鋼鉄の牙、乙女の幻想   作:竹河参号

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08.撃滅の刃

 “大地の守護神”の無数の触手から、夥しい量の棘が生じ、四方八方へ一斉に飛散した。新手の出現に、恐れをなした王国艦隊はこぞって逃げ出したが――

 

 

『ぐわっ!』

『ぎゃあっ!?』

 

 

 “守護神”の再出現に戸惑っていた公国軍諸共、その棘に貫かれ、爆炎を上げて墜落していった。まるで見境のない暴れようは、人の手に余る“守護神”ゆえの暴虐なのか、それとも……

 

 

『――“黄道十四宮(ゾディアック)”総員、高度上げ! 超大型から距離を取れ! 自らの存命を優先せよ!』

 

 

 召喚の目的が読めない。攻撃の意図が読めない。首席隊長モーガンにできることは、可能な限り味方へと通信を送り、一刻も早く退避させるのみだった。

 一方、ヴァイスの乗員を救助し離脱支援を図っていた第九隊“(スコーピオ)”の隊員は、眼下の異状に戸惑うことしかできなかった。

 

 

『――ど……どうする?』

『どうするもこうするも……』

『だ、だが、あれを野放しにするわけには』

『そう言ったところで、撃破する手立てが』

 

 

 先の二体は、オリヴィアとヴァイスという反抗手段があった。だがそのヴァイスが撃墜されてしまった今、無限に再生し続ける最悪の怪物に、対抗する方法がない。

 ところがそこに、ひとつの通信が割り込んだ。

 

 

『はーーーっはっはっは!! こんなこともあろうかと、準備をしていて本当に良かったよ!!』

『……アギラル教授?』

 

 

 聞き覚えのある声に、眉をひそめたのはハーヴェイだった。

 

 

『教授、うるさいですよ。大声を出しても意味がありません』

『ハーヴェイ! 疲れているところ済まないが、すぐに戻ってきてくれたまえ! とっておきの武装を用意している!』

 

 

 モーガンの言葉にも構わず、アギラル教授は大声でハーヴェイを呼んだ。何故自分が――? と疑問を抱いたが、何かしら理由があるのだろう。首席隊長が通信を許可している以上、正式な作戦行動として認められた考えであることは間違いない。

 ひとまず状況を確認するべく、ハーヴェイは“(スコーピオ)”の隊員たちに通信を繋いだ。

 

 

『Z9-2、ヴァイス乗員の保護状況は?』

『全員小型船に避難させています。負傷者はいません。ですが……』

『聖女マリエの提案により、公国旗艦に接触しヘルトルーデ公女の説得を試みるそうです』

 

 

 どういうことだろうか。ハーヴェイは、隊員たちの不安を共有する羽目になった。

 とはいえ、あのラーファンの発案なら、“ゲーム”に関する何かしらの知識に基づいている可能性が高い。このままでは共倒れなのは彼女も同じだ、その確実性はともかく、打てる一手として動くつもりなのだろう。

 ……賭けてみるしかない。

 

 

『了解。Z9-1はこれよりHQに一時帰投し、対超大型兵装に換装する。

 Z9総員、乗員らの航行を支援せよ。足元の超大型に注意を』

『りょ、了解』

 

 

 未だ不安げな隊員たちに命令を下すと、ハーヴェイはブーストを噴かせて旗艦“蛇遣い(オピュクス)”へと向かっていった。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 “蛇遣い(オピュクス)”の格納庫に入り、アンタレスのコクピットを降りたハーヴェイを出迎えたのは、愉快そうな笑みを浮かべるアギラル教授と、渋い顔をする首席隊長モーガンだった。いつの間にか“(スコーピオ)”の艦船から移動したのか、ケイトも同行している。

 ハーヴェイの姿を見ると、教授がにっと不敵な笑みを浮かべる。よほど『とっておきの武装』に自信があるのだろうか。

 

 

『そもそも、どうしてここに教授が?』

「こっそり忍び込んだ!」

「嘘おっしゃい、堂々と真正面から入り込んできたでしょうが」

「当主閣下には内緒だから“こっそり”には違いない!」

『……よく通しましたね、首席隊長……』

 

 

