『いい加減にしたまえ、きみたち。本当に何があったんだ』
数日後。森の中で遭難していたマリエを見つけたハーヴェイたちは、ついでにリオンを呼びつけて、改めて詰問した。
「エリカだったの! 私の娘だったのよ!」
「貴女、いよいよ頭が
「言い過ぎです、アデル様」
マリエの興奮した様子を、アデルが冷たく見下ろす。あんまりにもあんまりな物言いに、さすがのケイトも止めに掛かった。
興奮しきりでまるで話にならないマリエの代わりに、リオンがその説明を買って出た。
「エリカ様の前世が、こいつの娘――つまり俺の姪だったんです。しかも、その記憶を持った転生者だったんです」
「えぇーっ!?」
『王国の要人、かつ“ゲーム”の重要人物が――転生者で、しかもMr.らの身内だった……?』
リオンの衝撃的な説明に、ケイトは分かりやすく尻尾を立てて驚愕した。
あまりに都合が良すぎる。ハーヴェイと同じように、アデルも疑惑を隠せなかった。
「……一応確認しとくけど、エリカ様の演技ってことはないのよね? 貴方たちを誑かすために騙った、赤の他人って可能性は?」
「誑かすって何よ! 実の娘よ、見間違えるわけがないでしょう!?」
「そうは言うけれど貴方たち、血を分けた兄妹同士が気付くまでに、随分かかったじゃない」
何しろ表立った交流がなかったとはいえ、丸一年同じ学舎にいて、互いにまったく気づかなかった者同士だ。転生者として腹を割って話し合い、情報をすり合わせ、ようやく互いの認識が一致しているところまで確認してから判明した兄妹――“転生”という現象が、それぞれの認知にどの程度の影響を与えるのかは不明瞭だが、外野にとっては「勘働きとしてはいささか鈍い」という評価を与えざるを得ない。
ちなみに聞いたところによると、エリカ(前世)が産まれたのはリオン(前世)の没後で、二人には直接の接点がなかったらしい。つまり、エリカの本人確認はマリエに依存しているということだ。この、基本情報はしっかり覚えているけれど肝心な重要情報に限って忘れていたり知らなかったりする、情報源としてはいまひとつ信用しがたい小娘に。
とはいえ、他に判定材料がないのも事実だ。ハーヴェイはそれ以上の追及を諦めることにした。
『……すぐに真相を糺すのは難しそうだな。今のところは、本人たちの申告を信じるしかないだろう』
「それで、この狂乱ぶり? 兄妹そろって親莫迦なの、貴方たち」
「何よ! 文句でもあるの?」
「山ほどあるわよ。こうして実際に迷惑をかけている貴女が、口答えできる立場ではなくてよ」
すっかり呆れたアデルは、扇で口元を隠しながらリオンとマリエを睨んだ。いつの世でも家族の別れは辛いもので、それだけに再会の喜びも一入といったところだろうが、それが新たなトラブルの種になっては世話がない。
「それはそれとして、ルクシオンたちまで一緒になってるのは何でなんですか? 止めて下さいよ」
【彼女からは旧人類の遺伝子の反応が強く確認されました。我々にとっても最重要保護対象です】
『……は?』
半眼で睨むケイトへ返答したルクシオンの説明に、ハーヴェイは目を剥いた。あり得ないことだった。
「その“いでんし”っていうのは、いまひとつピンとこないのだけれど……話を聞く限り、ホルファート王室そのものが旧人類の血筋って意味になるんじゃないの?
