鋼鉄の牙、乙女の幻想   作:竹河参号

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01章 縺れ糸の始まり
01.手袋


 ホルファート王国、王立学園。王国中の貴族の子弟が通う学園では、学期末ごとにパーティを執り行う習わしがある。

 煌びやかな大ホールの中、女子生徒たちが華やかなドレスで歓談を交わしている。そのほとんどが、亜人の奴隷、もとい専属使用人を連れている。

 その女子生徒たちに声を掛けては、儚く打ち砕かれた様子で踵を返していく男子生徒たちがいる。同学年の生徒が集まるこの期末パーティをチャンスと見た、涙ぐましい婚活営業の様子だった。

 ――この国には、『男は女に尽くすもの』という奇妙な価値観がある。

 騎士道などで済む話ではない。国家全体に、一般常識レベルとして浸透している。政治をするのも男、労働をするのも男、戦争をするのも男。なのに女の方が権勢が強く、それらで得た金は女の裕福な暮らしにあてがわれる。しかも、女の側は愛人を囲っても咎められない。それも含めて、『女にいい暮らしをさせられない男』の甲斐性が悪いのである。

 では結婚せず、独身でいればいいのか? それも違う。いい歳を過ぎて独身者でいると、『女も養えない甲斐性なし』『結婚できない人格的異常者』という烙印を押され、他者との付き合いができなくなってしまうのである。家同士の付き合い、寄り合い、交友関係がものを言う貴族社会において、そういう悪評は致命的といっていい。

 そういう訳で、大多数の貴族の嫡男にとって、この王立学園はほぼ婚活市場であり、そしてこのパーティが数少ないチャンスとなっている。華やかなパーティも一皮剥けば、圧倒的な売り手市場を握る女子の高圧的な態度が横行する、泥沼のような地獄である。

 そこから逃げられる数少ない例外が、このハーヴェイ・フィア・スピアリングだ。暗灰色の髪を最低限撫でつけ、タキシードの上から無骨な首輪を嵌めた少年は、傍らに猫耳のメイド、ケイトを伴ったまま、ホールの壁でワインを呷っていた。

 

 

「――壁の花にしては、いささか華麗さに欠けるわね」

 

 

 そこに、艶のある金髪を巻き、藍色のドレスに身を包んだ女生徒が歩いてきた。異国の花桔梗(キキョウ)をあしらった精緻なドレスは、華美ではないが上品な仕立てである。

 ハーヴェイの魔導発声器がじじっと唸り、無機質な機械音声を吐き出した。

 

 

『文字通りな。――アデル、そういうきみこそ、壁の隅に追いやるには少々派手が過ぎないか?』

「あらあら。誉め言葉として受け取っておくわ」

「アデル様、ごきげんよ~」

「ごきげんよう、ケイト。今日は一段とつややかな毛並みね」

 

 

 アデルこと、アデライン・フィア・エッジワース。彼女は美しい扇を携えたまま、にへらと笑うケイトにもにこやかに声を掛けた。そのまま、彼女はハーヴェイの隣に並び立った。

 

 

「奥方候補を探して、涙ぐましい努力に励んでいる殿方もいらっしゃるようだけど。貴方はどうなのかしら?」

『僕? 無駄だ、“殺戮人形”に望んで嫁入りしたい者などいないだろう。そうでなくとも、家督継承の期待できない三男だ。頑張るだけ無駄さ』

「そうかしら? かのスピアリング家の外戚になれるならと、辛抱できる娘もいるのではなくて?」

『それこそ論外さ。“戦争屋侯爵”の外戚なんて、名刺にも書けない』

 

 

 アデルの問いに、ハーヴェイは肩を竦めるだけだった。

 “戦争屋侯爵”――彼の実家、スピアリング侯爵家は、王国貴族たちからそんな蔑称を与えられている。好んで戦場に飛び込み、諸外国との国境争いに明け暮れ、銃火を子守唄に育つ戦争屋。血腥い、泥臭い貴族の面汚し――そんな陰口を恣にしている。

 滑稽な話だ。元が浮島を開拓し、侵略と入植で拡大していった冒険者の(すえ)であり、それを誇りとしている貴族たちが、今更戦火に塗れ泥に汚れながら戦う同家を嘲笑っているわけだ。

 

 

『そういうきみこそどうなんだい? エッジワース侯の次女なら、引く手数多だろう?』

「冗談。本邸で冷遇されている妾腹なんて、誰もが知っていてよ。それでも()()()よりは――と思う殿方もいるでしょうけど、生憎私は都会志向なの」

『面倒臭い娘だな』

 

 

