鋼鉄の牙、乙女の幻想   作:竹河参号

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10.魔笛の調べ

 一方、スピアリング本邸。その執務室で、四人の男が顔を突き合わせていた。当主ダグラス、その嫡男クリフトン、そして“黄道十四宮(ゾディアック)”首席隊長モーガン・フィア・スピアリングと、第三隊長セドリックだ。

 

 

「本当ですか、叔父上!? ――いえ、第一隊長閣下!」

「無論だ。お前相手に、このような冗談が通じんことなどよく知っている」

 

 

 驚愕するセドリックに対し、モーガンは硬い表情で答えた。

 四人が凝視している紙面には、周辺各国に送り込んでいる間諜(スパイ)からの報告が記載されていた。特に注目しているのは――ファンオース公国からの報告。急速に軍備を整え、王国に向かって進軍を始めているという情報だ。

 

 

「まずいですね……ハーヴェイの懸念が、見事に的中したわけですか」

「そうなるな」

「よりによって、ファンオース……! 我々はともかく、現在の王国の兵力では――」

「そうでなくとも、今の王宮はガタガタだ。いちいち判断を仰いでいたら間に合わない。――父上。我々が独自に動かねばならない状況かと」

「……それしかあるまいな」

「兄上、レッドグレイブへの調整をお願いします。まずは連中の先鋒を止めなければ」

「分かっている」

 

 

 モーガンの言葉に、ダグラスは改めて姿勢を正し、命令を下すべく口を開いた。

 

 

「スピアリング家当主として、第一隊長に命じる。“黄道十四宮(ゾディアック)”の全兵力をもって、ファンオース公国軍の先遣隊を阻止せよ。あらゆる手段を用いて、公国軍による王国侵攻を食い止めろ」

「承知いたしました」

 

 

 そう短く答えると、モーガンはセドリックを伴い、足早に執務室を出ていった。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 南東に行った修学旅行の豪華客船。リオンの他、アンジェリカやオリヴィア、クリスを乗せている。その甲板で欄干に身体を預け、一人黄昏れていたリオンに対し、ふとルクシオンが機械音声を鳴らした。

 

 

【――マスター、当空域に急速接近している艦隊があります】

「艦隊? どこの?」

【広域レーダーで探知したものなので、詳細情報は分かりません。距離も――かなり遠いです】

「どのくらいで接近予定だ」

【おそらく、二時間程度はかかるかと。ただ、これは――】

 

 

 そこから先の報告は途切れさせられた。人の気配に、ルクシオンが光学迷彩で隠れたのだ。

 

 

「まったく、一人になる時間もないな」

 

 

 それは、己を取り巻く女子生徒たちから逃げてきたクリスだった。彼は偶然遭遇したリオンを見つけると、不敵な笑みを浮かべて近付いてきた。

 

 

「バルトファルト、ブラッドと試合をしたらしいな。私とも剣術の試合をしようじゃないか」

「はぁ?」

 

 

 その言葉に、リオンは目を剥いた。確かにブラッドが剣術勝負を挑んできたのは事実だが、彼はリオンにさえ劣るほど、近接戦闘の才覚がない。それなのに、明らかにリオンの技量を超えているはずのクリスが試合を吹っ掛けてくるのは、いったいどういう神経なのか。

 

 

「ブラッドは自分の苦手な分野で勝負を挑んできたのに、お前と来たら得意分野で勝負しようと言ってきて……あいつの方が根性はあったね」

「わ、私は――剣術も得意だと思ったことはない」

「見苦しいぞ。剣豪様はもっと堂々として欲しいね」

「嘘じゃない。ずっと剣の修行をしてきた。それでも、父には才能がないと言われた」

 

 

 クリスの言葉を、リオンは鼻で嗤った。仮にも“剣聖”の長男、しかも彼自身が数少ない“剣豪”の称号を拝領している稀有な技量者である。自虐に見せかけた厭味、どころか自慢の類だ。

 

 

「それで剣豪になった努力の人、ってか? 剣豪にもなれない俺たちは、才能もないお前以下かよ」

「全て剣術に捧げて同じ事が言えたら謝罪でも何でもしてやる。お前に私の何が分かる?」

「何も? 逆にお前は俺の何を知っているのかな? 自分は可哀想なんです~、って同情して欲しいならマリエにでも言えよ。前にも言っただろ」

「……たいして努力もしてこなかった、お前みたいな奴が、私は嫌いだ」

「奇遇だな。俺もお前らが大嫌いだ。特に俺の期待を裏切ったブラッドとグレッグは許さない。あいつらには期待していたのに」

 

 

