「ようやく会えましたね、バルトファルト侯爵! スピアリング子爵!」
『……失礼ですが、どちら様で……?』
案の定、ハーヴェイとリオンがともに向かった王宮の一室。二人を出迎えたのは、喜色満面の笑みを浮かべる中年貴族だった。
「これは失礼! 私はドミニク・フォウ・モットレイと申します。お二人のファンだと思ってください」
「俺たちのファン?」
何が何やら、とリオンは困惑した。冷酷非道な“殺戮人形”ハーヴェイは言わずもがな、ホルファート王国の慣習を破壊し続ける“外道騎士”リオンも、決して貴族たちの覚えはよくないはずだが。
そこに助け舟を出したのが、当の二人を呼びつけたレッドグレイブ公ヴィンス。
「モットレイ伯爵は、公国との戦争時に他国から国境を守っていた領主だよ。そして、戦後に妻を離縁したそうだ」
公国戦を機に離縁――それだけで、二人には話が見えてきた。
「国境に駆り出され、王国死ね! と呪詛を呟く日々を過ごしていたが、領地に戻ったら何と王国は方針転換をしていたじゃないか! 今まで、私を馬鹿にしてきた
「彼の奥方は、最近までうちの養女として預かっていてね」
「感謝しております、レッドグレイブ公爵」
つまり、こうだ。
元々子爵家の令嬢と結婚していたモットレイ伯だが、戦後処理で妻の実家が取り潰しに遭ったらしい。宗教的にも厳しい貞操を課さない王国の新体制下で、これ幸いと伯は離婚。一方、傍で自分を支えてくれた侍女と結婚するべく、レッドグレイブ家の計らいで騎士家へと養子に出され、段階的に格を上げて最終的に公爵家の養女へ。養子ロンダリングであら不思議、平民だった侍女は貴族の子女となり、伯は大手を振ってその女性と結婚することができたという。
「誰の子かも分からないガキに、モットレイ家を継がせる必要もなくなった。これもすべて、バルトファルト侯爵のおかげだ」
「……はぁ、そうですか……」
『何というか……おめでとうございます?』
喜びに満ち溢れたモットレイ伯の言葉に対し、二人は曖昧な相槌を打つことしかできなかった。当のリオンが平民のオリヴィアと婚約したのも、風潮変化の後押しになっているのだが、往々にして当事者は自覚がないものだ。その隣で『僕はこれ以上口出ししない方がいいだろうか』などと考えている“守護神狩り”ハーヴェイも同じである。
そんな幸せいっぱいのはずのモットレイ伯は、ふと目つきを鋭くして二人を見つめた。
「――ときに、バルトファルト侯爵」
「はい」
「一緒に王宮を焼かないか?」
「は?」
あまりにも大胆な発言に、二人は目を見開いた。それをじっと見つめる伯の目は――とても冗談には見えない。強い野心の火が燃えている。
二人が動揺しているところに、しかしヴィンスは制止の声を上げなかった。
「モットレイ伯爵は過激だな。だが、リオン君――アンジェの夫である君には、私も期待しているよ」
「――え、ちょっと。どういう話です?」
猫撫で声で話しかけてくるヴィンスのにこやかな様子とは対照的に、どんどん雲行きが怪しくなっていく。
「バルトファルト侯爵、王国からしばらく離れていたようだから知らないかもしれないが――今の王国は非常に危うい。他国との国境を持つ我々領主は、そのことが不安なのだ」
いよいよ鋭さを極めていくモットレイ伯の言葉に、ハーヴェイとリオンは顔を見合わせた。
ホルファート王室の脆さ。貴族たちの反感。諸外国の情勢――リオンは底なし沼に嵌ったかのような不安に駆られ始めた。
「リオン君、ハーヴェイ君。君たちは、今の王宮が必要だと思うかな?」
「俺は……――」
ぐっとリオンの肩を掴むヴィンスの言葉は、しかしその眼の奥底に宿る叛意を、何よりも雄弁に物語っている。
ホルファート王室はもはや、存続することができない。存続してはいけない。
「よく考えて欲しい。このまま王国を存続させても、多くの者が納得しないのだよ。誰かが立つ必要がある」
二人の脳裏には、その『誰か』の青写真に、目の前のヴィンスの顔が映っていた。
そして彼は、そのためにリオンとハーヴェイの暴力を求めている。
◇ ◇ ◇
場所を改めた後、ハーヴェイはリオンから、王国の知られざる歴史を教えられた。
