鋼鉄の牙、乙女の幻想   作:竹河参号

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05章 戦火の足音高く
01.エリカ


 王宮から帰還後、ハーヴェイとリオンは慌ててマリエを呼び出した。当然、第一王女エリカの詳細を問い質すためである。

 

 

『ラーファン、改めて確認する。エリカ殿下は、あくまで()()()()としての悪役なのだな?』

「そうよ。だから、この際破滅させちゃってもいいの」

『いいわけあるか莫迦者』

 

 

 で、改めて訊き直したハーヴェイへの回答が、上のやり取り。この元兄妹の脳味噌には、『不敬罪』という単語がないのだろうか。

 

 

『実現した前例こそないが、ホルファート王国は女王制を認めている。つまり今のエリカ殿下は、王位継承権第二位に当たる存在だ。貴様らのお遊び感覚で破滅させていい方ではない』

「なによ、お遊び感覚って。悪役令嬢なんだからブチのめしてなんぼでしょ」

「いやそれが信用ならないんだよ」

 

 

 平然と不敬を重ねるマリエを、さしもの元兄(リオン)もジト目で見下ろした。なお、婚活ストレスからの轢き逃げついでに、当時王太子のユリウスを殴り倒そうとしていた彼の言えた口ではない。

 一方、そのやり取りを見守っていたアデルが、不審げに口を開いた。

 

 

「……それにしても、エリカ様がねぇ……?」

「なによ。私の情報に文句でもあるの?」

「いくらでもあってよ?」

 

 

 いかにも不満です、といった様子のマリエに対し、アデルはジト目で言い放った。肝心なところを知らなかったり忘れていたりするこの小娘は、情報筋としていささか以上に頼りない。彼女にとって、『未来の一可能性』以上に信用する理由が見つからなかった。

 

 

「それはそれとして、()()って言う以上、何かよからぬ真似でもするってことでしょう? エリカ様のそういう噂、聞いたことある?」

「……確かに、ないけど……」

『宮廷貴族の末端でしかないラーファン家はともかく、エッジワース家の情報網だ。それでも出てこない以上、確度は相当だぞ』

「そもそも“三作目の主人公”さんは、ヴォルデノワ帝国からの留学生なんでしょう? なんでエリカ様がちょっかい出す必要があるのよ」

「そ、それは……」

「さては覚えていないな、お前」

「う、うるさい! もう何年前の話だと思っているのよ!?」

 

 

 話題が実情に変わった途端、明らかにトーンダウンしていくマリエは、リオンの追撃についに逆ギレした。

 何かと癖が強く扱いづらいジェイクと比べ、エリカは聡明で思慮深く、カリスマ性もある。継承権第三位にあるころから、派閥も関係なく心酔する宮廷貴族もいるくらいだ。そんな聡明な少女が、たかが恋物語の悪役となり、しかも留学生相手に国際問題を引き起こし、最終的に国外追放処分を食らうというのは、余人には理解しがたい醜態である。仮にそれらすべてが演技だったとしても、いささか考えづらい。

 

 

『……ヴォルデノワからの留学生か……確かに、受け入れの話は聞いている。しかし、エリカ様と何か因縁があったか? ミレーヌ殿下のご出身はレパルト連合王国だし、ヴォルデノワと衝突があったという話も特に聞いていない』

 

 

 ヴォルデノワ神聖魔法帝国――仰々しい名前だが、その名に相応しく精強な軍事力を誇る大国だ。しかしその武力に反し、自国からの侵略行為はほとんどない、不思議な国。外交も決して積極的には行っておらず、実情はよく見えない。スピアリング家も何度か間諜(スパイ)を送り込もうと試みているが、気候が合わないのか上手く活動できないらしい。

 そんな国から来る、縁もゆかりもないはずの留学生と軋轢――? 一同は、ますます困惑の空気に呑み込まれるばかりだった。

 

 

「一度、会ってみますか」

「ほへ?」

 

 

 そんな空気を覆したのは、リオンの決然とした言葉だった。間抜けな声を上げるケイトに対し、リオンは珍しく真剣な表情を見せる。

 

 

「俺としても、これ以上奥さんを抱えるのは無理です。かと言って、アンジェやリビア、ノエルを切り捨てるような真似はしたくない。何とかミレーヌ様を説得できないか、話をしてみます。そのついでに、どんな人なのか確かめてみようかと」

 

 

