鋼鉄の牙、乙女の幻想   作:竹河参号

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03.偽りの聖女

 数日後。ついに動き出した公国軍の進撃に対し、しかし“黄道十四宮(ゾディアック)”は動いていなかった。

 先日王都を発ったのは、神殿の艦隊三十隻と、王国艦隊二百隻からなる連合艦隊。これだけあれば、軍隊としては規模の小さい“黄道十四宮(ゾディアック)”の出番はない。と言えるはずだったが――

 

 

「天と海、そして大地を司る“守護神”、それらを召喚する“魔笛”――まさか、もう一つあったとはな」

 

 

 アデルから調査資料を受け取ったダグラスらは、執務室に揃ってそれを読んでいた。

 その内容に、誰もが硬い表情を浮かべていた。公国軍の作戦の要を奪ったと思っていたら、それが片割れでしかなかったわけだ。

 

 

「やはり、出してくると思いますか」

「“出さない”という楽観は捨てるべきだろうな」

 

 

 資料によると、使用者の命と引き換えの召喚になる――だがそれで憎き王国を潰し、その膨大な土地と浮遊石を手中にできるともなれば、釣りがくるというものだろう。

 

 

「――勝てますか、我々で」

「無理だろう。この伝承が事実ならば、そもそも倒す術がない」

 

 

 クリフトンの問いに、モーガンは厳しい表情のまま答えた。無限に再生し続ける超大型魔獣――不遜だが、確かに“守護神”の名に相応しい脅威だ。

 

 

「では、どうしますか。護国のため、犬死してきますか」

「その国が消える。消し去られ、すべてを公国に簒奪される。おそらくは、ただの一人も逃すことなく」

 

 

 最悪、自分たちを捨て駒に王国が守られるならいい。それこそがスピアリング家の使命だ。

 しかし、今回は相手が悪すぎる。まず単純な質量がAC戦闘の範疇外だ。加えて、無限に再生し続ける敵など、倒しようがない。いずれこちら側の火力が尽きて、まとめて薙ぎ払われるのが末路だろう。そして、そんなものを持ち出してまで進攻している以上、公国はこの国を大陸ごと滅ぼす算段だと考えられる。

 

 

「宮廷貴族たちから、出撃要請が続々と届いています。もはや恫喝も同然ですね」

「身勝手なことだ。今までさんざん我々を嘲笑ってきながら――公国に付け入られる隙を、自ら作っておきながら」

 

 

 今更になって慌てだす宮廷貴族たちの要請書へ、クリフトンはまとめて『却下』の判を押し、投げ捨てるように脇に押しやった。

 そして改めてアデルの資料に目を遣り――クリフトンは目の色を変えた。

 

 

「――これは……」

「どうした」

 

 

 問いを投げるダグラスに構わず、クリフトンは見る見るうちに顔を青くさせ、ついに立ち上がった。

 

 

「――いけません。すぐに聖女を呼び戻さなくては!」

「神殿が派遣してしまった。我々の権限では動かせない」

「聖女だけでは足りません。聖女の伴侶と“王家の船”――あとひとつのロストアイテムが必要になります!」

 

 

 その言葉に、ダグラスとモーガンは目の色を変えた。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 さらに数日後、帰還した王国と神殿の連合艦隊の戦果に、三人は沈黙した。

 

 

「……惨憺たる、という有様ですな」

 

 

 連合艦隊、合わせて二百三十隻。――そのうち、帰還成功したのは十隻をも下回る。取り繕いようもない大敗だ。生還者がいただけ僥倖と言っていいか、どうか。

 

 

「並みの相手ならば、神殿も情けないものだ、と笑うところだが……流石に今回は、相手が悪すぎた」

 

 

 観測された“守護神”こと超巨大魔獣の反応は二つ。片方でさえ未曾有の脅威だというのに、それが天と海から挟んで攻撃してきては、とても勝ち目はない。

 

 

「肝心の聖女ですが、“偽者でありながら聖女を騙った”ということで、神殿が処刑を発表したそうです」

「どういう風の吹き回しだ? 聖遺物の反応を確かめた上で、神殿側が正しく公認したのだろう?」

「なんでも、本人がそう発言したらしく……」

「……だとしても、この瀬戸際で処刑だなんだと、悠長なことを」

 

 

 誰も彼もが責任逃れを画策した挙句、自ら認定したはずのマリエに全てを被せることにしたのだろう。神殿さえも存亡の危機だというのに、いったい何をやっているのやら。

 

 

「――しかし、“偽者”とはどういう発言でしょう? 彼女は“本物”の存在を知っていた上で、自分が成り代わったということになりますが」

「確かに、解せんな。成り代わりそのものは動機が知れるが、“本物”とはどういう意味だ? 彼女は何を知っている?」

「王宮に働きかけてみよう。偽者とはいえ、力を有しているのは事実。今処刑されると困るな」

 

 

 少なくとも、一時的に有効打を示したのだ。使える手は保存しておくに限る。

 

 

「あとの問題は、国境周辺の貴族たちの動きですね」

「諸外国もこれ好機とばかりに攻めてきたか。彼らで対処できるかな」

「そのための軍備は整えてあるでしょう。でなければ国境を預かる資格がない」

「――あるいは、“周辺諸国の侵攻への対応のため”という言い訳で動かないつもりの連中も多いだろうな」

「正論になってしまうのが苦しいところですね」

 

 

 揃ってため息を吐く三人の許に、こんこんとドアをノックする音が聞こえてきた。ダグラスが許すと、そこに現れたのはハーヴェイだった。

 

 

