鋼鉄の牙、乙女の幻想   作:竹河参号

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05.出陣

 数時間後。国王ローランドによる招集命令に応じて王宮に赴いたダグラスは、どこか疲れたような顔をして本邸に戻ってきた。

 

 

「お疲れさまです、父上」

「バルトファルト君はどうでしたか」

 

 

 クリフトンとモーガンの問いに、ダグラスはため息を吐きながら答えた。

 

 

煽動家(アジテーター)としては最悪だな。“陶酔させる”“熱狂させる”という点において、彼ほど不向きな人間はいない。

 だが相手の怒りを煽り、矜持を傷付け、莫迦にされて堪るかと奮起させる――若さゆえの未熟さを逆手に取った、面白い話術を見せてもらった」

「最悪ですね」

「最悪だな」

 

 

 クリフトンとモーガンは揃って言い捨てた。ダグラスは一切庇わなかった。

 仮にも己より年齢も地位も高い貴族たちに対し、「税金泥棒」だの「役立たず」だの、好き放題な言いようだった。『士気高揚』という意味では、最悪に近い。だが我が子と変わらない小僧に言い立てられ、無能扱いされるのは我慢がならないだろう。このまま莫迦にされて終われるものか、と奮起させられた将兵は多そうだ。ただの劣勢ではなく、多くの軍兵が逃げ出した今だからこそ――自分たち以下の意気地なしがいるからこそ有効な台詞だった。この現状に合わせて言葉を選んでいたのなら、話術の才能はピカイチと言ってもいいかも知れない。

 

 

「して、乗るのですか」

「あれだけ言われてしまってはな。護国の防人(さきもり)たる我々が、ここで尻込みしてはいられない」

「残りの宮廷貴族たちはどんな様子ですか」

「一部は反抗を続けるだろう。民衆の避難と保護に宛がわれることになるだろうな」

 

 

 元々、割かねばならない役回りだ。勝利の栄光と引き換えにしたいのなら、望み通りにやらせるのが順当だろう。

 問題は、その『勝利の栄光』が未だ皮算用でしかないとう状況だ。

 

 

「公国軍の状況は?」

「動きは緩慢、あくまでも“守護神”と足並みを揃えるようです。王都への到着はまだ時間がありますが――」

「公国軍にかかずらっている間に、“守護神”が王都に到達するかと」

「本土決戦は避けられない、か」

「“守護神”を対処できるかどうかに、この国の未来が懸かっています。仕方のないことかと」

 

 

 苦い顔を見せるダグラスへ、クリフトンが宥めるように言った。飛行船が主体の戦争とはいえ、勝っても負けても、甚大な被害は避けられない。

 しかし勝てなければ全てが終わる。分不相応の立場を与えられたリオンの命令に従い、迫りくる脅威の全てを打ち滅ぼさなければならない。

 

 

「さて、どんな秘策を見せてくれるのやら」

「あのハーヴェイが見込んだ男です。相応の成果を見せてもらわなくては」

 

 

 ダグラスは己の席に戻り、あらかじめ用意されていた命令書にサインをすると、モーガンへと突き出した。

 

 

「――スピアリング家当主として、第一隊長に命じる。“黄道十四宮(ゾディアック)”の全兵力をもって、ファンオース公国軍の侵攻を阻止せよ。魔獣頼りの惰弱共に、我々の底力を見せつけてこい」

「承知いたしました」

 

 

 その命令書を、モーガンは恭しく受け取った。一世一代の戦いが、ここに始まる。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 翌日、慌ただしく動く“黄道十四宮(ゾディアック)”の兵士たち。首席隊長モーガンの命令であらかじめ出撃準備を整えていたとはいえ、一刻も早く王国軍と合流し、公国軍の迎撃に向かわなければならない。

 その一つ、第九隊“(スコーピオ)”が管理する飛行船の、格納庫内。アンタレスに搭乗したハーヴェイの前に、不安げな様子のケイトが立っていた。

 

 

「……坊ちゃん……」

『大丈夫だよ、ケイト。今度ばかりは、僕一人じゃない』

「でも……」

 

 

 ケイトの不安を宥めるハーヴェイは、しかし平時より緊張している。お互いに無理もない。未曾有の化物を向こうに回す羽目になり、その撃滅手段も真偽不確かな伝説によるものだ。どうしても、不安は拭えない。

 それでも、往かなくてはならない。それ以外の選択肢は、最初からない。

 

 

『ここで逃げたら、すべてが終わる。僕たちだけじゃない、ケイトも、アデルも。僕の大事な家族が、大事な友人が、すべて失われてしまう。それを防ぐために、僕たちは往くんだ』

「……分かりました。あたしはここで待ってます。――必ず、帰ってきて下さいね」

 

 

 覚悟を決め、きっぱりと言い放つハーヴェイに、ケイトが言えることはもうなかった。あとは、彼を信じて待つしかない。

 そんな中、格納庫中にアラートが響き渡った。

 

 

