鋼鉄の牙、乙女の幻想   作:竹河参号

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14.終焉は遠く

 触手のようにうねりながら襲い来る樹の根と蔦を振り切りながら、ハーヴェイはひたすら樹人に攻撃を浴びせていった。

 徹甲弾を浴びて体躯が弾け飛ぶ。赤黒い魔力が覆い再生する。魔導ミサイルを浴びて焼け焦げる。血のように渦巻いて消火される。ブーストキックを浴びて潰される。赤く脈動する樹の根が蠢き復元する。

 

 

(――きりがない)

 

 

 元が樹だけあって、装甲そのものは脆い。だがどれだけ攻撃を浴びせようとと、そこから血のように赤黒い魔力が迸り、見る見るうちに再生していく。これでは弾薬が――いやその前に、アンタレスの魔石燃料が尽きて動けなくなる。度重なる魔力消費と戦闘の消耗で、ハーヴェイ自身もいよいよ限界だ。

 “ゲーム”では、これをどうやって倒したというのだろうか。ノエルも“巫女”としての役割以上のものは感じなかったし、リオンから聞く限り他の“攻略キャラ”も似たようなものだ。何か、特効能力のようなものが存在したのだろうか。

 とはいえ、泣き言を言っている場合ではない。リオンがルクシオンを解放するまで、アンタレスが囮となって樹人を引きつけ続けるしかない。頭頂の一つ目から放たれるレーザー光を回避しながら、ハーヴェイはひたすら挑発に徹した。リオンの援軍として、四莫迦も駆け付けているようだ。あとは、ルクシオンが攻撃能力を取り戻すまでの持久戦。

 ルクシオンの攻撃でぼうぼうと燃え上がる“聖樹”が、その黒い煙を一段と強く膨れ上がらせた――いや違う。煙に紛れて、燃え上がる枝や葉から、黒い姿のナニカが這い出てきている。透き通る翅をぎちぎちと羽搏かせながら迫る、昆虫のような無数の大型モンスターだ。

 

 

『おいおい、数が多すぎないか?』

 

 

 ルクシオンを救出する後方、グレッグが畏怖混じりの呆れ声を聞かせた。百や二百ではない、それ以上を優に超える。アンタレスはおろか、彼らの加勢があってもとても足りない。それこそルクシオンのような殲滅能力、そんな高望みとはいかずとも、艦隊による艦砲射撃がなければ――

 どどどん、という重い衝撃が一同を襲い、大量の砲弾が黒雲のようなモンスターの大群に衝突した。アインホルンやリコルヌだけではない、この数はいったい――?

 

 

『待たせたな、諸君!』

 

 

 その答えは、通信機越しの仮面の騎士(ユリウス)が持ってきた。彼方を見やればぞろぞろと、旧レスピナス領にいたはずの王国艦隊が勢ぞろいしている。

 

 

『Z9、何をしている!? 離脱を優先しろ!』

『違う。皆の許可は取った。全員、自分たちの意志でここにいる!』

 

 

 “(スコーピオ)”隊員に対するハーヴェイの怒号を遮り、ユリウスが言い放った。

 

 

『助けに来たら変なのが出てくるし、お前と付き合うといつもこうだ! リオン、後で説明してもらうからな!』

『何だよ! 何が起きているんだよ! 説明しろよ!』

『もう帰りたいよぉぉぉ! でも、ユリウス殿下の命令だし、逃げられないし最悪だぁぁぁ!』

『そこの君! 私は仮面の騎士だ! ユリウス殿下などという立派な御仁ではない!』

 

 

 ニックスの他、リオンの級友たちが悲鳴を上げながら艦砲射撃を放ち続けた。この様子では、どうにも『自分たちの意志』が伴っているわけではなさそうだ。実際、対応に窮していた以上、渡りに船ではあるのだが……実はユリウスの威光でもなく、リオンの命令でもなく、アンジェリカに尻を蹴飛ばされる形で参戦させられているのだから、何とも可哀そうな連中である。

 夥しい艦砲射撃がモンスターたちを襲い、ぎいぎいと軋むような悲鳴とともに黒い煙に変えていく中、予想外の事態はさらに続いた。アインホルンから一機のACが飛び出すと、まっすぐにアンタレスに向けて駆け出したのである。

 

 

『うおおおぉぉぉぉぉ!?』

『その声は――ケイト!?』

 

 

 まったく予想外の人物の声を響かせながら、ごろごろと重厚な音を立てながら、無限軌道を回して突っ込んでくる超重量のタンク。それは突如進路を変えると、樹人の周囲を巡るように走り始めた。

 

 

『いいぞケイト! そのまま走り回れ!』

『いいんですか!? これで本当にいいんですか!?』

 

 

 そこに、アギラル教授の愉快そうな声が混ざる。樹人がその腕の蔦を鞭のようにしならせると、そこにグレネードランチャーの榴弾が叩き込まれた。爆炎に呑まれ、ぎしぎしと悲鳴を上げる樹人の姿に、アギラル教授が『ヒャッホー!』と叫んだ。

 

 

『ちょ、教授、何をやってるんですか!?』

『大丈夫、私たちは遠隔操縦だよ! 重たいしレスポンスも悪いが、とにかく頑丈さだけはある! こいつを囮に、君はその怪物を仕留めてくれ!』

 

 

 戸惑うハーヴェイの怒声に、アギラル教授は興奮した様子で叫び返した。どうやら今走り回っているのは無人AC、二人とも遠隔操縦のようで、移動をケイト、攻撃をアギラル教授が担当しているらしい。とにかく、二人が危険に晒されているわけではないらしいことは喜ぶべ――いや本当にそうだろうか?

