「――“
『……な……!?』
「“魔装”と思われる敵性機体による攻撃を受けた。その他の残党は全艦撃墜済み、王都の脅威はなし」
『そ、総司令部、了解……』
通信越しに動揺するリオンへ、モーガンはなるべく無感情に伝達した。当主ダグラスが彼に言われた、「役立たず」をまさに実現してしまったことに、忸怩たる思いを抱いていた。
とはいえ、過ぎてしまったものはどうしようもない。失態を演じたならば、それを挽回するのみだ。
「“
『す、“
「Z9-1、小隊長はハーヴェイ・フィア・スピアリングだ」
“王家の船”――もとい、ヴァイス。何故名前を変えたのかはともかく、最重要防衛対象であることは間違いない。防衛戦力は多い方がいいだろう。顔なじみのハーヴェイならば、リオンも多少は安心するはずだ。その意図を察したのか、リオンからの反論はなかった。
『りょ……了解。ヴァイスの護衛をお願いします』
「依願の必要はない。貴官は総司令官である」
『りょ、了解……貴軍の提案を認める。……これで、いいのかな……』
「“
◇ ◇ ◇
第一隊“
翼を広げた白鳥を模したような船に飛び移り、どんと甲板に降り立つ。艤装もほとんどなく、軍用艦としては頼りない。護衛艦こそ周囲にもいるが、もう一小隊の派遣を上申するべきか――と考えていたハーヴェイの前に、
「ぎゃーっ!?」
『こちら“
「その声は――」
「ハーヴェイさん!」
そこにいたのは、悲鳴を上げるマリエをよそに驚くアンジェリカとオリヴィア。なぜ、この三人?
そんなマリエに駆け付けるかのように、船室の奥からぞろぞろと人が出てくる。……なんか、多くないか? 普通の船員という様子でもないし、何より見覚えがある顔ぶれだ。
「で、出たな、スピアリング!」
「確かに心強いですが、私たちも負けていられませんね」
「今度は負けん! 私たちでマリエを護ってみせる!」
「ふっ、僕たちの華麗な戦いを見ているがいい!」
パイロットスーツに身を包んだ五人組、引くことユリウス。何をしているのだろうか。
「その通り! 俺たちに掛かれば、公国など敵ではない!」
「いや何混ざってんだよ、この仮面野郎」
そこに加わってきたのは、変な仮面をつけたマント姿の男――どう見てもユリウス王子殿下である。何がしたいんだ、この連中。
『……きみたち、何をしているんだ』
「当然、マリエの護衛のためだ!」
『……総司令官殿は、何を考えて……』
当然のように胸を張る五人組に、ハーヴェイは閉口した。まあ、五人揃えば役立たずとは言い難い戦力ではあるが、所詮戦争の素人である。防衛戦力としてはいささか不安が残る編成だ。
呆れ返ったハーヴェイに、艦船で待機するZ9-3ラッセルの通信が届く。
『いかがしますか、隊長』
『……友軍機として認定。“
『了解!』
嘆息しながら返したハーヴェイの指示に、“
予想外の援軍はまあいいとして、問題はアンジェリカだ。非戦闘員である彼女が、何故ここにいるのか。
『それより、Ms.レッドグレイブ。Ms.オリヴィアやラーファンはともかく、きみがここにいるのは何故だ?』
「そ、それが……」
真っ当な質問を投げたはずなのに、微妙な顔で互いを見合わせるアンジェリカとオリヴィア。“王家の船”の運行条件に、彼女も関わっているのだろうか――と思いきや、その返答は斜め上のものだった。
「実は、“王家の船”を起動させる条件が、“愛し合う二人の絆”で……」
『……は?』
「陛下と王妃様が最初に試したんだが、全然駄目な点数で……」
『……点数?』
「その後、マリエさんたちも試したんですけど、結局だめで……」
『馬鹿じゃないのか、きみたち』
「最後に、私たちとリオンで試そうとしたんだが――」
「……その、私とアンジェで成功してしまって……」
『馬鹿じゃないのか、きみたち』
およそ想定を下回るトンチキな説明に、ハーヴェイは思わず頭を抱えた。一応、国家存亡の危機である。この連中はその裏で、何やら茶番を繰り広げていたということなのか。
『――……隊長、少し頭痛がしてきました』
『小官も同じく……』
『……我慢しよう。とにかく、結果オーライということで』
同じように、通信越しに頭を抱える隊員たちを、ハーヴェイは何とか宥める羽目になった。これが凶と出ないことを祈るしかない。
◇ ◇ ◇
