鋼鉄の牙、乙女の幻想   作:竹河参号

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06.もうひとつの決闘

 そのまま中庭でアーロンを正座させ、たっぷり二時間説教した後、ハーヴェイらはリオンから新しい情報を聞かされた。

 (なお成果のほどはお察しいただきたい。抑揚に欠ける機械音声が仇となって、途中から舟を漕ぎ始めたアーロンの反応が全てである)

 

 

『エリヤ・ラファ・フレーザーと決闘?』

 

 

 何やらしょうもない諍いでユリウスらが乱闘を起こし、医務室に向かったリオンが、そんな話を持ってきたのだ。当のリオンは、動揺した様子もなくふんと鼻を鳴らしていた。

 

 

「いきなり喧嘩を吹っ掛けられたんで買いました。あいつは今のうちに潰しておかないと」

「Mr.も、アーロンたちの莫迦騒ぎにアテられちゃったんです?」

「どういう意味ですか」

 

 

 ジト目で睨むケイトの物言いに、リオンが反抗するように返したが、絵面としては大差ない。

 ともかく詳しく聞くところによると、エリカの元婚約者にしてフレーザー侯爵家の嫡男エリヤが、いきなり決闘を吹っ掛けてきたらしい。どうやら、エリカに対する執着心に燃えているようだ。

 

 

「“三作目”の恋愛パートでは、あいつが悪役令嬢(エリカ)の手先として嫌がらせをしてきたんでしょ? エリカのためにも、そんな小悪党はさっさと潰しておこうかなって」

『そうは言うが、当のエリカ様が“ゲーム”と違うのだろう。後顧の憂いとしては、いささか過大評価ではないか?』

 

 

 『醜く太った三下野郎』という、いかにも恋愛物語の悪役として相応しい事前情報とは裏腹に、対面したエリヤは多少引き締まった容姿をしていたのだとか。“シナリオ”への干渉を恐れていたエリカによる、数少ない影響なのかも知れない。となれば、大仰な対策を取る必要はないのではないか。それを裏付けるように、アデルが不審げな表情で口を開いた。

 

 

「――フレーザーの嫡男ねぇ……彼、そんなに悪い噂は聞かないわよ?」

「え?」

「少なくとも“小悪党”ってほどのやんちゃ坊主じゃない。学業も武術も、それなりに頑張ってるって話だったわよ。成果のほどはともかくね」

 

 

 アデルが提供してくる情報に、リオンは思わず口ごもった。

 たかが辺境領主の嫡男でありながら、成り上がりとはいえ実の侯爵――それも、実力は折り紙付きの“外道騎士”相手に啖呵を切る度胸がある。それに彼の行いは、王宮が指定した婚約関係に異議を唱えるも同然だ。リオンが考えていたような、醜悪な意思によるものではないのかも知れない。

 

 

「でも、手袋を投げてきたのは向こうだし……今更取り繕えるもんじゃないですよ」

「それは、そうねぇ……もう噂も広まってるようだし」

「お貴族サマってどうしてこう……」

 

 

 リオンの苦しそうな物言いにアデルが同調し、ケイトは呆れた表情を浮かべた。確かに先ほどから、リオンに向けてひそひそと内緒話をする生徒たちが散見される。どうしてこう、しょうもない噂話ばかり広まりが速いのか。

 ともかく、エリヤとの決闘は週末だ。それまでに、何か方針を決めておかなければならない。

 

 

「少し様子見した方がいいんじゃない? エリカ様を取り上げられて落ち目だけど、フレーザー家だって侯爵家。ここで王国から離反されると、あとあと拙いことになりかねないわよ」

「う~ん……考えておきます」

 

 

 政治事情が絡んでくるとなると厄介だ。アデルの指摘に、リオンは苦い表情を浮かべながら了承した。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 翌日の放課後。屋上に来たリオンは、ハーヴェイとケイト、そしてノエルの視線を背に浴びながら、苦い表情で夕暮れを見ていた。

