鋼鉄の牙、乙女の幻想   作:竹河参号

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12.死神の赤い銃

『その機体! その武装! 忘れもしないぞ、G13(ガンズ・サーティーン)!!』

 

 

 怨敵を前にしたようなG1(ガンズ・ワン)レッドの大叫喚に、ハーヴェイは戸惑いを隠せなかった。

 『G13(ガンズ・サーティーン)』――久しく聞くことのなかった、C4-621の騙り名の一つ。それを知っている者はいない――そのはずだ。だって、焼き尽くした。ルビコンとともに、焼き払った。その軌跡を、跡形もなく消滅させた。この新しい世界で、それを知る者はいないはずだ。

 にもかかわらず、その呼び名を使っているということは――

 

 

『貴様は――いや、きみは――まさか――』

『ミシガン総長の仇、ここで討たせてもらう――!』

 

 

 重厚な射突ブレードを構え、敢然と吶喊するハーミットに、ハーヴェイは愕然とした。G13(ガンズ・サーティーン)を知る者、ミシガンを知る者、総長と仰ぐ者――候補は、数少ない。

 

 

『ハーヴェイさん!』

『――こちらは問題ない! きみたちは安全の確保を!』

 

 

 通信越しに呼びかけるオリヴィアの声に、ハーヴェイはようやく再起動した。操縦桿を握り、咄嗟に飛びずさりながら、両手のライフルを構える。

 

 

『消えろ、レッドガンの死神め!!』

『……やはり、きみなのか――G6(ガンズ・シックス)、レッド……!』

 

 

 ベイラム専属AC部隊“レッドガン”の一員、G6(ガンズ・シックス)レッド。()()()――ルビコンⅢでの戦いにて。時に味方として、時に敵として戦った戦友。ウォッチポイント突入を最後に、消息を絶った戦士。まさか自分と同じように、輪廻転生の奇に囚われていたとは――

 動揺のまま、しかし敵の攻撃を的確に避けていくアンタレスに向かって、ハーミットの魔導ミサイルが放たれた。アンタレスの大跳躍によって目標を見失ったミサイルが、ラウルト家の屋敷の残骸に衝突し、爆炎を上げて破壊の痕を増やしていく。

 

 

『そ、総長』

『この鎧は――』

『囲め! 何としてでも擂り潰せ!』

 

 

 目を血走らせているかのような総長の言葉に、レッドガン隊員たちは動揺を隠せなかった。

 質実剛健、厳格にして誠実な軍人たる総長レッド。行き場のない荒くれ者である自分たちを、一大戦力としてまとめ上げた総長。そんな彼が、いまや狂乱に冒されたかのように咆哮を上げ続けている。初めて見せつけられたその姿に、隊員たちは戸惑いを隠せなかった。

 

 

『し、市街地が――』

『逃すな! ここで生還させれば、さらに被害が増える! こいつはそういう男だ!』

 

 

 流れ弾がぼこぼこと市街地を破壊し、瓦礫を飛散させる様相にも構わず、レッドは叫喚を上げ続けた。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。孤立しているこの絶好の機を逃せば、奴は甚大な脅威となる。それこそ、バルトファルト伯爵など及びもしないほどに。たった一人であらゆる戦局を覆す例外者(イレギュラー)――それが、こいつだ。どんな手を使ってでも、ここで仕留めなければならない!

 

 

『ここで終われ、レッドガンの悪夢め! 二度と俺たちの前に立ち塞がるな!』

 

 

 レッドの大叫喚とともに、無数の魔導鎧が真紅のACへと襲い掛かった。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 ハーヴェイは単独戦闘を好む。

 正確には、乱戦を嫌う。目まぐるしく敵と味方の位置が変わる混戦は、予測外の流れ弾の発生率を飛躍的に高め、自分も味方も脅威に晒されることになる。それに比べれば、目につくものすべてが敵である単独戦闘の方が、緊張感が少なくやりやすい。

 とはいえ。

 それはあくまでも『比べれば』の話であって、絶対的な死の緊張を否定するものではない。

 

 

『よ――よく分からんが、突っ込めぇ!』

『総長の仇――!』

『うぉぉぉ――!』

 

 