 アギラル教授の身勝手な物言いに、ハーヴェイは閉口した。自由奔放が氏の気性であり、スピアリング家の誰にも止められない行動力は、美徳とも悪徳とも言い難い。少なくとも成果を挙げて同家に貢献している分、余計に質の悪い人物だった。

 

 

『それで、“とっておきの武装”というのはどうやって?』

「超巨大魔獣というから、この状況にぴったりだと用意していたのだよ! まぁ無限再生すると聞かされたのは、積み込んだ後なんだがね!」

 

 

 豪放に言い放つアギラル教授に、モーガンとハーヴェイはもはや何と声を掛ければいいか分からなかった。これでも、王立魔導研究所に在籍する高名な研究者の一人である。

 

 

「ともあれ、何事も備えあれば憂いなしというやつだね! 最後の手段があって本当に良かった!」

 

 

 そう言って船員にカバーを取り払わせ、アギラル教授が見せたのは――

 

 

PSB-EX/MO-001:HUGE BLADE

 試作品の超大型“魔力発振器(マギカ・オシレーター)”。巨大な発振器から魔力刃を形成し、超高熱で薙ぎ払う一撃を繰り出す。なおブレード展開時の反動を抑えるために、相殺用の追加ブースターを備えている。

 

MGU-XXL001/アギラル流魔力変換術式 XXL型26号

 上記特殊兵装を使用するための専用外付けジェネレータ。限界まで威力を高めるため、ありったけの魔石を食い潰す最高出力の変換術式を備えているが、その重量は並みの背部キャノンを超える。なお装備時には通常航行用のブースターを取り外し、追加ブースターに接続する必要がある。

 

 

 ……AC軽量機を丸々超えるサイズと重量の、超巨大ブレードとそのジェネレータだった。

 

 

『――何を作っているんですか教授!?』

「いやーいやーつい熱が入ってしまってねぇ! ちゃんと形になって良かった!」

 

 

 思わずツッコんだハーヴェイに対し、しかしアギラル教授は満足げな表情を浮かべていた。

 大砲と見紛うほどに巨大な発振器と、フジツボの如く大量に取り付けられた追加ブースター。しかもよく見るとうねうねと勝手に蠢いている。既存の魔石ジェネレータの二倍、いや三倍はありそうな巨大ジェネレータも含めて、正気を疑う構成だ。

 

 

『こんな大型……しかも外付けジェネレータまで……何年分の予算を使ったんです!?』

「なぁに、予算の余りを数年かけてプールしてきただけだよ!」

「世間ではそれを“横領”と言います!」

「堅苦しいなァ誰も彼も! こうして王国の危機に間に合わせて用意しているのだからいいじゃないか!」

 

 

 それで済むはずがない。「成果を挙げたのだから許される」などという発想がまかり通るのなら、予算管理という概念は尽く意味を失うだろう。

 

 

「そもそも何故ハーヴェイなのです!?」

「私だってこんな無茶はさせたくないよ! だが、“魔力発振器(マギカ・オシレーター)”に最も慣れているのは彼だろう!? これ以上の人選はあるまい!」

 

 

 モーガンとアギラル教授の言い合いに、そういうものだろうか、とハーヴェイも戸惑った。こんな超巨大兵器、誰であろうと使いこなせるとは思えない。

 ともあれ、必要だというのならやるしかない。ハーヴェイの同意を得たモーガンは、早速整備士に命じて換装作業を始めた。が……

 

 

『……これ、本当に大丈夫ですか? 通常ブースターでは航行できないと思うんですけど』

「大丈夫だ! 追加ブースターまで延長させ、そちらにエネルギー供給を行うよう調整できている!」

「教授はいったい何を想定してこんな兵器を……」

 

 

 武装懸架用アームどころか機体運搬用アームで持ち上げなければならない、軽量機を丸々背負うような重量に、整備士を含めた全員が困惑した。きちんとコネクタが対応している分ましというべきか、ACSがちゃんと機能すればいいのだが……少なくとも通常歩行は、重量過多で叶わないように見える。

 その様子を横目に、アギラル教授はハーヴェイの肩を掴み、真剣な表情で口を開いた。

 

 

「――過程が過程なわけで、実戦テストはしていない。威力はともかく、安全性は未検証だ。

 まずいと思ったら、すぐさま逃げてくれ。いざとなれば、オートパイロットで何とかする」

 

 

