鋼鉄の牙、乙女の幻想   作:竹河参号

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15.末路

「坊ちゃん!!」

『わっぷ』

 

 

 アインホルンに戻ってきたハーヴェイを出迎えたのは、ケイトの熱烈な抱擁だった。

 

 

「ほんとに――ほんとに、無事でよかったです……!」

『ごめんね、ケイト。心配をかけた』

「いいえ……! あたしも、何もできなくてごめんなさい――!」

 

 

 流石に疲弊したハーヴェイを、二度と離さぬとばかりにきつく抱きしめるケイト。最愛の従者を悲しませることがなかったのは、不幸中の幸いというほかない。

 

 

「まったく、ケイトが全部言ってしまうから、私たちの立つ瀬がないじゃないか」

「隊長。ご無事で何よりです」

『すみません。教授も諸君も、迷惑を掛けました』

 

 

 その後ろから、アギラル教授と“(スコーピオ)”隊員たちが声を掛ける。言葉とは裏腹に、彼らもハーヴェイの無事に安堵しているようだった。

 とにかく、最大の問題は片付いた。後に残っているのは、撃たれたノエルの容態だけ。

 

 

「ノエルの容態は?」

「ひとまず、一命は取り留めたわ」

「でも、すこし後遺症が残ると思います」

「そっか。とりあえず、無事でよかった」

 

 

 マリエとオリヴィア、二人の治療魔法使いの言葉に、リオンは深く安堵した。とにかく、二人が即座に応急処置できたのが大きい。アルベルクを庇って余計な真似をしようとした時は思わず怒り心頭だったが、結果オーライというやつだろう。

 一方、医務室のベッドで横になっていたノエルは、リオンの姿を見て力なく笑った。

 

 

「ごめんね――あたし、何の役にも立てなかった」

「いいんだよ。最初から、こうするつもりで来たようなもんだし」

「……そっか。あたし、迷惑ばっかりだったんだね」

 

 

 おどけるリオンの言葉に、ノエルは苦しそうに笑った。実際、腹部の傷は塞がったばかりで、呼吸をするのも苦しい。

 

 

「……“聖樹”、は……?」

「――倒した。俺たちで、破壊しちゃった」

「――……そっか……」

 

 

 リオンの返答に、ノエルはゆっくりと天井を仰いだ。これで、“聖樹の国”アルゼルは滅んだようなものだ。アルゼルの誇りを取り戻すはずだった戦いは、アルゼルの滅亡によって落着する。

 

 

「じゃあ――あたし、残んないと、いけないね」

「ノエル?」

 

 

 意を決したようなノエルの言葉に、リオンは思わず目を見開いた。

 

 

「この国を助けるために、“聖樹の苗木”が要るんでしょ? あたしは、この国に残んないといけないね」

「ノエル君、それは――」

「“守護者”は、また新しく探してもらうよ。その人と結婚して――子供を産んで――ずっと、この国で……」

 

 

 気遣うようなアルベルクの言葉にも構わず、ノエルは窓の外を見やった。アルゼル人なら誰にも親しみがある、大きな樹の影はない。ばちばちと爆ぜる残り火と、どす黒い煙だけがあった。

 この国の希望を絶やしてはいけない。既に伐り倒された聖樹の亡骸を踏みつけて、新しい希望を植えなければならない。それがたとえ、好きな人と離れ離れになることを意味していても。

 

 

「――リオン。一つだけ、聞いてもいい?」

「何?」

「リオンのことが好きだったんだ。だから、あたしのことをどう思っていたのか教えてよ。

 ――リオンは嘘を言わないんだよね? だから、本当のことを教えて」

 

 

 見つめるノエルの真摯な目つきに、リオンも真正面から見つめ返した。

 

 

「ああ、俺も好きだったよ。愛してる」

「うそつき」

 

 

 リオンの言葉に、ノエルは笑顔を浮かべた。力ない笑みだった。

 

 

「リオンは、うそつきだね。嘘は、言わないんじゃなかったの?」

「問題ない。本当のことだ」

 

