鋼鉄の牙、乙女の幻想   作:竹河参号

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06.空賊討伐

『――Z9-1へ報告。Z9-6、Z9-7、帰投しました』

 

 

 ウェルトン領上空。第九隊“(スコーピオ)”が率いる飛行船の中で、ハーヴェイはZ9-6カーチスとZ9-7ヘンデルの報告を受けた。

 

 

『Z9-1了解。()()は見つかったか?』

『いいえ、対象空域の全浮島を巡回しましたが、それらしき痕跡は見つかりませんでした』

『現地住民に改めて聞き込みをしてきましたが、やはりウェイン領の方角から来ていることが多いそうです』

『Z9-1了解。両名とも補給に移れ』

『了解いたしました』

 

 

 それきり、二人からの通信が切れる。戦闘こそなかったとはいえ、長距離巡行をしてきたのだ。魔石燃料の補給が必要になる。

 これで、三方向全域の確認が完了した。どこもハズレ。ウェルトン領に、“ウィングシャーク”の根城はないということになる。

 

 

「……隊長の想定通り、根城はウェイン領にあるようですな」

「ウェルトン子爵によると、肝心のウェインは知らぬ存ぜぬを貫いているようです。裏で繋がっている俗物なのか、本当に知らない無能なのか……」

『言葉を慎め。相手は領主貴族だ、明確な証拠もなしに侮辱の言葉を吐くな』

「はっ。失礼いたしました」

 

 

 ハーヴェイが、Z9-3ラッセルの言葉を鋭く言い咎めた。余人のいない小隊内とはいえ、迂闊な発言をするのは軍人の作法ではない。

 

 

「……ルクシオンからの連絡、きませんねぇ」

 

 

 司令部の隅に座り込んでいるケイトがぼやいた。周囲の隊員たちも、胡乱げな表情を隠せない。

 

 

「Mr.バルトファルトの協力者とやらか。暗号通信を送ったはいいが……まさか受信していないのか?」

「それはないだろう。返事があった以上、向こうで復号までできているはずだが……」

 

 

 Z9-2ダルシムとZ9-4オルグレンが議論する。直接ウェイン領内に進入できない以上、ルクシオンの状況が把握できないのがもどかしい。

 そうこうしているうちに、巡回から戻ってきたカーチスとヘンデルが司令部に戻ってきた。

 

 

「――隊長! カーチスおよびヘンデル、ただいま戻りました!」

『ご苦労、無駄足を踏ませて悪かった。二人も休憩してくれ』

「はっ!」

 

 

 これで、打てる手はなくなった。あとは、ルクシオンの連絡を待つしかない。

 しばらく待機していると、船員の一人が立ち上がった。

 

 

「――第九隊長! “ルクシオン”より暗号通信によるメッセージを受信しました!」

『復号は?』

「完了済みです! こちらを!」

 

 

 複合されたメッセージが中央スクリーンに映し出される。その内容に、一同は驚嘆の表情を浮かべた。

 

 

「……“対象の飛行船を二隻拿捕”? Mr.バルトファルトとやら、やり手のようだな」

「あとは乗組員を尋問するだけですか。手柄を取られましたな」

「何、これで被害が無くなるなら、良いに越したことはない」

『今日のところは出番がなさそうだな。――第九隊長よりHQへ伝達、本日の哨戒は終了とする。最寄りの浮島に停泊せよ』

「HQ了解、航行を開始します!」

 

 

 ハーヴェイの命令に従い、飛行船が航行を開始する。ウェルトン子爵から停泊の許可は貰っているので、あとは浮島に停泊して休息をとるだけだ。

 

 

『状況がどう動くにせよ、本格的な動きは明日からになるだろう。各自英気を養っておいてくれ』

「了解!」

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

 学生寮。

 アンジェリカが、恐る恐る普通クラスの女子寮に足を運んでいた。

 

 

「こ、これで良いのだろうか……?」

 

 

 オリヴィアへの手土産を握りしめながら、アンジェリカは呟いた。

 公爵家――貴族でも最上級の家系であるアンジェリカには、平民の金銭感覚がいまいち分からない。いなくなってしまった取り巻きにも頼りようがなく、散々に悩んだ末に選んだ菓子だ。しかもこういう時に限って、リオンは不在である。件のウェイン領とやらに行ってしまったのだ。