 かつてなく真剣な様子の彼に、ハーヴェイは思わず苦笑を浮かべた。この期に及んで、自分の心配を優先してくれるとは。この人はどうして、ここまで自分に優しくしてくれるのだろうか。

 

 

『逃げ場なんてどこにもありませんよ、教授。しくじった時点で、王国の滅亡です』

「だったら作りたまえ。意地でも何でも帰ってきたまえ。こんなことで死ぬなんて絶対に許さないよ、私たちのいとし子」

 

 

 それは、教授なりの気遣いなのだろうか。真っ直ぐな言葉に、ハーヴェイはいよいよ苦笑するしかなかった。

 がちゃん、と超大型発振器(オシレーター)が接合され、いよいよ再出撃の準備が整った。もはや通常戦闘を考慮している場合ではない、と他の武装は全て取り外してある。いよいよコクピットに乗り込もうとしたときに、ケイトが不安げな顔でハーヴェイを見つめた。

 

 

「……坊ちゃん……」

『――ケイト』

 

 

 兵装を使うも危険、バケモノと戦うのも危険、生還するのも危険――そんな修羅場で、ケイトはどうしても不安が拭えなかった。今にも泣き出しそうな目で、ハーヴェイをずっと見つめている。

 やがて意を決したのか、ケイトは思い切って言葉を吐き出した。

 

 

「絶対――絶対、帰ってきて下さいね! 王国の危機とか、そういうのどうでもいいんで!」

『ケイト、それは言っちゃだめ』

「いいんです! あたしには、坊ちゃんしかいないんです!! 何でもいいから、絶対帰ってきて下さい!

 細かい理屈なんてどうでもいいです! 戻ってきたら、またハグしてあげますから! だから――何が何でも、帰ってきて下さい!!」

 

 

 眦に涙を溜め、今にも泣き出しそうなケイトの叫び。もはや王国の忠誠もへったくれもない、無我夢中な言葉に、ハーヴェイは何も言えなかった。こんな世界に蘇って、一番大事な従者。彼女を悲しませるくらいなら、何が何でも帰ってくるしかない。ハーヴェイは覚悟を決め、ケイトの目を真正面から見つめ返した。

 

 

『――分かった。待っててね、ケイト』

「はい!」

 

 

 決然と言い残すと、ハーヴェイはケイトの激励を背に、再びアンタレスに搭乗し、格納庫から飛び出した。

 ……案の定アンタレスは歩き出すことさえできず、無理矢理ブーストで飛び立ったのは蛇足だろう。追加ブースターが自動でがしゃんと角度を変え、飛行しやすいように変形したのは、親切設計と言っていいか、どうか。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 とはいえ、無限再生という特性は無視できない。ハーヴェイは状況を確認すべく、公国旗艦へと向かった。大型ブースターなだけあって、巡航速度は並みの軽量機を超える。途中で公国艦が攻撃を仕掛けようとしたが、“黄道十四宮(ゾディアック)”の残存部隊によって包囲され、すぐに撃沈していった。

 公国旗艦までの道中は、駆け付けた“(スコーピオ)”の隊員に援護してもらった。その全員が、アンタレスの背負うふざけた重武装に驚愕したのは語るまでもない。

 期待通り、公国旗艦の甲板にはアロガンツが立っていた。その後ろで守られているアンジェリカやオリヴィアたちも、目立った外傷は見られない。ハーヴェイはアロガンツへと通信回線を繋いだ。

 

 

『総司令官殿、聞こえるかい』

『ハーヴェイさん?』

 

 

 声音からして、総司令官殿(リオン)も無事なようだ。アンタレスは甲板に降りつつ、アロガンツに近寄った。

 

 

『アギラル教授がやらかした。“こんなこともあろうかと”なんて言って、馬鹿みたいな秘密兵器を持ち出してきた』

『はぁ……いや何ですかそれ!? 大砲!?』

『一応ブレードの類だよ。専用の外付けジェネレータで、無理矢理威力を引き上げる』

『ブレードってそういうもんでしたっけ!?』

 

 

 リオンがアンタレスの背部武装を見、悲鳴混じりの驚愕の声を上げた。何しろ発振器(オシレーター)本体が、通常の物理ブレードを大きく超える超重量だ。目を疑うのも無理はない。

