鋼鉄の牙、乙女の幻想   作:竹河参号

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11.怨嗟の炎

 大陸中を揺るがしかねない重い地響きに、ハーヴェイとオリヴィアは思わず身構えた。

 

 

『……始まったようだな』

「リオンさん……大丈夫でしょうか……」

 

 

 ここまでは、二人にとっても既定路線。リオンが脅威に晒されているのは間違いないが、まさか無策で突っ込むような愚物ではないはず。対等以上の交戦をすれば、アルゼル側は次なる策を講じることだろう――そうでなくては、困る。

 そして案の定、地響きとは異なる、だんだんと廊下を走る音が聞こえ、ばんと二人のいる部屋の扉が開かれた。

 

 

「お前があの小僧の婚約者だな! あの“外道騎士”の!」

 

 

 そこに立っていたのは、二人の兵士を従える肥えた中年男だった。フェーヴェル家当主ランベール――ピエールの実父であり、議会襲撃事件の実行犯だ。

 オリヴィアを連行しようと、息も荒く近寄るランベールに、しかし一歩先に動いたのは二人だった。

 

 

“――秘めし激情、ここに溢れん! さらば怨敵焼き尽くし、覇を以て蹂躙せよ!”

「ぐわっ!?」

“吹き飛んで!”

「ぐぎゃっ!?」

「がはぁっ!?」

 

 

 ハーヴェイの手掌から火焔の槍が、オリヴィアの両手から雷電が迸る。予想外の先制攻撃に、三人は勢いよく吹き飛ばされた。

 余人に動きが知られると拙い。ハーヴェイは昏倒した三人を部屋に引きずり込むと、素早く扉を閉め、三人の拘束に取り掛かった。

 

 

『Ms.オリヴィア、そちらの男の拘束を。僕はこちらの兵士たちを抑える』

「分かりました」

 

 

 魔力の縄で雁字搦めにし、四肢を拘束する。持続は決して長くないが、元より一時的なものだ。ランベールさえ拘束してしまえば、人質として立ち回りようがある。

 ところが、

 

 

「きゃあっ!?」

『Ms.オリヴィア!? ――ぐっ!?』

 

 

 オリヴィアの悲鳴に気を取られたハーヴェイは、つい兵士二人から視線を外してしまった。その瞬間を狙い、兵士の回し蹴りがハーヴェイの脇腹に叩き込まれる。思わず蹲ったハーヴェイを、今度は兵士たちが抑えつけた。

 

 

「く、くくっ、その程度でどうにかなると思ったか」

『莫迦な……!』

 

 

 右手の紋章を輝かせながら、ランベールはにやりと笑みを浮かべて立ち上がった。オリヴィアの腕を強く捩じ上げ、勝ち誇った笑みを浮かべている。

 

 

「来い! あの小僧への人質にしてやる!」

『Ms.オリヴィアに手を――くっ!』

「は、放してください!」

 

 

 兵士二人がそれぞれに動き、オリヴィアとハーヴェイを羽交い締めにした。苦悶の声を上げながら藻掻くが、訓練された兵士の拘束を振り解くのは容易ではない。

 そんなオリヴィアの姿を見、ランベールが下卑た笑みを浮かべた。

 

 

「よく見れば、見てくれはいい。あの小僧の前に出すために、相応しい格好にしてやろう。少し遊んでやる」

 

 

 まさか――二人の脳裏に去来した予感は当たった。ランベールはオリヴィアの胸元を掴むと、その服を乱暴に引き千切った。玉のような肌が露わになり、その姿にランベールが舌なめずりをする。

 

 

「や、止めて!」

「王国の女がどんな声で鳴くのか楽しみだ」

 

 

 もはやオリヴィアの悲鳴すらBGMだ。ランベールはかちゃかちゃと腰のベルトを外し、股座に引っかかりながらズボンを下ろした。

 

 

「さぁ、楽しもうじゃないか。あの小僧のことなど忘れさせてやる」

「いや、放して! リオンさん助けて!」

『Ms.オリヴィア! 離せ! このっ――!』

「大人しくしろ。()()()()が見せてもらえるぞ」

 

 

 暴れるオリヴィアとハーヴェイを、それぞれ兵士たちが抑えつけた。ランベールと同じように、下卑た笑みを浮かべている。

 

 

