鋼鉄の牙、乙女の幻想   作:竹河参号

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序:スピアリングの殺戮人形

 スピアリング侯爵家の三男坊として産まれたハーヴェイ少年は、奇矯で知られた。

 

 その“発端”を探るのであれば、彼が五歳の頃だろう。

 季節外れの熱病にかかり、幼い彼は十日ほど生死を彷徨った。家長ダグラス氏は大枚をはたいて医者を呼んだが、原因不明の熱病に医者すら匙を投げる有様だった。いざ熱が引いたかと思うと、嘘のように体調が安定し、これでひと安心と妻ユーリエとともに安堵したのも束の間、ハーヴェイ少年は覚醒と共に絶叫を上げ、手足を振り乱して暴れ始めた。

 言葉を選ばず語るなら、まさしく発狂である。

 所詮は五歳児、大の大人が本気で掛かれば抑えつけられる程度の狂乱であったが、しかしその程度で、彼の心に起きた嵐が止むことはなかった。まだ年若い兄姉たちの不安げな視線に晒されながら、父や家司たちに抑えつけられ、幼い体力の限界に至った彼は、それでもベッドで蹲ったまま只管に啜り泣き、その拙い舌で贖罪の言葉を呟き続けた。

 「許してくれ」「許してくれ」「許してくれ」

 ――声を嗄らすほどに乞い続けること、三日。それを最後に、彼は声を失った。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 ――とまあ、ここで終わる程度のことならば、話は続かない。貴種にありがちな業病の類と、人知れず座敷牢に囚われたきり、太陽と無縁の生活の果てに朽ち、ホルファート王国の貴族社会の闇の一片として、ひっそりと歴史の影に埋もれたことだろう。

 彼の奇矯は、むしろここからだ。

 狂乱から回復後、ハーヴェイ少年の喉から声が出ないことが判明したとき。当然、周囲は大いに落胆したが、当の本人は()()()とした顔をしていたという。そして母の腕を引くと、拙いながら身振り手振りでその意志を伝え、母の協力を得て、父宛にひとつの手紙を書いた。

 

 

『めいわくをかけてごめんなさい。ことばを発するためのまどうぐを作ってくれませんか』

 

 

 これが、当の父ダグラス氏を大いに驚嘆せしめたのは、語るまでもあるまい。繰り返しになるが、熱病からの発狂、そこから回復した、まさにその日の行動である。もともと利口なほうではあったが、ここまで冷静かつ明朗だと、歳不相応としか言いようがない。己の末子が、何か得体の知れぬ化物に変じてしまったかのような恐怖を覚えた。

 ともかくも、その魔導具とやら。前例のない代物を、用意しろと言われても応じることはできない。そのように返答すると、さらに信じられないことを返してきた。

 

 

『にんげんのあたまは、ものをかんがえるときに()を生じさせるといいます。それをひろいあげるキカイを作ることはできませんか』

 

 

 幼い我が子の拙い筆跡が、こんな複雑怪奇な内容を綴っていくさまを、まさにその横で見させられた、母御ユーリエの心境はいかばかりか。微かに震える手で差し出されたその手紙に、夫もまた戦慄を覚えるしかなかった。ダグラス氏本人でさえ聞いたことがない内容を、どこでどうやって知り、そしてこんな形で応用しようとは、一体全体どういう思考回路なのか。よほど衝撃を受けたのか、「我が生涯において、あれこそがもっとも不気味な出来事だった。あれに比べれば、大概の怪奇など児戯にも等しい。のちの政変の数々さえ、微風ほどにしか感じられなんだ」と回顧している。

 ――「そしてあの不気味な頼みを聞き入れてやったのは、我が生涯において最大の功績であった」とも。

 有力派閥に属していないとはいえ、腐っても侯爵家。その人脈を使えば、高名な魔導研究者に渡りをつけることなど造作もない。これこれこういう事情なので、その機能をもつ魔導具(マジックアイテム)を開発していただけないか――結果として、その依頼はかのセレドニオ・アギラル教授の興味を大いに惹き、ハーヴェイ少年専用の魔導発声器は、僅か半年余りという短期間で完成に至った。

 そして、完成品が少年の許に渡り、そのアギラル教授の目の前で試運転が始まったとき。黒々とした無骨な首輪をはめたハーヴェイ少年は、うんうんと唸ったのち、ようやく要領を得た。