 

 

「……あの莫迦者め。利用しようとしている輩のために、船まで出して」

 

 

 ひらひらと手を振っておどけるリオンの姿を思い出し、アンジェリカはしかめ面を浮かべた。こういう時、リオンのように自前の戦力があれば、飛行船で同道してやることもできたのだが、ないものねだりをしても始まらない。

 と、そんなアンジェの後姿を見つける者がいた。

 

 

「……あら? こんなところで何してるの、貴女」

「お前は……」

 

 

 アデルである。こんなところでは見かけない人物に不審げな表情を見せた彼女は、アンジェリカの手元にある菓子折りを見つけた。

 

 

「あら、どうしたのそれ。菓子折り?」

「あ、えと、その……」

「――はっはーん、リビアちゃんへの手土産ってことね? 意外と甲斐甲斐しいのね、貴女」

「う、うるさい! 余計なお世話だ!」

 

 

 アデルの言葉に、アンジェリカは顔を真っ赤にして叫んだ。何ともからかい甲斐のある少女だ。

 

 

「そ、それよりも、リビアの部屋を知っているか?」

「……そうねぇ、貴女は知っておくべきでしょう」

 

 

 謎めいた言葉を吐いたアデルは、そのままアンジェリカを案内した。しばらく歩き、オリヴィアの部屋の前に立ち――アンジェリカは愕然とした。

 

 

「な、なんだ、これは?」

 

 

 部屋ではない、()()である。おまけに落書きやインクの汚れまで付いていて、とても年頃の少女に宛がうような部屋ではない。

 いくら平民といえど、こんな扱いはあんまりだろう。自分の知らないところで、リビアはこんな扱いを受けていたのか?

 

 

「リ、リビアは、こんなところに……!?」

「そうよ。“平民ごときには物置で充分”と、あの子にはこんなところが宛がわれたの。――それにしても、今度は一段と嫌がらせが多いわね」

「――お前は、知ってて放置したというのか!?」

「私一人で何かできると思って? 物置に押し込まれる小娘が、もう一人増えるのがオチよ」

 

 

 そう語るアデル自身、苦々しい表情を浮かべていた。知り合って以来、何くれと面倒を見てやってはいるが、根本的な解決はできるはずもない。

 

 

「――リビアちゃん、いる? アンジェが来ているわよ」

 

 

 衝撃から立ち直れないアンジェリカの隣で、アデルがこんこんと扉をノックしたが、返事はなかった。不在なのだろうか?

 

 

「あら、アンジェリカ様じゃない」

「……お前か」

 

 

 と、その二人の背後から声をかける者があった。見覚えのある顔に、アンジェリカは不機嫌そうに目を細めた。ステファニーと、その取り巻き連中だ。

 

 

「“お前”とは酷い言いよう。成り上がりの伯爵家がそんなにお嫌いみたいね」

「自分の家のことなら、随分と()()()()()をするのだな。非道な行いでのし上がった家の娘は本当に図々しい」

 

 

 いかにも傷付いた風の台詞を吐くステファニーに対し、アンジェリカは冷ややかに吐き捨てた。

 

 

(――成金趣味が可愛く見えるな。どいつもこいつも、亜人種の奴隷を引き連れて……)

 

 

 数多くの専属使用人を引き連れ、その後ろに控える取り巻きたちも随分と派手な様相だ。まさに世間知らずの学園の女子、その典型例ともいうべき姿だった。

 

 

「お気に入りの平民のお出迎えなんて、随分と可愛がっているのね」

「……何が言いたい?」

 

 

 厭味ったらしい笑顔を近づけてくるステファニーに、アンジェリカは顔をしかめた。香水の匂いが強すぎて不愉快だ。

 

 

「アンジェリカ様ぁ、大事な取り巻きと可愛いペットはちゃんと繋いでいないと駄目よ。死んじゃったら悲しいわよね?」

 

 

