鋼鉄の牙、乙女の幻想   作:竹河参号

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05.謀略の燻り

 その夜。ハーヴェイとケイトの二人は、自室でルクシオンを待ち構えていた。

 

 

「……連絡、来ませんねぇ」

『そうだね』

 

 

 時間がなかったとはいえ、連絡手段を任せたのは悪手だったかもしれない。そんな風に思いながら待っていると、ふとこんこんと窓から音がした。

 

 

「ん?」

『――ケイト、窓を開けて』

「え? もう寒いですよ、この時期」

『いいから』

 

 

 首を捻りながら、主人の命令通り窓を開けるケイト。ひやりとした夜風が入り込むのに乗じて、するりと何かが滑り込んだ。

 

 

【――こんばんは。いい夜ですね、ハーヴェイ・フィア・スピアリング】

「うにゃーっ!?」

『ようやく来てくれたか。待ち侘びたよ』

 

 

 室内に突然現れた金属球に、ケイトが思わず悲鳴を上げた。光学迷彩を解いたルクシオンだ。

 ともあれ、これでようやく話ができる。ケイトが窓を閉めると、まずルクシオンが切り出した。

 

 

【それで? 貴方の用件を伺いましょう】

『まず最初に、きみのマスターの認知状況について。きみと僕が接触したことについて、Mr.バルトファルトには話したかい?』

【いいえ、話していません。マスターにそれを話すと、私の製造目的――つまり“旧人類と新人類の戦い”に向き合ってもらう必要がありますが、マスターにそのような決断力はありませんので】

『先に目の前の些事――ウェインの依頼を片付けてから、ということだね?』

 

 

 ハーヴェイの確認に、ルクシオンは【そうですね】とだけ返した。ハーヴェイは眉をひそめた。

 

 

『あらましはアデルから聞いている。ウェイン準男爵本人はともかく、その寄親オフリーは何かと黒い噂の絶えない輩だ。だいたいフランプトン派である連中が、Ms.レッドグレイブと懇意にしているMr.を頼る理由などどこにもない。――端的に言って、罠の可能性が非常に高い。彼はそれを理解しているかい?』

【えぇ。その上で、“どうしても請ける必要がある”と語っていました】

『彼の善意ではなく、必要性に駆られてのことだと? Ms.オリヴィアの立場を慮ってのことか?』

【いいえ――マスターの目的は、“聖遺物”です】

『なんだと?』

 

 

 意外な答えに、ハーヴェイは目を剥いた。いまひとつ理解していないケイトが、首を捻る。

 

 

「せーいぶつ……って、何すか?」

『神殿の信仰に関わる特別なアイテムだよ。初代聖女の装備品で、“杖”“腕輪”“首飾り”の三つが該当する。“聖女の杖”は神殿が保管しているが、残り二つは失逸しているそうだ』

【そのうちの片割れ、“聖なる首飾り”がマスターの目的です。例の空賊が持っているらしいので、それを確保するのがマスターの真意です】

『……解せないな。わざわざ聖遺物を求めるほど敬虔な人物には見えないが……彼はそれをどこで知った?』

【お答えできません】

 

 

 ここに来て、ルクシオンは明確な回答拒否を示した。むっと不機嫌になるケイトを抑え、ハーヴェイは質問を重ねる。

 

 

『それを欲する目的とは?』

【お答えできません。“マスターにとって、今後必要になる”――とだけ申し上げましょう】

『その空賊とやらが保持している理由は?』

【お答えできません。おそらくは、マスター自身も】

 

 

 回答拒否を重ねつつ、断片的な情報を与えるルクシオンに対し、ハーヴェイは静かに思考を整理した。

 何らかの理由で空賊が“首飾り”を有しているが、その理由はルクシオンも答えられない。信仰心ではなく、何らかの目的意識があってそれを求めている――リオン自身がルクシオンに隠し事をする理由はないだろう。つまりリオンは『空賊が保有している』という情報しか持っておらず、しかしその出処と信頼性については確信がある、ということか。同じように、『何のために“首飾り”が必要になるか』も、漠然としているが確実な根拠を有しているということだろう。

 

 

