鋼鉄の牙、乙女の幻想   作:竹河参号

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09.クーデター

 王国の状況を揺るがす急展開は、数日後の夜に訪れた。

 

 

『――陛下が倒れた!?』

 

 

 ハーヴェイの私室を訪ね、そんな凶報を持ってきたのは、憔悴を隠せないリオンだった。

 

 

【危篤状態とのことです。夕食に毒を盛られた可能性が高いですね】

「俺とアンジェが王宮に呼び出されているらしいので、今から行ってきます。ハーヴェイさんも――」

『僕はただの子爵でしかない。召喚命令がないのなら、きみたちには同行できない』

「でも――」

 

 

 ハーヴェイの拒否に、リオンがいよいよ不安げな表情を見せる。だがしきたりが全てを差配するのが貴族社会であり、ハーヴェイが王宮の許可なく面会を願い出ることはできない。リオンの侯爵権限があっても、寄子でもないハーヴェイを連れ歩くには相応の理由が要る。そして、それを問答している場合ではない。

 とはいえ、リオンの不安も斟酌するべきだろう。このまま国王ローランドが崩御したとして、はいそうですかと喪に服していられる呑気な情勢ではない。

 

 

『分かっている。これを機に、燻っていた連中が一気に動き出すだろう。

 ――学園(ここ)を人質に取られると厄介だ。急いで本邸に戻り、“(スコーピオ)”を緊急出撃させる。ケイト!』

「急いでアデル様を呼んできます!」

 

 

 一分一秒の隙が状況を左右しうる。リオンは気を取り直すと、そのまま私室を出ていくハーヴェイと別れた。

 一方、ハーヴェイは普通クラスの寮室に足を踏み入れると、アーロンを半ば強引に呼びつけた。

 

 

『アーロン! 学園配備のACを使い、一足先に防衛態勢に入れ! この学園に害なすものは、きみの判断で攻撃していい! 非武装者に武器を向ける卑劣者共に、学園の敷地を踏ませるな!』

「了解!」

 

 

 ざっくばらんに過ぎる説明とともに下された任務に対し、しかしアーロンは元気に了解した。

 素行はともかく、腕前は信頼できる確かな手札だ。苦労して手綱を握っておいてよかった――と安堵する資格があるのか、どうか。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 数時間後。スピアリング家本邸では、ダグラスがどこか疲れた様子で王宮より戻ってきていた。

 屋外では、王都各地で武装蜂起した集団が暴れ回り、夜半にありながら昼間のような明るさと騒々しさで満たされている。

 

 

「バルトファルト君が陞爵(しょうしゃく)?」

 

 

 ダグラスが開口一番に放った言葉に、殊更に驚いたのは長男クリフトンだった。首席隊長モーガンも、不審げな表情を見せている。そんな二人の感情を慮りながらも、ダグラスは自席で有無を言わさぬ態度を示した。

 

 

「勅命により、王国軍はリオン・フォウ・バルトファルト()()の指揮下で反逆者共を討伐する」

「従うのですか」

「それが我が家の使命だからな」

 

 

 クリフトンの追及に、ダグラスはただ冷淡に返した。

 国王ローランドの遺言として、リオンは公爵へ陞爵(しょうしゃく)。臨時司令官として、今まさに暴れている反逆者たちとその支援者を征伐することを発表した。国内の敵は、そのまま自前の戦力で対処するという。

 

 

「我々は、ラーシェル神聖王国軍への対処としてフレーザー領へ向かう。首席隊長モーガン、“黄道十四宮(ゾディアック)”の出撃準備を整えろ」

「当主閣下の命令であれば、我々は黙して従います。――ですが、本当によろしいのですか。兄上」

 

 

 モーガンの短い念押しに、ダグラスは大きなため息を吐いた。

 公国戦とは状況が少し異なる。「最高主権者に命じられた」という大義名分すらなく、年端も経験も足りない小僧に顎で遣われ、傾きかけの王国を延命させる戦いに駆り出されるわけだ。その事実が、スピアリング侯爵家の矜持を傷付けるに足るか、どうか。

 

 

「……我々の果たすべき使命は、政治屋共の下らん権力ゲームではない。あの陛下の魂胆など、最早問い質すことはできんが――下らん意地で拗ねていては、それこそ王国が崩壊する。

 バルトファルト君――いや、閣下の決断の先に未来がある。我々は、そう信じて戦うしかない」

 

 

 あまりにも不安な先行き――しかし、他ならぬ当主ダグラスが支持を決定した。クリフトンもモーガンも、黙って従わざるを得ない。

 そんな折、執務室の扉がだんと開かれ、軍服に着替えた第三隊長セドリックが入室してきた。

 