 

 そんなノエルに対し、リオンは堂々と言い放った。アンジェリカもオリヴィアも、口を挟まなかった。

 

 

「――三番目。ノエルは、三番目に好きだった。だから、俺の三番目は、ずっとお前のために空けておく」

「……本当に、リオンは外道だよね」

「だろ? 否定はしないよ」

「リオンらしい、よね。――何だか、もう、満足しちゃった。三番目でも良いから、もっと側にいたかったな」

 

 

 それきり、ノエルは気絶するように眠った。次に目を醒ます頃には、好きな人(リオン)とはもう逢えない。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 ――一ヶ月後、旧レスピナス領。

 

 

「ラウルト家を許すな!」

「我々を騙していた六大貴族を滅ぼせ!」

「聖樹を利用した悪魔め!」

 

 

 とある広場に人だかりができ、大勢の群衆が怒号を飛ばしていた。広場の中央には処刑台が立てられ、正義の柱(ギロチン)が屹立している。それを眼前にして、両腕を拘束されたアルベルクは、寸毫もの恐怖を見せなかった。

 少し離れた建物の屋上から、ハーヴェイたち――“(スコーピオ)”隊員とアギラル教授がそれを見守っていた。

 

 

「――醜いものだね。真実国を憂いていたアルベルク氏を悪人に仕立て上げて、ガス抜き代わりに始末するわけか」

『そういうものでしょう。手前勝手な“正しさ”を押し付け合って、勝った方に従わされる。それが政治です』

「独りですべての汚名を被って、“自分の正しさ”に殺されることがかい?」

 

 

 文字通り吐き捨てるようなアギラル教授の言葉を、ハーヴェイは静かに宥めた。

 ラウルト家を中心とする六大貴族の暴走と、その結果破壊された“聖樹”――誰かが、その責任を負い罪を償わなければならない。六大貴族の当主たちがほとんど死亡した今、その責任を負えるのはアルベルクのみだ。

 視線の先では、アルベルクがギロチンの根元に据え付けられていた。殺せ殺せと、狂気じみた喚声が響いていた。

 

 

「――隊長。見ていて愉快なものではありませんよ」

『見届けることにも、意味があるさ。僕たちには、その権利と義務がある』

 

 

 Z9-5エヴァンスの気遣いを、ハーヴェイは手で制した。アルゼルの威信を懸けた戦争――その勝者として、せめて見届けるべきだろう。たとえそれが、血腥い狂気の光景だとしても。

 それに、まさにその狂気の最中、アルベルクの()()を読み上げる“苗木の巫女”ことレリアほどではないだろう。

 

 

「それにしても、新しい“苗木”が生えてきて、あのレリア君を“巫女”にするとはね」

「確か、“守護者”という対存在が必要なのでしたか? これからどうするのでしょうか」

「はてさて。それは、これからの彼らに懸かっている。私たちが口出しできることじゃないさ」

 

 

 Z9-7ヘンデルの問いに、アギラル教授は興味なさそうに返した。これ以上はアルゼルの政治の問題であり、自分たちが口出しできる領域に無い。いいことを挙げるとすれば、代替物となる“聖樹の苗木”が新たに見つかったことで、ノエルがアルゼルに残留する必要がなくなり、リオンの三人目の婚約者としてホルファートに同行することが可能になったことだろう。

 

 

「――何がいけなかったんですかね」

 

 

 群衆から憎悪と殺意を向けられるアルベルクを見つめながら、ケイトがぽつりと零した。

 聞くところによると、ノエル姉妹の両親の代で、すでに“巫女”と“守護者”の紋章は剥奪されていたらしい。そればかりか、彼らは“聖樹”の力を利用することを画策していたらしく、結果として暴走を防げなかったのだという。その後始末のため、アルベルクは様々な調査を行っていた。アルゼルという国を救うため、誰よりも奔走していたはずなのに、そんな氏を悪党に仕立て上げなければいけないのか。

 

 