 例えばこうして、三十以上の魔導鎧が一斉に突撃してくれば、その危険度など語るべくもない。

 突撃を躱す。魔導ミサイルを躱す。隙間に徹甲弾を捻じ込む。榴弾を躱す。魔導ミサイルを応報する。弾幕から逃げる。

 間断なき死の脅威に、アンタレスは一瞬の隙もなく晒され続けていた。“赫薙ぎ”だけでも、もう何発撃ったことか――そして何発を遮られたことか。膨大な魔力流の反動を受け流すために、機体の制動が強いられる。乱戦において、足が止まるのは致命的な隙だ。

 それでも諦めず、長時間の緊張に辛抱できるのが、ハーヴェイの強みだった。目まぐるしく変化する戦況を捉え続け、時に自ら掻き乱し、確実に捌いていく。アンタレスの二重関節による大跳躍で絶え間なく動き回り、隙を縫って反撃し、一瞬の息継ぎで意識を整え、“赫薙ぎ”で一掃する瞬間を狙う。

 

 

『ぐあっ!』

『がはぁっ!』

『そ、総長……!』

 

 

 堕ちていった鎧は――五、六機。他は大小損傷を抱えているが、まだ継戦可能。

 ブレードを構えた前衛と、ライフルや魔導ミサイルで火力支援をする後衛に分担された部隊編成。ハーヴェイのような状況対応能力に優れた機体の場合、一方を切り崩せばあっという間に瓦解するが、他方の妨害がそれを許さない。王道、それゆえに穴のない編成。基本を忠実に突き詰めた部隊構成は、故にその練度が如実に表れている。

 ロケット弾とグレネード、魔導ミサイルの雨から逃れながら、ハーヴェイは僅かな隙を突いてライフルと魔導ミサイルを放った。数的不利の利点をひとつだけ上げるなら、『狙いが読みづらくなる』という点だ。あらゆる角度からの攻撃であろうと、単騎でしかないこちらにとって『自分を狙って撃ってくる』という点だけははっきりしている。それに対し、数に勝る敵側はいつ誰が狙われるか分かりづらく、動きの予測が難しくなる。その一点のみを以て、ハーヴェイはレッドガンの圧倒的攻勢を凌ぎ続けていた。

 

 

(――っく……!)

 

 

 びーびーとけたたましく鳴るアラートよりも早く、アンタレスはその場を飛び退いた。十字を切って飛ぶ榴弾がアンタレスの鼻先を掠め、それぞれが明後日の方向で爆発を起こした。

 その爆炎を突き破って、四機の鎧が挟撃してきた。ハンドガンとブレード――迎撃は悪手。アンタレスは駆動の勢いに任せて飛びずさり、危うく味方同士で正面衝突しそうになった四機に向かって、ライフルを掃射した。がりがりと徹甲弾の雨が降り注ぐ中、稼働限界を迎えて動かなくなったのが二機。あとは牽制代わりに魔導ミサイルを叩き込み、再度息継ぎと意識の切り替えを――

 

 

(――!)

 

 

 ぞわり、と寒気がした。ハーヴェイはその直感に従い、反射的に飛び退いた。

 がぁん、と重い何かが空を切る音が響いた。空中で旋回しながら捉えたアンタレスのモニターには、重厚な射突ブレードを突き出すハーミットの姿があった。

 その後隙を――という訳にはいかなかった。バズーカと魔導ミサイルが一斉に放たれ、硬直するハーミットを遮るように雨霰と降ってきたのである。アンタレスはさらに飛びずさり、逃走を余儀なくされた。

 だがこれも好機。後衛のリロードの隙を狙い、アンタレスは再び特殊ブレードに換装すると、突撃してくる前衛に向けて“赫薙ぎ”を放った。紅色の汚濁を伴う膨大な魔力流が噴き出し、突撃する鉄騎たちを薙ぎ払った。灼熱の奔流に薙ぎ倒されて墜落していく機体と、致命傷を避けながらも制動を余儀なくされる機体。一瞬の空白に、ハーヴェイは息継ぎを行い、意識の切り替えを済ませた。

 

 

『これだけやっても、倒れないだと……!?』

『油断するな! 弾幕を張って押し切れ!!』

 

 

 圧倒的攻勢を仕掛けていながら、しかし一向に殺し切れないハーヴェイの動きに、レッドガン隊員は動揺を隠せなかった。相手はたった一機で、こちらは三十以上だ。それでも一向に戦意を翳らせず、こうして次々に味方を駆逐していく様子に、畏怖すら覚え始めていた。

