鋼鉄の牙、乙女の幻想   作:竹河参号

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13.燃える聖樹

 後退していくアインホルンは、これ以上戦線を拡大する意図がないらしい。あとは、ルクシオンとイデアルの怪獣大決戦という訳だ。ハーヴェイはひとまず、戦場に残留している“(スコーピオ)”の隊員と合流することにした。

 

 

『Z9-1よりZ9総員へ。状況を報告せよ』

『ご無事ですか、隊長!』

『済まない、諸君。迷惑を掛けた』

『こちらZ9-3、敵艦隊はあらかた掃討しました』

『あとは友軍機アロガンツと戦闘中の鎧――指揮官セルジュ・サラ・ラウルトのみと思われます』

 

 

 隊員たちの報告に、ハーヴェイは戦場の彼方を見やった。アロガンツと対峙している、青い魔導鎧。だがその攻防は明白だ。的確な動きで相手を追い詰めていくアロガンツと、それに翻弄されるがままのギーア。決着は遠からず着くだろう。

 となれば、ここはアインホルンに従って引き揚げるか――そう思った瞬間、“(スコーピオ)”総員の背筋に、ぞわりと悪寒が走った。

 

 

『――総員、退避!!』

 

 

 散開した“(スコーピオ)”たちのいた場所に、光の柱が落ちてきた。がりがりと遠慮なく容赦なく大地を蹂躙し、“聖樹”さえも巻き込んで破壊の痕を広げていく。

 

 

『……!』

『これは……』

『ルクシオンもやってくれますな。ここまで無差別な攻撃とは』

『待て――向こうのロストアイテムの攻撃もないか?』

 

 

 まるで人間の存在を斟酌しない無差別な攻撃に、“(スコーピオ)”が打つ手はなかった。このままでは、ルクシオンとイデアルの攻撃に巻き込まれてしまう。そうなる前に、逃げられるところまで逃げなければ。

 

 

『Z9総員、王国艦の護衛に回れ! 必要に応じて、“聖樹”の制空圏から離脱させろ!』

『りょ、了解!』

 

 

 ハーヴェイの命令に、“(スコーピオ)”の隊員は急いで旋回した。旧レスピナス領に停泊している王国艦隊まではそう遠くない。アインホルンで一度補給をしてから、護衛と離脱要請に行こう。

 そうして“(スコーピオ)”の隊員が去っていく中、アンタレスはアロガンツに接近した。ちょうど勝敗が決着したらしく、アロガンツの大型ブレードがギーアを叩き落としていた。

 

 

『くそっ! 次は絶対に――』

 

 

 荒廃した市街地に盛大に墜落し、じたばたと藻掻くギーアから、そんな声が聞こえてきた。ルクシオンとイデアルが大決戦を繰り広げ、アルゼル全土が荒廃していくこの状況で、『次』を期待する余裕があるらしい。何とも悠長な輩だ、とハーヴェイが思考したか、どうか。

 まあ、そんなことはどうでもいい。アンタレスはアロガンツに接近し、通信回線を開いた。

 

 

『Mr.バルトファルト、そちらの状況は?』

『だいたい片付きました。あとはこいつを始末するだけです』

 

 

 ハーヴェイの問いに、リオンは珍しく言葉少なげに返答した。倒れたギーアの前に降り立ち、ぐおとブレードを振り上げる。

 

 

『嘘だろ。ま、待ってくれ! 降参するから! 俺は見逃しただろうが!』

 

 

 セルジュの情けない命乞いが、どこまで届いていたことか。アロガンツは構わずブレードを振り下ろし――

 

 

『――っ!』

 

 

 そこに一機の魔導鎧が割り込んだ。非武装のまま立ちはだかり、ギーアを庇うように両手を広げる。咄嗟のことで軌道を曲げ切れなかったアロガンツのブレードは、そのまま割り込んだ鎧とギーアを吹き飛ばした。