 開いた扇で口元を隠し、ふふんと笑うアデルに、ハーヴェイが言えるのはそれだけだった。今まさに、多くの男子生徒たちを打ち砕いている傲慢な主張そのものだ。

 そうして、しばらく三人は壁の花となっていた。婚活に必死な男子生徒たち、それを見定める女子生徒たち――それぞれの意味で夢中な群衆の眼に、彼ら三人など映らない。

 

 

「……そういえば貴方、軍属になる予定はないの?」

 

 

 ふと切り出したアデルの問いに、ハーヴェイは首を捻った。

 

 

『軍属? 何故?』

「どうせ首席隊長の座もセドリック殿のものになるのでしょう? 貴方、実家にいても大成は望めないじゃない。いっそ軍属として独立したらどう?」

『僕にそんな大志はないよ。大成できなくても、実家が居場所をくれるなら、それ以上は望まない』

「無欲な御仁ねぇ」

 

 

 まるで興味のない様子のハーヴェイに、今度はアデルが肩を竦める番だった。立身出世は男児の夢と聞いたことがあるが、彼女の思い違いだったのだろうか。

 

 

『……それに、軍人とは精妙な立場だ。自ら銃を執って戦う立場であると同時に、兵士たちを死地に向かわせる立場でもある。――ただの殺し屋に、そんな重責は背負えないよ』

「――……まったく、面倒臭い子」

 

 

 重苦しそうに眉をひそめながら付け足された言葉に、アデルは再び肩を竦めた。生真面目も、ここまでくると病的だ。

 そんな三人の前で、ふと喧騒が止んだ。楽隊たちの演奏も止んでる。何か騒動が起きたのだろうか。

 

 

「どうして私の話を聞いていただけないのですか! 私は――私は殿下のために!」

「お前の言葉は聞くに堪えない。それだけの話だ」

「待ってください。その者の性根を知って、どうして受け入れられるのですか!」

 

 

 どうやら男女が言い争っているらしい。その中心は――アンジェリカ・ラファ・レッドグレイブ公爵令嬢と、ユリウス・ラファ・ホルファート王太子殿下。その他にも、複数の男女がいるようだ。

 

 

『……なんだ?』

「――ああ、例のアレよ。つまり、アンジェの癇癪」

『そろそろ“癇癪”で済む域を超えていると思うが……』

 

 

 まるで利かん坊のような物言いに、ハーヴェイは閉口した。なお(おし)のため、元々口を開いてはいない。

 渦中にいるのは、アンジェリカとユリウスの他、ジルク・フィア・マーモリア、ブラッド・フォウ・フィールド、クリス・フィア・アークライト、グレッグ・フォウ・セバーグ――そしてマリエ・フォウ・ラーファンと、その使用人カイルがいた。ユリウスたちがマリエを守るように囲んでいる中、アンジェリカはたった一人だった。

 その孤立無援ぶりを、ブラッドが嘲笑った。

 

 

「レッドグレイブ家の娘もこうなると惨めだな。見ろ、お前に賛成する奴はこの場にはいないぞ」

「誰に口を利いている? 私はレッドグレイブ公爵家の娘だぞ、辺境伯風情が調子に乗るな。

 お前たちこそ、その女が何をしたか知っているのか? お前たち全員に――」

「それくらい知っている」

「――な……!?」

 

 

 アンジェリカの言葉を、クリスが眼鏡をくいと上げながら遮った。

 

 

「私は彼女に救われたんだ。悩みを聞いてくれた。そして、彼女を――守りたいと思ったんだ」

「お前は屁理屈が多いんだよ。素直にそんなことが関係ないくらい好きだって言えば良いだろうが」

「そうですね。素敵な女性です。けれど、マリエさんを一番愛しているのは私だと思いますけどね」

「ジルク、喩えお前でもそれは違うと思うぞ。マリエを一番愛しているのはこの俺だ」

 

 

 それに、残る三人が同調する。色男たちの言葉に、群衆の女子生徒たちが黄色い声援を上げた。

 

 

「今の聞いた!?」

「私も言われてみたい!」

「羨ましいわ。それにひきかえ、公爵令嬢は無様よね」

 

 

 クスクスと陰湿に嗤われるアンジェリカ。彼女はただ拳を握りしめることしかできなかった。

 ……つまり、何だ。あのマリエとやらは、ユリウス殿下を含めたあの男たちと関係を持っている――つまり五股をかけていると?