 睨みつけるクリスの言葉は、リオンの逆鱗を軽く撫でた。努力なら、いくらでも積み重ねてきた。むしろ肉体面で言えば、()()史上最もハードな生活だった。朝は夜明け前に起き、昼は休むことなく農作業、夜が更ければランプを灯して勉強。どれだけ農耕機械が発達しようと、肉体労働から離れることは叶わない。次女や三女が畑仕事もせず、部屋の中で快適に、電気の下で勉強している傍らで。

 

 

「それこそ、ハーヴェイさんの方がよっぽど努力していると思うね。危険と隣り合わせの戦場でしょっちゅう戦っているあの人が、おウチで()()()をしていただけのお前より努力してないって?」

「あいつは――あいつこそ、親に言われるがままに戦っている“殺戮人形”じゃないか」

「そら、馬脚を露したぞ。自分の努力は殊更にアピールする癖に、他人の努力は何かと理由を付けて否定するんだ。そういうのは、卑怯者の言い草だろ」

「他人の努力を持ち出してくるお前の方が卑怯じゃないか!」

 

 

 声を荒げるクリスに、リオンは無言で鼻を鳴らした。

 リオンにとってこの男は、『構ってちゃん』の一言で片付く男でしかなかった。苦労人アピール、才悩人アピール、ついでにモテ男はつらいよアピール。それらに根気強く構ってあげなければ、すぐに拗ねて恋愛フラグが折れるのだ。他人の努力を慮りもしない癖に、一丁前に『私は大変です』アピールを繰り返す、非常に面倒臭い男。“ゲーム”での主人公(オリヴィア)は、本当によく頑張ったと思う。……他の連中も同じように面倒臭かったのは、もう思い出したくもない。

 そうして両者が睨み合う中、その緊張感を破ったのは、わんわんと鳴り響く警報だった。

 

 

「なんだ?」

「モンスターでも出たか? いや、だがこの警報は流石に――」

 

 

 突然の事態に、二人が周囲の空を見回す。リオンの視線が捉えたのは――白い雲を突き破って飛び出してくる。夥しい数のモンスターだった。

 

 

「……なんだよ、アレは」

 

 

 海洋生物を模した外見のモンスターが、空を泳ぐように飛び回っている。その数は、すでに十や二十ではない。百――いや、千を超えようかという大群だ。

 武装した船員たちが飛び出してくるが、多勢に無勢なのは見て取れた。

 

 

「いったい何が起きた!」

「わ、分かりません。モンスターたちが急に現れて……こ、こんなことは初めてです」

 

 

 クリスが詰め寄ったところで何の意味もない。船員たちは混乱し、身を震わせている若い船員もいる。

 モンスターの大群に、客船はあっという間に包囲された。それを見ながら、リオンはひとつの違和感を抱いた。

 

 

「……どうして囲むだけで襲ってこない?」

【統率が取れていますね。データにはない行動です】

 

 

 モンスターには、複雑な知性がない。多少の群れを形成することはあっても、こうして大群をなし、かつこのように獲物を前に留まることなどあり得ない。

 モンスターたちの額の辺りに、何かの紋章があった。それを捉えたルクシオンが、拡大映像を映し出す。

 

 

「紋章? どこかで見たことがあるな」

【公国の紋章ですね。ファンオース公国です】

「ファンオース!? 莫迦な、早すぎる!」

 

 

 ルクシオンの報告に、リオンは激しく動揺した。ファンオース公国といえば、“ゲーム”の終盤に登場する敵国だ。間違っても、一年次の半ばに登場してくる脅威ではない。

 

 

【何か知っているのですか?】

「……“ゲーム”で戦争を仕掛けてきた国がファンオース公国だ。だけど早すぎる。俺は三年になるまで余裕があると思っていたのに」

【モンスターとの関係があると?】

「公国にある“魔笛”だ。アレがモンスターを操る設定だった。だけど、こんな数を操るなんて知らなかったぞ」

 

 

 そこでリオンは、ルクシオンの報告を思い出した。まさか、このモンスターを使役しているのは――公国の艦隊なのではないか。

 

 

「――ルクシオン! お前がさっき言ってた、急速接近している艦隊ってこいつらのことか!?」

()()()()

 

 

 その予想は外れた。リオンもルクシオンも知らない、まったくの第三者だった。

 

 

「は……はぁ!?」

【この艦隊とは違います。私が検知した艦隊は、もっと遠くにいました。おそらく、この()()()()()()()()()()()()()()()()()航行接近しているものと考えられます】

 

 

 あまりに展開が早すぎる。あまりに都合が良すぎる。“シナリオ”から逸脱した緊急事態に、リオンは激しく動揺した。

 その脳裏に、ふとハーヴェイの言葉が蘇った。

 

 

 ――ホルファート王国は建国当初から大変血の気が多く、周辺諸国の大体と非友好的な関係であらせられる。こんな下らない内紛など知られたら、あっという間に諸外国の袋叩きに遭って、きれいさっぱり蚕食されかねない――

 

 

 つまり彼らは、()()()()()()()()のためにやってきた敵国艦隊の可能性がある。

 

 

(……こういう意味だったのかよ……!)

