鋼鉄の牙、乙女の幻想   作:竹河参号

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06.余所者たち

 アルゼル側の転生者たちとの接触の機会は、思いのほか早く訪れた。

 

 

「そいつが、そっち側にいる“ゲームを知らない転生者”?」

 

 

 夏季休暇中の学園。閑散とした校舎を歩きながら、桃色の髪の少女――レリア・ベルトレは言った。

 リオンを通じてアポイントメントを取った結果、「転生者一同で顔合わせをしよう」という回答があり、こうして人の少ない現在の学園に指定されたわけだ。つまりハーヴェイとケイトのみならず、マリエも同行している。

 

 

『初めまして。僕はハーヴェイ・フィア・スピアリング。こちらは従者のケイト。よろしく、Ms.レリア』

「どうもどうも~」

「な、なに? 機械音声?」

『諸事情あって、僕は発声ができないので魔導具(マジックアイテム)で代用している。失礼だが、このままで』

「そ、そう」

 

 

 口ひとつ動かさないハーヴェイの機械音声にたじろぎながらも、レリアは「そういうものか」とやや強引に自分を納得させた。

 

 

「まぁ、話が早くて助かったわ。こっちの方も、リオンに会いたいって言ってたのよ。

 言ったわよね? もう一人の転生者は“攻略対象”だ、って」

 

 

 そう言うと、レリアはひとつの教室のドアをがらりと空けた。そこにいたのは、机に突っ伏した一人の男子生徒。

 教室の黒板にはでかでかと『補習』という紙が掲げられている。他の生徒がいない辺り、彼一人のために行われた補習授業らしい。

 

 

「終わったみたいね」

「夏休みは全て補習だとさ。ふざけているよな」

「留年を回避するためよ。ありがたいと思いなさいよね」

 

 

 煩わしそうに顔を上げたその生徒は、少年というより青年というべき雰囲気を帯びている。日焼けした小麦色の肌、大きな体格に張り出た筋肉。貴族というよりは、冒険者や傭兵といった雰囲気の方が強い。

 だがレリアを除く四人の意識は、彼にほとんど向いていなかった。その傍らに浮く、青い金属球――ルクシオンそっくりの、謎の球体である。

 

 

「ど、どういうことっすか?」

【子機ですね。本体は別にあるかと】

「お前と同じ、ってことか」

 

 

 つまりは遺失文明の遺産――ロストアイテムの人工知能らしい。子機として本体から分離独立して活動しているのも同じようだ。

 青い金属球は、まずルクシオンに顔(?)を向けた。

 

 

【はじめまして。私はイデアル。お名前をお聞きしても?】

【ルクシオンと呼ばれています。マスターはこちらのリオン・フォウ・バルトファルトです】

【ホルファート王国の伯爵という立場でしたね。私のマスターと同じ転生者と聞いています】

 

 

 そこでようやく、青い金属球ことイデアルの意識がリオンに向いた。端から眼中になかった、とでも言わんばかりの扱いに、リオンがむっと顔をしかめる。

 

 

「ルクシオンのおまけ扱いか?」

【気に障ったのなら謝罪しましょう。何しろ、こうして動いている人工知能に出会えて興奮していましてね。命令系統は違いますが、同族意識を感じています】

「機械が興奮とか気持ち悪いわね……」

 

 

 閉口するマリエの感想は、ハーヴェイやケイトと同じようなものだった。機械とは与えられた命令をこなす存在であり、気分や興奮といった情動を持たない代物ではないのか……?

 一方、男子生徒は頬杖を突いたまま、ルクシオンを従えるリオンの様子を眺めていた。

 

 

「お前の方はメタリックカラーか。それにしても、同じ転生者で同じチート戦艦持ち。何だか不思議な気分だな」

「お前は?」

「俺はセルジュ――セルジュ・サラ・ラウルトだ」

 

 

 ラウルト家――先日揉めたばかりの六大貴族の、実質的トップ。さらには、議長襲撃事件の黒幕。リオンはさっとレリアに鋭い視線を向けた。

 

 

「ち、違うの! こいつ、大貴族の出身だけど、冒険者に憧れた問題児で――この前まで学園にもいなかったのよ」

【その間にイデアルを発見した、ということですか】

「そうなのか?」

【以前から発見していれば、我々に接触してきたはずですからね】

【そうですね。私がマスターと出会ったのは最近です。だからこそ、色々と情報を集めているのです。ご理解いただけましたか?】

「口の悪さも一緒だな」

【一緒にしないでください】

 

