鋼鉄の牙、乙女の幻想   作:竹河参号

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06.鉄の地獄

「――“黄道十四宮(ゾディアック)”より総司令部へ報告。公国の奇襲部隊の迎撃に失敗。“魔笛”と公女を奪還された」

『……な……!?』

「“魔装”と思われる敵性機体による攻撃を受けた。その他の残党は全艦撃墜済み、王都の脅威はなし」

『そ、総司令部、了解……』

 

 

 通信越しに動揺するリオンへ、モーガンはなるべく無感情に伝達した。当主ダグラスが彼に言われた、「役立たず」をまさに実現してしまったことに、忸怩たる思いを抱いていた。

 とはいえ、過ぎてしまったものはどうしようもない。失態を演じたならば、それを挽回するのみだ。

 

 

「“黄道十四宮(ゾディアック)”より総司令部へ上申。“(ヴァイス)”の護衛に、第九隊“(スコーピオ)”の配置を上申する」

『す、“(スコーピオ)”?』

「Z9-1、小隊長はハーヴェイ・フィア・スピアリングだ」

 

 

 “王家の船”――もとい、ヴァイス。何故名前を変えたのかはともかく、最重要防衛対象であることは間違いない。防衛戦力は多い方がいいだろう。顔なじみのハーヴェイならば、リオンも多少は安心するはずだ。その意図を察したのか、リオンからの反論はなかった。

 

 

『りょ……了解。ヴァイスの護衛をお願いします』

「依願の必要はない。貴官は総司令官である」

『りょ、了解……貴軍の提案を認める。……これで、いいのかな……』

「“黄道十四宮(ゾディアック)”了解。これより第九隊“(スコーピオ)”を派遣する」

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

 第一隊“蛇遣い(オピュクス)”からの配置命令により、艦船を移動させたハーヴェイは、アンタレスに搭乗したままヴァイスに乗り移った。他の隊員は燃料温存のため、艦船に待機させている。オリヴィアがいるだろうから、その挨拶のためだけである。あとはせいぜい、マリエに釘を刺しておく程度だろう。

 翼を広げた白鳥を模したような船に飛び移り、どんと甲板に降り立つ。艤装もほとんどなく、軍用艦としては頼りない。護衛艦こそ周囲にもいるが、もう一小隊の派遣を上申するべきか――と考えていたハーヴェイの前に、()()の人影が見えた。

 

 

「ぎゃーっ!?」

『こちら“黄道十四宮(ゾディアック)”、第九隊“(スコーピオ)”。小隊長以下七機、貴艦の護衛に当た――……ん?』

「その声は――」

「ハーヴェイさん!」

 

 

 そこにいたのは、悲鳴を上げるマリエをよそに驚くアンジェリカとオリヴィア。なぜ、この三人?

 そんなマリエに駆け付けるかのように、船室の奥からぞろぞろと人が出てくる。……なんか、多くないか? 普通の船員という様子でもないし、何より見覚えがある顔ぶれだ。

 

 

「で、出たな、スピアリング!」

「確かに心強いですが、私たちも負けていられませんね」

「今度は負けん! 私たちでマリエを護ってみせる!」

「ふっ、僕たちの華麗な戦いを見ているがいい!」

 

 

 パイロットスーツに身を包んだ五人組、引くことユリウス。何をしているのだろうか。

 

 

「その通り! 俺たちに掛かれば、公国など敵ではない!」

「いや何混ざってんだよ、この仮面野郎」

 

 

 そこに加わってきたのは、変な仮面をつけたマント姿の男――どう見てもユリウス王子殿下である。何がしたいんだ、この連中。

 

 

『……きみたち、何をしているんだ』

「当然、マリエの護衛のためだ!」

『……総司令官殿は、何を考えて……』

 

 

 当然のように胸を張る五人組に、ハーヴェイは閉口した。まあ、五人揃えば役立たずとは言い難い戦力ではあるが、所詮戦争の素人である。防衛戦力としてはいささか不安が残る編成だ。