 

 

『――……もしもし、きこえますか』

 

 

 無機質な機械音声ながら、ようやく声を取り戻した我が子を、母ユーリエは感涙のまま抱きしめた。その光景は、かの“変人”アギラル教授をして、「聖画のような美しさを覚えた」と言わしめたという。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 そして、彼の()()()はここから始まる。

 魔導具頼りながらも、健常者と同程度の発声手段を得たハーヴェイ少年は、すぐに魔導鎧に興味を示した。かねて武威で名を馳せるスピアリング家は、専属の魔導鎧部隊“黄道十四宮(ゾディアック)”を保有している。男子らしい嗜好だろう、結構なことだとダグラス氏は微笑ましく見ていたが、それからひと月もしないうちに突き出された、とある手紙に驚愕させられることになる。

 『魔導鎧の制御術式における“もじゅーる”化の提案』と題されたその手紙には、「魔導鎧の各部位をパーツ化し分離可能にすることで、パーツ単位での整備性の向上と、部位換装による汎用性の向上が見込まれる」「ただ、現行の制御術式はインテグラル型、つまり各部位まで完全に一体化された状態で稼働する前提であり、パーツ化は難しいと教えられた」「そこで、まずは制御術式をパーツ単位に分割し、モジュール型での制御に対応させてはどうか」という旨の内容が、拙い筆跡で綴られていた。魔導鎧を駆って戦闘する側、それを編成し運用する側、そのどちらの経験をも持ち合わせているダグラス氏でさえ思い至らなかった視点は、彼の度肝を抜くに余りある衝撃だった。

 これに興味を示したのが、またしてもアギラル教授である。「子供の自由な発想は、ときに専門家の頭脳をも超える」と称賛した彼は、スピアリング家との技術提携を提案。“黄道十四宮(ゾディアック)”による緊密な実地試験を伴うことで、実用性を伴う術式開発を推進。ホルファート王国きっての“変人”の協力を得たこの試みは、およそ一年半で実用化にこぎつけた。

 あとはまあ、とんとん拍子である。術式改良の本来の目的であった魔導鎧のパーツ化、それによる整備技術の向上、新型開発のコスト低減、ついでに術式制御の簡略化による訓練時間の短縮、多種多様な機体構成による部隊運用の研究深化――声だけを置き去りにすくすくと成長していったハーヴェイ少年本人も混ざり、技術発展は坂道を転がる小石のように加速していった。あまりの順調ぶりに、当の本人もさすがに不安を覚えたのか、ハーヴェイ少年がアギラル教授に対し、このような発言をした記録が残っている。

 

 

『あなたを散々に巻き込んでおきながら、本当に申し訳ないと思っているが……僕の発想など、所詮は猿真似の思い付き程度だ。あなたの期待に応えるには至らない。これまでも、これからも』

 

 

 眦を下げ、心底申し訳なさそうに語る少年の機械音声が、教授の内心のとある繊細な部分をいたく刺激したことは、想像に難くない。結果として彼は、「私にも、真っ当な親心の類があった。それを教えてくれただけで、返礼に余りあることさ」と、熱烈なハグとともに返答したという。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 さて、このアギラル式改良型魔導鎧――教授命名に曰く『アーマード・コア』の技術発展と紆余曲折については、別なる専門書に譲ることにしよう。

 本書の本題に入る前に、ハーヴェイ少年のもう一つの顔――すなわち“スピアリングの殺戮人形”について説明しておきたい。

 魔導鎧に強い関心を示し、その搭乗を望んだ少年は、それに必要な勉学と鍛錬に励んだ。魔導鎧の制御に直結する技能――すなわち剣術、射撃、魔法について、残念ながら特筆すべき才覚は見られなかったが、ともかくも九歳にして、『スピアリングの傷痕なき戦地なし』と言わしめてきた、同家の戦士を名乗るに相応しい水準をクリアした。父の許しを得るなりその足で魔導鎧の格納庫へ赴き、そして整備工の許可をもぎ取って試運転に励んだというのだから、当時の喜びようは察して余りあるというものだろう。

