鋼鉄の牙、乙女の幻想   作:竹河参号

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08.淀む底流

 時間を遡り、アーロンとジェイクの決闘直後。

 

 

「殿下! ご無事ですか!」

「くそっ! この私が――!」

 

 

 損傷した魔導鎧から救助されたジェイクは、控室でオスカルの介抱を受けながら、悔しそうに己の膝を叩いた。

 そこにやってきたのは、ハーヴェイら――今回はアーロンを連れている。

 

 

「どうだ、王太子サマよ! これがハーヴェイ兄貴の一番弟子の実力だ!」

「貴様ぁ――!」

 

 

 アーロンの居丈高な物言いに、ジェイクは思わずいきり立った。勝負に負けたのも悔しいし、それを煽られるのはさらに悔しい。

 

 

「これに懲りたら――あでっ!?」

『調子に乗らない。そもそも勝敗以前の不敬だということを忘れるな』

 

 

 そんな有頂天なアーロンの頭を、ハーヴェイが容赦なく引っ叩いた。そのまま髪の毛を掴み、強引に頭を下げさせる。

 

 

『この度は、誠に申し訳ありませんでした。これの監督者として、心からお詫び申し上げます』

「うぐっ」

 

 

 体格に劣るハーヴェイに強引に押さえつけられ、アーロンは窮屈そうに頭を下げさせられた。その不快そうな様子が、対手であるジェイクの溜飲を下げさせるに足るか、どうか。

 果たして――果たして? ジェイクは二人の姿を見せられ、それ以上言葉を荒げなかった。

 

 

「――許す。先の無礼は、なかったことにする」

『あ――ありがとうございます。心より感謝いたします』

「だが!」

 

 

 しかし、鋭く叫んだジェイクの瞳には、未だ戦意がみなぎっていた。

 

 

「このまま男として、戦士として負けっぱなしでは終われない! それこそ王太子の名折れだ!」

『えっ』

「故に――冒険者アーロン! 貴様に再戦を申し込む!」

「いいぜ、そう来なくちゃな!」

「その次は貴様だ、スピアリング! 貴様たちを打ち倒し――私は、“学園最強の王太子”となってみせる!!」

 

 

 気勢を取り戻したジェイクは、アーロンに向かってびしりと指を向け、毅然と叫んだ。ちゃっかりハーヴェイの手から逃れ姿勢を戻したアーロンも、待ってましたとばかりに応答する。

 もはや二人の熱を止められる者はいなかった。ジェイクを諫めるべきオスカルはと言えば、「さすがです殿下!」とよく分からない盛り上げ方をしている。

 

 

「……“学園最強の王太子”って、何です?」

「どこかで見たわよ、この光景」

『これも僕が悪いのか!?』

 

 

 誰が悪いかと言われれば、いささか判断に困るところだが――誰が責任を取るべきかと言われれば、やはりハーヴェイ以外にはいまい。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 結局、アーロンとジェイクの再戦は、翌週末に決まった。

 

 

「結局あれ、どうするんだ」

『どうするもこうするも……』

 

 

 謎の熱気で盛り上がる二人を眺めながら、フィンがハーヴェイにツッコんだ。

 余人の立場なら「王国って変わっているんだな」で片付くところだろうが、フィンにはそうできない事情がある。“シナリオ”でミアの相手役となる以上、このまま決闘ごっこに熱中させているわけにはいかないのだ。見かねたアデルが、助け舟を出した。

 

 

「根本的な問題として、今のジェイク王太子やその腹心のオスカルを、そのままくっつかせるわけにはいかないのよ。普通の恋愛物語と違ってね。

 “互いの身分に引き裂かれる悲劇的な恋”も、ただの演劇ならドラマチックでしょうけれど……貴方がたの都合として、それは容認できないでしょう?」

「そ、それはもちろん」

 

 

 アデルの悪し様な言いように、フィンは力強く頷いた。悲劇は所詮悲劇、創作として楽しむから良いのであって、現実に――それも大事な妹分に味わわせるわけにはいかない。

 

 

「それでも特定の相手から選ぼうとするのは、“シナリオ”に沿わせたいからでしょう?

 でも幸か不幸か、“三作目のラスボス”とやらは事前に撃破したわ。だったら、さして重要視する必要はないんじゃなくって?」

「でも、そうじゃないとミアの体調が……」

「それは別次元で考えた方がいいんじゃないか?」

 

 

 食い下がるフィンに対し、リオンが指摘を入れた。“ゲーム”としての展開と、ミアの体調。話が繋がっているようで繋がっていない。

 

 

「わ、悪いが俺は知らないぞ。妹の話を聞いていた程度だ。詳しいことは知らない。皇帝の爺さんも知らないからこそ、俺たちを王国に留学させたんだからな」

「と、なると、他に“三作目”を知っている人間……」

 

 

 思い当たる人物は一人しかいない。一同は、その人物の許へ向かった。

 

 

「え? 私はプレイしたけど、クリアはしていないわよ」

 

 