『――報告! 広域レーダーにて熱源反応を探知!』

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

「南東11度――上空102.4mです!」

「上空からの奇襲か。やってくれるな」

 

 

 船員からの報告に、モーガンは忌々しげに、しかし冷静に言い放った。狙いは当然、公女と“魔笛”の奪還だろう。警戒網を掻い潜ったとはいえ、仕掛けてくるには高度があり過ぎる。緊急発進すれば、降下するまでに間に合うだろう。

 一斉に発進した“黄道十四宮(ゾディアック)”の上空に、艦隊の姿が見えた。奇襲用の高速艦隊らしく、船体もその規模も小さい。

 

 

「敵艦隊、三十隻! 爆雷を投下しています!」

「高射砲を起動。可能な限り撃ち落とせ」

「了解!」

 

 

 側面あるいは上空を制して砲撃を行うのが現代飛行戦の主流だが、“黄道十四宮(ゾディアック)”の艦隊はその対策として最低限の高射砲を積んでいる。“黄道十四宮(ゾディアック)”艦隊は高度を上げつつ、機銃を掃射し爆雷を撃ち落としていった。とはいえ、やはり精度はいまいちだ。完全な掃討は期待せず、AC部隊を展開し残存を排除する程度に考えていた方がいいだろう。

 

 

「報告! 敵艦隊より、魔導鎧部隊が降下中!」

「わざわざ同じ土俵に立ってくれるとはな。――第二隊から第十三隊、出撃せよ! 爆雷を排除しつつ敵機および艦隊を撃滅、一機たりとも王国の土を踏ませるな!」

『了解!』

 

 

 首席隊長モーガンの号令に合わせ、十二の艦船から一斉にACが飛び出す。それを見届けると、モーガンは続けて総司令部への通信を命令した。

 

 

「総司令部へ伝達! “奇襲部隊の迎撃はこちらで行う。公国軍本隊の迎撃に向かわれたし”!」

「了解!」

 

 

 最大の問題は公国軍の本隊と“守護神”だ。それに集中してもらうべく、ここは自分たちだけで排除しなければならない。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

『――おっと!』

 

 

 Z9-6カーチスはレーザーブレードで敵機を薙ぎ払いつつ、己のブースト速度に翻弄されかけた。

 

 

『Z9-6、無事か』

『問題なし。――しかし、軽すぎるな。ACSがなければ重心がブレる』

『テスト済みとはいえ、いきなり実戦投入とはな。アギラル教授も無茶振りをしてくれる』

 

 

 対魔導鎧を想定して製造されている物理ブレードは、その破壊力故に大きく重い。ずっとそれに慣れてきたAC部隊の大多数にとって、レーザーブレードやパルスブレードといった“魔力発振器(マギカ・オシレーター)”は、あまりにも軽い代物だった。当然、その分だけ機体は軽くなり、ブースト突進はおろか通常巡航速度さえ上昇する。その急激な変化は、歴戦のACパイロットたちをして戸惑いを覚えさせた。

 そこに、Z9-4オルグレンの叱咤が飛んだ。

 

 

『Z9-6、Z9-7。雑談は控えろ』

『はっ、失礼しました』

『……“魔力発振器(マギカ・オシレーター)”のことなら、教授を信頼しろ。こと実用性において、教授が手を抜くことはない』

『いやはや、それは――』

 

 

 オルグレンの言葉に返答しつつ、カーチスは周囲を取り囲んでくる敵機に対して、レーザーブレードをぐっと構えると――

 

 

『――ふぅんッ!』

 

 

 長大に延伸された魔力刃を大きく振るい、回転斬りで一気に薙ぎ払った。胴や機関部を焼き切られた魔導鎧が、黒い煙を上げながら墜落していく。

 

 

『語るまでもありませんがね』

『物理ブレードの重量を無視した上で、この威力とは』

 

 

 魔力を吸い上げる魔導鎧の性質上、長期戦では物理ブレード同士のぶつかり合いが中心になる。必然、機動力が物を言う近距離戦で、威力と軽さを両立した“魔力発振器(マギカ・オシレーター)”は画期的な代物だ。第九隊長ハーヴェイの専用兵装『PSB/MO-001 SPRENDOR』の戦闘データをもとに調整された魔力消費や冷却性能も相まって、非常に使いやすい。

 

 

『代わりに魔力消費がある。ジェネレータの残量に注意しろ』

『それと、使用時は周囲に注意しろ。味方を巻き込むなよ』

『了解』

 

 

 互いに注意を促しつつ、三者は戦闘に戻った。途中でライフルや魔導ミサイルを使い、爆雷を排除しつつ敵機を巻き込んで墜落させていく。

 ずどぉん、と上空で轟音がした。見れば、真紅の奔流が複数の軍艦を襲い、その船体を蹂躙していく。“赫薙ぎ”――アンタレスの特殊ブレードによる極大の一撃だ。小型とはいえ公国軍が擁する最新鋭の軍艦は、しかしたった一機のACによって次々に墜落していった。

