自得よ。だって、生徒の大半を敵に回したのよ。選手になんかなれるわけがないわ」

 

 

 全員にそう勘違いされ、リオンは鳩が豆鉄砲を食ったような表情を浮かべた。あとジェナの言葉に不快感を覚えた。

 

 

【(マスター、何やら不満そうな顔をしていますが、自業自得ですからね。成立しない賭けで自分に大金を賭けて煽った挙句、あんな卑怯な試合運びをした当人ですから。アレでマスターを好きになる人は少ないと思いますよ)】

 

 

 卑怯と言っても、たった二試合しかしてないのに……とリオンが不満を述べる資格があるのか、どうか。ルクシオンの言う通り、実質的に大多数の生徒から大金を巻き上げたも同然だ。しかもそのほとんどを、保身のための賄賂に使ったと知られれば、さらに生徒たちからの反感を買うことになるだろう。

 それはそれとして、眼下ではレースが開始した。開始のブザーとともに一気に飛び出したエアバイクは、しかしそのほとんどが積極的にリードを取ろうとせず、ある一機を取り囲み、集中的に妨害している。中には、明らかに故意的に衝突している。その中心にいるのは――ジルクの駆るエアバイクだ。

 

 

「ジルクの奴、マークされているな」

「ど、どうしてあんな事をするんですか? ジルクさん、可哀想です」

「ん? ――ああ、クラリスの取り巻きじゃないの、あれ。ほら、アトリー伯の娘」

「……ああ、そういう事か」

 

 

 選手一覧と眼下の状況を見比べ、アデルがその正体を看破した。クラリス・フィア・アトリー――ジルクの元婚約者だ。おそらくは、彼女の命令でジルクを妨害しているのだろう。あるいは、それに乗じて怪我を負わせる算段か。

 しかしその圧倒的不利から、ジルクはアクロバットのようにひらりと躍動すると、一気に包囲を抜けて加速し、先行している選手たちを追い抜いていった。素人でも分かる見事な技量だ。

 

 

「なんか、あいつだけ違法改造したバイクみたいだな」

『……なるほど、ただの頭でっかちという訳でもないらしい』

「坊ちゃんって、あのジルクって人には妙に辛辣っすよね~」

『本来求められるべき役割を果たしていない。それは残念ながら、嘲罵に値する悪徳だ』

 

 

 微妙な褒め方をするリオンの隣で、ハーヴェイはふんと鼻を鳴らしながら言い捨てた。いくら技量があり智謀に優れていようと、己が諫めるべきはずの王太子ユリウスと一緒に暴走し、下らない内紛を起こした咎が消えるわけではない。ハーヴェイの中で、それは永遠に拭えないジルクの悪徳として刻まれていた。

 そうこうしているうちに、レースは終わったようだ。最後の最後でジルクが差し切り、鼻先で一着をもぎ取ったらしい。しかし、救急救護用の飛行船が慌てて寄ってくるのを見るに、無茶の代償として怪我を負ってしまったようだ。

 

 

【(決勝には出られそうにありませんね。無理をしたせいで、骨折しているようです。いくら“治療魔法”などと便利なものがある世界でも、次のレースには間に合いません)】

 

 

 いち早くルクシオンから詳細を聞くリオンの横で、アンジェリカが席を立った。

 

 

「どこ行くんだ?」

「これでも一年のまとめ役だからな。ジルクの怪我の様子を確認して、必要なら代役を用意する。実行委員と話をするさ」

 

 

 それにオリヴィアが付いていこうとするので、リオンも慌てて貨幣をバッグに詰め込んで立ち上がった。アデルやハーヴェイ、ケイトもそれに追従する。

 そんなリオンの背中に、ジェナの声が飛んだ。

 

 

「あ、出るならお金ちょうだい。お財布の中身が空なのよ」

「……お前は本当に清々しいくらいに図太いな」

『このざまで絶縁しないきみも、大概に甘いと思うが』

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

「ジルクぅぅぅぅ!」

「大丈夫ですよ、マリエさん。私はこの通り無事です」

 

 

 医務室では、片腕が折れてしまったらしいジルクに、マリエが縋りついてた。ジルクは痛みに堪える様子を見せながら、気丈に笑顔を見せている。その他には、ジルクの乳兄弟であるユリウスと、マリエの使用人カイルがいた。

 それをよそに、アンジェリカが実行委員と協議していた。

 

 

「代役を立てるしかあるまい」

「で、でも、そうなると選手が……」

「優秀な男子はほとんど他の競技に出ていますから、代わりなんて……」

 

 

 代表枠である以上、出場辞退という訳にはいかないらしい。しかし他の有力な選手が別の競技に出尽くしている以上、代役も立てようがない状況のようだ。

 

