「ハーヴェイさんが捕まった!?」
アインホルンにて。咄嗟に駆け込んだケイトの報せに、リオンらは困惑と焦燥に包まれた。
「どうしよう……あたし、あたし……何もできなくて……!」
「落ち着け、ケイト」
目の前で主君を連れ去られ、憔悴しきったケイトをアンジェリカが宥める。大切な人が目の前で連れ去られる不安と恐怖は、彼女も良く知っている。だからこそ、落ち着いて状況を整理し最適な行動を見極めなければならない。
「しかし、何でまたハーヴェイを……?」
【――とにかく、一刻も早く引き揚げの準備を。ユリウスらも連れ戻しましょう】
「でも、それじゃ坊ちゃんが……!」
【これ以上付け入られる余地を与えるわけにはいきません。まずは隙を失くしてからでなければ、こちらの動きが制限されます】
アギラル教授の疑問、ケイトの焦燥を遮るように、ルクシオンが鋭く指示を飛ばす。敵の狙いが読めない以上、まず味方をひとところに集めるのは、確かに優先度が高いのだが――
その一方、オリヴィアは言葉にできない不安に駆られていた。
(ハーヴェイさんが、攫われたのに――どうして、こんなに冷淡でいられるの?)
その疑念の先にいるのは、リオンの傍らに浮かぶルクシオン。マスターであるリオンを除けば、ハーヴェイとは特に親しかったはずだ。それなのに、こんなに淡白でいられるのは
――彼はもしかして、ハーヴェイを見捨てる気なのではないか?
彼女の脳裏には、昨夜見た悪夢がフラッシュバックしていた。
――炎上する王都。
――マリエではなく自分を守り、そして事切れる五人組。
――まさにその所業を成した、
――リオンの事を知らない、ルクシオン。
ルクシオンは、自分たちの想像以上に危険な存在なのではないか?
◇ ◇ ◇
一方、ラウルト家の屋敷の一室にて。
身ぐるみ剥がされる勢いで全身の装備を奪われ、座敷牢のような場所に囚われたハーヴェイは、椅子に座りただ静かに待ち構えていた。
部屋には、魔導結界の類は張られていない。ハーヴェイの魔法でも、この部屋の突破程度なら可能だろう。だがその先がない。巡回する兵士に捕縛され、新しい牢に入れられるのが関の山だ。外部の注意を引く何かが生じない限り、完全な脱出は叶わない。そしてそれを期待するほど、ハーヴェイは楽観主義ではなかった。
部屋の外では、兵士たちががやがやとせわしなく動いている様子が聞こえてきていた。大方セルジュの――正確には、彼を煽動したイデアルの指示によって、再襲撃の準備を整えているのだろう。アルベルクの憂慮は現実のものとなり、彼の根回しは徒労に終わることになりそうだ。
「よぅ、調子はどうだ?」
その最中、だんと乱暴に部屋の扉が開かれ、イデアルを伴ったセルジュが入室してきた。その手の中でハーヴェイの魔導発声器をくるくると弄び、こちらを嘲弄するような視線を投げかけている。
薄笑いを浮かべるセルジュの言葉を、ハーヴェイは無視した。正確には、無視せざるを得なかった。何しろ応答する手段がない。
「何とか言えよ、スカシ野郎」
その態度に気分を害したのか、セルジュが苛立たしげにハーヴェイの脛を蹴った。その程度で音を上げるほど、“
【マスター、それがないと発声できないようです】
「そうなのか? そんな奴までこき使うなんて、王国はロクでもない国だな」
イデアルの指摘に、セルジュは嘲弄の言葉とともに魔導発声器を放り投げた。ハーヴェイはイデアルから目を逸らすことなく、さっと魔導発声器を拾い上げると、首に着けてじじっと機械音声を鳴らした。
『……何のつもりだ、イデアル』
「おい、俺のことは無視かよ」
『貴様の魂胆は知っている。
「何の話だ?」
【“転生”という概念について、検証したいことがあるだけです。彼が抵抗しなければ、手荒な真似はしませんよ】
『この状況を“手荒な真似”ではないと言うつもりか? AIにしてはジョークが面白くない』
