その夜。ハーヴェイとケイトの二人は、自室でルクシオンを待ち構えていた。
「……連絡、来ませんねぇ」
『そうだね』
時間がなかったとはいえ、連絡手段を任せたのは悪手だったかもしれない。そんな風に思いながら待っていると、ふとこんこんと窓から音がした。
「ん?」
『――ケイト、窓を開けて』
「え? もう寒いですよ、この時期」
『いいから』
首を捻りながら、主人の命令通り窓を開けるケイト。ひやりとした夜風が入り込むのに乗じて、するりと何かが滑り込んだ。
【――こんばんは。いい夜ですね、ハーヴェイ・フィア・スピアリング】
「うにゃーっ!?」
『ようやく来てくれたか。待ち侘びたよ』
室内に突然現れた金属球に、ケイトが思わず悲鳴を上げた。光学迷彩を解いたルクシオンだ。
ともあれ、これでようやく話ができる。ケイトが窓を閉めると、まずルクシオンが切り出した。
【それで? 貴方の用件を伺いましょう】
『まず最初に、きみのマスターの認知状況について。きみと僕が接触したことについて、Mr.バルトファルトには話したかい?』
【いいえ、話していません。マスターにそれを話すと、私の製造目的――つまり“旧人類と新人類の戦い”に向き合ってもらう必要がありますが、マスターにそのような決断力はありませんので】
『先に目の前の些事――ウェインの依頼を片付けてから、ということだね?』
ハーヴェイの確認に、ルクシオンは【そうですね】とだけ返した。ハーヴェイは眉をひそめた。
『あらましはアデルから聞いている。ウェイン準男爵本人はともかく、その寄親オフリーは何かと黒い噂の絶えない輩だ。だいたいフランプトン派である連中が、Ms.レッドグレイブと懇意にしているMr.を頼る理由などどこにもない。――端的に言って、罠の可能性が非常に高い。彼はそれを理解しているかい?』
【えぇ。その上で、“どうしても請ける必要がある”と語っていました】
『彼の善意ではなく、必要性に駆られてのことだと? Ms.オリヴィアの立場を慮ってのことか?』
【いいえ――マスターの目的は、“聖遺物”です】
『なんだと?』
意外な答えに、ハーヴェイは目を剥いた。いまひとつ理解していないケイトが、首を捻る。
「せーいぶつ……って、何すか?」
『神殿の信仰に関わる特別なアイテムだよ。初代聖女の装備品で、“杖”“腕輪”“首飾り”の三つが該当する。“聖女の杖”は神殿が保管しているが、残り二つは失逸しているそうだ』
【そのうちの片割れ、“聖なる首飾り”がマスターの目的です。例の空賊が持っているらしいので、それを確保するのがマスターの真意です】
『……解せないな。わざわざ聖遺物を求めるほど敬虔な人物には見えないが……彼はそれをどこで知った?』
【お答えできません】
ここに来て、ルクシオンは明確な回答拒否を示した。むっと不機嫌になるケイトを抑え、ハーヴェイは質問を重ねる。
『それを欲する目的とは?』
【お答えできません。“マスターにとって、今後必要になる”――とだけ申し上げましょう】
『その空賊とやらが保持している理由は?』
【お答えできません。おそらくは、マスター自身も】
回答拒否を重ねつつ、断片的な情報を与えるルクシオンに対し、ハーヴェイは静かに思考を整理した。
何らかの理由で空賊が“首飾り”を有しているが、その理由はルクシオンも答えられない。信仰心ではなく、何らかの目的意識があってそれを求めている――リオン自身がルクシオンに隠し事をする理由はないだろう。つまりリオンは『空賊が保有している』という情報しか持っておらず、しかしその出処と信頼性については確信がある、ということか。同じように、『何のために“首飾り”が必要になるか』も、漠然としているが確実な根拠を有しているということだろう。
(――存外に親切だな、AIというものは)
表向き回答を拒否しつつ、断片的な情報を提供し、整理する術を与える。“おしゃべり”な友人も、言葉少なながらも必要な情報を的確に提供してくれた。あるいは『奉仕精神』に相当するものを、AIは本質的に有しているのかも知れない。
「えっと、話をまとめると……Mr.バルトファルトはMs.ウェインの、というか寄親のオフリーの罠だってことには気付いてる。ただ、その空賊が持ってる“聖なる首飾り”が必要だから、騙されたフリをして取りに行く――ってことっすか?」
【その通りです】
『当の空賊がMs.ウェインの説明以上の戦力を保有している可能性も、何ならオフリー自身が出張ってくる可能性も高い。彼はどう対処するつもりだ?』
【あくまでも、アロガンツとパルトナーのみで対応可能だと判断しているようです】
『……きみはどう見ている?』
【慢心があることは否めません。――が、私としても、新人類の軍事力は確認しておきたい。少なくとも私の観測データ上、パルトナー単騎で対処可能かと】
『大物見、というやつか。きみも存外に大胆だな』
ルクシオンの挑戦的な発言に、ハーヴェイも思わず口角が緩んだ。“灰かぶり”の恩人と同じように、時には大胆な行動も必要なのかも知れない。
だが――問題はルクシオンの、あるいはアロガンツやパルトナーの戦力そのものではない。
『……ふたつ、確認したいことがある』
それを有するリオンの方だ。
『きみの存在は軍事的にはともかく、政治的にはほぼ無力だ。オフリーとの衝突が発生した場合、Mr.が単独で交渉することになるが、彼の政治力で切り抜けられると思うか?』