「報告! 超大型魔獣、ならびに公国艦隊と対面しました! 距離、23.3km!」
層雲を伴う巨大な肉の塊がやってくる。夥しい多眼と二対の腕、そして禍々しい触手で構成された翼。“守護神”などと神々しい呼び名とは裏腹な威容に、誰もが思わず息を呑んだ。
「あれが、“天の守護神”か……」
「直に見ると、また圧巻ですな」
「まさに桁違いですな。遠近感が狂いそうです」
公国軍は、その前衛として立ちはだかるように航行している。このままいけば、まず公国軍に足を止められ、その隙に“守護神”に蹂躙されるだろう。
だが王国軍の最前衛に立つのは、かのパルトナーだ。王国艦隊でも群を抜く巡航速度と頑強さ、そして攻撃能力を有するあの艦が一気に突破することで、“守護神”の懐に入り込むことができるだろう。
あとはヴァイスが本領を発揮するまで、パルトナーが正面から“天の守護神”を、ルクシオンが大陸の裏側で“海の守護神”を抑える。具体的には、艤装をフル稼働して攻撃し、肉体再生に集中させる。その間、こちらは公国艦隊を攻撃して勢力を削ぎ、パルトナーを擁するリオンを援護する。
「公国艦隊は何とかなるとして――本当に、あのヴァイスとやらに任せられるのでしょうか……」
「それしかあるまい。伝説の怪物だ、伝説をぶつけるしかない」
「チェスでも考えられない局面ですね」
首席隊長モーガンの苦々しい言葉を、誰も否定できなかった。
もはや定石もへったくれもない。遥か昔の御伽噺に全てを託し、自分たちは目の前の現実を排除するしかない。
「第二隊から第十三隊、出撃せよ! 超大型魔獣に注意しつつ、公国軍の勢いを止めろ!」
『了解!』
その号令とともに、“
◇ ◇ ◇
強靭なパワーに任せ、公国艦隊を力ずくで食い破ったパルトナーは、そのまま“天の守護神”の懐に飛び込んだ。
「懐に入ればこちらのものだ! ――ものだよな?」
不安げなリオンの言葉を肯定するものはいなかった。通信妨害によりルクシオン本体とのリンクが切れた金属球は、ただ無言で浮いているだけだ。
これで第一段階はクリア。パルトナーから発射された無数のミサイルが、“守護神”の肉体に衝突し、爆裂とともにその巨体を蹂躙していく。巻き上がる黒い煙が層雲をなし、中天に輝く太陽を覆い隠していった。しかし、その黒雲の端々から“守護神”が肉体を再構築していき、ぎょろりとパルトナーに視線を向けた。
分かってはいたが――どれだけ撃ち込んでも、すぐに再生する。このまま攻撃を続けて、動きを封じ続けるしかない。
一方、反転してパルトナーを狙う公国艦隊に向けて、王国艦隊も次々に突撃していった。パルトナー自身が反撃できない今、公国艦隊をどれだけ抑えられるかに懸かっている。轟音を立てる艦砲射撃が交わされ、魔導鎧が飛び出し、空域を覆う勢いで鉄のぶつかり合う音が響く。アロガンツのコクピットまで響く重厚な喧騒が、リオンの緊張を駆り立てた。
そんな鉄風雷火の嵐を掻い潜り、公国軍の魔導鎧がパルトナーへと到達した。
【――敵機接近】
『見つけたぞ、外道騎士!』
「外道? 自分だけが道を踏み外していないみたいに言うな!」
公国兵の叫びに苛立つリオンが、ライフルでその胴を撃ち抜く。ついでに真上を航行する軍艦の機関部を撃ち抜いた。爆発炎上しながら落下してくる軍艦から、生き残った魔導鎧が降ってくる。それだけでなく、周囲を取り囲む公国艦隊から続々と魔導鎧が迫りくる。
『鎧で破壊する!』
『奴を討ち取れば出世は思いのままだ!』
『貰ったぁぁぁ!』
ノイズ混じりの音声で喚き散らす公国兵。リオンは舌打ちしながら戦斧を構え――
『Z4、突撃せよ!』
『Z7、かかれ!』
『Z13、遅れるな!』
『なんだとっ!?』
そこに割り込むように、“
これが、戦争。これが、殺戮。リオンは目が眩みそうになった。空を覆い尽くすような地獄は、しかし人の手によって創り上げられている。それを掻き消す手段は、たったひとつしかない。
「――さぁ、頼むよ。“愛と勇気”とやらで、世界を救っておくれ」
彼方のヴァイスへと振り向き、リオンは縋るように言った。
◇ ◇ ◇
聖女マリエのシールドで味方軍艦を保護すべく、前進せざるを得ないヴァイス。その航行を守るように、“
『――Z9-1より各員に伝達。陣形を維持し、公国軍を近づけさせるな』