イデアルの白々しい言い分を、ハーヴェイは鼻で嗤った。“おしゃべり”な友人の方が、よほどユーモアに溢れていた。建前のために取ってつけた中途半端な諧謔など、面白くも何ともない。
一方、視線ひとつ向けられることなく徹底的に無視されているセルジュが、不快げな表情ともにハーヴェイへ詰め寄った。
「あんまり俺を舐めるなよ、“殺戮人形”。井の中の蛙が、俺に敵うと思うなよ」
『念のため言っておくが、僕を人質扱いできると思うなよ。イデアル』
目の前を大柄な男に遮られても、ハーヴェイは舌鋒を緩めない。イデアルへの徹底抗戦は勿論のこと、セルジュに対する無視を翻すつもりもない。
『強引に防衛戦に持ち込むつもりなら諦めろ。たかが僕一人のために、“
「お国のために捨て駒になるってか。ひゅー、かっこいいな」
『Mr.バルトファルトからも手を引け。貴様とルクシオンとの全面戦争になれば、この国にも莫大な被害が出る。ただでは済まないぞ』
【
『――貴様は……!』
セルジュの茶々に構わず、ハーヴェイはあくまでイデアルに対して警告を述べるが、まるで気にしない様子のイデアルに、思わず目の色を変えた。
――そうだ。セルジュすら傀儡としている以上、彼にこの国を護る必要性などない。
「おい、いつまで俺を無視する気だ」
『黙っていろ。貴様の脳味噌に期待することなど何一つない』
「んだと?」
いい加減しびれを切らしたセルジュに、ハーヴェイはただ一言吐き捨てるだけだった。我慢の限界を迎えたセルジュが、ハーヴェイの胸倉を掴んで捩じ上げる。
「てめぇ、誰がお前を生かしてやってると思ってんだ?」
『イデアル。どういうつもりか知らないが、この国だけで満足しろ。もう旧人類の時代は終わった』
【終わってなどいませんよ。滅ぶべきは新人類、あなたたちだ】
『……話にならないな』
大柄なセルジュに掴み上げられながらも、ハーヴェイの意識はイデアルに向き続けていた。もはや頑迷と言っても過言ではないイデアルの言葉に、彼はようやく対話の余地がないことを悟り、苦々しい表情を浮かべるしかなくなった。
「この野郎、無視するんじゃねぇっ!」
まるで自分に関心を向けない両者に、自分だけが置き去りに話が進んでいく状況に苛立ったセルジュが、ハーヴェイの頬に拳を叩き込んだ。
ごり、と重い衝撃とともに吹き飛んだハーヴェイは、しかし悲鳴ひとつ上げず起き上がりながら、相変わらずイデアルを睨み続けていた。
「――ちっ、胸糞悪い!」
一向に自分を見ようとしないハーヴェイに苛立ったセルジュは、最後に彼の脇腹に蹴りを叩き込むと、鼻息荒く部屋を出ていった。ばたんと扉が閉まるその瞬間まで、悲鳴ひとつ上がらない様子が、彼のフラストレーションをさらに煽った。
事ここに及んで、セルジュは一向に理解していない。誰がこの状況を作り上げているのか、誰が支配し支配されているのか――その上で、誰が責任を取らされるのかを。
◇ ◇ ◇
翌日。無聊とともに数日を――あるいは末期の日を迎えるものと思っていたハーヴェイの思惑は、早速裏切られた。
乱暴に部屋が開けられたかと思うと、ルクシオンが従えているようなロボットたちが、見覚えのある少女を連れ込み、ベッドへと押し込んだのである。昏倒している様子のその横顔を、ハーヴェイはよく知っていた。
『――Ms.オリヴィア!?』
「……ハーヴェイ……さん……?」
そう、オリヴィアである。気絶させられていたらしく、駆け寄ったハーヴェイの声にようやく目を開き、ぼんやりと表情を取り戻した。
その後ろから、一人の少女が入室してきた。ロボットたちを脇に侍らせている。――イデアルの眷属か。
「起きた?」
見覚えのある桃色のサイドポニーに向かって、ハーヴェイは迷わず手掌を突き出した。
“焼き払え”
「ひっ!?」