 

 

『きょ、教授! どう走ったらいいんですか!?』

『気にするな好き勝手に走りたまえ! ハーヴェイならうまく合わせてくれる!』

『本当にいいんですか!? 攻撃とか全然余裕ないですよ!?』

『任せたまえ、私が適当にぶっ放す!』

『余計不安!!』

 

 

 緊張しきりで思考に余裕のないケイトと、ノリノリのアギラル教授による、凸凹コンビの攻勢が始まった。教授はずっとACの開発を専門にしてきたが、こうして実際の操縦と交戦の機会を得たことに、かつてない興奮を覚えているらしい。本人の宣言通り、樹人の攻撃にもお構いなしに反撃し、魔導レーザーキャノンでその胴を焼き払っている。

 とにかく、ハーヴェイは意識を切り替えた。様々な障害が押し退けられ、ここまでお膳立てされている以上、やるべきことはひとつだ。

 

 

『――役に立たないゴミ共め――お前らは全て無価値だ――これまで使ってきてやったのに、恩を仇で返して――許さない。許さない。絶対に許さないぃぃぃ!』

 

 

 醜く歪んだエミールの声に乗せて怨嗟を垂れ流す、この巨大な樹人を打ち倒す。

 怯えている余裕はない。大物狩りは、AC乗りの誉れだろう。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 遠隔操縦のケイト&アギラル教授の無人ACと、ハーヴェイの駆るアンタレスに挟まれて攻防を続ける巨大な樹人。

 状況は拮抗といったところだ。単純な出力差で水をあけられているハーヴェイらと、しかし聖樹が健全な状態には程遠く、さらに召喚した大型魔獣を艦砲射撃で次々に撃破されている樹人。しかし、樹人の体躯ひとつ動かす程度は造作もない出力の前に、二機は次第に限界を迎えつつあった。ガチガチの重装甲が自慢ながらも、それ故に鈍重で回避能力がほとんどなく、攻撃を向けられれば被弾するしかないタンクと、冗談抜きに魔石燃料の残量が危なくなってきたアンタレス。そろそろ、次の一手を打たなければ……

 

 

『ハーヴェイさん!』

 

 

 そこに、リオンの通信が割り込んだ。焦燥ながらも元気そうなその声は、悪いニュースを持ってきた様子ではない。

 

 

『Mr.! ルクシオンの方は!?』

『だいたい片が付きました! あとはあいつをぶっ倒すだけです!』

『重畳! 方法はあるのだろうね!?』

【これから艦砲射撃を行います。頭部を破壊すれば再生も止まりますので、一撃で決めてください】

『つくづく植物らしくない生態だな!』

 

 

 その言葉とともに、ルクシオンが砲撃を一斉掃射した。いよいよ膨れ上がっていく樹人の胴を貫き、そこら中で蠢いている樹の根を焼き払い、大地ごと蹂躙していく。ぎしぎしと悲鳴を上げて悶え苦しむ樹人に向けて、ハーヴェイは特殊ブレードに換装しながら吶喊した。

 

 

『ぜぇいッ!』

 

 

 気合一閃。ぐるりと慣性を付けて、袈裟懸けに振るわれた真紅の魔力刃が、樹人の脳天を深々と抉った。ぱっくりと斬り砕かれたその断面は、真紅の汚濁がずぐずぐと染み付いている。これで終わり、ハーヴェイは反射行動としてクイックブーストで駆け抜けたが――

 

 

(――足りない)

 

 

 ほんの一瞬、真紅の汚濁の隙間に樹の根が生じたのを見て、ハーヴェイは直感した。サイドブーストを噴かせながら反転すると、魔力で焼き切れ冷却状態に入ったブレードを無理矢理再起動し、左腕を樹人の胸に差し込むと、そこにありったけの魔力を注いだ。

 “赫薙ぎ”、その膨大な魔力流を一点に流し込み、限界いっぱいまで濃縮して炸裂させる――云わば、“赫衝(あかつき)”。樹人の胸元に突き込まれた真紅の汚濁が、ごうごうと炉を焚くような轟音を響かせ――

 

 

『――ッッアアアア――!!』

 

 

 ハーヴェイの咆哮とともに爆裂した。

 ぼこん、と魔力が樹人の全身を駆け巡り、その四肢を余すことなく破裂させた。極限まで圧縮された魔力の炸裂が、衝撃波となってアンタレスをごりごりと後退させる。ばらばらと真紅に焼け爛れた木片が飛散し、真紅に爛れた樹人の体躯は、ぼろぼろと朽ちていった。