 彼の()()頭角が露わになるのは、ここからである。

 新米の彼が駆る鎧は、しかし熟練の騎士に匹敵するほどの戦果を挙げた。むろん損害も相応に大きく、撃墜や戦死が危ぶまれた局面も一度や二度ではないが、幸運にも彼の提案を契機に大きく向上した整備技術によってそれは免れ、彼は急速にその技術を洗練させた。稼働経験を積むごとに、新しいパーツが支給されるごとに、それに馴染んでいくごとに、彼は熟練の先達に並び立つほどの戦績を挙げていった。これが三歳年上の次兄セドリック――統括部隊こと第一隊“蛇遣い(オピュクス)”の首席隊長の座が内定していたが、弟ハーヴェイの台頭によってそれが危ぶまれた――の嫉妬を買い、一時の兄弟間不和を招くことになるが、その件についての解説は別の機会に譲ろう。

 ハーヴェイ少年は中量機による機動射撃戦を好んだ。付かず離れずの距離を保ちつつ、しかし足を止めない機動で常に撹乱する。間断ない射撃によって敵の気勢を削ぎ、決定的な隙を晒した瞬間に距離を詰め、近接武器によって致命的なダメージを与える。『基本というか、凡庸の域を出ないと思うけれど』と謙遜しつつ、しかしその基本を忠実に突き詰めた戦術は、一時対立した次兄セドリックをして終に認めさせ、後に“黄道十四宮(ゾディアック)”の戦術ドクトリンを更新させるに至った。

 ハーヴェイ少年は単独戦闘を好んだ。彼の機動戦は僚機との協働を想定しておらず、故に流れ弾を警戒する緊張感を嫌った。協働不可能ではないとしながらも決して好まない理由について、『集団戦は、すぐ混戦に直結する。そちらには、とても慣れていない。自分の身を守るのでいっぱいいっぱいだ』と語った。戦局と優先順位を決して見失わず、とても血気逸る新兵とは思えぬ落ち着きようは、すぐに単騎での戦場投入を周囲に認めさせた。

 ハーヴェイ少年は容赦を知らなかった。彼の投入された戦場で、敵対者が生存することはほとんどなかった。実戦投入の最初期から『魔導鎧の運用目的は対象撃破または陽動を主とし、対手の拿捕を目的として運用するべきではない』と主張し、つまり『自分が投入されたということは、対手の生存を考慮せず戦っていい』と判断した。その姿勢は、部隊指揮側に参入するようになった次兄セドリックに対しても要求し、一方でセドリックの立案した作戦には一度も反発しなかった。夥しい血に満ちた戦場が、しかしセドリックへの恭順を象徴し、両者の和解に繋がる一要因たりえたのは、皮肉としか言いようがない。

 ……つまるところ、ハーヴェイ・フィア・スピアリングの輝かしい戦歴は、夥しい返り血の上に成り立っていた。スピアリング家直系の子弟でありながら、その忠実な猟犬としてひたすらに戦い続け、敵対者を一切の容赦なく殺し尽くす、人皮を被った殺戮機械(キリングマシーン)のごとき活躍。ハーヴェイ少年自身が設計骨子を提示し、アギラル教授自ら監修した専用機“アンタレス”と共に、世間では畏怖と侮蔑と、わずかな尊崇を込めてこう呼ばれている。

 ――すなわち「深紅の鎧の上から血化粧を重ねる、スピアリング家の殺戮人形」と。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 ともかくも、ハーヴェイ少年はスピアリング家の忠実な猟犬であり続けた。

 肉親の嫉妬を買うほどに圧倒的な戦闘能力を持ちながら、しかし野心の火を見せない姿勢を指して、一部政治学者から「高度な政治的力学による均衡の維持」と評されることもあるが、実際に本人がどのような魂胆であったのか、余人には判別しがたい。

 しかし、大きすぎる武力は、往々にして甚大な政治的影響力を持つものである。それこそ、当時レッドグレイブ派とフランプトン派の二大派閥が睨み合っている状況で、スピアリング家がその武威をもって中立を保つことが出来ていたように。ハーヴェイ少年もまた、その宿業から逃れることは出来なかった。

 ここで筆者は、ようやく本題に入ることが出来る。すなわち、ホルファート王国史における最大の波乱、その最中に綺羅星のように現れた“外道騎士”ことリオン・フォウ・バルトファルトと“殺戮人形”ことハーヴェイ・フィア・スピアリング――ある意味では両者ともに“凶星”とも言える英傑たちの邂逅と、その交友遍歴である。

 

 

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