「報告! “ルクシオン”より暗号通信を受信しました!」
「すぐに復号しろ!」
第一隊“
「復号完了しました! ――“マスター・リオン・バルトファルトの救援のため移動中。乗客の安全確保のため協力を求む”とのことです!」
「なるほど、例のバルトファルトですか……」
「幸運というべきか、悪運が強いというべきか……」
「待て、“乗客の安全確保”……? あそこには、まだ乗客が残っているのか?」
「協力の了解と、詳細情報の要請を送れ」
「はっ!」
幹部の命令に、船員はメッセージを作成し、暗号化した上で“ルクシオン”へと送信した。
しばらくして、ルクシオンからのメッセージが返ってきた。
「報告! “ルクシオン”より暗号通信を受信しました! これより復号します! ――これは……!」
「何があった?」
「……“公国軍はアンジェリカ・ラファ・レッドグレイブのみを人質とし、残る全乗員の排除を通達。現在、抵抗のため戦闘準備中”とのことです……!」
「まさか……!」
「公国軍との距離は!?」
「距離27.6km! あと30分ほどかかる見込みです……!」
想定をなお下回る事態に、幹部たちは歯噛みした。魔法を修めた貴族の生徒たちがいるとはいえ、所詮はクルーズ船。練兵もされていない雑多な生徒集団が、正規軍の攻撃に耐えられるはずがない。ましてや、千を超えるモンスターに囲まれている状態だ。救援に行こうにも、それまで保つか、どうか。
想定外の事態は、さらに続いた。
「報告! “ルクシオン”よりメッセージを追加受信しました! ――“マスター・リオンはアンジェリカと公女ヘルトルーデ・セラ・ファンオースの身柄確保を計画中”とのことです!」
「ば、莫迦な……!」
「あれだけの数だぞ!? 正気か……!?」
「何か秘策があるのでしょうか。あの“命知らず”ですし」
正気を疑うメッセージの内容に、幹部一同は度肝を抜かれた。
とはいえ、他に選択肢がないのも事実だ。モンスターの包囲を突破した上で公国艦隊に突撃するより、すでにその内側にいるリオンの方が侵入しやすいという点はある。また奪取対象が僅か二人であれば、貴族子弟全員が人質に取られている場合よりも、負担が少ないとも言える。――それはそれとして、無茶としか言いようのない策だが。
ともかく、ルクシオンおよびリオンの策略は分かった。こちらの人質を救助した上で、さらに公女を人質に取り、ルクシオン到着までの時間を稼ぐ。選択肢も兵力も限られた状況下にしては、ましな作戦だろう。
「アンジェリカ様を救出、そして援軍到着までの時間稼ぎとなれば、囮が必要――乗客の生徒たちによる抵抗も、バルトファルトの画策でしょうか?」
「彼には煽動の才能がありそうですな」
「まったく頼もしいことだ」
となれば、こちらができることはひとつ。一刻も早く到着し、公国軍を撃退することだ。
「全艦エンジン総稼働、速度上げ! 一刻も早く合流するぞ!」
◇ ◇ ◇
時間を少し下り――リオンがアンジェリカを奪還し、客船に戻ってきたころ。公女ヘルトルーデも連行し、さてどうしようかという状況だった。「いや次の行動考えてなかったのかよ」などとツッコんではいけない。
モンスター越しに公国艦隊が広く展開し、前後左右上下、六方を包囲している。何か手を打たなければ、逃げ場はない。
『公女殿下はその身を公国に捧げた! 各艦、総攻撃を開始せよ!』
突如、公国軍の旗艦から音声が響いた。拡声器越しにわんわんと響くその声は、味方艦隊だけでなく、その中心にいる客船にも伝わるように轟いている。その内容に、クリスが歯噛みした。
「まだ生きているぞ。自国の公女に死ねというのか!」
その横で、ヘルトルーデは不敵に笑った。まるでこの事態を予見していたかのようだ。
「――何も分かっていませんね。公国はこの程度では止まりません。私の代わりはいるのです。私は先遣隊を任されたに過ぎない」
「ラスボスじゃなかったのか?」
そんなはずは、とリオンは動揺した。この顔は、確かに見覚えがある。“ゲーム”終盤の敵首魁として立ちはだかり、
そんなリオンの前で、ヘルトルーデは小さく呪文を唱えた。リオンが咄嗟にショットガンの銃口を向けるも、彼女は怯まない。呪文が唱え終わると同時に――客船を囲むモンスターたちが雄叫びを上げた。
「何をした!」
「やはり覚悟が足りませんね。即座に私を撃ち抜くべきでした。
……モンスターたちを支配から解き放ちました。術によって支配されていたモンスターは、破られれば術者を狙ってくる。じき、この船に集まってくるでしょう」
無茶苦茶だ。公国艦隊の総攻撃を待つまでもなく、大量のモンスターたちによってこの船もろとも滅ぼされる。アンジェリカは反射的に、ヘルトルーデの胸倉を掴み上げた。
「そこまで――そこまでする目的は何だ!」
