鋼鉄の牙、乙女の幻想   作:竹河参号

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03.真意

「よかったんすか、坊ちゃん」

 

 

 翌日。中庭の東屋で手紙を読むハーヴェイの隣で、ケイトが口を開いた。

 ハーヴェイはケイトを一瞥すると、じじっと機械音声を鳴らした。

 

 

『――きみとの契約に際し、違約金の設定はしていない。これ以上従いたくないと思うなら、契約破棄を認める』

「話はっや! やー、そういうことじゃなくってぇ」

 

 

 あまりに物分かりの良すぎる主人に対し、ケイトは慌てて手を振った。

 

 

「相手、王太子サマなんでしょ? こんな勝手なことして、旦那サマに怒られるんじゃないっすか?」

『最低限の筋は通した、非があるのは向こうだ。立ち回りが苦しいのは事実だが……静観も最善手という訳じゃないし、思い切って旗色を明らかにしておく方がいいだろう』

 

 

 ()()()()はっきりと立場表明をしていなければ、今後面倒事が降りかかる可能性が高い。そう踏んでの行動だった。

 

 

『――それに、()()バルトファルトも嘴を挟んでいる。あちらにも、何かしらの勝算があって行動しているはずだ。となれば、結果は見えてる。勝ち馬は()()()だ』

「もう勝つ前提じゃん。こっわ、この人」

 

 

 ここにいないリオンに対して鋭い視線を遣るハーヴェイに、ケイトは思わず震え上がった。

 一対一の繰り返しとはいえ、相手は学年トップクラスの生徒たちである。まるで勝利が確定しているかのような物言いに、さしものケイトも掛ける言葉が見つからない。

 

 

『それより、その“坊ちゃん”はやめてくれ。もう相応しくない』

「何すか何すか、さすがに恥ずかしくなりました? いや~坊ちゃんも大人になったかぁ」

『そうじゃない』

 

 

 ケイトがからかうように、ハーヴェイの頬をぷにぷにとつつく。ハーヴェイはそれを振り払うことなく、静かに言葉を続けた。

 

 

『――どう転ぶにせよ、僕自身は勘当される可能性が高い。遠からず、“スピアリングの坊ちゃん”ではいられなくなる。だから、今のうちに慣れといて』

「……えーっ!?」

『当然だ。仮にも王太子に盾突くんだ、最低限の落とし前は必要になる』

 

 

 まるで他人事のようなハーヴェイの物言いに、驚いたのはケイトの方だった。窮地に陥った女の子を助けてあげたのに、処罰を受けるなんて! 貴族の考え方は、彼女には一生分からないことだろう。

 

 

『――僕に付いていくのが厭なら、本邸に戻っていいよ。父上宛に、一筆書いてあげる。ケイトは優秀だから、本邸でもやっていけるよ』

 

 

 そう言ってケイトを見つめるハーヴェイの視線は、一切の虚飾がなかった。『自分を見捨ててもいい』と、何よりも雄弁に語るその瞳に、ケイトは思わず息を呑んだ。

 

 

 

 

 ――それは、奴隷商館にいたころの話。

 個室という名の牢の中で、ずっと蹲る彼女に、一組の貴族の親子がやってきた。上等な身なりをしたその二人を、しかし彼女はきつく睨むだけだった。

 

 

『きみ、文字は書ける?』

 

 

 少年が唇ひとつ動かさないまま、不自然な音色で問いかけてきた。

 

 

「……かけない」

『……そう』

 

 

 どうやら、この子供に宛がう奴隷を求めてきたらしい。少年の言葉に、しかし彼女は否定することしかできなかった。

 孤児(みなしご)の彼女に、読み書きを教えてくれる親切な者などいない。そもそも奴隷、求められているのは労働力であり、教養ではない。

 ――この人もだめだろう。彼女は誰にも買われず、この商館で役立たず扱いされ、みじめな生活を強いられる。あるいはもう少し育てば、二束三文で好事家の貴族に売り飛ばされて――

 唇を噛み、ぎゅっと蹲る彼女に向けて、音色が続けられた。

 

 

『じゃあ、“教えてあげる”って言ったら、覚える気はある?』

 

 

 彼女ははっと顔を上げた。

 

 

「おしえて、くれるの」

『きみに、その意志があるのなら』

 

 

 思わず身を乗り出した彼女を、少年は真正面から見つめ返した。その瞳は、彼女が見たことのない輝きを宿していた。

 

 

『きみに、意味を与えてあげる。きみが求めて、足掻き続ける限り』

 

 

 その言葉は、彼女にとって、初めての光だった。

 

