鋼鉄の牙、乙女の幻想   作:竹河参号

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10.変転

『Mr.バルトファルトが爵位を手放す?』

 

 

 数日後。ようやく傷が完治して退院し、学園(といっても、戦後処理のごたごたで授業は再開していない)に戻ってきたハーヴェイへ、寝耳に水のような情報が浴びせられた。

 

 

「らしいわよ。どうも先日の、ユリウス殿下や残りのお莫迦さんたちの蛮行の責任を取るらしくて」

『……Mr.の責任ではなくないか……?』

 

 

 情報源は勿論アデルだ。それによると、ユリウスと残る四人が、それぞれに問題行動を起こしたらしい。

 まず、ユリウス。王国は公国を接収することになり、またいくつもの厳しい制限を課した屈辱的な契約を結ばせたが、トドメに彼をヘルトルーデと結婚するという策に出た。要はいつもの政略結婚であり、第一王子を送り込んでさらに厳しい監視を置くついでに、対立する両者を婚姻関係にすることで、双方の民衆に対する感情を和らげようとしたのだろう。

 ところが、ユリウスはなんと公女の襲撃(正確には、そのフリ)を行った。このせいで王宮の面子は丸潰れ、先の契約に関しても見直しが図られた。当然、彼の婿入り話も白紙である。

 (後ほど聞いたところによると、ヘルトルーデ公女を何とか救いたいというマリエの嘆願によるものだったらしい。両者の間に何があったのかは知らないが、彼女なりの善意ということだろうか)

 次に、残る四莫迦。自ら「偽者の聖女である」と表明したマリエから聖女のアイテムを取り戻すべく、神殿の使者が訪れたらしいが、それに紛れて彼女を毒殺しようという者が潜んでいた。先の大敗、さらに神殿の威光を傷付けた不埒者として、その全責任を被せようという魂胆だろう。それを知った四人が駆け付け、神殿の使者を丸ごと叩き出してしまったらしい。

 ここまでは、まだ良い。神殿も本来の目的であるアイテムを回収した以上、これ以上関わるのは得策ではない。ところがそれに追撃するように、四人は鎧を持ち出して神殿を襲撃したのである。もはや『抗議』の域を超え、完全な『恫喝』である。

 結果、裏側からの工作を失敗させた五人のせいで、王宮には四方八方から抗議が殺到。せっかく和解しかけた実家は激怒、王宮の役人も呆れ果てて庇う様子もなく、神殿に至っては全員処刑すると息巻いている。その収拾に、リオンが駆り出された――という話らしい。

 

 

「大方、お莫迦さんたちの助命嘆願でもしたのでしょ。ただ各方面からの抗議を考えると、まとめて幽閉という道しかない。開発がそこまで進んでなくて、近くの浮島と交流が少なくて、それでも最低限生きていける程度の規模の浮島といったら――」

『……Mr.の見つけた島しか選択肢がない、ということか』

「? それが、どうして爵位返上になっちゃうんです?」

「そこまで資産を失っちゃうと、貴族としての責任を果たせない。Mr.自身に価値が無くなっちゃうのよ。政治もできない御仁だから、宮廷貴族になるという選択肢もない」

 

 

 パルトナーは沈み、浮島は取り上げられ、加えてユリウスらの引責――ここまですれば、子爵程度の地位など吹っ飛ぶだろう。無論、しがみつこうと思えばできないこともない。しかしそれは、宮廷貴族として政務に参加するという義務が生じ、果たせもしない責任ある地位に就く羽目になる。それはそれで、リオンに選ぶことができる選択肢ではないだろう。

 

 

『しかし、まさかそこまで――いや、するような人間性ではあったな』

「一石二鳥ぐらいには思ってそうよね」

「うわぁ……」

『まあ、彼の人生だ。彼自身の選択なら、それを尊重するしかない』

 

 

