01.猟犬養成
二年次が始まった。
学園は何とか再編を乗り切り、春からの授業再開が可能となっている。しかし同時に、多数の家系が爵位剥奪され退学処分になったのを受け、平民から特別枠による受け入れを始めた。その受け入れ担当は、アンジェリカとオリヴィアが務めるらしい。
その一方、在学生に対し、ハーヴェイはひとつの特別講習を行った。
「傾注!!!」
教壇に立ち、びしりと姿勢を正したセドリックが、得意の大声で叫んだ。彼にとっては一年ぶりの学園教室だが、そんなことは関係ないらしい。
「これより“アギラル式改良型魔導鎧”、通称アーマード・コアの概要と操縦の基本について、貴様らに教導する! 骨の髄まで叩き込むように!!」
『兄上、兄上。聴衆は素人です。いつもの訓練のような威圧感は控えていただけると』
それを、横に立つハーヴェイが宥めた。真面目なセドリックは、ついいつもの訓練の調子で語っているが、相手は冒険者研修程度でしか戦闘訓練を積んでいない素人だ。
『まずは、この特別講習に参加してくれてありがとう。――先日の情勢変化に当たり、軍備の再編成は避けられない状況だ。その検討に際し、ひとつの参考としてくれるといい。
諸君の中には、魔導鎧を駆ったこともあればない者もいると思う。いずれにせよ、既存の魔導鎧とは一線を画す機体構成だ。質問があれば遠慮なく訊いてくれ』
セドリックに威圧されて委縮する聴衆たちに向けて、ハーヴェイはなるべく穏やかに語りかけた。その後ろでは、ケイトが大きな一枚の紙を黒板に貼り出している。ACのシステム構成図だ。
「まず、アーマード・コアの基幹システムだ。ACの制御系は、“モジュール型魔導インタフェース”“
“モジュール型魔導インタフェース”は、魔導鎧の操縦系統を簡略化したシステムだ。腕部や脚部、ブースター単位で制御系を独立させることで、パイロットは“腕部兵装で攻撃する”“歩行や跳躍で移動する”“任意方向にブーストする”といった戦闘行動に対する操縦を簡略化し、戦闘に集中することが可能だ!
これは同時に、“パーツ換装システム”の実装を可能としている。どのパーツに組み替えようと同じ制御方法で操縦できるため、戦術や戦局に合わせてパーツを換装し、自由な
魔導鎧の動作は複雑だ。人間が本来『腕を動かして物を取る』『脚を動かして歩く』といった行動を、大脳基底核によってパターン化しているのに対し、魔導鎧はそれらを全て
朗々と語るセドリックに対し、生徒の一人がおずおずと手を挙げた。
「し、質問です!」
「許す!」
「貴家では、戦局ごとにパーツを換装して戦っているということでしょうか!」
「いい質問だ! 残念ながら、我がスピアリング家では複数機による協働を基本としており、個人単位でのパーツ換装の頻度は少ない!