 

 

 

 ケイトはにやりと笑うと、ふんすと居直った。

 

 

「いやで~す。地獄までお供してあげるっす」

『……勝手に地獄行きを決めないでくれるかな』

「いや~、坊ちゃんはどうせ地獄行き確定っしょ。つか、自分でもそう思ってるフシあるっすよね?」

『――……物好きな子』

 

 

 にこにこと笑うケイトの言葉に、ハーヴェイはふっと視線を逸らした。こういうところで照れるのが、この年若い主人のかわいいところだ。

 

 

「まーどのみち、旦那サマはお怒りでしょうね。“ハウンズ計画”、どうするんすか?」

『まさにそれを追及されている。読む?』

「わー、やっぱその手紙かぁ……いやいいっす。読まなくてもだいたい分かるっす」

『勉強になるよ。ホルファート王国の、ありとあらゆる罵詈雑言が詰め込まれている』

「ますます読む気失くすなぁ……」

 

 

 ひらひらと手紙を見せつけるハーヴェイに対し、ケイトは露骨に厭そうな表情を見せた。自分宛に直接書かれたものではないとはいえ、碌でもない内容の文章など好んで読みたくない。

 それはそれとして、とハーヴェイはふと柱の陰を睨み見た。

 

 

『それと、そこの物陰にいる子。用があるなら今すぐ出てきて。――応じないなら敵対者と見做す』

 

 

 果たして、その柱にいた人影はびくりと飛び上がると、おずおずと姿を現した。美しい金髪をボブカットにした、制服姿の少女だ。

 

 

「――あ、あの……ハーヴェイ、さん?」

『きみは?』

「あ、えっと、オリヴィア……と、いいます。――あ、その、ご、ごきげんよう……」

『慣れてないなら普通に喋っていいよ。――もしかして、上級クラスに入った特待生の子?』

「おぉ~っ、坊ちゃんにも春の予感が!?」

『……春なんて要らない。次に夏が来るくらいなら』

「その……夏が、嫌いなんですか?」

『――()()のは、嫌い。焼かれる痛みを味わうくらいなら、ずっと冬でいい』

「……?」

 

 

 ケイトがからかう一方、急激に機嫌を悪くしたハーヴェイに、少女ことオリヴィアは不思議そうに首を傾げた。

 

 

『それで、何の用?』

 

 

 ともかく、と気を取り直したハーヴェイは、改めて機械音声を鳴らした。

 

 

「……あの、どうして、アンジェリカさんの味方をしたんですか?」

『僕の立場は、あの時表明したはずだ。それ以外の説明が必要?』

「え? えっと、その……本気、ですか?」

『……賢いのかそうでないのか、ちょっと分からないな』

「坊ちゃん、女のコ相手にそりゃないですって」

 

 

 うーんと機械音声を唸らせるハーヴェイを、隣のケイトが嗜めた。どう考えても淑女相手の物言いではない。

 ともあれ、オリヴィアは未だ納得できないようだ。ハーヴェイはすっと立ち上がった。

 

 

『……長話になりそうだな。ここだと目立つから、場所を変えようか』

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

 適当な空き教室を借りるべく、教員の一人ルーカス教諭に許可をもらい、該当の教室に入ると、そこには先客がいた。

 

 

「ん?」

「え?」

「えっ」

 

 

 リオンとアンジェリカである。まさかの邂逅に、オリヴィアが唖然とした。

 一方、何も気にした様子のないハーヴェイは、いつも通りの三白眼のまま手を振った。

 

 

『やあ、Ms.レッドグレイブにMr.バルトファルト。どうしてここに?』

「……坊ちゃん坊ちゃん、これたぶん出直した方がいいヤツっす。アレっすよ、逢引(デート)っすよ」

「そ、そうなんですか!?」

『そうなのか』

「ち、違う!」

『そうなのか。振られたな、Mr.バルトファルト』

「何で俺が振られた前提に……」

 

 

 くいくいと主人(ハーヴェイ)の裾を引くケイト、驚愕するオリヴィア、慌てて否定するアンジェリカ、閉口するリオン。四者四様の反応に、ハーヴェイだけが置き去りになっていた。

 

 

「それで、お前たちは何をしにここへ?」

「え、えっと、ハーヴェイさんに訊きたいことがあって、それで……」

『長話になりそうだから、ルーカス教諭に許可をいただいたらここへ。――いろいろと気を回してもらったようだ』

 

 