貴方たち、ユリウス殿下やミレーヌ王妃には反応してこなかったじゃない。どうしてエリカ様にだけ、そんな反応になるの?」
【現在調査中~】
理解がいまひとつといった様子のアデルの質問に、クレアーレは雑な返答を寄越した。
遺伝子とは、親から子へ継承するものだ。つまりエリカの遺伝子に反応した以上、その父ローランドと母ミレーヌは勿論のこと、その二人を両親とするユリウスにも検出されるべきものであるはずだ。「エリカから検出された」という事実はともかく、「エリカ単独にしか検出されない」という事態は、生物学的に矛盾している。
旧人類の文明崩壊に伴って失われてしまった知識では、『隔世遺伝』という概念が存在する。つまり親等を飛ばして形質が遺伝するパターンもあり得るわけだが、それが稀少な『旧人類の形質』で都合よく発生するというのも考え難い。しかもそれが顕れたのが“転生者”、しかもリオンとマリエの元近親者というのも、あまりに都合が良すぎる。
「バルトファルト家およびラーファン家との繋がりは?」
【それも調査中~】
「その調査を先にしなさいったら!」
明らかに思考放棄といった様子のクレアーレに、アデルは声を荒げて叱りつけた。これでもロストテクノロジーの人工知能である。
◇ ◇ ◇
機械と違って、人間には休息がいる。特に遭難して疲弊しているマリエと、彼女の探索のためにパルトナーの指揮を執っていたリオンは、一旦休息が必要だろう。
『――それで? 機械の分際で親莫迦に興じている場合か、きみたちは』
【随分な言いようね】
その隙を縫って、ハーヴェイはルクシオンとクレアーレを呼びつけ、冷たい声音で叱りつけていた。
「クレアーレ、気を付けた方がいいっすよ。今の坊ちゃん、相当頭に来てます」
『Mr.やラーファンが親莫迦に嵌るのはいい。親子血縁の絆は、蘇りを経ようと容易く消えるものではあるまい。
――で? そんな絆もへったくれもないはずのきみたちは、むしろ諫めるべき立場だろうが。何を一緒になって、
【親子“ごっこ”なんてひどい言い方ね。それに、私たちの
『だったら尚のことだ。
それにきみたちには、“宿題”を与えていたはずだが?』
顔があれば、さぞ分厚い皮を張り付けていることであろう機械ふたつに対し、ハーヴェイはすうと目を細めて睨みつけた。
『アルカディア』――イデアルが遺したキーワードについての調査である。あれだけ異様な動きを見せた以上、何かただならぬ代物であることは間違いない。なおマスターでもないハーヴェイからの依頼に応じている辺り、本来のマスター(リオン)はいささか以上に侮られている節がある。
「“アルカディア”……遺失文明における“理想郷”の代名詞なのよね? それ自体ではなく、同じものを由来としたナニカの呼称と考えるべきでしょうね」
『イデアルは、新人類に関係する存在だと語っていた。僕たち現生人類に伝わっていない何か――つまり鍵を握っているのはきみたち、旧人類の遺産だ』
アデルとハーヴェイの言葉に、ルクシオンたちはようやく思考を切り替えた。彼らに身体があれば、『襟を正す』という表現が適切だったかもしれない。
【前線にいなかった我々は、あくまで文書データとしてしか理解していませんが……新人類にとっての“アルカディア”といえば、連中の最終兵器――いえ、
『具体的には、どういう代物だ』
【大陸並みの巨大兵器であり、膨大な魔素を発生させる巨大なジェネレータを保有しています】
『魔素を……? それがなぜ、“楽園”と称される?』
魔素――主に魔法のパワーソースとして扱われるが、過剰摂取すると主に気管支系が害され、深刻な健康被害を受ける劇物だ。尤も、地上で魔法を行使する分には全く支障がなく、大型ダンジョンの深層のような特殊な環境でしか発生しない。そういう意味では、空気と等しいレベルで身近な存在だと言っていい。
【魔素が突如出現し、旧人類がその健康被害に苦しんでいた中、魔素に適応し健全に生きていくことができたのが、貴方たち新人類です。ですが逆に、新人類は魔素に強く依存しており、充分な濃度を有する環境下でなければ生きていけません。双方の利害が対立しあった結果が、二種人類の生存競争と絶滅戦争の発生です】
『その結果、人類種の交代が行われ、旧人類の文明は失われたと……』
「――……あら? それって
ルクシオンの説明に、首を捻ったのはアデルだった。
「何が変なんです?」
「“魔素に適応”まではともかく、私たち現生人類は“強い依存”なんてしていないわよ。魔素が極端に薄い地域――なんて、そうそうないけれど――そんな場所で体調異常なんて聞いたことないし、逆に高濃度のダンジョン深層では健康被害が確認されているわ。それこそ、専用の装備で対策しないといけないほどに。
そんなモノを莫大に生成する兵器が、“新人類の楽園”? あり得ないわ、地獄の別名じゃないの」
『僕たち現生人類と、何か決定的な違いがあるのかもしれない……?』
アデルの指摘に対し、ハーヴェイは思考に沈んだ。
何か、決定的な齟齬がある。かつて誰かが掛け違えたボタンが、
『アルゼルでの魔素濃度はどうだった? “聖樹”は魔素の結晶化を促進する機能があったんだろう? ホルファートよりも濃度が低かったはずだ』
【王国より薄かったのは確かね。でも、アルゼル人とホルファート人に形質的な差はほとんどないわ】
「ノエルちゃんも、こっちの生活には支障がなさそうよね」
『彼らの魔素適応性については? 純粋な魔法技能は、王国より劣っているという話だったが』
【それは、単純に彼らが“聖樹の加護”に依存していただけよ】
『ただの練度不足というだけか……』
“聖樹”が存在したアルゼルも、サンプルケースとしては不充分らしい。深い霧の中に迷い込んだような困惑に陥る一同の中で、ケイトがうーんと唸りながら口を開いた。
「……そもそも“魔素”って、何なんですか?」
その核心的な問いに、ハーヴェイとアデルは顔を見合わせ、揃って大きくため息を吐いた。
「――それなのよねぇ……」
「……え、何ですかその反応」
『実は、あまり研究が進んでいないんだ。“魔素とは何か”という根源的な疑問について、僕たちは解答を持っていない』
「……は?」
ハーヴェイの答えに、ケイトは目を丸くした。わからない? ホルファートのみならず、あちこちで魔法研究が盛んに行われているのに?
