『どこが? 落ち目のフレーザー家の跡取りです。エリカ様も結婚せずに済んで良かったのでは? 実は安堵してらっしゃるんでしょう?』
「関係ありません! 私は側でエリヤを見てきて、この方に嫁げるのを幸運だと思っていました! 情けないという言葉、取り消してください!」
「……エリカ」
鎧の中で、エリヤは顔を上げた。悪鬼羅刹のようなリオンに向かって、堂々と声を張るエリカの姿を見て、彼は再び操縦桿を握りしめた。
『そいつは結構。口だけなら何とでも言えますよ』
「えぇ、そうです! 私は――私は、エリヤを愛していました! 今の貴方よりも、エリヤは立派な男性です!」
『そりゃどうも。そこまで言われたら、こいつも男冥利に尽きるってもんですね』
エリカの事実上の侮蔑に対しても、リオンは屁でもないかのような言葉を返す。そんなやり取りは半分も聞こえていないエリヤは、ただエリカの言葉だけで気合を取り戻した。
「僕は、エリカにちゃんと――」
言わなければならない。応えなければならない。それこそ、彼女から教えてもらった大切なことだから。
『――僕も愛しています。ずっと、愛し続けます! エリカ様をお慕い申し上げています!』
エリヤの渾身の叫びが、広い闘技場に木霊した。野次を飛ばす観衆はいなかった。中には感極まって涙を流す観衆もいた。
一方、リオンはと言えば――
『あぁ、そう』
『だ か ら ど う し た ァ !!』
アロガンツのブーストキックが、エリヤの鎧を思い切り突き飛ばした。
『ぐっ!!』
「――な、」
「…………あ、兄貴……?」
それに唖然としたのは、エリカやマリエだけではない。何も知らない観衆も同じだった。
え、嘘でしょ? これ、感動して手心を加える流れじゃなかった? そんな感動的なシーンじゃなかった?
――それを突き崩すのが、安心安定の“外道騎士”クオリティである。
『真実の愛ってやつですか、たいそう素晴らしいですね! ――それがどうした莫迦莫迦しい!!
これは決闘だ! 互いの命と誇りを懸けて、“お前をブチ殺さなきゃ生きていけない”っていう意地の張り合いなんだよ!
いよいよ開き直ったリオンは、先程よりいっそう苛烈にエリヤを攻め立てた。まさにここからが本番、と言わんばかりに。
『お前もお前で何なんだ!? なぁーにが“勝てないけど挑みます”だ、幼稚園児じゃないんだぞ!』
がりがりとブレードの鍔迫り合いを演じながら、リオンは思い切り叫んだ。
『できるかどうかも、やっていいかどうかも関係ない! とにかく“こうすれば勝てる”って勝ち筋を、一つくらい考えて持ってこい! 勝たなくていい戦いなんか、この世のどこにも無いんだよ! 甘ったれんな!!』
ブレードを振るい、ブーストを噴かせ、拳を突き出しながら、リオンは吼えた。
やるからには勝つ、それがリオンの信条だ。そのために八方策を巡らせ、勝ち筋を考えるところから勝負は始まっている。泣き落としで勝ちを譲ってもらおうなど百年早い。それこそ、男のやることではない!
『どうしたクソガキ! 少しは踏ん張れ!』
『う、うおおおお!!』
リオンの熱量に圧倒され、エリヤは勢いのままブレードを振るった。遮二無二振るわれた一撃が、かぁんと音を立ててアロガンツの装甲を叩いた。それを最後に、エリヤの鎧は限界を迎え、べしゃりと
そんなエリヤを、リオンは冷たく見下ろした。
『――ここまでして、ようやく一撃か』
『……はい』
リオンの冷たい言葉を、エリヤは否定しなかった。
ようやく当てた一撃も、装甲に弾かれてお仕舞い。これで、いよいよ結末は決まった。
『惨めだな。
『……はい。これが、僕の全力です』
鎧の中で、エリヤは涙に濡れていた。涙と鼻水でべしょべしょに汚れながら、しかしそれがマイクに乗らなかったことは、唯一の幸運と言っていいかも知れない。
『リオン様――お願いです。あの子を幸せにしてください。お願いします。お願い――します』
そして、エリヤがついに降参を告げようとしたその時――
『審判。俺の負けだ』
先手を取ったのは、リオンだった。
『……は?』
『ば、バルトファルト君――?』
『俺の負けだ。一撃も受けずに勝つつもりだった。でも、こいつは一撃入れてみせた。だから、この勝負は俺の負け』
『――しょ……勝者、エリヤ・ラファ・フレーザー!』
有無を言わさぬリオンの言葉に、審判のスターク教諭が戸惑いながらも終了宣言を下す。
さらに戸惑ったのは、何も知らない観衆だ。
「……は?」
「え?」
「どういうこと?」
どう考えてもリオンの優勢だった。まず間違いなくエリヤの勝利はあり得なかった。それが、リオンの降参? あの“外道騎士”が?