 何でもエリヤとの決闘に当たり、方々から要望が挙がっているらしい。

 アンジェリカからは、面目を潰すことのないようにという依願。一方的な都合の押し付けで婚約破棄された身として、彼女も思うところがあるのだろう。

 マリエからは、エリカとエリヤを結婚させてほしいという嘆願。何でもエリカ自身は彼を好意的に見ているが、その本音を押し殺している様子が見受けられたのだという。

 そして、当のエリヤの教育係を務めるフレーザー家の騎士から、彼の気持ちを受け止めてほしいという依頼。まかり間違っても勝てるとは期待していないが、今後彼が成長していくためにも、怪我をしない程度に本気で戦ってほしいとのことだ。

 

 

『――だから言っただろう。侯爵閣下におかれましては、そろそろ慎重さを覚えていただきたいところだな』

「ぐぬぬ……」

「大変そうっすねー」

 

 

 三者三様の願いを押し付けられ、思い悩むリオンに向かって、ハーヴェイは軽口を投げた。軽い気持ちで応対して後悔する――良く言えば素直だが悪く言えば浅慮な気性は、なかなか改まる様子がない。

 

 

「リオンは、エリカ様と結婚しないの?」

「しないよ」

「好きならすればいいのに。アンジェリカもオリヴィアも怒らないと思うわよ」

 

 

 ノエルの他人事のような物言いを、ハーヴェイは友人として咎めてあげるべきだろうか。『アルゼル出身者で“聖樹の若木の巫女”』という極めて微妙な立ち位置の彼女は、現在のホルファートの情勢にあって、自由な発言を許されない。好きな人が他人のものになることを、彼女は容認せざるを得ない。

 そんなハーヴェイの思慮に気付いた様子はなく、リオンはがりがりと頭を掻いた。

 

 

「いやぁ、そういう目では見れなくって。どちらかと言えば親愛というか、親戚の子? そんな感じ」

「そうなの?」

「そうなの。だから、エリカには幸せになって欲しいんだけど、どうしたらいいか分からないんだよね」

「そっか……なら――悪者になっちゃえば?」

「え?」

 

 

 ノエルの大胆な提案に、リオンは思わず間抜け声を上げて振り返った。

 

 

「そのエリヤって子を試すの。決闘じゃなくて、リオンの大事なエリカを託すに足るかどうか、それを見極める場にするの。

 エリヤが頼りないなら――リオンがそう判断したなら、そのまま倒しちゃう。エリヤを認められるなら、負けてあげる。これならどう?」

「でも……」

 

 

 ノエルの説明に、リオンは少し口ごもった。

 エリカと結婚する気はない。当人たちが想い合っているのなら、そのまま託しても構わない。だがそれで、本当に二人は幸せになれるだろうか? まさに発火爆発まで幾ばくの余裕も無い、このホルファート王国にあって、そのように悠長に構えている場合なのか――?

 リオンの苦悩を見かねたハーヴェイが、じじっと機械音声を鳴らした。

 

 

『――Mr.。きみの友人として、一つだけ忠告させてもらう。

 きみは、()()()()()()()()()。あと一歩を踏み出す勇気を、どこかに探しているだけだ』

「躊躇って……?」

 

 

 ハーヴェイの言葉に、リオンは少しだけ動揺を見せた。思い当たる節は、確かにあるようだ。

 ――危険な唆しだ。自覚はある。

 どう転んでも、リオンが望まぬ苦境に立たされることは間違いない。彼の本望は平穏無事な生活であり、宮廷の複雑な政治ゲームの中にはない。一歩間違えればエリカのみならず大切な人たちを危険に晒す、邪悪な権力争いに巻き込まれてしまっている。だが――

 

 

『正直なところ、きみの本心は決まっている。あれこれと理屈を並べて、それを先延ばしにしているだけだ。踏み出す勇気を持てずに、誰かに縋ろうとしているだけだ。

 だが本心が決まっているのなら、後は覚悟を決めるだけだと思う。そうでなければ、きみは必ず後悔する』

「……俺は……」

 

 