 

「あ、あの、ジルクさん大丈夫なんですか?」

「三日もあれば治るってよ。……骨折が三日で治癒か。やべーな魔法」

 

 

 自分で言いつつ、リオンは恐ろしげな表情を浮かべた。腕の骨折ともなれば、自然治癒なら数ヶ月かかる重症だ。それを十分の一ほどに減らせるともなれば、確かに驚嘆に値する。

 

 

「で、でも、私ならもっと早く治療できますよ。どうして皆さんそう――むぐぐ!」

 

 

 さらりと爆弾発言を投下しかけたオリヴィアの口を、リオンが慌てて塞いだ。

 

 

「(お莫迦、君の腕前は正常じゃないの! 間違っても医者の前で言うんじゃないぞ!?)」

「(は、はい……よく分からないけど、リオンさんがそう言うなら)」

 

 

 そのやり取りを小耳に挟みながら、ハーヴェイたちも耳打ちするように話をした。

 

 

『(……彼女、そんなに()()のかい?)』

「(治療魔法以外も相当みたいよ。王宮が大枚はたいてるだけのことはあるわ)」

「(へぇ~……)」

 

 

 何しろ治療魔法は使い手が少ない。“黄道十四宮(ゾディアック)”の兵站を担う第十四隊“(ケートス)”でさえ、実用的な使い手は僅か数人だ。並みの医者を遥かに超える技量の持ち主ともなれば、王宮がわざわざ特待生として勧誘したのも頷けるだろう。――どうやってその才能を見出したのか、という疑問は残るが。

 一方、マリエは相変わらず大騒ぎしていた。

 

 

「ジルクがレースで優勝すれば賞金が出たのに!」

「大丈夫だ、マリエ。俺やみんなが他の種目で優勝するから」

「エアバイクレースに期待していたの! 他の競技じゃ、全部手に入れてもエアバイクレースの半分の金額にもならないのよ!」

「申し訳ありません。まさかここまでするとは思っていませんでした」

「本当よ。上級生も酷くない? 慰謝料を請求してやるわ」

「マリエさん……私のために、そこまで怒ってくれるなんて」

 

 

 そのやり取りを聞いて、ケイトが思わず顔をしかめた。

 

 

「……ビミョーに話噛み合ってなくないです? あれ」

「“恋は盲目”とは、よく言ったものね」

「き、きっとジルクさんのことも心配していますよ。だって、皆さん一緒になるために地位を捨てたんですから」

「どうだかねぇ……」

 

 

 アデルとリオンも同意見のようだ。さっきからあの女、金の話しかしていない。唯一のオリヴィアのフォローも、虚しく宙に溶けるだけだった。

 そんな医務室へ、ずかずかと入ってくる集団が現れた。

 

 

「あら、随分とみすぼらしくなったわね」

 

 

 その先頭に立つ茶髪の女――クラリス・フィア・アトリーだ。その後ろには取り巻き以外にも、亜人種の専属使用人を五人も連れている。彼女は勝ち誇ったような――しかしどこか虚勢を張っているような様子でジルクを見下ろした。

 

 

「ジルク、今の気分はどうかしら?」

「……クラリス、貴方の仕業ですか」

「えぇ、そうよ! 私を捨てたあんたには地獄に落ちて貰うわ! 私はあんたを絶対に許さない!」

 

 

 すべてを察したように目を伏せるジルクに対して、クラリスは盛大に怒鳴った。

 

 

「美人が怒ると迫力があるよね」

「リオンさん、何を言っているんですか! もっと真面目にしてください」

 

 

 一方、リオンはどうでもいいことを述べていた。空気が読めるのだか読めないのだか、よく分からない人物だ。

 そんなクラリスを、アンジェリカが制止した。

 

 

「医務室では静かにして欲しいな。……クラリス、気持ちは分かるが学園祭で堂々と不正行為か?」

「……偉そうにしないでよ。あんたが殿下の手綱を握れていないからこうなったのよ。同じように捨てられたくせに、自分だけ何事もなかったように振る舞って腹が立つわね。いつもみたいに怒鳴り散らしなさいよ」

「――私が何だって?」

 

 

 クラリスの挑発に、アンジェリカがすうと目を細めた。付き合いの短いハーヴェイでも分かる、これは逆鱗に触れた。

 

 

「一人だけ悲劇のヒロインにでもなったつもりか? 専属奴隷まで連れて、随分と派手に振る舞いだしたな。お淑やかな姿は猫をかぶっていたと見える」

「――っ、あ、あんたに何が分かるのよ!」

 

 