 アンジェリカの問いに、オリヴィアとハーヴェイが答えた。どうやら四人の関係を承知の上で、気を遣ってもらったようだ。

 先客の二人と同じように適当な椅子に座ると、まずケイトが口を開いた。

 

 

「それで、オリヴィアさんが訊きたいことって?」

「え、えっと、本当はリオンさんにも訊きたいことなんですけど……その、お二人は、どうしてアンジェリカさんの味方をしたんですか?」

「え、俺も?」

『それは、正直僕も気になる。具体的な勝算についても』

「…………」

「オリヴィアさ~ん、ご本人を前にそれはないっす」

「ご、ごめんなさい!」

「……いや、いい。お前の疑問は真っ当だ」

 

 

 ケイトの指摘に、オリヴィアが慌てて頭を下げる。それに怒りを向けられるほど、アンジェリカの精神状態は回復していなかった。

 

 

『さて、流れとしてはきみから説明した方がいい気がするな、Mr.バルトファルト。大方、既にその話をしていたんだろう?

 ――きみの動機と勝算、それを聞かせてもらおうか』

 

 

 そう言って、ハーヴェイがリオンに挑発的な視線を向ける。何しろ貴重な味方だ、その腹積もりは確かめておきたい。

 そんなハーヴェイに怯まず、リオンはへらへらと笑っていた。

 

 

「ぶっちゃけて言うと、“貴族社会に嫌気が差した”ってとこっすね。だから辞めるついでに、連中をぶん殴っていこうかと」

「……本当にぶっちゃける人がいるんすね、坊ちゃん以外に」

『ケイト、詳しいことはあとで』

「り、リオンさん、正気ですか!?」

「まーね。正直、もうウンザリなんだよ。俺にはロストアイテムがあるし、冒険者でやっていこうかなって」

 

 

 思わぬ告白に、オリヴィアが愕然とする。ハーヴェイも無軌道だと思った。確かに未知の浮島とロストアイテムを手に入れたという話だが、それだけで人生設計を覆せるものだろうか。

 とはいえ、彼自身が選んだ去就など、ハーヴェイにはどうでもいい。

 

 

『……つまり、ロストアイテムありきの勝算? ちゃんと稼働するアイテムなのか?』

「はい。ご心配なく、もう散々乗って動かしてますよ」

『具体的には? 戦闘経験はある?』

「工事の途中で、モンスターを追っ払った程度ですけど」

『……きみ、正気か?』

「お前がそれを言うのか!?」

「坊ちゃんが言っちゃいけないことだと思うなー」

 

 

 けろりとしたリオンの言葉は、ハーヴェイの不安を思い切り駆り立てたが、どうやらアンジェリカの共感は得られないようだった。

 

 

「で、そういうハーヴェイさんは? 最初から鎧での戦闘を望んでたし、勝算はあるんすよね?」

『きみのお陰で、自前の機体を持ち込むことが出来る。向こうの戦力も大体測れてるし、昨日の話で最終確認も済んだ。条件としては上々といっていい。

 一対一なら、まあ確実に勝つ。……さすがに五対一だと、十回は地獄を見るだろうが』

「わ、わーお……」

「その……ケイトさんは、止めなくていいんですか?」

「んー、やるかやらないかで言ったら、やらない方がいいと思うんすけど……坊ちゃんが勝つって言い切れるなら、まぁ勝つでしょ」

「えぇ……」

 

 

 ハーヴェイの断言に、ケイトを除く三人はドン引きした。

 ――“黄道十四宮(ゾディアック)”第九隊、“(スコーピオ)”隊長の肩書は伊達ではない。家柄ありきのお坊ちゃまなら、片手間に蹴散らせるだろう。あとは彼らが、そんな雑兵でないかどうか。

 

 

「……勝てるから、わざわざ首を突っ込んだというのか? こんな――お前の家族にも塁が及ぶようなことを?」

『まさしくそれだ。僕は()()()()()()()()()()のために、嘴を突っ込んでいる』

「……はい?」

 

 

 それでも懐疑的なアンジェリカが、ハーヴェイを改めて問い質す。しかし彼の不可解な返答に、全員が目を点にした。

 

 

『Ms.レッドグレイブはご存知の通り、レッドグレイブ家とスピアリング家には特に縁がない。フランプトン派に付いているわけでもなく、双方から“風見鶏”呼ばわりされていることも、充分に存じ上げている』

「そ……そう、なんですか?」

「わりと有名な話っすよ。そっちのMr.バルトファルトもご存じなんじゃないっすか?」

「えっ!? う、うーん、実は……」

 

 