 その斬痕の隙間から、コクピットの内部が見える。そこにいる見覚えのある姿は、どうやらアルベルク氏のようだ。慌ててギーアを降りるセルジュの姿を見つけると、ハーヴェイはギーアに向けてリニアライフルを構え、魔導磁力による加速弾を撃ち放った。ばしん、と鋭い衝撃とともに徹甲弾がギーアを貫き、中枢系を破壊してぼんと爆発炎上させた。

 一方、リオンは“聖樹の苗木”を抱えたノエルが駆け寄るのを見つけた。

 

 

『ノエル、生身は危険だぞ』

 

 

 アロガンツ越しにそう声を掛けるが、ノエルは構わずアロガンツへと駆けてきた。結果として合流できたことだし、これ以上自体が悪化する前に、さっさと回収してしまおう。

 

 

「何でだよ! 何で!」

「――お前は生きなければならない。お前は、自分のしたことの責任を取らなければ――っ!」

 

 

 アルベルクに駆け寄ったセルジュは、その姿に愕然としていた。自分の所業を思えば、わざわざ庇う必要などあるはずがない。苦しげに血を吐きながら語るその様子に、セルジュはいよいよ憔悴した。

 また他方、遠くの空から、アインホルンやリコルヌが来ていた。リオンらを迎えに来たのだろうか。

 

 

『迎えに来たのか?』

『そこまでの必要はないだろう。引き返すように連絡したまえ。巻き込まれる前に、離脱しなければ』

『――ハーヴェイさんは?』

『僕は――僕は、あと一仕事、残っている』

 

 

 それだけ言い残すと、ハーヴェイはアロガンツへの通信回線を切り、次にルクシオンへと繋いだ。

 

 

『Z9-1、スピアリングよりルクシオンへ。イデアルの状況はどうだ』

【クレアーレのクラッキングにより無力化しました。当面は動けないかと】

『了解。――では、仕上げは僕が横取りしても?』

【というと?】

 

 

 ハーヴェイの申し出に、ルクシオンは怪訝そうな声音を返した。大方は彼が片付けてくれたようだが、ならば最後のトドメは自分が務めなければならない。

 

 

『古い友人から依頼を請けた。“一つ目(イデアル)を撃破し、この国を終わらせてくれ”と』

【構いませんが、イデアルは戦艦等を取り込み、自らを巨大な防衛設備に変えています。完全な破壊には時間がかかるかと】

『構わない。これだけ大きな兵器を無理矢理取り込んでいるんだ、管理系統は一本化しているだろう? そこを潰せばお終いだ』

【了解しました。では、マップデータを共有します】

 

 

 そうしてハーヴェイは、イデアルの機構情報を転送してもらった。隣のリオンは、いつの間にかやってきたレリアと何やら会話を進めているが、ハーヴェイには関係のないことだ。マップデータを読み込み、さて破壊を――と考えた瞬間、そのアラートは鳴り響いた。

 

 

【警告。付近に巨大な魔力反応】

『――!?』

 

 

 “聖樹”はいまや巨大な火柱となって炎上し、その力を失っている。ルクシオンやイデアルは部分的に魔導技術を取り込んでいるだけで、巨大な魔力を有しているわけではない。今更、警告に値するほどの魔力反応を示す存在など――

 ハーヴェイは頭部モニターの広域スキャンを起動した。それが拾い上げた反応は――すぐ近く。見覚えのない少年が、レリアに向けてライフルを構えている。アンタレスが即座にリニアライフルを撃ったのと、少年のライフルが撃ち放たれたのは、ほぼ同時の事だった。

 対大型魔獣を想定された大口径のライフルは、人一人を叩き潰して余りあるほどの衝撃を発する。少年ことエミールを食い破った弾丸は、その衝撃でエミールの五体を赤黒い染みに変えたが、アンタレスのコクピットに鳴り響くアラートは一向に止まない。

 一方――エミールが放った銃弾は、レリアではなく彼女を庇った姉ノエルを貫いていた。

 

 

「なんで――なんで、姉貴が、あたしを」

 