「静かにしろ! そう言えば、王国の女は亜人たちを抱くらしいな。お前も色んな亜人たちに抱かれた後か。可愛い顔をして好き者じゃないか」

「私はそんなことはしません!」

「それは結構! なら、すぐにでも本物の男を教えてやる。だから抵抗を――ぐふっ!? こ、この!」

 

 

 愉快そうな声を上げながらにじり寄るランベールは、暴れるオリヴィアの蹴りを股間に食らい、その痛みに思わず股を閉じて屈んだ。しかし兵士たちが二人を羽交い締めにしている以上、最悪の蛮行は時間の問題だ。ぎりぎりと爪が食い込むほどに拳を握り、唇を噛んでも、事態は変えられない。大事な友人が凌辱される様を、目の前で見ていることしかできない。

 届かない。届かない。届かない。届かない。届かない。届かない。届かない届かない届かない届かない届かない届かない届かない――

 

 

 その思念は、臨界を超えて爆ぜた。

 

 

「ッッア゛ア゛ア゛ア゛ア゛――!!」

「ぐあぁぁっ!?」

 

 

 灼熱の花が咲いた。

 息苦しい魔力が放散して部屋中を満たし、絶叫するハーヴェイが真紅の花となって炸裂した。彼を抑えつけていた兵士が真っ先にその被害に遭い、全身を真紅の炎に焼かれ、悲鳴を上げながら倒れる。その余燼が、ずぐずぐと真紅の汚濁となって兵士の遺骸を食い潰し続けた。

 

 

「なっ――!?」

 

 

 その異様に、ランベールともう一人の兵士がぎょっと目を剥いた。真紅の魔力をその身に滾らせながら、その魔力に己が身を焼け爛れさせながら、ハーヴェイは三人に歩み寄った。ランベールが咄嗟に聖樹の紋章を掲げるが――

 

 

「オ゛オ゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!」

「ごぼぉっ」

 

 

 ランベールらに飛び掛かり、その喉首を掴んだハーヴェイは、そのまま真紅の魔力を流し込んだ。

 ぼお、とその喉から上が真紅の炎に呑まれ、二人は呼吸を遮られる間すらなく絶命した。二人の全身が弛緩しどうと横倒しに倒れる目の前で、ようやく解放されたオリヴィアが怯えながら見つめる目の前で、しかしハーヴェイの魔力暴走は一向に留まらなかった。

 牙が、足りない。爪が、足りない。殺すための、焼き尽くすための、力が足りない――!

 

 

「――ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!」

 

 

 ハーヴェイは再び魔力を解き放った。真紅の汚濁が窓を突き破り、扉を吹き飛ばし、屋敷を這い回ると、天高く上っていった。

 魔力を放散しきったハーヴェイは、がっくりとその場に(くずお)れた。魔力の過剰消費で、全身に倦怠感が巡る。呼吸すら忘れた暴走のツケが、心肺の激しい蠕動となって苛む。

 

 

「は――ハーヴェイ、さん」

 

 

 破かれた服を胸元で掻き抱くオリヴィアは、目の前の少年に、初めて恐怖の感情を抱いた。冷静沈着な友人が初めて見せる暴走に、言葉の掛けようが見つからなかった。

 

 

『……済まない……無事か、Ms.オリヴィア』

 

 

 ぜえはあと荒い呼吸の狭間に、ハーヴェイはようやく正気を取り戻した。目の前で怯える友人を気遣う余裕を取り戻した。

 だがそれも、長くは続かなかった。全身に灼けるような痛みを覚えると、ハーヴェイは口の中に熱いものを溢れさせ、反射的に吐き出した。

 

 

『……っく……!』

「ち、血が……!」

『――喉が、潰れた。済まないが、治療を――』

「う、腕も――いま、治しますね」

 

 

 発声器官を外部の魔導具(マジックアイテム)に依存しているのが不幸中の幸いだろう。オリヴィアは咄嗟にハーヴェイを抱き留め、魔力で焼け爛れた喉と腕に治療魔法を施し始めた。手放しそうになる意識を必死に繋ぎ止めながら、ハーヴェイはオリヴィアの暖かく柔らかな魔力を感じていた。

 それからどれほどの時が経っただろうか、あるいは数瞬とも経っていなかったのだろうか。するりと何かが部屋に入り込むと、見覚えのある人物がカーテンを引くように姿を現した。

 

 

「――リオン、さん?」

「迎えに来たぞ、リビア」

 

 

 パイロットスーツ姿でライフルを携えたリオンだった。緩慢な動きで立ち上がったハーヴェイとは対照的に、オリヴィアはすぐに抱き着いた。

 