 

 まるで幼児に言い聞かせるような厭味ったらしいイデアルの言葉に、リオンはいよいよ機嫌を悪くした。引き合いに出されたルクシオンも反抗の言葉を述べているが、不敬具合では大差ないような気もする。

 一方、そんなやり取りに関心を向ける様子もなく、セルジュはリオンを値踏みするような視線を向けた。

 

 

「お前とは一度話をしておこうと思ったんだよ。それより、乙女ゲーなんてやっている男とか本当にいるんだな」

 

 

 リオンはじろりとレリアに視線を向けた。そういえば、『ゲームと相似した世界である』という事実に衝撃を受けるばかりで、彼がどうやってそれを知ったのか――つまり『彼が何故女性向けゲームをプレイしていたのか』を聞いたことがない。

 

 

「事情は説明したわよ。けど、こいつは細かいことを気にしないから」

 

 

 後ろめたそうに視線を逸らすレリアと、ふ~んと鼻を鳴らすだけのセルジュ。この二人が“聖樹”攻略の鍵を握っているというのだから、何とも不安な話だと評していいのか、どうか。

 セルジュは次に、ハーヴェイへ視線を向けた。

 

 

「で、そっちのそいつは? お前も転生者なのか?」

『その通り。僕はハーヴェイ・フィア・スピアリング。こちらのケイトは無関係だが、一通り事情を話している。

 ――本題に入る前に、一つ確認したいことがある』

「なんだよ」

『きみは――“独立傭兵レイヴン”を知っているか?』

 

 

 ハーヴェイはかつてなく真剣な表情で問うた。

 ――ここが分岐点だ。彼らが“レイヴン(C4-621)”を知っているのであれば、今後の関係性が大きく変わる。

 

 

 しかしレリアとセルジュは、共に顔を見合わせて不思議そうな表情を浮かべるばかりだった。

 

 

「何それ?」

「傭兵? 何のことだ?」

『……知らないのであれば、必要ない。余計な質問をして悪かったね』

 

 

 とぼけた様子もない二人の反応に、ハーヴェイは肩を竦めて引き下がった。

 

 

(――……知っていたとして、僕はどうしていただろうか)

 

 

 実のところ、何をしたかったのか。その感情の正体を、彼は形容することができなかった。

 ――“レイヴンの火”。半世紀越しにルビコン星系を焼き払った、大いなる災禍。その大罪を知っていたとして、どうするつもりだったのか。その主犯であることが明るみになって、どうするつもりだったのか。衝動に駆られていた彼は、そこまで思慮していなかった。僕はいったい、何をしたいのか。何をさせたいのか。

 

 

「――それで? 俺に何か用があるのか?」

「怒るなよ。同じ転生者同士、仲良くやろうって話だ。ま、座れよ」

 

 

 一方、そんなハーヴェイに気付かないリオンは、セルジュに向けてつっけんどんに言い放った。セルジュに勧められるがまま、五人は席に座る。リオン、ハーヴェイ、ケイト、そしてマリエ。対すること、セルジュとレリア――そんな構図が、自然と出来上がった。

 セルジュの関心はリオン一人に――正確には、『ルクシオンを所有しているリオン』に集中しているようだった。その口ぶりほど、親しげに構える様子は見えない。

 

 

「俺もお前もチート持ち。とんでもない宇宙船を持っているわけだ」

「そうだな」

「俺はこの力を使って国をまとめる。アルゼル共和国を良くしようと思っている。お前はどうするつもりだ?」

 

 

 ぐっと身を乗り出すセルジュの目には、強い火が灯るような輝きがあった。若く猛々しい野心の火――と評するには、俗な色を帯びている。その正体に、ハーヴェイもリオンも踏み込む気にはならなかった。

 

 

「正直考えていないね。田舎でノンビリ暮らせればそれでいい」

「はぁ?」

 

 

 素っ気ないリオンの回答に、セルジュは鼻白んだ。まったく予想外、というその驚きは、急激に不機嫌へと変わった。

 

 

「何だよ、それ。凄ぇ――つまんねぇ」

 

 

 呆れ返るようなその言葉は、同時にリオンの神経を逆撫でた。野心のない人物がそれを嘲笑われるほど、不愉快なこともないらしい。

 

 

