「強化……人間……?」
『――ご想像の通り、あまり愉快な話ではない。きみたちには申し訳ないが、本筋に関わりないようであれば、これ以上は語りたくない』
【それは、貴方の一存で判断できるものではないでしょう?】
「――この……!」
ルクシオンの冷酷な言葉に、ケイトが思わずいきり立つ。それを抑えたのは、他ならぬハーヴェイだった。
『ケイト、抑えて』
「でも、坊ちゃん!」
『彼の方が正論だ。僕の過去がこの国の現在や未来に関与するのであれば、どれだけ僕の苦痛が伴おうと、詳らかにしなければならない。
――という訳で、まずは前提条件のすり合わせだ。コーラル、ルビコン3、惑星封鎖機構、オールマインド、ベイラム、レッドガン、アーキバス、ヴェスパー。――これらのいずれかについて、聞き覚えはあるか?』
「……いや、ないですね」
【私のデータベースにもありません】
『――であれば、おそらくMr.の前世とやらとの接点はない。残念ながら、僕の記憶がこれ以上役立つことはないようだ。これ以上は脱線として、本題に戻らせてもらっていいかい?』
【“アーマード・コア”については?】
『奇遇にも、アギラル教授が改良型魔導鎧に同じ名を命名してしまった。成り立ちは違えど同じ名を冠している以上、特にMr.バルトファルトの記憶違いを誘発するかもしれない。決定的な情報でないのなら、これ以上の掘り下げは避けた方がいいと思う』
【……まぁ、いいでしょう。では、マスターの前世の記憶についてですね】
「あっ、そうだった。……Mr.バルトファルトの前世ってやつと、この国の未来が、どう関係するもんなんです?」
ケイトの問いに、リオンは改めて意を決し、姿勢を正して口を開いた。
「――この世界は、とある“乙女ゲー”の世界なんだ」
リオンの告白に、ハーヴェイとケイトは顔を見合わせた。
「…………“おとめげー”って、なんすか?」
『さぁ……?』
「この流れやった! さっきやった!」
◇ ◇ ◇
『……なるほど。つまりこの世界は、“Ms.オリヴィアを主人公とした恋愛物語”に
「ほへ~……」
“おとめげー”――正式?名称を『乙女ゲーム』。その概要を教えられた二人は、ただ感心した声を上げることしかできなかった。
【……意外でした。貴方は信じるのですね】
「お前は信じていないのかよ!」
「えぇー……」
心底意外そうなルクシオンの言葉に、リオンがツッコみ、ケイトが呆れる。
だがハーヴェイは、それを否定した。
『うーん、信じるというよりは……何だったかな、“ヴァッシュ観測論”? それに近いものを感じている』
「何すか、それ?」
『とある哲学者が提唱した理論だよ。確か……とある場所で起きた事象が、遥か遠く、別の時代で“物語”として語られる。作者自身は“自らが創作した”と思い込んでいるが、実際は無意識のうちに、遠く次元を隔てた宇宙で実際に起きた事象を“観測”していた――そんな理論だったかな』
「な、何だそれ……」
『僕も概ね同感だよ。“夢のある素敵な仮説だ”とは思ったが、実証しようがない以上、夢物語の範疇を出ない。――現状、きみの記憶さえなければね』
「へ?」
【マスターの言う“ゲーム”の知識と現実の事実関係について、極めて高精度で合致している情報がある以上、“創作”と“観測”の境界線が曖昧になっているということですね】
『そういうことだ。この世界が創作者によって“創られた世界”なのか、その創作者が無意識のうちに“観測した世界”なのか、それとも何の関連性もない“たまたま相似した世界”なのか――その世界の内側にいる僕たちには、判別がつかない。つまり、
「たまたま相似した世界? いやいや、実際こんなに情報が合って……」
『
「えっ――」
ハーヴェイの問いに、リオンは思わず口ごもった。
「……? どういうことっすか?」