 が、その人物――マリエは、とんでもないことを口にした。

 

 

「いや、買うには買ったんだけど、最後までプレイしていないのよ。後半は動画でプレイ動画を見ただけ」

「貴女肝心な時ばかり使えないわね!!」

「うるさいわね!」

 

 

 珍しく声を荒げるアデルのツッコミに、マリエが怒鳴り返した。これでもリオンに“三作目”の情報を提供し、対価に小遣いやら何やらをせびったふてぶてしい女である。

 

 

「な、なら、ミアに関する重要なイベントを覚えていませんか? どんな些細なことでもいいんです」

「そう言われても、もう随分前の話だからね。え~と、確か――ダンジョンに入ると元気になる設定だったわね」

「そう、それです! ほ、他には?」

 

 

 腕を組み、う~んと唸りながら呟いたマリエの情報に、フィンが必死になって食いつく。

 

 

『――待て、ダンジョンだと?』

 

 

 ところが、そこにハーヴェイが噛み付いた。

 

 

『どうしてダンジョンで復調なんてことが起こる』

「私も覚えてないわよ。ただダンジョンに行ったら元気になってたってだけ」

「なんでもいいだろ、それでミアが回復するなら――」

『良くないから言っている!』

 

 

 マリエとフィンの言葉を遮り、ハーヴェイは機械音声を鋭く響かせた。

 ダンジョンで体調が回復する? そんな話は聞いたことがない。()()()()()()()()()()

 

 

『ダンジョンに高濃度で滞留する“魔素”は、女児向けの戯作に用いられる便利設定などではない。中毒症状を引き起こす潜在的な危険物質だ。そんな環境で元気になる? どう考えても(おか)しいだろう』

「そ、そうは言っても、私は魔素の正体なんて知らないし、元気になる理屈だって知らないわよ!」

『ならばますます怪しいだろう。魔素中毒でラリっているだけだったらどうするつもりだ』

「だからそんなことまで覚えてないってば!」

「お、おい、落ち着けって」

 

 

 責め立てるような物言いに、マリエも思わず声を荒げて言い返す。必死になっていたフィンが、思わず冷静さを取り戻して二人を抑えた。

 

 

「どうせゲームの設定と現実は違うんだし、試すだけ試せばいいじゃない!」

『それで容体が悪化したらどうする!?』

「知らないわよ! そもそも体調を崩した理由も分からないのに、予測なんてできるわけないでしょ!?」

『そういういい加減な見通しで、何度事態を悪化させたと思っているんだ!』

「いまさら文句言わないでよ! 知ってることから順番に試すしかないでしょ!?」

「だから落ち着けって、二人とも!」

 

 

 余人の介入を許さず、どんどんヒートアップしていく二人のやり取り。何がハーヴェイの逆鱗に触れたのか、周囲も困惑するばかりだ。

 そこに割り込むように、一つの人影が姿を現した。

 

 

「――私が知っています」

 

 

 ホルファート王国第一王女、悪役王女(エリカ)だった。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 数日後。

 

 

「――というわけで、ミアちゃんの体調については問題ないみたいです」

『何が“というわけで”なんだい』

 

 

 けろりとした顔で言い放つリオンの説明に、ハーヴェイはツッコんだ。

 一年次には、『冒険者研修』と称して王都近郊のダンジョンに入る授業がある。潜るとしてもせいぜい二層程度なので、そこでミアの調子をテストする――という予定だったのだが、リオンはその日のうちに情報を持ってきた。これでも侯爵閣下である。

 

 

「一年生の冒険者研修って、今日の話ですよね? 何でMr.がもう知ってるんです?」

「あ。そういえば貴方、授業サボってたわね。さてはこのために?」

『いくら何でも、過保護ではないかな……』

 

 

 冒険者研修には当然、エリカも参加する。その身辺警護のため、ルクシオンを連れてモンスターを掃討してきたのだとか。これでも侯爵閣下である。

 

 

「結果オーライってやつですよ。エリカをダンジョンに近付けられないことも判明したし」

『……確かに、探索計画に重要な要素が判明したことは、幸運かもしれないが……』

 

 

 あくまで開き直るリオンに対し、ハーヴェイらが言えることはもうなかった。

 第五層で行動不能になるほどの体調不良。加えて、モンスターに積極的に狙われるという異常体質。付け加えると、ミアと揃って方向音痴。まかり間違っても単独行動をさせるわけにはいかない。

 

 

『……それにしても、エリカ様の容態か……』

「話を聞いてる限り、魔素中毒の前兆が生じてるようね」

 

 

 ともかく、ハーヴェイらの思考はエリカの容態に移行した。現在も後遺症が残っており、医務室で臥せっているらしい。

 

 

「何か、良くないことがあるんです?」

『――“転生者”と“旧人類”、そしてその魔素耐性についての問題だ』

 

 

 ケイトの問いに、ハーヴェイとアデルは渋い表情を浮かべた。

 

 

「魔素に適応できなかった旧人類、その末裔――それが魔素への耐性の無さに繋がっているのは理解できるわ。でも、それがどうして前世(ゼンセ)の記憶と関係するの?