「それがどうした? そんなに言うなら、お前の面白い生き方ってやつを聞かせてもらおうじゃないか」

「ど、どうしたのよ、兄貴」

 

 

 不愉快そうに眉をひそめるリオンと、挑発的な笑みを浮かべるセルジュ。普段と打って変わって、突っかかるような物言いを始める元兄(リオン)に、マリエが思わずたじろいだ。ケイトやレリアも戸惑う中、沈黙を守っていたのはハーヴェイだけだった。

 

 

「凄ぇ力を手に入れたのに、それを使わないのがつまらないって言ったんだよ。俺もお前も、こいつら超兵器を手に入れた。それで何もしないなんて馬鹿か?」

「それがどうした? そいつを使って、一体何をするつもりなんだ?」

「俺はこの大陸を一つにまとめる。相棒が――イデアルがいれば何でも出来るからな」

「よかったな。まったく興味はないけど応援するよ。精々、頑張ってこの国をまとめてくれよ」

「――お前、本当につまらない奴だな」

 

 

 無関心を貫くリオンの言葉に、セルジュの顔から笑みが剥がれ落ちた。まったく挑発に乗らないリオンの様子に、セルジュも苛立ちを覚え始めた。その様子を見て、今度はリオンがせせら笑う。

 

 

「少し教えてやるよ、糞ガキ。お前にとっての面白いとか、つまらないというのは、お前の中での基準だ。個人的な感想でしかない。世間一般の常識みたいに言っていると恥をかくぞ」

「年齢は同じだろうが!」

「前世も含めて人生経験が足りていないからガキって言ったんだよ。少し考えれば分かるだろ?」

 

 

 ……読者諸兄は、「争いは同じレベルの者同士でしか発生しない」という格言を御存知だろうか。少なくともハーヴェイにとって、それを肯定するだけの言い争いが繰り広げられていた。拙く喚くセルジュと、それを嘲笑うリオン。傍目に見れば、吼え散らかす犬の喧嘩と大差ない。

 

 

「二人ともその辺りで止めようよ。ほら、同じ転生者同士、仲良くしないと」

「けっ!」

 

 

 レリアの仲裁で両者はようやく口論を止めたが、互いに憤然としているのは明らかだった。『転生者』という枠組みで強引に結び付けたところで、その経歴に共通点は何一つない。一度悪印象を抱いてしまった両者の、足並みを揃わせるのは難しそうだ。

 

 

『あくまで第三者として言わせてもらうが――この国の政治事情は、あくまできみたちアルゼル人が対処するべき課題だ。僕たちホルファート人が首を突っ込む資格はない。改革の必要があるというのなら、きみたちの意志と責任で果たしたまえ。

 それと同じように、Mr.バルトファルトの意志も尊重されるべきだと思っている。彼はすでにホルファート貴族の一員であり、祖国と彼自身の利害のために活動するべきだ』

「お前もつまんねぇ奴だな。こいつと一緒にデカいことをやろうとか思わないのか?」

『特には。僕はすでにスピアリング家の一員であり、護国の防人(さきもり)として国家安泰を求めるのが最優先だ。彼に大志がないというのなら、僕たち王国としても都合がいい』

「けっ! どいつもこいつも、つまんねぇ連中だ」

 

 

 ハーヴェイの諭しにも、セルジュは不機嫌そうに机を蹴るばかりだった。

 リオンと手を組んで『デカいこと』をやる。ハーヴェイがそれを焚きつける――そうまでして、彼は何をしたいのだろうか。それを成した先に何があるか、彼は正しく理解しているのだろうか。ハーヴェイはどうにも扱いづらさを覚えた。

 とはいえ、何も自家薬籠中の物にしたいわけではない。果たすべきことさえ果たせば、それ以上を求めるのは不躾というものだろう。

 

 

『本題に入ろう。“ゲーム”の進行についてだ』

「そ、そうね。“聖樹”が暴走するから、何とかしないと」

「あ? そんなもん、イデアルがいれば何とでもなる」

 

 

 居心地の悪い空気を切り替えようと声を出すレリアとは対照的に、セルジュは頬杖を突きながら興味なさげに返した。その様子に、ハーヴェイはぴくりと片眉を上げた。

 

 

『具体的な戦略は? これだけ大きな樹だ、暴走を止める手段はあるのか?