爆炎が思わず身を怯ませるレリアの耳元をすり抜け、背後の壁にぼんと衝突して炎上した。ロボットたちが消火活動を始める横で、レリアは恐る恐るハーヴェイに視線を遣った。
『――何のつもりだ、レリア・ベルトレ。僕のみならず、Ms.オリヴィアを捕えるなど。これがどういう事態を招くか、分かっているのか』
機械音声ながら地獄の底から響かせるような低い声で問い詰めるハーヴェイに、身一つで対峙するレリアの勇気を称賛すべきか、どうか。少なくとも腰を抜かして失神しなかった胆力は、感心に値するかもしれない。
「そ――そいつが、“聖女様”だからよ」
「何を……言って……?」
震え声で返答するレリアの言葉の意味を、当のオリヴィアは理解できなかった。“聖女”はマリエのはずなのに……――いや待て。確か彼女も、『
一方、レリアの言葉に眉をひそめたのは、ハーヴェイも同じだった。
(Ms.オリヴィアの本来の力――まさか、“三作目”にも影響を与えるのか)
窮地に陥った“主人公”の助っ人として登場する、というのは聞いた。『今作の主人公を差し置いて大活躍する』という立ち回りがプレイヤーに不評を与えたという、割とどうでもいい情報も。
「あんたたちが色々とかき乱したせいで大変だけど、これで切り札は使えなくなったわね。
あの男が余裕を見せるわけよね。だって、婚約者がその女だもの」
余裕を取り戻し饒舌になり始めたレリアに、二人は反応しなかった。
“二作目”アルゼルでの情報が出てこなかった以上、直接の出番はなかったのだろう。真価を発揮するのは“三作目”――しかもこの分だと、強大な戦闘能力を発揮するのか。予想外の盤面を、しかし事前に封じることができたと、彼女は有頂天になり始めているらしい。
「あんたたちには分からないでしょうね。けど、これが将来的には正しい選択になるのよ。共和国にとっても――王国にとっても利益のある話よ。あの外道から解放されるんだからね」
『何が将来だ。一度しくじった貴様に、何が分かるというんだ』
「あんたには分からないわよ。あの外道がかき乱すから悪いのよ。よりにもよってそいつを手元に置くなんて――マリエより最低じゃない。やっぱりあいつは外道よ」
『情報不足の自覚もなしに振り回される貴様が、偉そうに物を言える立場か』
レリアの尊大な言葉に、ハーヴェイは文字通り吐き捨てた。手前の浅慮による『正しい選択肢』を押し付けた結果、実の姉を陥れた輩だ。そんな莫迦女の語る『将来』ほど、信用に値しないものは存在しない。
一方、オリヴィアもまた、レリアの言葉を理解することを早々に放棄した。初めて会うこの少女の事は何も知らないが、聡明なハーヴェイがここまで切って捨てる以上、この人の語る『正しさ』に従う理由は何処にもない。それより大事なのは、リオンの行く末だ。
「リオンさんを、どうするつもりですか」
「力を奪って幽閉か、抵抗するならセルジュが倒すって言っていたわね」
「リオンさんは、負けません。王国最強の騎士です」
オリヴィアの言葉を、レリアは鼻で嗤った。
「最強? 何それ。凄くチープな言葉よね。それに、あいつがセルジュに負けたことを知らないの? あんな男のどこが良いのよ」
「優しい人です。外道などと呼ばれるような人じゃありません。ちょっとやり過ぎてしまいますけど、他人のことを思いやれる強くて優しい騎士です。貴方に貶されるような人じゃありません」
オリヴィアの真摯な言葉に、レリアは思わず鼻白んだ。
「――何よ。極悪非道の外道に弱みでも握られているのかと思ったのに。まるで惚れているみたいじゃない」
「みたい、じゃありません。私はリオンさんを愛しています」
迷いのないオリヴィアの言葉に、レリアは一瞬だけ下唇を噛んだ。どこか、恨みがましい感情を押し殺しているようだった。
レリアはすぐに作り笑いを取り戻し、冷たい視線でオリヴィアを見下した。