 同じ条件のMr.やラーファン、それにハーヴェイとはどう変わるの? 彼女だけ極端に劣る理由は? ……そういう諸々を考え出すと、まだ何か裏があるんじゃないかと勘繰ってしまうのよ」

【そうね。“聖樹”のお陰でせっかく体調が良くなってたっていうのに、困っちゃうわ】

『……何だと?』

 

 

 そこに割り込んできたクレアーレの言葉に、ハーヴェイは目を剥いた。

 

 

【あら、そういえば貴方たちには話していなかったっけ。

 共和国の“聖樹”が暴れた時、かなりの魔素を吸い込んだみたいなのよね。そのせいで大気中の魔素が極端に少なくなって、体への負担が小さくなったみたい】

「これだけ離れてるのに、そんなに顕著な影響が出てるの……?」

「どんだけヤバい樹だったんすかアレ……」

 

 

 クレアーレの報告に、アデルとケイトは呆れた。それ以外の情動が見つからなかった。

 “聖樹”には、魔素の結晶化を促進する機能があった。大陸を七つ繋ぐほどの巨大さであれば、その効果は絶大だろう。思い返せば、確かに条理を覆す大戦だった。その裏に大規模な魔素吸収があったと考えれば、説明がつかないこともない。

 

 

【あ、そうそう。アルカディアの所在地が分かったわ】

「――“あ、そうそう”なんて軽いノリで言っていい話じゃないでしょ!?」

「めっちゃ大事な話!!」

 

 

 まるで天気予報のようなノリで話題を変えるクレアーレに、二人は勢いよくツッコんだ。何も知らないリオンだけが、頭に疑問符を浮かべている。

 

 

「何の話ですか?」

『イデアルが遺した“アルカディア”という情報について、ルクシオンとクレアーレに調べてもらっていたんだよ。どうやら新人類の兵器らしい』

「おい大事な話じゃないか! 何で俺を除け者にするんだよ!」

【あのひねくれ者が、“マスターに教えたところで頭痛の種が増えるだけです”って言うんだもの】

「ちくしょう言い返せない……!」

 

 

 平然と言い返すクレアーレに、リオンは思わず膝を打った。確かにエリカや王宮のことで色々と悩んでいたし、悩みの種を増やされても困るところだったが……

 そんなマスターを置き去りに、クレアーレはひとつのマップデータをホログラムとして投影した。

 

 

【所在地はここ。現在だと――ヴォルデノワ帝国の海底よ】

『何だと……!?』

 

 

 その報告に、ハーヴェイはいち早く食いついた。よりによって、ヴォルデノワ帝国。この奇妙な一致は何だ?

 

 

【もっとも、アルカディアは沈没しているのよ。あれを復活させる――そもそも引き上げるだけの技術力が、現生人類にはないわ。魔素が減少傾向にある今日(こんにち)なら尚更ね】

『イデアルの判断はどうだった。あれだけ性急な行動を起こした理由は』

【軍属として戦闘経験が存在する故の過剰反応だと考えられるわ】

「貴方たちにとっては警戒に値しないと?」

【復活する可能性があるならまだしも、その手段がないわ。復活トリガーが判明しない限り、現状維持を変えることはできないでしょう】

「……確かに、遺失文明の兵器があるからと言って、こちらから攻め入ることはできないけれど……」

 

 

 アデルが渋る通り、手出しできないのが悩ましいところだ。沈没した遺失文明の兵器――帝国の領土内にあるのなら、帝国の管理下になるのが普通だ。「危険だから」の一言で攻め入るのは、侵略行為以外の何物でもない。

 

 

『……待て。まさか、帝国は――()()()()()()の国家なのではないのか?』

「坊ちゃん?」

 

 

 その傍らで、ハーヴェイはひとつの推論に思い至った。

 

 

『そうすればすべてに辻褄が合う。帝国が領土拡大の動きを見せない理由も、皇族の血を引くMs.ミアが体調不良を起こした理由も、ダンジョンで復調する理由も』

 

 

 帝国が領土拡大しないのは、広げたところで魔素がなければ生きていけないため。

 ミアが体調不良になったのは、大気中の魔素が減少したため。

 ダンジョンで復調するのは、高濃度の魔素環境下に入れるため。

 ――旧人類と交配し、崩壊したはずの新人類の血筋と考えれば、すべてに説明がつくのだ。

 

 

 だが、疑問は残る。エリカは「王都ダンジョンの地下三十層にある遺構に触れることで、“血が目覚める”」と語った。すなわち王都ダンジョンは、ただの『魔素濃度が高く新人類に都合の良い環境』などではなく、『ヴォルデノワ帝国として重要な意味のある秘蔵の在処』ということになる。

 

 

『王都ダンジョン――“三作目”に、Ms.ミアに関わる秘蔵とは何だ? あそこには、一体何がある?』

 

 

 

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