 

 

「……すごい絵面が出来上がったわね」

『……まったくだ。僕はまだ夢の中にいるらしい。ケイト、寝坊する前に叩き起こしてくれ』

「は~い。えいっ!」

「貴女割と容赦ないわね!?」

 

 

 唖然とするハーヴェイの命令通り、ケイトが思い切りその頭を叩いた。確かに日ごろから気の置けない仲の良さを見せる二人だが、ここまで遠慮なく手を上げられるものだろうか。

 一方、アンジェリカは相変わらずユリウスと、その後ろにいるマリエを睨んでいた。

 

 

「……殿下は、在学中のお遊びで終わらせるつもりはない、ということですか?」

「俺にとってかけがえのない女性は一人だけだ。

 ――アンジェリカ、学園に入学する前なら、お前のことは嫌いではなかった。だが、マリエを傷つけるようなら容赦はしない」

 

 

 ユリウスの決然とした宣言に、周囲のひそひそ声が大きくなる。

 

 

「聞いた? 公爵令嬢様もこれで終わりよね」

「これってもう婚約破棄と同じじゃないの?」

「私、あの子のことが嫌いだったのよね」

 

 

 旗色が悪くなった途端、これだ。これ見よがしに嘲る群衆を、三人は冷ややかな目で眺めていた。

 

 

「貴女こそ、我々が何も知らないとでも? 貴女が取り巻きに命じて行わせた、数々の嫌がらせを」

「――それは……」

 

 

 一方、勢いに乗ったジルクが進み出、アンジェリカを糾弾し始めた。覚えがあるのかないのか、うっと口ごもってしまう彼女に、ここぞとばかりに陰口が飛んだ。

 

 

「やっぱりやってたんだ、あの女」

「うっわ、陰湿」

「そういうことするから、愛想尽かされるのよ」

 

 

 これ見よがしに陰口を叩く群衆に、アンジェリカは気勢を呑まれた。より不愉快なのは、()()()()()()()()()()()()が混ざっているということだ。

 

 

「――何度でも申し上げます! 私は、そんなことを命じていません!」

 

 

 アンジェリカは、毅然とした表情で言い放った。虚勢だ、誰もがそれを見抜いた。

 

 

「確かに、その娘には厳しい態度をとってきました! ですが、()()の身分に相応しい振舞いを指導してきただけのこと!

 裏で嫌がらせを仕掛けるなど……そんな卑劣な真似をしたことも、誰かに命じたこともありません!」

 

 

 アンジェリカの断言に、しかしユリウスは冷ややかに睨むだけだった。

 

 

「現に、マリエが被害を受けている。それが動かぬ証拠だ」

「殿下――どうして信じて下さらないのですか!?」

 

 

 親愛していたはずのユリウスに否定され、アンジェリカの虚勢がいよいよ崩れ落ちた。そこに追撃するかのように、ジルクが再び口を開く。

 

 

「無実のマリエさんを陥れながら、自らの罪を認めようとしない。卑怯者の貴女に、殿下が振り向くはずもないでしょう」

「違う! 私は本当に何も――」

 

 

 必死に反論しようとするアンジェリカの言葉は、しかし冷え冷えと睨む七人にはまるで届かなかった。

 

 

「……どう思う? 彼女の言い分」

『……それを僕に振る意図の方が気になる』

「こういうのは、蚊帳の外にいる人間の方が正確に見れるものでしょう?」

 

 

 一方、アデルは隣のハーヴェイに話を振っていた。

 

 

『――ここまで劣勢な状況下で、あの通り全面否定しているのであれば、おそらくシロだろう。後ろ暗いところを突かれた人間の言動には、あまり見えない。

 ただ、“アンジェリカ様のために”と称して実行した何者かがいることは、間違いないだろうな。当人の思惑に関わらず』

「ふぅん……」

『というか、この程度のことはきみでも見て分かるだろう』

「貴方の意見が聞きたかっただけよ」

 

 

 群衆と同じようにアンジェリカたちを見守る三人は、しかし群衆への侮蔑を強めていた。勝手な判断でマリエに嫌がらせをしていながら、その責任をアンジェリカ一人に押し付けた連中が、この群衆のどこかにいて、素知らぬ顔で彼女を嘲っているわけだ。

 その事実は、ついにアンジェリカの堪忍袋の緒を切った。

 アンジェリカは素早く右の手袋を脱ぎ払うと、マリエに投げつけるように放った。

 

 

「――へ?」

「拾え、売婦。殿下らを誑かした魔女め」

 

 

 手袋を投げつける――決闘の宣告だ。ざわついていた群衆も、思わず息を呑む。

 

 

「あら、思い切った行動に出たわね」

『ああいうのは無軌道というものだろう。完全に冷静さを失っている』

 

 

 そのさらに後ろから見ていたアデルとハーヴェイは、まだ冷静に俯瞰することができた。とはいえ、事態の収拾には程遠い。

 

 

「……アンジェリカ。つくづく、俺を失望させたな」

 

 