『友軍機はどうしますか』
『……最終防衛ラインとして控えさせる。諸君は前衛として対処せよ』
五人組は実質ないものとして扱う。彼らの戦力以前の問題として、ヴァイス本体の迎撃能力が皆無だ。つまり自分たちの防衛線が抜けられ、敵機の射程圏内に入った時点で、撃墜がほぼ確定する。
目の前で艦砲射撃が飛び交い、敵も味方も墜ちていく。聖女のシールドがある分、耐久力が優れているのは味方の方だが、その出力にも限度がある。防ぎきれなかった一撃が機関部に引火し、墜落していく味方艦があった。
そんな中、辛うじて砲火を掻い潜ってきた公国艦が、ヴァイスに向けて魔導鎧の部隊を投下してきた。
『“戦争屋侯爵”共が! 死んでしまえ!』
『皆殺しにしてやる!』
ノイズ混じりの怒号が口汚く浴びせられる。ここまで接近すれば、撃墜できると思っているのだろう。
――そこに魔導ミサイルの雨が降り注ぎ、バズーカとグレネードの炸薬が爆裂し、リニアライフルの徹甲弾が貫いた。
『ぐわっ!』
『がはっ!?』
真正面から突撃してきた魔導鎧の集団が、“
『やれやれ、公国兵は口うるさいばかりですな』
『ここまで工夫がないと、肩透かしもいいところだ』
ヴァイスのことは、あくまでも一艦船としか思っていないだろう。傍目には豪華な装飾が付いた、この場には不似合いな艦船でしかない。目の前のAC部隊をこそ
『この――殺し屋共が!』
『死に腐れ!!』
口汚い罵声を浴びせながら迫りくる魔導鎧たち。被害者根性だけは一丁前だ、と冷ややかに睨みながら、“
小隊長ハーヴェイを除き、“
そうして味方の公国兵が次々落とされていく中、彼らは深紅の機体アンタレスを見咎めた。
『いたぞ! “殺戮人形”だ!』
『奴さえ殺せばお終いだ!』
王国内どころか他国にも響き渡る、悪名高い殺戮者だが、囲んで叩けばお終いだ。死んで潰れて、俺たちの戦果となれ――と、一気に突撃する。
『――下らんな』
『本当にな』
その叫喚に、Z9-6カーチスとZ9-7ヘンデルは吐き捨てた。つくづく、“殺戮人形”を舐めている。
アンタレスの右肩から六基の魔導ミサイルが放たれ、同時に本体が吶喊する。狙われた公国兵の一機は、時間差で襲い来る魔導ミサイルを浴びながら逃げた先で、アンタレスの真紅の刃にその胴を斬り裂かれた。
『ぐわぁぁっ!?』
悲鳴とともに墜落する魔導鎧には目もくれず、すぐさま旋回。隣から襲い来る公国兵にブーストキックを返すと、撥ね飛ばされひしゃげた胴に向けてリニアライフルの一撃。
『ごえっ』
流れるような所作で、あっという間に二機撃墜。動揺するもう一機に向けて、換装したバーストライフルの三連射を撃ち込む。
『な、なにっ!?』
『――その程度で死なないからこそ、“殺戮人形”だ!』
『がはぁっ!?』
その隙にすかさず突撃したZ9-2ダルシムのパルスブレードが、公国兵の胴に十字の深い裂傷を刻み、爆炎とともに墜落させた。
動揺した残りの公国兵に向けて、“
その隙に、アンタレスは高く飛び上がり、魔導鎧部隊を投下してきた軍艦の上を取ると、左手のブレードから真紅の奔流を噴き出した。がりがりと艦橋と機関部をまとめて薙ぎ払われた軍艦が、内側から爆発しながら墜落していく。
『……また、単騎で撃墜か……』
『そろそろ“殺戮人形”も廃れ時だ。次は“戦艦狩り”でも名乗っていただいた方がよろしいのではないかな』
『違いない』
Z9-3ラッセルの軽口に、周囲は同調した。ACでも複数機がかりで倒す必要がある戦艦を、たった一機で撃墜。“赫薙ぎ”それ自体の破壊力もさることながら、それを揮うハーヴェイの魔力制御、あるいは戦艦の要所を的確に攻撃する観察眼がずば抜けている。
そんな中、巡行ブーストで速やかに戻ってきたハーヴェイが、じじっと機械音声を鳴らした。
『――諸君、雑談が多い』
『はっ、失礼しました』
『要はこのヴァイスだ。注意を怠るな』
小隊長ハーヴェイの言葉に、“
ヴァイスとオリヴィアが真価を発揮するまでは、まだ時間がかかるらしい。それまでは、一瞬たりとも気を抜いてはならない。
◇ ◇ ◇
一方、ヴァイスの艦橋。そこから見える景色には、そこかしこで爆炎が上がり、鉄の塊が墜落していく様ばかり見える。目の前で鉄風雷火の嵐を見せつけられ、オリヴィアは苦悶に震えていた。