――ファンオース大公家との係争を契機として、貴族たちによる反乱を危惧した王国は、王国の権威を知らしめるべく王立学園を創立し、貴族子弟を入学させた。それと同時に、「紳士たるもの女性に親切であれ、金品を惜しむな」という価値観を刷り込んだ。これは王都に財貨を集中させると同時に、貴族たちの価値観を統一し反乱の意志を未然に挫くはずのものだったが――この女性優遇政策が婦女たちの暴走を招き、歪な性的格差を生んでしまった。
あとは、世間の知っての通りだ。作為的に優遇された女性たちは横暴に振舞うが、財貨が集まる中央は都合がいいとしてこれを放置。その不平等な社会構図に、中核の生産者/労働者層である男性たちの不満は留まることを知らず、王国への求心力は逆に低下し、有事に際して協力姿勢を得られない――それが、先の公国戦で露呈した。同時に自前戦力に乏しいという脆弱性を見せた王宮は、いまや諸悪の根源として怨恨の標的となっている……
『……なるほど。かつての王宮による施策が巡り巡って、今の王宮を追い詰めているわけか』
苦々しい表情で零すハーヴェイに対し、リオンはかつてなく真剣な表情で問うた。
「――率直に聞きます。この状況、どう思います?」
『詰んでる』
「ですよねぇ……!」
ハーヴェイの端的な答えに、リオンはうがぁーと頭を抱えて項垂れた。
拙いのが、“淑女の森”をはじめとする貴族婦女――かつて恩恵を受けていた層が尽く追放され、味方がいないという点だ。むしろ積極的に切り捨ててしまったことで、逆恨みを買っている。つまり王宮は全方位に敵を作ったきり、どこにも縋れない袋小路に陥っているわけだ。尤も、政治的に無力な彼女たちが味方に付いていたところで、貴族たちの怒りを煽る効果しか考えられないが……
「そしてまた、俺はそれに関わるしかないのか。罰ゲームかよ……!?」
【なら、すぐにでも新人類殲滅をご命令くだされば――】
「却下だ。お前もしつこいな」
『“現生人類とは異なる”という見解を出したばかりではないかい』
【プログラムに刻み込まれた本能とでも考えてください】
「嫌な本能だな」
頑固を通り越してもはや頑迷なルクシオンの割り込みに、二人とも真面目に応じなかった。さもありなん、彼(?)は所詮遺失文明で造られた人工知能であり、現生人類の政治事情など知ったことではない。
がしかし、そのマスターであるリオンは紛れもなく当事者だ。若すぎるその両手では持てあます難題に、彼はただ愚痴を零すことしかできなかった。
「誰でもいいから、血が流れない方法で統治してくれないかな。いっそヴィンスさんでもありだと思うんだよ」
『そう巧くはいかないと思うよ。それこそ、ヴィンス閣下であっても』
【レッドグレイブ家は領主たちの不満を解消するために、今の王家を処断するでしょうね。公開処刑では、きっとミレーヌがマスターに呪詛の言葉を吐き続けるでしょう】
「何その嫌な未来」
【エリカも例外ではありませんよ】
「公爵家に味方は出来ないな」
『きみはどうしてそう……』
エリカの名前が出た途端、手のひらを返すように態度を固めたリオンに、ハーヴェイは声の掛けようが見つからなかった。
とはいえ、ルクシオンの予測に誤謬はあるまい。王朝とは、すなわち正当性の威光だ。ヴィンスにしろ他の誰にしろ、主権奪取するためには「現王家こそ悪者である」として処断する必要がある。それに貴族たちの支持を得るには、「己は現王家とは違う」というスタンスを明確にする必要があり、そのために厳しい対応を取らざるを得ない。
よしんば当代の王室が自ら王権を放棄し、貴族たちがそれに納得しようと、後世までは保証できないのが問題だ。生き延びた子孫がいつかそれを翻すことがあれば、途端に奪取者は「王国の正統を奪った卑劣漢」と呼ばれ、新たな政争が巻き起こることになる。そんな不安要素を排除するためには、ホルファート王室の血を物理的に絶やさなければならない。
【そこまでしなければまとまらないという事です。王国本体と言うよりも、“淑女の森”――彼女たちが恨みを買いすぎました】
