鋼鉄の牙、乙女の幻想   作:竹河参号

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04.貴賤の溝

 医務室を出たハーヴェイたちは、大広間に張り出されたボードを目撃した。そこには多数の生徒が群がり、現在進行形で配当率が変動している。

 

 

「見て見て、オッズすごいことになってる! Mr.バルトファルトが出ることになった途端これよ!」

『無駄に情報の広がりが早いな……』

「お貴族サマってそんなんばっかりっすね……」

「これは流石にワクワクしちゃう! Mr.が嵌り込むのも頷けるわ!」

『自重してくれたまえよ、アデル。友人の首が回らなくなるざまなど見たくない』

 

 

 興奮した様子で腕を引くアデルに、ハーヴェイは呆れながら忠告した。彼女も限度を弁えている方ではあるが、同時に面白いことには何でも首を突っ込みたがる悪癖がある。せめて、その悪癖で窮地に陥らないことを祈るしかなかった。

 

 

「――ところで、貴方は良かったの?」

『うん?』

「ジルクの代打。純粋な技量で言うなら、Mr.より貴方じゃなくて?」

 

 

 冷静さを取り戻したアデルの言葉に、ハーヴェイは首を捻った。

 

 

「えー、坊ちゃんを危ない目に遭わせるわけにはいきませんよー」

「ま、それは私もそうなのだけれど。貴方自身は蚊帳の外にされて不満、とかないの?」

『別に? どこかの空力狂いじゃあるまいし、そこまでエアバイクに執着はないよ』

「あら、誰の話?」

『スピアリング家の提携企業のひとつに、“ディートフリート”という会社がある。本業はエアバイクメーカーで、うちにも魔導鎧用のブースターを卸してもらっているんだが……やたら空力に拘る、変な企業なんだ』

「坊ちゃんがここまで言うんだから相当っすよ。セド様も“安全性という言葉を知らんのか、あの変態共!”ってよく怒鳴ってます」

「え、メーカーの話よね? なにそれこわい」

 

 

 本当に怖い。現状こそ本業のエアバイク開発に集中しており、死亡事故などの大きな不祥事は起こしていないが、うっかりACの設計でも発注しようものなら、どんなゲテモノが出てくるか分かったものではない。例えば整流板にセンサーを付けただけの頭部パーツとか、空力優先で搭乗さえままならない剥き出しのコアブロックとか……あくまでもハーヴェイの妄想でしかないが、何となく確信めいたものがあった。――変態共についての妄想など止めよう。こちらの脳が汚染されそうだ。

 

 

『とはいえ、あのマーモリアの代わりが務まるほどの腕前があるように見えないのは事実だな。今度はロストアイテムを持ってくる余裕はないはずだが、さてどう対応するのやら……』

「……なーんだ、そっちが本音なのね」

「やっぱ悪巧みはお貴族サマのたしなみなんすね~」

「一緒にしないでちょうだい、この子猫ちゃん」

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

 飛行船の格納庫で、一台のエアバイクに取りつくモノがある。触手のようにマニピュレータを伸ばし、エアバイクのあちこちを改造するルクシオンの姿だった。

 そこに、ふたつの人影が近付いた。

 

 

『……ごきげんよう。今、話をする時間はあるかい?』

 

 

 ハーヴェイとケイトである。二人と一機しかいない格納庫の中で、両者は静かに対面していた。

 

 

【……わざわざマスターが不在の間を狙ってくるとは。貴方もマスターを陥れようという魂胆ですか?】

『そのつもりなら、きみに声をかける理由はないと思うが?』

 

 

 殊更に露悪的な問いかけをするルクシオンに対し、ハーヴェイは正論で躱した。

 

 

『この分だと、きみもマスターと一緒にレースに出るのかい? きみもなかなか好き者だな』

【厭味をどうも。私がサポートしないと、マスターに勝ち目はありませんから】

『まあ、どれでも結構さ。悠長に話をしている余裕がないことは分かった』

 

 

 「マスターに協力はするものの、その人間性や能力は全否定する」という態度に困惑しつつ、ハーヴェイは話を進めることにした。

 

 