【おそらく、マスターはそこまで想定していません。が、よしんばその状況が発生したとしても、自分の口八丁でどうにかなるとでも思っていることでしょう。主にパルトナーを脅し道具として】
『砲艦外交じゃないか……』
「ほーかんがいこー」
『“言うこと聞かないなら砲弾をぶち込むぞ”という交渉術だ。外交手段としては下劣の極みだよ。……Ms.レッドグレイブにそれとなく連絡しておくべきだと思うが、手配は必要か?』
【アンジェリカもあの場にいたので、罠の可能性には気付いていると思われます。しかし確証を得られない限り、レッドグレイブ家として動くことはできないかと】
「“
『……正直なところ、現時点で表立って衝突するのは避けたいな。動いてもらうならレッドグレイブの方がいい。
――ただ、“哨戒任務で
【必要ないとは思いますが、準備はしておくことに越したことはありません。私たちの関係についての説明もスムーズになりますし、お願いしておきましょう】
『了解した。セド兄上に相談しておこう』
ウェイン領主そのものとは縁がないが、その周辺に関係者の領土があったはずだ。魔獣駆除のため哨戒という建前で動かせるか相談してみよう。
『もうひとつ。彼の真意を踏まえるなら、最低でも空賊討伐、あるいはその後にオフリーとの軍事衝突を覚悟しなければならない状況だ。彼はその意味を、
――もっと直截に言おう。彼に“人を殺す覚悟”はあるのかい?』
【ありませんね】
「うぇっ」
ルクシオンの断言に、ケイトがぎょっとした。問うたハーヴェイ自身も、眉をひそめている。
殺人の覚悟がある――それ自体は、決して褒められたものではない。王国の
『――きみは、“マスターの意志に従うこと”を最重要視しているように見受けられる。彼がそんなざまでは、“新人類の打倒”は難しいと思うが……いいのかい?』
【必要ありません。私の製造目的は、“マスターの生命維持と命令遂行”ですので。新人類の殲滅は、今のマスターが
「こっわこの人。……人?」
『――……そうか』
ルクシオンの冷徹な物言いに、ハーヴェイはそれ以上の追及ができなかった。ルクシオンはあくまで『命令に従っている』だけであって、『リオン個人に忠誠を誓っている』わけではないようだ。“おしゃべり”な友人との、決定的な違いだった。
『これ以上は、Mr.が加わらないと進展しないだろう。僕からは以上だ、ご足労をかけて悪かったね』
「足ないっすけどね……」
【分かりました。では失礼します】
それだけ言い残したルクシオンは、ケイトが再び開けた窓から出ていき、光学迷彩で姿を消した。
あとには、何とも言えない雰囲気の二人が残された。
「……よかったんすか、あれ」
『……良くはない。良くはないが……』
ハーヴェイの――あるいはリオン自身の想像以上に、彼は重大な瀬戸際に立たされている。そして困ったことに、それを助ける術は限られている。
『――……どうなろうと、Mr.バルトファルトの人生だ。僕たちが口を挟めることじゃないさ』
◇ ◇ ◇
「解せん!」
スピアリング家本邸にて。次兄セドリックに対して、ところどころを伏せて事情を説明した結果が、この回答だった。
「仮に本当に必要な行為だとして、何故オフリーの罠という体を取る!? 仮に政治工作だとして、何故お前が表立って協力を申し出ない!? まるで雲を掴むような話だ、まったく要領を得ん!」
「うにゃにゃ~……」
セドリックの怒声に、二人は全く反論できなかった。
まったくもって正論である。何しろリオン本人にも伏せた秘密作戦だ、それ相応の理由が必要になる。
「だいたい、その聖遺物を確保して何の意味がある!? バルトファルトめは、神殿との繋がりが欲しいのか!?」
『十中八九そうだとは思いますが、具体的には……』
「そんなあやふやな話で部隊を動かしてたまるか! ふざけているのか、お前は!!」
叱りつけるセドリックに対し、ハーヴェイはいよいよ困窮した。
『……困ったな。兄上に嘘偽りを話したくないし、情報を伏せるのは本当に心苦しいのだが――なにぶん、説明が非常に難しくて……』
「具体的な根拠もなしに兵を動かせるか! お前が逆の立場なら、同じように思うだろうが!」
「で、でも……」
『全くもって仰る通りだ。――Mr.に近しい人物からの情報で、確度は間違いないのですが……うーん……』
「話にならん! それでもスピアリング家の戦士か、お前は!」
カバーストーリーの構築自体が困難な話だ。セドリックの罵声を浴びながら、ハーヴェイはただ唸るしかなかった。
「――ところで! ウェイン領といえば、ウェルトン領に隣接しているな!」
「にゃ?」
セドリックの急な話題転換に、ケイトが素っ頓狂な声を上げた。
「先日、我らが盟友ウェルトン子爵より、“ウィングシャーク”なる空賊共による被害について相談があった! 第三隊“
「……それって……」
ケイトはハーヴェイに視線を向けた。つまり、セドリックの代わりとして、哨戒任務を譲ってくれるということか。
『――はい。第九隊長以下、全員出撃可能です』
「ならば良し! これより第三隊長から第一隊“
『了解しました。――ありがとうございます、兄上』
「礼など要らん! さっさと支度をしてこい!」
「え、セド様照れてる。かっわい~」
「やかましい!!」