『父上、叔父上、兄上、失礼いたします』

「ハーヴェイか」

「そうだ、アデル嬢に礼を言っておいてくれ。彼女の尽力で、我々は貴重な情報を入手することができた」

「それはそれとして、急にどうしたんだい?」

『Mr.バルトファルトの所在は分かりますか? 彼と協議できる状況を作っていただきたいです』

 

 

 ハーヴェイの言葉に、モーガンは眉をひそめた。

 

 

「……彼のロストアイテムで何とかなると? 残念だが、それは――」

『そうではありません。()()()()()()()()()()()

「……どういう意味だ?」

『彼は、この状況に対する秘策を知っています。彼の協力がなければ、この戦況を打開できません』

「……“王家の船”とやらに関する情報か?」

『おそらくは、それのことかと。少なくとも、王家と同程度の知識を有しているはずです』

 

 

 ハーヴェイの肯定に、ダグラスは顔をしかめた。アデルが調べることができたということは、王家も同じ情報を有しているはずだ。そんな王家がこの局面で“船”を切らない理由はともかく、リオンがそれを求めるということは、リオンが主体になって作戦を進める必要があるということだ。

 

 

「……仮にその秘策が有効だとすると、彼の主導で戦闘を進める必要がある。つまり、彼が総司令官にならなければならない。

 ――ハーヴェイよ。この私に、子爵の小僧相手に膝を折れと申すか?」

『この首ひとつでお許しいただけるなら』

 

 

 ぎらりと睨む当主ダグラスの言葉に、ハーヴェイは迷わず答えた。文字通り己の命を捧げる覚悟の言葉だった。

 互いに譲らない視線のぶつかり合い――ダグラスはため息を吐き、折れることにした。

 

 

「……分かった。ここはお前に免じて、出方を伺う程度はしよう。

 だが、確約はせん。我々を遣うに足る器でないと判明したら、その時点で彼を拒否する」

『……王国を見捨てると?』

「あくまで友軍として、独自に動く。元より、王宮の腰抜け共と足並みを揃えるつもりはない」

『それこそ、父上が総司令として名乗りを上げるのは?』

「それこそ無駄だ。役立たず共を手駒と見做せるほど、私もモーガンも蒙昧ではない」

 

 

 ハーヴェイの提案を、ダグラスは吐き捨てるように却下した。モーガンも同じ思いのようだ。

 今の王宮は、とにかく機能していない。まともな戦力になるかどうかはおろか、誰に背後を撃たれるか分かったものではない。命運を預けるには、あまりに危険な連中だ。

 

 

「とにかく、まずはバルトファルト君との席を用意させる。“秘策”とやらについて、詳細を聞き出してこい」

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

 執務室を辞し、急いで馬車を支度するハーヴェイとケイトの許に、アデルが駆け付けた。

 

 

「ハーヴェイ!」

『アデルか。せっかくだ、きみも付いてきてくれ』

「お荷物、お持ちしますね」

 

 

 ハーヴェイの言葉に、ケイトは素早くアデルの荷物を抱え、馬車の積荷に押し込んだ。とはいえ、急ぎの報告のためほぼ身一つでやってきたアデルだ、大した荷物は有していない。

 

 

『そうだ、父上と叔父上が礼を言っていたよ。きみのお陰で有用な情報を手に入れられたと』

「ありがたく頂戴しておくわ。最悪を想定するのが戦争ってものなんでしょう?」

 

 

 ハーヴェイ越しの伝言に、アデルは不敵に笑った。とはいえ、およそ常識的な戦況分析としてはまず考えられない、前代未聞の事態だ。対策の有無はともかく、情報を得られただけでも御の字だろう。

 三人を乗せ、飛び出すように走り出した馬車の中で、アデルは改めて口を開いた。

 

 

「それで? これからどう動くつもり?」

『まずはMr.バルトファルトと話をする。本来の“ゲーム”ではどう切り抜けたのか、その情報が必要だ』

「すでに“シナリオ”がここまで拗れている状況で? もうアテにならないんじゃない?」

『手立ての一つとしては有効なはずだ。――そうでなくては困る』

 

 

 でなければ、他の手段はない。既に諸外国の侵攻で塞がれている王国に、もはや逃げ場はない。リオンが『詰み』を悟った時点で、この国と心中するしかない。

 そうして馬車が走り、ついに王宮に辿り着くと、その正門で武装している衛兵が行く手を阻んだ。

 

 

「そこの馬車、停まれ! 何用でこの王宮に参上した!?」

『ハーヴェイ・フィア・スピアリングだ。Mr.バルトファルト子爵と面会したい。取り次いでいただけるか』

「バルトファルト? 奴は反逆罪で捕らえられている! 面会申請は済ませているか!」

「貴方たちねぇ、今の状況が分かっていて――」

『アデル、落ち着いてくれ』

 

 

 いきり立つアデルを、ハーヴェイは力ずくで抑えた。ここで押し問答をしていても始まらないが、激情に駆られて事態を拗らせるのはそれこそ悪手だ。

 そんな緊張感を破ったのは、王宮の内側から出てきた警備隊長だった。

 

 

「通せ」

「隊長!?」

 

 

 衛兵たちと異なり、武装すらしていない。何かを諦めたような顔で、隊長は部下たちを制した。

 

 

「色々と事情はあるが――Mr.バルトファルトは無実とされた。それにこの状況で、余計な手間を掛けている暇はない」

「隊長、しかし……!」

「スピアリング様、火急のご用事で間違いありませんか? この状況について、打開する手立てがあると?」

『その協議のために馳せ参じた。既に時間との勝負だ』

「了解いたしました。どうか、よろしくお願いいたします」

 

 

 仕方なく、馬車の通り道を解放した衛兵たちに敬礼すると、ハーヴェイらはそのまま奥へ突き進んだ。ともかくも、リオンの情報をどこまで作戦として組み立てられるかに掛かっている。

 

 

 

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