【それで、何の用です?】

『時間がないようだから手短に。――きみと情報共有したいことがあるので、あとで詳細な話をしたい。できればきみのマスター抜きが望ましいが、きみが望むなら同席してもらっても構わない。

 連絡手段はきみに任せる。次のレース、応援しているよ』

 

 

 それだけ言い残すと、ハーヴェイは踵を返し格納庫から出ていった。対するルクシオンは、メモリ内のToDoリストに記録したきり、エアバイクの調整に戻った。

 ラウンジに戻る道すがら、ケイトは躊躇いがちに口を開いた。

 

 

「……あんだけで良かったんです?」

『忙しそうだからね。Mr.バルトファルトと鉢合わせると事態がややこしくなるし、長話になりかねないからしょうがない』

 

 

 ハーヴェイたちとルクシオンの接触の説明から始まり、リオンの正体にまで迫る問答に発展しかねないので、ここは内密にしておくのが上等だろう。彼らの反応からして、リオンにはまだ伝えていない可能性も高い。

 ラウンジに戻ると、アンジェリカとオリヴィア、そしてアデルが待っていた。ハーヴェイの顔を見るなり、アデルはにやりとあくどい笑みを浮かべた。

 

 

「ハァイ、悪巧みは終わったかしら?」

「……何のことだ?」

『言いがかりはよしてくれ。世間はきみのようなあくどい人間ばかりじゃないんだよ』

「貴方こそ、淑女に向かっての台詞ではなくてよ」

 

 

 ハーヴェイの空とぼけた言葉に、アデルはむっとする。とはいえ、あちこちでちょっかいをかけて遊ぶのが彼女の趣味だ。それに比べれば、自分など実直で清廉潔白だと半ば本気で思っている。

 一方、続々とコースに並ぶ選手たちを見ながら、オリヴィアは心配そうな表情を浮かべていた。

 

 

「リオンさん、大丈夫でしょうか……」

「え、何言ってるの貴女。大丈夫なわけないでしょ」

「えっ」

「出場するのがジルクや他の代打なら、クラリスの取り巻きに狙われるだけでしょうけど――よりによってMr.バルトファルトよ。決闘賭博の件で生徒の過半に恨まれてるし、下手をすると出場選手の中にもいる可能性が高いわ。袋叩き間違いなしよ」

「そ、そんな……!」

 

 

 滔々と語るアデルの説明に、オリヴィアは顔面蒼白になった。

 

 

「とはいえ、残念ながらMr.の自業自得。それも込みで想定して然るべきよ。あとはMr.が上手いこと切り抜けるのを祈るか――墜落した時のために安全ネットを用意しておくか、ね」

「わ、私、用意してきます!」

「ば、莫迦者! 一人で行ってどうする!?」

 

 

 アデルのジョークを真に受け、オリヴィアは一目散に駆け出した。アンジェリカもそれに追い縋る。

 アデルの軽口を大真面目に受け取る二人を見て、彼女はふふふと笑った。

 

 

「やだ、かわいい。からかい甲斐があっていいわね」

「アデル様、趣味わる~い」

『ほどほどにしたまえよ、アデル。Ms.オリヴィアの性格を知ってて煽るんじゃない』

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

 いよいよスタートした決勝戦。ラウンジは熱狂的な応援に包まれていた。

 

 

「やっちまえ!」

「そこよ。もっと抉り込むように!」

「ちょっと、生温いんじゃないの!」

 

 

 ……正確には選手たちではなく、リオンを取り囲んでボコボコにする様子の応援だったが。その醜態ぶりに、アデルも思わず閉口した。

 何しろ上下前後左右がっちり包囲している。下手をすれば自分さえ怪我しかねない状況で、よくもまあ八つ当たりに執心することができるものだ。

 

 

「……あの連中、気品とか知らないのかしら」

「……下手に止めても不満は溜まる。適度にガス抜きさせれば良い――とリオンも言っていたが、これは流石に」

「リオンさんが可哀想です……リオンさん、別に悪いことは……え、えっと」

『……割と派手にやらかしていると思うが』

「……無理をするな。あいつにも悪いところはあるが、ここまで言われる奴ではないと私たちが知っている。

 それにしても、クラリスの関係者が近づけないとは……」

 