 何しろ、婚活から逃げるためだけに当時の王太子殿下と敵対し、そのまま冒険者に転身しようとしたリオンである。見知った者たちを救う善良さはあるものの、「ついでに貴族政治から離れれば儲けもの」くらいに考えている可能性は否めない。まあ、らしいと言えばらしい判断だろう。

 

 

「じゃあ、Mr.とはお別れになっちゃうんです?」

「と、いうことになるわね。当面は父君のお世話になるだろうから、こちらから会いに行く分には不足もないでしょうけど」

「……寂しくなっちゃいますね」

「本当にね。Mr.といると飽きないから、残念ではあるのだけれど」

『きみはMr.のことを何だと思ってるんだ』

 

 

 それぞれ寂しそうな表情を浮かべるケイトとアデルだが、その真意は真逆のものだった。この娘は、他人の事を何だと思っているのか。

 と、そこでケイトがあることを思い出した。

 

 

「……あれ? そういえば、Ms.レッドグレイブとオリヴィアさんのことはどうするんです?」

『さあ……平民とはいえ官僚を目指すことになるMs.オリヴィアも、将来的には娶る選択肢などないだろうし、Ms.レッドグレイブも言わずもがなだ。会いに行くのすら、何かしらの口実が必要になる関係になるね』

「そんなぁ……」

「――あ、まず」

『どうかしたのか?』

 

 

 何か悪いことを思い出したかのようなアデルの言葉に、ハーヴェイとケイトが首を捻った。

 

 

「アンジェとリビアちゃんったら、公衆の面前で土下座したのよ。あのラーファンに助けを求めるために」

『げ』

「げ」

 

 

 渋い表情を浮かべるアデルの言葉に、ハーヴェイとケイトも渋い表情に変わった。

 この王国で土下座とは、重大な意味が生じる。謝罪あるいは嘆願の表明という認識こそ薄いが、頭を下げて無防備な姿勢を見せるということは、つまり「どんな目に遭っても構いません、どうぞ好きにしてください」という無二の意思表明になる。あくまで平民でしかないオリヴィアはともかく、公爵家を背負っているアンジェリカは致命的な失態だ。

 しかも、政治工作もできないマリエが有効に動けるはずも無いし、結果的にさらに悪い事態を引き起こした以上、二人の献身は徒労ということになる。

 

 

『また無軌道な真似を……学生らしい短慮と言えば、それまでではあるが……』

「……いや、これはある意味チャンスかもよ」

「って言うと?」

「二人の面子は致命的な損害を被った。しかもアンジェに至っては、実家に泥を塗る愚行よ。学園にも、公爵家にも置いていられない。

 ――ところで、そんな二人を押し付けるにはちょうどいい候補がいるでしょう? せっかく得た地位を捨てて、田舎に引っ込もうとするお莫迦さんが」

「――! それって……!」

 

 

 他ならぬリオンの事だ。一度は引き離されかけた三人は、こうして元の鞘に収まることができるらしい。特にアンジェリカはこれまでと違う不便な生活を強いられることになるかも知れないが、惚れた男と一緒にいられるのなら、それはそれで喜ばしいことだろう。

 ともあれ、三人が幸せならいいことだ。この時の三人は、そう油断していた。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 数日後。ルクシオンを通じてリオンからの連絡を受け、急遽呼び出されたハーヴェイは、ケイトとともに王宮を訪れた。

 

 

『どうしたんだい? わざわざルクシオンの通信までして。何か拙いことでもあったのか』

「めっちゃマズい事態が判明しました」

「えっ」

 

 

 深刻そうなリオンの言葉に、二人は顔を見合わせた。

 一方、その隣に並び立つマリエは、二人を見て不審げな表情を浮かべた。

 

 

「こいつ、兄貴と同じ転生者だったの?」

「……兄貴?」

「前世で俺の妹だったんだよ、こいつ。さらに言うなら、前世で俺の死因を作った奴でもある」

「あの程度で死ぬ兄貴が悪いんでしょ!」

『貴様は身内の死去を何だと思ってるんだ』

 