 盛大に言い立てるアンジェリカに、クラリスが反射的に掴みかかろうとし、取り巻きたちに止められた。腐っても公爵令嬢、こんなことで敵対したくなどない。

 何とか抑え込まれ、しかし憤懣遣る方ない様子のクラリスは、目を背けたままのジルクをきっと睨んだ。

 

 

「次も出てきなさいよ。公衆の面前でボコボコにしてあげるわ。これからずっと仕返しをしてあげる。泣いて許しを請うのね。そんな事をしても、絶対に許さないけど!」

「……それで貴方の気が収まるのなら、存分にすると良いでしょう。ただし、マリエさんや他のみんなへ何かすれば、私は貴方を絶対に許しません」

 

 

 ジルクの言葉に、ハーヴェイは無言で鼻を鳴らした。ユリウスら五人の婚約者たちは、マリエを巡って一方的に婚約破棄をされるという、それなりに理不尽な目に遭っているわけだが、その中でもクラリスは特に深い恨みを抱えているらしい。決して幸福である確率が高くないホルファート貴族の婚約事情だが、彼らに限っては良好な方だったのかも知れない。そんな好意への裏切りは、反転した怨恨という形で応報してきたわけだ。憎悪の矛先を都合よく変えられるほど、ジルクの罪は浅くない。

 

 

「先輩、復讐は何も生み出しはしませんよ。もっと大事な――」

「知ったようなことを言ってんじゃないわよ! 何も生み出さない? だから? それがどうしたのよ!」

「はいぃすみません!」

「……何で口答えできると思ったのかしら、あの女」

「さぁ……?」

 

 

 一方、きりりと表情を正したマリエが乱入するも、激昂するクラリスの言葉にすぐ大人しくなった。

 何しろ二人の関係をぶち壊した張本人である。ジルク以上に憎まれていても(おか)しくない立場で、よくもまあ平然と居直れるものだ。

 

 

「その辺で良いだろう。アンジェリカもそんな目をマリエに向けるな」

「……申し訳ありません、殿下」

「クラリス先輩。ジルクのことが許せないのは理解している。だが、もうこんな事は止めて欲しい。貴方のためにもならない」

「……殿下がそれを言いますか」

 

 

 ユリウスの諫めを、しかしクラリスは昏い笑みとともに笑い飛ばした。

 

 

「たった一人の女のために、どれだけの人間が不幸になったか分かりますか? アンジェリカだけじゃない。私や、他の婚約者たちが陰で何て言われているかご存じで? 知らないですよね。貴方たちが知るわけがない!」

「……俺たちに説教をする権利がないのは分かっている。だが、こんなことを続けさせるわけには行かない。貴女自身のためにもならない」

 

 

 あくまでも毅然と言い返すユリウスに、今度はリオンが鼻を鳴らす番だった。

 

 

「台詞までイケメンだな。マリエに誑かされて婚約者を捨てた男なのに、説得力があるように聞こえるのが凄いよね。やっぱり顔って大事だな」

「リオンさん、めっ! そんなことを言ったら駄目です。だから、めっ!」

「何今のかわいい。もっかいやって」

「え、え? ……めっ、ですよ、リオンさん!」

『何を遊んでいるんだい、きみたち』

 

 

 何かリオンの心の琴線に触れたのだろうか。緊迫した空気をぶち壊すかのようなやり取りが、医務室の隅で広げられていた。

 

 

「……ちょっと」

「あ、ハイ、すみません。続けて」

 

 

 そんな緩いやり取りに気分を害したのか、先程まで論争していたクラリスがリオンを睨む。委縮した彼は黙って置物になることにした。

 

 

「出てくるなら次も叩き潰してあげるわ。出てこなくても、代役を潰すわよ。あんたたちには思い知らせてやる……絶対に許さないから」

 

 

 それだけ言い捨てると、クラリスは取り巻きたちとともに医務室を出ていった。後には、何とも言い難い緊張感が残された。

 

 

「……これ、次のレースは代役が立てられないよね? 誰も代わりになりたくないだろうし」

 

 

 そんなリオンの言葉を聞きとめたのか、ジルクが無理矢理に立ち上がった。

 

 

「――くっ!」

「ジルク、止めろ!」

「放してください、殿下。私が出れば誰も傷つきません。これが一番冴えたやり方です」

『……何を気取っているんだ、あれは? 史上類を見ない泥仕合だと思うが』

「ねー」

 

 

 ユリウスに抑えつけられながらも諦めないジルクの姿は、献身的に見えて、その実滑稽だった。「そもそもお前が婚約破棄しなければ起こらなかった問題だろうが」と思っているのは、ハーヴェイら六人だけらしい。

 そんな押し問答の横で、実行委員たちがひそひそ話を始めた。

 

