『――Z9-1へ報告。Z9-6、Z9-7、帰投しました』
ウェルトン領上空。第九隊“
『Z9-1了解。
『いいえ、対象空域の全浮島を巡回しましたが、それらしき痕跡は見つかりませんでした』
『現地住民に改めて聞き込みをしてきましたが、やはりウェイン領の方角から来ていることが多いそうです』
『Z9-1了解。両名とも補給に移れ』
『了解いたしました』
それきり、二人からの通信が切れる。戦闘こそなかったとはいえ、長距離巡行をしてきたのだ。魔石燃料の補給が必要になる。
これで、三方向全域の確認が完了した。どこもハズレ。ウェルトン領に、“ウィングシャーク”の根城はないということになる。
「……隊長の想定通り、根城はウェイン領にあるようですな」
「ウェルトン子爵によると、肝心のウェインは知らぬ存ぜぬを貫いているようです。裏で繋がっている俗物なのか、本当に知らない無能なのか……」
『言葉を慎め。相手は領主貴族だ、明確な証拠もなしに侮辱の言葉を吐くな』
「はっ。失礼いたしました」
ハーヴェイが、Z9-3ラッセルの言葉を鋭く言い咎めた。余人のいない小隊内とはいえ、迂闊な発言をするのは軍人の作法ではない。
「……ルクシオンからの連絡、きませんねぇ」
司令部の隅に座り込んでいるケイトがぼやいた。周囲の隊員たちも、胡乱げな表情を隠せない。
「Mr.バルトファルトの協力者とやらか。暗号通信を送ったはいいが……まさか受信していないのか?」
「それはないだろう。返事があった以上、向こうで復号までできているはずだが……」
Z9-2ダルシムとZ9-4オルグレンが議論する。直接ウェイン領内に進入できない以上、ルクシオンの状況が把握できないのがもどかしい。
そうこうしているうちに、巡回から戻ってきたカーチスとヘンデルが司令部に戻ってきた。
「――隊長! カーチスおよびヘンデル、ただいま戻りました!」
『ご苦労、無駄足を踏ませて悪かった。二人も休憩してくれ』
「はっ!」
これで、打てる手はなくなった。あとは、ルクシオンの連絡を待つしかない。
しばらく待機していると、船員の一人が立ち上がった。
「――第九隊長! “ルクシオン”より暗号通信によるメッセージを受信しました!」
『復号は?』
「完了済みです! こちらを!」
複合されたメッセージが中央スクリーンに映し出される。その内容に、一同は驚嘆の表情を浮かべた。
「……“対象の飛行船を二隻拿捕”? Mr.バルトファルトとやら、やり手のようだな」
「あとは乗組員を尋問するだけですか。手柄を取られましたな」
「何、これで被害が無くなるなら、良いに越したことはない」
『今日のところは出番がなさそうだな。――第九隊長よりHQへ伝達、本日の哨戒は終了とする。最寄りの浮島に停泊せよ』
「HQ了解、航行を開始します!」
ハーヴェイの命令に従い、飛行船が航行を開始する。ウェルトン子爵から停泊の許可は貰っているので、あとは浮島に停泊して休息をとるだけだ。
『状況がどう動くにせよ、本格的な動きは明日からになるだろう。各自英気を養っておいてくれ』
「了解!」
◇ ◇ ◇
学生寮。
アンジェリカが、恐る恐る普通クラスの女子寮に足を運んでいた。
「こ、これで良いのだろうか……?」
オリヴィアへの手土産を握りしめながら、アンジェリカは呟いた。
公爵家――貴族でも最上級の家系であるアンジェリカには、平民の金銭感覚がいまいち分からない。いなくなってしまった取り巻きにも頼りようがなく、散々に悩んだ末に選んだ菓子だ。しかもこういう時に限って、リオンは不在である。件のウェイン領とやらに行ってしまったのだ。
「……あの莫迦者め。利用しようとしている輩のために、船まで出して」
ひらひらと手を振っておどけるリオンの姿を思い出し、アンジェリカはしかめ面を浮かべた。こういう時、リオンのように自前の戦力があれば、飛行船で同道してやることもできたのだが、ないものねだりをしても始まらない。
と、そんなアンジェの後姿を見つける者がいた。
「……あら? こんなところで何してるの、貴女」
「お前は……」
アデルである。こんなところでは見かけない人物に不審げな表情を見せた彼女は、アンジェリカの手元にある菓子折りを見つけた。
「あら、どうしたのそれ。菓子折り?」
「あ、えと、その……」
「――はっはーん、リビアちゃんへの手土産ってことね? 意外と甲斐甲斐しいのね、貴女」
「う、うるさい! 余計なお世話だ!」
アデルの言葉に、アンジェリカは顔を真っ赤にして叫んだ。何ともからかい甲斐のある少女だ。
「そ、それよりも、リビアの部屋を知っているか?」
「……そうねぇ、貴女は知っておくべきでしょう」
謎めいた言葉を吐いたアデルは、そのままアンジェリカを案内した。しばらく歩き、オリヴィアの部屋の前に立ち――アンジェリカは愕然とした。
「な、なんだ、これは?」
部屋ではない、
いくら平民といえど、こんな扱いはあんまりだろう。自分の知らないところで、リビアはこんな扱いを受けていたのか?