ざわざわと戸惑いの声を上げる観衆に向けて、リオンはがぱりとアロガンツの胸部ハッチを開くと、その手に握った青札の束を見せた。決闘賭博の札――エリヤの勝利に賭け金を払った証だ。
『えー、俺に賭けて、見事に負けた諸君! 二人の新しい門出のご祝儀、ゴチになりまーす!』
――そう、エリヤの勝利に大金を賭け、決闘賭博を煽った張本人だったのだ。
その事実を理解した観衆は、あっという間に怒りに染まり、闘技場に向けて赤札を投げつけた。
「ふざけんなー!!」
「金返せ!!」
「こんなの無効だ!!」
『これに懲りたら、賭博からは足を洗うんだな! お前ら本当に才能ないよ!』
「卑怯者!!」
「やっぱりリオンはリオンじゃないか!」
「このインチキ野郎!」
『HAHAHA、今頃気付いたのか莫迦共が!』
ここぞとばかりに罵声を浴びせる観衆に対し、リオンはげらげらと嘲笑った。八百長どころではない、無法極まりない話である。
そこで狙いすましたかのように、聞き覚えのある声が混ざり始めた。
「あんな奴にエリカ様が嫁がなくて良かった!」
「まったくだ!」
「エリカ様に相応しいのはバルトファルトじゃない!」
観客席に五莫迦が紛れ、これ見よがしにリオンを貶める言葉を叫ぶ。すると案の定、何も知らない群衆はそれに同調し始めた。
――要するに、出来レースだったのだ。全てはエリカの本音を引き出し、エリヤと結びつけるための。
「……予定通り?」
『上々だよ。それにしても、彼もよく楽しんだな』
がやがやと大騒ぎする観客席の中で、すっかり呆れた様子のアデルに対し、ハーヴェイは満足げに肯定を返した。
アロガンツの容貌も相まって、悪役の方がよく似合う――というのは、失礼な評価だろうか。
◇ ◇ ◇
『逃げずに出てきたのは褒めてやろう!』
『そっくりそのまま返してやるぜ、ボンボン!』
十分ほど後。大荒れの観客席に囲まれた闘技場の中央で、ジェイクの魔導鎧とアーロンのACが対面していた。
「……この空気の後で、よくもまぁ熱中できるわね……」
「冒険者って分かんないですねー」
それを見下ろしながら、アデルとケイトは大きなため息を吐いた。
リオンの奸計によって大多数の予想が盛大に裏切られ、大負けが確定している者もいる。そんなことは全く関係ないとばかりに熱量を保つことができるのは、一体何がそうさせるのだろう。あまり知りたくない何かだった。
『で、では――開始!』
『オラぁ――!』
『このぉ――!』
審判の合図と同時に、ジェイクとアーロンは勢いよく衝突した。そのまま大激戦が始まり、観衆もその熱に呑み込まれるように騒ぎ出す。半ばヤケクソの者もいるようだった。
「……それで? 前座からたっぷり楽しんだお師匠様としては、彼をどう見てあげるの?」
もはやツッコミを放棄したアデルは、せいぜい試合観戦を楽しむべく、傍らのハーヴェイに解説を求めた。
『――腕は上げた。だが、まだまだだな』
一人だけ満足げな彼は、しかし眼下の試合から決して目を離さず、アーロンの腕前を観察している。魔導鎧素人のアデルやケイトには拮抗した勝負に見えるが、歴戦のハーヴェイから見るとまた異なる評価があるらしい。
『勢い任せの踏み込みで、間合いが乱れている』
ブーストとともに勢いよくブレードを振りかぶり、勢いのまま突撃するアーロン。
“
『射撃反動の管理が甘い。マシンガンの銃口がブレて、狙いが定まってない』
ジェイクの反転攻勢を退けつつ、飛び退きながらマシンガンを乱射するアーロン。