当家では、まず共通規格の
無論、我が家のように大量にAC部隊を配備する余裕がない家系もあることだろう。そのため換装用の予備パーツを保管しておくことで、一機または数機のACでも様々な局面で対応することができる!」
なるほど、と生徒たちは感心した。魔導鎧は白金貨で数万~数十万ディアを要する高価な買い物だ。小規模な領主貴族では、安物のフルフレームを一機二機購入したきり、大切に使い回すのが精一杯だろう。整備費用もばかにならない。それに比べれば、腕部パーツを一組や、脚部パーツを一つといった部品単位で予備を購入し、損傷状況などに合わせて換装できるのは便利だろう。
「次に、“
「し、質問いいですか!」
「よし! 言ってみろ!」
「そのACSは、既存の魔導鎧にも搭載できるのでしょうか!」
「可能だ! 開発責任者セレドニオ・アギラル教授によると、後付けで実装することができる。つまり諸君らが魔導鎧を所有している場合、その機体にACSのみを実装して機体制御を任せることも可能だ! 現在保有管理中の兵器を廃棄する必要はない!」
これもまた、生徒たちの関心を買った。先述した通り、魔導鎧の操作は複雑で、姿勢維持にも緻密な操作を必要とする。それをシステム化し自動で制御してくれるともなれば、操縦難易度は格段に下がる。さらに、ACパーツ開発とは独立したシステムというのが強い。せっかく大枚をはたいて購入した現行魔導鎧の管理維持費用が無駄にならず、それでいて操縦を容易にできるとなると、導入に対するハードルは格段に低くなる。
「ただし! ACSは被弾衝撃によって負荷がかかり、一定以上の負荷を受けるとシステムの許容範囲を超え、姿勢制御が一時的にダウンする。完全な依存はせず、適度に回避することが求められることに留意せよ!」
「質問です!」
「何だ!」
「ACSに負荷がかかったとき、どのように対処すればよろしいですか!」
「特殊な重力魔法などを受けない限り、機体への被弾衝撃もACSへの負荷も一時的なものだ! 自機にかかっている負荷状況はモニターで確認することができるため、回避に徹している間にACSを復旧させ、負荷状況を回復させることができる!
ただし最も簡単な方法は、
「で、では、ハーヴェイさんは!?」
「こいつは特例だ! この愚弟は基本的に頭がおかしいので、参考にするな!」
「!?」
『セド兄上、面と向かって言われると傷付きます』
と言いつつ、ハーヴェイ自身無茶をしているという自覚はあった。戦場に単騎で投入されるということは、四方八方から迫りくる攻撃を一人で捌く必要がある。
だが複数機との協働になれば、味方同士の流れ弾を気にしなければならないということが、ずっと一人で戦ってきたハーヴェイには負担に感じた。“
「最後に、“
想定する交戦距離、腕部の射撃精度、そして適切なFCSを組み合わせることで、非常に柔軟な戦闘行動を可能とする! 改めて頭に叩き込んでおくこと!」
FCSそのものは、多くの魔導鎧開発者がそれぞれに術式を開発しており、すべての魔導鎧に実装されている。しかし、ここにモジュール型魔導インタフェースと噛み合わさると、『腕部パーツの射撃精度』と『FCSの補正能力』が最適化され、パイロットの想定通りの戦闘スタイルが実現しやすくなる。
『加えてもう一つ、AC開発に当たって確立された新しい規格について説明する。ケイト、資料を貼り出して』
「はーい」
ハーヴェイの言葉とともに、ケイトはもう一枚の大きな紙を貼り出した。今度は、ACの機体構成図だ。
「ACの機体構成は主に四つに分けられる!
一つ目は二脚! これは既存の魔導鎧にちかい構成だが、我々はさらに軽量、中量、重量と小分類を構築し、異なる戦術を適用している! 昨今は軽量機が流行だそうだが、重量機には重量機なりの戦術があるものだ!
二つ目は逆関節! 二重関節による跳躍能力に特化し、三次元戦闘を可能とする! この愚弟が使っている機体もこれだ!
三つ目は四脚! 姿勢安定性能に優れ、さらに四つの追加ブースターによって滞空能力が強化されており、空中からの火力支援に優れている! 小官の機体もこれに該当する!
