鋼鉄の牙、乙女の幻想   作:竹河参号

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03.異国でも外道騎士

『却下だ』

「どうして!」

 

 

 着の身着のまま飛び出してきたアーロンの申し出を、ハーヴェイは冷たく切って捨てた。

 事件の発端であるはずのケイトには目もくれない。人が変わったような豹変ぶりに、ケイトも思わず耳を伏せて呆れていた。

 

 

『どうしてもこうしてもあるか。僕だって、本来は“(スコーピオ)”の業務で忙しいんだ。きみの相手をし続けている暇はない。

 少なくとも、学園には通いたまえ。将来を決めるのは、それからでも遅くない』

「そんなもんどうでもいい!」

『何が君をそんなに駆り立てるんだ……?』

 

 

 急き立てられるかのような物言いに、さしものハーヴェイも思わず引いた。事の発端を辿れば、考えうる限り最大級の侮辱をしたつもりだが、そのことは彼の中で、どう処理されたのだろうか。

 それはそれとして、腕前云々の問題ではない。彼はアーロンを認めるわけにはいかなかった。

 

 

『ひとつ言っておくが、僕たち“黄道十四宮(ゾディアック)”は、戦闘能力だけで迎え入れることはない』

「何で!?」

『護国の防人(さきもり)として、最低限の気品が求められるんだ。きみのように、立場を笠に着て婦女子に手を出すような、不埒な人間を容認する気はない。そのような粗暴は、スピアリング家の戦士に相応しくない』

「直します!」

『“直します”の一言で直るなら誰も苦労はしない。それに、ケイトに狼藉を働こうとしたことを忘れた覚えはないぞ』

「その節はすみませんでした!」

『……そこで謝罪ができるのは、美徳と言ってもいいかも知れないが……』

 

 

 流れるように出てきた謝罪に、ハーヴェイは思わず閉口した。こうして謝罪の言葉を受け取ってしまうと、彼としても無碍にすることができなくなる。

 余人の知らぬことだが、これでも一応、婚約者がいると知りながらオリヴィアを狙っていた不埒者である。何が彼をここまで狂わせてしまったのだろうか。

 

 

『……まあ、いい。一応、体験入隊の口利きはしておく。それはそれとして、授業にはきちんと復帰するように』

「はい!」

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

「彼、なかなか筋がいいですよ」

『嘘でしょうヴィトルム教官』

 

 

 週末。駄目元で“(ケートス)”の教導隊に頼み込み、訓練用ACに搭乗させた結果。バスチアン・フォウ・ヴィトルム教導官は、そんな信じがたい返答を寄越した。

 まあ、初めて乗った魔導鎧で、ハーヴェイとの戦闘が成立する程度には立派に乗りこなせた才覚の持ち主だ。いわんやACにおいてをや、である。

 

 

「さすがに“(スコーピオ)”隊長の相方という訳にはいきませんが、少々の訓練を積めば、どこかの隊に編入させるのも可能かと」

『本気ですか』

「本人の強い意向があるのなら、この三年を浪費してしまうのは惜しい。今からでも入隊させても良いかと」

『ただ、素行にいささか問題が……』

「王立学園なんぞで、それが矯正されますかな。少なくとも私は、そういう新米を見たことがない」

『…………』

 

 

 ヴィトルムの言葉は、ハーヴェイに沈黙を強いるだけの説得力があった。王立学園での学業成績は、冒険者としての技能養成と官僚としての教養育成を証明するものだ。既に冒険者として実績を積んでおり、官僚になる意向もないのであれば、通わせる意味はあまりない。何より、武人として必要な精神性を育むことができるほど、王立学園は健全な環境ではない。少なくともこれまでと、そしてこれから数年間は。

 

 

「ハーヴェイ様のご意向があるのでしたら、学園卒業までは待つことにしましょう。その間に、ハーヴェイ様が教育なさればよろしい」

『僕がですか!?』

「そもそも決闘騒ぎ自体、ハーヴェイ様が起こしたのでしょう? ならば最後まで責任を持ちなさい」

『……はい……』

 

 

 有無を言わさぬヴィトルムの言葉を、ハーヴェイは黙って受け入れることしかできなかった。ハーヴェイ自身、彼には幾度となく世話になっているだけに、強く出ることができない。本人の意向と教導官の推薦を押し切ってまで学園に通わせる以上、その責任をハーヴェイが負うことになるのは、当然の帰結だ。

 

 

「だから言ったじゃないの」

『やめてくれ。Mr.バルトファルトを笑えなくなるだろう』

 

 

 そのやり取りを見ていたアデルの、ため息交じりの言葉に、ハーヴェイは何も言い返せなかった。まさかまかり間違って、“三作目の攻略キャラ”を舎弟扱いしなければならないとは。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 二ヶ月ほど経過したころ。ハーヴェイ、アデル、ケイトのささやかなお茶会の中、ハーヴェイはひとつの話題を持ってきた。