 

 

『……隊長は相変わらずですな』

『何しろ第一人者だ、発振器(オシレーター)の扱いなら右に出る者はない』

『しかし、単騎で軍艦を撃墜とは……』

『敵に取っては悪夢だろうな』

 

 

 一般的な魔導鎧は、軍艦を相手にできない。ACでさえ一小隊で取り囲み、袋叩きにするのがセオリーだ。それを単機で実現するアンタレスは、もはや鬼神怪物に等しい暴れようだった。

 そこに、Z9-3ラッセルの通信が割り込んだ。見ればアンタレスを取り囲むべく、敵機が集中している。

 

 

『隊長に攻撃が集中している。総員、援護に回るぞ』

『了解!』

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

「報告! 奇襲艦隊の全艦撃墜を確認! 迎撃は成功です!」

「了解。――これで、先手は凌げたか」

「あとは、公国軍と超大型ですな。――“(ケートス)”、実働部隊の受け入れ準備! 補給と整備の支度にかかれ!」

「了解!」

 

 

 第一隊“蛇遣い(オピュクス)”の船内に、安心が広がる。これで後顧の憂いは断った。あとは王国軍本隊と合流し、公国軍を撃破するのみだ。

 ところが、そんな幹部たちに冷や水を浴びせる事態が生じた。

 

 

「――ほ、報告! 南東20度、距離20.4kmから熱源反応を確認! 超高速で迫ってきます!」

「なにっ!?」

「第二隊から第十三隊、迎撃せよ!」

「無理です、捉えきれません! 王宮到達まで――あと10秒!」

「――総員、衝撃に備えろ!」

 

 

 がぁん、という衝撃波とともに、王宮の一角が吹き飛んだ。音速を容易く超える黒い影がソニックブームを起こし、巻き込まれた“黄道十四宮(ゾディアック)”艦隊がぐらりと揺れる。

 

 

「くっ……衝撃波だけでこの威力か……!」

「どうします!?」

「おそらく“魔笛”と公女の回収が目的だ。何としても逃がすな!」

「なりません! 我々のACは屋内戦に適していません。それに、王宮を攻撃するわけには」

「ちっ――“(カンケル)”、“水瓶(アクアリウス)”、王宮へ旋回! 王宮を包囲し、侵入した敵性機体を逃がすな!」

 

 

 幹部の諫言に、モーガンは仕方なく二小隊へ命令を下した。仮にも王宮、緊急事態とはいえ銃を向けることがあってはならない。

 なお、王宮内を警護する魔導鎧の騎士たちには一切期待していなかった。これだけの出力を備えた存在に対抗できるとは、とても思えない。“魔笛”と公女が奪われる前提で、飛び出してきたところを撃ち落とすしかない。

 しばらくあって、王宮の一角が内側から吹き飛んだ。そこに現れたのは、先程の黒い影。

 

 

「報告! 敵性機体、王宮から飛び出しました!」

「敵性機体を撃破し、魔導具(マジックアイテム)の奪還を阻止せよ!」

『了解! Z5突入します!』

『同じくZ12突入!』

 

 

 命令とともに黒機を包囲する二小隊。しかし――

 

 

『邪魔だぁぁッ!!』

『ぐああっ!?』

『がはっ!?』

 

 

 黒機の強烈な一薙ぎとともに、包囲網の一角が振り払われ、複数機のACが薙ぎ倒されていった。

 

 

「突破された!?」

「馬鹿な……二小隊がかりだぞ!?」

 

 

 数の不利すら物ともしないパワー。それらを存分に見せつけると、黒機は“黄道十四宮(ゾディアック)”艦隊を見上げながら言い放った。

 

 

『忌々しい戦争屋共が。貴様らはあとで皆殺しにしてやる』

 

 

 そのまま、黒機は飛び去ろうとする。“魔笛”と公女はコクピットにいるのだろうが、それにしても遠慮のない加速だ。

 

 

「敵性機体、王宮から離脱! 本隊に合流するものと思われます!」

「追え! 何としても逃がすな!」

「しかし、それでは市街地が……!」

「くっ……」

 

 

 攻撃もせず離脱しようとする敵機を追撃するために、市街地を巻き込んでは元も子もない。見る見るうちに遠ざかっていく黒機を、モーガンら幹部は歯噛みしながら見送るしかなかった。

 

 

「敵性機体……広域レーダー圏外へ、逃走しました……」

「――Z5-1、Z12-1。被害状況を確認、負傷者を収容せよ」

『りょ、了解!』

 

 

 目的は果たせなかったものの、ひとまず王都の脅威は失せた。あとは、一度去ったあの黒機が、今後の戦況にどう影響してくるか。

 

 

「……やられましたな」

「まともな機体とは思えません。――あれが、ハーヴェイ様の報告にあった“魔装”ですか」

「どうします?」

「……“王家の船”とやらに頼るしかない。実働部隊の収容と補給整備を済ませたら、本隊と合流するぞ」

 

 

 

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