四つ目はタンク! 脚部を重厚な戦車に変えることで、優れた安定性と積載量を有し、桁違いの重武装を実現できる! ただし重量ゆえに飛行能力は高くないため、拠点防衛としての運用を推奨している!」
ずらずらと見せつけられる機体構成に、生徒たちは驚愕した。制御系の都合上、魔導鎧は人体に近い方が操縦しやすい、設計しやすいといった理屈があり、故に人体と同じ二脚型しか流通していない。人体から遠く離れた脚部は、さぞ奇異に映っていることだろう。これも、モジュール型魔導インタフェースによる功績だ。
「以上、基礎講習終わり! これより実機による搭乗訓練に移るため、闘技場へ移動する。総員駆け足!」
『セド兄上、ただの講習です』
生徒たちを急かして立ち上がらせるセドリックに、ハーヴェイがツッコんだ。
◇ ◇ ◇
その後、魔導鎧用の決闘場に移動し、参加者に交代でAC操縦を体験させた。
研修用に貸与したフレームは中量二脚:CHRYSLER、逆関節:GOSLING、四脚:AIMARD、タンク:HAGMAYER。それぞれ異なる使用感でありながら、操縦方法そのものは同じように扱うことができるという点が、受講生たちの関心を大いに買った。特に上級クラス、家督継承予定の生徒たちは、すでに運用論について議論し始めている。先の公国戦で意識が変わったのか、将来を見据えた思考に行き届く辺り、将来は有望だろう。
その一方で、暗い顔をしたままの生徒たちもいた。普通クラスの生徒たちだ。中には魔導鎧の搭乗経験のある生徒もおり、この使いやすさから引き離される現実に嘆いている様子だ。動かしやすさとはつまり戦いやすさであり、生存率に直結すると言っても過言ではない。一度この乗りやすさに慣れてしまえば、もう普通の魔導鎧に馴染めないのが、ACの欠点だった。
『諸君、すこし集まってくれ』
そこで、ハーヴェイはそんな普通クラスの生徒たちを呼び集めた。
『きみたち普通クラスに残留した者は、残念ながら家督継承が期待できない立ち位置に残されていることだろう。かと言って軍属になれば、戦死のリスクからは逃れられない。
今日体験してもらった通り、ACは一般的な魔導鎧と比べ、操縦難易度が格段に下がっている。しかし最大の問題は、未だ我が家でしか制式化されていないということだ。諸君は現行の魔導鎧での訓練を強要され、練度不足のまま戦場に立たされる。そして碌な戦果を挙げられず、そのまま戦死する可能性は小さくない』
「それは……」
「たしかに、そうだけど」
ハーヴェイが容赦なく突きつける現実に、一同は暗い顔をした。今回味わった乗りやすさを忘れ、一から動かし方を学ばなければならないとなると、戦い方どころではない。空飛ぶ棺桶に突っ込まれて、右から順に撃ち落とされるのが関の山だろう。
『そこで、
そこに、ハーヴェイの囁きが割り込んだ。
『今回、講習を担当してくれたセド兄上の提案でね。諸君らにAC操縦技術を叩き込み、“
先日の戦乱で、国境周辺の領土各地は兵力不足に陥っていることだろう。そこに訓練を重ねた君たちが派遣されることで、領地護衛に貢献する、という訳だ。
きみたちはより安全な兵器で戦闘を行い、領主貴族の覚えをよくすることができる。領主貴族は領土安泰を確保し、きみたちという有用な戦士たちへの信頼が高まる。WIN-WINの関係というやつだな』
「な、なるほど……!」
『AC訓練については、“
そう言うと、ハーヴェイは紹介状代わりの名刺を配り始めた。この名刺を提示すれば、独立傭兵集団“ハウンズ”の一員として訓練に参加することができる。
何しろ敵は多い。今回王国に侵攻してきた諸外国は言うに及ばず、自然発生するモンスターの駆除も必要だ。無差別な脅威が天然に生じるこの世界で、兵力の需要は決して無くならない。
そうした辺境各地での活躍の中で、特に気に入られた隊員は、領主貴族からの引き抜きもあり得るだろう。それは同時に、彼らの軍備としてAC需要が高まり、市場活性化に繋がる。周辺諸国との紛争が多い辺境各地の情勢は安定し、パーツ本体や基幹システムの利権は拡大する。無論、その特許保有者としてスピアリング家の利益は莫大だ。まさにWIN-WINの関係である。