鋼鉄の牙、乙女の幻想   作:竹河参号

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07.告解

 ウェイン領上空。オフリー艦隊とレッドグレイブ艦隊が睨みを利かせているのを、リオンは甲板から眺めていた。

 

 

【それより、よろしかったのですか?】

「交渉を任せたことか? 俺に高い交渉能力があるように見えるか? 公爵家に任せれば良いんだよ」

【そうではなく手柄についてです。ブラッド、グレッグの両名に手柄を譲るのは何故でしょう?】

「二人が元の地位に返り咲けば俺としてもありがたい。()()()()()()()を守ってくれそうじゃないか? そうならなくても、いざという時に頼れそうだ」

 

 

 カーラ・フォウ・ウェインの手引きで合流していたブラッドとグレッグだが、リオンの想像以上に貢献してくれた。余計な褒章を得て注目されるくらいなら、二人に押し付けたい。それなりの地位を取り戻して、『自分の成すべきこと』を思い出して貰いたいところだ。

 ――そしてリオンは、オリヴィアとの縁を切ることにする。元々が()()だったのだ、“主人公”サマに関わるなど烏滸がましい。

 

 

【マスターはオリヴィアとの関係を清算。手柄を二人に譲り、手元に残るのは僅かなアイテムが数点のみ……元は取れましたか?】

「十分だ。俺にはこれで十分。お前もいるからな」

 

 

 思えばこのルクシオンでさえ、オリヴィアが手にしていたかも知れない代物だ。それを奪った罪滅ぼしとして、嫌われ者になるくらいは大したことない。

 

 

【オリヴィアを泣かせたと、アンジェリカに怒られていましたね】

「お姫様は気難しいね。()()に相手は出来ないよ。いずれ相応しい王子様が迎えに来てくれるのを祈ろうか」

【アンジェリカとも距離を取ると?】

「むしろ今までが近すぎたと思うけどね」

 

 

 オリヴィアから事情を聴くなり、平手打ちを食らった。元来激情家というのもあるが、殴られたところで文句の一つも言えない立場関係なのだ。何故か一緒にいたアデルも庇わなかった辺り、これが本来妥当な距離感というべきだろう。

 そうこうしているうちに、オフリーとレッドグレイブの協議が終わったようで、両艦隊は反転して帰っていく。これで任務完了、あとは今後のためにちょちょいと工作をするだけだ。

 しかし、ルクシオンはパルトナーを旋回させ、学園とは別方向に向かっていった。

 

 

「……おい、どこに向かっているんだ? そっちは学園の方向じゃないだろ」

【協力者がこちらで待機しているそうです。結果として無駄足でしたが、一言連絡しておくべきかと】

「きょ、協力者? おい、聞いていないぞ!」

【言いませんでしたからね】

 

 

 実に白々しい台詞である。いい神経してんなこのAI、とむくれる資格がリオンにあるのか、どうか。

 そんなリオンの視界に、一隻の飛行船が映った。

 

 

「ん? あの紋章は……?」

【スピアリング侯爵家の専属魔導鎧部隊、“黄道十四宮(ゾディアック)”です】

「はぁ!? な、なんで!?」

 

 

 ルクシオンの報告に、リオンが驚愕の声を上げる。そんなことはお構いなしに、パルトナーは飛行船と接舷し、その間に船橋を伸ばした。

 果たして、その甲板に立っているのは――

 

 

『やあ、Mr.バルトファルト。うまく片付けたようだね』

「げぇーっ!?」

『人の顔を見て“げぇーっ!?”は、紳士の振舞いではないと思うよ』

「Mr.って分かりやすい人ですよねぇ」

 

 

 涼しい顔で挨拶するハーヴェイとケイトだった。リオンの傍らに浮かんでいるルクシオンに驚愕することもなく、ひらひらと呑気に手を振っている。

 

 