 ケイトから急に水を向けられたリオンは、しかし口ごもった。辺境の男爵領育ち、宮廷貴族たちの権力争いなど知るべくもない。

 一方、覚えのあるアンジェリカは、眉をひそめながら口を開いた。

 

 

「……つまり、レッドグレイブ家に取り入るために、ユリウス殿下を敵に回すというのか? 王太子殿下だぞ?」

「そ、そうですよ! 本末転倒じゃないですか!?」

『その点についてはMs.レッドグレイブ、アナタが一番よく分かっているはずだ。この構図の問題点を』

「……え、どういうことですか?」

 

 

 しかし、ハーヴェイの言葉に、アンジェリカは顔を暗くした。いまひとつ付いていけない三人が、不思議そうな顔を浮かべる。

 

 

『僕は色恋に疎いが、婚姻において“本音と建前”が存在すること自体は知っている。政治が絡めば尚のこと、だ。意味は分かるな?』

「え、えっと……正直……」

「――つまり、ユリウス殿下と私の婚約関係は、王家とレッドグレイブ家の関係を強くするための政治工作で、当事者の意思や交際関係は二の次三の次、ということだ」

「……そんな……」

 

 

 アンジェリカの絞り出すような言葉に、オリヴィアは悲痛な表情を浮かべた。好き合った人同士ではなく、政治のための結婚なんて――平民のオリヴィアには考えられないことだった。

 実際のところ、アンジェリカは未来の伴侶として、確かにユリウスを敬愛していた。その意味では、間違いなく幸福な関係のはずだった。儚く砕けた過去だった。

 

 

『その観点でこの人物関係を見たとき、非常にまずい。昨日の一件で両者は事実上の婚約破棄、つまり王家とレッドグレイブ家の関係強化どころか、両家の間に明確な溝が生じる。肝心のユリウス殿下はと言えば、ラーファンとかいう政治的に全く無力な家系の小娘を、有力貴族の子弟たちの間で取り合っている――つまり、そこで新しい派閥争いが生じるということだ』

「本人たち的には仲良くしようって意図らしいっすけど?」

『無理だろう。そんな関係は遠からず破綻するし、そうでなくても傍からはそう見えてない。Ms.レッドグレイブとの関係を表向き維持するならまだしも、よりによって衆人環視の状況でぶち壊してしまった。つまり今、“王太子殿下の正室”の座は宙ぶらりんだ。

 あの小娘を蹴落として自分の娘を宛がうか、あるいは割り切ってラーファン家に取り入るか。王太子に付いてあの小娘を勝ち取らせるか、それとも残る四人の誰かに付くか――文字通り、しっちゃかめっちゃかの混戦が出来上がってしまったんだ。政治的力学論において定石もへったくれもない、どう転ぶか誰にも分からない状況になる。()()()()()

 

 

 滔々と語るハーヴェイの言葉に、三人は蒼い顔をし始めた。()()()()()()()()()()よりもなお、悪い事態に陥っているということになる。

 

 

「……マズくない? この状況」

『王国としては大いにまずいだろうな。さらに言わせてもらうなら、ホルファート王国は建国当初から大変血の気が多く、周辺諸国の大体と非友好的な関係であらせられる。こんな下らない内紛など知られたら、あっという間に諸外国の袋叩きに遭って、きれいさっぱり蚕食されかねない。ユリウス殿下には、その極大の難局を乗り切る類稀な器量が要求されることになるが……残念ながら――少なくとも、昨日の言動からは――もういい、はっきり言おう。()()には無理だ。王太子の椅子すら相応しくない』

「そ、そんな……!? ど、どうすればいいんですか!?」

『知らない。少なくとも“王国の維持”という観点では、僕はどこかしらでの諦めを見ている』

「んな無茶苦茶な!?」

「――そういうことか」

「へ?」

 

 

 おろおろとし始めるリオンとオリヴィアの横で、アンジェリカは苦々しい表情を浮かべていた。主の意図を察したケイトが、にっと不敵な笑みを浮かべながら口を開いた。

 

 

「“一番マシそうなレッドグレイブ家に、渡りを付ける好機ということだ”――ってことっすか?」

『……概ねそうだけど、その言い方は何?』

「坊ちゃんのマネっす」

『……そんなに厭味ったらしい言い方をしてるかな』

「割と」

「……概ね」

「え、えっと……」

 

 

 事実上の全会一致に、ハーヴェイは流石に落ち込んだ。本人としては、普通に喋っているだけなのだが。

 

 