 呆れ返ったハーヴェイに、艦船で待機するZ9-3ラッセルの通信が届く。

 

 

『いかがしますか、隊長』

『……友軍機として認定。“(ケートス)”、ヴァイス所属の魔導鎧に友軍識別タグを』

『了解!』

 

 

 嘆息しながら返したハーヴェイの指示に、“(ケートス)”の船員は速やかに対応した。

 予想外の援軍はまあいいとして、問題はアンジェリカだ。非戦闘員である彼女が、何故ここにいるのか。

 

 

『それより、Ms.レッドグレイブ。Ms.オリヴィアやラーファンはともかく、きみがここにいるのは何故だ?』

「そ、それが……」

 

 

 真っ当な質問を投げたはずなのに、微妙な顔で互いを見合わせるアンジェリカとオリヴィア。“王家の船”の運行条件に、彼女も関わっているのだろうか――と思いきや、その返答は斜め上のものだった。

 

 

「実は、“王家の船”を起動させる条件が、“愛し合う二人の絆”で……」

『……は?』

「陛下と王妃様が最初に試したんだが、全然駄目な点数で……」

『……点数?』

「その後、マリエさんたちも試したんですけど、結局だめで……」

『馬鹿じゃないのか、きみたち』

「最後に、私たちとリオンで試そうとしたんだが――」

「……その、私とアンジェで成功してしまって……」

『馬鹿じゃないのか、きみたち』

 

 

 およそ想定を下回るトンチキな説明に、ハーヴェイは思わず頭を抱えた。一応、国家存亡の危機である。この連中はその裏で、何やら茶番を繰り広げていたということなのか。

 

 

『――……隊長、少し頭痛がしてきました』

『小官も同じく……』

『……我慢しよう。とにかく、結果オーライということで』

 

 

 同じように、通信越しに頭を抱える隊員たちを、ハーヴェイは何とか宥める羽目になった。これが凶と出ないことを祈るしかない。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

「報告! 超大型魔獣、ならびに公国艦隊と対面しました! 距離、23.3km!」

 

 

 層雲を伴う巨大な肉の塊がやってくる。夥しい多眼と二対の腕、そして禍々しい触手で構成された翼。“守護神”などと神々しい呼び名とは裏腹な威容に、誰もが思わず息を呑んだ。

 

 

「あれが、“天の守護神”か……」

「直に見ると、また圧巻ですな」

「まさに桁違いですな。遠近感が狂いそうです」

 

 

 公国軍は、その前衛として立ちはだかるように航行している。このままいけば、まず公国軍に足を止められ、その隙に“守護神”に蹂躙されるだろう。

 だが王国軍の最前衛に立つのは、かのパルトナーだ。王国艦隊でも群を抜く巡航速度と頑強さ、そして攻撃能力を有するあの艦が一気に突破することで、“守護神”の懐に入り込むことができるだろう。

 あとはヴァイスが本領を発揮するまで、パルトナーが正面から“天の守護神”を、ルクシオンが大陸の裏側で“海の守護神”を抑える。具体的には、艤装をフル稼働して攻撃し、肉体再生に集中させる。その間、こちらは公国艦隊を攻撃して勢力を削ぎ、パルトナーを擁するリオンを援護する。

 

 

「公国艦隊は何とかなるとして――本当に、あのヴァイスとやらに任せられるのでしょうか……」

「それしかあるまい。伝説の怪物だ、伝説をぶつけるしかない」

「チェスでも考えられない局面ですね」

 

 

 首席隊長モーガンの苦々しい言葉を、誰も否定できなかった。

 もはや定石もへったくれもない。遥か昔の御伽噺に全てを託し、自分たちは目の前の現実を排除するしかない。

 

 