 リオンやアンジェリカとも親しく、当然に両者の関係を知っているはずのミレーヌ王妃が、ここまで強引に婚約を捻じ込んできたというのも気になる。当事者であるエリカの意志で切り崩すことはできないか――そう語るリオンに対し、アデルは扇で顔を隠しながら冷ややかな視線を向けた。

 

 

「……こういう言い方は、失礼だけれど……貴方、そんなに人間観察が得意? 女は役者なのよ、貴方一人を丸め込むくらいなんてことないわ」

「はい。なんで、こいつの出番です」

「私?」

 

 

 そう言って、リオンはマリエの頭に手を置いた。そこに込められた力は、信頼感というより「絶対に逃がさないぞ」という執念に似たものだった。

 

 

「こいつには、ユリウスを篭絡したっていう前科があるんで、その謝罪っていう建前で同席させます」

「なるほど。表向きは兄貴が話をしている横で、私がエリカの本性を探ればいい訳ね」

「自信はあるの?」

「もちろんよ。私、性格の悪い女を見抜くのは得意なの。下心があるあざとい女ってすぐに分かるのよね。鼻に付くのよ」

 

 

 我が意を得たりといった様子のマリエに、アデルはすっかり呆れてしまった。

 

 

「……同族嫌悪も使いようなのねぇ」

「何ですって!?」

 

 

 分かりやすく目を剥くマリエだが、その怒りに見合うだけの威圧感が伴わないのは、彼女の残念さと言うべきか、どうか。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 数週間後。

 

 

「エリカちゃんは!」

【尊い!】

「そして、エリカちゃんは!」

【美しい!】

「おまけに!」

【可愛い!】

 

 

『……どうしてこうなった……?』

「どうしてですかね……」

「どうしてかしらね……」

 

 

 自室で狂ったように叫ぶリオンとクレアーレを前に、ハーヴェイたちは頭を抱えていた。

 困惑しているのは、もちろんハーヴェイたちだけではない。リオンの婚約者であるアンジェリカとオリヴィアも同様だ。新しい婚約者ことエリカと面会して以来、ずっとこの調子。リオン侯爵の奇行は今に始まったことではないが、ここまで狂乱しているのは見たことがない。

 問題はそれだけに止まらない。同席したマリエに加え、直接会っていないはずのルクシオンやクレアーレまで、同じようにエリカ讃美に加わっているのだ。これまでリオンの行動を咎める側にいた両者まで感染してしまったとなると、もはや収拾がつかないと言ってしまっても過言ではない。

 ハーヴェイたちとアンジェリカが頭を抱える横で、頭の後ろで腕を組んだアーロンが呆れたように口を開いた。

 

 

「何があったんですか、こいつ? 急に頭が(おか)しくなったとか?」

『侯爵閣下をこいつ呼ばわりしない。いい加減礼儀作法を覚えないか』

「私たちの夫を(おか)しい奴扱いされる謂れはないぞ。それよりも、何者だお前は」

「ハーヴェイ兄貴の一番弟子、アーロンです。ヨロっす」

『一番弟子でもない。余計な話を吹聴するな』

 

 

 むっと睨むアンジェリカ相手にも平然と振舞うアーロンを、ハーヴェイが小突いた。相手は立派な公爵令嬢にして未来の侯爵夫人、たかが冒険者が逆立ちしても敵わない品格の相手だ。

 ……とはいえ、当の侯爵閣下がこのざまでは、いささか格好がつかないが。興奮しきりのリオンの許へ、赤い一つ目の金属球――ルクシオンがするりと滑り込んできた。

 

 

【マスター、次のエリカとの面会ですが、献上する品をご用意いたしました。白金インゴットを三十キロほどご用意しております】

「そうか。他には?」

【各種問題なく取り揃えております】

「でかした!」

『“でかした!”ではない。落ち着きたまえ、きみたち』

 

 

 完全に有頂天になっているリオンたちへ、ハーヴェイの諫言(ツッコミ)がどこまで届いていることやら。オリヴィアもいよいよ頭痛を覚えてきたらしく、頭を抱えながら天井を仰いでいた。

 

 

「リオンさんたちが壊れた……」

「それは酷くない? 俺は普通だよ」

「明らかに(おか)しいじゃないですか! 戻ってきてから、ずっとエリカちゃん、エリカちゃん、って!」

「いや、それはその――」

 

 

 オリヴィアの詰問に口ごもる辺り、大っぴらに言えない理由のようだ。――さては、“転生者”関連か? ハーヴェイはそう直感した。

 一方、そんな誤魔化しには引っかからないアンジェリカが、同じようにリオンを問い詰めた。

 

