時間を遡り、アーロンとジェイクの決闘直後。
「殿下! ご無事ですか!」
「くそっ! この私が――!」
損傷した魔導鎧から救助されたジェイクは、控室でオスカルの介抱を受けながら、悔しそうに己の膝を叩いた。
そこにやってきたのは、ハーヴェイら――今回はアーロンを連れている。
「どうだ、王太子サマよ! これがハーヴェイ兄貴の一番弟子の実力だ!」
「貴様ぁ――!」
アーロンの居丈高な物言いに、ジェイクは思わずいきり立った。勝負に負けたのも悔しいし、それを煽られるのはさらに悔しい。
「これに懲りたら――あでっ!?」
『調子に乗らない。そもそも勝敗以前の不敬だということを忘れるな』
そんな有頂天なアーロンの頭を、ハーヴェイが容赦なく引っ叩いた。そのまま髪の毛を掴み、強引に頭を下げさせる。
『この度は、誠に申し訳ありませんでした。これの監督者として、心からお詫び申し上げます』
「うぐっ」
体格に劣るハーヴェイに強引に押さえつけられ、アーロンは窮屈そうに頭を下げさせられた。その不快そうな様子が、対手であるジェイクの溜飲を下げさせるに足るか、どうか。
果たして――果たして? ジェイクは二人の姿を見せられ、それ以上言葉を荒げなかった。
「――許す。先の無礼は、なかったことにする」
『あ――ありがとうございます。心より感謝いたします』
「だが!」
しかし、鋭く叫んだジェイクの瞳には、未だ戦意がみなぎっていた。
「このまま男として、戦士として負けっぱなしでは終われない! それこそ王太子の名折れだ!」
『えっ』
「故に――冒険者アーロン! 貴様に再戦を申し込む!」
「いいぜ、そう来なくちゃな!」
「その次は貴様だ、スピアリング! 貴様たちを打ち倒し――私は、“学園最強の王太子”となってみせる!!」
気勢を取り戻したジェイクは、アーロンに向かってびしりと指を向け、毅然と叫んだ。ちゃっかりハーヴェイの手から逃れ姿勢を戻したアーロンも、待ってましたとばかりに応答する。
もはや二人の熱を止められる者はいなかった。ジェイクを諫めるべきオスカルはと言えば、「さすがです殿下!」とよく分からない盛り上げ方をしている。
「……“学園最強の王太子”って、何です?」
「どこかで見たわよ、この光景」
『これも僕が悪いのか!?』
誰が悪いかと言われれば、いささか判断に困るところだが――誰が責任を取るべきかと言われれば、やはりハーヴェイ以外にはいまい。
◇ ◇ ◇
結局、アーロンとジェイクの再戦は、翌週末に決まった。
「結局あれ、どうするんだ」
『どうするもこうするも……』
謎の熱気で盛り上がる二人を眺めながら、フィンがハーヴェイにツッコんだ。
余人の立場なら「王国って変わっているんだな」で片付くところだろうが、フィンにはそうできない事情がある。“シナリオ”でミアの相手役となる以上、このまま決闘ごっこに熱中させているわけにはいかないのだ。見かねたアデルが、助け舟を出した。
「根本的な問題として、今のジェイク王太子やその腹心のオスカルを、そのままくっつかせるわけにはいかないのよ。普通の恋愛物語と違ってね。
“互いの身分に引き裂かれる悲劇的な恋”も、ただの演劇ならドラマチックでしょうけれど……貴方がたの都合として、それは容認できないでしょう?」
「そ、それはもちろん」
アデルの悪し様な言いように、フィンは力強く頷いた。悲劇は所詮悲劇、創作として楽しむから良いのであって、現実に――それも大事な妹分に味わわせるわけにはいかない。
「それでも特定の相手から選ぼうとするのは、“シナリオ”に沿わせたいからでしょう?