 ちなみに、アーロンは冒険者仲間たちとともに王都ダンジョンに潜っている。曰く「体を動かしていないと落ち着かない」らしい。

 

 

『……Mr.バルトファルト、またやらかしているらしい』

「しかも現在進行形?」

 

 

 渦中はいつだって、“外道騎士”ことリオンである。アルゼルには注意しろとあれほど口酸っぱく言ったというのに、彼はトラブルと結婚でもしているのだろうか。

 とはいえ、辺境の浮島に押し込まれたはずのマリエたちが、まとめて一緒に送り込まれていることも考慮してやらねばなるまい。ただでさえ世間知らずの連中を、よりによってアルゼルに送り込むとは、王宮も何を考えているのやら。

 

 

『どうやら、六大貴族の一角と揉め事を起こしているらしい』

「相手はどこ? 喧嘩の内容によっては、後々まで尾を引くわよ」

『詳しくは分からなかったが、父上によると“フェーヴェル家の可能性が高い”とのことらしい』

「なにか根拠があるんです?」

『特に血の気が多く、外交衝突のほとんどが同家発端だそうだ。諸外国との戦争では、いつも連中が先鋒をやっている。……その度にボロ負けして、本国の領空内に逃げ込むのもいつものことらしいがね』

「またしょうもない相手だこと」

 

 

 ハーヴェイの評に、アデルはため息を吐いた。いまひとつ自覚が足りない様子だが、生来の気質として他人を煽りたがるリオンは、そういう浅慮で動く手合いとは特に相性が悪い。今度ばかりはリオン側に落ち度がなくても、向こうが吹っ掛けてきたのかも知れない。……リオン側の乗っかり方次第では、さらに拗れる可能性があるが。

 

 

「でも、相手は防衛戦最強のアルゼルでしょう? 相手の土俵でまともに戦えるのかしら」

『難しいところではあるな。アロガンツの出力は段違いだから、勝負そのものは問題ないと思うが……』

「何か問題でも?」

『アルゼルにも間諜(スパイ)を送り込んでいるらしいんだが、どうやら同国には“聖樹の加護”という特異な能力があるようだ』

「それが、防衛戦最強の秘訣?」

『だろうな。事によっては、彼も苦戦を強いられるかもしれない』

 

 

 とはいえ、ここから手出しできることはない。彼らにできることは、ただリオンの勝利と穏当な決着を祈ることしかなかった。

 ――すでにアインホルンごと物資の大半を押収され、アロガンツすら取り上げられてしまったことなど、彼らの知る由もない。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

「Mr.バルトファルトの決闘騒ぎ、進展があったわよ」

 

 

 数週間後。リオンが起こした騒動の推移を提供したのは、アデルだった。

 

 

「どうだったんですか?」

「それが……決闘の裏で暴走事故が起きて、フェーヴェル家に被害が出たらしいのよ」

「ど、どういうことっすか?」

 

 

 話が飛躍していないか。困惑したケイトに、アデルが説明を続けた。

 

 

「詳しいところによると――フェーヴェル側の罠でアインホルンが奪われたらしいのだけど、そのアインホルンが()()暴走したらしいの。そのまま“聖樹”に突っ込んで、莫大な被害が生じたらしいわ」

『……随分と都合がいいな』

「まぁ十中八九、Mr.とルクシオンのやらかしでしょうね」

 

 

 顔をしかめたハーヴェイの言葉を、アデルは肯定した。

 詳細なところによると、「フェーヴェル側の罠でアインホルンとアロガンツが奪われる」「その奪還を賭けて決闘を起こす」「決闘の裏側でアインホルンが暴走する」「フェーヴェル側が決闘に敗北した挙句、アインホルンによって被害を受ける」という流れがあったらしい。リオンは素知らぬ顔で関係を否定しているそうだが、ルクシオンの存在を考えると、関与しているのは間違いないだろう。

 それにしても、ルクシオンは“聖樹の加護”すら凌駕する存在だということか。つくづく、潜在的な危険性に定評のある超兵器である。

 

 

「そ、それってどうなっちゃうんです?」

「今回は、フェーヴェル側が吹っ掛けたものだから、こちら側が賠償金を取れそうね」

「えぇー……領土ぼろぼろにされた挙句、賠償金まで取られちゃうんですか」

『外交とは往々にしてそういうものだ。双方の都合の押し付け合いで、勝った方が正義だ。アルゼルは、その基本を怠ったわけだな』

 

 

 外患を憂慮する必要が小さい分、内ゲバに興じる共和国としての気質が裏目に出た。同国の象徴にして精神的支柱、“聖樹”が傷付けられたともなれば、その威信には深い傷がついたことだろう。これが後々の波乱にならなければいいが――

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

【――と、いうわけだ。夏休みに観光に来い。アルゼル共和国は色々と楽しいぞ】

 

 

 リオンの新しい機械端末、クレアーレ越しに、級友たちへとメッセージが届けられたのは、それから数日後だった。

 何が「というわけだ」なのだ、と誰もが思った。

 