『……まあ、いい。事情としてはそういうことだ。ラーファンの小娘を中心に巻き起こる政争の嵐、そこから唯一締め出されたレッドグレイブ家は、逆に言えばそこから脱することに成功している。万一王国が崩壊することになったとしても、かの“灰鷹公”なら、少なくとも自分の一族郎党を生き残らせるだけの手腕は期待できるだろう。悪い言い方をすれば、そのおこぼれを与るため……少なくとも協力体制を作っておきたい。そのきっかけとして、アナタへの協力を通じて覚えを良くしてもらいたい――というのが、僕の本当の動機だ。

 ついでにここで明かせてもらうが、僕たちスピアリング家には“とある計画”がある。むろん、単独で達成できる程度の工作を重ねる予定だったが、有力な協力者が多いに越したことはない。その点で言えば、レッドグレイブ家は“非常に魅力的”という評価をさせていただいている――ともすれば、主導者の立ち位置を乗っ取られかねない程度には、ね』

「え、言っちゃっていいんすか」

『この状況なら、もう巻き込んでもいいだろう。下手に伏せて、悪い勘繰りをされても困る』

 

 

 “ハウンズ計画”――家督継承が期待出来ない貴族子弟を引き込み、傭兵集団として練兵するスピアリング家の計画。同家の“黄道十四宮(ゾディアック)”よりもフリーな立ち回りが可能な戦力として成立させ、その武威によって名声を獲得するとともに、様々な基幹技術を宣伝することで、魔導鎧の市場拡大とその利権確保を狙うものだ。あくまでも傭兵集団として練兵するだけのものであり、王国や貴族たちに仇なすものではない。下手な誤解を招くよりは、いっそすべて明かす腹積もりで動いた方がいい。

 

 

「昨日のあの一幕で、そこまで考えることができたんですか?」

『父上の教育の賜物さ。あとはまあ、判断力の速さ勝負だ。一瞬の思考判断が、戦場での生死を分ける』

 

 

 何でもないことのように語るハーヴェイに、リオンは目を丸くするしかなかった。

 

 

「だ、だが……! 殿下に弓を引くことになるんだぞ!? まさか本当に戦う気か!? そんなこと、許されるわけが――」

『何を言うか。むしろ僕は、“その機会を提供してあげた”側の立場だぞ』

「……は?」

 

 

 なおも食い下がるアンジェリカの言葉に、しかしハーヴェイは泰然と返した。

 

 

『建前上、“Ms.レッドグレイブとラーファンの決闘を僕たちが代理する”という扱いではあるが、実態は殿下の立場表明だ。自らの愛とやらのために、レッドグレイブ家と袂を分かち、何なら王家の決定にも反逆する。その覚悟と決意を、剣によって証明する――つまり僕は、“殿下のために、その汚れ役を買って出た”という大義名分を得ている。殿下が勝てば本人の意向のために体を張ったから良し、負けたとしても“力ずくで殿下を諫めた”という言い訳が立つから良し。なんなら僕やMr.バルトファルトが立候補した時点で、()()()()()()()()()()()()()()に追いやられたのはあちらだ。

 あとは、実家の立ち回り次第だな。レッドグレイブ家と連携し、有力貴族を抱き込んで、宮廷の論調をこちら側に傾ける――だからまあ、父上には多大な負担を強いることになるし、僕自身も相応の落とし前を覚悟しなければならないけど……長期的に見れば、スピアリング家の損益はプラスになるはずだ』

 

 

 もはや開き直るかのような物言いに、三人はもう何も言えなくなった。屁理屈の類だ。だがその屁理屈もいいように弄すれば、何とでも正論として捻じ曲げることができる。特に貴族政治とは、往々にしてそういうものだった。

 

 

「……一個確認ですけど、殿下のことは殺さないで下さいね?」

『無茶を言うな、AC戦の時点で加減なんて容易じゃない。……ここで排除してしまえるなら、それはそれで』

「いや何言ってんですか冗談でしょ!?」

『冗談だよ』

「冗談に聞こえねぇ!!」

「や、やめろ! 心臓に悪い!」

 

 

 真顔で言い放たれた言葉に、リオンとアンジェリカは心臓が飛び上がる思いに襲われた。人となりを知らないというのもあるが、無機質な機械音声で言われては、とても冗談と受け取ることができない。

 

 

「と、ところで、残りの四人については……?」

『知らない。あの醜態が衆目に晒された時点で、本人たちの政治生命は死んだと思っていい、少なくとも僕は思う。いるだけ邪魔だから殺していいぞ、Mr.バルトファルト』

「いや殺さねぇよ!?」

 

 

 吐き捨てるようなハーヴェイの言葉に、リオンは思わずツッコんだ。

 

 

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