 

「当主閣下ならびに首席隊長へ報告! 小隊長ハーヴェイ以下、“(スコーピオ)”による緊急出撃の要請が入り、“蛇遣い(オピュクス)”としてこれを承認しました!」

「出撃先は?」

「王立学園の警護とのことです!」

「よろしい。一小隊程度なら、公爵閣下の手腕を疑うには足るまい」

 

 

 王立学園は、緊急時の避難施設として扱われる。しかし裏を返せば、その事実を知る反逆者たちにとっては格好の的だ。総司令官(リオン)の要請を待たずに出撃したということは、ハーヴェイの判断だろう。

 この内乱鎮圧には、バルトファルト派閥の手腕が問われている。本人が大口を叩いた以上、宮廷貴族たちの手を借りず、彼の手勢だけで乗り切らなければならない。だがハーヴェイもその一人として数えられている現状、“(スコーピオ)”が参戦する分には問題ないだろう。

 

 

「ハーヴェイは、どうしますか」

「……そのまま、公爵の許に()()させておけ。実働戦力として補佐しつつ、必要に応じて情報を流させる」

 

 

 クリフトンの問いに、ダグラスは渋面で返した。

 つまり間諜(スパイ)だ。しかも国防のための監視目的ではなく、内政の情報を流させるための。味方を疑い、味方を騙し、味方を陥れるための汚れ役を押し付けるわけだ。“戦争屋侯爵”らしからぬ策謀に、モーガンがため息を吐いた。

 

 

「まったく、まるで政治屋のような物言いですな」

「王国も変革の時だ。我々だけ旧態依然、という訳にもいかん」

「好転とは限りませんよ」

「その時はその時だ。既に流れ出した大河を止めることなどできん。乗るべき時流に乗り、為すべきことを為す。それが、支配者たる貴族の役割だ」

 

 

 ともかく、とダグラスは命令書にサインし、首席隊長モーガンへ出撃を命じた。まずは“戦争屋侯爵”としての使命を果たさなければ。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 王都のあちこちで火の手が上がり、悲鳴と怒号が錯綜する中、ハーヴェイ率いる“(スコーピオ)”の飛行船は、いち早く学園へと急行した。校舎の灯りは点いているが、荒らされた様子はない。敵集団に非戦闘員を襲わない理性が残っているのか、それともまだ手が回っていないだけなのか……ともかく、ハーヴェイは広域スキャンで学園配備ACの探知を命じ、先に奮闘しているであろうアーロンへ通信回線を開いた。

 

 

『こちら“黄道十四宮(ゾディアック)”、Z9-1ハーヴェイ。アーロン、状況を報告せよ』

『兄貴!』

 

 

 ノイズ混じりのその声は、負傷はおろか疲労感すら窺わせない。改めてスキャンしてみれば、彼の周囲には数機の魔導鎧が転がっている。既に数機迎撃に成功していたらしい。仮にも名を挙げた冒険者、いまさら有象無象など敵にはならないようだ。

 

 

『こっちは今のところ問題なしです! でも変な奴がいます!』

『それは問題なしとは言わない。敵性機体でないのなら、何者だ』

『俺だ、ハーヴェイ!』

 

 

 冷淡にツッコむハーヴェイとのやり取りに、一人の青年の声が割り込んだ。この声は聞き覚えがある――フィンだ。

 

 

『……Mr.ヘリング? 何をしている、きみも避難したまえ』

『そうしてもいいんだが、黒助曰く“魔装の破片”の反応があるらしくてな』

【だからブレイブって呼べよ!!】

『――“魔装”の? ブレイブのような、制御コアを有する機体ではなく?』

 

 

 フィンと黒助、もといブレイブの言葉に、ハーヴェイは眉をひそめた。

 “魔装”制御コア、ブレイブ――転生者たちによると、“ゲーム”で獲得できるアイテムの一つであり、新人類の文明で生産された兵器“魔装”の完全体らしい。本来は全ての“魔装”が制御コアを有する装具だったのだが、旧人類との戦いにおいてほとんどが破壊喪失され、現在はコアを失った破片が世界各地に眠っているらしい。稀にそれが装着者を得て暴走しだすケースがあるため、フィンはそれを狩る使命を帯びているのだとか。ファンオース公国に渡った“魔装”も、その一つだったらしい。

 

 

『“魔装”が関係しているなら、俺も他人事じゃない。それに、ミアにはまだ留学生活を楽しんでほしいからな』

『……協力感謝する。HQ、ブレイブに友軍識別タグの交付を』

「了解!」

 

 