 

 リオンの説明とマリエの反論に、二人は揃って睨むばかりだった。三つ子の魂百まで、とは言うが、まさか生まれ変わりを経てまで迷惑を撒き散らし続けるというのも、何とも業の深い話だ。

 

 

「それで……Ms.ラーファンに会わせた理由って何なんです?」

「そんなことより、このメイドがいるのはどういうことよ? こいつも転生者ってわけ?」

「いや違う。でも協力してもらう過程で、ケイトさんにも説明した」

『元の“ゲーム”とやらは知らないが、Mr.から一通り事情を聞いている。それで、何があったんだい』

 

 

 ハーヴェイが改めて問い質すと、リオンは暗い表情を浮かべた。

 

 

「この“ゲーム”はシリーズもので――“天と海の守護神”は()()()のラスボスだったらしいです」

『さっ……三作目!? ちょ、ちょっと待ちたまえ!』

「そう。二作目はがらっと話が変わって――“アルゼル共和国”が舞台らしいです」

『……よりによって、あのアルゼルか……!』

 

 

 ハーヴェイは頭を抱えた。今回の国境防衛戦には参加していない遠い国だが、防衛戦に特化した同国となると、何かにつけ非常に厄介だ。下手な刺激は起こしたくない。

 

 

「どんな国なんです?」

『巨大な“聖樹”の加護を受けた、貴族共和制の国家だ。魔石の産出国としても有名だが、王国との因縁も小さくない』

「……この国そんなんばっかですね……」

 

 

 もう何度目か分からない評判に、ケイトは閉口した。いくら何でもこの国、敵が多すぎやしないか。

 

 

『では、どうするんだい? アルゼルの事であれば、僕たちが介入できる手段は多くないが……』

「……留学って体で、様子だけ見に行きます。また“想定外の事態”があるかも知れないし」

『そうか……』

「なんで、ハーヴェイさんにも手伝ってもらえると」

『え、無理だよ?』

「えっ」

 

 

 当然のように返答するハーヴェイに、リオンは目を丸くした。

 

 

『知っての通り、僕は“戦争屋侯爵”に飼われた“殺戮人形”だ。そんな僕が留学なんて体でやってきたら、同国を威圧することになりかねないだろう。下手なトラブルを起こすくらいなら、僕はいない方がいい』

「そんなぁ……」

『ともあれ、貴重な情報を助かった。こちらでも協力はするので、何かあったら連絡して欲しい』

「分かりました……」

 

 

 余計な変数は少ない方がいい。ただ情報収集して様子を見守るだけなら、リオン一人の方が身軽でいいだろう。

 ――結果として、この配慮がまったく予想外の形でぶち壊されることになるとは、この場の誰にも想像できない事態だった。

 

 

『あとは“三作目”の対策だな。ラーファン、知っていることは洗いざらい話してもらうぞ』

「え、でも、ラスボスは倒したじゃない」

『ほかに何が起きるのか確認しておきたい。巻き込み事故で“三作目”まで潰してしまった以上、別の何かが起こるかも知れない。

 言っておくが貴様のせいだぞ。つまらない我欲の報いには程遠いと思え』

「は、はいぃ……」

「お前、ハーヴェイさんを怒らせるなよ。この人めっちゃ怖いからな」

『人をやくざ者みたいに……』

「兄貴に言われたくないと思うわね!」

「……()はどんな関係だったんです? お二方……」

 

 

 蘇ってまで変わらず喧嘩を繰り広げる二人に、ケイトは閉口した。これも兄妹ゆえの絆と言っていいのか、どうか。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

『――陞爵(しょうしゃく)? Mr.バルトファルトが?』

「そう、今やバルトファルト君は伯爵だ。お前も、接し方には注意しろ」

 