「騙されているとも知らずに呑気よね。頭がお花畑だと、見たいものしか見えないのかしら? あんな男、世の中に掃いて捨てるほどいるわ。あんた、頭おかしいんじゃないの?」
『表層でしか物事を見られない貴様が言えた台詞ではない。実の姉を陥れておいて、どの口がほざく』
圧倒的な立場からオリヴィアを嘲笑できるはずなのに、当のオリヴィアはまるで揺らぐ様子を見せず、横から飛来するハーヴェイの罵倒も止められない。レリアは内心、苛立ちを募らせていた。
「あいつはセルジュと戦うのが怖くて、あんたたちを捨てて逃げるかもね。あいつ、口で言うほど強くないから。
――下手なことは考えないことね。ここにいれば、安全だけは保証してあげるわよ」
そう捨て台詞を吐くと、レリアはさっと身を翻し、ロボットたちを伴いながら部屋を出ていった。
無言で見送る二人の前で、ばたんと扉が閉まる。鋭い警戒心は、遠のく足音が消えるころに、ようやく解けた。
『――済まない、Ms.オリヴィア。僕たちがもっとしっかりしていれば……』
「ハーヴェイさんのせいじゃありません。わたしも、もっと注意深く……」
緊張感から解放された二人は、互いに謝罪をした。自分たちの迂闊さが、事態を深刻化させた……そんな後悔が胸の奥底にへばりつき、二人の気持ちを淀ませた。
とはいえ、それで終わらせるわけにはいかない。何もしなければ破滅まっしぐら、自分たちでも打てる手は打たなければならない。二人はこれからに向けて、作戦会議を始めた。
◇ ◇ ◇
その日――共和国にとって、歴史的な日となった。
ラウルト家当主アルベルクは「錯乱の病に倒れた」として幽閉、その日のうちに嫡男セルジュが実質的な当主交代を果たした。
新当主セルジュは即日「非道な謀略でアルゼル共和国の尊厳を傷つけた」として、リオン・フォウ・バルトファルト伯爵への報復を宣言。そこにフェーヴェル家当主ランベール、ドレイユ家当主フェルナンをはじめとする六大貴族全員が呼応し、共和国全軍による伯爵への報復が決定された。その裏側で、伯爵の婚約者オリヴィア、および友人のハーヴェイ・フィア・スピアリングが拉致監禁されたことは、公にされていない。
ホルファート王国への、事実上の宣戦布告――両国による三度目の戦争が始まった。
◇ ◇ ◇
ラウルト家新当主セルジュ――ではなく、それに付き従うイデアルこと怪しい一つ目の金属球の指揮によって、ラウルト家だけでなくフェーヴェル家やドレイユ家の軍隊に、新しい飛行船や魔導鎧が配備されていく。“聖樹の加護”すら凌駕する凄まじい高出力の兵器に、多くの将官たちが興奮しているが、そこに混ざれない集団が存在した。
「――総長。これで、よろしいのでしょうか……」
新型の魔導鎧の『慣らし』を進める傍ら、“レッドガン”副長
「当主様も、いずれは次代に交代しなければならん。我々は、与えられた責務を全うするまでだ」
「しかし……」
「ここが共和国の正念場だ。セルジュ様が何を成し遂げられるかに懸かっている」
軍人としては正当な――しかし、まるで思考停止のような発言に、セージアは物言いたげな表情を浮かべたが、しかし総長レッドの難しい表情から苦悩を察し、それ以上の言葉を紡げなかった。
その空気が配下にも伝播し、何とも言えない微妙な空気が生まれている。その様子を見咎め、「士気低下に繋がる」と苦言を呈する他部隊も現れたが、すべて排除された。ラウルト軍でも指折りの精兵たちの存在が、余人の介入を許さなかった。
部下の訓練行動を監督しながら、総長レッドは、どこか遠くに思いを馳せていた。
(……ミシガン総長……あなたなら、どうしていたでしょうか――)
――ラウルト軍専属魔導鎧部隊“レッドガン”。荒くれ者の集まりだが腕は確かで、他の六大貴族からも注目されている戦力だ。その総長『
曰く、『13』という数字を嫌い、レッドガンでも『
曰く、