 

「ね、ねぇ、バルトファルトはどう?」

「成績はギリギリ選手レベルだけど……」

「どうせボコボコにされるなら、ジルク様よりもこいつじゃない?」

「オイ最後の奴前に出てこい」

 

 

 反射的にツッコミを入れたリオンに、医務室中の視線が集中する。それを庇うように、アンジェリカが立ち塞がった。

 

 

「リオンを出場させるつもりはない。こんな話を知った上で、出場などさせられるものか。悪いが棄権する」

 

 

 それを聞いて、マリエが目の色を変えた。相当慌てている様子だ。先の金の話といい、何が彼女を駆り立てるのだろうか。

 

 

「待ってよ! 賞金はどうなるのよ! エアバイクのレースには期待していたのに!」

「だから何だというのよ。一から十まで貴女の都合じゃないの」

「そんな物のために、これ以上の怪我人を出せるものか」

 

 

 アデルとアンジェリカの言葉に、リオンがほっと胸をなでおろす。彼にも嫌われ者の自覚があるようだ。

 しかし、周りは同意見ではない様子だった。

 

 

「で、でも、それをするとアンジェリカ様の評判が」

「そうよね。代役も立てられないなんて学年の代表として問題に……」

「あー、誰かが出てくれれば……」

「そこのお前、さっきから露骨過ぎんだよ」

 

 

 好き放題な言いようである。堪らずツッコむリオンに向けて、マリエが畳みかけるように口を開いた。

 

 

「そ、そうよ! あんたが出ないとそこの女が困ることになるわよ! ね、ユリウス!」

「あ、あぁ、アンジェリカは一学年の代表みたいなものだからな。代理を用意できないのはアンジェリカの手腕というか……まぁ、評判に関わるかな?」

「……まじ?」

「……私のことは気にするな。わざわざ怪我をする必要もない。お前には、これ以上の迷惑はかけられないからな」

 

 

 目の色を変えたリオンに対し、アンジェリカは困ったような表情を浮かべながらも否定した。ところで、「何でユリウス殿下が代表じゃないんです?」というケイトの疑問には、誰も答えられなかった。

 リオンの脳裏で目まぐるしく思考が回る。己の保身、ユリウスらへの暴挙、公爵の後ろ盾、アンジェリカの評判、ヴィンスの鋭い目つき――そして弾き出された答えは、

 

 

「……出場する」

「へ?」

 

 

 まさかの立候補だった。

 

 

「リオン、同情なら――」

「同情なんかじゃない! 決めた。俺は出場する。すぐに手続きをしてくれ。それからバイクの用意を」

 

 

 アンジェリカの制止も聞かず、何かに駆り立てられるような表情で捲し立てる。それを聞き届けた実行委員たちは、「やった。みんなに知らせてこよう~」と言いながら一人が医務室から出て行った。正しくバイクの手配をするのだろうか、それとも余計なことを言いふらすためか。

 

 

「リオンさん、無茶をしていませんか?」

「無茶? 違うな。これは意地だ!」

「だ、駄目だ。クラリスの所はエアバイクに長けた者が多い。去年の優勝者も、あいつの取り巻きの男子だぞ。ラフプレーも、その気になれば何をしてくるか分からない」

「それでもやらないといけない時があるんです!」

 

 

 オリヴィアやアンジェリカの説得にも耳を貸さない。傍から見れば、公爵令嬢のための立派な献身というところだろう。

 

 

「リオン……そ、そこまで言うならもう何も言わない。お前の勝利を祈ろう」

「わ、私も応援します! リオンさんのこと、凄く応援しますね!」

 

 

 ついに折れた二人の後ろで、マリエがふんと満足そうに鼻を鳴らした。

 

 

「あんたが出るなら安心ね。負けても嬉しい、勝ったら賞金は私の物。うん、大丈夫!」

 

 

 まったくもっていい度胸である。何ならリオンは、代役として賞金の折半を主張する権利があるはずだ。

 それが聞こえているのかいないのか、ジルクは悔しそうにリオンを見つめた。先の決闘で直接やり合っただけに、リオンに縋ることが気に食わないらしい。

 

 

「……今は貴方に頼るしかありませんね」

「泣いて喜べよ、陰険野郎。貸しにするからな」

「大きな借りになりそうですね」

「心配するな、利子がつく前に返してもらう」

 

 

 そう言い捨てると、リオンは心なしか緊張した様子で医務室を出ていった。

 

 

「……あれ、どう思う?」

『“灰鷹公”の怒り顔でも幻視したのかな』

「やっぱりそうよね。度胸があるのかないのか、どっちなのかしら……?」

 

 

 

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