 下卑た笑みを向けてくるステファニーに、アンジェリカの目つきが鋭くなった。

 その言葉の意味を解せないほど、アンジェリカもアデルも愚鈍ではない。リオンに差し向けられた、カーラの依頼のことだろう。

 

 

「誰の差し金かと思っていたが――なるほどお前だったか」

「分かってたなら止めてあげれば良かったのに。公爵令嬢サマは冷たいのねぇ」

 

 

 嘲るような物言いに、二人は冷ややかな視線を送るだけだった。

 

 

(莫迦が。お前たちは何を相手にしているのか分かっているのか? リオンを“優秀な番犬”程度に考えているのなら、お前たちはおしまいだよ)

 

 

 最初から(おか)しいことだらけな話だったのだ。被害が本当なら、まず寄親に頼るべきところを、縁故もないリオンに縋るなど、筋違いも甚だしい。おそらくは偽の依頼でリオンをおびき寄せた後で屈服させ、配下として取り込もうという魂胆なのだろうが――あの様子だと、当のリオンがその思惑に気付いている。返り討ちに遭うのが関の山だろう。見え透いた失態を憐れもうとしたアンジェリカは――

 

 

「そうそう、お気に入りの平民のペットならお出かけ中よ。残念だったわね」

「出かけた?」

「えぇ、カーラの領地についていったの。お友達だから連れていくんですって。カーラったら物好きよね、空賊が出る危ない領地に友達を連れて行くなんて」

 

 

 ――自身の体中の血が沸騰するような感覚を得た。

 

 

「――く、苦し……」

 

 

 どんと壁に叩きつける音と、目の前で苦悶の声を上げるステファニーを見て、アンジェはようやく自分が何をしたのか自覚した。相手の胸倉を掴んで壁に叩きつけるなど、淑女の振舞いではないが、今のアンジェリカにとってはそれどころではなかった。

 アンジェリカの暴挙に色めき立った専属奴隷たちが、止めるべく進み出ようとしたところで、

 

 

“――氷の精よ。煌めき、舞い踊り、灼鉄をも魅了せよ”

「ぐわぁぁっ!?」

 

 

 アデルの魔法により、氷の結界が現出し、取り巻きを巻き込んで縛りつけた。

 

 

「――まったく愚か者共。品性が下劣だと、喧嘩を売る相手も選べないのかしら」

 

 

 その様子を眺めながら、アデルは冷たい目で見下ろした。

 一方、アンジェリカはステファニーを締め上げながら詰問を続けていた。

 

 

「私は気が短い。さっさと話せ。お前たちは何を考えている?」

「は、離して――こんなことをして、ただで済むと思っ――」

「質問しているのはこちらだ。このまま絞め殺されたいのか?」

 

 

 ステファニーの喉から絞り出された脅迫に、しかしアンジェリカは一切躊躇することなく捩じ上げた。「うぐっ」と呻くだけのステファニーに、彼女を止める手段はもうなかった。

 

 

「じ、自分で、確かめなさいよ」

「――そうさせてもらう」

 

 

 辛うじて吐き出した挑発に、アンジェリカは捨て台詞と共にようやく手を緩めた。

 そしてアデルと目を合わせると、急いで女子寮の廊下を駆けだした。後ろでごほごほと咳込むステファニーのことも、魔法が解除されてなお立ち上がれない取り巻きたちのことも、頭の片隅にも残っていなかった。

 

 

「急いでリオンに連絡を――いや、私が向かった方が速いか。しかし、パルトナーで向かったとなれば追いつくのは難しいぞ」

「悪いけど、私も相乗りさせてもらうわよ。私から実家の艦隊を動かすのは面倒だから」

 

 

 アデルの脳裏には、突如本邸に帰っていったハーヴェイの事が思い起こされていた。このタイミングでいなくなるのは、少し巡り合わせが噛み合い過ぎている。

 

 

(……あの子がいなくなったの、これ絡みかしら。気を利かせなさいよ、あの朴念仁)

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

 翌日。いよいよウェイン領との境界に停泊した“(スコーピオ)”の飛行船が、ウェイン領を睨むように滞空していた。

 

 

