鋼鉄の牙、乙女の幻想   作:竹河参号

44 / 76
07.外道騎士の敗北

 翌日。改めて今後の方針を協議しようとしたハーヴェイは、リオンから意外な返答を聞かされた。

 

 

「アルバイト? なんで?」

『悠長に言っている場合かね、きみ』

 

 

 何やら五莫迦と『生活力』を競うべく、お金稼ぎに乗り出すらしい。それぞれ一攫千金に乗り出したらしい五莫迦とは対照的に、リオンは飲食店でアルバイトをするのだとか。「どうせ連中が大儲けできるはずないし、俺は堅実にやります」とは本人の弁だが――この情勢下で、なるべく早く本国に帰還しないといけない状況で、どのあたりが『堅実』なのやら。

 

 

「どのみち、五莫迦が勝手に走り出しちゃったんで、当分止められないんです。一応、留学っていう建前もあるから、すぐには引き揚げられないし」

『……確かに、彼らを制御するのは多大な苦労を伴うが……』

「あと、連中に莫迦にされるのも癪だなぁって」

『そういう短慮が事態を悪化させている自覚はあるかい?』

 

 

 リオンはすでに伯爵位を得た立派な殿上人であり、本国では宮廷貴族として閣僚に就任するか、領主貴族として領地経営に取り組むかの二択が待っている大人物である。どの方面から見ても、この『生活力競争』に社会勉強(キッ○ニア)以上の価値はない。こういう意味で『分不相応』という言葉が似合う事例を、ハーヴェイは寡聞にして知らなかった。

 

 

『とりあえず、僕たちとしてはいつでも帰還できるように準備をしておく。遊んでいる連中にも釘を刺しておかないといけないな』

「大変になりそうっすね~」

 

 

 リオンが呼びつけた側として、本来彼が指揮を執らなければいけない第二使節団の管理を、ハーヴェイたちが務めなければいけないらしい。せっかくの夏休みをリオンに束縛され、束の間でも羽を伸ばしたい連中の手綱を握らなければならないということである。ハーヴェイがいて良かったというべきか、ハーヴェイが割を食ったというべきか。

 

 

「ところで、“ゲーム”の事は本当に放っちゃっていいんですか?」

『セルジュとイデアルの協力が得られない以上、僕たちの介入は難しくなる。残念だが、彼らに丸投げするしかないだろう』

「いいんじゃないですか? マリエの話だと、世界の危機なのかどうか分かんないって話だし」

「……Mr.、そういうところだと思うんです……」

 

 

 セルジュとのやり取りですっかりやる気をなくしたらしいリオンは、雑に流すだけだった。これにはケイトも、さすがに閉口せざるを得ない。まさにマリエの意図を見誤り、“聖女”に成り替わったときとまったく同じ構図である。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 数日後の夕方。大人しく大使館に戻っているのは、ハーヴェイら“(スコーピオ)”とアギラル教授くらいで、他はまず現在の宿泊先を調べなければならない状況だった。

 

 

「――ん?」

 

 

 そんな中、ケイトが猫耳をぴくりと立てた。

 

 

『ケイト、どうかした?』

「なんか、大人数が動いてる音がします。あと、すごく鉄臭いです」

『なに?』

 

 

 亜人の聴嗅覚だ、常人には気付けない何かがあるかも知れない。ぴくぴくと耳を震わせ、彼方を探ろうとする従者の姿に、ハーヴェイはいやな予感を覚えた。

 

 

『――誰か! 広域レーダーはあるか!?』

「は、はい!」

『すぐに起動してくれ!』

 

 

 手近な大使館職員を呼びつけ、防衛装置の一部を起動させる。そんな慌ただしい様子のハーヴェイを、通りがかりのアギラル教授が見つけた。

 

 

「どうしたんだい? 急に」

『ケイトが何かを感知しました。アルゼルが動き出した可能性があります』

「ふむ――可能性としては、ノエル君の件かな。どこから漏れた?」

 

 

 第一使節団が正式に交渉をした後だ、即座に“聖樹の苗木”を奪い返すことはできまい。アルゼル側が動くには、新たな口実が必要になるはずだ。

 考えられるとすれば――先日、レリアとセルジュにノエルの件を明かしてしまったことか。

 