「第二隊から第十三隊、出撃せよ! 超大型魔獣に注意しつつ、公国軍の勢いを止めろ!」

『了解!』

 

 

 その号令とともに、“黄道十四宮(ゾディアック)”艦隊が一斉に飛び出した。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 強靭なパワーに任せ、公国艦隊を力ずくで食い破ったパルトナーは、そのまま“天の守護神”の懐に飛び込んだ。

 

 

「懐に入ればこちらのものだ! ――ものだよな?」

 

 

 不安げなリオンの言葉を肯定するものはいなかった。通信妨害によりルクシオン本体とのリンクが切れた金属球は、ただ無言で浮いているだけだ。

 これで第一段階はクリア。パルトナーから発射された無数のミサイルが、“守護神”の肉体に衝突し、爆裂とともにその巨体を蹂躙していく。巻き上がる黒い煙が層雲をなし、中天に輝く太陽を覆い隠していった。しかし、その黒雲の端々から“守護神”が肉体を再構築していき、ぎょろりとパルトナーに視線を向けた。

 分かってはいたが――どれだけ撃ち込んでも、すぐに再生する。このまま攻撃を続けて、動きを封じ続けるしかない。

 一方、反転してパルトナーを狙う公国艦隊に向けて、王国艦隊も次々に突撃していった。パルトナー自身が反撃できない今、公国艦隊をどれだけ抑えられるかに懸かっている。轟音を立てる艦砲射撃が交わされ、魔導鎧が飛び出し、空域を覆う勢いで鉄のぶつかり合う音が響く。アロガンツのコクピットまで響く重厚な喧騒が、リオンの緊張を駆り立てた。

 そんな鉄風雷火の嵐を掻い潜り、公国軍の魔導鎧がパルトナーへと到達した。

 

 

【――敵機接近】

『見つけたぞ、外道騎士!』

「外道? 自分だけが道を踏み外していないみたいに言うな!」

 

 

 公国兵の叫びに苛立つリオンが、ライフルでその胴を撃ち抜く。ついでに真上を航行する軍艦の機関部を撃ち抜いた。爆発炎上しながら落下してくる軍艦から、生き残った魔導鎧が降ってくる。それだけでなく、周囲を取り囲む公国艦隊から続々と魔導鎧が迫りくる。

 

 

『鎧で破壊する!』

『奴を討ち取れば出世は思いのままだ!』

『貰ったぁぁぁ!』

 

 

 ノイズ混じりの音声で喚き散らす公国兵。リオンは舌打ちしながら戦斧を構え――

 

 

『Z4、突撃せよ!』

『Z7、かかれ!』

『Z13、遅れるな!』

『なんだとっ!?』

 

 

 そこに割り込むように、“黄道十四宮(ゾディアック)”のAC部隊が突撃する。鳥葬の如くアロガンツを取り囲もうとした公国兵は、そのさらに外側から攻めかかるAC部隊に妨害され、あっという間に乱戦に展開した。そこら中で鉄と鉄がぶつかり合い、火焔や雷撃が乱射され、悲鳴と怒号が飛び交い合う。

 これが、戦争。これが、殺戮。リオンは目が眩みそうになった。空を覆い尽くすような地獄は、しかし人の手によって創り上げられている。それを掻き消す手段は、たったひとつしかない。

 

 

「――さぁ、頼むよ。“愛と勇気”とやらで、世界を救っておくれ」

 

 

 彼方のヴァイスへと振り向き、リオンは縋るように言った。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 聖女マリエのシールドで味方軍艦を保護すべく、前進せざるを得ないヴァイス。その航行を守るように、“黄道十四宮(ゾディアック)”第九隊“(スコーピオ)”のAC小隊が展開していた。先頭に立つのは、ハーヴェイを乗せた深紅のアンタレスだ。

 

 

『――Z9-1より各員に伝達。陣形を維持し、公国軍を近づけさせるな』

『友軍機はどうしますか』

『……最終防衛ラインとして控えさせる。諸君は前衛として対処せよ』

 