『誰かが始末を負わなければならない。氏が息子(セルジュ)を守れて本望だというのなら、それを尊重するしかない』

「あとは、彼らがそれに足る成果を挙げられるかどうか、ということですか」

「……隊長としては? 実害を受けた身として、奴を救うに値すると?」

 

 

 Z9-3ラッセルの言葉に、ハーヴェイは少しだけ考え込んだ。

 セルジュの無謀が、すべての発端だったと言ってもいい。本人は「イデアルに騙された」と思っていることだろうし、それも誤りではないが、それでも彼が中心となって行動を起こしたのは事実だ。本来死を以て償わなければならないのは彼のはずで、しかしそれを実の父親に押し付け、自らはこの国の未来を背負わなければならない。

 

 

『……彼はこれから実父の亡骸を踏みつけ、生き地獄を味わうことになる。これ以上の罰はないだろう』

 

 

 ハーヴェイ自身、その重みはよく知っている。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 その後、リコルヌの応接室にて。ハーヴェイは“レッドガン”総長レッドと面会していた。

 

 

『調子はどうだい、レッド』

「……この通りだ」

 

 

 なるべく平静に問いかけたハーヴェイの問いに、レッドは力なく応えた。

 全身に包帯を巻き、右腕と左脚はギプスでがちがちに固定され、歩くのもやっとという様相だ。どう見ても、元気とは言い難い。よくも外出許可が下りたと言ったところだろう。

 

 

『無理して出て来なくても良かったんじゃないか。言ってくれれば、僕の方から……』

「貴様が……王国関係者が来ると、角が立つだろう」

『……それもそうだな』

 

 

 特にハーヴェイは、レッドガン隊員を撃墜した張本人だ。そんな彼がアルゼルの病院にやってきて、「ハァイ、調子はどうだい?」などと軽々しく見舞いに来るわけにはいくまい。

 しばらく、沈黙が流れた。それを破ったのは、松葉杖を脇に置き、苦しそうに顔を歪めながらも、ぐっと頭を下げるレッドだった。

 

 

「――済まなかった、G13(ガンズ・サーティーン)

『……どういうつもりだ?』

 

 

 その行動に、ハーヴェイは困惑した。

 二週間ほど遡る話になるが、セルジュが似たような行動でリオンに嘆願を行い、彼の怒りを買ったのは記憶に新しい。リオンでだめならハーヴェイに――という意図だろうか。

 

 

『交渉のつもりなら諦めてくれ。残念ながら、僕は本国では一兵卒でしかない。きみの誠意に応じる応じない以前に、Mr.バルトファルトに意見具申するだけの権限は――』

「そうではない。これは俺の――ただの、自己満足だ」

 

 

 顔を上げたレッドは、ハーヴェイの怪訝な表情を真正面から見つめた。そこに『利害』という雑念はなかった。

 

 

「俺はあのウォッチポイントに取り残されたまま、アーキバスの連中に嬲り殺しにされた。五花海先輩やイグアス先輩と離れ離れになり、ミシガン総長の死を知り――絶望の中で、殺された。

 ……最後に残ったのは、レッドガンとしての無念ではなく、アーキバスへの恨みではなく――貴様への。“G13(ガンズ・サーティーン)”への、憎悪だった」

 

 

 語り始めたレッドの言葉を、ハーヴェイは静かに聞いていた。

 ウォッチポイント・アルファは、ルビコンでも屈指の防衛拠点だった。突入だけで味方の大半を失い、探索の過程で仲間と離れ離れになり、孤独と絶望の中で死んでいく――その恐怖は、どれほどのものだったろうか。

 

 

「愚かしい、妄念だ。自らの使命を果たせず、生きて脱出することも叶わず、何の関係もない貴様に憎悪を向けながら死んだ。

 そしてここに蘇った俺は、再び使命を放棄し、貴様への復讐に囚われた。

 ……嗤ってくれ。筋違いの妄執に囚われ、間違いを犯し続けるこの俺を。他ならぬ貴様に、その資格があるはずだ」

 