彼が装備している軽マシンガンは、口径こそ小さく一発一発の反動も小さいが、その高い連射性ゆえに射撃反動が蓄積されやすく、銃口がブレて弾道が狂いやすくなる。そもマシンガンとは、威力と射撃精度を二の次に、連射性と制圧能力を高めた武装であり、あのように中距離から乱雑にばら撒くのには向いていない。牽制にしても、口径ゆえに脅威度が低すぎてあまり意味をなしてない。
『回避運動が雑。きちんと射線切りができていない』
ジェイクが起動した両肩のチェインガンに対し、咄嗟にサイドブーストを噴かせるアーロン。
ほとんどの魔導鎧に採用されている
『うぉぉ――!』
『くっ……!』
辛辣な評価を下されるアーロンの戦いぶりだが、しかし明確な形勢不利には至らず、眼下の二機は激戦を繰り広げていた。むしろ相手の攻撃に臆しないアーロンの猛攻は、ジェイクの気勢を削いでいるようだ。これこそ数値だけでは見通せない、生身の人間だけが織り成せる試合の面白さ――と評するべきか、どうか。
銃弾と鋼鉄が飛び交う戦場は、しかし確実に終わりへと向かう。やがてアーロンのブレードがジェイクの腕部を関節ごと斬り落とし、がっくりと膝をつかせた。
『しょ――勝者、アーロン!』
『よっしゃあぁぁ――!!』
下手に長引かせると後が怖い――そんなスターク教諭の判断により、即座に試合終了の宣言が下される。アーロンの大叫喚とともに、観客の一部から歓声が上がり、また一部から悲鳴が上がった。
「……勝ったけど?」
『加点評価なら80点。減点評価なら40点だな』
「辛口ですねぇ」
不本意ながらも師匠面が板についてきたハーヴェイの言葉に、二人は呆れてため息を吐くことしかできなかった。
「そもそも、勝っていい勝負なの?」
『……やるからには勝つしかない、それが決闘だ。あとは、その埋め合わせを何とかしなければ……』
「それもMr.に押し付けるとか言い出さないわよね?」
ジト目で睨むアデルの言葉に、ハーヴェイもようやく苦しい表情を見せ始めた。
お互い、問題は山積みだ。なるべく支障をきたさないよう、手早く動かなくてはならない。
◇ ◇ ◇
その後、リオンの私室にて。ハーヴェイらがやってきたころには、彼は三人の婚約者に詰め寄られている状態だった。
『やあ、Mr.。――その分だと、こってり絞られたようだね』
「スピアリング!!」
「ハーヴェイさん!!」
相変わらず呑気な様子で声を掛けるハーヴェイに、アンジェリカとオリヴィアが目を剥く。ノエルもいち早く詰め寄った。
「あんた、何考えてんの!? あんなの明らかにやり過ぎよ! これじゃリオンが本当に悪者みたいになっちゃったじゃない!」
「あーあ、やっぱりハーヴェイの入れ知恵だったのね……」
『Ms.ノエル、僕の記憶に誤りがなければ、最初の提案を挙げたのはきみだったはずだ。残念ながら、あれこそがきみの描いた絵図だよ』
「あたしはもっと軽いのを想像してたのに!!」
白々しい台詞を並べるハーヴェイに、ノエルは思わず掴みかかりそうになった。自分の愛する人が、あんな衆人環視の中で悪者扱いされるのは我慢がならない。
『でも、楽しかっただろう? 随分とノリノリだったじゃないか』
「ぶっちゃけ超スッキリしました」
『それは何より』
「何よりじゃありません!!」
その一方、あまり反省していないらしいリオンも乗っかり、オリヴィアの叱責を食らっていた。彼もなかなか神経の図太い人間である。
『それで――Mr.。覚悟は決まったのだね?』
「はい。ちょっと無茶はしますけど、何とかします」
『そうか。では、今後のことを話そうか』
ハーヴェイの言葉に、一同はきりと表情を変えた。
これはリオンの決意表明だ。誰に使われることもなく、彼自身の望むがままに生きるための。
「王権簒奪にも手を貸さない。だが、王家にも必要以上に近付かない。エリカ様のフレーザー家への嫁入りを全力で支援しつつ、立場を王国寄りに見せる。現王家への反逆は、これを全て抑えつける。……本当に、これでいいんだな?」
