ウェイン領上空。オフリー艦隊とレッドグレイブ艦隊が睨みを利かせているのを、リオンは甲板から眺めていた。
【それより、よろしかったのですか?】
「交渉を任せたことか? 俺に高い交渉能力があるように見えるか? 公爵家に任せれば良いんだよ」
【そうではなく手柄についてです。ブラッド、グレッグの両名に手柄を譲るのは何故でしょう?】
「二人が元の地位に返り咲けば俺としてもありがたい。
カーラ・フォウ・ウェインの手引きで合流していたブラッドとグレッグだが、リオンの想像以上に貢献してくれた。余計な褒章を得て注目されるくらいなら、二人に押し付けたい。それなりの地位を取り戻して、『自分の成すべきこと』を思い出して貰いたいところだ。
――そしてリオンは、オリヴィアとの縁を切ることにする。元々が
【マスターはオリヴィアとの関係を清算。手柄を二人に譲り、手元に残るのは僅かなアイテムが数点のみ……元は取れましたか?】
「十分だ。俺にはこれで十分。お前もいるからな」
思えばこのルクシオンでさえ、オリヴィアが手にしていたかも知れない代物だ。それを奪った罪滅ぼしとして、嫌われ者になるくらいは大したことない。
【オリヴィアを泣かせたと、アンジェリカに怒られていましたね】
「お姫様は気難しいね。
【アンジェリカとも距離を取ると?】
「むしろ今までが近すぎたと思うけどね」
オリヴィアから事情を聴くなり、平手打ちを食らった。元来激情家というのもあるが、殴られたところで文句の一つも言えない立場関係なのだ。何故か一緒にいたアデルも庇わなかった辺り、これが本来妥当な距離感というべきだろう。
そうこうしているうちに、オフリーとレッドグレイブの協議が終わったようで、両艦隊は反転して帰っていく。これで任務完了、あとは今後のためにちょちょいと工作をするだけだ。
しかし、ルクシオンはパルトナーを旋回させ、学園とは別方向に向かっていった。
「……おい、どこに向かっているんだ? そっちは学園の方向じゃないだろ」
【協力者がこちらで待機しているそうです。結果として無駄足でしたが、一言連絡しておくべきかと】
「きょ、協力者? おい、聞いていないぞ!」
【言いませんでしたからね】
実に白々しい台詞である。いい神経してんなこのAI、とむくれる資格がリオンにあるのか、どうか。
そんなリオンの視界に、一隻の飛行船が映った。
「ん? あの紋章は……?」
【スピアリング侯爵家の専属魔導鎧部隊、“
「はぁ!? な、なんで!?」
ルクシオンの報告に、リオンが驚愕の声を上げる。そんなことはお構いなしに、パルトナーは飛行船と接舷し、その間に船橋を伸ばした。
果たして、その甲板に立っているのは――
『やあ、Mr.バルトファルト。うまく片付けたようだね』
「げぇーっ!?」
『人の顔を見て“げぇーっ!?”は、紳士の振舞いではないと思うよ』
「Mr.って分かりやすい人ですよねぇ」
涼しい顔で挨拶するハーヴェイとケイトだった。リオンの傍らに浮かんでいるルクシオンに驚愕することもなく、ひらひらと呑気に手を振っている。
『ところでルクシオン、首尾は?』
「え!?」
【事前の暗号通信通り、空賊首領は撃墜。残党を拿捕完了しました。なお内通していたオフリー伯爵家の艦隊との交渉は、レッドグレイブ家に代行を依頼しました】
『なるほど。――Z9-1よりHQへ。撃破目標の打倒、および内通していたと思われるオフリー艦隊の対処完了を確認。現時刻をもって、今回の哨戒任務を完了とする。本邸に帰投せよ。
なお第九隊長はMr.バルトファルトの艦船で王立学園へ帰還し、後日報告書を郵送する。第一隊“
『いえ、“
『そうかい? では頼む』
『了解しました!』
リオンだけを置き去りに、するすると流れるように話が進んでいく。呆気にとられたリオンは、まともに言葉を紡ぐことができなかった。
「な、何がどうなって……!?」
『立ち話もなんだから、中に入って話さないか? きみが思うより、長話になると思うよ』
◇ ◇ ◇
学園祭最中での、ルクシオンとハーヴェイらの邂逅。今回の空賊討伐に関する協議。そして後詰としての哨戒任務――
『――というわけで、あとはきみの