「報告! 広域レーダーにて熱源反応を確認! 撃破目標“ウィングシャーク”と友軍バルトファルト男爵の戦闘と推察されます!」

 

 

 船員の一人が報告を上げる。“ウィングシャーク”とリオンの戦闘が始まったか。

 

 

『戦闘空域は』

「方角――北西26度! 距離――17.2km! ウェイン領空内です!」

 

 

 船員の報告に、ラッセルは双眼鏡を構えて対象を探した。視界の彼方に、小さな黒点の塊が見える。

 

 

「――確認できました。あれですか」

「ウェイン領内ですか……こちらからは手が出せませんな」

「期待通り、こちらに逃げ込んでくれれば出番がありますが……」

 

 

 隊員たちの相談に、ハーヴェイは動じない。彼らはあくまでも後詰であり、作戦の主体はリオンとルクシオンが執らなければならない。

 

 

『“ルクシオン”に暗号通信を送れ。“受け入れ準備良し。応答を待つ”と』

「了解!」

 

 

 ハーヴェイの指令に従い、船員が暗号通信を送る。その言葉に、ダルシムとラッセルが片眉を上げた。

 

 

「Mr.バルトファルトに丸投げですか」

「大丈夫ですかね? 冒険者とはいえ、戦争はほぼ素人なんでしょう?」

『その査定も兼ねている。ルクシオンも、僕もな。……勝つにせよ、負けるにせよ、ここで墜ちるなら――そこまでの器だった、という話だ』

 

 

 ハーヴェイの冷徹な言葉に、Z9-5エヴァンスが嘆息した。甥っ子と大差ない年齢の少年が、こんなにも冷酷に振舞えるとは――“戦争屋侯爵”も厄介な業だ。

 

 

「ひどい人だ。ご学友なんでしょう?」

『ではエヴァンス、きみは“留学先で世話になった”という理由だけで、アルゼルからの侵略を受け容れられるかい? 当時の学友に、黙って撃ち殺されることができるかい?』

「……ま、無理ですね」

『そう答えられる人間だからこそ、きみも僕もここにいる。それでこそ、“戦争屋侯爵”の尖兵なのだから』

 

 

 護国のためなら、友すら見捨てる覚悟を持て――それこそが、王国の防人(さきもり)たるスピアリング家の鉄の掟だ。

 そのまま、一同はしばらく待った。ルクシオン側に動きがなければ、戦闘態勢を取るわけにもいかない。

 

 

「報告! 対象空域での熱源反応の縮小を確認! 戦闘終了した模様です!」

「どちらが勝った」

「確認中――墜落中の飛行船はありません!」

「……撃墜していない?」

「降伏させたということか? では、Mr.バルトファルトの方が……?」

 

 

 数で劣るのはリオンの方だ。一隻も撃墜されていない以上、その数的不利を覆すことはできなかったはずだが……

 

 

「“ルクシオン”より暗号通信によるメッセージを受信しました! これより復号します!」

 

 

 船員の一人がいち早く報告を上げた。暗号通信の解読を行い、中央スクリーンに表示させる。

 

 

「――復号完了しました! こちらを!」

『……“空賊首領を撃墜、残党は降伏。これより捕縛を行う”?』

「Mr.バルトファルトの方は単艦と言っていませんでしたか? あちらの方が勝利した側で、かつ拿捕を行うと?」

「想像以上だな……」

 

 

 想定以上の戦果に、隊員たちは絶句した。制圧は、単純な撃墜より難しい。拿捕ともなれば尚更だ。ただの冒険者と侮っている場合ではないかも知れない。

 

 

「隊長、どうしますか」

『……僕たちの出番はなさそうだな。諸君、無駄足を踏ませて済まない』

「いえ、いい暇潰しになりました。“(ケートス)”の若手らもいましたし、研修替わりに丁度いいでしょう」

『このまま発艦可能状態で待機。友軍の該当空域離脱を確認後、作戦を終了し帰投する』

「了解しま――」

「――報告! 広域レーダーにて熱源反応を確認! ()()()から飛行船が接近しています!」

 

 

 予想外の事態に、ざわりと司令部の空気が変わった。

 

 

 

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