 

 五人組は実質ないものとして扱う。彼らの戦力以前の問題として、ヴァイス本体の迎撃能力が皆無だ。つまり自分たちの防衛線が抜けられ、敵機の射程圏内に入った時点で、撃墜がほぼ確定する。

 目の前で艦砲射撃が飛び交い、敵も味方も墜ちていく。聖女のシールドがある分、耐久力が優れているのは味方の方だが、その出力にも限度がある。防ぎきれなかった一撃が機関部に引火し、墜落していく味方艦があった。

 そんな中、辛うじて砲火を掻い潜ってきた公国艦が、ヴァイスに向けて魔導鎧の部隊を投下してきた。

 

 

『“戦争屋侯爵”共が! 死んでしまえ!』

『皆殺しにしてやる!』

 

 

 ノイズ混じりの怒号が口汚く浴びせられる。ここまで接近すれば、撃墜できると思っているのだろう。

 ――そこに魔導ミサイルの雨が降り注ぎ、バズーカとグレネードの炸薬が爆裂し、リニアライフルの徹甲弾が貫いた。

 

 

『ぐわっ!』

『がはっ!?』

 

 

 真正面から突撃してきた魔導鎧の集団が、“(スコーピオ)”による集中砲火を浴び、爆炎を上げながら墜落していった。それを冷たく見下ろしながら、Z9-4オルグレンとZ9-5エヴァンスが呟いた。

 

 

『やれやれ、公国兵は口うるさいばかりですな』

『ここまで工夫がないと、肩透かしもいいところだ』

 

 

 ヴァイスのことは、あくまでも一艦船としか思っていないだろう。傍目には豪華な装飾が付いた、この場には不似合いな艦船でしかない。目の前のAC部隊をこそ優先目標(えもの)と見ていた公国兵は、“(スコーピオ)”の集中砲火に慌てて散開した。

 

 

『この――殺し屋共が!』

『死に腐れ!!』

 

 

 口汚い罵声を浴びせながら迫りくる魔導鎧たち。被害者根性だけは一丁前だ、と冷ややかに睨みながら、“(スコーピオ)”の総員は残存兵たちと対峙した。

 小隊長ハーヴェイを除き、“(スコーピオ)”隊員は二人一組(ツーマンセル)を基本としている。一方に攻撃を集中させても、もう一方による横槍で妨害される。そちらを排除しようとしたところで、挟み撃ちのように撃ち返される――絶えず変動する戦況を見抜いて行動する戦術眼は、ベテランの戦士だからこそできる技巧だ。

 そうして味方の公国兵が次々落とされていく中、彼らは深紅の機体アンタレスを見咎めた。

 

 

『いたぞ! “殺戮人形”だ!』

『奴さえ殺せばお終いだ!』

 

 

 王国内どころか他国にも響き渡る、悪名高い殺戮者だが、囲んで叩けばお終いだ。死んで潰れて、俺たちの戦果となれ――と、一気に突撃する。

 

 

『――下らんな』

『本当にな』

 

 

 その叫喚に、Z9-6カーチスとZ9-7ヘンデルは吐き捨てた。つくづく、“殺戮人形”を舐めている。

 アンタレスの右肩から六基の魔導ミサイルが放たれ、同時に本体が吶喊する。狙われた公国兵の一機は、時間差で襲い来る魔導ミサイルを浴びながら逃げた先で、アンタレスの真紅の刃にその胴を斬り裂かれた。

 

 

『ぐわぁぁっ!?』

 

 

 悲鳴とともに墜落する魔導鎧には目もくれず、すぐさま旋回。隣から襲い来る公国兵にブーストキックを返すと、撥ね飛ばされひしゃげた胴に向けてリニアライフルの一撃。

 

 

『ごえっ』

 

 