 

「リオンさん! 私――私!」

「もう大丈夫だ。外の見張りも気絶させているから、すぐにこの場を離れるぞ」

 

 

 服が破かれているが、それ以上の痕はない。涙を流しながら安堵するオリヴィアを宥めつつ、リオンは冷淡に言い放った。

 

 

『……済まない、Mr.。迷惑をかけた』

 

 

 一方、ハーヴェイはゆっくりと息を整えながら立ち上がり、リオンを真正面から見つめた。その表情は、かつて彼が見たことのないものだった。

 

 

「えっと、あの――ノエルさんもこの屋敷にいるみたいです。だから」

「詳しい話は後だ。光学迷彩のシートがあるからかぶっておけ」

 

 

 オリヴィアの言葉を遮ると、リオンは手に持っていたシートを二人に被せた。裏側は奇怪な模様でびっしりと覆われているのに、外からは見えないようだ。リオンはこれで屋敷内を移動していたらしい。

 ふと、がやがやと騒がしい様子がリオンの耳に届いた。

 

 

「外が騒がしいですね」

『……済まない。おそらく、僕の失態だ』

「っていうと?」

『さっき、反射的にアンタレスを()んだ。たぶん、すぐ近くに墜落していると思う』

「しょ、召喚魔法ですか? アンタレスを?」

「無機物とはいえ、あんな大型を……」

 

 

 召喚魔法とは、本来複雑な魔法陣と詠唱を必要とする儀式魔法だ。あのような魔力暴走の勢いで成し遂げられる単純な術式ではない。どこまで規格外なんだか、とリオンは呟いた。

 

 

「――まぁ、いいか。ちょうど良かったです。三人で脱出は無理しそうなところだったんで」

『分かった。予定を狂わせた分、きみたちの離脱に尽力しよう』

 

 

 まるで、この場をハーヴェイ一人に押し付けるような物言い。普段のリオンらしからぬ言動に、オリヴィアはようやく、彼の異変の正体に気付いた。

 

 

「リオンさん……もしかして、怒っていますか?」

 

 

 おずおずと問うオリヴィアの問いに、リオンは無表情のままその顔を向けた。

 

 

「誰かさんのせいで大変だからね」

「ご、ごめんなさい」

 

 

 いつもと大違いの冷たい声音に、オリヴィアは反射的に身を竦めた。小心者だが心優しい婚約者の、初めて見せる冷たい表情に、思わず怯えてしまった。

 

 

「嘘だよ。――俺のミスだ。だから、悪いのは俺だ。怖かっただろ? もう心配はいらない、すぐにここから出よう」

 

 

 さすがに言い過ぎたと思ったのか、リオンは笑顔を張り付けて、オリヴィアの肩を抱きながら優しく言った。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 屋敷を飛び出した三人は、リオンが仕掛けた爆弾が屋敷の随所を吹き飛ばしたのを見届けると、それぞれ脱出行動に移った。

 ハーヴェイは独り、直感で敷地を駆け抜けた。自分がしでかしたことだ、どこに愛機が落っこちているか、だいたい分かる。周囲は彼方の戦場と此方の爆発で混乱に陥っているようで、ハーヴェイの拙い隠密行動でも簡単に掻い潜ることができた。

 そうして駆け抜けた先――愛機アンタレスは、紅の燎原の中心に屹立していた。周囲はばちばちと余燼が広がり、巻き込まれた人や建物の残骸へ、紅い汚濁を撒き散らしている。

 ――あり得ざる真紅の火。それはどこか、コーラルの灼熱を想起させた。

 

 

(……我ながら、やり過ぎたな)

 

 

 己の所業にぐっと心を締め付けられながら、ハーヴェイは愛機によじ登り、開かれたハッチからコクピットに滑り込んだ。

 

 

【――オペレーティングシステム、通常モード起動。パイロットデータの認証を開始します】

【魔導紋チェック――クリア。パイロット:ハーヴェイ・フィア・スピアリングの認証完了、戦闘モードセットアップシーケンスを開始します】

『パーツ連携チェック省略』

【了解。パーツ連携チェック省略、アクチュエータ起動チェック省略】

【魔導インタフェース起動。生体維持管理システム起動、バイタルチェック開始。姿勢制御システム起動】

【セットアップシーケンスを完了しました。“アンタレス”メインシステム、戦闘モードを起動します】

 

 