『ケイト、きみが先日借りた小説にもあった“並行世界論”というやつだよ。歴史の随所で分岐していく並行世界、その可能性は星よりも多く、加速度的に広がっていく。そのうちの一つが、Mr.の言う“ゲーム”と偶然合致する可能性は――たとえ、砂漠に埋もれた宝石を見つけるほどの確率であろうと――完全な否定はできないんだ。その総量を観測できる者など、まさしく全知の神しかいないのだから』
「ふぅーん……――ん? それが、結局どう関係するんすか?」
話題が逸れかかっている、そう感じたケイトは話を戻そうとした。ハーヴェイもそれに応じた。
『まず大前提として、Mr.の知識上、この世界は“まだシナリオの途中”ということだ。つまり“物語の続き”が存在する訳だが、世界の在りようによってはその“続き”が既定路線を辿るとは限らない、ということなんだ。
“創られた世界”の場合。概ね“シナリオ”通りの未来が待っていることだろう。ただ“ゲーム”である以上、ある程度の弾力性――つまり大筋は“シナリオ”通りに進むが、細部で差異が発生する可能性がある。
“観測した世界”の場合。こちらもある程度は“シナリオ”に沿うことが考えられるが、創作者の“観測”が不十分だった場合、
“たまたま相似した世界”の場合。これはもう語るまでもないだろう。“シナリオ”なんて物の役に立たない、あくまでも現実の政治論に基づいて未来予測を行う必要がある。
……さて、Mr.。きみにとって、この世界はどのパターンで、どんな根拠に基づいてそう判断している?』
「そ、それは……」
ハーヴェイの詰問に、リオンは口ごもった。
現在進行形で“ゲーム”をプレイしているわけではない。限られた選択肢から言動を選んだり、コマンド操作をして動かしているわけではない。その世界の内側で、一人の人間として生きているわけだ。この世界の実態が何物かなど、知る由もない。
「うーんと……じゃあ、“これまで”がシナリオ通りだったからと言って、“これから”もシナリオ通りに進むとは限らない、ってことなんです?」
【その通りです。――と言いたいところですが、残念ながら違います。
「ほへ!?」
何とか状況を呑み込もうとしていたケイトは、ルクシオンの意外な言葉に度肝を抜かれた。
これまでの話で出てこなかった人物――“シナリオ”を乱している人物。思い当たる者が、一人いる。
『――まさか、ラーファンか』
【それだけではありません。
「えぇっ!? ど、どういうことっすか!?」
驚愕する二人に対し、ルクシオンは更なる真実を投下した。
【マスターから提供された情報によると、“ゲームシナリオ”の一つに“逆ハーレムルート”が存在したそうです。主人公オリヴィアが“攻略キャラ”全員――つまり、ユリウスら五人全員と恋仲になるシナリオが存在したとのこと】
「……それ、どっかで聞いた覚えがあるんすけど……」
【えぇ、まさしくマリエが行ったことです。本来オリヴィアが得るべき立場を、彼女が簒奪しているわけです。
さらに言えば、アンジェリカが決闘を起こしたことまでは“シナリオ”通りですが、彼女の代理人になってくれる者は現れませんでした。そのため学園外部から大人を呼んだ挙句、ユリウスら五人に倒されてしまったそうです。――ここまで言えば、マスター以外のお二人には分かりますね?】
「……何で自分の
【人工知能ジョークです。笑ってください、どうぞ】
「いや笑えないっす!」
『……つまり、僕もMr.もラーファンも、“本来シナリオに登場しない存在”だった?』
【その通りです】
ルクシオンの説明を受けて、リオンが再び口を開いた。
「……バルトファルト、スピアリング、ラーファン。どれもキャラはおろか、家名すら出てこなかった。物語に華を添えるだけの
『――いや、とんだ
【特に何も考えていませんよ】
「何でお前が答えるんだよ!」
思わず機械音声を荒げるハーヴェイに対し、ルクシオンが端的に答えた。彼に表情があれば、きっと呆れた顔をしていることだろう。