でも幸か不幸か、“三作目のラスボス”とやらは事前に撃破したわ。だったら、さして重要視する必要はないんじゃなくって?」
「でも、そうじゃないとミアの体調が……」
「それは別次元で考えた方がいいんじゃないか?」
食い下がるフィンに対し、リオンが指摘を入れた。“ゲーム”としての展開と、ミアの体調。話が繋がっているようで繋がっていない。
「わ、悪いが俺は知らないぞ。妹の話を聞いていた程度だ。詳しいことは知らない。皇帝の爺さんも知らないからこそ、俺たちを王国に留学させたんだからな」
「と、なると、他に“三作目”を知っている人間……」
思い当たる人物は一人しかいない。一同は、その人物の許へ向かった。
「え? 私はプレイしたけど、クリアはしていないわよ」
が、その人物――マリエは、とんでもないことを口にした。
「いや、買うには買ったんだけど、最後までプレイしていないのよ。後半は動画でプレイ動画を見ただけ」
「貴女肝心な時ばかり使えないわね!!」
「うるさいわね!」
珍しく声を荒げるアデルのツッコミに、マリエが怒鳴り返した。これでもリオンに“三作目”の情報を提供し、対価に小遣いやら何やらをせびったふてぶてしい女である。
「な、なら、ミアに関する重要なイベントを覚えていませんか? どんな些細なことでもいいんです」
「そう言われても、もう随分前の話だからね。え~と、確か――ダンジョンに入ると元気になる設定だったわね」
「そう、それです! ほ、他には?」
腕を組み、う~んと唸りながら呟いたマリエの情報に、フィンが必死になって食いつく。
『――待て、ダンジョンだと?』
ところが、そこにハーヴェイが噛み付いた。
『どうしてダンジョンで復調なんてことが起こる』
「私も覚えてないわよ。ただダンジョンに行ったら元気になってたってだけ」
「なんでもいいだろ、それでミアが回復するなら――」
『良くないから言っている!』
マリエとフィンの言葉を遮り、ハーヴェイは機械音声を鋭く響かせた。
ダンジョンで体調が回復する? そんな話は聞いたことがない。
『ダンジョンに高濃度で滞留する“魔素”は、女児向けの戯作に用いられる便利設定などではない。中毒症状を引き起こす潜在的な危険物質だ。そんな環境で元気になる? どう考えても
「そ、そうは言っても、私は魔素の正体なんて知らないし、元気になる理屈だって知らないわよ!」
『ならばますます怪しいだろう。魔素中毒でラリっているだけだったらどうするつもりだ』
「だからそんなことまで覚えてないってば!」
「お、おい、落ち着けって」
責め立てるような物言いに、マリエも思わず声を荒げて言い返す。必死になっていたフィンが、思わず冷静さを取り戻して二人を抑えた。
「どうせゲームの設定と現実は違うんだし、試すだけ試せばいいじゃない!」
『それで容体が悪化したらどうする!?』
「知らないわよ! そもそも体調を崩した理由も分からないのに、予測なんてできるわけないでしょ!?」
『そういういい加減な見通しで、何度事態を悪化させたと思っているんだ!』
「いまさら文句言わないでよ! 知ってることから順番に試すしかないでしょ!?」
「だから落ち着けって、二人とも!」
余人の介入を許さず、どんどんヒートアップしていく二人のやり取り。何がハーヴェイの逆鱗に触れたのか、周囲も困惑するばかりだ。
そこに割り込むように、一つの人影が姿を現した。
「――私が知っています」
ホルファート王国第一王女、
◇ ◇ ◇
数日後。
「――というわけで、ミアちゃんの体調については問題ないみたいです」
『何が“というわけで”なんだい』
けろりとした顔で言い放つリオンの説明に、ハーヴェイはツッコんだ。
一年次には、『冒険者研修』と称して王都近郊のダンジョンに入る授業がある。潜るとしてもせいぜい二層程度なので、そこでミアの調子をテストする――という予定だったのだが、リオンはその日のうちに情報を持ってきた。これでも侯爵閣下である。
「一年生の冒険者研修って、今日の話ですよね? 何でMr.がもう知ってるんです?」
「あ。そういえば貴方、授業サボってたわね。さてはこのために?」
『いくら何でも、過保護ではないかな……』
冒険者研修には当然、エリカも参加する。その身辺警護のため、ルクシオンを連れてモンスターを掃討してきたのだとか。これでも侯爵閣下である。
「結果オーライってやつですよ。エリカをダンジョンに近付けられないことも判明したし」
『……確かに、探索計画に重要な要素が判明したことは、幸運かもしれないが……』
あくまで開き直るリオンに対し、ハーヴェイらが言えることはもうなかった。
第五層で行動不能になるほどの体調不良。加えて、モンスターに積極的に狙われるという異常体質。付け加えると、ミアと揃って方向音痴。まかり間違っても単独行動をさせるわけにはいかない。