『かと言って、現王家にそう撥ね返すだけの力がないのも事実だ。“王家の船”という切り札が公然に失われてしまった現状、現王家に手札がないのは丸わかりだ。
――なるほど。エリカ様の婚約を捻じ込んできた意図が見えたな』
「というと?」
『つまり、
「う、嬉しくねぇ……」
『心中お察しするよ。
だが裏を返せば、この状況はきみが支配できるといっても過言ではない。きみがどうしたいかに懸かっているな』
「それが一番嫌なんですけど!!」
にやりとあくどい笑みを浮かべるハーヴェイの言葉に、リオンはうがぁーと悲鳴を上げた。彼の本望は田舎で平穏なスローライフであって、都会の権力争いなどではない。当事者など以ての外だ。
【王家にマスターが味方をしたところで、不満は残り続けます。反乱の火種はくすぶり続け、いずれ大陸を焼くでしょうね】
「あぁくそ、それもこれも女性優遇のせいだろ! 誰だよあれ決めたやつは!」
【ですが、当時の王国にそれだけの決断をさせたのは、地方領主たちですよ】
なまじ飛行船が主戦力となる世界だけに、防衛線の構築は極めて難しい課題だ。それを戦術ではなく、戦略でもなく、政治レベルで解決を図ろうとした発想は、決して間違いではなかったのかも知れないが――現実はこうして、さらに大きな火種となってしまった。
『領主貴族たちが軍備増強し、王国本土に攻め込もうとしているのは事実だ。
――この
スピアリング家のみならず、エッジワース家の情報網を以てすれば、今の王国がいかにヒリついた危機的状況にあるか分かる。当のエッジワース家自身、どの派閥に傾こうかと思案しており、すでに王室はないものとして切り捨てようとしている。
「……スピアリング家としては、どうなんです?」
『――……自衛以上の行動は、しないだろうな』
リオンの核心的な問いに、ハーヴェイは無表情で答えた。
『僕たちは所詮、外患と戦ってきた“戦争屋侯爵”だ。内政の実績などないし、貴族たちも付いてこない。失敗を承知の上で抱く野心ほど、無駄なものはないよ。
そして同時に、王家への肩入れもしないだろう。この程度の内憂を解決できない――僕たちを遣うに値しないと判断すれば、そのまま見捨てるだろう』
「ヴィンスさんに協力を要請されたら?」
『どうだろうな……今回、僕個人を呼んだことを鑑みると、ヴィンス閣下もさして期待していないように考えられる』
【国家存続の危機に、不干渉を貫くと?】
『内政は政治屋共の領分であり、その範疇で“ホルファート王国という国体”さえ維持されるのであれば、
……だからこそ、ヴィンス閣下は
なるべく同情的に、しかし突き放す以外の何物でもないハーヴェイの言葉に、リオンはいよいよ髪を掻きむしった。
「ちくしょう、もとは女性向け恋愛ゲームだぞ! どうしてふわふわした感じの甘い世界じゃないんだ!」
【マスターには厳しい世界ですね】
こと政治という世界において、他の誰にとっても優しく甘い局面など存在しない――そう突き付けるには、あまりに複雑で困難な問題だった。
◇ ◇ ◇
ともあれ、今日明日で解決すべきでも、そもそも解決可能な課題でもない。一旦雑務を済ませたリオンらは、途中で合流したアデルとケイトを伴い、一軒の居酒屋に向かった。
「あんたたちが、リオンの協力者か?」
そこで待っていたのは、褐色肌に銀髪の美青年――フィン・ルタ・ヘリングだった。三人の存在は、事前にリオンから説明を受けていたらしい。
『僕はハーヴェイ・フィア・スピアリング。よろしく、Mr.ヘリング』
「アデライン・フィア・エッジワースよ」
「ケイトです~」
「三人とも転生者なのか? 多いな」
「いや、転生者はハーヴェイさん一人だよ。でも、二人にも協力してもらってる」
フィンは三人をしげしげと眺めた。自分の生きている世界が、他人に作られた物語の舞台。その事実をどう受け止めているのか――ある意味『乱入者』であるフィンにとって、少しだけ気にかかる命題だった。
なおアデルについては、以前ハーヴェイが説明した通り、『誰かが書いた恋愛物語に
「それにしても、わざわざ妹分の結婚相手を見定めに来るなんてねぇ。舅でもそうそうやらなくってよ?」