 ハーヴェイの厳しい言葉に、リオンは沈黙した。

 もはや彼が、この国の政治から逃げることはできない。彼自身が現状維持を望んでも、待ち受けるのは停滞と腐敗だけだ。そして同時に、多くの有力貴族たちがそれを打開するべく行動を始めている。このまま座して待っていても、誰かが彼の頭を抑えつけて言うことを聞かせようとしてくるだろう。

 ならばその権力を逆に利用しなければ、彼は本懐を果たせない。大切な人を護るために、自ら泥の中に足を踏み入れる覚悟を持たなければならない。

 

 

『苦しい決断を強いている自覚はある。きみの双肩に、この国の未来が懸かっていると言っても過言ではない。一歩間違えれば、多くの犠牲が生じる。

 ――だからこそ、迷う必要はない。きみの決断ならば、僕はそれを全力で支持する。Ms.レッドグレイブやMs.オリヴィアも、きみの支えとなるだろう』

「あたしも支えてあげるよ」

「もちろん、あたしやアデル様も~」

 

 

 ハーヴェイの言葉、そしてノエルとケイトの後押しに、リオンはいよいよ逃げ場を奪われた。大切な人たちが支えてくれるのなら、それを信じて進むしかない。

 

 

「――……そっか。じゃあ、ちょっと気合入れてみるかな」

『それは重畳。――それでは、少し悪知恵を分けてあげようか』

「へ?」

 

 

 無機質な無表情から一転、にっとあくどい笑みを浮かべたハーヴェイに、リオンは思わず間抜け声を上げた。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 週末。学園併設の闘技場は、いつかのように賑わっていた。学園の生徒だけでなく、OBOGや無関係な野次馬まで集まっている。

 

 

()()はどうなるかな」

「まぁ、リオンの勝ちだろ」

「アルゼルまで倒してきた“外道騎士”だもんな。フレーザーの坊ちゃんじゃ無理だろ」

「今度こそ儲けるぞ」

「一年の時は酷い目に遭ったからな」

「あの時の負け分を取り戻してやるぜ」

 

 

 目的はもちろん、()()の決闘――正確には、その勝敗を巡って行われる決闘賭博だ。今回は、なかなか珍しい対戦カードが出来上がった。

 まず前哨戦は、エリヤ・ラファ・フレーザーとリオン・フォウ・バルトファルト。こちらはほぼ勝敗が決まっていると言っても過言ではなく、ほとんどの生徒がリオンに賭けていた。何しろ決闘どころか、数々の戦争を勝ち抜いた“外道騎士”だ、大抵の生徒ではまず勝負にならない。それでも賭博自体は成立していることの奇妙さに、違和感を覚えている者は少ない。リオンの乗機アロガンツが見れるということでやってきた観客も多い。

 論じるとすれば、その次の本命――王太子ジェイク・ラファ・ホルファートと冒険者アーロンの勝負だろう。

 

 

「本番はジェイク殿下とアーロンだな。お前ら、どっちに賭けた?」

「ジェイク殿下で決まりだろ。いくら冒険者だからって、王太子と勝負できるわけねぇよ」

「いーや、俺はアーロンに賭けたね」

「マジかよ。お前正気か?」

「でもあの“殺戮人形の一番弟子”だぜ? 悩むところだよな」

「やっぱり、決闘賭博はこうでなくちゃな」

 

 

 賭博に狂う者には二種類がある。一つは射幸心に囚われ、躍起になって勝利と報酬を求める者。そしてもう一つが、不確定な未来を見通し己の勘を尖らせる、『賭ける』という行為そのものに緊張と興奮を覚える者だ。本質的には大差ない連中であり、それぞれの楽しみ方で他人の命と尊厳を懸けた決闘を見物するのだから、何とも不道徳な話である。

 

 

「……学習しないお莫迦さんたちが次々と……」

「もう見慣れました」

 

 

 そんな野次馬を傍目に眺めながら、アデルとケイトは大きなため息を吐いた。裏側の事情を知っている二人としては、リオンの恣意によって操作される未来に大金を託す連中の気が知れない。

 ひとつ問題があるとすれば、その『リオンの恣意』が二人にも分からないことだ。

 