 Ms.レリア、それとラーファン。本来の“シナリオ”ではどのような流れになっている?』

「さっきと話が違うじゃねぇか。この国の問題は、俺たちだけで対処すべきなんだろ」

『国家存亡の危機ともなれば、ホルファートを含む周辺諸国にも悪影響が及ぶ。暴走の規模次第では、直接的な被害もあり得る。僕たち自身のためにも、なるべく穏当なところで着地させたい。

 きみたちに協力する理由として不足はないと思うが、何か問題が?』

「自分たちの都合ありきかよ。理屈っぽくてつまんねぇ奴だな」

「自分の我儘で生きてるお前ほどじゃないと思うね」

「何だと?」

「ふ、二人とも、抑えて」

 

 

 セルジュとリオン、それぞれに噛み付いてくるせいで話が一向に進まない。ハーヴェイはなるべく気分を鎮めながら話を進めた。

 

 

『それで、“暴走”の具体的な内容とその規模は?』

「“シナリオ”だと、アルベルクが聖樹と融合した化物になるのよ。それを倒したら、新しい苗木が生えてくるの」

『アルベルク……ラウルト家のご当主か? きみの父君じゃないか』

「おい、そこまで聞いていないぞ」

「あんたが聞かなかったんじゃない!」

 

 

 まるで今初めて聞きました、と言わんばかりのセルジュに対し、レリアが声を上げる。第二の父の末路さえ碌に知らない様子に、ハーヴェイはいよいよ不安を覚えた。

 

 

『とにかく、“シナリオ”通りにいくと、アルベルク氏と“聖樹”の双方が犠牲になるわけだな? それを回避する策は?』

「アルベルクは、暴走した“聖樹”の力を制御しようとして、逆に取り込まれるの。“聖樹”の暴走が止められない限り、アルベルクのラスボス化は避けられないわ」

 

 

 それに黒幕だしね、というレリアの付け足しは半ば無視した。アルベルク側の事情が分からない以上、深く踏み込んでも仕方ない。問題は、『ラスボス化』の第一要件を満たしてしまっていることだ。

 

 

『……アギラル教授の見立てとしては、ここまで生長した“聖樹”がこれ以上庇護される必要はなく、改めて“巫女”と“守護者”を選定する必要がないという考えだ。

 ――つまり、すでに暴走が始まった“聖樹”を止める手段はない。アルベルク氏が制御を画策する前に、“聖樹”そのものを伐採するしかない』

「ぼ、暴走? もう始まっているの?」

「でも、それじゃ……」

『ああ、本末転倒だ。アルゼルは“聖樹の加護”を失い、国家として大きく傾くことになる。

 付け加えるなら、“聖樹の加護”ありきで他国を散々挑発してきた貴国としては、かなり危険な状況に置かれるが――きみたちは、それをどう考えている?』

「それこそ、イデアルがいりゃ何とかなるさ」

 

 

 さらりと付け足したハーヴェイの厭味を、しかしセルジュは興味がなさそうに聞き流した。

 

 

『具体的には? きみは彼の基本性能(スペック)を把握しているのか?』

「それがどうした? チートアイテムなんだから、何とでもなるだろ」

『……正気で言ってるのか?』

 

 

 話にならない。いよいよ怪訝な表情を隠さなくなったハーヴェイの言葉に、セルジュが再び苛立ちを見せた。

 

 

「お前こそ何なんだよ、さっきから偉そうに仕切りやがって」

『きみたちが的確に動いてくれるなら、僕がしゃしゃり出る必要はない。最初の策が失敗した以上、次善策を講じることができるのは、“ゲーム”としてこの世界を知っている者だけだ。

 勿論、イデアル一機に依存するつもりならそれでもいい。どのような結果になろうと、ツケを払うのはきみたち自身だ』

「ツケを払う前提かよ」

『そうならないように立ち回る自信があるならそうしたまえ。僕はあくまで情報を整理し、現実的な手段を提示するだけだ』

 

 

 不必要な厭味を挟んでしまう程度には、ハーヴェイも苛立ちを覚え始めていた。詳細も知らない『チート(ずる)』とやらで万事解決すると思っているなら稚拙の極みだが、この分では実際にその状況に置かれないと理解しないだろう。それを見計らったかのように、リオンが再び口を開いた。

 

 

「そんなに言うなら、“聖樹”のことはお前らの方で何とかしろよ。お前らの国だろ」

「ちょ、Mr.」

「あれだけ引っかき回しておいて、自分たちだけ逃げるつもり? 手伝いなさいよ」

「五月蠅いな。俺だって忙しいんだよ。姉貴さん――ノエルのこともあるからな」

「姉貴のこと?」

「あぁ、実は王国に連れて帰るんだ」

 