 

「いや、荷物が多いから飛行船を出せってどういうこと? 僕たち、夏休みは色々と予定があるのに!」

「こっちはようやく、彼女を実家に連れて行けるようになったのに! アルゼルまで行って、帰ってくるだけで夏期休暇のほとんどが潰れちまうよ!」

「どれだけ搾り取ったのかしら、Mr.」

 

 

 リオンがアルゼルから搾り取った賠償金の運送ということらしい。確かに国家間の物資のやり取りを、民間業者に任せるわけにはいかないが――それにしたって、級友を顎で遣うとはどういう神経だろうか、とアデルは他人事ながら不信感を覚えた。いくら飛行船の整備に係る契約があるからと言って、何でもかんでも従わせるのはあんまりだろう。

 

 

『それに、僕まで駆り出すというのはどういうことだ……』

「道中の警護を依頼したいとのことだ」

『僕単騎ではとても足りない。最低でも“(スコーピオ)”を動かすことになるんだぞ。彼にはきちんと忠告したというのに……』

 

 

 アンジェリカの補足に、ハーヴェイは唸ることしかできなかった。確かに、国家として威信を傷つけられた今のアルゼルならば、護衛戦力の一時的な受け入れを拒むことはできないだろう。問題は、それが悪名高き“戦争屋侯爵”の一小隊ということだ。「これを既成事実として、駐留軍を配備する魂胆がある」などと誤解されたらどうするつもりなのか。

 

 

「あ、あの、とりあえず報酬の件からお話をしますね」

 

 

 未だ不満を漏らす学友たちに対し、オリヴィアが申し訳なさそうに切り出す。その報酬の内容に、級友たちは目の色を変えた。

 

 

「……多くね?」

「行きと帰りの魔石と物資はリオン持ち。報酬も悪くないね。これだけあれば、うちは借金を返済できそうなんだけど」

「リオンがアルゼルから賠償金を得た。報酬に嘘はない。外国への長期の船旅になると、どうしても船員の練度が必要になる」

 

 

 スピアリング家にも、別口で護送依頼を送っているらしい。こういうところはしっかりしているというべきか、政治の荒波に揉まれて成長したというべきか。

 悪くない儲け話だ、と俄かに喜色を見せる級友たちに、オリヴィアは呆れてしまった。

 

 

「さっきはやる気もなかったのに……」

『人を働かせるには、相応の報酬が大事だからね』

「まぁ、頑張って貰おう。それに、飛行船の数は多い方が旅も安全だ」

【忙しくなるわね。準備しなくっちゃ! 私、新しい飛行船を用意しているのよ】

「リオンさん、驚いてくれますかね?」

「驚くさ」

 

 

 アンジェリカとオリヴィアは、指揮ついでに観光に行く気分のようだ。すっかり弛緩した空気の中、ふとアデルが口を開いた。

 

 

「せっかくだし、私も行っていいかしら?」

『遊びじゃないんだよ』

「Mr.と貴方がいるならほとんど遊びじゃない。せっかくだし、遠出するくらいいいでしょ」

『やめてくれ。向こうはMr.一人に惨敗して、ピリピリしている可能性が高い。何かの弾みで、きみが巻き込まれたらどうする』

 

 

 リオンが“外道騎士”として存分にその悪名を轟かせた今、アルゼルではホルファート王国への警戒心が高まっていることだろう。子育て中の羆の巣穴に飛び込むような、馬鹿な真似はしたくない。

 行って帰るだけ。向こうでは、なるべく滞在期間を減らすことにしよう――そんな腹積もりが儚く砕けるなど、この時のハーヴェイには全く予想できないことだった。

 

 

『それに、きみは魅力的な女性だからね。婚約者が出先で恋遊びなんて、見せられる僕の気分にもなってみろ』

「……急に口説き文句を突っ込まないでちょうだい」

「やだ、アデル様かっわいー」

 

 

 ハーヴェイの言葉に対し、扇で口元を隠すアデルを、ケイトが楽しそうにからかった。

 

 

 後日。第九隊“(スコーピオ)”として正式に任務が下されたハーヴェイらは、第二使節団に追随してアルゼル共和国に行くことになった。

 ちなみにアーロンは、一学期前半を決闘騒ぎで潰したので期末試験は赤点、夏季休暇は補習で潰れる予定である。『きちんと授業を受けるように。あと不埒な真似は絶対にしないように』と厳命しておいた。

 

 

『アデルにきっちり監視してもらうからな。何かあれば、“黄道十四宮(ゾディアック)”入隊は白紙無効、金輪際縁はないと思え。

 勿論アデルに手を出したら殺す。どんな手段を使ってでも殺す』

「出さないっすよ。あの人怖いじゃないですか」

『――まあ、付き合いの浅いきみが警戒する程度にはな……』

「焼き払うわよ貴方たち」

 

 

 そんな下らないやり取りがあったとか、なかったとか。

 

 

 

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