 鬼の形相を見せるアンジェリカに、ユリウスは冷ややかに目を細めた。その視線は、もはや婚約者に対するそれではない。

 一方、急に手袋を突き付けられたマリエは、怯んだような表情を見せていたが、

 

 

(――演技だな。目に余裕がある)

「マリエ、拾え。大丈夫だ、お前には俺が付いている。お前の代理人には俺がなる」

 

 

 冷ややかに睨むハーヴェイとは異なり、すっかり騙されているユリウスは、マリエを支えるように肩を抱いた。それに、残る男たちが続いて声を上げる。

 

 

「殿下ばかりに良い格好はさせておけませんね。学園のルールでは女子の代理人である男子が一人とは限りません。私も立候補をしましょう」

「面白いから俺も参加する。誰でも良いからかかって来いよ!」

「売婦とは聞き捨てなりませんね。訂正していただきたいが、決闘後に謝罪もしていただかないとね。当然僕も参加します」

「剣の腕には自信がある。マリエの剣として戦って見せよう」

 

 

 代理人、五人。前代未聞の事態だ。群衆が再びざわついた。

 

 

「みんな……私、怖いけど、みんながいれば安心だね。私、この決闘を受けるよ。

 ――アンジェリカさん、私はみんなと戦います」

「本当にお莫迦なご主人様ですね。僕がいるのを忘れていませんか? 応援くらい出来ますよ」

「ありがとう、カイル」

 

 

 使用人のよく分からない皮肉まで付け足されて、マリエは毅然と顔を上げた。手袋を拾い上げ、アンジェリカへと突き返すように言い放つ。

 動揺したのはアンジェリカの方だった。それぞれ、抜群の成績を誇る優秀な戦士だ。それが五人も集まれば、もはや敵なしと言っていい。アンジェリカの側には、誰も名乗り出なかった。

 

 

「おい、誰かこいつを助けてやろうって思う奇特な奴はいないのか? 取り巻きもいただろうに、ここまで人徳がないと同情したくなるぜ。

 ……まぁ、しないけどな。決闘を申し込んだんだ、代理人が用意できなくても逃げるんじゃねぇぞ」

 

 

 これ見よがしに叫ぶグレッグ。誰も応えることなく、代わりに生じたのは――

 

 

「ねぇ、あの女がどんな無様を晒すのか賭けない?」

「実家に泣きついて終わりよ。こんな決闘、認められるわけがないわ。だって、絶対に代理人なんて見つからないもの」

「あいつ自身が出てくるかもよ。そうなったら、ボコボコにして欲しいわ」

 

 

 陰湿な笑い声に、三人は我慢の限界を迎えつつあった。

 入学時はあれだけ媚び諂っていた連中が、ここぞとばかりに貶し嘲笑う。貴種として、いやそれ以前に人としての道徳心が欠如している。この生徒たちは、弱い者いじめがいくらでも肯定されるとこの学園で学び、そして長じてホルファート王国を支配していくのだ。

 

 

「……ひどい絵面ね」

『まったくだ。僕らがそこに混ざっているという事実を含めて』

「業腹ものね。どうする? いっそあっちに混ざってみる?」

 

 

 アデルの軽口を本気で検討する程度には、ハーヴェイも短気になっていた。とはいえ、分が悪いのは否めない。決闘は基本的に受けた方が勝負方法を決めるものであり、つまりアンジェリカの生殺与奪はマリエ側に握られていると言っても過言ではない。いよいよ気勢を削がれ、不安げに周囲を見回すアンジェリカの姿を見、ハーヴェイの脳裏にいやな電流が走った。

 ――()()()()()。非常に拙い。

 動き方を考えなければ。どう動く。どう立ち回る。誰に付く。誰を敵に回す。これからを見据えて、採るべき行動は――

 

 

「た、例え誰かに代理人になって貰わなくとも……」

 

 

 虚勢すら張れず、声を震わせるアンジェリカをグレッグが鼻で笑った。

 

 

「どうした? さっきの威勢はどこにいったんだ?」

「アンジェリカ、覚悟は出来ているんだろうな? 今更なかった事には出来ないぞ」

 

 

 まるで親の仇でも睨むようなユリウスの瞳に、ハーヴェイはついに決心した。壁に預けていた身体を動かし、群衆の向こう側へと突き進む。

 

 

「……ちょっと、貴方?」

『それ以上は近付かない方がいい。うっかり付いてきたら、きみも巻き込まれるよ。

 ああ、ケイト、きみも彼女の傍にいてくれ』

「あ、貴方、何をするつもり――」

 

 

 戸惑うアデルを置き去りに、ハーヴェイは群衆を掻き分けて進んでいった。これから王国全体を巻き込む、大騒動の渦中へ。

 

 

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