 だがハーヴェイにしてみれば、次々に味方が撃墜されていくにも限らず、一向に士気が落ちないことにこそ賞賛を送りたかった。既に被撃墜者は半数を超え、部隊連携も崩壊しかかっている。にもかかわらず、それを成したハーヴェイに対し、一向に怯む様子を見せない。“黄道十四宮(ゾディアック)”に勝るとも劣らない練兵ぶりに、彼は偽りなく尊敬の念を抱いた。

 とはいえ、ここはスポーツマンシップに則った決闘場ではない。勝利と生還を以て正義をもぎ取る戦場だ。一瞬の油断が致命的な隙となり、それが生死に直結する。両者は再び動き出した。

 

 

『ぐはっ!』

『がはぁっ!』

 

 

 ――戦局は、思いのほかあっさりと傾いた。単独戦闘を旨とし目まぐるしい戦場の変化に慣れているハーヴェイと、数の力と連携で押し潰すのが基本のレッドガン。自分の土俵で戦える方が有利なのは、どんな勝負でも同じだ。自慢の逆関節で撹乱し、足並みの乱れた敵機を次々に撃ち抜いていく。交戦時点で三十以上いたレッドガン隊員たちは、たった一人を残し、その全員が撃墜された。

 あとに残るは、ただ一機。

 

 

『……これだけの、数を相手に――相変わらずの腕前だな。G13(ガンズ・サーティーン)、レイヴン』

『きみは――きみも、腕を上げた。G6(ガンズ・シックス)レッド』

 

 

 G1(ガンズ・ワン)――いや、G6(ガンズ・シックス)、レッド。ベイラム軍の精鋭“レッドガン”のコールサイン持ちとはいえ、経験が浅く発展途上の戦士だった彼は、今や一部隊を率いる歴戦の雄として、ハーヴェイの前に立ち塞がっていた。それが前世の悔恨に駆られたものなのか、それとも今世で築き上げてきた経験によるものか――いずれにせよ、彼はもう過去に囚われない立派な戦士だ。そのはずだ。

 しかし当のレッドが、それを受け止めていなかった。

 

 

『そうだ。寝ても覚めても、蘇っても。俺は未だ、“G6(ガンズ・シックス)レッド”のままだ。この“レッドガン”の名も、“総長”の肩書も、借り物のままだ。

 ――そして、お前もだ! G13(ガンズ・サーティーン)!!』

 

 

 叫喚とともに、ハーミットが勢いよく突撃した。

 武装構成は、()()()と同じ連装ミサイルと分裂ミサイル、そしてハンドガンに、重厚な射突ブレード。ブレード以外はパンチ力に欠ける武装だが、組み合わせれば油断ならない脅威と化す。無論、そこに射突ブレードの一撃を叩き込まれれば、一瞬でお陀仏だ。

 

 

『お前がレッドガンに入ってから、すべてが狂ってしまった! ミシガン総長も、先輩方も! みんなみんな、死んでしまった!

 俺には、お前が死神に思えてならんのだ! G13(ガンズ・サーティーン)!!』

 

 

 レッドは魔導ミサイルを放ち、ハンドガンを乱射しながら叫んだ。戦術も何もない、気合任せの突撃。しかしそれ故に、余計な駆け引きを許さない敢然とした攻勢だった。

 

 

『どれだけ死を撒き散らせば気が済む!? どれだけ災いを振りまけば気が済む!? お前の存在は、もはや悪夢なんだ!』

 

 

 射突ブレードを突き出し、唾を吐きながら吼えるレッドの言葉に、ハーヴェイは何も言い返せなかった。

 そうだ。僕は――C4-621は、災厄の化身。人類と宇宙を護るために、星系を焼き払い人々を虐殺した極悪人。生きてはいけない、死んでもいけない、蘇るなど言語道断。未来永劫地獄に囚われなければいけない、そうであったはずの者――

 その動揺が、積み重なった疲労が、ついにアンタレスの動きを鈍らせ、徹甲弾と魔導ミサイルの雨を余すことなく浴びせられた。不覚。あっという間に姿勢制御システム(ACS)負荷限界に到達したアンタレスが、がくんと空中で制動させられる。

 

 

『消えろ、死神ぃぃ――!』

 

 

 その一瞬の隙を突いて、ハーミットが吶喊する。それと同時に、弓引くように左腕を構え、射突ブレードの機構を起動した。

 畳まれていたシャフトが起こされ、鉄杭を勢い良く引いて撃鉄を起こし、三本指の機構が広がる――極限まで研ぎ澄まされたハーヴェイの感覚が時間感覚を引き延ばし、ハーミットの機構一つ一つが駆動する様子を余すことなく目に捉える。まさに迫りくる死の瞬間を、

 

 

(それでも――ここで、死ねるか――!)