 あとに残ったのは、辛うじて完全な破砕を免れたらしい、ぼろぼろに砕けた青いキューブだった。あちこちに切断された配線が伸びている様子を見るに――イデアルのコアユニットだろうか。

 

 

『――お前には話がある』

 

 

 そこに、アロガンツに乗ったリオンが歩み寄ってきた。その声音には、隠し切れない疲労が浮かんでいる。オリヴィアとハーヴェイを救出し、セルジュと交戦し、ルクシオンを助けるために聖樹を攻撃した。彼も限界が近いはずだ。

 

 

【半端者の転生者共が。お前たちのせいで計画は台無しだ。お前たちを使ってこの世界を取り戻そうとした私の計画が――約束が果たせなかった】

『そうかい。残念だったな。お前がルクシオンに喧嘩を売るから悪いんだ。あいつは容赦がないからな』

【――お前も、あいつも、互いを信頼している。だから、私は半端な手段を選べなかったのだ。お前たちは危険すぎる】

 

 

 イデアルは、ノイズ混じりに怨み言を述べた。「何を言っているのやら」と不可解そうな表情を浮かべたリオンのことなど、ハーヴェイとイデアルには見えていない。

 信頼――確かに、かの一人と一機の間にはあるだろう。何とも機械らしからぬ関係性だが、そういうのもアリだと、認めていいかも知れない。少なくともハーヴェイは、ルクシオンにそれだけの知性を感じていた。

 

 

【お前たちさえいなければ、計画はうまくいったのに】

『俺たち程度に負けるお前が悪い。どうせお前の計画は、どこかで失敗していたよ』

【私に他の人工知能がいることを隠していた。お前たちも最初から協力するつもりなどなかっただろうに!】

【貴方は信用できなかった。それだけです】

【新人類の手先に成り下がったか!】

 

 

 ルクシオンの淡々とした物言いに、イデアルは忌々しげに吐き捨てた。同じ旧人類の遺物であるルクシオンやクレアーレと異なり、よほど新人類が憎いらしい。

 

 

『――イデアル。何のために逸った?』

 

 

 だからこそ、不可解なことがある。ハーヴェイは初めて口を挟んだ。

 

 

『僕たちが非協力的だったとして――貴様といずれ敵対することになったとして――それでも、こんな性急な手段を採る必要はなかったはずだ。ここまで“聖樹”に執着していながら、ここまで危険に晒す必要はなかったはずだ。

 貴様は何を知っている? ()()()()()()()()()()()?』

 

 

 いずれ強硬手段を採ることになったとしても、それまでの準備期間があまりにも足りなかった――それが敗因の一つなのは間違いない。セルジュと同じように、アルゼルを懐柔すればよかった。聖樹に集り寄生するにっくき新人類――ならばむしろ、矢面に立たせて使い潰すのが上策だったはずだ。オリヴィアを攫いリオンの反撃を誘発したのも、間違いなく悪手だろう。それらを無視して、ここまで性急な手段を採った理由が、ハーヴェイにはどうしても分からなかった。

 

 

【――白々しい。お前たち――新人類の――ものだろうが】

『なんだと?』

 

 

 だがイデアルは、そんなハーヴェイの問いにも憎々しげに返すばかりだった。まるで、その答えを新人類側が持っているかのように。

 

 

【“アルカディア”】

理想郷(アルカディア)?』

 

 

 その言葉の意図を、ハーヴェイは理解しかねた。確か、遺失文明における土地名で、牧歌的な理想郷の代名詞とされたとか――?

 イデアルはそれ以上の情報を提供しなかった。ハーヴェイの反応から現生人類の知識を推察する、そんな演算機能も遺っていないようだった。

 

 

【お前たちのせいで――お終いだ。マスターが――守ろうとした――この世界は――破滅――する】

 

 

 まさに末期の怨み言だ。絶望に呑み込まれたイデアルは、ただ壊れたように無意味な音声を紡ぐことしかできなかった。

 言葉ほどに、世界の破滅を憂いてはいない。ハーヴェイはそう感じた。彼が護りたかったのはきっと、『マスターに与えられた使命』だ。

 

 

『――死者は、帰ってこない』

 

 

 その絶望を、ハーヴェイは静かに否定した。

 

 

『貴様がどれだけ死者に義理立てしようと、それが報われることはない。貴様が守ろうとした約束も、いずれ朽ちて消え去るのみだ。

 遺された僕たちにできることは、ただ彼らを弔うことだけだ。亡くした無念に、別れを告げることだけだ』

【――……はは――そうかも――知れません――ね――】

 

 

 ハーヴェイの諭しを、イデアルは否定しなかった。人は死ねば、そこで終わる。その道行きを遺して、何もかもが消える。そんな残酷な価値観に、旧文明の機械端末は共鳴した。

 

 

【貴方たちと――もっと――早くに――出会って――いたら――私も――違う道――があった――のでしょ――か――

 ですが――ここまで――です――本体が――機能を――て――い――し……】

 

 

 それきり、青いキューブは沈黙した。じりじりと空気を震わすノイズは、荒廃した大地に響くことなく溶けていった。

 

 

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