 流れるような所作で、あっという間に二機撃墜。動揺するもう一機に向けて、換装したバーストライフルの三連射を撃ち込む。

 

 

『な、なにっ!?』

『――その程度で死なないからこそ、“殺戮人形”だ!』

『がはぁっ!?』

 

 

 その隙にすかさず突撃したZ9-2ダルシムのパルスブレードが、公国兵の胴に十字の深い裂傷を刻み、爆炎とともに墜落させた。

 動揺した残りの公国兵に向けて、“(スコーピオ)”の集中攻撃が襲い掛かった。そもそも、「“殺戮人形”さえ落とせば突破できる」という慢心が彼ら全員を舐めている。その返礼は夥しい銃火と爆裂となり、こうして魔導鎧の集団は全機撃墜された。

 その隙に、アンタレスは高く飛び上がり、魔導鎧部隊を投下してきた軍艦の上を取ると、左手のブレードから真紅の奔流を噴き出した。がりがりと艦橋と機関部をまとめて薙ぎ払われた軍艦が、内側から爆発しながら墜落していく。

 

 

『……また、単騎で撃墜か……』

『そろそろ“殺戮人形”も廃れ時だ。次は“戦艦狩り”でも名乗っていただいた方がよろしいのではないかな』

『違いない』

 

 

 Z9-3ラッセルの軽口に、周囲は同調した。ACでも複数機がかりで倒す必要がある戦艦を、たった一機で撃墜。“赫薙ぎ”それ自体の破壊力もさることながら、それを揮うハーヴェイの魔力制御、あるいは戦艦の要所を的確に攻撃する観察眼がずば抜けている。

 そんな中、巡行ブーストで速やかに戻ってきたハーヴェイが、じじっと機械音声を鳴らした。

 

 

『――諸君、雑談が多い』

『はっ、失礼しました』

『要はこのヴァイスだ。注意を怠るな』

 

 

 小隊長ハーヴェイの言葉に、“(スコーピオ)”総員は改めて気を引き締めた。

 ヴァイスとオリヴィアが真価を発揮するまでは、まだ時間がかかるらしい。それまでは、一瞬たりとも気を抜いてはならない。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 一方、ヴァイスの艦橋。そこから見える景色には、そこかしこで爆炎が上がり、鉄の塊が墜落していく様ばかり見える。目の前で鉄風雷火の嵐を見せつけられ、オリヴィアは苦悶に震えていた。

 

 

「リビア、少し休め」

 

 

 気遣うアンジェリカの言葉に、オリヴィアはかぶりを振る。その目からは、滂沱の涙がこぼれていた。まるで戦場を、この地獄を余すことなく見尽くしているかのような表情だ。

 

 

「苦しいです。どうしてみんな戦うんですか? こんなに苦しいのに……どうして」

「……どうしてだろうな」

 

 

 涙を流しながら苦しむオリヴィアの問いに、アンジェリカは答えられなかった。

 理由なら、いくらでもある。ファンオース公爵家の独立から始まった確執。奪い奪われを繰り返す領土。戦争の度に振り回される兵士や民衆の犠牲。その度に膨れ上がる憎悪――だが、もはや理屈理論で語れる域を超えている。膨れ上がった敵意と憎悪とが、ついには『何のために戦うのか』という理性さえ奪い、血で血を洗う残酷な闘争を拡大させていく。

 理不尽と怨嗟を巻き込み、無限に拡大し続ける円環。それはすでに王国と公国を諸共に呑み込み、やがて両者をも滅ぼすだろう。止めることができるとすれば――それが、オリヴィアの力。

 

 

「リビア、こんな戦いは早く終わらせよう。出来るな?」

 

 

 涙を流しながら頷くオリヴィアが、胸の前で手を組んで祈りを捧げた。アンジェリカもそれに倣うと、急に深い湖に落とされたような錯覚に襲われた。

 

 

(何だ? 胸が苦しい。それに――悲しくて涙が)

 

 

 重く苦しい感覚の中で、アンジェリカは水底に響くような無数の声を聴いた。

 

 

“助けて! 死にたくない!”