 

 下手すれば己も巻き添えになる状況で、妨害行為などしようがない。本来の目的を果たすべく、一目散にリードを掻っ攫っている。

 ……それにしても、清々しいほどのラフプレーだ。本来止めるべき審判が何も警告しない辺り、買収されているようだ。王立学園の闇が見えた。

 

 

「へえ、アンタの取り巻き、本当に嫌われているわね」

 

 

 そんな五人の許に、歩み寄る集団があった。

 先頭にいるのはステファニー・フォウ・オフリー――今度はブラッドの元婚約者だ。さらにその裏側を知っているハーヴェイやアデルは、一気に不機嫌な表情を見せた。

 取り巻きと複数の使用人を多数引き連れながら、彼女は横柄な態度で歩み寄ってきた。

 

 

「リオンは取り巻きではない」

「そうなの? いつも一緒にいるから、そうとしか見えなかったわ。

 それにしても、アンタも人望がないわね。取り巻き連中がみんな裏切ったんでしょう? 今残ってるのは、あのスコップ野郎に、殺戮人形に、妾の子? ふふ、ひっどい面子! 裏切られるアンタにも問題があったんじゃないの?」

「――へぇ? 成金ふぜいの小娘が、随分と威勢がいいじゃない」

 

 

 上級貴族相手とは思えない言いように、アデルがすうと目を細める。一つでも言葉を間違えれば、実力行使に乗り出そうという気迫だ。それに気付く様子がない辺り、ステファニーもなかなか神経が図太いというべきか、どうか。

 

 

「そ、そんな事はありません。アンジェは悪くありません!」

「あっ、オリヴィアさん――」

 

 

 ケイトの制止も聞かず、アンジェリカを庇うように立ち塞がったオリヴィアだが――

 

 

「私たちの会話に割り込むんじゃないわよ、平民ふぜいが!」

「……え、あ」

 

 

 怒気を露わにしたステファニーの言葉に、思わず言葉を失った。

 思わずオリヴィアを庇おうとしたアンジェリカに向かって、ステファニーが嘲る様子で続けた。

 

 

「アンタも変わったわね。取り巻き連中に裏切られて弱気になってしまったのかしら? 昔のアンタときたら、あんなに平民を見下していたのに。もしかして、気落ちして平民に縋ったのかしら? 惨めなものね!」

 

 

 その言葉に、オリヴィアがはっとアンジェリカを振り向いた。信じられない、という顔に、動揺したのはアンジェリカだった。

 

 

「……ち、違う。リビア、私は」

「――あ」

「オリヴィアさん!」

 

 

 咄嗟に逃げ出したオリヴィアを追おうとして、アンジェリカの足が止まった。

 

 

(……私に追いかける権利があるのか)

 

 

 ――仮にも公爵令嬢、今回のような特例を除けば、平民と交流する機会など一切ない。彼らの日常や生活を知らず、『放っておいても勝手に()えていく有象無象』と見下していた。そんな自分に、オリヴィアを慰める権利があるというのか。

 思わずショックを受けたアンジェリカを嘲笑うように、ステファニーが口を開いた。

 

 

「あ~あ、逃げられちゃった。せっかく飼ったお友達も冷たいものよね。()()()にはちゃんと愛情を注がないとダメよ?」

 

 

 厭味ったらしいステファニーの言葉に、アンジェリカは思わず拳を上げようとし――

 

 

“――汝、大輪をもて蝋の翼を焼き焦がせ。空を侵す傲慢に、偉大なる誅罰を”

 

 

 アデルの詠唱とともに、ごおと炎の渦が生じ、ステファニーとその取り巻きを呑み込んだ。

 

 

「ぎゃぁぁあああっ!?」

「ぐわぁぁぁああああ!?」

 

 

 巨大な炎の渦にステファニーらが悲鳴を上げるのを見て、周囲の生徒たちは怯えて逃げ出した。

 

 

「ギャー!? アデル様、何やってんですかー!?」

「お仕置きよ。身の程をわきまえない()には、きちんと躾をしてあげないと」

 

 

 ステファニーらが悶え苦しむのを見ながら、アデルは冷たい表情で言い放った。思わぬ凶行に、激昂しかけたアンジェリカさえ冷静さを取り戻す。

 