 

 力なく項垂れるレッドから、ハーヴェイは視線を外し、窓の外を見つめた。白い層雲が漂う爽やかな青空は、あのルビコンでは滅多に見られない光景だった。

 

 

『……僕の、ルビコンでの本当の使命は――コーラルを手に入れることではなく、焼き払うことだった』

「……なんだと?」

 

 

 ハーヴェイの告白に、レッドは思わず顔を上げた。ハーヴェイは変わらず窓の外を見つめ続けていた。

 

 

『コーラルは時間をかけて自己増殖し、やがて宇宙に蔓延し、深刻な汚染を撒き散らす。そうなる前に焼き払うのが、僕の――ハンドラーの使命だった。

 そして、僕はそれを果たした。戦友を斃し、恩人を殺し、僕は大罪人となった』

 

 

 すべてを殺した。すべてを焼いた。すべてを滅ぼした。すべてを奪われた人間が、自分を取り戻すために、その過程で得たすべてを焼き払う――なんという皮肉だろう。笑いものにもならない。

 

 

『すべてを――生きるよすがすら失った僕は、そのまま無為に生きて死んだ。きみを嘲笑う資格など、僕にはない』

「――そうか……」

 

 

 淡々と語る――冷淡にあろうとするハーヴェイの横顔に、レッドはかける言葉が見つからなかった。

 再び、沈黙が応接室を支配した。

 

 

『……ひとつ、思い出したことがある』

「……なんだ」

『再手術を受けて、辺境の開発惑星に引っ越した後。僕は、一冊の伝記を入手した』

「伝記?」

『“ミシガン英雄伝記”』

「――――」

 

 

 ハーヴェイの短い言葉に、レッドは息を呑んだ。

 

 

『レッドガンの生き残りが、ファーロン時代の同僚を含めて方々に取材を行い、その人生をまとめ上げた伝記だった。

 ファーロンで訓練を受けた青年時代。木星戦争での活躍。ベイラムとの衝突。のちのG2(ガンズ・ツー)ナイルとの和解。レッドガンの立ち上げと躍進――

 決して華やかではなかった。泥臭く、鉄臭い物語だった。……それでも、きみの憧れに共感するだけの熱量があった。素晴らしい物語だった』

 

 

 無味乾燥な余生の中で、それはC4-621にとって、唯一の愛読書となった。

 

 

「……売れたのか、その本は」

『さあ。ただ、隠遁した僕の許にも届くような本だ。それなりには流通したんじゃないかな』

 

 

 ベストセラー、という訳にはいかなかっただろう。ベイラムにとってミシガンは、半ば鼻つまみ者のような存在だったらしい。“レイヴンの火”が起こるまでは、コーラル獲得失敗の責任を押し付けようという動きもあった。のち再燃したファーロンとの対立もあって、流通域は決して広くなかっただろう。それでも、手にした者には心震わせる名著だったはずだ。少なくともC4-621は、そう感じた。

 ――ただ一つ、心残りがあるとすれば。

 

 

『その本は、ミシガンの遺言で締めくくられていた。

 “歩く地獄は、転んで死んだ”――それが、彼の最期の言葉だった』

 

 

 殺されたのではない、必然として死んだのだと。雪辱も、仇討ちも、必要ないのだと。そう受け取ったC4-621は、深い衝撃を受けた。

 最後の最後まで、己はあの人に救われた。復讐に怯えることなく生きていいと、その末路さえも庇われた――それに足るだけの価値が、己にあったのだろうか?

 

 

『僕は、あの“歩く地獄”を転ばせるに足る巨石だっただろうか? 彼の生と死を彩る価値を持つほどの、大きな障害だっただろうか? それとも、彼の晩節を汚すだけの小石だったのだろうか?

 ……その答えは、今も出ていない。()()の最期に報いる生を、僕は歩めなかった』

 

 

 それきり、二人は言葉を交わせなかった。最期まで戦い続けた“歩く地獄”の末路は、二人の心に深い影を落とした。

 

 

 

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