(――存外に親切だな、AIというものは)

 

 

 表向き回答を拒否しつつ、断片的な情報を提供し、整理する術を与える。“おしゃべり”な友人も、言葉少なながらも必要な情報を的確に提供してくれた。あるいは『奉仕精神』に相当するものを、AIは本質的に有しているのかも知れない。

 

 

「えっと、話をまとめると……Mr.バルトファルトはMs.ウェインの、というか寄親のオフリーの罠だってことには気付いてる。ただ、その空賊が持ってる“聖なる首飾り”が必要だから、騙されたフリをして取りに行く――ってことっすか?」

【その通りです】

『当の空賊がMs.ウェインの説明以上の戦力を保有している可能性も、何ならオフリー自身が出張ってくる可能性も高い。彼はどう対処するつもりだ?』

【あくまでも、アロガンツとパルトナーのみで対応可能だと判断しているようです】

『……きみはどう見ている?』

【慢心があることは否めません。――が、私としても、新人類の軍事力は確認しておきたい。少なくとも私の観測データ上、パルトナー単騎で対処可能かと】

『大物見、というやつか。きみも存外に大胆だな』

 

 

 ルクシオンの挑戦的な発言に、ハーヴェイも思わず口角が緩んだ。“灰かぶり”の恩人と同じように、時には大胆な行動も必要なのかも知れない。

 だが――問題はルクシオンの、あるいはアロガンツやパルトナーの戦力そのものではない。

 

 

『……ふたつ、確認したいことがある』

 

 

 それを有するリオンの方だ。

 

 

『きみの存在は軍事的にはともかく、政治的にはほぼ無力だ。オフリーとの衝突が発生した場合、Mr.が単独で交渉することになるが、彼の政治力で切り抜けられると思うか?』

【おそらく、マスターはそこまで想定していません。が、よしんばその状況が発生したとしても、自分の口八丁でどうにかなるとでも思っていることでしょう。主にパルトナーを脅し道具として】

『砲艦外交じゃないか……』

「ほーかんがいこー」

『“言うこと聞かないなら砲弾をぶち込むぞ”という交渉術だ。外交手段としては下劣の極みだよ。……Ms.レッドグレイブにそれとなく連絡しておくべきだと思うが、手配は必要か?』

【アンジェリカもあの場にいたので、罠の可能性には気付いていると思われます。しかし確証を得られない限り、レッドグレイブ家として動くことはできないかと】

「“黄道十四宮(ゾディアック)”に動いてもらいます?」

『……正直なところ、現時点で表立って衝突するのは避けたいな。動いてもらうならレッドグレイブの方がいい。

 ――ただ、“哨戒任務で()()付近に展開していた”というシナリオが欲しければ、不可能ではない。空域に直接侵入することは難しいがね』

【必要ないとは思いますが、準備はしておくことに越したことはありません。私たちの関係についての説明もスムーズになりますし、お願いしておきましょう】

『了解した。セド兄上に相談しておこう』

 

 

 ウェイン領主そのものとは縁がないが、その周辺に関係者の領土があったはずだ。魔獣駆除のため哨戒という建前で動かせるか相談してみよう。

 

 

『もうひとつ。彼の真意を踏まえるなら、最低でも空賊討伐、あるいはその後にオフリーとの軍事衝突を覚悟しなければならない状況だ。彼はその意味を、()()()理解しているかい?

 ――もっと直截に言おう。彼に“人を殺す覚悟”はあるのかい?』

【ありませんね】

「うぇっ」

 

 

 ルクシオンの断言に、ケイトがぎょっとした。問うたハーヴェイ自身も、眉をひそめている。

 殺人の覚悟がある――それ自体は、決して褒められたものではない。王国の防人(さきもり)たるスピアリング家の責務として必要なのであって、小さな浮島を管理するだけの、戦士ではないリオンが有している必要はないだろう。だがそれは、時に致命的な隙を見せることになる。少なくとも、旧人類の兵器たるルクシオンにとってはそのはずだ。

 

 