「……つまり、本来“シナリオ”に出てこないはずの坊ちゃんたちが、お話の流れをしっちゃかめっちゃかにしちゃったせいで、もう“本来訪れるはずの未来”なんてアテになんない……ってことっすか?」
【そう捉えるのが正しいかと。マスターは未だに、“シナリオ”を信じていいと思っているようですね?】
「何とか工作すれば、シナリオに沿うはずだ。――沿わせないといけないんだ」
【……ハーヴェイ、貴方はどう思いますか?】
『……率直に言っていいのかい?』
「もう言い切ってるようなもんじゃないっすか……」
頭を抱えるリオンの様子に対し、ハーヴェイはひとつため息を吐いた。
『はっきり言わせてもらうが、もう僕たちの手に負える状況ではない。貴族政治において、勝つべきものが勝たず、勝つべきでない者が勝っている時点で、軌道修正もへったくれもあるまい。それを覆せるだけの工作力など、残念ながら僕もきみも持ち合わせていない。それくらい、きみ自身が理解しているはずだ。
――それでもなお、“沿わせないといけない”というのならば。シナリオ自体の遵守ではなく、根本的な路線変更を覚悟するべきだろう』
「具体的には?」
『本来が恋愛物語で、Mr.がここまで“シナリオ”に固執しているということは……Ms.オリヴィアに何か秘密があるな? 彼女の能力がその精神性、特に恋愛感情に関係するわけか。それがこの国自体の趨勢を左右すると……
――自分で言っておいて何だが、あまりに突飛すぎて想像がつかない。具体的にどういう役割を果たすんだ?』
「そっすよねぇ……」
呆れる二人としては、「国家の趨勢と恋愛を結び付けるな」と言いたいところである。ここまで“シナリオ”が拗れた今、適切な手の打ち方が分からない。
『ともかくも、本来はユリウス殿下ら五人のいずれか、あるいは全員との関係性が重要になる可能性が高いわけだが……残念ながら、あの連中はもう役立たずだ、政治的価値はない。ラーファンも同様、どころか本人の魂胆次第では、協力姿勢すら期待できないわけだ。
つまり、連中が本来果たすべきだった役割を、僕やきみが肩代わりするほかない。――もういい、この際だ。きみが身請けしろ』
「は、はぁ!?」
「え、どういうことっすか?」
【私もその意見に賛成です】
「お、お前なぁ!?」
リオン本人の意向を置き去りにしたルクシオンの後押しを受けて、ハーヴェイは言葉を続けた。
『元の“ゲーム”でどういう筋書きなのか知らないが、それ以前の問題として――彼女の友人の一人として言わせてもらう。僕はあんな盆暗共に、彼女を任せられない。夢物語に耽溺する莫迦の
ただ、それでも彼女が誰かしらと
【“シナリオ”の重要度は私にも理解できませんが、その方が安全策だと思いますね】
「んな、無茶苦茶な……!」
無茶苦茶な提案に動揺するリオン。それを援護するように、ケイトが口を開いた。
「そっすよ、坊ちゃん。こういうのは、お互いの気持ちが大事なんすから。恋愛は筋書きじゃ決まんないんすよ~」
「そ、そういうことでもなくて……!」
「じゃあ、Mr.はオリヴィアさんのこと嫌いなんすか?」
「……そうじゃ、ないけど」
こてんと首を傾げるケイトの問いに、リオンは言葉を詰まらせ、がっくりと項垂れる。その横顔には提案そのものへの拒絶ではなく、自己否定のような何かがあった。
「……俺は、ただの
『“その他大勢”に紛れれば、責務を果たさなくていいとでも? そうやって皆が責務をたらい回しにしたら、どんな結末が待っていると思う? “シナリオ”にすら沿えない、破滅まっしぐらだ。きみはあの盆暗共とは違うと思っていたが、僕の買い被りか?』
「ぼ、坊ちゃん! それは流石に……!」
『……済まない。言い過ぎた』
慌てて止めにかかったケイトの言葉に、ハーヴェイはようやく己の失言を悟った。未来を左右する重大案件だけに、つい熱が入ってしまった。
そのまま、しばらく息苦しい時間が流れた。
【……まもなく、学園の港に到着します。この件は、また改めて相談しましょう】
ルクシオンの提案に、誰も逆らえなかった。