 

 

 リオンの忸怩たる思いは、しかし胸の中でむかむかと荒れ狂うだけだった。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 ――時間を、少し遡る。

 

 

「報告! 針路前方にて、多数の熱源反応を確認しました!

 方角――南東62度! 距離――46.6km! ファンオース公国艦隊と思われます!」

 

 

 船員の報告に、首席隊長モーガンをはじめとする第一隊“蛇遣い(オピュクス)”の幹部たちは、人心地ついた気分だった。

 

 

「……ぎりぎり、間に合ったか……」

「えぇ。あとは――公国側は、どう対応してくるでしょうか?」

「現時点で宣戦布告を通達していないということは、奇襲するつもりなのだろう。我々の存在は想定していないはずだ」

 

 

 宣戦布告前の奇襲――いつの世でも決して褒められない戦闘行動だが、それだけに効果は大きい。そして、それを止められるこの状況は、極めて僥倖だった。

 しかし、そんな安堵を吹き飛ばすような報告が飛んできた。

 

 

「ほ、報告! 目標艦隊の周辺に、多数の魔力反応が確認されました! 大型魔獣反応、数は――500、いや1000以上です!」

「なんだと!?」

 

 

 公国艦隊の進入に、モンスターの急な出現――どういう絡繰りなのかは知れないが、関係があるのは間違いないだろう。公国の出鼻を挫く好機のはずが、一気に状況を傾けられた。

 なお悪いのは、次なる報告が挙がってきたことだ。

 

 

「――報告! 該当空域の航行予定を受信しました! 王立学園の修学旅行で、クルーズ船が航行中とのことです!」

「――まさか……!」

「第一隊長!」

「分かっている。――だが、間に合わんだろうな……」

「人質を取られると、こちらが苦しくなりますな。せめて、客船の離脱だけでも叶えばいいですが……」

 

 

 このタイミングでこの空域に現れたということは、最初から貴族子弟たちを人質に取る算段だったのだろう。公国艦隊に、モンスターの大群に、人質。まさか交戦する前段階で、ここまで状況が悪化するとは。

 想定外の報告はさらに続いた。

 

 

「報告! 広域レーダーにて、該当空域に接近する大型艦船の熱源反応を確認しました!

 方角――北東81度! 距離――30.2km!」

「大型艦船……!? 識別信号と、数は」

「――識別信号、不明! 700m級が二隻です! ……何だこれは!? 見たこともない形状です!」

「中央スクリーンに出せ!」

 

 

 幹部の命令のまま、中央スクリーンに映像が出力される。そこに現れた艦船の姿に、一同は度肝を抜かれた。

 

 

「……なんだ、これは……!?」

「王国制式品ではありませんね。V&G社の新型――とも違う。既存の艦船設計には該当しないデザインです」

「――軍艦だな。見たことのない形状ばかりだが、全て艤装だ。民間船の自衛装備にしては、あまりにも多い」

 

 

 いったい何者が、何の目的で航行しているのか――一同の困惑は深まるばかりだった。

 そんな中、第九隊“(スコーピオ)”のダルシムが、はっと何かに気付いたように口を開いた。

 

 

「――“(ケートス)”! 先日、ハーヴェイ様の哨戒任務で、作戦行動を共にした者はいるか!?」

「は、はい! 自分が参加させていただきました!」

()()()()()()()()を用いて、対象艦船に暗号通信を送れ! 内容は何でもいい!」

「りょ、了解しました!」

 

 

 ダルシムの言葉に、船員の一人が慌てて暗号通信の送信に掛かる。その様子を見ながら、モーガンが口を開いた。

 

 

「何か……知っているのか。ハーヴェイ絡みか?」

「先日、ハーヴェイ様の哨戒任務で出撃していたのですが、“リオン・フォウ・バルトファルト男爵と協力者ルクシオンが協働で空賊討伐を行うため、その後詰として後方待機する”という、奇妙な作戦内容でした」

「なんだ、それは……?」

 

 

 ダルシムの発言に、幹部たちは揃って首を傾げた。自分たちも協働に参加すればいいものを、なぜ後方待機という形をとった? 誰の、どんな思惑による動きだ? 不可解な話に困惑する中、ダルシムが言葉を続けた。

 

 

「――おそらく、あれがその“ルクシオン”です」

 

 

 

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