「リ、リビアは、こんなところに……!?」
「そうよ。“平民ごときには物置で充分”と、あの子にはこんなところが宛がわれたの。――それにしても、今度は一段と嫌がらせが多いわね」
「――お前は、知ってて放置したというのか!?」
「私一人で何かできると思って? 物置に押し込まれる小娘が、もう一人増えるのがオチよ」
そう語るアデル自身、苦々しい表情を浮かべていた。知り合って以来、何くれと面倒を見てやってはいるが、根本的な解決はできるはずもない。
「――リビアちゃん、いる? アンジェが来ているわよ」
衝撃から立ち直れないアンジェリカの隣で、アデルがこんこんと扉をノックしたが、返事はなかった。不在なのだろうか?
「あら、アンジェリカ様じゃない」
「……お前か」
と、その二人の背後から声をかける者があった。見覚えのある顔に、アンジェリカは不機嫌そうに目を細めた。ステファニーと、その取り巻き連中だ。
「“お前”とは酷い言いよう。成り上がりの伯爵家がそんなにお嫌いみたいね」
「自分の家のことなら、随分と
いかにも傷付いた風の台詞を吐くステファニーに対し、アンジェリカは冷ややかに吐き捨てた。
(――成金趣味が可愛く見えるな。どいつもこいつも、亜人種の奴隷を引き連れて……)
数多くの専属使用人を引き連れ、その後ろに控える取り巻きたちも随分と派手な様相だ。まさに世間知らずの学園の女子、その典型例ともいうべき姿だった。
「お気に入りの平民のお出迎えなんて、随分と可愛がっているのね」
「……何が言いたい?」
厭味ったらしい笑顔を近づけてくるステファニーに、アンジェリカは顔をしかめた。香水の匂いが強すぎて不愉快だ。
「アンジェリカ様ぁ、大事な取り巻きと可愛いペットはちゃんと繋いでいないと駄目よ。死んじゃったら悲しいわよね?」
下卑た笑みを向けてくるステファニーに、アンジェリカの目つきが鋭くなった。
その言葉の意味を解せないほど、アンジェリカもアデルも愚鈍ではない。リオンに差し向けられた、カーラの依頼のことだろう。
「誰の差し金かと思っていたが――なるほどお前だったか」
「分かってたなら止めてあげれば良かったのに。公爵令嬢サマは冷たいのねぇ」
嘲るような物言いに、二人は冷ややかな視線を送るだけだった。
(莫迦が。お前たちは何を相手にしているのか分かっているのか? リオンを“優秀な番犬”程度に考えているのなら、お前たちはおしまいだよ)
最初から
「そうそう、お気に入りの平民のペットならお出かけ中よ。残念だったわね」
「出かけた?」
「えぇ、カーラの領地についていったの。お友達だから連れていくんですって。カーラったら物好きよね、空賊が出る危ない領地に友達を連れて行くなんて」
――自身の体中の血が沸騰するような感覚を得た。
「――く、苦し……」
どんと壁に叩きつける音と、目の前で苦悶の声を上げるステファニーを見て、アンジェはようやく自分が何をしたのか自覚した。相手の胸倉を掴んで壁に叩きつけるなど、淑女の振舞いではないが、今のアンジェリカにとってはそれどころではなかった。
アンジェリカの暴挙に色めき立った専属奴隷たちが、止めるべく進み出ようとしたところで、
“――氷の精よ。煌めき、舞い踊り、灼鉄をも魅了せよ”
「ぐわぁぁっ!?」
アデルの魔法により、氷の結界が現出し、取り巻きを巻き込んで縛りつけた。
「――まったく愚か者共。品性が下劣だと、喧嘩を売る相手も選べないのかしら」
その様子を眺めながら、アデルは冷たい目で見下ろした。
一方、アンジェリカはステファニーを締め上げながら詰問を続けていた。
「私は気が短い。さっさと話せ。お前たちは何を考えている?」
「は、離して――こんなことをして、ただで済むと思っ――」
「質問しているのはこちらだ。このまま絞め殺されたいのか?」
ステファニーの喉から絞り出された脅迫に、しかしアンジェリカは一切躊躇することなく捩じ上げた。「うぐっ」と呻くだけのステファニーに、彼女を止める手段はもうなかった。
「じ、自分で、確かめなさいよ」
「――そうさせてもらう」
辛うじて吐き出した挑発に、アンジェリカは捨て台詞と共にようやく手を緩めた。