「リビア、少し休め」
気遣うアンジェリカの言葉に、オリヴィアはかぶりを振る。その目からは、滂沱の涙がこぼれていた。まるで戦場を、この地獄を余すことなく見尽くしているかのような表情だ。
「苦しいです。どうしてみんな戦うんですか? こんなに苦しいのに……どうして」
「……どうしてだろうな」
涙を流しながら苦しむオリヴィアの問いに、アンジェリカは答えられなかった。
理由なら、いくらでもある。ファンオース公爵家の独立から始まった確執。奪い奪われを繰り返す領土。戦争の度に振り回される兵士や民衆の犠牲。その度に膨れ上がる憎悪――だが、もはや理屈理論で語れる域を超えている。膨れ上がった敵意と憎悪とが、ついには『何のために戦うのか』という理性さえ奪い、血で血を洗う残酷な闘争を拡大させていく。
理不尽と怨嗟を巻き込み、無限に拡大し続ける円環。それはすでに王国と公国を諸共に呑み込み、やがて両者をも滅ぼすだろう。止めることができるとすれば――それが、オリヴィアの力。
「リビア、こんな戦いは早く終わらせよう。出来るな?」
涙を流しながら頷くオリヴィアが、胸の前で手を組んで祈りを捧げた。アンジェリカもそれに倣うと、急に深い湖に落とされたような錯覚に襲われた。
(何だ? 胸が苦しい。それに――悲しくて涙が)
重く苦しい感覚の中で、アンジェリカは水底に響くような無数の声を聴いた。
“助けて! 死にたくない!”
“母さん、助けて!”
“だから、戦争なんてしたくなかったんだ”
それは、死者の妄念。戦火に苦しみ、悲嘆の中で消えていく命の叫び。
(――お前は、これをずっと感じ取っていたのか?)
まるで感情の濁流だ。とても受け止めきれない。その一つ一つに寄り添い、その悲しみを受け止めているというのか。
アンジェリカは、ただオリヴィアに寄り添い共に祈った。「終われ」とただ願った。
暖かい光が、戦場の空を覆い尽くした。
目も眩むような、しかしどこか柔らかな輝きに、全員が武器を握る手を止めた。今まさに殺し合っていた敵を放り出し、呆然とヴァイスに視線を集めた。
(もう争わないで。私は――こんな戦いを見たくない。お願い、戦いを止めて!)
オリヴィアの声なき声が、戦場全体に響き渡る。それは敵味方関係なく、戦場の空を余すことなく満たしていった。
今まさに殺し合いを繰り広げていた兵士たちは、次第に戦意を失い、だらりと脱力していった。敵への憎悪で稼働する兵士たちは、オリヴィアの声に抗おうとしながらも、しかし次々に抵抗の心を奪われていく。
(もう、止めましょう。このままでは、多くの人たちが犠牲になります。戦いを止めてください)
虚飾なき悲嘆と祈り――敵も味方も関係なく、その慈しみが平等に向けられていることを、本能的に理解しているからだ。誰よりも何よりも命を深く慈しみ、傷付け合うことを誰よりも悲しみ、この場にいる全員の救済を願っている。あるいはそれも、“愛”と呼ぶべきものの力なのか。
その輝きは、穢れた守護神たちをも浄化し、見る見るうちに黒い煙となって霧散させ、跡形もなく消失させた。
◇ ◇ ◇
それはほとんどの兵士にとって、安らかな希望となって降り注いだ。――そのはずだった。
「――ぁっ……あああっ……!」
ただ一人の例外を除いて。
過呼吸に喘ぎながら、ハーヴェイはコクピットの中で蹲った。心胆を焼く悔恨が、彼を骨の髄まで苛んだ。
――熱いよう。熱いよう。熱いよう。
――苦しい。苦しい。苦しい。苦しい。
――助けて。助けて。助けて。助けて。
――……レイヴン……それでも、私は……
ハーヴェイの脳裏に、苦しむコーラルたちの声が蘇った。かつて何度も戦場を共にした、最愛の友エアの断末魔が蘇った。
未だ清算しきれない後悔が、贖いようのない罪架が暴かれ、再び彼の脳裏を蝕む。
「――は、ぁっ……ぐああっ……!」
込み上げる
パイロットの操縦を失い、アンタレスはゆっくりと墜落していった。僚機たちが通信越しに叫ぶ声が、どこまで聞こえていたことか。
(赦してくれ。赦してくれ。赦してくれ)
蘇ってまで殺し続け、罪を重ね続け、そのくせ救いを求め続ける、醜くて卑しい僕を。
戦争が悪だというのなら――殺戮が悪だというのなら、
“愛と勇気が邪悪を打ち倒す”――何という美しい響きだろう。それは、