アンジェリカの確認に、リオンは深く頷いた。
「これからは私の実家も頼れない。王妃様も手を貸さない。我々だけでこの状況を切り抜けることになるな」
『スピアリング本家も表立っては動けない。きみたちの手札にあるのは、殺し以外に経験のない
――さあ、政治屋のお手並み拝見といこうか』
ハーヴェイの挑戦的な言葉に、アンジェリカはにっと笑みを浮かべた。『政治屋』に生まれた娘として、どこか楽しそうだった。
「まずは、エリカ様とエリヤの婚約を復活させる。実は、もう許可を得ているんだ」
何しろこの国の主権者だ。こと強権という意味では、これ以上のものはない。
◇ ◇ ◇
数日後。リオンたちの独自の動きは、スピアリング家本邸にて当主ダグラスらにも知るところとなった。
「何をしているのだ、あの小僧共は……」
「一歩間違えれば、王国全体が崩壊しかねませんね」
「ただでさえ、“淑女の森”の残党共が掻き乱しているというのに……」
渋い表情を浮かべるダグラスの言葉を、長男クリフトンも否定できなかった。
リオン・フォウ・バルトファルト侯爵の影響力は、すでにスピアリング家をも凌駕し始めている。もはや彼の一挙手一投足が、この国を左右していると言っても過言ではない。だというのに、当のリオンが政治ゲームに自ら混ざるような動きを見せられては、ただでさえ難局にあるこの国の情勢がさらに複雑になってしまうではないか。傍にいるはずのハーヴェイは、一体何をしている?
「――ダグラス閣下! クリフ! ちょっと話がある!」
そんな折、執務室の扉がだぁんと大きく開かれた。
「……アギラル教授。そろそろノックを覚えていただきたい」
「んもー閣下は相変わらず頭が固いなァ! 大した用事じゃないのだよ、大目に見てくれたまえ!」
一段と顔をしかめたダグラスに対し、声の主ことアギラル教授はいつもの調子で聞き流した。さもありなん、このスピアリング家でこれだけの無礼を働けるのは、氏を措いて他にいない。
それにしても、急に何事だろうか。いかに自由奔放なアギラル教授とはいえ、ここまで無礼に振舞うことは決して多くない。
「それで、何か御用ですか?」
「うむ! 実は王立研究所の定期査定がそろそろでね! ついこちらの研究に没頭してしまって、次を逃すと在籍資格を剥奪されかねないのだよ!」
「拙いではありませんか」
「まぁ私にかかれば大したことはない! しばらく留守にするが、ちゃちゃっと論文を書いて通してくるので、少し待っていてくれたまえ! では!」
「ちょっと待って下さい、“
「済ませてあるともー!」
クリフトンの追跡に構わず、アギラル教授はひらひらと手を振りながら足早に執務室を立ち去った。嵐のような人物は、去る時も嵐の後のような静けさを残した。
「……どう思います」
「大方、またハーヴェイ絡みだろうな」
クリフトンの問いに、ダグラスはため息を吐きながら答えた。
定期査定も嘘ではあるまい。が、普段なら「このスピアリング邸にいても片付く」と片手間に処理することだろう。口実を付けて離れる以上、何か別の用件があるに違いない。
「今回の件に協力すると?」
「教授一人では大した政治力がない。また別件だろう。
……まったく、好き放題に動きおって。反抗期か……?」
「では、喜ぶべきところですね。ハーヴェイには、ずっと家の都合を押し付け続けてきましたから」
「そう悪し様に言うな。いよいよ止める理由が無くなってしまうではないか」
クリフトンの言葉に、ダグラスはいよいよ眉間の皺を深くした。これも、我が子の成長に悩む親の贅沢と言ってもよいものか。