 

『――すみません。僕たちの失態かと』

「ぼ、坊ちゃん」

「ふむ?」

『ラウルト家の関係者に、Ms.ノエルの件を明かしてしまいました。代替案も提示したのですが……』

「ふむ、君らしくないね。

 まぁ、やってしまったものはしょうがない。いきなり武力行使ということにもならないだろうし、警戒程度にとどめておこうか」

 

 

 眉を伏せて悔いるハーヴェイを、アギラル教授は糾弾しなかった。とにかく今は、ケイトが気付いた何者かの素性を確かめることしかできない。

 ところが、職員から返ってきたのは、意外な報告だった。

 

 

「ほ……報告! 広域レーダー、機能しません! 妨害装置(ジャマー)が設置されて、広域探知ができません!」

『なに……!?』

 

 

 俄かに大使館が騒がしくなった。騒ぎを聞きつけた“(スコーピオ)”隊員たちも集まり、揃って第一会議室へと移動する。

 

 

「――探知可能範囲は。圏内には何がある」

「約50m間隔で設置されているようです。それ以上の広範囲は探知不能です」

「随分な気合の入れようだ。それ以外は?」

「軍隊らしき反応はありませんでした。目視確認を合わせても、不審なものはありません」

「……妨害装置(ジャマー)だけ? 何が狙いだ……?」

 

 

 夕暮れの暗がりでは、些細なものさえ見通せない。その眼となり耳となるはずの広域レーダーが遮断されてしまったとなると、探知のしようがない。

 

 

「――坊ちゃん! 大変です!」

 

 

 最上階の物見塔から降りてきたケイトが、会議室へ息せき切って飛び込んできた。

 

 

『ケイト。何があった?』

「Ms.レッドグレイブたちのいるお屋敷に、兵士たちが集まってます!!」

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

「くそ、参ったな。アンタレスのオートパイロットも阻害されている」

 

 

 ぶんぶんと手元の端末を振りながら、アギラル教授は悔しそうに唸った。アンタレスをオートパイロットで呼び出そうとしたようだが、妨害装置(ジャマー)のせいで上手く機能しないようだ。

 

 

「我々は港に戻り、出撃準備をして参ります」

「Ms.レッドグレイブやMs.オリヴィアに危険があれば、こちらの判断で迎撃行動を行います」

『頼む』

 

 

 言うが早く、“(スコーピオ)”隊員は会議室を出ていった。これから走って港に戻り、ACに搭乗して再移動し、一個中隊と対峙する――決して難しい話ではないが、問題は、アンジェリカたちの安全確保に間に合うか。

 

 

「目的はなんですかね。Ms.ノエル?」

『何とか、Ms.レッドグレイブに連絡を取りたいところですが……』

緊急通信回線(ホットライン)は引いてあるかい?」

「あります。こちらへ!」

 

 

 アギラル教授の問いに、大使館職員は通信室へと案内した。もしもに備え、直通の有線回線を引いてある。……まさかこういう事態に限って、最重要警護対象であるはずの第一王子ユリウスがいないとは、誰も思わなかったところである。

 

 

『こちらアンジェリカ。そちらの状況は?』

『Ms.レッドグレイブ、こちらは無事だ――少なくとも大使館内は。急を要するのはそちら側だ』

『こちらは完全に包囲されている。要求は“聖樹の苗木”らしい』

 

 

 ハーヴェイからの電話回線に、アンジェリカが応答した。どうやら向こうでも状況は把握しているらしい。

 それにしても――大使館ではなく、リオンの邸宅でもなく、ノエルが移り住んでいる屋敷。狙いは明白だ。

 

 

『Mr.バルトファルトとMs.ノエルは?』

『――まだ帰ってきていない』

「何をやっているんだい、彼らは……」

 

 

 アンジェリカの追い込まれたような声音の報告に、横で聞いているアギラル教授は呆れてしまった。まさか、日頃から小莫迦にしている連中への対抗心でアルバイトをしている、などとは思うまい。

 

 

『――待て――何だと?