 

「リオン、これで面会は何度目だ? お前、毎日のようにエリカ様と面会していないか?」

「申請したら許可が出るんだもの。で、お土産を用意しようと思って」

「――それで白金三十キロだと? お前は馬鹿なのか? いったいどれだけの価値があると思っている?」

「いや、でも、今の王宮だと色々と入り用だろうし」

「もらった相手も困るようなものを渡すな。ルクシオン、お前も止めろ」

【必要だと判断しましたので、拒否させていただきます】

『宝の山だけ贈り付けて何になるというんだ。落ち着きたまえ、ルクシオン』

 

 

 よもや機械相手に『落ち着け』などと諭す日が来るとは思わず、閉口せざるを得ないハーヴェイだった。財宝など、所詮他者が価値を見出すものであり、それ自体が何かの役に立つわけではない。「一カラットの宝石より一発の銃弾」が信条のスピアリング家としては、贈り物としてもいまひとつ役者不足のように思えた。

 

 

「ねぇ、何があったの?」

 

 

 そんな中、何も知らないノエルが困惑気味にやってきた。ようやく後遺症が完治し、学園へ転入予定である。それに応えたのは、ほぼ初対面のアデルだ。

 

 

「婚約予定の王女様と面会をしてから、ずっとこの調子なのよ。ルクシオンやクレアーレも見たことのない反応だから、私たちもどうしようか困っちゃって」

「え、また新しい婚約者?」

「そうよねぇ。せっかく留学先で手籠めにした貴女を、大手を振って連れてきたっていうのに。Mr.ったら手が早いこと」

「……あたし、あんたとは仲良くなれそうにないや」

「そう? 私は仲良くできそうな気がするけれど」

「主にアデル様のおもちゃとして、っすけどね~……」

 

 

 嫣然と笑うアデルの言葉に、ノエルはむっと睨み、ケイトは猫耳を伏せて呆れた。直情径行のきらいがあるノエルとしては、悪戯好きのアデルとは確かに相性が悪いだろう。そういう真っ直ぐな反応が彼女の歓心を買っていると、本人が気付くにはもう少しかかる。

 

 

「マリエさんも、王女様と面会したんですけど――やっぱりおかしくなちゃって」

「マリっちも?」

「リオンさんが王女様のために色々とするのを見て、自分もやるって言い出したんです。“ちょっとエリカのためにロストアイテムを見つけてくる!”って、ユリウス殿下たちを連れて冒険に出ました」

「……その辺のロストアイテム貰って、喜ばれるような方なんです?」

「微妙だと思うわ……」

 

 

 疑心たっぷりなケイトの言葉に、アデルは同調以外の選択肢がなかった。

 現代文明においてロストアイテムとは、基本的に『使い方の分からない置物』でしかない。その歴史的価値はともかく、実用性は皆無に等しい。よしんば使途が明らかなものだったとしても、貴重ゆえに使いどころに苦慮することになる。無論、エリカ王女が類稀な考古学マニアだという話は聞いたこともない。具体的な資産のないマリエにとって、エリカの気を惹ける数少ないアイデアだったのかもしれないが、成果は推して知るべしと言ったところだろう。

 

 

「王国ってやっぱり変わっているわよね。それで、いつ帰ってくるの?」

「……あれ? そういえば、新学期も近いのに戻ってきませんね」

 

 

 ノエルのごく当然の問いに、周囲はぴりりとした厭な空気に包まれた。

 

 

【そうね。もうそろそろ戻ってこないと新学期に間に合わないわね。もしかして――遭難していたりして】

「いや、それはさすがにないでしょ」

 

 

 クレアーレの推測に、ノエルがいやいやと手を振って否定するが……残りの関係者たちはそうではなかった。

 

 

『――あるんだ、それが……』

「え、マジで?」

【マリエたちのことですから、可能性は高いですね。そろそろ回収に向かいましょうか】

 

 

 一同の間に、「はぁ~やれやれ」という弛緩した空気が広がった。何も行動を起こすなとは言わないが、どうしてこう毎度、後始末が必要な事態に発展するのだろうか。ハーヴェイはもはや諦めきった声音で、傍らのアーロンに声を掛けた。

 

 

『……アーロン。冒険者の経験があるなら、遭難したときの対応も知っているだろう。協力を頼めるか』

「了解!」

 

 

 一人元気そうな声を上げるアーロンが、この場の最後の清涼剤と言ってもいいかも知れない。

 

 

 

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