 

 リオンの言葉に、レリアは目の色を変えた。

 

 

「こ、困るわよ!」

「俺だって困っているよ。けど、ノエルが苗木の“巫女”に選ばれたからな」

「――嘘。もう選ばれたの?」

 

 

 リオンの言葉に、レリアは愕然とした。いずれ来たる未来とはいえ、こんなにも早く訪れるとは思っていなかったらしい。

 問題は、彼女と“聖樹の苗木”の帰属先だ。アルゼル人であるノエルが“巫女”になるのは既定路線だったが、その対存在である“守護者”リオンはホルファート人だ。

 

 

『まだ苗木だからなのか、それとも本質的に複雑な知性が存在しないのか――いずれにせよ、Mr.の“守護者”認定を覆す意思はないようだ。

 仮にそれができたとして、きみたちアルゼル人から再度“守護者”が認定される保証はない。もちろん、“巫女”も同様に。きみたちの都合を鑑みると、新たな苗木を探す方が確実だと思う』

「ルクシオンが言うには、苗木自体はそれなりに生えてくるらしいから自分たちで探せよ。イデアルが見つけてくれるだろ」

【ご命令いただければすぐにでも】

 

 

 リオンの言葉に、恭しく機械音声を鳴らしたのはイデアルだった。レリアはどうしていいのか分からないのか、縋るようにセルジュに視線を向けたが、当の本人は頬杖を突いたままヘンと鼻を鳴らすだけだった。

 

 

「ノエルを連れていく理由は“聖樹の苗木”か? “巫女”だから利用するのか?」

「――そうだよ」

「最低な野郎だな」

 

 

 セルジュの容赦ない罵倒に対し、リオンは何も答えなかった。彼自身、ノエルを半ば強引に祖国から引き離すことについて、負い目を感じているらしい。

 

 

「あんたたちだって似たようなものでしょ。ノエルが“主人公”だから手元に置いておきたいだけじゃない」

 

 

 ところが、そこにマリエが噛み付いてきた。

 

 

「何だと?」

『おい、ラーファン』

「片や実の姉がDVされてるのを放置、片や“ゲーム”をほっぽり出して冒険者ごっこ。それで正論気取りとか片腹痛いわ」

「何だとこのチビ。文句でもあんのか」

「いくらでもあるわよ。自分たちは散々好き勝手やっといて、今更善人面するんじゃないわよ」

『それは自分にも跳ね返ってくるという自覚はあるか、ラーファン』

「うるさい!」

 

 

 ハーヴェイのツッコミは、避けてあげるべきだったのかもしれない。激情に身を任せる短慮たちが増えていっては、もう収拾がつかない。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 結局、その日はそれ以上の進展がないまま解散となった。

 

 

「お仲間とは仲良く出来たか?」

【仲良くする必要を感じません。協力できるならするだけです】

 

 

 屋敷へと帰る道すがら、リオンは傍らで沈黙を守るルクシオンへ口を開いた。ルクシオンは機械らしく、短く端的に答えた。

 イデアルの存在という収穫はあった。が、進展は実質なかったと言っていい。頑迷なセルジュもさることながら、まともな提案も根回しもできないレリアも役に立たない。課題解決は、ほぼイデアルに懸かっていると言っても過言ではない。

 

 

「お前より落ち着いた感じだったな。新人類を一緒に殲滅しましょう、なんて誘ってくるかと思ったのに」

【私とクレアーレと同様に、管轄が違うためロジックパターンに違いがあるのでしょう】

「管轄?」

【はい。私は多機能な高性能移民船です。クレアーレは研究所の管理をしていました。イデアルは――軍の補給艦でした】

「軍隊? ……あれ? お前って軍艦じゃないのか? 武装とか沢山あるよな?」

【マスターが理解するために必要な時間は十時間以上となります。それでも聞きたいですか?】

「……興味がなくなった。お前とは別の所属とか、そういう認識で良いんだな?」

【構いません】

「管轄が違うと仲良く出来ないとか、お前ら人間っぽいな」

 

 

 いつもの軽口で笑い飛ばすリオンだが、ルクシオンからの反応は芳しくない。普段と異なる様子に、四人は違和感を覚えた。

 

 