 とにかく、今は情報共有だ。超大型を攻撃する手段は確保した、あとは再生をどうにかする策があるか。

 

 

『という訳で、これを使ってあの超大型を攻撃する。再生を防ぐ策はあるかい』

『公女が超大型への命令を解きました。再生こそしないらしいですが、こっちに迫ってきてます』

『先ほどの黒騎士は?』

『――殺しました。“魔装”も破壊済みです』

 

 

 わずかな緊張を見せるリオンの言葉を、ハーヴェイは追及しなかった。戦争慣れしていない彼だ、その葛藤を振り払うには時間が要る。

 いずれにせよ、後顧の憂いは全て断たれた。あとは、ハーヴェイの仕事だ。

 

 

『了解した。では、一撃をぶちかますだけだな』

『次善策は?』

『ない。この一撃が通じなかったら、あれのランチになってお終いだ』

 

 

 そう断言すると、アンタレスはアロガンツに見送られながら、甲板を飛び降りた。

 自由落下していくアンタレスの眼下に、岩山のごとき威容を見せつける“大地の守護神”がいた。蠕動する触手を蠢かせ、相変わらず敵味方問わない無差別な攻撃を繰り返している。あとは、遥か上空に逃げていった艦隊を狙うつもりなのだろう。

 いよいよ“大地の守護神”の眼前に降りてきた。無数の多眼がぎょろりと視線を集中させる中、ハーヴェイはついに超大型兵器『PSB-EX/MO-001:HUGE BLADE』を起動した。

 ごおーん、とコクピットが重い震動に呑み込まれた。

 

 

【不明なユニットが接続されました】

『えっ』

【システムに深刻な障害が発生しています。直ちに使用を停止して下さい】

『えっえっ』

 

 

 たちまちヘッドアップディスプレイの映像が歪み、音声にもノイズが走り始める。まるでACのオペレーティングシステムを乗っ取ったかのような異常事態だ。ハーヴェイは思わず動揺した。

 

 

『ちょ――本当に大丈夫なんですか、教授!?』

 

 

 その間にも、がしゃんがしゃんと発振器(オシレーター)が変形していく。ブレード本体は右腕のハードポイントにマウントされ、左肩を覆うように追加ブースターが組み替わる。がくがくとコクピットを揺らす震動に、さしものハーヴェイでさえ不安に呑み込まれた。

 ごお、と唸るような音が響き、ブレードとブースターが火を噴き出した。追加ジェネレータから魔力を吸い上げ、見る見るうちに魔力刃を延伸させていく。その異様に脅威を感じ取ったのか、“大地の守護神”が触手をこちらに伸ばしてきた。

 

 

【システムに深刻な障害が発生しています。直ちに使用を停止して下さい】

 

 

 いよいよ迫りくる“大地の守護神”を、ハーヴェイは覚悟を決めて睨み返した。背中を焼くような排熱も、奥歯を噛み締めながら耐えた。

 ――外せば終わる。しくじれば、終わる。そんな鉄火場は、何度も潜ってきた。

 かつて、“戦友”が乗り越えた正念場だ。そこから逃げるようでは、彼に顔向けできない。

 

 

『たかが大陸一つ――その程度の怨嗟で、僕を殺せると思うな』

 

 

 お前では、足りない。星系ひとつ焼いた“レイヴンの火”――その報いには、星をも呑み込む極大の灼熱こそ相応しい。この程度では、指先ほどの贖いにもならない。

 アンタレスは右腕のブレードを掲げた。コクピットを満たす焦熱の中で、ハーヴェイは己の魔力(いのち)を限界まで絞り出し、魔力刃へと注ぎ込む。あらゆるリソースを食い荒らしながら、極大の魔力刃が唸りを上げて輝いた。

 

 

『――消えろ』

 

 

 (あお)く鮮烈な輝きを放つブレードが、袈裟懸けに振り下ろされた。じゅうじゅうと山を焼き焦がす灼熱が迸り、耳を劈くような絶叫が響き渡る。アンタレスは関節トルクを限界まで駆動し、ぎちぎちと唸る魔力刃を押し当て、ついに振り抜いた。

 長い長い絶叫が轟いた。真っ二つに焼き切られた大地の魔獣は、やがて土砂崩れのように沈み、後には砕けた岩山だけが残された。

 

 

 

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