「言ったでしょう。王国を沈めるためですよ」
ヘルトルーデの瞳には、狂気的な光が宿っている。王国憎し、その一念だけで稼働する激情の化身――我が身をも顧みないその貌に、アンジェリカは思わずたじろいだ。
騒然とする甲板上で、ルクシオンがじじっと機械音声を鳴らした。
【幸運ですよ、マスター。彼らの目論見は外れます】
「どういうことだ?」
【
え、とリオンは間抜けな声を上げた。
【先ほどの艦隊がこの空域に進入中です。先ほど、協力要請が受理されました。
所属はスピアリング侯爵家――“戦争屋侯爵”の艦隊が、援軍としてやってきます】
リオンは反射的にガッツポーズを決めようとした己を、やっとのことで抑えた。敵かと思いきや、まさかの王国軍。それも指折りのスピアリング艦隊だ。
問題は、彼らがいつ到着するのか。つまり、それまでこの船が保つかどうか。
「どのくらいで着く!?」
【友軍も速度を上げているようですが――どうしても距離があります。あと十数分はかかるかと】
「ちくしょう、まだまだ踏ん張らなきゃいけないってことか……!」
生徒たちは疲弊している。咄嗟の防御魔法で消耗したオリヴィアも、ほとんど立ち上がれない様子だ。それでも、何とかしなければならない。リオンはエアバイクに跨り、ショットガンを構えて叫んだ。
「とにかく時間を稼ぐ、付き合え!」
【えぇ、どこまでも】
◇ ◇ ◇
一方、公国軍の旗艦。指揮官ゲラットは、苛立たしげに叫んでいた。
「何をしているのですか! 早く沈めるのです!」
指揮をするでもなく、ただ喚き散らすだけのゲラットに、船員の一人が反論する。
「味方がいるのです! それに、公女殿下はまだご無事ではありませんか!」
「どうして突撃などさせたのです!」
前方では、味方艦船だけでなく、この旗艦からも魔導鎧が次々に出撃している。ゲラットの反論に、船員たちは一斉に目を逸らした。作為であることは明らかだった。
(こいつら――姫様を助けるためにわざと突撃させましたね。砲撃できない理由を作って! 代わりはいるというのに!)
ゲラットは苛立ちを抑えるために、己のカイゼル髭を触ろうとして、既に無くなっていることを思い出した。
自慢の髭だった。毎日手入れをしてきたというのに、リオンの襲撃で気を失っている間に、焼き切られたように無くなっていた。あの小僧だ。あの騎士気取りの小僧を、何としても討ち取らねば気が済まない。
「――っ! こ、これもあの男が悪い。私の髭を奪ったあの男が!」
それが、ゲラットの苛立ちをさらに加速させた。実はルクシオンによって焼き切られたのだが、大した違いはないだろう。
そんな時、船員の一人が叫んだ。
「あ、新たな艦影を確認しました! 数は二隻、目算で700m級です!」
「莫迦な! 王国の増援が来るには早すぎます!」
ゲラットは咄嗟に双眼鏡を構え、その艦影とやらを目視した。視線の先にあったのは――奇妙な形状の飛行船が二隻。
「何ですか? 大砲の数が……二門しか見えませんね」
飛行船は、旗艦の高度よりも高い。船底しか見えないその姿からは、僅か二門の可動式大砲が見えるのみだった。
「あの形も不自然です。それに、可動式の大砲? たった二門だけ?
さっさと囲んで叩きなさい。あんな品のない飛行船は目障りです。浮遊石を回収すれば問題ありません」
武装は貧弱だが、大きさだけはある。それを浮かせる浮遊石を回収すれば、より強力な戦艦を作れるだろう――ゲラットにとって、その二隻は絶好のカモに見えた。
その判断が間違いだった。旗艦命令によって一斉に高度を上げ始めた味方艦隊は、
「な、何が起きて!」
「敵艦からの砲撃です!」
「砲撃!? この距離で届くわけが! ――あぅっ!」
動揺するゲラットを乗せた旗艦は、
「い、一体何が」
ありえない。いくら上を取られているからと言って、この距離では砲撃が届かないはずだ。そんな高精度な大砲など聞いたことがない。ひたすらに混乱するゲラットは、飛行船の片割れから箱のようなものが投下されるのを見過ごした。
事態はさらに悪化した。
『――公国軍に告ぐ!』
拡声器によってわんわんと響く音声が、公国艦隊に届いた。
「な、何事です!?」
「か――艦隊です! 王国の艦隊が接近しています!」
「莫迦な! 早すぎる!」
ゲラットが叫んでも事態は変わらない。旗艦の窓からは、十三隻からなる艦隊が高速で接近してくるのが見えた。たなびく旗が掲げるそれは――一つの輝星を取り囲む、十三の星。スピアリング侯爵家の紋章。
『貴軍は我がホルファート王国の領空を侵犯している! 直ちに武装解除し、領空外へ退避せよ!
さもなくば――スピアリング侯爵の名のもとに、貴軍を征伐する!!』
“戦争屋侯爵”の襲来に、公国艦隊は震え上がった。