 

 さらに後日。戦後処理が一通り済み、総司令解任の儀から戻ってきた当主ダグラスとその嫡男クリフトンからの報告に、ハーヴェイは目を点にした。

 何でも、総司令官の解任とともに、その場で伯爵位と三位下の階位を授けられたらしい。

 

 

『……何故……? 諸々の引責を務め、降格するという話は、アデルから聞きましたが』

「仮にも総司令官を務め、この国を護った救国の英雄だ。本人の意向がどうあれ、無碍にするわけにはいかない」

「戦功を鑑みると、褒章を与える方が自然なんだ。――なんだが……」

『何か引っかかることでも?』

 

 

 ハーヴェイの問いに、二人は顔を見合わせ、そして深いため息を吐いた。

 

 

「……あの陛下だからなぁ……」

「あの陛下ですからねぇ……」

「……陛下って、どんな方なんです……?」

『……その、芳しくない噂が多い方ではいらっしゃるけれど……』

 

 

 節操がなく女遊びに耽っているだの、昼行燈だの、散々な噂が多い。その割を食ってミレーヌ王妃が忙しく政務を行っているとか、今回のフランプトン派のような貴族たちの派閥争いを抑止できなかった遠因だとか、悪い点を挙げればきりがない。今回のリオン陞爵(しょうしゃく)の件も、どんな思惑で動いているのやら。

 

 

「その……喜んでいいこと、なんすよね?」

「どうだろうな……宮廷貴族として、官職を得るわけにはいかん。いくら何でも経験がなさすぎる。かと言って、手ごろな領地を与えるというのも……」

「領地そのものは、フランプトン派から取り上げた土地がある。褒賞として困る事情があるわけではないんだが、領地経営も一朝一夕で成るものではないだろう」

 

 

 ケイトの問いに、ダグラスとクリフトンは苦い顔を浮かべた。今回の功労はともかく、とにかく若く経験が浅いのが困り者だ。政治も領地経営も、一手間違えれば民衆に重大な被害を与えることになるし、配下もそれを懸念して信用してくれない。結局碌な成果を挙げられず本人の評価も下落するという、悪循環に陥ってしまう。

 ただ、それに関してはひとつ好条件があった。

 

 

『その件ですが、先送りにするという手も採れるのではないでしょうか?』

「というと?」

『すこし事情があって、彼はアルゼルに留学する予定だそうです。その間に、領地の見繕いや支援体制を整えておくということも可能ではないかと』

「なるほど、そういうことか」

「?」

 

 

 何か得心がいった様子のダグラスに、ケイトは首を捻った。

 

 

「実は、ヴィンス殿から婚約式の招待を受けていてな。ハーヴェイ、お前も出席しろ」

「ただし、バルトファルト君本人には伏せて欲しいとのことだった」

「え、何でですか?」

「それが……レッドグレイブのご令嬢と、学園の特待生と、同時に式を挙げるそうだ」

『……ああ……話は聞きました。煮え切らない答えを寄越して、二人同時に引っ叩かれたとか』

 

 

 情報源はいつものアデル。もはや地獄耳である。

 何でも二人同時に告白を受けたところ、「両方好き!」というふざけた回答を寄越し、二人同時に平手打ちを食らったらしい。普通の男女ならそこで喧嘩別れ、という気がしなくもないが、それでも諦めない辺り、なかなか気丈というか、惚れた弱みというべきなのか。

 問題は、当の婚約式がリオン本人に伏せられているという点だ。関係者一同、リオンに対してドッキリを仕掛ける算段らしい。というか、そうでもしなければ彼自身が覚悟を決められないという認識を、全員が共有していることになる。

 

 

「案外ヘタレなんすね、Mr.」

『ケイト。思ってても言っちゃだめ』

 

 

 ハーヴェイの窘めは、果たしてフォローたり得るか、どうか。

 

 

 

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