 

「あ、アデル、お前」

『――火加減は調節したまえよ、アデル。そろそろスプリンクラーが作動する』

「いや止めて下さいよ坊ちゃん!!」

『無理だよ。あのアデルが実力行使に出たんだ、そうそう止まるものじゃない』

 

 

 ハーヴェイはといえば、眼下のレースを見物するばかりで、アデルを止めるどころか、取ってつけたような忠告を並べるだけだった。それほど、アデルの本気を正しく理解している。

 

 

「安心しなさい、私はアンジェと違って繊細だから、一撃で焼き殺すなんて真似はしないの。

 ――つまり生かさず殺さず、たっぷり苦しませてあげるって意味だけれど」

 

 

 にいと頬に手を添えながら語るアデルは、しかし絶対零度もかくやという視線を向けていた。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 遊覧飛行船の甲板の隅、備え付けられた椅子に座り込んでいたオリヴィアの許に、ハーヴェイとケイトがやってきた。

 

 

『そろそろ、落ち着いたかね』

 

 

 ハーヴェイの言葉に、オリヴィアはゆっくりと顔を上げた。眦が赤く腫れている。

 

 

「ハーヴェイさん……私、どうしたら良いのか分からなくなりました」

 

 

 無理矢理笑顔を取り繕うとして、失敗して不格好な表情が出来上がったオリヴィアの隣に、ハーヴェイは静かに座り込んだ。

 

 

「私は……アンジェと友達になれていましたか? なれたと思いますか?」

 

 

 その問いに、ハーヴェイはしばらく逡巡した。この聡明だが繊細な少女が相手では、何を言ったところで傷つけるだけだ。

 

 

『甘い嘘と、苦い真実。どちらが良い?』

「……苦い真実でお願いします」

『そうか。――強いな、君は』

 

 

 あれだけの暴言を突き付けられてなお、彼女は現実に立ち向かう気力があるらしい。見かけによらず気丈な少女だな、とハーヴェイは思った。

 

 

「ってわけで、甘いものを持ってきました。どうぞ~」

 

 

 そう言うと、ケイトは温かいココアを差し出した。

 

 

「ありがとうございます、ケイトさん。本当に不思議な人ですね」

「にゃにゃ、褒められちゃった」

 

 

 目を丸くしながら受け取るオリヴィアの礼に、ケイトはおどけた。この場では唯一の清涼剤と言っていい。ハーヴェイは彼女の存在に心から感謝した。

 それはそれとして――ハーヴェイは望み通り現実を突きつけることにした。ココア一杯では、到底飲み干せないほどの苦い現実を。

 

 

『――“限りなく難しい”、それが現実だ。

 貴族というものは、とかく面子(メンツ)で食っている商売だ。どうしても本人だけではなく、付き合う者の“格”とやらまで含めて評価されてしまう。その点、平民と付き合いがあるというのは、――個人的には美徳だとは思うが――そう思わない連中が牛耳っているのが、ホルファートの貴族社会だ。どう取り繕っても、マイナスにしかなるまい。

 それでなくても、きみと彼女では、根本的に人生経験が違う。生活や環境が違いすぎて、共通点が何もない。これまでうまくいっていたことこそ、奇跡のようなものだ』

 

 

 ぽつぽつと、静かに言い聞かせるハーヴェイの横で、嗚咽が響いた。再び涙腺が決壊したオリヴィアは、ただ静かに泣きじゃくることしかできなかった。

 

 

「私、ようやく学園で同性の友達が出来て、嬉しくて……でもやっぱり、駄目みたいです」

 

 

 ハーヴェイ(C4-621)は友達の作り方など知らない。――硝煙とコーラルに、全て塗り潰されてしまった。

 

 

「今日も、私のせいでアンジェがたくさん責められてました」

 

 

 ハーヴェイ(C4-621)の人間関係は、いつもカメラアイと銃口の先にあった。

 

 

「……私、アンジェの側にいると迷惑になります」

 

 

 さめざめと泣く友人(オリヴィア)の慰め方を、ハーヴェイ(C4-621)は知らなかった。

 

 

 

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