それらをリオンに明かした後、ハーヴェイはそう締めくくった。
「おま、なんでこんな大事なことを、俺に黙っていたんだよ!」
【マスターの精神安定のためです。先に重大案件を抱えると、戦闘パフォーマンスに悪影響を及ぼす可能性が懸念されたので】
怒声を浴びせるリオンに対し、ルクシオンは白々しく答えた。身に覚えがあるリオンは、うぐ、と閉口させられた。
『それで、そのマスターの戦闘パフォーマンスはどうだったんだい?』
【決闘時と比べ、反応速度が26%低下、攻撃命中率が41%低下、回避精度が38%低下しました。昨夜、オリヴィアと口論したのが原因と思われます】
「お、お前な……」
『Ms.オリヴィア? 彼女がここに来ているのかい?』
【カーラが連れて来ました。おそらく、人質代わりとしてオフリーに指示されたものかと。現在はレッドグレイブ家の艦船で、アンジェリカと共に帰還しています】
『なるほど……ともあれ、無事でよかったね』
【あと、ブラッド・フォウ・フィールドとグレッグ・フォウ・セバーグも来ています。こちらは別室に隔離していますので、ご安心を】
「色々と何でぇ……?」
ツッコミどころが色々と多い。とはいえ、空賊との戦闘に足を引っ張ったのでなければ、結果オーライといったところか。それより、気になることが一つある。
「ところで、オリヴィアさんと喧嘩したんすか? 何があったんです?」
「……その……」
『……何かプライベートなことかい? であれば、僕たちがこれ以上踏み込むことはできないが』
【直接聞かせた方が早いですね】
「え?」
口ごもるリオンを煩わしく思ったのか、ルクシオンがじじっと音声を切り替えた。
【……何なんですか?】
【え?】
【リオンさん、凄いですよね。何でも一人で解決して、何でも知っていて……】
【お、おい】
ルクシオンが中空にホログラムを投影しながら、リオンとオリヴィアらしき声を鳴らす。見たこともない様相に、ケイトが唖然とした。
「……な、何すか、これ?」
【昨夜の録音データを再生しています】
「ろ、録音!? お前、勝手に何やってんだ!?」
【正確な証拠を提供するのが効率的と判断しましたので。マスターの拙い説明を待っていると、埒が明きません】
『……何というか……大概な従者を持ったな、Mr.』
仮にも
その間にも、リオンとオリヴィアのやり取りが再生されていく。
【どうして私にそこまで優しいんですか?】
【い、いや、これは――】
【……体が目的ですか?】
【ち、違う。そんな理由じゃ――】
【ですよね。私なんて可愛くないですし、アンジェの方が凄く綺麗でお姫様ですからね。私なんて本当に何もなくて……何も……】
【みんな言っていました。私はペットみたいだ、って。リオンさんもアンジェも、私を人として見ていないって】
【ば、莫迦にしないで! 私は……私は人間です! リオンさんたちのペットじゃないんです!】
そこで終わったらしく、音声とホログラムは途切れた。ひとしきり聞き終えた一同は、何とも言えない空気に包まれた。
「……オリヴィアさん……」
悲しげに耳を伏せるケイトとは対照的に、ハーヴェイはふーむと首を捻った。
『解せないな。きみなりの善意と好意で動いているのなら、その通りに言えばいいじゃないか』
「こ、好意って! べ、別に、俺は、そんなんじゃ……」
『好意は好意だろう? 友愛か恋愛かは別として』
「……坊ちゃん、そりゃないっすー……」
『しかし、戦闘パフォーマンスに影響を及ぼすほど深刻に受け止めているのは事実だろう? ならばこそ、包み隠さず誠実に対応するべきだ。それが、“人間らしさ”ってやつなんだろう?』
ハーヴェイの主張は正論だが、同時にリオンの心を慮らない冷酷な言葉だった。言葉にできない、誰にも明かせない事情だ。リオンはただ俯いて、きつく口を噤むことしかできなかった。
「……Mr.?」
『――……仕方ない、
「えっ」
思わず顔を上げるリオンに対し、ハーヴェイは身を乗り出しながら語り始めた。
『きみの
――おそらくきみは、
「えぇーっ!?」
「な、な……!?」
『ただし、それは
「あかし……? 何でしたっけ、それ」