 往時の黒騎士に匹敵する難敵がいるともなれば、手数は多い方がいいだろう。“(ケートス)”の隊員がフィンの識別情報を更新している最中、別の隊員が新たな情報を検出した。

 

 

「報告! 南西に“魔装”と思しき反応を検出しました! この学園に接近しているようです!」

『ここに? 王宮ではなく?』

「目的は何だ……?」

『何でもいいけどブッ倒せばいいんすよね!?』

『良くない。Z9各員、アーロンと合流して学園校舎の安全を確保。HQ、王都防衛隊と連携し“魔装”の牽制を。前衛は、Z9-1と協力者ブレイブで向かう』

 

 

 血気逸るアーロンを嗜めると、ハーヴェイらは身を翻し機体搭乗と出撃の準備を始めた。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

『イヒャヒャヒャ! 最高の気分だぁぁぁ!』

 

 

 どす黒い煙が王都の夜闇を汚す中、金切り声のような喚声が木霊していた。

 澄んだ夜空をどす黒く汚す暗雲のような肉の塊は、ラーシェル神聖王国からもたらされた“魔装”――そしてそれに相対するのは、リオンの兄ニックスが率いる飛行船である。

 

 

「砲撃を続けろ! 学園に近づけるな!」

 

 

 その異様に震える船員を叱咤しながら、ニックスは自身も逃げ出したい気持ちに襲われていた。元は辺境の領主貴族の子弟、バケモノに挑む勇気など持ち合わせていない。

 

 

「……化物が……!」

 

 

 孤軍ではない。先ほど“黄道十四宮(ゾディアック)”の一小隊から連絡を受け、援軍を寄越してくれると聞いた。だが、どれだけ大砲を撃ち込んでも一向に怯まない怪物を相手に、何がどれだけあれば役に立つというのか。何より気になるのが、

 

 

(何でルトアートの声に似ているんだよ)

 

 

 元、バルトファルト男爵家長男ルトアート。本妻ゾラと同じように、自分たちを苦しめてきた義兄。端から親愛の情などなく、敵対者として手心を加える理由もないが――そいつの声が、どうしてあの化物から響いてくるのか。

 一方、ルトアートもニックスの飛行船に気付いたらしく、ぎょろりと大きな目玉を向けた。

 

 

『バルトファルトの家紋――? バルトファルト――バルトファルトォォォ! それは私の家紋だぁぁぁ! 地位も、名誉も、あいつの全ては私のものだ! 私にこそ相応しい! 侯爵の地位も、公爵家の女も、ロストアイテムも私のだぁぁぁ!』

 

 

 その喚声に呼応するように、肉の塊がわななき、全身から黒い触手をぶわりと噴出させる。赤黒く脈動する触手の雨が、ニックスの飛行船に襲い掛かり――

 

 

『――掠奪ごっこなら余所でしたまえ』

『ぐぎゃっ!?』

 

 

 ――ばしん、と鋭い音が迸り、肉の塊を貫いた。

 ルトアートとニックスが、同時に音のした方向を見やった。そこに浮いているのは、刺々しいフォルムをした黒い魔導鎧と、ハーヴェイの駆る真紅のアンタレス。右手のリニアライフルからしゅうしゅうと発砲煙を上げ、醜い肉の塊を見上げていた。

 

 

『――紅い……紅……殺戮……人形……?』

『ほう、夜目は利くか。

 ついでに理性があるのか確認する。――直ちに武装解除し投降せよ。応じない場合、王国に仇なす脅威として強制排除する』

 

 

 ルトアートが呆然と目玉を向ける向こう側で、ハーヴェイはじじっと機械音声を鳴らした。もとより返答など期待していない。あくまでも、武力行使のための建前だ。

 

 

『殺戮、人形!! 私の獲物だぁ! 私の首級だぁぁ!! げひゃひゃひゃひゃひゃ!!』

(……やはり無駄だったか)

 

 

 案の定、ルトアートは触手をわななかせ、歓喜とともに方向転換した。既に会話すら成り立っていない。

 とはいえ、投降しろと言われてハイ従いますと応答された事例など、彼の記憶には一つもない。アンタレスが両手のライフルを掲げる横で、黒い魔導鎧――ブレイブを纏ったフィンが声を掛けた。

 

 

『知り合いか?』

『いや、特には』

『――ハーヴェイさん! そいつ、たぶんルトアートです!』

『ルトアート……?』

『俺とリオンの、()()です!』

 

 

 割り込んできたニックスの言葉に、ハーヴェイは僅かに首を捻った。

 確かリオンやニックスの兄で、バルトファルト男爵家の次期当主だった人物――ハーヴェイ自身は、そのようにしか知らない。当主バルカスの血を引いておらず、当時の正妻ゾラの不義によって生まれた子供であることが判明し、母や姉ともども貴族の身分を剥奪されたことなど、知る由もない。