「――どうした? 今日は静かじゃないか」

【いえ、不確定な情報なので、お伝えするのをためらっていただけです。

 それよりも、あの五人と生活力を競うのではなかったのですか?】

「あれ、兄貴も参加するの?」

『何の話だい? ――いやいい、聞くだけ無駄そうな気がする』

 

 

 どうやらユリウスらを叩き出したことと関係しているそうだが、ハーヴェイは無視を決め込んだ。ことあの五莫迦に関する騒動で、まともな話は期待できそうにない。

 

 

「――二人は、どう思いました」

 

 

 しばらく考え込んでいたリオンは、ハーヴェイとケイトに水を向けた。明らかに除け者にされたマリエが、むっとリオンを睨み上げる。

 

 

「……なんで私には訊かないわけ?」

「お前の短慮には何も期待していない」

「兄貴に言われたくないんだけど!?」

 

 

 むっつりとしかめ面を浮かべるリオンに対し、マリエがぽかぽかとその背を叩いた。残念ながら、短慮具合ではいい勝負である。

 一方、ケイトはふんとそっぽを向いた。

 

 

「坊ちゃんはどうせ何も言わないので、いいです」

「どうしたのよ、ヘソ曲げて」

「あいつの言い方がそんなに気に入らなかった?」

「当然っす! あいつ、Mr.どころか坊ちゃんまで馬鹿にして!」

『ケイト』

 

 

 声を荒げるケイトを、ハーヴェイが宥めた。快活で感情豊かなのが彼女の美点だが、今回ばかりは感情で動くと事態が悪化しかねない。

 

 

『イデアルの方は、情報が少ないから何とも言えない。きみたちの情報共有に懸かっているな』

【マスターの方は、どう思いますか】

『幼い。遺失文明の遺産が現在も健全である、その脅威が分かっていない。――きみたちに面と向かって言うのは、少し失礼が過ぎたね』

【構いません】

「おい、勝手に答えるな」

 

 

 ハーヴェイの厳しい言葉を勝手に肯定するルクシオンにツッコみつつ、リオンも内心ではほぼ同意した。ルクシオンという巨大な力を持て余している自分もそうだし、その強大さを理解していないセルジュもそうだ。

 

 

【凄ぇ力――そんなことをしきりに話していましたね。所詮は補給艦なのに】

 

 

 その辺りの無理解が一番の障害だ。たかが補給艦とはいえ、現代艦船を大きく上回ることは間違いないだろう。だが彼は「“チート”を手にした」と有頂天になるばかりで、その詳細を確認しようという意図が感じられない。何ができて、何ができないのか――それを用いて、何を成すことができるのか。それを確かめる意識が、根本的に欠落している。

 

 

「強大な力を手にして興奮している――って感じですかね?」

『と、僕は思う』

 

 

 「大陸をひとつにまとめる」「この国を良くしようと思っている」という、目的意識さえ漠然とした様子も、不安を駆り立てる。政治とは、多数の人間の思惑がうごめく複雑なものだ。どこに問題があり、どう改善すべきであり、そこにイデアルをどう投入するつもりなのか――何もかもが曖昧だ。あるいは当事者であるアルゼル人ならば、自分たちの知らない問題点も見えているのかも知れないが、つい先日まで冒険者ごっこをやっていたセルジュが、容易に達成できる課題だとも思えない。

 

 

『もう一つ引っかかるのは、僕たちに対する喧嘩腰だ。

 今回はこちらからのアポだったとはいえ、向こうもきみとの接触を望んでいたんだろう? その割には、随分ときみに突っかかるような態度だった。まるで、最初から悪印象を植え付けられていたかのように』

「それは兄貴がやらかしたからだと思うわ」

「だからお前んとこの五莫迦にも非があるだろ!」

『大変心苦しいが、きみにはもう少し“自重”というものを覚えて欲しいな』

 

 

 リオンとマリエが言い争うが、傍から聞きかじっていたハーヴェイには、どちらにも非があるように見受けられる。少なくとも最初に溝を作ったのはアルゼルかもしれないが、その溝を深くしたのはリオンの所業だろう。

 それはそれとして、あの態度には引っかかるものがある。痛くもない腹を探られているかのような不快感は……別の何かを感じさせるものだった。

 

 

『“ゲーム”に関わる問題も重要視しておらず、その解決にも非協力的な姿勢だった。

 ……なにか、厭な予感がする。彼の野心は、アルゼル統一だけに止まらないかも知れない』

 

 

 

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