『遺失文明における信仰の一つだよ。“世界の根源”には、過去現在未来の事象、文字通り“総て”が記録されている――そういう信仰があったそうだ。
話を戻そう。あるいは
具体的には、そうだな――Ms.レッドグレイブ、Ms.オリヴィア、そしてユリウス殿下と取り巻き四人に関する情報。……ラーファンまでは分からないが、先に挙げた者たちは確定だろう。
少なくともきみにとっては、彼らが今後王国の趨勢を握る重要人物だった。だから、Ms.レッドグレイブやMs.オリヴィアに近づいた。だから、彼女の詰問に答えられなかった。――どうかな?』
するすると語られる仮説に、リオンは愕然とした。“どうやって知ったか”という決定的な情報こそ辿り着いていないが、彼の現状を正確に言い当てている。
「……う、嘘だろ……」
【――マスター。残念ですが、ほぼ
『幸か不幸か、隠し事をする人たちとの関わりが多くてね。昔取った杵柄、というやつさ』
やれやれと力なく笑うハーヴェイだが、リオンにはとんでもない論理的怪物のように思えた。これ以上はどう転んでも誤魔化しようがない、少なくともリオンには思いつかない。
「あぁ、もう、ちくしょう! どうせ俺は
「……そういえば、Mr.バルトファルトとかMs.ラーファンが時々言ってる“モブ”って、何すか?」
『分からない。“その他大勢”か何かにあたる、
どうでもいいことで首を傾げ合う二人に向けて、リオンはふうとため息を吐くと、意を決して口を開いた。
「――実は俺、前世の記憶があるんだ」
リオンの告白に、ハーヴェイとケイトは顔を見合わせた。
「…………
『さぁ……? 旧人類の信仰に関わる概念だろうか?』
「ウソでしょそこで躓くの!?」
思わぬ反応に、リオンはずっこけそうになった。ここまで踏み込むことができておいて、今更躓くことがある!?
【古代文明の信仰の一つ、“
「じゃあMr.は、その生まれ変わる前の記憶を持ってるってことっすか?」
「そう。そういうことだよ」
ほへーと感心したような声を上げるケイトの隣で、ハーヴェイの顔が見る見るうちに青ざめた。
ぐるぐると思考が錯綜する。生の世界。生まれ変わり。輪廻。円環。遺された罰。贖罪。ミシガン。ラスティ。カーラ。チャティ。ハンドラー。エア――
「――おぷっ」
「坊ちゃん!? すみません、エチケット袋か何か……!」
「え、え、いきなり何!?」
突然口元を抑えたハーヴェイに、二人は慌て始めた。
◇ ◇ ◇
『――済まない、見苦しい姿を見せたね』
「い、いや……」
『ケイトもごめんね。服を汚してしまった』
「いえいえ~。……坊ちゃんこそ、大丈夫ですか?」
血混じりの吐瀉物をエチケット袋に吐き出し、ようやくハーヴェイは落ち着いた。リオンもケイトも気遣うが、原因について疑問を持っているのは明らかだった。
その様子をじっと見ていたルクシオンが、ふと機械音声を鳴らした。
【――もしや貴方も、“前世の記憶”を持っているのですか?】
「……え?」
「へ?」
【彼は“生まれ変わり”という単語に異常な反応を示しました。“輪廻転生”という言葉自体は知らずとも、それに近い概念は知っていた――それも、非常に身近な例として。だからこそ、それほど取り乱したのではありませんか?】
ルクシオンの問い――の体をなした断言に、二人の視線がハーヴェイへ集中した。
「そ……そうなんですか?」
『……やれやれ、きみ相手に隠し事は出来そうにないな』
【それはお互い様でしょう】
平静さを取り戻したハーヴェイの言葉に、ルクシオンが平然と返した。
ハーヴェイはひとつ息をつくと、機械音声を鳴らして語り始めた。
『……外部の人間は知らないことだろうが、僕は五歳の時に熱病に罹ったことがある。
季節外れの病だったから、原因も治療法も分からず、父上に呼んでもらった医者も匙を投げる有様で、僕は文字通り生死の境を彷徨った。――その中で、僕は“僕ではない僕の記憶”を垣間見た』
それは、戦乱の記憶。闘争の記録。そして、殺戮の感触。
『僕は兵士だった。人型機動兵器“アーマード・コア”を駆り、企業の尖兵として戦う傭兵だった。
僕は道具だった。“
――“強化人間 C4-621”。それが、その記憶の中での、僕の名前だった』