『ところでルクシオン、首尾は?』

「え!?」

【事前の暗号通信通り、空賊首領は撃墜。残党を拿捕完了しました。なお内通していたオフリー伯爵家の艦隊との交渉は、レッドグレイブ家に代行を依頼しました】

『なるほど。――Z9-1よりHQへ。撃破目標の打倒、および内通していたと思われるオフリー艦隊の対処完了を確認。現時刻をもって、今回の哨戒任務を完了とする。本邸に帰投せよ。

 なお第九隊長はMr.バルトファルトの艦船で王立学園へ帰還し、後日報告書を郵送する。第一隊“蛇遣い(オピュクス)”にも、そのように伝えておいてくれ』

『いえ、“蛇遣い(オピュクス)”への報告は、Z9-2ダルシムが代行します。隊長は、そのまま学園にお戻りください』

『そうかい? では頼む』

『了解しました!』

 

 

 リオンだけを置き去りに、するすると流れるように話が進んでいく。呆気にとられたリオンは、まともに言葉を紡ぐことができなかった。

 

 

「な、何がどうなって……!?」

『立ち話もなんだから、中に入って話さないか? きみが思うより、長話になると思うよ』

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

 学園祭最中での、ルクシオンとハーヴェイらの邂逅。今回の空賊討伐に関する協議。そして後詰としての哨戒任務――

 

 

『――というわけで、あとはきみの()()素性を問い質すのみということなのさ』

 

 

 それらをリオンに明かした後、ハーヴェイはそう締めくくった。

 

 

「おま、なんでこんな大事なことを、俺に黙っていたんだよ!」

【マスターの精神安定のためです。先に重大案件を抱えると、戦闘パフォーマンスに悪影響を及ぼす可能性が懸念されたので】

 

 

 怒声を浴びせるリオンに対し、ルクシオンは白々しく答えた。身に覚えがあるリオンは、うぐ、と閉口させられた。

 

 

『それで、そのマスターの戦闘パフォーマンスはどうだったんだい?』

【決闘時と比べ、反応速度が26%低下、攻撃命中率が41%低下、回避精度が38%低下しました。昨夜、オリヴィアと口論したのが原因と思われます】

「お、お前な……」

『Ms.オリヴィア? 彼女がここに来ているのかい?』

【カーラが連れて来ました。おそらく、人質代わりとしてオフリーに指示されたものかと。現在はレッドグレイブ家の艦船で、アンジェリカと共に帰還しています】

『なるほど……ともあれ、無事でよかったね』

【あと、ブラッド・フォウ・フィールドとグレッグ・フォウ・セバーグも来ています。こちらは別室に隔離していますので、ご安心を】

「色々と何でぇ……?」

 

 

 ツッコミどころが色々と多い。とはいえ、空賊との戦闘に足を引っ張ったのでなければ、結果オーライといったところか。それより、気になることが一つある。

 

 

「ところで、オリヴィアさんと喧嘩したんすか? 何があったんです?」

「……その……」

『……何かプライベートなことかい? であれば、僕たちがこれ以上踏み込むことはできないが』

【直接聞かせた方が早いですね】

「え?」

 

 

 口ごもるリオンを煩わしく思ったのか、ルクシオンがじじっと音声を切り替えた。

 

 

【……何なんですか?】

【え?】

【リオンさん、凄いですよね。何でも一人で解決して、何でも知っていて……】

【お、おい】

 

 

 ルクシオンが中空にホログラムを投影しながら、リオンとオリヴィアらしき声を鳴らす。見たこともない様相に、ケイトが唖然とした。

 

 

「……な、何すか、これ?」

【昨夜の録音データを再生しています】

「ろ、録音!? お前、勝手に何やってんだ!?」

【正確な証拠を提供するのが効率的と判断しましたので。マスターの拙い説明を待っていると、埒が明きません】

『……何というか……大概な従者を持ったな、Mr.』

 

 

 仮にも主人(マスター)相手に、ボロクソな言いようである。これって本当に、AIの個性と呼んでいいのだろうか?