『……それにしても、エリカ様の容態か……』
「話を聞いてる限り、魔素中毒の前兆が生じてるようね」
ともかく、ハーヴェイらの思考はエリカの容態に移行した。現在も後遺症が残っており、医務室で臥せっているらしい。
「何か、良くないことがあるんです?」
『――“転生者”と“旧人類”、そしてその魔素耐性についての問題だ』
ケイトの問いに、ハーヴェイとアデルは渋い表情を浮かべた。
「魔素に適応できなかった旧人類、その末裔――それが魔素への耐性の無さに繋がっているのは理解できるわ。でも、それがどうして
同じ条件のMr.やラーファン、それにハーヴェイとはどう変わるの? 彼女だけ極端に劣る理由は? ……そういう諸々を考え出すと、まだ何か裏があるんじゃないかと勘繰ってしまうのよ」
【そうね。“聖樹”のお陰でせっかく体調が良くなってたっていうのに、困っちゃうわ】
『……何だと?』
そこに割り込んできたクレアーレの言葉に、ハーヴェイは目を剥いた。
【あら、そういえば貴方たちには話していなかったっけ。
共和国の“聖樹”が暴れた時、かなりの魔素を吸い込んだみたいなのよね。そのせいで大気中の魔素が極端に少なくなって、体への負担が小さくなったみたい】
「これだけ離れてるのに、そんなに顕著な影響が出てるの……?」
「どんだけヤバい樹だったんすかアレ……」
クレアーレの報告に、アデルとケイトは呆れた。それ以外の情動が見つからなかった。
“聖樹”には、魔素の結晶化を促進する機能があった。大陸を七つ繋ぐほどの巨大さであれば、その効果は絶大だろう。思い返せば、確かに条理を覆す大戦だった。その裏に大規模な魔素吸収があったと考えれば、説明がつかないこともない。
【あ、そうそう。アルカディアの所在地が分かったわ】
「――“あ、そうそう”なんて軽いノリで言っていい話じゃないでしょ!?」
「めっちゃ大事な話!!」
まるで天気予報のようなノリで話題を変えるクレアーレに、二人は勢いよくツッコんだ。何も知らないリオンだけが、頭に疑問符を浮かべている。
「何の話ですか?」
『イデアルが遺した“アルカディア”という情報について、ルクシオンとクレアーレに調べてもらっていたんだよ。どうやら新人類の兵器らしい』
「おい大事な話じゃないか! 何で俺を除け者にするんだよ!」
【あのひねくれ者が、“マスターに教えたところで頭痛の種が増えるだけです”って言うんだもの】
「ちくしょう言い返せない……!」
平然と言い返すクレアーレに、リオンは思わず膝を打った。確かにエリカや王宮のことで色々と悩んでいたし、悩みの種を増やされても困るところだったが……
そんなマスターを置き去りに、クレアーレはひとつのマップデータをホログラムとして投影した。
【所在地はここ。現在だと――ヴォルデノワ帝国の海底よ】
『何だと……!?』
その報告に、ハーヴェイはいち早く食いついた。よりによって、ヴォルデノワ帝国。この奇妙な一致は何だ?
【もっとも、アルカディアは沈没しているのよ。あれを復活させる――そもそも引き上げるだけの技術力が、現生人類にはないわ。魔素が減少傾向にある
『イデアルの判断はどうだった。あれだけ性急な行動を起こした理由は』
【軍属として戦闘経験が存在する故の過剰反応だと考えられるわ】
「貴方たちにとっては警戒に値しないと?」
【復活する可能性があるならまだしも、その手段がないわ。復活トリガーが判明しない限り、現状維持を変えることはできないでしょう】
「……確かに、遺失文明の兵器があるからと言って、こちらから攻め入ることはできないけれど……」
アデルが渋る通り、手出しできないのが悩ましいところだ。沈没した遺失文明の兵器――帝国の領土内にあるのなら、帝国の管理下になるのが普通だ。「危険だから」の一言で攻め入るのは、侵略行為以外の何物でもない。
『……待て。まさか、帝国は――
「坊ちゃん?」
その傍らで、ハーヴェイはひとつの推論に思い至った。
『そうすればすべてに辻褄が合う。帝国が領土拡大の動きを見せない理由も、皇族の血を引くMs.ミアが体調不良を起こした理由も、ダンジョンで復調する理由も』
帝国が領土拡大しないのは、広げたところで魔素がなければ生きていけないため。
ミアが体調不良になったのは、大気中の魔素が減少したため。
ダンジョンで復調するのは、高濃度の魔素環境下に入れるため。
――旧人類と交配し、崩壊したはずの新人類の血筋と考えれば、すべてに説明がつくのだ。
だが、疑問は残る。エリカは「王都ダンジョンの地下三十層にある遺構に触れることで、“血が目覚める”」と語った。すなわち王都ダンジョンは、ただの『魔素濃度が高く新人類に都合の良い環境』などではなく、『ヴォルデノワ帝国として重要な意味のある秘蔵の在処』ということになる。
『王都ダンジョン――“三作目”に、Ms.ミアに関わる秘蔵とは何だ? あそこには、一体何がある?』