 

 腹部を撃ち抜かれ、ごぼりと血の塊を吐きながら(くずお)れるその姿に、レリアは愕然とした。姉なんて、所詮は妹を食い物にするだけの、妹を見下すだけの俗物で――そんな、はずなのに――

 そんなレリアの心境を斟酌している場合ではなかった。赤黒い染みと化したはずのエミールは、巨樹を思わせるような複雑な紋章が輝いたかと思うと、時を逆戻すように元の姿を取り戻した。

 

 

(五体が千切れた状態から再生!? 普通のモンスターではあり得ない。これは――まさか――)

 

 

 いや――正確な再生ではない。その全身には蔦が絡み付き、肉を縛るかのように巻き付いている。アンタレスは即座に両手のライフルを構え、次々に連射した。

 

 

「エミール――な、なんで。止めて! エミールを殺さないで!」

『それどころじゃないすっこんでいろ!!』

『レリア――大丈夫だよ。僕が守ってあげるからね。セルジュじゃなくて、この僕が君を守ってあげるから。認められたんだ。僕は“聖樹”に認められて――声が聞こえるんだ』

 

 

 アンタレスの銃弾に叩き潰されながらも、エミールは全身に蔦を絡ませながら再生していき、光を失った眼窩でひたすらレリアに近寄っていった。その姿に恐怖を覚えるレリアなど、まるで見えていないかのように。

 

 

「エミール、なんでこんな――」

『なんで? 君のためじゃないか。僕は君のためだったら何でもするよ。

 あぁ、でもその前に――お前らを排除しないと“聖樹”に怒られちゃうね』

 

 

 エミールはぐるりと周囲を見回すと、大地からばきばきと生えてくる樹の根を纏い、ゆっくりとその身を沈めていった。その様子を見て、アルベルクが目の色を変えた。

 

 

「“聖樹”に支配されて――融合するつもりか。止めなさい、エミール! それは危険だ!」

 

 

 血を吐きながら叫ぶアルベルクの制止は届かず、エミールは大地に消えた。ごろごろと大地が鳴動する中、その穴底から現れたのは――ACをも超える、巨大な一つ目の樹人。

 

 

『みんな消し飛ばしてやるよぉぉぉ!』

 

 

 一斉に姿を現した樹の根に共鳴するように、絶叫するエミールが魔力を撒き散らした。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 一方、異変はイデアルの方にも現れていた。

 

 

【おかしい。まだ反応が――】

『ルクシオン、何があった!?』

 

 

 地面から夥しい蔦が生え、イデアルに絡みついていく。樹の根がイデアルを貫き、ばらばらと噛み砕くように呑み込んでいく。

 

 

【聖樹よ――共に脅威に立ち向かいましょう。私を取り込み――平和を――理想の世界を取り戻して――】

【まさか――】

 

 

 驚くべきは、イデアルがそれを織り込み済み――否、受け入れているかのような音声を上げていることだ。そのまま樹の根に引きずり込まれるように消えたイデアルは、ルクシオンに向かって蔦を鋭く伸ばした。咄嗟の事で反応が遅れたルクシオンは、あっという間に絡め取られ、樹の根に拘束されてしまった。砲門まで塞がれてしまっては、身動きが取れない。

 このままでは拙い。ルクシオンは、アロガンツとアンタレスに向けて通信回線を開いた。

 

 

【マスター、ハーヴェイ。“聖樹”がイデアルを取り込みました】

『な――』

『こっちはエミールが“聖樹”に取り込まれて、ノエルが撃たれた。ルクシオン、すぐ離脱できるか』

【拘束されました。この状況では動けません】

『僕はエミールを抑える! Mr.、そこの全員を退避させて、ルクシオンの救助に向かってくれ!』

『わかりました!』

 

 

 終わるかと思っていた戦争が、予想外の事態によって延長される――これだからロストアイテムの戦争は碌でもない、というハーヴェイの思考を咎めるべきか、どうか。

 

 

 

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