「じゃあ貴女、“空気とは何か”って考えたことある? ごく身近に、当たり前に存在するそれに、興味を持ったことがある? どんな成分があって、いつどこで誕生したものなのか、詳しく調べようと思ったことはある?」
「えぇ……それってあれでしょ、“しこーほーき”ってやつでしょ」
『耳の痛い指摘だ。“何となく魔法のパワーソースで何となく便利”と認識しているだけで、それを解き明かそうという発想がない。根源的な危険性を認識しているにも関わらず』
「えっと……アギラル教授は、何か知らないですかね」
「どうかしら。私たち素人よりは見識があるでしょうけれど……根本的な回答には至らないと思うわ。少なくとも、その“アルカディア”とやらがどういう脅威になるのかは、計測不能でしょう」
スピアリング家の頼みの綱ことアギラル教授も、専門はあくまで魔導工学だ。魔素を解析する基礎研究はまた畑違いであり、すぐに明朗な解答を出すのは難しいだろう。
『話を戻そう。イデアルは、その魔素の蔓延元たるアルカディアを、まだ現存する脅威として認識していた可能性が高い。
ルクシオン、クレアーレ。アルカディアの現在地は何処にある? 現在、どんな状況だ?』
【具体的な所在地は解析中よ。イデアルの奴、データの暗号化なんてしてくれちゃって】
『パーツの欠損があるなら速やかに連絡してくれ。あれこれ理由を付けて、アルゼルから供出させよう』
「世間ではそれを恫喝と言うわね」
さらりと言い放ったハーヴェイの言葉を、アデルがジト目で咎めた。確かに今のアルゼルの外交能力では、ホルファートからの要求に逆らうことは難しいだろうが……
【記録によると、かつて旧人類は大艦隊を率いて総力戦を行い、その大多数を犠牲にして、アルカディアを海底に沈没させることに成功したそうです】
「――えっ? 何か、話違くないですか?」
ルクシオンの説明に、三人は首を捻った。旧人類が、新人類の最終兵器に勝った? それは、前提条件と矛盾していないか?
「旧人類は新人類に負けて、文明が滅んでしまったのよね? その新人類の最終兵器を、倒すことに成功していたの?」
【はい。ですが、それまでです。互いに疲弊した両陣営は、内乱によってその疲弊を加速させていきました。
そして――魔素という環境汚染によって、我々旧人類が先に衰退しました。それが、
「せっかく戦争に勝ったのに、それを最期に文明を途絶えさせてしまったってこと? 何とも嫌な話ねぇ」
アデルが呆れたように頬に手を当てる横で、思考に沈んでいたハーヴェイは、ひとつの結論に思い至った。
『――合いの子なのかも知れないな、僕たちは』
「というと?」
首を捻るケイトの問いに、ハーヴェイは己の推測を少しずつ言語化していった。
『ルクシオンの言う通り、
「どうかすると、貴方たちの言う“新人類の文明”も、一度滅んだのかも知れないわね。崩壊した世界の中で、手を取り合って生き延びて、新たな文明を築き上げた――それが、私たち現生人類の正体なのかも」
【……癪な話ですね。新人類によって我々は敗北したというのに、新人類によって私のマスターらは種を保存し、しかもその新人類の文明すら滅んでいた可能性があるとは】
珍しく悔しげな言葉を述べるルクシオンに、ケイトはのほほんと、そしてアデルは嫣然と笑った。
「良かったのか悪かったのか、よく分かんない話ですねぇ」
「交配できる程度に近い生物だった、新人類に感謝すべきかもね」
二人の言葉に、ルクシオンたちは何も返さなかった。彼らに顔があれば、悔しそうな表情を浮かべていたかもしれない。