 ……クレアーレによると、リオンがアロガンツを持ち出して、向こうの魔導鎧と交戦しているらしい』

 

 

 アンジェリカの言葉に、一同は目の色を変えた。事もあろうに“外道騎士”を相手に、魔導鎧での勝負? まともにやり合っても返り討ちに遭うのは、先の決闘騒ぎで承知しているはずだ。その上で挑んでくるということは、よほど向こう見ずの莫迦か、対等に戦える性能の鎧を調達できたか。だが、そんな手段などあるはずが――

 

 

(――イデアルの仕業か!)

 

 

 ハーヴェイはいち早くその可能性に至った。確かにルクシオンと同じ遺失文明のロストアイテム、何より軍属の艦であれば、アロガンツと同等性能の機体を配備している可能性は低くない。となると、実際に戦闘をしているのはセルジュの可能性がある。フェーヴェル家は“聖樹の加護”ありきで威張り散らしていた雑兵だったというが、冒険者として活動しているセルジュの力量は、果たして如何ほどか。

 

 

『とにかく、どう動いても事態は好転しない。下手な抵抗はせず、“聖樹の苗木”を渡してやれ』

『――だろうな』

『悔しいだろうが、身動きが取れない状態で刺激するべきじゃない。ひとまず、周囲の兵士たちが退いてからだ』

『分かった』

 

 

 回線の向こうのアンジェリカを気遣いつつ、ハーヴェイはなるべく冷静に言い放った。一個中隊が出張ってきている以上、彼女たちの身の安全が最優先だ。たかが苗木一本に釣り合う犠牲たり得ない。

 回線の向こうで、しばらく沈黙が続いた。屋敷を取り囲む兵士たちと交渉中なのだろう。アギラル教授はふむと顎に手を当てた。

 

 

「さて――どうしてこんな事態になったんだか」

『すみません、教授。僕たちが軽率でした』

「いや、ここまで動きがいいのは、何か別の事情があるのだろう。時間の問題だったことは否めないね」

 

 

 目を伏せて謝罪するハーヴェイの言葉を、アギラル教授が宥めた。一個中隊を動かし、妨害装置(ジャマー)まで複数設置し、アロガンツと戦える鎧を調達する――確かに、ノエルの情報ひとつで起こせるような動きではない。即応できる何かが燻っていたということか。

 しばらく待っていると、回線がふたたびじじっと唸った。

 

 

『――こちら、アンジェリカ。聞こえるか』

『こちらハーヴェイ。状況は?』

 

 

 ハーヴェイはすぐさま応答した。どこか悄然としたアンジェリカの声に違和感を抱きつつ、その返答を待った。

 

 

『……“聖樹の苗木”は引き渡したが――リオンが、負けた、と』

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

 屋敷を取り囲む兵士たちが引き揚げていった後。ハーヴェイらはアンジェリカらと合流し、クレアーレの誘導に従ってリオンの許へ駆け付けた。

 

 

「ひどい……」

 

 

 アロガンツの惨状に、オリヴィアが思わず零した。セルジュとの戦闘でぼろぼろに傷付いただけに飽き足らず、ゴミを掛けられ、王国を嘲弄する落書きまで書かれている。敗者を徹底的に叩き笑いものにする文化は、ホルファート固有のものではなかったらしい。

 

 

「“風よ、不浄を押し退けよ”」

 

 

 アギラル教授の詠唱とともに風がさっと吹き、アロガンツに掛けられていたゴミを払い除けた。

 

 

「アロガンツがここまで損傷するなんて――」

 

 

 その下の損傷は夥しく、そして深い。元々高出力と防御性能で押し通すのがアロガンツの特性だ。ここまで損傷する姿など、誰も見たことがなかった。

 それでも、機構が損傷するほどには至っていないらしい。コクピットのハッチが開き、するりと赤い目の金属球が姿を現した。

 

 

【――遅い】

【怒らないでよ。それよりも、自分で回収しても良かったんじゃない?】

【イデアルに邪魔をされていました。それに、マスターが私の本体をこの場に呼ぶことを拒みましたからね】

【あら、マスターらしいわね】

 

 