そしてアデルと目を合わせると、急いで女子寮の廊下を駆けだした。後ろでごほごほと咳込むステファニーのことも、魔法が解除されてなお立ち上がれない取り巻きたちのことも、頭の片隅にも残っていなかった。
「急いでリオンに連絡を――いや、私が向かった方が速いか。しかし、パルトナーで向かったとなれば追いつくのは難しいぞ」
「悪いけど、私も相乗りさせてもらうわよ。私から実家の艦隊を動かすのは面倒だから」
アデルの脳裏には、突如本邸に帰っていったハーヴェイの事が思い起こされていた。このタイミングでいなくなるのは、少し巡り合わせが噛み合い過ぎている。
(……あの子がいなくなったの、これ絡みかしら。気を利かせなさいよ、あの朴念仁)
◇ ◇ ◇
翌日。いよいよウェイン領との境界に停泊した“
「報告! 広域レーダーにて熱源反応を確認! 撃破目標“ウィングシャーク”と友軍バルトファルト男爵の戦闘と推察されます!」
船員の一人が報告を上げる。“ウィングシャーク”とリオンの戦闘が始まったか。
『戦闘空域は』
「方角――北西26度! 距離――17.2km! ウェイン領空内です!」
船員の報告に、ラッセルは双眼鏡を構えて対象を探した。視界の彼方に、小さな黒点の塊が見える。
「――確認できました。あれですか」
「ウェイン領内ですか……こちらからは手が出せませんな」
「期待通り、こちらに逃げ込んでくれれば出番がありますが……」
隊員たちの相談に、ハーヴェイは動じない。彼らはあくまでも後詰であり、作戦の主体はリオンとルクシオンが執らなければならない。
『“ルクシオン”に暗号通信を送れ。“受け入れ準備良し。応答を待つ”と』
「了解!」
ハーヴェイの指令に従い、船員が暗号通信を送る。その言葉に、ダルシムとラッセルが片眉を上げた。
「Mr.バルトファルトに丸投げですか」
「大丈夫ですかね? 冒険者とはいえ、戦争はほぼ素人なんでしょう?」
『その査定も兼ねている。ルクシオンも、僕もな。……勝つにせよ、負けるにせよ、ここで墜ちるなら――そこまでの器だった、という話だ』
ハーヴェイの冷徹な言葉に、Z9-5エヴァンスが嘆息した。甥っ子と大差ない年齢の少年が、こんなにも冷酷に振舞えるとは――“戦争屋侯爵”も厄介な業だ。
「ひどい人だ。ご学友なんでしょう?」
『ではエヴァンス、きみは“留学先で世話になった”という理由だけで、アルゼルからの侵略を受け容れられるかい? 当時の学友に、黙って撃ち殺されることができるかい?』
「……ま、無理ですね」
『そう答えられる人間だからこそ、きみも僕もここにいる。それでこそ、“戦争屋侯爵”の尖兵なのだから』
護国のためなら、友すら見捨てる覚悟を持て――それこそが、王国の
そのまま、一同はしばらく待った。ルクシオン側に動きがなければ、戦闘態勢を取るわけにもいかない。
「報告! 対象空域での熱源反応の縮小を確認! 戦闘終了した模様です!」
「どちらが勝った」
「確認中――墜落中の飛行船はありません!」
「……撃墜していない?」
「降伏させたということか? では、Mr.バルトファルトの方が……?」
数で劣るのはリオンの方だ。一隻も撃墜されていない以上、その数的不利を覆すことはできなかったはずだが……
「“ルクシオン”より暗号通信によるメッセージを受信しました! これより復号します!」
船員の一人がいち早く報告を上げた。暗号通信の解読を行い、中央スクリーンに表示させる。
「――復号完了しました! こちらを!」
『……“空賊首領を撃墜、残党は降伏。これより捕縛を行う”?』
「Mr.バルトファルトの方は単艦と言っていませんでしたか? あちらの方が勝利した側で、かつ拿捕を行うと?」
「想像以上だな……」
想定以上の戦果に、隊員たちは絶句した。制圧は、単純な撃墜より難しい。拿捕ともなれば尚更だ。ただの冒険者と侮っている場合ではないかも知れない。
「隊長、どうしますか」
『……僕たちの出番はなさそうだな。諸君、無駄足を踏ませて済まない』
「いえ、いい暇潰しになりました。“
『このまま発艦可能状態で待機。友軍の該当空域離脱を確認後、作戦を終了し帰投する』
「了解しま――」
「――報告! 広域レーダーにて熱源反応を確認!
予想外の事態に、ざわりと司令部の空気が変わった。