 その間にも、リオンとオリヴィアのやり取りが再生されていく。

 

 

【どうして私にそこまで優しいんですか?】

【い、いや、これは――】

【……体が目的ですか?】

【ち、違う。そんな理由じゃ――】

【ですよね。私なんて可愛くないですし、アンジェの方が凄く綺麗でお姫様ですからね。私なんて本当に何もなくて……何も……】

【みんな言っていました。私はペットみたいだ、って。リオンさんもアンジェも、私を人として見ていないって】

【ば、莫迦にしないで! 私は……私は人間です! リオンさんたちのペットじゃないんです!】

 

 

 そこで終わったらしく、音声とホログラムは途切れた。ひとしきり聞き終えた一同は、何とも言えない空気に包まれた。

 

 

「……オリヴィアさん……」

 

 

 悲しげに耳を伏せるケイトとは対照的に、ハーヴェイはふーむと首を捻った。

 

 

『解せないな。きみなりの善意と好意で動いているのなら、その通りに言えばいいじゃないか』

「こ、好意って! べ、別に、俺は、そんなんじゃ……」

『好意は好意だろう? 友愛か恋愛かは別として』

「……坊ちゃん、そりゃないっすー……」

『しかし、戦闘パフォーマンスに影響を及ぼすほど深刻に受け止めているのは事実だろう? ならばこそ、包み隠さず誠実に対応するべきだ。それが、“人間らしさ”ってやつなんだろう?』

 

 

 ハーヴェイの主張は正論だが、同時にリオンの心を慮らない冷酷な言葉だった。言葉にできない、誰にも明かせない事情だ。リオンはただ俯いて、きつく口を噤むことしかできなかった。

 

 

「……Mr.?」

『――……仕方ない、詰将棋(チェス・プロブレム)と行こうか』

「えっ」

 

 

 思わず顔を上げるリオンに対し、ハーヴェイは身を乗り出しながら語り始めた。

 

 

『きみの()()素性。ルクシオンがマスターと見定めた理由。それらについては先に話した通り、明確に説明されているわけではないが、断片的な情報をもとに僕なりに考察していた。

 ――おそらくきみは、()()()()()()を知っているね?』

「えぇーっ!?」

「な、な……!?」

『ただし、それは()()ではなく、かなり断片的なものだ。そもそもが虚空年代記(アカシック・レコード)のような全知の代物ではなく、何か書物のような――特に戯作の台本のような、“必要なことが必要な分だけ”記載されている代物で、そこに記録されている以外のことは把握できていない』

「あかし……? 何でしたっけ、それ」

『遺失文明における信仰の一つだよ。“世界の根源”には、過去現在未来の事象、文字通り“総て”が記録されている――そういう信仰があったそうだ。

 話を戻そう。あるいは虚空年代記(アカシック・レコード)そのものであろうとなかろうと、“それを見るきみ自身”に何らかの制限が存在する。情報取得できる範囲か、その機会、どちらかが制限されている。故に、きみは“きみにとって重要な情報”を限定的に取得することしか出来ていない。

 具体的には、そうだな――Ms.レッドグレイブ、Ms.オリヴィア、そしてユリウス殿下と取り巻き四人に関する情報。……ラーファンまでは分からないが、先に挙げた者たちは確定だろう。

 少なくともきみにとっては、彼らが今後王国の趨勢を握る重要人物だった。だから、Ms.レッドグレイブやMs.オリヴィアに近づいた。だから、彼女の詰問に答えられなかった。――どうかな?』

 

 

 するすると語られる仮説に、リオンは愕然とした。“どうやって知ったか”という決定的な情報こそ辿り着いていないが、彼の現状を正確に言い当てている。

 

 

「……う、嘘だろ……」

【――マスター。残念ですが、ほぼ詰み(チェックメイト)かと。情報提供はかなり制限したはずですが、ここまで正確に推察できるとは思いませんでした】

『幸か不幸か、隠し事をする人たちとの関わりが多くてね。昔取った杵柄、というやつさ』

 

 

 やれやれと力なく笑うハーヴェイだが、リオンにはとんでもない論理的怪物のように思えた。これ以上はどう転んでも誤魔化しようがない、少なくともリオンには思いつかない。

 

 