 機械同士が悠長な会話をする横で、オリヴィアらがコクピット内に駆け寄り、がっくりと昏倒しているリオンを発見した。

 

 

「リオンさん! ――よかった。まだ生きています」

「呼吸――あります。脈拍――あります。気絶してるだけみたいですね」

 

 

 ケイトが容態を確かめ、オリヴィアが治療魔法を掛け始める。それを見守ることしかできないアンジェリカは、およそ初めて見るリオンの負傷に愕然としていた。

 

 

「血が出ている! それもこんなに大量に!」

『Ms.レッドグレイブ、頭部は傷が浅くても出血が多い。ここはMs.オリヴィアに任せよう』

 

 

 狼狽えるアンジェリカを、ハーヴェイが何とか宥める。学園生徒として魔法は修めているものの、戦争慣れしていないアンジェリカにとっては衝撃的な光景だ。それが惚れた男ともなれば、心中穏やかではいられまい。

 

 

【おっしゃる通り、気を失っているだけです。既に止血はしてあります】

「よかった。本当によかった」

 

 

 オリヴィアの魔力が傷を塞ぎ、ケイトのハンカチが流血を拭う。本人の意識を除き、リオンの負傷はあっという間に治癒した。

 

 

「お前がいながら何というざまだ。ルクシオン、一体何があった?」

【マスターとセルジュが交戦。妨害装置(ジャマー)により形勢不利に陥ったマスターは撃墜。ノエルが連れて行かれました】

「なるほどな。あいつらにとってノエルは是が非でも欲しい存在だ。それよりも――」

 

 

 “聖樹の苗木”と“巫女”という動機は分かった。人質と妨害装置(ジャマー)という二重策も分かった。問題は、アロガンツを撃墜した相手方の機体――正確には、それを調達した手段だ。

 

 

『イデアルの仕業か?』

【その通りです】

「何者だ、そいつは?」

【私と同じ存在が、セルジュというラウルト家の跡取りに従っています。いえ、従っているとは言えませんね】

「お前と同じ? まさか、パルトナーのような飛行船を持っているのか? アロガンツと同等の鎧も?」

【話は屋敷に戻ってからにしましょう。――いえ、すぐに飛行船へ戻った方が良いかもしれません。これで終わるとは思えません】

『分かった。大使館の方にも連絡しておこう』

 

 

 事態が急速に悪化していく。とにかく手を打たなければ、と動こうとしたハーヴェイは、無言で周囲を見回しているアギラル教授に気付いた。

 

 

「……教授? どうしたんです?」

「まだ、周囲に人がいるね。妨害装置(ジャマー)も撤去完了していないようだ」

「え?」

 

 

 確かに、ざわざわと人だかりが出来始めている。戦闘が終了し静かになったことで、安全を確かめに外に出たのだろう。その様子を見て、ハーヴェイは強い違和感を覚えた。

 

 

『……鎧単騎とはいえ武力衝突を起こしたのに、避難もさせなかったということですか?』

「と、なるね」

(おか)しいわね。普通、避難させない? 気の利かない人工知能よね】

「え、えっと……?」

 

 

 魔導鎧の機能を阻害するほどの妨害電波は、当然常人にも有害だ。魔導鎧の戦闘による衝撃と流れ弾の危険に加え、妨害装置(ジャマー)の電波まで撒き散らされていたとなると、周囲の被害は人的/物的を問わず相当なものになる。アルゼル側から仕掛けた戦闘行動にもかかわらず、アルゼルの市民が蔑ろにされていたわけだ。

 

 

【マスターは、周囲の人たちを心配してルクシオンのひねくれ者を呼ばなかったのよ。なのに、自国の領民を守ろうとしない統治者ってどうなのかしらね? それとも、その程度の扱いなのかしら?】

「リオンさん、ちゃんと考えていたんですね」

 

 

 厭味を並べるクレアーレと、リオンの思いを汲むオリヴィア。確かに傍目には、敗北も厭わず周囲を慮った余所者(リオン)と、傍若無人に暴れた統治者(セルジュ)という構図ではあるが――

 果たして、それだけで済む話だろうか。ハーヴェイの脳裏には、いやな予感が渦巻いていた。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。