 がしゃり、とアンタレスが動き出すころには、周囲に兵士たちが集まっていた。

 

 

『う、動き出したぞ!』

『撃て! 撃ちまくれ!』

 

 

 恐慌に駆られた兵士たちが、手にしたライフルでアンタレスに銃弾を浴びせる。体積が体積だけに回避はできないが、非常用の陸戦装備など、対大型モンスター想定で装甲化されたAC相手では傷ひとつ付かない。

 

 

『悪いが――ここからは、“殺戮人形”の戦場だ』

 

 

 ばりばりばり、と真紅の閃光が迸り、周囲の兵士たちを引き千切った。

 アサルトアーマー。ACに搭載可能なコア拡張機能の一つで、強烈な魔導パルスを周囲に放出する攻撃。魔導鎧や飛行船の装甲すら貫徹するその攻撃は、生身の人間を消し炭にして余りあるだけの焦熱を放散する。

 周囲に赤黒い染みが増えたのを見届けもせずに、アンタレスは周囲を確認した。とにかく、今はリオンとオリヴィアの離脱支援を。自分が掻き乱してしまった分、そのツケは払わなくては――

 

 

『――見つけたぞ、G13(ガンズ・サーティ)ィィィィンッッッ!!』

 

 

 そんな思考は、一つの怒号によって吹き飛ばされた。

 ハーヴェイは咄嗟に頭部モニターの広域スキャンを起動すると、自らに迫ってくる魔導鎧の軍勢を捕捉した。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 ――時間を、少し遡る。

 真紅の魔力が放散し、ラウルト家の屋敷から放散したのは、前線にも知るところとなった。直後の爆発で有耶無耶になりかけたが、その嚆矢だったと捉えるには無理もない状況だろう。

 しかし、真の驚愕はそれからだった。真紅の魔力が中空で再び編み直されたかと思うと、そこに一つの魔導鎧が姿を現したのである。

 

 

『な、なんだ、あの機体は?』

『どこから現れた!?』

『落ちてくるぞ! 撃ち落とせ!』

 

 

 “聖樹の加護”によるアルゼルの――否、この世界全体を見回しても、召喚魔法というのは決して容易な術式ではない。ましてや大型の魔導鎧を召喚するなど、事前の兆候なしにはあり得ない所業である。

 とにかく、味方からの情報がない以上、アインホルン側の作戦の可能性が高い。多くの魔導鎧と飛行船が旋回し、落下していく魔導鎧を狙って砲撃を放った。

 その鎧に見覚えのある者が、一人だけいた。

 

 

(――あれは――!?)

 

 

 思わず思考停止する、レッドガン総長G1(ガンズ・ワン)レッド。その視線の先で、幾多もの艦砲射撃が魔導鎧を襲ったが――

 

 

『と、止まらない!?』

『何だあのシールドは!?』

 

 

 流動する真紅の魔力がシールド代わりとなっているのか、重厚な砲丸が上滑りし、本隊に一向に届かない。その魔力が剥がれ落ちるほど、その中心にいる真紅の魔導鎧の姿が露わになるほど、レッドの思考は驚愕に満たされていった。

 

 

(そんな――まさか――)

 

 

 あるはずがない。そんなはずがない。

 消えたはずだ。無くなったはずだ。朽ちたはずだ。断たれたはずだ。何もかも、時の彼方に消えたはずだ。

 何故何故何故何故何故何故何故どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして――

 

 

『――レッドガン総員! あの紅い(AC)に突撃せよ!』

 

 

 気付けばレッドは、愛機“隠者(ハーミット)”の操縦桿を握り、ラウルト家の屋敷へと反転していた。

 

 

『そ、総長!』

『他の雑魚には目もくれるな! アレが最大の脅威だ! 総掛かりで突撃しろ!』

『は、はいッ!』

 

 

 部下たちへの指令を怠らなかったのは、彼の最後の理性と評していいだろう。それくらい反射的な行動だった。

 もはや遠い彼方の記憶に従うならば、()()()()()()()()()()。この戦場を捨てても構わない。バルトファルト伯爵に敗北しても構わない。あらゆる戦術/戦略/政治的観点を総動員しても、奴だけはここで必ず叩かなければならない。何を犠牲にしてでも、奴を始末しなければならない。

 

 

「――見つけたぞ、G13(ガンズ・サーティ)ィィィィンッッッ!!」

 

 

 G()6()()()()は、絶叫とともに吶喊した。

 

 

 

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