 

 

『――コアのない魔装は、制御できずに暴走する。使用者の命を食い潰してな。言い方は悪いが、この人は捨て駒に使われたな』

【命を奪われていないのを見るに、ドーピングでもしたのか? 醜く膨れ上がりやがって、見ていられないぜ】

『ドーピング程度でここまで扱えるのなら、見事なものだ』

 

 

 降り注ぐ触手の雨を躱し、応報とばかりに剣戟と銃弾を浴びせながら、ハーヴェイたちは言葉を交わした。その余裕ぶった様子がルトアートの激情を煽ったのか、どうか。

 

 

『殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる!!』

 

 

 全身に血走った目玉を輝かせながら、ルトアートは狂ったように叫んだ。その様子からは、とても理性を感じられない。

 

 

『……搭乗者、と言っていいのか。殺せば止まるのだな?』

『ここまで侵食されたら、助けるのは無理だ。戦うのが嫌なら、止めは俺が刺すぞ』

『何の冗談だい?』

 

 

 “魔装の狩人”として臨戦態勢に入ったフィンが、気遣うような言葉を掛ける。ハーヴェイにとっては、もう数年ぶりに聞く言葉であり――

 

 

『殺戮にんぎょぉぉぉおおおお!!』

『“殺戮人形”が、敵性存在の生還を許すとでも?』

 

 

 すでに“殺戮人形”として臨戦態勢に入っている彼には、まるで意味のない言葉だった。

 ブーストとともに突っ込んだブレイブのブレードが、旋回しながら撃ち放ったアンタレスの徹甲弾が、ぐちゃぐちゃとルトアートの肉を抉る。ぶわりと噴き出した触手の雨を掻い潜り、アンタレスは左腕を特殊ブレードに換装すると、“赫薙ぎ”によって触手ごとルトアートの肉を深く斬り裂いた。

 

 

『ギャァァァ!!』

 

 

 一際大きな悲鳴を上げるルトアートの前で、アンタレスは再びバーストライフルに換装し、間断なく攻撃を続けた。本来がどの程度の戦士だったのかは知らないが、ただ触手を振り乱すだけの今の醜態は、二人にとっていいカモだ。

 

 

『――あんた、初めてじゃないのか? 手慣れてるな』

『“魔装”とはこれが二回目。似たようなものなら、山ほど。もっとも――』

 

 

 ルトアートの血走った目玉から魔法陣が展開され、火炎弾が雨霰となって降り注ぐ。それを掻い潜り、応報とばかりに放たれた魔導ミサイルが、目玉へ次々に突き刺さった。

 

 

『ぎぃぃあぁァァァァ!!』

『練度も威圧感も、これより遥かに強かったがね!』

 

 

 ハーヴェイは短く吐き捨てると、再び特殊ブレードに換装させ、“赫薙ぎ”でルトアートを薙ぎ払った。真紅の魔力流がルトアートの全身を深く傷付け、苦悶の叫びを上げさせる。

 

 

『どうしてだ! どうして私が――私の方が偉いのに!! 私は侯爵だ! 全ては私が手に入れるべきなんだ! 地位も、名誉も、財産も! そして女も――!』

『残念だが、それは次の世で期待したまえ』

 

 

 アンタレスは、魔力を帯びてじりじりと白熱するリニアライフルの銃身をルトアートに向け、躊躇なく放った。末期の悲鳴を掻き消すように、ばしんと鋭い音が響き、放たれた徹甲弾は肉の塊の奥深く――ルトアートの頭蓋を叩き潰して貫いた。

 これで、決着。爆炎を上げながらぼろぼろと墜落していく“魔装”の残骸の前で、アンタレスへとひとつの通信が届いた。

 

 

『――報告! 南東より識別不明の兵団が接近中! ラーシェル神聖王国軍の可能性があります!』

 

 

 “(スコーピオ)”の飛行船からだ。どうやら国内の武装蜂起には飽き足らず、外国勢力の誘致まで行っていたらしい。

 

 

『Z9-1了解、排除にかかる。ブレイブ、破片の処理は任せても?』

『黒助、頼む』

【そこはブレイブって呼んでくれよぉ……】

 

 

 ちょっと涙声で訴えるブレイブに同情しつつ、しかしハーヴェイは言葉にしないままアンタレスを旋回させ、“(ケートス)”の隊員が送信した座標に向かって移動を始めた。

 

 

 あとは、特筆すべきこともない。ラーシェル軍の先遣隊は、“戦争屋侯爵”に敵う脅威ではなかったというだけの話だ。

 

 

 

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