 

「それより、Mr.はどうするの? 真面目に戦って、倒しちゃうつもりかしら」

『さてさて。どうするのだろうな』

「……貴方も意地が悪くなったわね。どうせ答えを知ってるくせに」

『さあ? 戦うのも、決断するのもMr.次第だ。僕たちは、それを見届けることしかできない』

 

 

 隣で空とぼけるハーヴェイに、アデルは再びため息を吐いた。リオンと交流している間に、含みのある意地悪な物言いが増えてしまった。昔は素直で可愛げのある坊やだったのに……と不満を述べる資格が彼女にあるのか、どうか。なおこの無機質な鉄面皮から、『素直で可愛げのある坊や』を見出せるのは彼女くらいのものである。

 眼下の闘技場では、リオンの駆るアロガンツとエリヤの駆る魔導鎧が対峙していた。侯爵家らしい特注品であり、学園制式のAC中量二脚:CHRYSLERに引けを取らないが――つまり、リオンのアロガンツには到底敵わないということだ。

 

 

『エリヤ君。逃げずに俺の前に出てきたことは褒めてやる』

『――逃げるもんか』

『気持ちだけは褒めてやる。だけど、世の中には無理なこともあるんだよ』

 

 

 エリヤの意気込んだ言葉に、リオンは冷たく吐き捨てた。その声音からは、冷酷な見下しだけが窺える。そんなリオンに怯まず、エリヤの鎧はぐっとブレードを握りしめていた。

 

 

『では――開始!』

 

 

 審判スターク教諭の宣言に、最初に動いたのはエリヤだった。迷いなき吶喊とともにブレードを振り上げ、見上げるような巨躯のアロガンツに向かって振りかぶる。

 

 

(いい踏み込みだ。鍛えているというのも、嘘じゃないらしい)

 

 

 残念ながらその一撃は、強烈なバックブースト一つで躱されてしまったが、へこたれることなく敢然と攻めていくその姿は、さながら騎士道物語(ロマンス)の主人公のようだった。

 

 

『おら、どうした!?』

 

 

 そんなエリヤを容赦なく蹴飛ばし、アロガンツはコンテナからブレードを取り出した。挑戦者に容赦なく牙を剥くその姿は、さながら騎士道物語(ロマンス)の魔王のようだった。

 

 

『そんなことでエリカが手に入ると思うなよ!』

 

 

 闘技場に、リオンの威圧が響き渡った。

 ただの騎士道物語(ロマンス)なら、主人公が魔王を斃してハッピーエンドだ。この現実は、どうか。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

「伯父さん、もう止めてよ。こんなの酷いよ。エリヤの面子を潰さないって言ってくれたのに、これじゃ逆だよ」

 

 

 眼下の闘技場で繰り広げられる戦い――もはや対等な戦いとも呼べない。一方的な蹂躙だった――に、エリカは胸が張り裂けそうな思いだった。傍らのマリエも、掛ける言葉が見つからなかった。

 その様子を横目に見ながら、アデルはぽつりと零した。

 

 

「……酷い絵面ね」

『そうだな』

 

 

 闘技場では、エリヤの鎧がぼろぼろに砕けながら、必死にアロガンツに突撃を繰り返している。そしてその度にリオンの反撃に遭い、突き飛ばされを繰り返している。

 

 

『弱いぞ、一年! 上級生を舐めすぎじゃないか? 決闘を挑んでおいて、一撃も入れられないなんて情けないぞ!』

『ま、まだまだぁ!』

『どうしたよ! そんなゴミ屑みたいな実力で、本当に俺に勝てると思っていたのか!』

 

 

 すでに片腕が破損して脱落し、もう片腕でやっとブレードを握りしめている状態だ。対するアロガンツは、未だ無傷。この蹂躙劇の結末は、誰が見ても明らかだった。

 

 

「――……ラーファンから、エリカ様とエリヤの様子について聞いたわ」

 

 

 その様子を見ながら、アデルがふと語り始めた。

 

 