“母さん、助けて!”

“だから、戦争なんてしたくなかったんだ”

 

 

 それは、死者の妄念。戦火に苦しみ、悲嘆の中で消えていく命の叫び。

 

 

(――お前は、これをずっと感じ取っていたのか?)

 

 

 まるで感情の濁流だ。とても受け止めきれない。その一つ一つに寄り添い、その悲しみを受け止めているというのか。

 アンジェリカは、ただオリヴィアに寄り添い共に祈った。「終われ」とただ願った。

 

 

 暖かい光が、戦場の空を覆い尽くした。

 

 

 目も眩むような、しかしどこか柔らかな輝きに、全員が武器を握る手を止めた。今まさに殺し合っていた敵を放り出し、呆然とヴァイスに視線を集めた。

 

 

(もう争わないで。私は――こんな戦いを見たくない。お願い、戦いを止めて!)

 

 

 オリヴィアの声なき声が、戦場全体に響き渡る。それは敵味方関係なく、戦場の空を余すことなく満たしていった。

 今まさに殺し合いを繰り広げていた兵士たちは、次第に戦意を失い、だらりと脱力していった。敵への憎悪で稼働する兵士たちは、オリヴィアの声に抗おうとしながらも、しかし次々に抵抗の心を奪われていく。

 

 

(もう、止めましょう。このままでは、多くの人たちが犠牲になります。戦いを止めてください)

 

 

 虚飾なき悲嘆と祈り――敵も味方も関係なく、その慈しみが平等に向けられていることを、本能的に理解しているからだ。誰よりも何よりも命を深く慈しみ、傷付け合うことを誰よりも悲しみ、この場にいる全員の救済を願っている。あるいはそれも、“愛”と呼ぶべきものの力なのか。

 その輝きは、穢れた守護神たちをも浄化し、見る見るうちに黒い煙となって霧散させ、跡形もなく消失させた。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 それはほとんどの兵士にとって、安らかな希望となって降り注いだ。――そのはずだった。

 

 

「――ぁっ……あああっ……!」

 

 

 ただ一人の例外を除いて。

 過呼吸に喘ぎながら、ハーヴェイはコクピットの中で蹲った。心胆を焼く悔恨が、彼を骨の髄まで苛んだ。

 

 

 

 

――熱いよう。熱いよう。熱いよう。

――苦しい。苦しい。苦しい。苦しい。

――助けて。助けて。助けて。助けて。

 

 

――……レイヴン……それでも、私は……貴方(ひと)と、コーラルの……

 

 

 

 

 ハーヴェイの脳裏に、苦しむコーラルたちの声が蘇った。かつて何度も戦場を共にした、最愛の友エアの断末魔が蘇った。

 未だ清算しきれない後悔が、贖いようのない罪架が暴かれ、再び彼の脳裏を蝕む。

 

 

「――は、ぁっ……ぐああっ……!」

 

 

 込み上げる()えた匂いとともに、ハーヴェイはコクピットに吐瀉物をぶちまけた。黄色く半透明な胃液だけが、コクピットを汚した。

 パイロットの操縦を失い、アンタレスはゆっくりと墜落していった。僚機たちが通信越しに叫ぶ声が、どこまで聞こえていたことか。

 

 

 

 

(赦してくれ。赦してくれ。赦してくれ)

 

 

 蘇ってまで殺し続け、罪を重ね続け、そのくせ救いを求め続ける、醜くて卑しい僕を。

 

 

 

 

 戦争が悪だというのなら――殺戮が悪だというのなら、C()4()-()6()2()1()()()()()()()()()()()

 “愛と勇気が邪悪を打ち倒す”――何という美しい響きだろう。それは、()()()()()()()()()()を滅ぼすべきための輝きだ。

 

 

 

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