「う、うるさい! それに、あの子の父親にも頼まれてるんだ!」
「皇帝陛下の肝煎りっすか。お熱いっすね~」
「ちくしょうこの人たちキライだ!!」
『二人とも、ほどほどにしたまえよ』
これ見よがしにフィンをからかう女子二人に、彼は顔を真っ赤にして声を荒げた。こと恋愛絡みで盛り上がる様は、年相応の婦女子らしいというか、何というか。
「それにしても、王国は変な風習があったって話だけど……二人は、普通の人みたいで助かったよ」
「まぁ、褒めて下さっているのかしら? 帝国騎士様は素敵でいらっしゃるのね」
「そ、そんなんじゃ……!」
『アデル』
「アデル様は、割と例外みたいなヒトですよ。あたしみたいな亜人奴隷にも親切に接してくれますし」
「この子だって特別よ。こんな真面目な子、無碍にしちゃかわいそうじゃない?」
ケイトとアデルのやり取りに、リオンとフィンは何とも言えない表情を浮かべた。
侯爵令嬢と亜人の使用人がほぼ対等に接している様子など、ホルファートはおろか他のどの国でも滅多に見られない光景だろう。まさにハーヴェイの家族として交流しているが故の仲だった。“殺戮人形”の風聞しか知らない余人からすれば、耳目を疑う関係性に違いない。
「……なんか、アレですね。ハーヴェイさんの家族なだけあって、人柄も似てくるもんなんですね」
『Mr.、それはどう受け取るべきなんだ』
「ちゃんと褒めてると思うぞ。たぶん」
しみじみと呟いたリオンに対し、ハーヴェイがジト目で睨んだ。こういうことは往々にして、当事者には自覚がないものだ。少しだけ気恥ずかしさを覚えたアデルは、手を振って話題を変えることにした。
「私たちのことはいいのよ。それより、問題は貴方たちよ。
“主人公”――ミアちゃんとやらの相手は誰になるの? 立場次第では、私たち王国貴族としても慎重な調整が要るわ」
早速振られた本題に、フィンは居住まいを正して口を開いた。
「まず、第二王子のジェイクとその乳兄弟のオスカル。先輩枠のアーロンに、後輩枠のハンス・フォウ・ヴェールテ。その四人だ」
『……これはまた、見事に中核人物ばかり……』
「アーロンが候補なのも本当なのね……」
皇帝バルトルトからの情報を諳んじるフィンの説明に、三人は閉口した。これで、マリエの情報の裏取りはできたが……ホルファートの将来に関わる問題を改めて突き付けられるだけだった。
「それにヴェールテ? すでに婚約が進んでるって話を聞いたわよ」
「えぇっ!?」
「ど、どうします?」
「どうしますもこうしますもないわ。縁のない私たちが乱入して縁談をぶち壊したら、それこそ王国の軋轢が増えるだけよ。悪いけど、彼はもうないものとして扱ってもらいたいわ」
「でも、残り三人も……」
アデルの言葉に、リオンとフィンは分かりやすく狼狽えた。ある意味最善の優良株だと思われていた人物がNGとなると、途端に選択肢が狭まる。
『改めて確認するが、Ms.ミアは皇室の血が流れているのだな? それが“三作目”の本編で明るみになり、彼女は本国へ帰る必要があると』
「あぁ。それは間違いないし、譲れない。それがあの子の父親と結んだ条件だ」
『やはりか……せめて、ジェイク殿下が王太子でさえなければな……乳兄弟オスカルも扱いやすくなるところだったんだが……』
うーんと機械音声を唸らせるハーヴェイに向けて、ふとフィンがジト目を向けた。
「……聞いた話だと、あんたたちとの決闘騒ぎでユリウスが廃嫡になったらしいけど」
『蒸し返さないでくれ。僕たちだって頭を痛めているのだから』
「そもそもラーファンのせい――いや、殿下自身も大概よ。私たちだけ悪し様に言われる筋合いはないわ」
フィンの遠回しな糾弾に、アデルは反発した。マリエの猫被りに引っかかるユリウスの女性観も問題だし、そもそも「王になんてなりたくない」と口走ってしまった彼自身にも非がある。未だ撤回の様子が見えない辺り、決して一時の癇癪で口走ったものではなく、本気で玉座を厭うているのだろう。
「ところで、アーロンはどうなんだ? 冒険者枠で入学したんだし、
『駄目だ』
「無理よ」
「ぜったいやめた方がいいと思います」
「何でだ!?」