「あのエリヤも、当初は甘ったれなお子様だったらしいわね。それこそ、“ゲーム”の悪役として相応しいほどに」

「え、でも……」

「“シナリオ”ではそのまま、小間使いとして使っていたみたいだけれど――この現実では、フレーザー領の未来の領主として、エリカ様が色々と助言したみたい」

 

 

 想い人(エリカ)への盲従ぶりに付け込む形ではないが、彼はそれをみるみるうちに吸収していった。その結果が、あれだ。必死で勉学に励み、拙いながらも魔導鎧の操縦を覚え、恐ろしい敵へ果敢に挑んでいる。

 

 

『勝てなくても! ――勝てなくても、僕は挑むしかないんだ! どうしようもないって分かっているんだ。分かっていても、我慢できないから!!』

『“勝てないけど挑みます”だぁ? 誰の同情が欲しいんだ、莫迦莫迦しい!』

 

 

 絞り出すような声とともに、エリヤは必死に挑んでいる。勝ち目のない戦いに、血を吐くような思いで挑んでいる。何度も捩じ伏せられ、何度も突き飛ばされようと。

 

 

「婚約破棄の時も、彼女たちは面会が許されなかったらしいわ」

「そんな……」

「“会っても辛いだけ”――そんな気遣いが、ミレーヌ様にあったのかどうかは知らないけどね」

 

 

 この国のため。そしてエリカのため――そう思っての決断なのは間違いないだろう。それが解っているからこそ、エリカも逆らわなかったのだ。

 眼下で繰り広げられる蹂躙劇に、それを苦しげに見つめるエリカの横顔に、ケイトは堪らず口を開いた。

 

 

「……エリカ様は……それに納得してるんですか? エリヤ様の方が、本当は良かったんじゃないですか?」

「どうかしらね。政治とは、とかく思い通りにいかないものだから。ミレーヌ様が最良と思い、エリカ様がそれに従ったのなら、それ以上のことは分からないわ」

「でも……」

「少なくとも、彼女は否と言わなかった。傍目には、それが全てよ。“隠された本音”なんか、誰にも分からないわ」

 

 

 言葉にしなくても、行動に移さなくても、周りが解ってくれる――そんなものは幻想だ。見えてくるものから、形になったものから、その意図を推察し、よかれと思って行動に移すことしかできない。誰にも明かされない秘められた思いは、秘められたまま。どこかに届けなければ、誰にも分からないままだ。

 エリカの様子を横目に見ながら、ハーヴェイはじじっと機械音声を鳴らした。

 

 

『――覚悟が必要なのは、彼女の方なのかも知れないな』

「……覚悟、ねぇ……」

 

 

 自らの望む未来のために、声を上げること。そんな勇気が求められているのは、エリカなのかも知れない。

 

 

『自分の幸せのために、誰かを踏みつけにすること。自分の望みのために、誰かに不都合を押し付けること。その咎を受け止めること。

 ――本当に勇気が必要なのは、エリカ様なのかも知れない』

 

 

 何も変わらないかも知れない。何か変わるかも知れない。動かなくとも見えているものはあるだろうが、結局動いてみなければ結果は得られない。

 三人が見つめる前で、エリヤが本日何度目かの突き飛ばしを受け、盛大に倒れた。

 

 

『――エリカ様、元婚約者は情けない男でしたな』

 

 

 その無様な姿へ、リオンがこれ見よがしにブレードを突き付けた。もはやエリヤから目を離し、観客席のエリカに見せつけるように。

 

 

『こんな不細工と縁が切れて良かったでしょう?』

 

 

 観衆の視線が、アロガンツの視線の先――エリカに集中した。沈黙に包まれた観客席の中、エリカは自分の中で、何かがぷつりと切れる音を聞いた。

 

 

「――……ない」

『はい?』

「エリヤは情けなくない!」

 

 

 エリカは衝動のまま叫んだ。王国の安泰、()()の決断、民衆の未来――そんなものは、頭から全部吹き飛んだ。

 巨大な黒機の奥底で、リオンがどんな表情を浮かべているかなど、まるで思慮に至らなかった。

 

 

 

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