『――きみは、“マスターの意志に従うこと”を最重要視しているように見受けられる。彼がそんなざまでは、“新人類の打倒”は難しいと思うが……いいのかい?』

【必要ありません。私の製造目的は、“マスターの生命維持と命令遂行”ですので。新人類の殲滅は、今のマスターが寿()()()死んだ後、新しいマスターを見つけてからでも遅くはありません】

「こっわこの人。……人?」

『――……そうか』

 

 

 ルクシオンの冷徹な物言いに、ハーヴェイはそれ以上の追及ができなかった。ルクシオンはあくまで『命令に従っている』だけであって、『リオン個人に忠誠を誓っている』わけではないようだ。“おしゃべり”な友人との、決定的な違いだった。

 

 

『これ以上は、Mr.が加わらないと進展しないだろう。僕からは以上だ、ご足労をかけて悪かったね』

「足ないっすけどね……」

【分かりました。では失礼します】

 

 

 それだけ言い残したルクシオンは、ケイトが再び開けた窓から出ていき、光学迷彩で姿を消した。

 あとには、何とも言えない雰囲気の二人が残された。

 

 

「……よかったんすか、あれ」

『……良くはない。良くはないが……』

 

 

 ハーヴェイの――あるいはリオン自身の想像以上に、彼は重大な瀬戸際に立たされている。そして困ったことに、それを助ける術は限られている。

 

 

『――……どうなろうと、Mr.バルトファルトの人生だ。僕たちが口を挟めることじゃないさ』

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

「解せん!」

 

 

 スピアリング家本邸にて。次兄セドリックに対して、ところどころを伏せて事情を説明した結果が、この回答だった。

 

 

「仮に本当に必要な行為だとして、何故オフリーの罠という体を取る!? 仮に政治工作だとして、何故お前が表立って協力を申し出ない!? まるで雲を掴むような話だ、まったく要領を得ん!」

「うにゃにゃ~……」

 

 

 セドリックの怒声に、二人は全く反論できなかった。

 まったくもって正論である。何しろリオン本人にも伏せた秘密作戦だ、それ相応の理由が必要になる。

 

 

「だいたい、その聖遺物を確保して何の意味がある!? バルトファルトめは、神殿との繋がりが欲しいのか!?」

『十中八九そうだとは思いますが、具体的には……』

「そんなあやふやな話で部隊を動かしてたまるか! ふざけているのか、お前は!!」

 

 

 叱りつけるセドリックに対し、ハーヴェイはいよいよ困窮した。

 

 

『……困ったな。兄上に嘘偽りを話したくないし、情報を伏せるのは本当に心苦しいのだが――なにぶん、説明が非常に難しくて……』

「具体的な根拠もなしに兵を動かせるか! お前が逆の立場なら、同じように思うだろうが!」

「で、でも……」

『全くもって仰る通りだ。――Mr.に近しい人物からの情報で、確度は間違いないのですが……うーん……』

「話にならん! それでもスピアリング家の戦士か、お前は!」

 

 

 カバーストーリーの構築自体が困難な話だ。セドリックの罵声を浴びながら、ハーヴェイはただ唸るしかなかった。

 

 

「――ところで! ウェイン領といえば、ウェルトン領に隣接しているな!」

「にゃ?」

 

 

 セドリックの急な話題転換に、ケイトが素っ頓狂な声を上げた。

 

 

「先日、我らが盟友ウェルトン子爵より、“ウィングシャーク”なる空賊共による被害について相談があった! 第三隊“牡牛(タウルス)”で該当空域の哨戒を行う予定だったが、第三隊長が()()()アサインできなくなった! 第九隊“(スコーピオ)”による代行は可能か!」

「……それって……」

 

 

 ケイトはハーヴェイに視線を向けた。つまり、セドリックの代わりとして、哨戒任務を譲ってくれるということか。

 

 

『――はい。第九隊長以下、全員出撃可能です』

「ならば良し! これより第三隊長から第一隊“蛇遣い(オピュクス)”へアサイン変更を申請する! 第九隊長以下、速やかに出撃準備を整えろ!」

『了解しました。――ありがとうございます、兄上』

「礼など要らん! さっさと支度をしてこい!」

「え、セド様照れてる。かっわい~」

「やかましい!!」

 

 

 

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