「あぁ、もう、ちくしょう! どうせ俺は()()だよ! 交渉も情報戦もできない、一山いくらの凡人だよ!」

「……そういえば、Mr.バルトファルトとかMs.ラーファンが時々言ってる“モブ”って、何すか?」

『分からない。“その他大勢”か何かにあたる、俗語(スラング)の類かな』

 

 

 どうでもいいことで首を傾げ合う二人に向けて、リオンはふうとため息を吐くと、意を決して口を開いた。

 

 

「――実は俺、前世の記憶があるんだ」

 

 

 リオンの告白に、ハーヴェイとケイトは顔を見合わせた。

 

 

「…………前世(ゼンセ)って、何すか?」

『さぁ……? 旧人類の信仰に関わる概念だろうか?』

「ウソでしょそこで躓くの!?」

 

 

 思わぬ反応に、リオンはずっこけそうになった。ここまで踏み込むことができておいて、今更躓くことがある!?

 

 

【古代文明の信仰の一つ、“仏教(ブディズム)”に関する概念です。人は生の世界に縛られ、たとえ死んでも他の生物に生まれ変わる――それが“輪廻転生”という概念だそうです】

「じゃあMr.は、その生まれ変わる前の記憶を持ってるってことっすか?」

「そう。そういうことだよ」

 

 

 ほへーと感心したような声を上げるケイトの隣で、ハーヴェイの顔が見る見るうちに青ざめた。

 ぐるぐると思考が錯綜する。生の世界。生まれ変わり。輪廻。円環。遺された罰。贖罪。ミシガン。ラスティ。カーラ。チャティ。ハンドラー。エア――

 

 

「――おぷっ」

「坊ちゃん!? すみません、エチケット袋か何か……!」

「え、え、いきなり何!?」

 

 

 突然口元を抑えたハーヴェイに、二人は慌て始めた。()えた臭いに混じり、鉄のような臭いが滲み始めていた。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

『――済まない、見苦しい姿を見せたね』

「い、いや……」

『ケイトもごめんね。服を汚してしまった』

「いえいえ~。……坊ちゃんこそ、大丈夫ですか?」

 

 

 血混じりの吐瀉物をエチケット袋に吐き出し、ようやくハーヴェイは落ち着いた。リオンもケイトも気遣うが、原因について疑問を持っているのは明らかだった。

 その様子をじっと見ていたルクシオンが、ふと機械音声を鳴らした。

 

 

【――もしや貴方も、“前世の記憶”を持っているのですか?】

「……え?」

「へ?」

【彼は“生まれ変わり”という単語に異常な反応を示しました。“輪廻転生”という言葉自体は知らずとも、それに近い概念は知っていた――それも、非常に身近な例として。だからこそ、それほど取り乱したのではありませんか?】

 

 

 ルクシオンの問い――の体をなした断言に、二人の視線がハーヴェイへ集中した。

 

 

「そ……そうなんですか?」

『……やれやれ、きみ相手に隠し事は出来そうにないな』

【それはお互い様でしょう】

 

 

 平静さを取り戻したハーヴェイの言葉に、ルクシオンが平然と返した。

 ハーヴェイはひとつ息をつくと、機械音声を鳴らして語り始めた。

 

 

『……外部の人間は知らないことだろうが、僕は五歳の時に熱病に罹ったことがある。

 季節外れの病だったから、原因も治療法も分からず、父上に呼んでもらった医者も匙を投げる有様で、僕は文字通り生死の境を彷徨った。――その中で、僕は“僕ではない僕の記憶”を垣間見た』

 

 

 それは、戦乱の記憶。闘争の記録。そして、殺戮の感触。

 

 

『僕は兵士だった。人型機動兵器“アーマード・コア”を駆り、企業の尖兵として戦う傭兵だった。

 僕は道具だった。“猟犬使い(ハンドラー)”と呼ばれる職業の者によって戦場に遣われる、人権なき兵器の一部品だった。

 ――“強化人間 C4-621”。それが、その記憶の中での、僕の名前だった』

 

 

 

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