 

 

 ハーヴェイは決死の思いで振り払った。

 ばりばりばり、と真紅の閃光が迸り、ハーミットを呑み込んだ。

 

 

『ぐっ!?』

 

 

 その強烈な衝撃に、射突ブレードを構えていたハーミットは思わず怯んだ。

 アサルトアーマー。ACに搭載可能なコア拡張機能の一つで、強烈な魔導パルスを周囲に放出する攻撃。至近距離で浴びせれば、尋常な魔導鎧を硬直させるだけの衝撃を与えることができる。

 まさに必殺の瞬間を力ずくで覆され、硬直するハーミット目掛け、ハーヴェイは特殊ブレードの刃を展開した。

 

 

『がはぁ……っ!』

 

 

 ぐるりと慣性を付けて、袈裟懸けに振るわれた真紅の魔力刃が、ハーミットのコクピットを深々と斬り裂いた。

 裁断された中枢系から漏電が生じ、ばちばちとスパークが迸る。両足を揃えたブーストキックで衝撃を与えれば、もはや致命傷だ。がぁん、と勢いよく吹き飛ばされたハーミットは、そのまま市街地の残骸に吹き飛ばされ、そして起き上がらなかった。

 これで、全滅。ラウルト家精鋭の荒くれ集団“レッドガン”は、こうして“殺戮人形”に敗北した。

 

 

『――赦してくれ、とは言わない』

 

 

 瓦礫の一角に着地し、起き上がらないハーミットの前に立ったハーヴェイは、そう切り出した。

 

 

『それだけの業を、僕はしでかした。恩人を殺し、戦友を殺し、すべてを焼き尽くした。それは永遠に、僕の魂に刻み込まれている。

 G13(ガンズ・サーティーン)、レッドガンの呪われた悪夢――それもまた、僕が背負っていくべき罪だ』

『……それで、いい……』

 

 

 ハーヴェイの――ある種開き直りともとれる言葉を、しかしレッドは否定しなかった。憑き物が落ちたような、どこか穏やかな声音で、レッドは返した。

 もはや筋違いの話なのだ。レッドガンも、ベイラムも、アーキバスも、遠い星の彼方の話でしかない。そんな黴も生えない因縁に拘泥して、あたら兵を死なせる必要などなかったのだ。

 彼方の戦場では、多くの飛行船が爆炎を上げながら墜落している。リオンらもアインホルンに戻り、残敵の掃討に掛かっているようだ。もはや戦場の趨勢が決した中、ふとレッドが口を開いた。

 

 

『……G13(ガンズ・サーティーン)、レイヴン……貴様に、依頼がある……』

『……聞こう』

()()()()()()()()()()()

『――なに……?』

 

 

 想定外のレッドの言葉に、ハーヴェイは思わず目を剥いた。

 

 

『この国は、あの怪しい一つ目に乗っ取られてしまった……統制を失ったこの国に、未来はない……あの一つ目を撃破し、狂ってしまったこの国を、終わらせてくれ……』

 

 

 イデアルの姦計によって、アルゼルは国家としての統制を失い、無秩序な集団と化した。『共和国の尊厳を取り戻す』というお題目も、こうして千々に砕かれた。当のイデアルは、ルクシオンと別次元の激戦を繰り広げ、その余波で国土を急速に荒廃させている。もはや国家としての体は破壊されたと言ってもいい。せめて新たな道を進み出すためには、この狂った状況を終わらせなければならない。

 ――そしてそれは、レッドにはできない。“聖樹の加護”に囚われたこの国の人間にはできない。呪われた“殺戮人形”に、すべてを託すしかないのだ。

 

 

『――……G13(ガンズ・サーティーン)、了解』

 

 

 ハーヴェイはそれだけ言い残すと、アンタレスを旋回させ、硝煙の燻る彼方へと飛来していった。

 

 

 

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